アート連載「境界のかたち」Vol.1 ペロタンの中島悦子に聞く 「アジア独自の価値形成と加速するアートの民主化」

ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクターらが、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第1回はパリ発のメガギャラリー、ペロタン・アジアパシフィック代表の中島悦子が登場。アートマーケットに及ぶ新型コロナの影響や、ペロタンが独自に拡張してきたアートとエンターテインメントの境界が見出す、新しい可能性を探る。

――コロナ禍で改めて中島さんが考えるギャラリーの在り方や、進む方向性について教えてください。

中島悦子(以下、中島):メガギャラリーだけを目標とする旧弊な考え方やマネーゲームだけでは、やっていけないという局面を世界が理解しているので、今から再スタートという印象を受けます。アートフェアの必要性も含めて議論されるべきでしょうね。

――世界中のアートフェアの増加に食傷気味になって、フェアそのものへの関心が薄まっているような気がします。

中島:疲れていましたよね。アートフェアもビジネスですから、プレゼンテーション次第では盛り上がりますし。旧態依然のアートフェアとかギャラリーの展覧会というのが壊れてしまいました。

――ギャラリーの性質を問わず変化があるのでしょうか?

中島:この間、アメリカに行っていた時にみんなの意識が荒いと感じたんです。一度この状況が壊れてほしいというような衝動を潜在的に抱えているような。これから行われる大統領選の結果に関係なく、アメリカ的な絶対資本主義が問われるようになるのではないでしょうか?

そのような動きから生まれてくるムーブメントが必ずあります。その間、アジアはコツコツと自分達のマーケットを拡充する。隠れていたギークなアーティストやコレクター達が台頭し、アジアらしい自己主張をしていくためのギャラリーが必要になってくるでしょうね。

――今、中島さんが注目しているマーケットは具体的にどこですか?

中島:今は韓国をベースにしているんですが、韓国はアーティストにとっての登竜門。エッジィな作家や目利きのコレクターが多いです。マーケットでは中国勢が強いですね。特にミレニアル世代のアーティストの自己主張がすごい。もちろん西洋のイメージも取り入れますが、自分が納得しないものに対する抵抗も激しい。一人っ子政策で大切に育てられた子ども達が余裕のある生活の中で、アートの価値を形成した結果、アジア独自の美学が生まれて、これまで主導的であった西洋の価値基準とは違う機軸ができあがったんです。

――物理的な規制がオリジナルを生んだのでしょうか?

中島:そうですね。もう1つは海外におけるアジア人のセカンド、サードジェネレーション達です。Netflixで放映しているアジア人スタンダップコメディアンのロニー・チェンは、伝統的な規制の中でアメリカに毒づいたり、インドネシアのラッパー、リッチ・ブライアン、そしてMADSAKIもそう、西洋文化の領域でアジア人のアイデンティティーを確立しています。社会現象とも言えますが、次代のムーブメントの主軸でしょうね。

――ミレニアルズにとって昔のヒエラルキーは存在しない。

中島:ただ、その中で村上(隆)氏は新しい美術表現を開拓したアーティストとして、若い世代からの支持も大きい。彼の生き方や作品の好き嫌いではなく、新しい表現方法を見出した第一人者への憧憬です。

また、コロナ禍で彼に感謝したのは、自身が監督を務める映画『めめめのくらげ2 マハーシャンク』の製作コストによる経営危機をインスタグラムにポストしたこと。もちろんギャラリーは投資家などから指摘されますけど、彼でもつらい状況だと理解することで心がどこか和らいだ。私自身も強烈なプレッシャーの中で活動していましたから癒やされましたよね。

――この時代だからこそもっとオープンにアートを楽しむためには何が必要でしょうか?

中島:以前よりは自分の時間が作りやすい環境ですから、アートにはまって好きな理由を深掘りしてほしいです。日本の伝統芸術では、陶芸が大きなムーブメントになってくるんじゃないでしょうか。村上(隆)氏も趣味で陶芸作品を集めていて、ペロタンでも少しずつ紹介しています。ペロタン・ソウルでは「Healing」展も開催していましたし、今はみんな癒やされたいはずですよね。その点ではエントリーとしておすすめします。価格もそこまで高価ではないですから、みなさんにもぜひ見てほしいです。

――外に目を向けることに躍起になるよりも自分達に目を向ける、ローカライゼーションの動きが活発になっています

中島:10年前にペロタン・香港をオープンした時もそうでしたが、アジアは一括りにできないんですよね。上海や東京、韓国に支店をオープンしたのもその理由から。実際、海外からアーティストを招聘するほうが効率的ではありますが、ローカルのマーケットは成長しない。現地でギャラリーを運営する意義を明確に伝えなければ、コミュニティーには受け入れられないんです。ビジネスとしてはエデュケーションが重要ですから時間がかかるとは思いますけど。

――若手アーティストで注目をしているのは誰ですか?

中島:これから楽しみなのが私の娘の世代、10代のアーティスト達のアクションです。今年は特に女性アーティストを推す傾向が顕著でした。香港では青島千穂、韓国でタカノ綾、クレア・タブレもそうですが、みんな女性の作品に惹かれていますね。そして、来年1月にペロタン・ソウルで開催するくらやえみ展にも注目が集まっています。

――これまでアートとファッションやクラブミュージック、ストリートカルチャーなどが交錯するようになり、新しいコンテンポラリーアートが成熟してきましたが、このムーブメントは今後どのように変容していくと考えますか? 

中島:エマニュエル(・ペロタン)はアートだけでなく、音楽やファッションを交錯させたエンターテインメント性の高いギャラリーを作りたいと考えてきました。次のレベルで彼が望んでいるのは“デモクラタイゼーション”。経済状況に左右されず誰もがアートを楽しめる、“アートの民主化”です。エンターテインメント性もアートのアプローチの手段の1つ。今年「FIAC」がキャンセルになり、アート業界が落ち込んでいた時に、エマニュエルがグラン・パレを貸し切るアイデアを思いついて実行したのが、先月開催したアートの宝探しイベント「WANTED!」です。一般応募で誰でも参加が可能で、グラン・パレの中に隠されたアート作品を探し当てた人は、そのまま持ち帰ることができるというゲームです。村上(隆)氏やベルナール・フリズ、ジャン=ミシェル・オトニエルらみんな参加しました。

――全部で20名の作家が参加して、来場者の強運次第で作品を持ち帰れるとは太っ腹な企画でした。

中島:不確実な時代だからこそ、アートを普及させて心を楽しくさせないといけません。私達の真理はものすごくシンプルです。今後は次のペロタンの在り方や、どう進化させるべきかを考えながら、私はできる限りアジアの現代アートを伝えていきたいですね。

――進化とは具体的になんでしょうか?

中島:少しずつ支店を増やし、次世代のアーティストを育てていきたい。アートの登竜門になっている韓国や上海で若手アーティストが育ち、パリやニューヨークにつないでいくステージも作れますから。だから今、アジアがアツいんですよ。

――アートマーケットとして今後の日本にはどんな可能性がありますか? 

中島:最近の嬉しいニュースが、サザビーズでポーラ美術館が(ゲルハルト・)リヒターを30億円で落札したこと。これまで日本のマーケットは、中国や韓国のコレクターよりも勢いがないと言われていましたが、盛り返していますよね。日本の若いコレクター達も含めて、可能性があると信じています。

中島悦子
パリ生まれ。ギャラリー・ペロタン アジアパシフィック代表。ソルボンヌ大学で美術史学を学んだ後、カルティエ現代美術財団を経て、2002年パリのギャラリー・ペロタンに勤務。その後、香港、ソウル、東京、上海にギャラリーを設立。村上 隆、Madsaki、タカノ綾、大谷工作室などのアーティストを手掛ける。当ギャラリー以外にも森美術館やベルサイユ宮殿美術館、カタール美術館、モスクワ・ガレージ美術館、香港・大館など世界各地の美術館の展覧会に携わる。

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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