アート連載「境界のかたち」Vol.2 アートコレクターであり教育者の宮津大輔が考える、ポストコロナ時代のアートに求められるもの

ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクターらが、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第2回は横浜美術大学学長の宮津大輔が登場する。1994年、サラリーマン時代に現代アートの収集を始め、その審美眼がアート業界で注目され、京都造形芸術大学客員教授に就任した。長年にわたり、アートの収集を続け、国内外のアーティストとパーソナルな関係を築いてきた。現在は森美術館の理事でもある。2020年4月、横浜美術大学の学長に就任し、アーティストと社会の関係に焦点を当てた研究を数々の著書にまとめている。同年10月には、『新型コロナはアートをどう変えるか』(光文社新書)を出版。今回は、新型コロナウイルスによるパンデミックが現代アートのさまざまな側面に及ぼす影響について語った。

――美術教育の分野、特に横浜美術大学の学長としての新たな仕事と関心分野について教えてください。

宮津大輔(以下、宮津):以前勤めていたソフトバンクでは人事部に勤務し、社内研修制度の充実やシニア人材の活性化支援などを行っていました。現在は美術大学の学長として、大学運営の傍ら経済や社会と芸術の関係についての研究を行っています。アーティストやデザイナーが、社会の様々な問題解決に携われるようサポートしたいと常に考えています。

現代アートのコレクションをはじめて以来、世界中のアーティストやアート関係者とは密にコミュニケーションをとり続けています。英語が堪能ではなく苦労した経験から、日本語を解さない世界中の人達とどうやって意思疎通を図るかにフォーカスした「実践グローバル・コミュニケーション演習」というオリジナルの授業も受け持っています。学生が自分のアイデアや作品を、現在持っている語彙力を活用することで、世界中で発表するために必要なスキルを習得することを目指しています。

――宮津さんの新著と教育者としての仕事において、アートと社会との関係に興味があります。アートが時代形成にどのように関係するかということに重点を置いている理由を教えてください。

宮津:現代アートは英語の“コンテンポラリーアート”の翻訳です。 “contemporary”は、”現代の”という意味だけではなく”同時代の”という意味も有しています。従っていわゆる同時代性、つまり、今、この時代に表現されるべきコンセプトや問題意識を包含していなければ、真の現代アート作品とは呼べません。

社会に対してどのような問題意識を持っているのかが重要です。アーティストの中には“現代アート”という意味を誤解している方も少なくありません。現代アートとは制作された時代や様式的なものと誤解されがちですが、単なるスタイルではなく、同時代性を伝えるものであることを、優れたアーティストなら理解しているはずです。

――日本の若手アーティストは、アーティストとして社会で果たす役割や、特定の責任を伴うと感じているのでしょうか?

宮津:アーティストによって異なりますね。例えば、米国ではBlack Lives Matter運動や、保守的なドナルド・トランプ前大統領とリベラルなジョー・バイデン大統領による大統領選など人種、ジェンダーから経済政策、外交まで、身近に様々な社会問題が顕在化しています。あるいは民主化運動や国家治安維持法が自らの生命を左右する香港の政治的緊張も同様でしょう。良くも悪くも、そこに住む人々は自らの国や地域の現況について高い関心を寄せています。対照的に、政情や治安がより安定している日本では、若手アーティストが社会構造における問題把握し、作品化しづらいのも事実だと思います。しかし、3.11.以降は従来の”かわいい”アートも大分下火になり、優れたアーティスト達が現在の日本の状況を冷静に捉え作品化していると思います。

今や世界的なアーティストとなった村上隆さんは、日本におけるアニメーションの歴史と、西洋の遠近法とは異なる空間把握の視点「スーパー・フラット」を唱え、そのコンセプトに基づいた絵画・彫刻作品を発表、グローバルに活躍しています。市場評価システムとオリジナティ溢れる創造性を連動させ、世界中で成功を収めた稀有な日本人アーティストの1人と言えます。

ただ、若手アーティストに多くにとって、自身が内包する問題を社会と関連付けて正確に把握することは決して容易ではありません。少なくとも、日本は表面的には平和で安全であり、経済も他国と比べればそれほど深刻な状況に陥っているとは思えません。ですから、やや楽観的に感じるのかもしれません。

しかし、デジタル・ネイティブ世代である幾人かのアーティスト達が、ゲームやシンギュラリティあるいは多様な価値観をテーマにした優れた作品を生み出しており、日本の若者も「なかなかやるなぁ」と感心しています。

――一方でアーティストは自分の作品を展示する機会が必要ですよね。メディアによる芸術と文化についての活発なサポートが必要だとも思います。しかし、日本では、この種の批判的な議論が成立しづらいですし、メディアも積極的ではないように感じます。

宮津:まず、経済的な問題があります。日本のアートマーケット、特に現代アートの市場はその経済規模に比べて非常に小さいといえます。ニューヨークやロンドンなどの大きなマーケットでは、アートや哲学、美術史について十分な教育を受け、知見を持っている人々がギャラリー、オークション・ハウスに就職する傾向にあります。優秀な人材を惹きつける、高額な報酬や好待遇も用意されています。しかし、マーケットが小さい日本では、残念ながらアート業界は、金融業界ほど経済的に魅力的ではありません。また、批評家や批判的な議論が少ないことは、大きな問題でもあります。アート作品が評価され歴史化されてゆくには、言説による評価が必要です。それは、第二次世界大戦後に米国の抽象表現主義が、パリからニューヨークに芸術の覇権をもたらせた陰に、グリーンバーグやローゼンバーグら評論家の力があったことからも明らかです。しかし、日本では美術教育において、哲学や美学、美術史より技術的な側面にフォーカスが強く当たり続けているのが現状です。

また、日本ではほとんどのアーティストが美術大学や美術系の専門学校を卒業していますが、外国のアーティストは、建築や美術以外の分野、例えば人類学、医学、工学、文学、政治学などを学んでいることが少なくありません。これは、日本と欧米諸国との顕著な違いと言えますね。

――新型コロナウイルスのパンデミックが終息した後のアートはどのようになっていると思いますか? また、アーティストはどのような作品を作るべきだと思いますか?

宮津:新型コロナのパンデミックが終息し、通常の生活に戻るのにどれだけの時間を要するかは、誰にもわからないですね。しかし、アーティストだけでなく、私達のライフスタイルや考え方も必ず変わっているはずから、どのような作品が生まれ、それをどのように私達が読み解くのかは興味があります。

新型コロナウイルスのパンデミックは単なるウイルスの蔓延ではなく、私達の考え方をドラスティックに変える”トリガー(引き金)”であると思っています。これからのアーティストは、人間が生活する上で最も重要な問題が何であるかを考えながら作品を制作しなければなりません。例えば、それは海洋のマイクロプラスチック問題や地球温暖化のように、環境や地球の問題かもしれません。

日本では、米国のBlack Lives Matterのような社会運動はまだまだ少ないのですが、パンデミック終息後の未来を見据えて、アーティストは社会問題に対して敏感であるべきでしょうね。LGBTQ+に代表される多様な価値観の是認や新自由主義台頭以降コロナ禍を経て拡大し続ける経済格差など、多くの社会問題が中途半端なまま放置されていますから。

他方、アート市場はますます二極化すると思っています。コロナ禍によって全世界的に富裕層と貧困層の格差が拡大していますので、評価が確立したアーティストの高額な作品の値上がり傾向は続いていくでしょう。

ブルックス・ブラザースやバーニーズの破綻(いずれも米国)に代表されるように、中間層の経済的な落ち込みによって、数万ドルから数十万ドルの作品は厳しい局面を迎えると思います。好調業種の企業に勤めるビジネス・パースンや起業家によって、趣味性の高い廉価な価格帯の作品も好調に推移すると予測しています。

――今、日本の現代アートのトレンドにはどのようなシーンがありますか?

宮津:2011年3月に発生した東日本大震災による原子力発電所の事故以前は、日本の現代アートの多くは表面的なものが多く、海外ではよく”かわいいアート”と揶揄されていました。しかし、痛ましい災害の後には多くのアーティストが“原子力”や”放射能”の功罪を認識、作品化しました。日本人アーティストが、作品の主題に少なからず政治的なアプローチを取り入れ始めたのもこの頃です。

当時、日本人は”核”や”放射能”に対して多くの不安や恐れを抱いていました。一見、新型コロナウイルスの危険性と類似しているように見えますが、不可視という共通点はあるものの、実態は大きく異なります。ウイルスは生物ですから、私達自身の身体の中で生きています。哲学者のティモシー・モートンが言うところの「友達であり、殺人鬼」です。一方で放射能は、私達の寿命を超えて長く消えることはありません。パンデミックの後、アーティストが考えるべき問題意識は、従来の二項対立から脱して、ものごとをレイヤーごとに見極める視点が重要になってくる気がしています。

――個人的なコレクションについて教えてください。アートの収集を始めたのはなぜですか?

宮津:1994年、当時の同僚や同級生達が車やワンルーム・マンション、高級腕時計の購入を考えている時に、私にとって最初のアート作品を購入しました。昔から草間彌生さんの作品の大ファンで、美術館で彼女の『無限の網』を見て一目惚れしたからです。絵の前に立っているだけで、作品の中に自分が吸い込まれるような気がしたんですね。当時彼女の作品を扱っていた東京のフジテレビギャラリーから、1950年代初頭に制作されたドローイング作品を夏・冬ボーナス全額で購入しました。

コレクションが増えるにつれて、アーティストと出会い、友人のような関係を築くことに強く興味を持つようになりました。アーティストとの会話を楽しんだり、食事したり、時には一緒に旅をして、作品創作の源泉に触れる楽しい経験を重ねました。フランスのアーティストであるドミニク・ゴンザレス゠フォルステルとは家族ぐるみで付き合い、今も住んでいる家を設計してもらいました。1990年代は特に、フランスの美術評論家であるニコラ・ブリオーが唱える「関係性の美学」に感銘を受けました。ニコラが語る「アートを創るためのリレーショナル・アプローチは、人間関係や社会的な文脈と切り離せない。」という考え方に共鳴し、アーティストの友人達と自宅やライフスタイルまで一緒に作り上げたことを懐かしく思い出します。

現在は、映像やニュー・メディアを含む400点以上のアート作品をコレクションしています。世界中の美術館からの貸し出し要請に応え、持ち主以上に世界中を旅している作品もあります。しかし私にとってコレクションという行為は、単なる作品収集ではなく、アーティストと直接会い、語らい、食事や旅をして思い出を積み重ねることでもあるのです。社会とアートの関係性とは、実は友人関係のようなものなのだと思いますよ。

――アジアの現代アートマーケットについてのご意見をお聞かせください。

宮津:日本を含めてアジアの現代アート・マーケットは未だ成熟しているとは言えません。しかし中国や産油国が牽引するバイイング・パワーは大きく、上海や香港、台北では重要なアートフェアも開催されています。インドネシアや中国、インドのアートは世界から注目されていますし、それに伴って各国のマーケットも活況を呈しています。現在では新型コロナのパンデミックによって、多くのアートフェアがオンライン開催となっていますが、上海で昨年11月にリアルで開催された2つのフェアは非常に好調であったと聞いています。コロナ禍終息後も、アジアの現代アート・マーケットは発展し続けると思います。注目しておいて、決して損はないと思います。

宮津大輔
1963年東京都生まれ。横浜美術大学学長、森美術館理事。主にアートと経済、社会との関係性を研究しており、世界的な現代アートのコレクターとしても知られる。文化庁「現代美術の海外発信に関する検討会議」の委員や「Asian Art Award 2017」「ART FUTURE PRIZE・亞州新星奬2019」の審査員などを歴任。著書に『現代アートを買おう』(集英社)、『アート×テクノロジーの時代』(光文社)、『現代アート経済学II 脱石油・AI・仮想通貨時代のアート』(ウェイツ)など。NHK総合テレビ「クローズアップ現代+」や「NHKニュース おはよう日本」に出演するなど、メディアでも幅広く活躍している。

author:

エドワード・ M・ゴメス

美術評論家、美術ジャーナリスト、キュレーター。ニューヨークと東京、スイスを拠点とし、日本の現代美術やアール・ブリュットに深く関わってきた。最近は、アメリカの美術文化誌『Hyperallergic』に「ヨコハマトリエンナーレ2020」についての記事を寄稿した。

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