科学と芸術の対話が描き出す、この先のヴィジョンとは——渋谷慶一郎×池上高志による対話劇『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第12回

領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。連載「MASSIVE LIFE FLOW」では、そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探っていく。

連載第12回では10月13、14日に金沢21世紀美術館で上演された対話劇『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』のリポートをお届けする。

科学と芸術の対話から生まれたアンドロイドの対話劇

10月13、14日に金沢21世紀美術館で音楽家・渋谷慶一郎と東京大学大学院教授・池上高志による新作対話劇『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』が上演された。

同作は金沢21世紀美術館にて現在開催中(~2024年3月17日)の展覧会『D X P (デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ』の特別プログラムとして企画された、2台のアンドロイドによる「対話」と渋谷のピアノ&エレクトロニクスによるライヴ演奏を構成要素とするパフォーマンス作品。池上は複雑系~ALIFE(人工生命)を専門領域とする研究者で、2005年12月にICCで開催された『第三項音楽〜Non-Fourier Formula and the beyond〜』を皮切りに渋谷と継続的にコラボレーションを行っている、渋谷にとって盟友とも言える存在である。

AI技術が社会や文化の在りようを大きく変容させつつある状況下において、その先端を走る研究者と音楽を核に諸領域を横断するアーティストの対話から生まれたアンドロイドの対話劇は、果たして何を語り、何を描き出すのか。その鑑賞体験を伝える。

プラトン哲学の「イデア界」「現象界」を表象する2台のアンドロイド

会場となったのは同館地下1Fのシアター21。ステージでは2台のアンドロイドが開演の時を待っている。

その2台とは、渋谷のメインプロジェクトであるアンドロイド・オペラ初作『Scary Beauty』のデュッセルドルフ公演(2019年)や新国立劇場のオペラ作品『Super Angels』(2021年)で主役を務めたオルタ3と、今年6月に上演されたアンドロイド・オペラ最新作『MIRROR』パリ公演でその存在感を遺憾なく発揮したオルタ4である。

オルタ3とオルタ4の間には、顔の造形や表情筋と関節数といった形態面や量的な差異もあるが、動作をつかさどるプログラムが根本的に異なっているという質的差異こそが今作においては重要となる。

オルタ3は池上が開発した自律的運動プログラムを搭載しており、自らが発する言葉をGPTの膨大なコーパスを介して直接的に動作・運動へと変換する。一方、オルタ4はコンピューター音楽家の今井慎太郎が開発したプログラムを搭載し、渋谷の奏でる音楽、その音量や音程、音の密度に反応して周期運動を生成する。

今作ではそんな2台による対話が展開されていくのだが、その表現形式と主題の根幹における着想源となっているのが、古代ギリシアの哲学者プラトンだ。

よく知られているように、プラトンの著作は師であるソクラテスとさまざまな登場人物との対話篇としてつづられており、『饗宴』や『パイドン』などの著作において、事物の本質、純粋な理念としてイデアという概念を提示した。それらのみで構成される真実の世界がイデア界であり、私達の眼の前に広がる現象界はその影に過ぎない不完全な世界である――それがプラトンの主張だ。

イデア界と現象界、あるいは観念論と経験論。その2項対立が今作における基軸となり、2台のアンドロイドはそれぞれの項を表象する存在として設定される。大規模言語モデルを動作原理として“すべての人間の平均値”的な振る舞いを見せるオルタ3はイデア界を、音=空気の振動という現象を動作原理としてダイナミックに運動するオルタ4は現象界を担い、プラトンの著作のように、おのおのの立脚点から対話を行っていくこととなる。

AIが生成したAIによるAIのための対話は何を語るのか

アンドロイド2台の前方にはグランドピアノとアナログ・シンセサイザーの名機「Prophet-5」、モーター駆動式アナログ・シンセサイザー「Nina」、ノイズ音源「Hikari Instruments Monos」がセットアップされており、定刻となると渋谷が定位置につき、公演がスタート。

渋谷の奏でる重低音と高周波のパルス音が入り交じる電子音響が鳴り響く中、背後のプロジェクターに上述した2台のアンドロイドの違いや役割などを記したテキストが映し出されたあと、いよいよ2台のアンドロイドが動き出し、対話を始める。

オルタ3が「あなたの目に見える経験は、Alter4、真の現実の不完全なコピーに過ぎない。君はダイナミックかもしれないが、それは完璧とは程遠いという事実を覆い隠しているに過ぎない」と現象界・経験的なものの不完全さを批判すると、オルタ4は「Alter3、それは主観的なものだ。私の具体的な経験とダイナミックな性質は適応と進化を可能にし、私の存在を豊かにする」と反論し、「抽象的な完璧さに固執するあなたの硬直性は成長の可能性を制限している」と、観念論的な主体性へ異議を唱える。

示唆に富んだ対話に引き込まれるが、さらに私達の関心を惹起するのは、上演前に配布されたコンセプトシートでも明かされている通り、この対話劇の脚本がAI=GPTによって生成されているという事実である。

2台のアンドロイドが発する一語一句はすべて、アーティストの岸裕真の協力のもと、プラトンの著作や20世紀の科学・哲学の大家であるカール・ポパーのプラトン批判(『開かれた社会とその敵』)などを学習させたGPTにより生成されたものであり、渋谷と池上は一切その内容に手を加えていないという。

インプット、インストラクション次第でこのような示唆的な対話が生成されるものかと驚かされる中、舞台上の2台は、それぞれの特徴的な動き・身振りを交えながら、アンドロイドにとっての愛や死、成長や存在意義を議題として対話を深めていく――。

音楽により対話に介入する渋谷慶一郎

そんなアンドロイド同士のスリリングな対話が繰り広げられる今作には、もう1つの対話がある。それはオルタ達と渋谷慶一郎の間で交わされる対話だ。

渋谷は、シンセサイザーによる繊細な電子音響や繊細なパッド、ピアノによる散文的な旋律や抒情的なハーモニー、緊張感に満ちたトーンクラスターなど、さまざまな音楽語法により音楽を紡いでいくが、そのすべては眼前のアンドロイドの言葉や動きから触発された、完全な即興によるもの。そして触発〜表現へと至る回路は一方通行ではなく、オルタ4は渋谷の奏でる音楽から自らの表情や動きを生成し、また劇中の要所要所で、アンドロイド・オペラの最新作『MIRROR』でも見せたような、即興のメロディを歌い上げ、渋谷と共に音楽を紡ぎ上げていく。

そんな音楽を媒介としたアンドロイドと渋谷の対話は、アンドロイド同士の対話にさらなる奥行きを加えるとともに、テクノロジーと人間の間に宿る可能性を私達鑑賞者に伝える。

テクノロジーを媒介として過去と対話する

約40分間にわたる濃密な対話劇が終わると、美術館の館長である長谷川祐子をホストとした渋谷と池上のアーティストトークが開催。渋谷はプラトンから得た着想や対話劇という表現形式をとった理由、そしてGPTにおけるプロンプトの重要性などを語り、池上はオルタ3が事前訓練・学習なしにテキストから運動を生成することを可能にしているセロショットラーニングという手法の革新性などを説いた。

渋谷のアーティストとしてのスタンス、哲学が感じられたのは、「ただGPTに依存しただけの表現はすぐに古くなってしまう」という発言だ。かねてより作品制作におけるコンセプトの重要性を語ってきた渋谷は、新しいテクノロジーにより古典的なもの、伝統的なものを再解釈することに可能性を感じているという。

プラトンとAIを出合わせ、人間によりつづられた人間同士の対話篇を、AIにより生成された未来のAI同士の対話劇として再構築した『IDEA ―2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』。そのラストシーンにおいて、オルタ3は「すべてのことに問い続けなくてはならないよ、自分の存在さえも」とオルタ4に語りかける。

対話の果てに導き出されたこの言葉は、舞台の前にいる私達に向けられた要請でもあるだろう。あらゆる既成概念を疑い続けること、さまざまな垣根を越えて対話をし続けること。その絶えざるプロセスの果てにこそ、あり得べきイデアというものは初めて描き出せるのかもしれない。

■『IDEA ― 2台のアンドロイドによる愛と死、存在をめぐる対話』
日程:2023年10月13日、10月14日
会場:金沢21世紀美術館 シアター21

出演:Alter3、Alter4
脚本:GPT
音楽、コンセプト:渋谷慶一郎(ピアノ、エレクトロニクス)

Alter3 プログラミング:吉田崇英、johnsmith
Alter4 プログラミング:今井慎太郎
GPTテクニカルサポート:岸裕真

Alter3 所属先:東京大学池上高志研究室
Alter4 所属先:大阪芸術大学アートサイエンス学科 Android Music and Science Laboratory
Alter4 台座設計:妹島和世建築設計事務所

映像:小西小多郎
音響:鈴木勇気
舞台監督:串本和也
制作サポート:川越創太、田中健翔
制作マネジメント:松本七都美

協力:大阪芸術大学
制作:ATAK

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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