大阪に誕生した「世界初のアンドロイドと音楽のラボラトリー」の可能性 :連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第6回

領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探る連載「MASSIVE LIFE FLOW」。第6回では、今年4月に大阪芸術大学アートサイエンス学科内に開所した「Android and Music Science Laboratory」(アンドロイド・アンド・ミュージック・サイエンス・ラボラトリー)の開所記念イベントのレポートをお届けする。

同ラボラトリーの開所に際して渋谷は同学科の客員教授に就任。これまでの作品のコラボレーターであるロボット研究者・石黒浩、電子音楽家・今井慎太郎とともに、アンドロイドと音楽をめぐるさまざまなプロジェクトを同ラボラトリーにおいて展開していくという。「世界初の音楽とアンドロイドのラボラトリー」の実態と可能性に迫る。

アート&テクノロジーの未来を照射する研究所が大阪芸大に誕生

左から:オルタ4、ロボット研究者・石黒浩、大阪芸術大学アートサイエンス学科学科長・萩田紀博、音楽家・渋谷慶一郎、電子音楽家・今井慎太郎、建築家・妹島和世 Photography Kenshu Shintsubo
左から:オルタ4、ロボット研究者・石黒浩、大阪芸術大学アートサイエンス学科学科長・萩田紀博、音楽家・渋谷慶一郎、電子音楽家・今井慎太郎、建築家・妹島和世 Photography Kenshu Shintsubo

1970年の大阪万博において、米国の前衛芸術集団のE.A.T.(Experiments in Art and Technology)がプロデュースを手掛けたペプシ館や、武満徹と宇佐美圭司が監督・演出を務めた鉄鋼館の「スペースシアター」、山口勝弘や一柳慧らが参加した三井グループ館などに代表されるように、アートとテクノロジーは1つの幸福な結実の在りようを見せ、そこで提示されたヴィジョンやアウトプットがその後のクリエイティブシーンに多大な影響を与えたことはよく知られている。

それから半世紀余りを経て、3年後に2度目となる万博の開催を控える大阪の地に、表現と先進技術の新たな未来を照射し得る画期的なラボラトリーが誕生した。

それは、大阪芸術大学のアートサイエンス学科内に開所した「Android and Music Science Laboratory」(アンドロイド・アンド・ミュージック・サイエンス・ラボラトリー:以下、AMSL)であり、「世界初の音楽とアンドロイドのラボラトリー」と銘打たれ、本連載の主役である音楽家・渋谷慶一郎、渋谷のアンドロイド・オペラ作品で「主演」を務めてきたアンドロイドのオルタ・シリーズの開発者であるロボット研究者・石黒浩、渋谷の『Super Angels』(2021年世界初演)以降の作品でオルタの音声・歌唱から動作に至るまでのシステム開発を担う電子音楽家・今井慎太郎の3名が運営を担っていくのだという(以前から同学科の客員教授を務めていた石黒に加え、渋谷と今井がラボラトリーの開所に際してこの4月から同学科の客員教授に就任)。

その実態と可能性を確かめるべく、4月の終わりに催されたラボラトリーの開所式典と渋谷による記念演奏会へと足を運んだ。

シリーズ最新アンドロイド・オルタ4と音響機器がセットアップされたSFのような空間

Photography Kenshu Shintsubo

大阪芸術大学のアートサイエンス学科は、アートとサイエンスを融合させた領域横断的な研究・教育を行い次代を担うクリエイターを育むことを目的として2017年に新設され、ロボットとアートの融合について研究・実践を重ねてきた萩田紀博が学科長を務める。同学科の拠点となる校舎は、日本屈指の建築家であり同学で客員教授を務める妹島和世の設計によるもので、オーガニックな曲線美と360度のガラス面の開口が印象的な開放感あふれる空間となっている。

ラボラトリーが位置するのは、そんな校舎の地下1階。エントランスホールを抜け階段を降り、同ラボに足を踏み入れてみると、妹島が内装から什器に至るまでデザインを手掛けたミニマルな空間に、オルタ・シリーズの最新型であるオルタ4が、ピアノ、シンセサイザーとともにセットアップされ、悠然とした動きと表情をたたえながらこちらを見つめていた。

日常的な想像力の閾値を超えた光景を前にSF作品の1シーンに入り込んだような感覚すらも覚える中、改めてこの空間の主役であるオルタ4にじっくりと目を向けてみる。
これまで渋谷の過去作品などで幾度もオルタ・シリーズを目にしてきたが、オルタ4を前に感じたのはその表情と動きのさらなる豊かさだ。当日配布された資料によれば、オルタ4は従来機よりも表情筋の可動域が増え、舌の動作が強化されたことにより、これまで以上に豊かな表情をつくることが可能になったのだという 。
また、全身の強度が増し関節数も43から53に増え、よりダイナミックな表現も行えるように。ますますの自由度を獲得したオルタ4は、ラボラトリーから今後生み出されていくプロジェクトへの期待感を高めずにはいられない際立った存在感を放っていた。

アート&テクノロジーにおける予定調和とつまらさなさを打ち破る

ラボラトリーでは、渋谷、石黒、今井の3名が中心となりオルタ4を主軸としたパフォーマンスやインスタレーション作品の制作を行っていくが、そのプロセスはアートサイエンス学科の学生達に公開され、学生達は自身のスキルに応じ見学や参加を行うことが可能とのこと。
世界水準のプロジェクトに参加していくことは決して容易ではないだろうが、アートとテクノロジーが交錯する領域の最前線において次代を切り拓くクリエイションが紡がれていくプロセスを共有する経験は、得難い学びや気付きをもたらしてくれる筈だ。

式典の前に行われたパネルディスカッションにおいて、渋谷はアートとサイエンス、或いはアートとテクノロジーの融合を謳うプロジェクトや作品は多々あるものの、つまらないものも決して少なくないとの指摘を行っていた。
その理由として挙げられていたのは、プロジェクトに関わる主体がアートの側もテクノロジーの側もそれぞれが己の専門性の裡に留まっていることが多く、その結果として生まれるアウトプットが極めて予定調和的になってしまうというもの。

職人的なこだわりを捨て去り自身の専門性を飛び越え互いの領域を侵食し合うことによって、その「つまらなさ」は打破できるのだと渋谷は言うが、それはまさに渋谷自身がこれまでの活動、作品において体現し続けてきたことであり、その横断性や知的蛮勇さは石黒と今井もまた持ち合わせているものでもある。
この場から生み出されていくプロジェクトの具体的内容についてはまだ知る術もないが、それがつまらなさや予定調和とは無縁であるということは確実に言えるだろう。

未来の可能性を存分に伝える、人とアンドロイドによる即興の「セッション」

関係各位によるテープカットを経てラボラトリーは遂に開所となった Photography Kenshu Shintsubo
関係各位によるテープカットを経てラボラトリーは遂に開所となった Photography Kenshu Shintsubo

式典において関係各位によるテープカットが行われラボラトリーは正式に開所となり、その後には渋谷とオルタ4による記念演奏会が披露された。
渋谷が自身のセッティングとして用意したのは、グランドピアノと1978年に発表されたアナログシンセサイザーの名機・Prophet-5(プロフェット5)が2020年に最新型として改良、発表されたRev4。

グランドピアノを弾く渋谷と「即興」で歌うオルタ4 Photography Kenshu Shintsubo
グランドピアノを弾く渋谷と「即興」で歌うオルタ4 Photography Kenshu Shintsubo

渋谷はまずプロフェット5を用いて低音のドローンやアブストラクトなサウンドを奏で始める。するとオルタ4はその音に合わせてゆったりと身を揺らしながら、英語によるポエトリーリーディングを開始。そんなオルタ4の反応を確かめながら、渋谷は倍音豊かなベルサウンドやメランコリックなリードなど、緩やかに音色を変化させながらサウンドを展開していく。

そして、渋谷がパッドサウンドでハーモニーを奏でた時──、オルタ4は機械と人の間にあるような独特な声で、歌を歌い始めた。驚くべきは、この歌は事前にプログラミングされたものでは一切なく、あくまでこの今、渋谷のサウンドを「聴き」ながら、オルタ4自身が即興で生み出しているものであるということだ。
パフォーマンスの後半にかけて渋谷はグランドピアノの前に身を移し、現代音楽的なトーンクラスターから繊細でリリカルなフレーズ、ハーモニーまで多彩にサウンドを紡いでいくが、その中でもオルタ4は渋谷の演奏に完全に合わせて自在に歌で応えていく。

互いが相手のアウトプットに耳を澄ましそれに応じて音を繰り出していく様はまごうことなくセッションと呼べるものであり、事前にプログラムされたものとは異なる次元の緊張感や充実感を見る者に伝えてくる。
アンドロイドと音楽の未来の可能性を十二分に示し、記念イベントは幕を閉じた。

左から:石黒、オルタ4、渋谷。石黒は大阪・関西万博でテーマ「いのちを拡げる」のプロデューサーも務める Photography Kenshu Shintsubo
左から:石黒、オルタ4、渋谷。石黒は大阪・関西万博でテーマ「いのちを拡げる」のプロデューサーも務める Photography Kenshu Shintsubo

ラボラトリーが向かうゴールの1つには、3年後に開催を控える大阪・関西万博がある。
「いのち輝く未来社会のデザイン」の実現を目指す同万博には8つのテーマが設定されており、石黒はその内の「いのちを拡げる」のプロデューサーとしてさまざまな展示や企画を担当するが、そこではラボラトリーを拠点につくり上げるプロジェクトの成果も見られる予定となっている。

70年の万博で切り拓かれたアートとテクノロジーの地平がどのように更新されることとなるのか。渋谷、石黒、今井らにより3年後に描き出される創造と想像の新たな未来に、今から期待せずにはいられない。

■Android and Music Science Laboratory (AMSL)
客員教授:渋谷慶一郎、石黒浩、今井慎太郎、妹島和世(ラボ設計)

設計家具・内装:妹島和世建築設計事務所(担当 / 妹島和世、棚瀬純孝、降矢宜幸、原田直哉、松永理紗)
音響アドバイザー:清水寧
施工・建築:大成建設(担当 / 山浦恵介、松久峻也)
什器:空想舎、hhstyle.com (担当:渡邊淳)
カーテン:クリエーションバウマン(担当 / 中島昌史)
照明協力:ミネベアミツミ株式会社

アンドロイド製作:株式会社エーラボ
音響システム:久保二朗(株式会社アコースティックフィールド)

プロジェクトマネジメント:松本七都美(ATAK)
プロデューサー:内藤久幹

協力:株式会社ヤマハミュージックジャパン、ヤマハ株式会社、NATIVE INSTRUMENTS、ATAK

渋谷慶一郎が映画作品『ホリック xxxHOLiC』(監督:蜷川実花、主演: 神木隆之介×柴咲コウ)に書き下ろした全21曲を収録したアルバム『ATAK025 xxxHOLiC』を発表。

渋谷慶一郎
音楽家。東京藝術大学作曲科卒業、2002 年に音楽レーベル ATAK を設立。作品は電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。代表作は人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』(2012)、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』(2018)など。
2020 年に映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当、毎日映画コンクール音楽賞、日本映画批評家大賞映画音楽賞を受賞。2021 年8 月 東京・新国立劇場にてオペラ作品『Super Angels』を世界初演。2022 年3 月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE 現地のオーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®『MIRROR』を発表。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。
http://atak.jp
Photography Mari Katayama

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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