元「デザート」編集長の鈴木重毅に聞く少女マンガの引力 恋愛作品や感情表現の豊かさが教えてくれること

鈴木重毅
マンガ編集者。1996年、講談社に入社し「週刊少年マガジン」編集部に配属される。1998年「デザート」編集部に異動。2013年より同誌編集長に。2019年、講談社を退社し、マンガ家のマネジメント会社スピカワークスを設立。主な担当作に『好きっていいなよ。』(作・葉月かなえ)、『となりの怪物くん』(作・ろびこ)、『ライアー×ライアー』(作・金田一蓮十郎)、『たいようのいえ』(作・タアモ)、『春待つ僕ら』(作・あなしん)、『ゆびさきと恋々』(作・森下suu)、『うるわしの宵の月』(作・やまもり三香)、『恋せよまやかし天使ども』(作・卯月ココ)などがある。マンガ家や志望者向けのオンラインイベント「少女まんが勉強会」や、マンガ編集者のためのサークル活動「まんが編集の会」などを実施している。
X(旧Twitter):@henshu_shigel

「少女マンガ」と聞いてあなたが思い浮かべるイメージはなんだろう。キラキラした絵柄や恋愛模様、あるいは学校が舞台のドタバタコメディだろうか。「同じように捉えられがちなジャンルだけど、どの物語にも違いがあるんですよ」。そう話すのは2013年から2019年まで少女マンガ誌「デザート」の編集長を務めた鈴木重毅だ。鈴木は1996年に講談社に入社後、「週刊少年マガジン」編集部で2年間、「デザート」編集部で21年間勤務した経歴を持つ。これまでに担当した少女マンガの累計発行部数は4000万部を超え、その中には『ゆびさきと恋々』(作・森下suu)、『うるわしの宵の月』(作・やまもり三香)、『好きっていいなよ。』(作・葉月かなえ)、『となりの怪物くん』(作・ろびこ)、『春待つ僕ら』(作・あなしん)、などのヒット作が並ぶ。

少女マンガは現在に至るまで大勢の読者を獲得し、映画化やドラマ化、アニメ化といったメディアミックスの波を生み出してきたが、その一方で「恋愛モノが多い」「女性向け」のイメージから、未だ手を伸ばしたことのない人もいるだろう。今年9月にマンガの描き方を指南した書籍『「好き」を育てるマンガ術』(フィルムアート社)を上梓し、少女マンガ家をサポートし続ける鈴木に少女マンガの魅力を聞いた。

少女マンガと少年マンガの違い

—— 鈴木さんはもともとマンガ編集者を目指されていたのですか?

鈴木:いえ、はじめはマンガ家になりたかったんです。僕が小学生だった時は、ちょうど「週刊少年ジャンプ」(集英社)の人気が急上昇している頃でした。『キャプテン翼』(作・高橋陽一)に影響を受けた子ども達が、サッカーボールを蹴りながら登下校したり、キン肉マン消しゴム(通称「キン消し」)が大ブームになったりした時代で。夕方の時間帯にマンガを原作にしたテレビアニメがたくさん放送されていたこともあって、マンガが一気に子ども文化のメインストリームに躍り出てきました。そういうわけで僕も「マンガ家ってかっこいい!」と思い、マンガを描くことにしたのですが、僕よりもめちゃくちゃ上手い同級生が周りにいて……。「こういう人がマンガ家になるんだな」とすぐ心が折れてしまったんです。そんな時に藤子不二雄先生の『まんが道』を読み、マンガ編集者なるものがこの世に存在すると知りました。その体験が大人になるまで頭の片隅にずっと残っていたので、就職活動の時には編集者を目指すようになりました。

——2年間の「週刊少年マガジン」編集部を経て、少女向けマンガ誌の「デザート」編集部へ異動したんですよね。

鈴木:異動辞令が出た時は青天の霹靂のように感じました。「デザート」が創刊してからまだ1年もたっていない頃だったので、そもそも媒体の存在も知らなかったんです。「そんなお菓子の専門誌があったっけ?」と思ったほど(笑)。それまで少女マンガは自分にあまりなじみのないジャンルだったこともあり、戸惑いながらも最初に『花より男子』(作・神尾葉子)を少女マンガのお手本として読み込みんだのを覚えています。そうして少女マンガを読んでいくと、おもしろい作品がたくさんあることに気付かされ、いつの間にか自分も「すごい少女マンガ作品を生み出すことに関わりたい」と考えるようになっていました。その後徐々に経験を積んで「この編集部で自分はやっていけるかも」と思えるようになってからは、2019年に講談社を退社するまで、結果的に少女マンガ畑にい続けることになりました。先輩いわく、そのおもしろさに気付いて僕のように少女マンガ編集部に異動したきりになった人も実は多かったそうです。

——少女マンガのどのような点に魅力を感じていますか?

鈴木:日頃、僕達が忘れがちになっている物事を丁寧にすくい上げ、その価値を再発見させてくれる点が魅力的です。また、絵をはじめとした表現の方法もそうですが、世界や人間の見方、捉え方が繊細ですてきだなと思います。少女マンガをあまり読まない人から見ると、少女マンガというのはすべて同じように捉えられる傾向にあるジャンルだとは思うのですが……。少年マンガと一番異なるのは、登場人物の感情に大きく焦点を当てていることです。

少女マンガは人間関係を中心に物語を進行することが多く、人と人の絆から生まれる恋心などの感情を取り上げようとするものが多いのですが、個人的な実感としては、社会でどう生きていくかを考えた時に、若い女性のほうが若い男性よりも身近な物事に問題意識が向きやすいからかなと思っています。卑近な例が僕の高校生の娘。彼女の話を聞いていると、友達との付き合いに心を砕いている印象を受けます。家族旅行をした時も、友達に渡すお土産を選ぶために驚くほど長い時間をかけたりしていました。彼女に限らず、女性は周りの人の感情というものに対してとても敏感で繊細だなと感じます。また、生きていく時のさまざまな場面でその都度他人とどう向き合っていくのかというのは、誰にとっても大事な問題ではないでしょうか。

——感情に焦点を当てる。確かに、少女マンガにはモノローグが多い印象があります。

鈴木:登場人物たちの気持ちを共有してもらい、他の人がどんなことを思い考えているのか知ってもらうことで、読者に生きていくための支えや勇気を感じてもらうことができるかもしれないし、自分と同じ悩みを抱えている人がいたと知って、力にしてもらうことができる時もあると思うんです。難しい決断を迫られる場面や感情が大きく揺さぶられる場面で、他の人が感じていることや考えをのぞき見るなんて、現実社会ではできないですよね。でもマンガではモノローグがあればそれが可能になるし、それこそがモノローグの醍醐味だと思います。登場人物の口に出していることと思っていることが違う裏腹な状況も読者に見せられますし、より読者がキャラクターに感情移入できるきっかけにもなりますよね。

また、モノローグと一くくりに言えど、その中にはさまざまな表現の仕方があります。例えば森下suu先生の『ゆびさきと恋々』は、聴覚障がいを抱える主人公の雪が大学の先輩である逸臣と恋をする物語です。雪は言葉を声に出すことはないのですが、その分モノローグや表情、手話で感情を表現しています。モノローグと言っても、さまざまな表現の仕方、違いがあるのでそれを知って楽しんでほしいです。

少女マンガ読者が求めるもの

——少女マンガはどのような読者を想定して描かれるのでしょうか?

鈴木:マンガ家さんや編集者によって違うと思いますが、僕は「デザート」に所属してしばらくたってからは、マクドナルドやスターバックスで「全然いいことなんてないよね〜」とぼやいている10代後半から20代前半の女性をペルソナに考えていました。彼女達が「明日も頑張ろう」と思えるようなマンガを作っていこうと。個人的な感覚の話になりますけれど、女性はマンガを読んで気持ちを浄化したいという欲求を持っていることが少なくないと感じます。ファンからは「キュンとする」と言われることがとても多いので、学校や仕事で疲れたり、嫌なことがあったりした時に、少女マンガで心をときめかせて気分を上向きにリセットしたいのかなと。1日の終わりに、夜に半身浴をしながらマンガを読むという声も聞くので、そういう「リセット欲」が根底にあるんだと思います。だからこそ少女マンガ読者からのお便りは、感謝の気持ちをたっぷりとつづったものが多いですね。実は、少年マンガ誌から異動した時に一番驚いたことは、読者の方からマンガ家さん宛に届くお便りの丁寧さでした。「人はこんなに感想を伝えてくれるものなのか!?」と感動しました。

——読者の気持ちを前向きにリセットさせる……。基本的に少女マンガ読者が重視していると鈴木さんが感じる要素は他にもあるのでしょうか。

鈴木:やはり人間と人間の関係性は重視して読まれている気がします。ですから長い連載作品になってくると、恋愛だけではなく、友達や先輩、後輩、家族などとの関係性を描いたエピソードもとても丁寧に読みこんでくれているなと感じます。また、それぞれの登場人物を個別に追うだけでなく、登場人物同士が関わって起きる化学変化のようなドラマにも興味を持ち、登場人物たちの行く末にも思いを重ねてくれていると思います。少女マンガに限りませんが、誰にどんなドラマがあり、誰と関わってどんな新しいドラマが生まれるかというのは、自分の人生と重ね合わせて思い入れを感じながら読む方が多いのではないでしょうか。それと、最近「尊い」という感想もよくもらいます。以前は、ヒロインやヒーロー個人への憧れが強かったのが、最近は誰かと誰かの関係性に憧れる人が多くなっている気がしますね。

——長年少女マンガ編集に携わってきた中で見えてきた、読者に好まれる少女マンガとは?

鈴木:答えるのが難しい質問ですが、王道はすてきな男の子とのすてきなラブストーリーだと思います。でもそれは、単にラブストーリーというのではなく、少しでも理想の自分に近づきたいという葛藤と成長の物語であり、誰もが人生の中で一度は通り得る物語ではないでしょうか。

もう一つが登場人物や世界観に魅力が感じられるもの。そのためには、著書の中でも繰り返し書いていますが、マンガ家さんそれぞれが「好き」で選んで描いているものが詰まっているということが重要だと思います。

ただ、あえて言えば最近ニーズが高いのは、主人公が最初から恋愛相手に溺愛されている作品かなと感じます。以前は、主人公が恋心を実らせるためにいくつもの試練を乗り越えるような、少しずつ展開する物語が多かったんです。でも今は、好きな人に思いを伝えるまでに長い時間を要すると、読者が痺れをきらしてしまう。

その背景には、景気が悪く暗いムードが漂う社会状況もあると思います。マンガは社会の様相を映し出すものでもあります。現実が苦しいのに、フィクションでまでつらい内容を読みたくないという意識が反映されているのではないかと。個人的な感覚ですが、恋愛をネガティブに捉え、「傷つくことをしたくない」「一足飛びに結婚したい」「いやそもそも結婚したくない」という考えの人が増えている印象もあります。少年マンガにも同じことが言えるかもしれません。たとえば以前は修行を繰り返すことで主人公が少しずつ強くなる話が多かった印象なのに、最近では何者でもなかった主人公が、異世界に行った途端チート能力で無双する「異世界転生モノ」がはやっていたりもします。もちろん少しずつ展開する少女マンガも、無双しない異世界転生モノもあるので、あくまでも近年の傾向の話として受け取ってください。

——改めて、それでも少女マンガはかなりの割合で恋愛をメインテーマに置いているように感じます。それほどまでに恋愛が重要な要素である理由をお聞きしたいです。

鈴木:少女マンガに限ったことではないと思います。世の中には常に新しいラブソングが生まれていますし、古今東西のエンタメにおいてラブロマンスは人気のテーマではないでしょうか。繰り返しますが、少女マンガは人と人との関わりに焦点を当て、絆の結び方や感情の共有の仕方を描く傾向が強いジャンルです。僕は恋愛のことを、他人と他人が結ぶ関係性の中で最も強くて難しいものだと思っています。ゆえに恋愛についての人の悩みは尽きないのでしょうし、題材として取り上げる頻度が多いのだと思います。でも、題材は恋愛だったとしても、マンガ家が核として描いているのは人間の葛藤と成長であることが多いです。ですから、自分の悩みに寄り添ってくれる物語や、人生を生きやすくする価値観を教えてくれる物語、勇気を与えてくれるキャラクターが必ず見つかるはずです。「恋愛ものばかりだから……」とあまり少女マンガを読んだことがない人にも、気軽に作品を手に取ってほしいですね。

より多くの読者へ作品を届けるには

——鈴木さんは2019年に講談社を退職してから、マンガ家のマネジメント会社である株式会社スピカワークスを設立していますよね。

鈴木:僕は現役の編集者として一生をかけて作品に関わり続けたかったんです。スピカワークスは、契約マンガ家さんのマネジメントやプロデュース、新人マンガ家さんの育成などを行う会社です。媒体に所属して編集者をしていると、どうしてもその媒体のために働くことが主軸になる。でも僕はマンガ家さん達の魅力を引き出していくことにもっと挑戦していきたかった。編集者によっていろいろな考え方があるのですが、魅力ある作品が生まれるのは、マンガ家さんが「この作品を本気で描きたい!」と思ってくれた時だと考えています。企画や原作が先行する作品もありますが、マンガ家さん達の熱意が一番大切。あとは、たとえマンガ家さん達が媒体の連載以外にも興味を持った場合でも、そこに伴走したい思いがあったんです。僕は、自分が担当したマンガ家さんには必ず大きく化けてほしいし、何がなんでも大成させたい。まだまだ道半ばですが、そんなことを思いながら仕事しています。

——今年9月に発売した著書『「好き」を育てるマンガ術』には、「少女マンガ編集者が答える『伝わる』作品の描き方」というサブタイトルがついています。魅力的でおもしろい作品の描き方ではなく、「伝わる作品」としたのはなぜでしょうか?

鈴木:僕自身が、マンガを世に送り出すのであれば「たくさんの人に読んでもらいたい」と考えてきたからですね。マンガ家さんが一生懸命描いた作品が「わからないから読めない」と思われてしまうのは嫌なんです。魅力的なマンガを成立させる要素のピラミッドが存在するとして、その基礎となる一番土台の層には「伝えたいことが伝わる」があるべきだと思っています。魅力やおもしろさはその上に積み上げられるものなので、まずは作者の伝えたいことが読者に理解される必要がある。

あとは、伝わりやすさ自体はある程度技術で実現できるからですね。魅力やおもしろさには人の価値観が入りやすい。僕にももちろん「何がおもしろいか」という個人的な考えはありますけど、どこまで行っても僕の個人的感覚なので。そういうことは今回出版した本に書きたくなかったんです。創作で悩みを抱えている作家さん達に、僕が考えるおもしろさへ寄せたものの考え方をしてほしくなかった。それよりも、伝えるという技術をもっと楽に捉えてもらうことで、皆さんに少しでも楽しんで作品を描いてもらうことのほうが大切だと思うんです。

『「好き」を育てるマンガ術』
元「デザート」編集長かつ株式会社スピカワークス代表の鈴木重毅が、マンガ家やマンガ家志望者から寄せられた創作の悩みに答えるクリエイター必携の指南書。「どうしたらキャラが立つ?」「物語の膨らませ方は?」「読者をキュンとさせるにはどうするべき?」「スランプの解消法は?」など、鈴木が約30年の編集者歴で受けた相談の数々を、55のトピックに分けて収録した。マンガ家のマネジメント会社であるスピカワークスに所属する森下suuのインタビューや、マンガ編集者達による座談会も掲載。マンガ家が好きなものに対する熱意をいかに育て、それを読者にどう伝えていくべきか。現役のマンガ編集者ならではの実践的アドバイスが詰まった1冊となっている。

著者:鈴木重毅
装画:森下suu
発売日:2023年9月26日
仕様:四六判・並製
ページ数:360ページ
価格:¥2,200
発行:フィルムアート社
filmart.co.jp/books/manga_anime/shigel_manga/

author:

利川 果奈子

名古屋大学院情報学研究科修了。2023年にINFASパブリケーションズ入社。

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