AFFECTUS, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/affectus/ Thu, 15 Jun 2023 02:30:48 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png AFFECTUS, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/affectus/ 32 32 ニック・ウースターの歩みと日本モードの可能性 https://tokion.jp/2023/06/17/interview-nick-wooster/ Sat, 17 Jun 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=188270 世界を知るメンズファッションのスター、ニック・ウースター。彼が語るこれまでの歩みと、日本ファッションの今。

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「バーニーズ ニューヨーク」や「カルバン・クライン」等、ファッション界の最前線でキャリアを重ね、そのスタイルがメンズファッションの指針にもなってきたニック・ウースター。日本ファッションとの結びつきも強く、多くの若手デザイナーを輩出している「TOKYO FASHION AWARD」でも審査員を務めている。そして2023年6月には、同アワードで出会った「ボロ(襤褸)」など日本の伝統を融合したメンズブランド「クオン」と、コラボレーションアイテムを発表する。

これまでの歩みについて尋ねながら、21世紀のメンズファッション、日本ブランドの可能性と課題、そして終盤では「クオン」のデザイナー、石橋真一郎にも参加してもらい、コラボアイテムの取り組みについて聞いていく。示唆に富むニック・ウースターの言葉に、耳を傾けよう。

ニック・ウースター
1960年7月2日生まれ。「バーニーズ ニューヨーク」や「バーグドルフ グッドマン」ではバイヤーとして、「カルバン・クライン」ではリテール・マーチャンダイジング・ディレクター、「ポロ ラルフ ローレン」ではデザインディレクターを経験。現在はファッションコンサルタントとして、さまざまなブランドのアドバイザーを務め、Instagramのフォロワー数が100万人を超えるなど、メンズファッションのアイコンとしても世界的に注目を集める。「TOKYO FASHION AWARD」では審査員を務めている。

幼くして目覚めていたファッションへの情熱

−−ファッションに興味を持つきっかけとなった出来事は何でしたか?

ニック・ウースター(以下、ニック):短く答えるなら「わからない」になります。基本的に幼い頃から、服にこだわっていた記憶があります。幼稚園から学校に行くまでの間、自分の服は常に自分で選んでいました。

−−そんなに幼いころから、ご自身で着る服を選んでいたのですか?

ニック:母でも、私の服を選ぶことができませんでした。自分で選ばないと気がすまなかったんですよ。母が選んでくれた服には、「着ない」とはっきり言っていましたし。だから、幼い頃から服に興味があることは明らかでした。ファッションについて語る時、私はファッションには興味があるのではなく、洋服に興味があると表現します。そして、いざ「働く」というタイミングになった時、ファッションや洋服に関わる仕事が一番おもしろそうに思えたので、選んだだけでした。だから、特別な出来事や理由はなかったように思います。

−−ニックさんにとって、アイコンとなったファッションデザイナーやファッションインフルエンサーがいらっしゃったら、教えてください。

ニック:これも先ほどと同じ答えになってしまうのですが、特別憧れたスタイルや人物といった、アイコンのような存在が私にはいませんでした。私にとって、服を見るために最も興味深い場所は、必ずしもファッションウィークやファッションショーではありません。ランウェイで特定のデザイナーを見るよりも、空港やレストラン、美術館に出かけて、そこにいる人達に目を向けるほうがおもしろいんです。

−−都市で見かけるファッションが、ニックさんにとって大切だったんですね。

ニック:ただ、若い頃のラルフ・ローレンや、過去40年間にわたる川久保玲のように、自分にとって重要なデザイナーがいることは確かです。もちろん、カール・ラガーフェルドやココ・シャネル、ジョルジオ・アルマーニなど、ファッションの歴史にとって重要で偉大なデザイナーはたくさんいます。しかし、私はある特定のデザイナーよりも、いろいろなものを見ることでインスピレーションを得ることが多いです。ただ、現代も素晴らしいデザイナーはたくさんいます。私にとっては、そのほとんどが日本人デザイナーになりますが。国に限った話ではありませんが、日本におもしろさを感じることがとても多いですね。

−−キャリアについてお尋ねします。以前は「バーニーズ ニューヨーク」のような小売企業で働き、その後「カルバン・クライン」や「ラルフ ローレン」などのブランドに移っていますが、なぜ、このようなキャリアを歩んだのでしょうか?

ニック:おっしゃる通りです。最初は「バーニーズ ニューヨーク」でバイヤーとして働き、その後「バーグドルフ グッドマン」で働きました。その頃から、ただ仕入れるだけでなく、クリエイションや商品開発、製品に携わることのほうが自分にとっておもしろいのではないかと、考えるようになったんです。幸いなことに、まず「カルバン・クライン」で、次に「ラルフ ローレン」で、そして小規模なデザイナー達のブランドといった具合に、経験を重ねていくことができました。おもしろいのは、2010年に「ニーマン・マーカス」と「バーグドルフ グッドマン」で働いたことです。つまり、1周回って小売業に戻ってきたということです。小売りビジネスも好きですが、製品に携わることも大好きです。でも、私に転職を本当に決意させた大きな理由は、野心でした。

偉大なデザイナーの仕事と日本について

−−21世紀のメンズファッションには、エディ・スリマンのスキニースタイル、トム・ブラウンのスーツのように、大きなインパクトを与える変化がありました。ニックさんにとって、21世紀のメンズファッションの中で最も印象的な出来事は何ですか?

ニック:トム・ブラウンとエディ・スリマンの話が出たのは興味深いです。この2人は21世紀初頭のメンズファッションにおいて、最も重要な存在だったと思います。しかし、興味深いのは、エディ・スリマン自身もスーパースキニーシルエットから脱却していることです。そして、今では少しオーバーサイズになってきていますよね。シルエットの観点でいえば、リック・オウエンスも重要な人物と言えるでしょう。「バレンシアガ」と「ヴェトモン」のデムナ・ヴァザリアも、オーバーサイズというアイデアを変えた1人です。どのデザインもおもしろいのは、人々が新しいものに興味を持つようになったという点です。

−−ファッションデザイナーが、心がけなければいけないことは何でしょうか?

ニック:デザイナーとしてやらなければならないことは、魅力的なものを作り続けることだと思います。欲望を作り続けること、欲望を生み出すことです。エディやトムは、今世紀初頭に新しい欲望を実現しました。リックやデムナもそうです。そして、川久保玲のように、40年もの間、この仕事を続けている人もいます。デザイナー達は、たとえそれが本当に奇妙で難解なものであっても、常に欲望の対象となるものを作り続けているのです。もしかしたら、あなたはそんな服を着たくないと言うかもしれません。でも、デザイナーたちの影響は後々まで続くかもしれないのです。これこそが、偉大なデザイナーの仕事です。

−−日本には「アメトラ(アメリカン トラッド)」という言葉があります。これは和製英語で、「アメリカントラディショナル」を意味しています。これまで多くのアメリカの伝統的なアイテムやスタイルが日本に入ってきて、今、新しいスタイルのファッションを作り出しています。ニックさんには、日本のメンズファッションがどのように映りますか?

ニック:これが質問に対する、正確な答えかどうかはわかりませんが、少なくとも私が33年前から日本に来ている経験から言えることは、伝統に対する姿勢は常に日本が持っている特徴です。

−−ニックさんから見た日本の伝統への姿勢とは、どのようなものでしょうか?

ニック:伝統への敬意、クラシックへの敬意など、常に「敬意」がありました。これはいつも言っていることですが、川久保玲でさえも、私の考えでは極めて古典的です。彼女はアバンギャルドですが、常にイギリスのテーラリング、ネイビーブルー、青と白のシャツといった、メンズウェアの非常に古典的な伝統に根ざしています。しかし、明らかに彼女の解釈はまったく違うものと言えます。渡辺淳弥も川久保玲の弟子ですが、彼も伝統に敬意を払い、伝統を理解する姿勢を持っています。「ザ・リアルマッコイズ」のような素晴らしい場所に行けば、いつも素晴らしいヴィンテージピースが見つかりますし、それらのファッションは、常にアメリカの何かに根ざしています。だけど、その解釈は日本独自のものと言えるでしょう。

日本ブランドが、世界で勝負するために必要なことは?

−−日本、ヨーロッパ、アメリカ、それぞれのブランドにどのような独自性、ストロングポイントを感じていますか? 特に、日本のファッションについてはどのようにお考えでしょうか?

ニック:それぞれの国、イタリア、アメリカ、フランスといったところは、それぞれストロングポイントがあるわけですが、例えばアメリカはカジュアルなスタイルでよく知られていますね。良くも悪くも、私達アメリカのカジュアルスタイルは、パーカーやスニーカーなどのアイデアが世界から注目されるようになりました。

−−その他の国はいかかでしょうか?

ニック:ヨーロッパ、特にイタリアのファッションは、テーラリングやサルトリアル、品質の高さを大切にしてきたと思います。日本では、それぞれの国の良さを取り入れ、常に新しさを生み出すフィルターを通して独自のものに仕上げています。

−−ニックさんは「TOKYO FASHION AWARD」の審査員も務めています。

ニック:東京ファッションウィークや「TOKYO FASHION AWARD」に参加するブランドこそが、「新しいもの」だと思います。日本の老舗ブランドは、何年も前からヨーロッパで発表していますが、今はパリがホームグラウンドになっています。

−−ファッションにおけるパリとは、どのような場所だとお考えですか?

ニック:パリは、アメリカ人、イタリア人、イギリス人、日本人など、さまざまな人種が集まるメルティングポットで、ある意味、ファッション都市の中で最も国際的と言えるでしょう。しかし、東京ファッションウィークや「TOKYO FASHION AWARD」は、いつかパリの多くのブランドと同じステージに立つことになる、新しいブランドと出会える機会です。新しいブランドとの出会いを、可能にするシステムがあることは良いことですし、この分野では日本がリードしていると思います。なぜなら、ロンドンファッションウィークやニューヨークファッションウィークは、以前ほど重要視されていないからです。

−−日本発の新進気鋭のブランド。これは日本にとっての長所ですが、日本のブランドや日本のファッション戦略に弱点はないでしょうか?

ニック:これについては何度もお話ししていることですが、もう一度言います。日本特有の問題に思えるのは、セールスに対するアプローチです。世界の国々では、セリングキャンペーンは通常1カ月から6週間の期間をかけて、世界中のお客さまに見せることが可能なことが重要だといわれています。しかし、日本のブランドは、日本国内で各ブランドが2日間から3日間と、期間を決めて展示会を開催しています。例えば、3月1日と2日にAというブランドが展示会を開催し、3月30日と31日に別のブランドが展示会を開催するといった具合です。パリやミラノ、ニューヨークから日本に来て1週間滞在するとします。もし、その週がAとB、どちらかのブランド1つしか展示会を開催していなかっとしたら、あなたはどうしますか?

−−両方のブランドを見たくても、1つは諦めざるを得ません。

ニック:これは日本独自の現象で、世界との関係を構築するにあたって良いことではありません。世界中の人々がいつでも日本へ来ることができるわけではないため、日本の新進ブランドがシーズンごとに人々を引きつけるためには、この問題に対処する必要があります。

−−それは、小規模の新進ブランドが対処するには非常に難しい問題です。

ニック:「グッチ」や「プラダ」などのメガブランドは、世界でこれを実行できますが、日本の新進気鋭のブランドが、メガブランドと同様のことはできません。あるシーズンに見てもらい、コレクションをオーダーしてもらえるかもしれませんが、それは幸運だったからに過ぎません。

−−日本市場は、ヨーロッパ市場やアメリカ市場とは異なっている側面があると思います。デザインにおいても日本のブランドは、欧米のマーケットを考えてコレクションをデザインする必要があると思いますが、どうでしょう?つまり、日本のブランドがグローバルで成功するためには、プロダクトファーストとマーケットファースト、どちらがいいのでしょうか?

ニック:まあ、にわとりと卵の問題ですよね。「どっちが大事なんだ?」という。つまり、どちらも同じくらい重要だと言えるでしょう。私の場合、卵が先、製品が正しくなければならないと考えています。そして、10回中9回、つまり90%の確率で、日本から来たプロダクトは私の意見ではベストだと言えます。問題というか、もしかしたら見直す必要があるかもしれない部分、それは調整ですね。

−−それは具体的にはどういうことですか?

ニック:サイズやマーケットの日程という問題がありますし、以前は価格設定が大きな問題でした。今は円安で有利ということもありますが、これらは日本ブランドが海外とビジネスをする上で常に問題になっていたことです。もし、日本ブランドが、サイズや時間、価格などの市場条件を克服することができれば、世界のどこでもビジネスを成功させることができます。そして今、その可能性を持つブランドが増えています。これは励みになるはずです。とても楽しみなことですし、エキサイティングです。

コラボを通しても表現される揺るがないスタイル

−−6月に「クオン」とニックさんのコラボレーションアイテムが発売されますが、石橋さんがニックさんと初めてお会いしたのはいつでしたか?

石橋真一郎(以下、石橋):初めてお会いしたのは、2018年に開催された「TOKYO FASHION AWARD」の審査でした。「クオン」が受賞ブランドの1つに選ばれ、その時の審査員がニックさんだったんです。当時、「クオン」の事務所は中目黒にあって、とても小さな事務所だったんですが、そこへニックさんが来てくれたんですよ。「こんな狭いところで、大丈夫かな?」と心配になりましたが(笑)。

−−その時、ニックさんは「クオン」についてどう言われたのですか?

石橋:「スーパーナイス」と(笑)。それからお話ししていくと、海外に出ていくための戦略や、価格設定などたくさんのことを教えてくれました。それこそSNSにはInstagramがまだなかった時代から、僕はニックさんのことをファッション誌で見ていたので、けっこうキリッとした人なのかなと思っていたんです。でも、実際にお会いしたらとてもフランクな方で、僕らが聞きたいことについて何でも答えてくれ、「いいおじさん」と言ったら失礼かもしれませんが、とても頼りになる人という印象でしたし、それは今でも変わりません。

ニック:今回のコラボレーションや「クオン」の活動で、私が特別だと思うことの1つは、それぞれの作品がとても丁寧に作られていることです。

−−コラボレーションは「クオン」の特徴と、ニックさんの個性を融合させるバランスの難しさがあったと思います。今回のコラボで、石橋さんが大切にしていたことは何ですか?

石橋:「ドレスの中で、どれだけ遊ぶか」というところで、150年前の着物を使ったパッチワークというのは、なかなかできないことで、「クオン」だからこそできることだと思います。それをスタイルとして、どう提案するかというのはニックさんともよく話しました。ジャケットに肩パッドは入っていませんし、1枚でサラッと作っているけど、どれだけエレガントに見せるか。それをよく考えましたね。

−−「クオン」とのコラボでは、ニックさんの普段のスタイルが反映されていると思いますが、その日着る服はどのアイテムから選ぶのでしょうか? ボトムからですか? 何かルーティンや決めごとがあるのでしょうか?

ニック:そうですね、決まったルーティンや決まりごとはないのですが、基本的にはいつも基準になる「何か」があります。ある場合はジャケットやスーツ、ある場合は靴かもしれません。また、Tシャツのようなアイテムのことも。だけど、たいていはそこまでクリアではありません。「今日はスーツを着ようかな」「ショートパンツで行こうか」「色はネイビーを着ようか、ピンクにしようかな」といったように、漠然としていますね。ただ、非常に大切なことがあります。それは、常に天候を一番に考えること。「雨が降っていたら、白は着ないほうがいい」「暑ければ、重いものを着ない」等と考えて、服を選びます。

−−ジャッケットのようなドレスアイテムだけでなく、カジュアルアイテムも揃って、幅広い印象のコラボコレクションという印象を受けました。

石橋:Tシャツやパーカは今では欠かせない日常着なので、普段着からビジネスまでと言ったらちょっと違うかもしれませんが、ニックさんとも話し込んで、スタイルとして幅広い構成のコレクションに仕上げています。

−−「クオン」のスタイルにはワークウェアの香りを感じますが、石橋さんのメンズファッション観に影響を与えたものは何でしたか?

石橋:小学生から中学生の頃に、たくさんのファッション誌を見ていて、衝撃を受けたのが「クリストファー・ネメス」のパンツでした。構築的なもの、パンクやストリートがけっこう好きだったと思うんですよ。そこから入っていきましたね。

−−プロとしてもの作りの道に入ってから、影響を受けたものはありますか?

石橋:自分がパタンナーとして、もの作りをする人間になった時、洋服の歴史に興味がわいてきました。ワークやテーラリングなど、ディテールの意味や服の仕様の意味が、洋服の歴史を知ることでわかってきたんです。その体験がだんだん楽しくなってきて、知識として洋服の歴史を知ることがおもしろかったですね。

−−最後に、ニックさんにお聞きします。「クオン」とのコラボアイテムを、コーディネートする際のコツを教えてください。

ニック:私の場合、スタイリングのコツは、「1つから始める」ことです。つまり、全身でコーディネートをする必要はありません。トップスからボトムまで、全身でコーディネイトすると、かなり高価になってしまいます。だから、私としては1つのアイテムを選び、それを輝かせることがおもしろいと思います。

−−選んだ1つのアイテムを輝かせるスタイリングのために、重要なことは何でしょうか?

ニック:もし、あなたがコラボコレクションの中でショートパンツやパンツが好きだと感じたなら、まずはそこから始めましょう。もちろん、ジャケットでもかまいません。あとは、自分のスタイルに合わせて、自然にコーディネートすべきです。トータルでコーディネートする必要はありません。その代わり、1つ1つのアイテムを特別なものにすることが秘訣です。「クオン」とのコラボアイテムは、それぞれが特別に作られています。正直なところ、今話したことは、コレクション全体を販売するためには不利なことですが、私にとっては、個々のアイテムを特別にすることが最も大切なことなんです。

服への愛とファッションに対して真摯であること

東京ファッションウィーク2023年A/Wの開催期間中、いくつかのブランドのランウェイショーを取材に訪れると、ニック・ウースターの姿を幾度も見かけた。ルックを見つめる眼差しには、若手デザイナーを見守る優しさが感じられ、私は彼がどんな服に何を感じたのか、その言葉が聞きたくなってしまう。

インタヴューの最後で話した通り、彼は自ら参加したコラボレーションで、たとえセールスにとって不利になろうとも、服への愛を大切にする。ファッションに対して真摯であること。どんなシーンにおいても、どんな場所にいようとも、ニック・ウースターのスタイルが揺らぐことはない。

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「タナカダイスケ」デザイナー、田中大資――つくりたいという想いがすべて https://tokion.jp/2022/12/25/interview-designer-daisuke-tanaka/ Sun, 25 Dec 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=160609 「タナカダイスケ」の服は、まるで目覚めながら見ている夢のように幻想的だ。デザイナー、田中大資の創作の源はどこにあるのか。

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「タナカダイスケ(tanakadaisuke)」のデザイナー、田中大資の手にかかれば、繊細ではかなげなはずのビジュー刺しゅうやレースは、ダイナミックな美しさを備えたジャケットやスカートに生まれ変わり、私達を現実のどこかにあるようで、現実のどこにもない、甘くも辛い世界へといざなう。

田中は、ファッションデザイナーとしてコレクションを発表する一方で、刺しゅう作家としてアーティストの衣装制作も行い、ブランドは卸ビジネスには注力せず、自社ECによる受注生産をメインにしている。そう、活動スタイルもビジネスタイルも独自の道だ。それを可能にするのは、「タナカダイスケ」の服にひとびとを魅了する大きなパワーがあるからだ。

ファンやアーティストの心を捉える服は、どのようにして生まれているのだろう。田中の創作の源をたどるインタビューは、重要なインスピレーション源になっているアニメの話から始まる。

田中大資(たなか・だいすけ)
1992年大阪府生まれ。2015年に大阪文化服装学院ファッション・クリエイター学科ニットコースを卒業後、コレクションブランドでの経験を経て独立。2021年に「タナカダイスケ」を本格的にスタートし、コレクションの発表とともに、刺しゅう作家としてアーティストへの衣装制作も行う。緻密な刺しゅうを施したアイテムの数々は絵画的なエレガンスを備え、幻想的な体験をもたらす。
https://tanakadaisuke.jp
Instagram:@daisuketanaka18 / @tanakadaisuke_official

アニメと刺しゅうと衣装制作

——子どもの頃にアニメをよく観ていたということですが、思い出に残っている作品はありますか?

田中大資(以下、田中):当時、観ていたのは『セーラームーン』『おジャ魔女ドレミ』『満月をさがして』などで、僕は平成4年生まれなんですけど、いわゆる女の子が観ていたものを姉と一緒に観ていました。

——どんなところに魅力を感じていましたか?

田中:地球を救うのは女の子なんだと、強いのは女の子なんだと思っていました。『カードキャプターさくら』も大好きで、さくらちゃん(主人公・木之本桜)が世界を救って、ともよちゃん(大道寺知世)というさくらちゃんの友達がいるんですけど、その子がさくらちゃんの衣装をつくって、2人でタッグを組んで進んでいく物語なんです。僕もともよちゃんになりたいと思いました。

——『カードキャプターさくら』も、女の子が世界を救う物語なんですね。当時は、アニメのキャラクターが着ていた服におもしろさを感じていましたか?

田中:『カードキャプターさくら』に関しては、衣装が毎回違うので、それがとても刺激的でした。毎回、物語によって衣装が違っていて。最終形態というか、バージョンアップした衣装もあって、そこに注目しちゃうというのはありましたね。

——ちなみに最近お気に入りのアニメはありますか?

田中:『宝石の国』というアニメがあって、いろんな宝石が擬人化された話なんですけど、お話しはもちろん、画も美しいんです。

——ダイヤモンドやサファイアなどが擬人化されていて、どこか田中さんのコレクションに通じる雰囲気を感じます。やはり、アニメは重要なインスピレーション源なのでしょうか?

田中:そう思います。

——では、本格的にブランドデビューする前に、SNSにアップされていたさくらんぼの刺しゅうマスクがすごく注目されていましたが、あのマスクをつくったきっかけを聞かせてください。

田中が制作したさくらんぼの刺しゅうマスク(田中大資のInstagramより)

田中:以前から、さくらんぼの刺しゅうだけは先にデザインしていて、ガーゼにさくらんぼ刺しゅうをした生地がけっこう大量に余っていたんです。そのタイミングでちょうどコロナ禍に入って、その時はガーゼでマスクをつくることが一般的だったので、それなら1個つくってみようとつくってみたら……。

——ものすごい注目を集めたのですね。刺しゅうのテクニックはどこで学んだのでしょうか? それとも独学ですか?

田中:当時通っていた学校は、みんなそれぞれ極めたい分野が違うから、刺しゅうに関しては自分でやっていくしかなかったです。アドバイスはもらえるんですけど、自分でディテールのアップが載った本などを見て、「自分だったら、どうできるんだろう?」と手を動かしながらまねていきました。「ここまでいけるんだ!」と思ったり、「ここまでは今の実力じゃ無理なんだ」と気付いたり、それをどんどん自分の味にしていきました。

——田中さんはコレクション制作だけではなく、アーティストの衣装制作も手掛けていますが、コレクション制作とアーティストの衣装制作で、進め方の違いはありますか?

田中:アーティストの仕事だと、直接アーティストさんとやりとりすることもありますが、ほとんどはスタイリストさんが間に入ってつくるケースが多いので、スタイリストさんの好みをくみ取ることを意識しています。もちろん、アーティストさんが好きなものも大切ですけど、スタイリストさんがまとめたい世界観を意識して、刺しゅうやデザインを考えています。

——例えばですが、アーティストの衣装制作で提案したけれど、採用されなかったデザインはどうされているんですか?

田中:スタイリストさんに5つ提案したとしたら、採用されるものは1つなので、そうなると残り4つは死んでしまいます。でも、4つの中にも自分のお気に入りがあるので、それを「タナカダイスケ」のコレクションのヒントにし、さらに自分らしくして発表することもありますね。

着る人がそれぞれの物語を描けるように

——次は、最新2023SSコレクションのテーマについて教えてください。

「タナカダイスケ」 2023SS collection “SHARP BRIGHT DARKNESS”

田中:僕は学生の時に腰あたりまで髪を伸ばしていて、専門学校に入っても伸ばしていたんですが、「そのままだと、東京のアパレルに入れないよ。どうするの?」って先生に言われたんです。当時は男性らしくいこうか、女性らしくいこうか、すごく悩んでいた時期でした。

その時、何かこういうものが世にあったら自分はそっちに振れていたかもみたいな、もし髪を伸ばしたままだったらもう1つの生きる軸があったかもしれない、こういうものが当時の自分に必要だったと思うようなものを今回のコレクションでつくってみました。

——もしかしたら、もう1つあったかもしれない、別な自分の世界観をつくるようなことでしょうか?

田中:そのきっかけになるようなクリエーションになればと。例えば、制服でも2023SSコレクションのような組み合わせで着ている人がいたら、自分ももうちょっとこの世の広さというのが感じられたんじゃないかなと思います。

——“shade enamel bijou skirt”は昔のヨーロッパ絵画に描かれた踊り子のような、アンティークでロマンティックな雰囲気が印象的ですが、このスカートのデザイン背景やアイデアはどういったものでしょうか?

「タナカダイスケ」 2023SS collection “SHARP BRIGHT DARKNESS”

田中:このスカートは、ランプシェードのような形にしたいと思ったことから始まっています。それと学生の頃、姉の影響で『KERA』という雑誌をよく見ていたので、ロリータファッションも好きでした。その点もちょっと入れたいなと思ってこの形になりました。でも、だからといって甘ったるくはしたくなかったので、レザーの手袋と黒いソックスで締めています。それに、このスカートに関しては挑戦していることもあります。

——それはどんな挑戦でしょうか?

田中:今は、男女ともにヌーディな表現は難しいじゃないですか。そこで「タナカダイスケ」として、どこまで許されるんだろうかと。例えば、「アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)」ならアートとして許されるけど、日本のどこかのアパレルがやったら怒られることもあるじゃないですか。その中で、自分はどこまで触れていいんだろうというのをやってみたくて、ちょっと攻めてみました。

——レースのグローブをはめた生身の手と、機械の手が写るビジュアルも印象的でした。本格的な機械が登場するのは「タナカダイスケ」では珍しいように感じました。このビジュアルの意図は?

「タナカダイスケ」 2023SS collection “SHARP BRIGHT DARKNESS”

田中:少女っぽい世界と機械や配線のムードが好きで、そういったものがすごく混じり合っていた時だったので、それをわかりやすく組み合わせています。

——ニットを使ったルックは、「タナカダイスケ」の象徴である刺しゅうをまったく使っていませんし、アーマー、ストロング、クールといったイメージを感じて、これまでブランドが発信してきたイメージとは違う新しさを感じました。

「タナカダイスケ」 2023SS collection “SHARP BRIGHT DARKNESS”

田中:これこそなんだろう、「装着してかっこいい」という、自分をカスタムするような気分で甘いけど強さもあるようにしました。レザーのショートパンツを合わせて、その下にまたニットのレッグウォーマーがセットになっていて、セットアップで着ていただけたら嬉しいです。

——コレクションを制作する時に、物語性を考えているのでしょうか?

田中:アイテムひとつひとつを見た時には物語性を言えたりするんですが、それを線にしてと言われると、自分ではすごく難しいです。そういえば、次のコレクション、できれば今回のコレクションでやりたいと思っていたことがありました。

——それはなんでしょう?

田中:いつか小説家の村田沙耶香さんにお願いして、1つの物語をつくってもらえたら嬉しいです。自分は点では出せるけど線にはなかなかできないので、その部分を誰かにお願いしたいんですよ。

——田中さんなら線にできそうな気もしますが、どうでしょうか?

田中: おそらく自分で線にできるとは思うんですが、自分の物語になり過ぎるといいますか。それだとすごい押し付けに近くなってしまうので、買う側もそれを意識しなきゃいけなくなると、なんだか嫌だなと。それなら、第3者的に誰かにひと解釈を入れてもらうのがいいのかなと思います。今のままだと、やっぱり男女をすごい言ってしまうことになってくるので、それも大事なことであるけど、一番ではないと言いますか。

——では今、重要視していることはどんなことですか?

田中:今は生き様というかリアルを求められている時代のムードですが、ファンタジーを描ける自分でいたいです。また、これを言葉で説明するのではなく、もので語れるようになりたいですね。

オリジナリティが眠る場所を見つける

——これから「タナカダイスケ」をどんなブランドにしていきたいですか?

田中:「東京国際映画祭」のレッドカーペットで橋本愛さんに着てもらったのですが、その時、橋本さんがインタビューで「東京国際映画祭だから、日本のブランドをフィーチャーしたかった」と話されていたんです。ああいった場だと、海外ブランドを着られる方が多いと思うんですが、橋本さんはいろんな好きなブランドがある中から、今回は自分に声をかけてくれた理由の1つがそれだったんだなと。やっぱりあの場に立てるブランドというか、あの場につくったものを出せるブランドでいたいですよね。

——ブランドをこれまでやってきて、喜びを感じるのはどういった瞬間ですか?

田中:橋本愛さんもそうですけど、映像作家の柳沢翔さんだったり、自分が好きだった人、憧れていた人と仕事ができる瞬間で、そこからまた次の機会が生まれたりして、つながっていくのはやはり楽しいです。

——ちなみに、今後一緒に仕事してみたい人はいますか?

田中:最近だと、真木よう子さんが海外のイベントで着てくれたのですが、真木さんと何を表現したいです。

——どのような服になるのか楽しみです。ではクリエイションのために普段から心掛けていることはありますか?

田中:浅草橋と日本橋が大好きで、頻繁に通っています。正直、行くたびにお店の商品が変わるものでもないんですけどね。でも売っているものは変わらないけど、目に飛び込んでくるものは、その時の自分の気分で変わってくるので、とにかく同じルートを何度も回ることをずっとやっています。

——コレクションの制作プロセスはいつもどのように進んでいきますか?

田中:テーマも決めつつですが、やはり自分が手を動かしてつくりたいものが、優先されてきちゃいます。「今、ビーズの刺しゅうがしたい!」とか、「今、レースを触りたい!」とか、つくりたいものの欲求と、テーマを同時につくって、その落としどころを探すようになります。

——手を動かしているうちに、発想が浮かんでくるパターンが多いんでしょうか?

田中:それがすごく多いです。むしろ、手を動かさないとわからないです。ビーズや糸は、太さと大きさに限界があるので、素材と組み合わせた時に一番きれいに見える形っていうのを探さなきゃいけません。やはり絵だけ描いても仕方ないですし、手を動かすことが大切ですかね。

——本当に今、自分がやりたいものをとにかくつくるということでしょうか?

田中:なるべくそこで勝負して、どこまでいけるんだろうとすごく考えています。無理して「ニットの着やすい服」みたいなものって、自分ではつくらなくてもいいのかなと。

——今の「タナカダイスケ」が勝負するのは、別の領域ということですか?

田中:大きな規模感でやっているブランドなら、着心地もよくてクオリティもよいものを安く出せますし、そういったブランドは他にもあると思います。だから今の規模感の自分がすべきことは、より装飾的なものづくりで技術を上げて勝負したいです。

——今のお話は、僕らもオリジナリティを見つけるためのヒントになりそうです。

田中:ライバルが「グッチ(GUCCI)」って言ったら大げさですけど、「グッチ」がおそらくできないことで、自分ができることは絶対あると思います。すごく大きな規模のブランドだと手が出せないようなコアな世界で、まだ小さいブランドだからこそ触れていいところがきっとあるはずなので、そこで勝負していきたいです。

世界で唯一無二のオリジナリティが求められる一方で、ひとびとから着たいと思われる魅力が求められる。そんな矛盾をデザインすることが、デザイナーとブランドの使命なのかもしれない。

インタビューの終盤で田中が語ってくれたことは、オリジナルの世界を見つけるために必要な、1つの道しるべではないだろうか。自分の中に潜む、一見すると狭く小さく見せる場所にこそ、世界に響くクリエイションの源泉が眠っている。まだまだ、つくりたい服がある。「タナカダイスケ」の探究心が果てることは決してない。

Photography Shinpo Kimura

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「TANAKA」デザイナー、タナカサヨリとクリエイティブディレクター、クボシタアキラ 後編――今が100年後につながっていく https://tokion.jp/2022/12/12/the-designer-and-creative-director-of-tanaka-sayori-tanaka-x-akira-kuboshita-part2/ Mon, 12 Dec 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=154912 「TANAKA」を手掛けるタナカサヨリとクボシタアキラは、どのような道を歩んできたのか。海外でキャリアを重ねた2人に、世界に臨む姿勢とブランドの原点と未来を聞く。

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2017年のデビュー以降、着実に人気と評価を高め、今年9月には「TOKYO FASHION AWARD 2023」を受賞するに至った「TANAKA(タナカ)」。最新2023SSコレクションは、デニムを中心とした高いクオリティを見せてきたもの作りに加え、人間像の表現という新たな魅力を生み出し、エモーショナルな美しさを披露した。

タナカサヨリとクボシタアキラ、2人の言葉を余すことなく伝えるため、前編と後編にわたってお送りする今回のロングインタビュー。後編では、時間をさかのぼって2人のこれまでの歩みから、未来のビジョンについて語ってもらった。

前編はこちら

Right→Left
タナカサヨリ
2017年、ニューヨークを拠点に、自身のブランド「TANAKA」をスタート。「TANAKA NY TYO LLC」を立ち上げ、ニューヨーク、ヨーロッパ、アジアなどでグローバルにデザイン活動を行う。洋画家であり、着物のテキスタイルデザイナーだった父と、日本庭園を作る造園家だった祖父の元、自然豊かな新潟県で生まれ育つ。東京モード学園卒業後、「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」社にて企画、ニットカットソーデザイナーとして経験を積んだ後、「ファーストリテイリング」社に入社、「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスにてウィメンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。

クボシタアキラ
2020年より東京にて本格的に「TANAKA」のクリエイティブパートナーとなる。「ヒューマンメイド(HUMAN MADE)」を中心に国内外の企画にも携わり、クリエイティブディレクションや空間演出も強みとする。文化服装学院スタイリスト科卒業後、「ファーストリテイリング」社に入社。「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスで「UT」、アクティブウェア、ニットウェアを中心に、メンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。
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新しい道が、新しい目標を生む

——お2人とも専門学校出身で、タナカさんが東京モード学園、クボシタさんが文化服装学院ということですが、学校を決めた理由は?

タナカサヨリ(以下、タナカ):育った環境もあって、ファッションの道を志すのはすごく自然なことでした。私は新潟生まれで新潟で暮らしていた高校時代、テレビで東京モード学園のCMがよく流れていたんですよね。新潟で当時情報の少なかった私にとっては、この情報がすごく大きかったんです。あとは、小さい時から海外を志していたので、パリに行きたいと思っていました。それで東京モード学園にはパリ校進学コースがあったので、それも大きな理由でした。

——それでは入学後、パリ校へ進まれたのですか?

タナカ:パリ校進学コースに入学はしたんですけど、なにせ新潟から東京に行くことが当時の私にとってはビッグチェンジで、もうそこでいっぱいいっぱいになってしまいました。入学から1年後にはパリへ行けたのですが、ちょっとおじけづいて19歳の私はパリを断念しました。

——けれど、今のタナカさんはニューヨークを拠点にし、海外を舞台に活動しています。

タナカ:子どもの頃からの志があって、時間はかかりましたが、力をつけ海外で活動していこうという気持ちにつながっています。

——クボシタさんは、文化服装学院のスタイリスト科に入学しています。

クボシタアキラ(以下、クボシタ):当時は、スタイリストの野口強さんや伊賀大介さんが活躍されていて、その姿に憧れてスタイリストになりたいなと思ったんですよね。でも、入学後早々に方向転換しました。

——それはなぜですか?

クボシタ:スタイリストアシスタントだけでは食べていけませんし、東京に実家があるような子じゃないと生活できないなと思ったんです。僕は両親が2人とも公務員で共働きでしたので、家を出るという考えが当たり前で、手に職をつけなきゃ駄目だという気持ちもありました。

——ではスタイリストの次に新しく目指したものはなんでしたか?

クボシタ:スタイリストになることを早々に諦めてからは、グラフィックデザイナーになりたいと考えました。ただ、当時の僕はグラフィックは好きだったんですが、パソコンをさわれたというぐらいでした。学園祭で開催するファッションショーのポスターを制作したり、映像を制作したりする程度で、本格的なグラフィックデザインは会社に入ってから学びましたね。

——その会社というのが「ユニクロ」ですね。どのようにして文化服装学院のスタイリスト科から、「ユニクロ」のグラフィックデザイナーというキャリアが実現したのでしょうか?

クボシタ:グラフィックデザイナーとして働きたいと思っていたんですけど、文化のスタイリスト科にグラフィックデザイナーの求人が来ることはもちろんなく、10社ぐらい販売員や企業のスタイリストなどの面接に行っていました。でも、面接に行くと「グラフィックデザイナーになりたいです」と正直に言ってしまっていたので、すべてに落ちましたね。

タナカ:その話を聞くと、本当にもう……。しかも、「3年ぐらいしたら、転職を考えています」とか言っていたそうなんです。ちょっとあまりにも正直すぎるというか(笑)。

——(笑)!!

クボシタ:ですが、そこで「ユニクロ」が唯一、グラフィックTシャツのディビジョンを募集する求人があったので受けてみました。それが「UT」の前身だったんですけど、当時のボスが「イッセイミヤケ」の社長だった多田裕さんで、ユニクロデザイン研究室というR&Dの事務所を立ち上げた方でした。多田さんは、「自分はおもしろい子が好きだから」と言って、僕を採用してくれたんです。

——それでは入社後のキャリアは「UT」のグラフィックデザインからスタートしたのでしょうか?

クボシタ:そうです。そこから、だんだん編物のコアチームに移行していきました。在籍期間も長くて、17年ぐらいやりましたので、上海やニューヨークのオフィスも経験したり、それからまた東京のオフィスに戻ってきてという感じでした。最終的には「UT」チームと、アクティブウェアチームのデザインチームのリーダーをしていました。

——一方、タナカさんは卒業後「ヨウジヤマモト」に入社しています。

タナカ:私達が就職活動していた時は、就職氷河期と言われていたんですけど、ラッキーなことに私は何社か内定をいただけました。でも時代的な不安定さもあってこの会社にすごく行きたいかっていうと、そうではない気持ちの会社も受けていたんです。だから4年間学んできて、記念受験じゃないですけど、自分の心に正直に素敵だなと思うブランドを思い切って受けてみようと思ったんです。それが「ヨウジヤマモト」でした。

——現在のタナカさんのスタイルと、「ヨウジヤマモト」のスタイルにはギャップがあって、不思議な印象です。

タナカ:昔から古着やDCブランド、ストリートブランド、裏原系とのミックスが好きで、ヨウジさんの服を1着も持っていなかった…と言うとちょっと語弊がありますが、「このブランドでなくては!」という感じの強い憧れは、当時どのブランドにも持っていませんでした。そんな中でも、「ヨウジヤマモト」はとてもかっこいいブランドだと思っていて、入社試験を受けました。ただ、面接は自分らしくジーンズで行きました。

——ジーンズで!? 「ヨウジヤマモト」というと黒い服のイメージです。

タナカ:周りはみなさん、黒い服を着ている中、私だけがジーンズをはいていましたね。でも、私はいつもこのスタイルでやっているから、面接の時に取り繕ってもしょうがない、好きな古着やジーンズを身に着けてきましたと面接でも話しました。もしかしたら、その飾らない姿勢が良かったのかもしれないです。

——タナカさんは「ヨウジヤマモト」で企画とニットカットソーデザインで経験を積み、その後「ユニクロ」に行きました。この2社は異なる環境に思えるのですが、どうして「ユニクロ」に?

タナカ:私が転職した頃は、「ユニクロ」がデザイナーズコラボを始めた時期だったんですよね。その時期的なタイミングもあって、先輩から声をかけていただきました。

——そうなんですね。では、お2人が初めて会ったのは、「ユニクロ」時代だったんですか?

クボシタ:そうですね。

タナカ:クボシタさんのほうが先に「ユニクロ」にいました。最初は、自分より先輩だと思っていたんですけど、違ったので驚きました(笑)。

日本人が世界で勝負するために必要なこと

——現在、タナカさんはニューヨークを拠点に活動していますが、海外で暮らすようになって気が付いた日本のいいところ、逆に日本はもっとこうだったらいいのにと感じたことはありますか?

タナカ:ニューヨークの前は上海で2年ほど暮らしていて、正直10数年も日本ベースではない中で、いろいろなことを感じながら今の考えに至るのですが、10年以上たって感じた日本人の良さというのは、「きちんとしていること」でしょうか。

——それを感じるのは、具体的にはどんな瞬間ですか?

タナカ:それはものづくりにもすごく出ていて、先日もカイハラさんを訪れた時、すごくきれいな工場で、その環境を見るだけでこの工場からできる生地は、絶対に高品質だろうということを感じさせるぐらい、しっかりと管理されていました。日本人の真面目で誠実なところは、他の国の方よりもすごく突出しているように思います。

——日本の良さはタナカさん自身にも根付いていますか?

タナカ:アメリカ人と並んで彼らの得意なところで競ってもやっぱりどうしても勝てないし、自分の良さは、最後まで粘り強くやること、細かいところまでコミットすることだと思っていて、そういった自分の中に日本人らしさはあると感じています。

——クボシタさんはいかがでしょうか?

クボシタ:生真面目というか、仕事をちゃんとやろうとする人が多いというのは同じですけど、日本人は競争に慣れてないですよね。日本人がアメリカに行くと……。

タナカ:日本人のこうだったらいいのにと思うところは、プレゼンテーションの部分じゃないですか。

クボシタ:外国人の方はこういう感じでオーバーラップしたりするんです(笑)。

——なるほど(笑)。

クボシタ:日本人は人が言い終わるのを待つことが多いじゃないですか。それが礼儀だと思っていますが、それを海外でやっていると、もう自分のターンなんか一生回ってこないかもしれないというのが海外です。すごいコンペティティブで、ぐいぐい来るんですよね。でもそういう環境に慣れていかないと、あの世界では生きていけないし、外国人は「どうだ! 俺!」という感じでプレゼンをするんですけど、日本人はそれが苦手ですよね。

——クボシタさんにも苦手だった時期はあったんでしょうか?

クボシタ:もう本当に辛酸を舐めていたというか、赴任してからはプレッシャーで、3ヵ月で3キロ体重が落ちました。だけど、海外のそういう姿勢は自分も学んでいかなきゃいけないということで、ちょっとずつ慣れていきました。モノをよく見せるプレゼンテーションに、ニューヨークオフィスのスタッフはすごく長けていて、もしテレビショッピングだったら買ってしまうなというほどでした。同じものでも伝え方で変わるというのは本当に勉強になりましたし、ある意味ショービジネスの世界だと思います。

見据えているのは100年後

——タナカさんは2016年に「ユニクロ」を退職し、2017年に「TANAKA」をスタートさせます。その後、2020年からクボシタさんがクリエイティブディレクターとして参画していますが、どんな経緯があったのでしょうか?

クボシタ:「ユニクロ」時代に独立するという話を初めて聞いた時、同僚だったので「どうするの?」と聞いたんです。キャリア的にも「失敗できないよ」と。「ブランドをやるっていうのは、どういうブランドにしたいの?」と聞いたら、「リーバイス(Levi’s)やヘインズ(HANES)みたいな会社を作りたい」と言ったんですよね。

——モードブランドの名前ではなかったんですね。

クボシタ:それって、ファッションブランドをやるというよりは、下着だったTシャツをグラフィックのメディアにしたり、デニムもそうですし、そのものを生み出す発明っていうことじゃないですか。今の価値観を作った会社で今も現存している会社、それがおごり高ぶっているんじゃなくて、どっちかというとみんなに優しいポジションにいる。そういうものを作ることじゃないかと。

タナカ:「リーバイス」が作業着のデニムを日常のおしゃれ着に変えて、「リーバイス」は100年以上続いて今もみんなに愛されています。「TANAKA」もそういうものになれたらいいなと思いました。

クボシタ:芯があるからいいなって。それなら「続けきゃいけないね」と話して、100年後も絶対続いていること見据えているので、「TANAKA」のコンセプトは「今までの100年とこれからの100年を紡ぐ服」という形に収まりました。

——そういう経緯だったんですか。

クボシタ:2人の間で、初めて合意した瞬間です。

——(笑)。

タナカ:(笑)。

——今まで「TANAKA」の活動をしてきた中で、嬉しさや喜びを感じる瞬間はどんな瞬間ですか?

クボシタ:やっぱり商品が売れることじゃないですか。僕らはもちろん真面目に服作りをしてるから、「いいものにしよう」「いいものだろう」と思ってみなさんにお届けしてますけど、「1日で売れました」といった話を聞くと、僕らが思うよりも早いスピードで売れて、驚きと同時に本当に嬉しいですよね。

タナカ:それって、私達作り手と売ってくださるお店の方々と、お客さまの気持ちが合致した瞬間だと思うんです。それが目に見える時は、やっぱり嬉しくて、すごく大事なことですよね。

——服作りでも同じような体験はありますか?

タナカ:先ほど(前編)のセルビッチジーンズのサンプルが、デニム工場から私が暮らしているニューヨークに送られてきて、そこでサンプルを初めて見たんですが、その時に「よしっ!」と思いました。よくできたデザインだという自負もあるし、カイハラさんの安定した生地のクオリティと、西江デニムさんという工場さんが何の手加減もなくかっこいい加工と縫製で仕上げてきてくれて、それが1つになったのを見た時に、私は1人で小躍りして喜びました(笑)。

——2020年にコロナ禍になってからは、世界的にネガティブなニュースが本当に多く続いて、今は前向きになることが難しい時代に思えます。お2人は時代に対して敏感になりながら、ポジティブなメッセージを発しようとしてコレクションを作られてますけど、これからも時代を見つめながら、コレクションを続けていきたい思いはありますか?

クボシタ:世の中の状況として、今が底辺と捉えるとしたら、あとはもう上がるしかないですよね。

タナカ:みなさんに見ていただけたり、着ていただけたりするものを私達は作っている立場なのでコレクションを通じて、そこに思いを込めたいです。今後はプレゼンテーションやショーも視野に入れてるので、そういう意味でパワーをお届けできたらと思ってます。

——「TANAKA」のコレクションはぜひショーで見てみたいです。

クボシタ:見てもらいたいと思っています。

タナカ:服はやっぱり人が着て動いて、人の行動や日常とともにあるものだと思っているので、それを感じていただけるのはやっぱりショーだと思いますし、「TANAKA」の世界観をもっとわかりやすく表現できたらと思っています。例えば、今シーズンのビジュアルも動いているものになったら、よりその世界観やメッセージをお届けできるのかなと考えると、ショーはすごく大事だと思います。

最後に印象に残った言葉を紹介し、今回のインタビューを終えたい。クボシタは、歴史ある日本家屋を自ら購入してリノベーションしているのだが、その理由についてこう語る。

「昔の家はいい材料を使っていますから。リノベーションした家も、今では建てようと思っても建てられないような材料を使っていますし、自分が保存するしかないと思ったんです」

この言葉に「TANAKA」の哲学が現れていた。「これまでの100年とこれからの100年を紡ぐ衣服。時代、性別を超えて永く愛される衣服」という哲学は、コレクションだけでなくさまざまな場面や瞬間において、タナカとクボシタの精神に宿っているのだろう。世界がどう変わろうとも、「TANAKA」は時代と人間に優しく寄り添った衣服を、きっと私達に届けてくれるはずだ。美しいブルーは、時間と境界を超えていく。

Photography Erina Takahashi

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「TANAKA」デザイナー、タナカサヨリとクリエイティブディレクター、クボシタアキラ 前編――人種と性別を超えていく美しきデニムブルー https://tokion.jp/2022/12/10/the-designer-and-creative-director-of-tanaka-sayori-tanaka-x-akira-kuboshita-part1/ Sat, 10 Dec 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=154836 コレクションはもの作りへの愛情にあふれ、どこまでも人間に優しく寄り添う。「TANAKA」は、時代を真摯に見つめた思いを1着に込める。

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「TANAKA」デザイナー、タナカサヨリとクリエイティブディレクター、クボシタアキラ 前編――人種と性別を超えていく美しきデニムブルー

美しい色のコントラストから目が離せない。イエローのデニムルックを着た若者2人が、気持ちよさそうな横顔を見せている。2人の背後に広がるのは、青い海と青い空、そして白い雲と砂浜に打ち寄せる白い波だった。

アメリカの風景を背後に写した「TANAKA(タナカ)」の2023SSコレクションのビジュアルは、若者が内面に持つ繊細さをあらわにし、その繊細さこそが人間の美しさなのだと訴えてくるようだ。このビジュアルは、デニムをはじめとしたもの作りに定評のあった「TANAKA」が、人間像の表現という新たなステージに上ったことを印象付け、エモーショナルな美しさに満ちている。

2017年のデビュー以降、「TANAKA」は着実に人気と評価を高め、2022年9月には「TOKYO FASHION AWARD 2023」の受賞デザイナーにも選ばれた。今回は受賞後初めてのインタビューになり、タナカサヨリとクボシタアキラの2人がそろう初のロングインタビューとなる。

2人の言葉を余すことなく伝えるため、2回にわたってお送りしたい。前編は、最新ルックのサンプルを目の前に、2023SSコレクションを中心とした「TANAKA」のものづくりについて。

Right→Left
タナカサヨリ
2017年、ニューヨークを拠点に、自身のブランド「TANAKA」をスタート。「TANAKA NY TYO LLC」を立ち上げ、ニューヨーク、ヨーロッパ、アジアなどでグローバルにデザイン活動を行う。洋画家であり、着物のテキスタイルデザイナーだった父と、日本庭園を作る造園家だった祖父の元、自然豊かな新潟県で生まれ育つ。東京モード学園卒業後、「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」社にて企画、ニットカットソーデザイナーとして経験を積んだ後、「ファーストリテイリング」社に入社、「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスにてウィメンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。

クボシタアキラ
2020年より東京にて本格的に「TANAKA」のクリエイティブパートナーとなる。「ヒューマンメイド(HUMAN MADE)」を中心に国内外の企画にも携わり、クリエイティブディレクションや空間演出も強みとする。文化服装学院スタイリスト科卒業後、「ファーストリテイリング」社に入社。「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスで「UT」、アクティブウェア、ニットウェアを中心に、メンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。
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世界に思いを巡らせた“BUTTERFLY”

——コレクション制作は、お2人の間でどのように進んでいきますか?

タナカサヨリ(以下、タナカ):商品構成やデザインなど2人のディスカッションから始まります。コンセプトに関しては、商品のデザインをしながら考えていきますが、クボシタさんと私の感覚を言葉で伝えられる形でまとめる組み立て方をしていきます。デザインに関しても、基本は私がメインにデザインをしていきますが、テクニカルなものやディテールなどはクボシタさんの意見を取り入れるものもあったり、それに対しては私が「これはもうちょっとこうしたほうが、ジェンダーレスなのでは?」といったように、ディスカッションをしながら進めていくことが多いです。

——意見がぶつかることはないんでしょうか?

タナカ:ぶつかることもあります。ただ、デニムについてはクボシタさんはほとんど何も言わないですね。

クボシタアキラ(以下、クボシタ):はい、文句がないです。それぐらいプロダクトとして完成されています。

——「TANAKA」というとデニムの印象がすごく強いですが、2022AWも「カイハラ」(ハイクオリティのデニムを生産することで有名な岡山県のデニムメーカー)と、リサイクルコットンを使ったデニムをオリジナルで開発されています。デニム素材は毎シーズン、オリジナルを作られているのですか?

タナカ:基本的に「TANAKA」のデニム生地は、意図的に同じものを使い続けています。別注素材になるので、オーダーする際は一定数のオーダーが必要になるのですが、それでもこれと決めたデニムはずっと使っています。もちろん春夏には少し軽いものを入れたりしますが、基本は頑固一徹。“いいもの”というのは、そうそう変わりません。

クボシタ:そうそう、変えなくていいんです。味付けを変えたりするぐらいで。

タナカ:もしかしたら5年後10年後、もうちょっとこうしていこうかという時期が来るかもしれないですが、その時がきたら少しずつアップデートできたらという感じですね。使い“続ける”ということに信念を持っています。

——コレクションの制作プロセスは、最初にテーマを設定してから進めるなど、いろいろあると思いますが、「TANAKA」はどんなことを重視されていますか?

タナカ:まずはどれを続けていくか。「今ある服の中で、来年もお客さんが着たい服はどれか?」を最初に考えています。「TANAKA」のブランドコンセプトとして、頻繁に変えず、ずっと続いていくものを提案したいためです。

それと、やはり素材が大事だと思っているので、素材の収集やリサーチを先に始めます。

クボシタ:もちろんそれもプロセスの1つですが、常に“もの”から入っているわけじゃないです。大きいテーマは、その年、そのタイミングで起きている世の中の環境から受けることも大きいです。この2年間はずっとコロナ禍で、いろんな制限がありました。例えば2021SSのコレクションのテーマは“Take a deep breath, dance slowly”。つまり、「もうちょっとリラックスして踊ろうよ」というテーマでした。

——社会の動向や変化も、コレクションに大きな影響を与えているということですね。

タナカ:でも、いきなり最初に大きなテーマを決めるというよりも、普段の会話がベースになっていて、アイテムを作っていきながら、だんだんと言葉になっていることが多いかもしれません。

クボシタ:会話の中で話題に上がるということは、少なからずその時の世の中の状況や環境に、影響を受けているんだと思います。

「TANAKA」 2022AW collection “LIGHT nSHADOW”

——コロナ禍以降の世界は、さまざまなことが続けて起きています。

タナカ:コロナ禍はもちろん、戦争のことも含めて、この2年、3年は目まぐるしい出来事が続いています。それらからはやはり目を背けては通れないと思っています。

——では2023SSコレクションのテーマ“BUTTERFLY”にも、現在の時代背景が関係しているのでしょうか?

クボシタ:戦争が許せなかったんです、本当に。でも、日本やアメリカにいて、自分達にできることは政治的な活動ではなくて、ポジティブなイメージや気持ちをものづくりを通して届けていくことだけです。そこで今回のコレクションテーマを「バタフライエフェクト(ささいな物事が要因となって、後に大きな事象に至る可能性があるという考え)」から引用しました。

僕らみたいな小さいブランドでも強い気持ちを持って活動していれば、やがて大きなうねりとなって世界中に届くだろうという気持ちを含めてテーマにしています。小さい声だって上げなきゃいけないんです。

——タナカさんも同じ思いでしょうか?

タナカ:そうですね。戦争はすごく大きかったと思います。“BUTTERFLY”の前の2022AWコレクションは、“LIGHT nSHADOW”がテーマでした。この時は、本当にコロナが私達の生活をすごく変えましたが、陰と陽、光と影と、変化には両方の意味合いがあるというか、決してネガティブだけには捉えたくありませんでした。大変だからこそ、何か意味がある。そんなイメージを込めています。

——お2人の言葉からは厳しい状況に陥っても、常に光を見出す姿勢を強く感じます。

タナカ:私たちにできることは、洋服を通じてメッセージをみなさんに届けることだと思っています。戦争だけでなく環境やジェンダーを含む人権の問題なども、すでに立ち上がって、声をあげている皆さんから、私自身がバタフライエフェクトのようなインスピレーションや勇気をもらっていました。こういったこともコレクションテーマに直結していると思いますし、自分達のより良い未来を描いて、何かを変えていきたいのならば、どんな小さな声でも上げていくことが大切なんじゃないかと思っています。

「TANAKA」 2023SS collection “BUTTERFLY”

日本のものづくりの魅力とは

——今、環境の話が出ましたが、現在ファッション界ではサステナビリティが重要になってきています。海外と日本でサステナビリティについて、何か違いを感じることはありますか?

タナカ:早い遅いで言うと、サステナビリティの意識は海外のほうがすごく早かったですし、かなり早い時期から企業やブランドが取り組み始めていました。それを日本に置き換えた時、トレンドみたいなキーワードになっていないといいなと感じますね。

「TANAKA」としてはブランドの立ち上げから、ごみを作ってはいけないという気持ちはすごくあって、すごく悩みながら洋服を作っていた時期もありますし、最初からサステナビリティを取り入れて、「ずっと着られるものづくり」を掲げていました。

——「TANAKA」の取り組みに対して反応はどうですか?

タナカ:サステナビリティに取り組んでいることを伝えると、そういったブランドとして切り取られたりすることもあって、その方面でオントレンドなブランドに見られることもあったようにも感じます。「サステナ系のブランドですよね」と言われることもありましたし。そういったブランドとして言ってもらえるのはかまわないです。事実、ブランドの立ち上げから自分たちができることを意識して取り入れてきました。ただ、一過性のトレンドになるのは嫌だなと思っています。流れに敏感なだけあって、移り変わりが早く、そういうところが、日本は少し寂しいなとも感じます。

——以前は、メイドインジャパンがトレンドみたいに感じられた時期もありましたね。もちろん、ファッションブランドはビジネスなので売れることはとても重要です。だけど、信念を持ってメイドインジャパンに取り組んでいるブランドもありますし、売れるためのキーワードとして消費されてしまうと疑問を感じてしまいます。

クボシタ:難しいですよね。

タナカ:日本製に関しては、日本のデニムは本当にいいと思うんです。特に生地や加工は素晴らしい。ただ、縫製に関しては他の国のクオリティも遜色ないと思うこともあります。もちろん私は日本人なので、日本に雇用を生みたいですし、日本に貢献したい気持ちはすごくあるのですが、例えば、中国製の縫製も、きれいな工場は本当にきれいです。クオリティだけで言えば、日本製ではなくてもいいことも時折あって、何か悩ましいですよね。もちろん、日本製の管理という面においては絶対的な信頼はあると思います。

——生産工場を決める基準はありますか?

クボシタ:その素材の縫製が得意な工場で生産するようにしています。日本で販売しているシルクは中国製が多いので、中国製のシルクを使用する際は日本に移動させず、そのまま中国で縫製しています。ダウンも原料を輸入して日本で加工すると、どうしても高くなってしまうので、ヨーロッパや中国など、原料が調達できた国から近い工場で縫っていますね。

——日本のもの作りの良さ、一番魅力を感じるのはどこでしょうか?

クボシタ:歴史があることじゃないでしょうか。デニムに、染色や泥染め、藍染があるのも、日本で昔からものづくりをしてきたという文化があるからだと思います。そういう生地屋さん、機屋さん、染色屋さんが今も残っていて、魅力を感じますよね。

タナカ:あとは、小さな違いに気付けるところです。生地は特にそう感じるのですが、最後のフィニッシュ、仕上げの本当に微妙な違いにいち早く気付いて開発、管理までできているのが、日本製のすごいところです。

クボシタ:北陸に行くと、合繊のメーカーが集まって新しいものづくりをしていますが、和歌山に行くと、古い編機を集めたり、旧式の吊り編みをずっと続けたりしていて、それを売りにしている工場もあったり、「古い」と「新しい」が混ざっていることが日本はすごいと思います。

細部まで考え抜き、着方もデザインする

——最新の2023SSコレクションで印象に残ったアイテムは、ウエストがドローストリングで、セルビッチを表に出したパンツでした。デニムとスウェットパンツのディテールがミックスされていて、カジュアルアイテムの王様達が一緒になったようなアイテムです。

クボシタ:一番人気のあったアイテムですね。

——初めて見た瞬間、ひと目で気になったパンツでした。どのようなことを考えながらデザインされたのでしょうか?

タナカ:セルビッチって、すごくかわいいと思うんです。だけど、このスペシャルなディテールは、普段は生地の裏側に絶対隠れてしまいます。めくったらさりげなく出てきて、おしゃれで、すごく奥ゆかしい。それがとてももったいないなと思って、セルビッチを主役にしたいと考えたのが始まりでした。

——ベルトを排したディテールも印象的です。

タナカ:これは「アンフィニッシュド」と呼んでいて、このベルトを取り払ったディテールは継続的にデザインしています。ハイライズじゃなくて、少し腰を落としてリラックスしてはける意味合いも含めてベルトを取ったデザインだったんですけど、そこを合体させたらおもしろいかなと。

——セルビッチが途切れることなく裾からウエストまで続いていますね。

タナカ:セルビッチは生地の端。つまりまっすぐなので、人間の体のカーブに合わせるために作ると、セルビッチが最後は途切れてしまいます。だけど、表に出ているセルビッチが途中で終わっていたら、なんだかイマイチですよね。なのでこのパンツはセルビッチを生かすために、脇線のパターンをまっすぐに作っています。ですので、このままでは人間の体には沿っていません。

——確かに。それではどんな工夫を?

タナカ:ウエストをドローストリングでギュッと締めることで、腰の曲線に合うラインを作ります。ただ、クボシタさんから「ギュッと締めるだけだと、スッキリと見えなくて嫌な人もいるのでは?」という指摘もあって、だったら隠し前カンでフロントの中心をクロスさせ、スッキリとはけるようにしました。そうすることで、パンツのフロントにアングルがついてデザインのアクセントにもなります。

クボシタ:着物的な着方ですよね。

——このアクセントで、フロントに新たなデザイン性が生まれていますね。

タナカ:もちろん、このはき方やデザインが嫌な人は、普通のウエスト位置でひもをギュッと絞ってカジュアルにはくこともできます。このパンツは直線的なラインを使ったシルエットなので足がきれいに見え、はいた時に脇線が前に来るパターンは、誰がはいてもスッとした印象になります。

——性別に関係なく着られる「TANAKA」の服が、このパンツでは体形もあまり気にせず着られるアイテムになっています。極端に言ったら「着たい人は誰でも着られますよ」というデザインになっていますね。

タナカ:はい、おしゃれにデニムをはきたい方ですね、きっと(笑)。

——センスが試されますね(笑)。こちらのカラフルな黒いブルゾンは、やはり蝶からインスピレーションを?

タナカ:このプリント柄はクボシタさんのデザインです。

クボシタ:これは蝶の羽の柄です。コラージュなんですけど、あまり直接的に落とし込むことはしたくなくて、絵画っぽくしたりとアレンジを加えています。「TANAKA」は春夏シーズンに柄ものをリリースしていますが、シルク系の生地を使ったシリーズは定番的に柄を変えて続けています。

——このはかなげな雰囲気がきれいです。

クボシタ:この淡い色の蝶のプリントは、意外だったんですけど、アメリカではメンズに好評でした。

——性別を超えて響くデザイン性が、やはり「TANAKA」にはあるのだと思います。2023SSコレクションのビジュアルはさまざまな人種の若者がモデルとして登場し、若者の繊細さが現れているような風景がエモーショナルで美しいです。このビジュアルのテーマについて教えていただけますか?

「TANAKA」 2023SS collection “BUTTERFLY”

タナカ:フォトグラファーの小浪次郎さんとは4シーズン目になりますが、今回初の試みで、4人のモデルを起用しました。

クボシタ:ジェンダーレスですね。そもそも“人種と性別を超えた”というのが「TANAKA」のテーマなので。

タナカ:それをさらに表現したいなあっていうところがありました。

——それで、今までよりもモデルの人数を増やし、人種も増やしてということですか?

タナカ:そうなりますね。ただ、やはりイメージに合うモデルはどうしても限られているので、この人種で何人と決めていたわけではないのですが、うまくミックスするような形になりました。今回のモデルはみんな若くて、ロケの途中でもすごく盛り上がっていました。

クボシタ:人間のエネルギーというか、日常の生々しさを表現したいと小浪さんにお願いしました。彼はフィルムで撮るので現像されるまで一切わからなくて、僕も撮影に参加する予定でしたが、出張で出られませんでした。だけど、この写真を初めて見た時には一気にテンションが上がりましたね。

——タナカさんはいかがでしたか?

タナカ:私はこの撮影のあと、2日間本当に立ち上がれないぐらいに、すごくエネルギーを費やしました。海沿いでの撮影は初めてだったのですが、綺麗な黄色のこのデニムを着たモデル達が海辺で歩いている姿を撮りたいと考えていて、この場面は撮影前からはっきりと頭の中にありました。

(後編に続く)

Photography Erina Takahashi

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「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」デザイナー、志鎌英明――あらゆるカルチャーは1つになり、世界を創る https://tokion.jp/2022/09/12/hideaki-shikama-the-designer-of-children-of-the-discordance/ Mon, 12 Sep 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=143355 ストリートで育った少年は、モードに挑戦する青年へと成長した。挑戦をやめない志鎌英明のこれまでとこれから。

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「チルドレン・オブ・ザ・ディスコーダンス(Children of the discordance)」が、2021SSコレクションで発表したムービーが今も記憶に残る。高層ビルに囲まれたストリートを、2人のスケーターがさっそうと走る。トリックが華麗に決まるシーンだけでなく、トリックが失敗に終わり派手に転ぶ姿も繰り返し流され、カッコよさを感じさせてこそのモードシーンで、成功も失敗も映し出すことは、ありのままこそがかっこいいのだと訴えるようだ。

ムービーの終盤、Zacari(ザカリ)の「Lone Wolf」が聴こえる中、夜の都会の車道を2人のスケーターが走り、黒いコートの裾はひるがえる。その後ろ姿を映すシーンは、はかなく美しくエモーショナルだった。

この完璧なまでにストリートなコレクションが発表されたのは、セクシーなテーラードが主役のミラノファッションウイークだった。異端とも言える姿勢を示した志鎌英明は、いったいどんな道を歩んで育ってきたデザイナーなのだろうか。その創作背景を探るべく、2023SSの展示会場で話を聞いた。

志鎌英明(しかま・ひであき)
1980年生まれ。2011年、「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」をスタートし、2018年に「TOKYO FASHION AWARD」を受賞。神奈川県横浜で生まれ育ち、少年時代からさまざまなカルチャーを体験し、その体験が原点となって現在のコレクションを形作る。毎シーズン発表されるムービーには音楽への愛があふれ、ダイナミックなグラフィティ、身体を縛らず身体の自由を引き出すシルエットがクロスしたスタイルは、アバンギャルドなストリートウェアともいえる迫力を生み出す。
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生まれ育った横浜、ストリートの本場ニューヨーク

——まずは原体験からお聞きしたいのですが、子どもの頃に過ごされた横浜はどんな街でしたか?

志鎌英明(以下、志鎌):当時の横浜という街は、生きるための体力がすごく必要な街でした。本当に目立って生きようとするんだったら、それなりの覚悟やいろんなリスクを背負っていないと生きていけない、そんなシリアスな街でした。

——印象的なエピソードはありますか?

志鎌:ある日、横浜駅の改札を僕と友人が抜けると、他校の学生が待ち伏せをしていて、突然笛を吹かれて30人ぐらいがいきなりやって来て、ボコボコにされそうになりました。こっちはこっちで、スケートの板で殴って逃げるなんてことがありました。ちなみにこんなことが毎日のようにあるんですよ。昨日はあいつがやられたとか、本当に漫画の『ろくでなしBLUES』の平成バージョンのようでした(笑)。

——すごいですね(笑)。コレクションを見ていると、さまざまなカルチャーが感じられてきますが、やはり横浜で体験したことが大きいのでしょうか?

志鎌:僕が洋服を好きになるきっかけは、「ステューシー(Stüssy)」と出会った11歳の時でした。友人が着ている姿に衝撃が走って、それがきっかけで洋服にまつわるすべてのカルチャーに興味が生まれていきました。

——ストリートカルチャー体験の始まりはヒップホップやスケートではなく、洋服だったんですね。

志鎌:完全に「ステューシー」ですね。そこからは「ステューシー」を中心にはまっていくんですけど、中学ですごいクロスカルチャーを体験することになるんですよ。僕が入学した中学というのがもう本当に悪い中学で、ヤンキーもいればストリートダンスしている人もいて。そこで中学1年の時にいわゆるフリップとかオーリーなどをするようなストリートスケートに出会い、それからがいろんなカルチャーを知るスタートにもなりました。

——スケートボードの次に興味を持ったカルチャーはなんでしたか?

志鎌:当時のスケートカルチャーは、ヒップホップだけじゃなくてR&Bやロック、ソウル、ハードコアもあって、そういったものを勉強するのはスケートのビデオ(=スケビ)でした。渋谷に行って「ムラサキスポーツ」でスケビを買ってきて、映像に使われている曲をすべてチェックすることを繰り返していたら、自然とたくさんの音楽にはまっていきました。

——特に熱中した音楽はありますか?

志鎌:横浜はダンスミュージックがすごく根強い地域だったので、やっぱりどんどんヒップホップのほうにはまっていきました。僕の家というのが、親がMTVをずっと流しているような家で、学校から帰るとミュージックビデオが普通に流れている環境でした。そこで日本語ラップも初めて知ることになり、中学2年か3年の時なんですが、シャカゾンビの初期のミュージックビデオを観て超衝撃を受けて、そこからはランプ・アイというグループにはまり、自分でもDJやラップをするようになるんですよ。それが高校1年生の時ですね。

——そうなんですね! その後、ニューヨークに一時期いたとも伺いました。

志鎌:それは中学生の時で、友達がお父さんの転勤でニューヨークに引っ越したんです。それで、友達から遊びにおいでよって言われたがのきっかけで、ニューヨークに2ヵ月ほどステイする時期が何度かありました。

——当時のニューヨークで印象に残っていることはなんですか?

志鎌:当時は、ちょうど「シュプリーム」や「RRL」のショップがオープンする年で、もうとにかくニューヨークのストリートの勢いをすごく感じました。そこであらゆるストリートカルチャーに影響を受けて、グラフィティもいろいろ見る機会が多かったので、短期間でいろんなカルチャーを集中的に浴びることになったんです。それが14歳か15歳とかの時で、それから日本に帰ってきても、その熱量がずっと冷めないで、今もずっと生きているって感じですかね。

今の自分を育ててくれた原点

——以前、志鎌さんは「シップス(SHIPS)」でご自身が立ち上げた「エイシクル シップス ジェットブルー(Acycle SHIPS JET BLUE)」(以下、「エイシクル」)の企画を担当されていましたが、それまで洋服の企画経験はあったのでしょうか?

志鎌:服飾の学校には行っていたんですけど、まったく勉強しないでずっと原宿で遊んでいましたし、仕事としてはまったくの未経験でした。本当にパターンのこともほぼ理解してなかったですし、仕様書の書き方すらもわからなかったです。

——その状況から、どのようにしてスキルを身につけていったのですか?

志鎌:先輩が「帰ったあとだったら、仕様書を見ていいよ」と言ってくれて、その先輩が帰る夜11時ぐらいまで1人で残り、先輩が書いた仕様書をコピーさせてもらって朝方まで勉強してました。始発の時間になったら帰宅して1時間だけ家で寝て、また出社するという生活を1年半ぐらいやったんです。その経験で、洋服作りのことがわかってきたので、それから「シップス」本体の企画デザインも任せてもらえるようになりました。

——どんな企画を手掛けていたんですか?

志鎌:例えば、シャツを年間で150型ぐらい企画していました。すると、週200〜300枚売れるヒット商品も生まれるようになって、そうやって結果が出てきたことで、会社内で僕に対する信用も上がっていったのをすごく感じることができました。もし、そこでいい加減な仕事をしていたら、たぶん「エイシクル」もうまくいってなかったと思いますし、与えられた仕事はすべて真面目に全力で取り組みました。

——「シップス」は服作りの基礎だけじゃなく、志鎌さんに大きな影響を与えたように思えます。

志鎌:そうですね。たくさんのことを学ばせてもらいました。生地も産地に行かせてもらってオリジナルの生地を作ったり、イラストレーターでグラフィックもやるようになったり、本当にたくさんのことを経験させてくれて、「シップス」という会社が僕の恩人というか、すべてを与えてくれたんですよね。とんでもない経験をさせていただいたと思います。

原点回帰が生み出す最高に刺激的なスタイル

——今年6月に発表された2023SSコレクションでは、横浜をテーマにされたと聞きました。

志鎌:「Area Area」というテーマなんですけど、僕がちょうど10代を過ごした頃の横浜は、本当にクロスカルチャーの街で、すべてがありました。例えば公園で友達と遊んだとします。すると公園には、一緒にラップをやってる友達がいて、その隣にDJもいる。さらにスケーターやストリートダンサーもいたり、ちょっと行けばバイカーもいるとか、本当にそういった街の中で育ったんです。

「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」2023SS コレクション

——当時、そういった情報はどんなふうに入ってきたのですか?

志鎌:僕がヒップホップを好きでやっていても、自然と他の情報がめちゃくちゃ入ってくるんですよ。僕はバイクに乗ったことないですけど、バイクの種類は超知ってたりとか、バイクのカスタムのことも友達が教えてくれたので僕もすごく詳しくなったりと、本当にストリートでいろんなことを学びましたね。

——過去の自分を、今回はテーマにしたということでしょうか?

志鎌:そうしたら、たぶん相当おもしろいだろうなと。なので、けっこうわかりやすく言うと、ヒップホップっぽいムードがありながら、ちょっとレイヴっぽい切り替えのトラックジャケットがあったりと、まさに1990年代後半の横浜みたいな雰囲気です。

——今回のコレクションで注目したアイテムがニットです。裾が擦り切れて、このグラフティも本当にストリートの壁に描かれたものという印象なのですが、グラフィティのインスピレーションはどこから?

「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」2023SS コレクション

志鎌:これは桜木町の高架下にあった、1キロぐらい続くストリートのウォールからです。僕は中学生の頃から20歳超えるぐらいまで、あの場所でよくスケボーをやったり夜遊びに行ったりとか、身近なエリアだったので、もう作るならこれしかないと思って最初から決めていたんです。ウェアに落とし込んだグラフィティは、僕の友達で鹿児島に住むSUIというグラフィティライターに描いてもらいました。

——桜木町のウォールから発想したニットだったんですか!

志鎌:それでスケボーをやっているから、ニットの裾も擦り切れるみたいな。

——ディテールに横浜が本当に反映されているんですね。すごくおもしろいです。こちらのJUN INAGAWAさんのイラストを使ったアイテムはどのような経緯で?

「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」2023SS コレクション

志鎌:これはオカモトレイジさんが毎回ショーに来てくださって、僕がスタイリストのTEPPEIさんに「レイジさんと何かやりたいんですよね」と相談したことがきっかけです。それでレイジさんと打ち合わせをして、レイジさんが主宰していて、JUN INAGAWAさんも参加している「YAGI」とコラボすることになったんですよね。

——通常、イラストを使うなら前面に押し出したデザインが多いと思うんですけど、今回のアイテムはバンダナとイラストが大胆にミックスされているデザインが、すごく珍しいと思いました。

志鎌:最初にアイデアを話した時は、「何言ってんだ、こいつ?」みたいな感じでした(笑)。でも、僕がバンダナの枠を全部オリジナルで作って、そこにアートワークをはめ込んでもらい、上がってきたものをデジタルプリントして、バンダナとミックスしたらおもしろいものが完成すると思ったんです。

——実際にサンプルが上がってきたら、みなさんの反応はいかかでしたか?

志鎌:「ヤバい!」となりました。ヴィンテージとアートの掛け合わせは、なかなかできないじゃないですか。たぶん、うちにしかできないんじゃないかって思うんです。

コレクションの背景に潜む思い

——コレクションを見ていると、結構な数のヴィンテージTシャツを使ったアイテムがありますが、Tシャツを集め始めたきっかけを聞かせてください。

志鎌:そうですね、例えば、あるヴィンテージTのXLサイズが6万円だとします。ですけど、ヴィンテージのTシャツは、同じグラフィックでもSサイズだと1万円になったりするんですよ。特に海外だと「Sサイズなんて誰が着るの?」と思われて、ごみみたいな扱いをされます。でも、さっき言った通りプリントは一緒なんですよね。それって、超もったいないじゃないですか。誰にも救出されず、埋もれちゃってるんですよ。それで僕は、レアな柄のSサイズを集めるようにしたんです。

——価値がないものを集めて、価値のあるものに生まれ変わらせたということですか?

志鎌:集めたSサイズを解体再構築すると、XLサイズに再生できるんですよ。そうするとプリントは超ベリーレアなんだけど、僕らの仕入れ値は安いじゃないですか。だから市場のプレミア価格より僕らのプリントTシャツは安く出すこともできるんです。そういった考えで始まりました。なんか、もったいないな、これみたいな。

「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」のリメイクアイテム

——今、ファッション界はサステナビリティが重要なテーマになっていますが、志鎌さんのコレクションにはサステナビリティも感じます。サステナに対して、今どんなことを考えていますか?

志鎌:僕は正直そういった概念はまったくゼロで、「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」って名前の通りなんですけど、できるだけ人と同じ服は嫌だと思って生きてきたタイプなんです。時間はかかりましたが、ヴィンテージを1個混ぜることによって、それが“One and only”の服になるっていうのに気付いて、それをやり始めたのが2014年ぐらいですかね。それからヴィンテージを元にした解体再構築を始めたんです。

——先程のヴィンテージTシャツの収集はもったいないという気持ちから始めたということでしたが、今のお話を伺うと、志鎌さんの根本にある、唯一無二の服を作ろうとするオリジナリティを探求する強い気持ちが本当の理由に思えてきました。

志鎌:世の中でサステナビリティが言われ始めると、なぜかサステナブランドの1つみたいになって、海外だと、サステナビリティの枠でバイイングしていくストアもあります。「古着を使っているやつだけ教えて、それ以外は買えない」からみたいな。そんなことも言われます。

——志鎌さんとしては別にそういう観点でやってるわけではないですよね。

志鎌:そうですね。でも結果そういうなんか、なんて言ったらいいんですかね、自分が気をつけているのは何かちょっと違うんじゃないかっていう空気感というか、そこなんですよね。無理やり作るのは、絶対に嫌だなと思っているんです。

——毎シーズン発表されるムービーでは音楽がとても印象的です。2023SSコレクションのムービーにはHideyoshiさんの「Live Forever」と「Hideyoshi – Shinpainai ft. AKLO」が使われていました。この2曲を選んだ理由はなんでしょうか?

「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」の2023SSムービー 「Area Area」

志鎌:Hideyoshiさんってちょっとネガティブなリリックが多い印象なのかなって思っていたんですけど、新しいアルバムを実際に聴いた時に「カッケー!」となったんですよね。前向きというか、すごい勇気を与えられるような曲がたくさんあるんです。あの2曲を使いたいと思ったのも、ポジティブなリリックが理由でした。

——現在、志鎌さんはミラノファッションウイークでコレクションを発表されています。どうしてミラノなのですか? ちょっとテイストが違うような気がします。

志鎌:ミラノは、おそらく僕が通過してきたようなストリートカルチャーとかないんですよ。だからめちゃくちゃ目立てるんです。僕らみたいな服は他にないんじゃないですかね。

——ミラノは全然ないです。

志鎌:参加されているのは「ゼニア(ZEGNA)」や「プラダ(PRADA)」とかじゃないですか。そこにうちらがいたら、超いいだろうなと。それでオファーいただいてからずっと出ているって感じです。

——海外でのショーの開催やショップのオープンなど、これからのブランドの目標を教えてください。

志鎌:海外でのショーは考えていますよ。どこのタイミングで、どこで開催するかというのは、今いろいろ動いてもいます。本当は数年前から動いていたんですけど、コロナになってから1回全部止まってしまいました。でも、今やっと動き出して、数年以内にはヨーロッパでショーをやると思います。

——最後の質問になりますが、これまでブランド活動をしてきた中で、一番嬉しかったのはどんな瞬間でしたか?

志鎌:やっぱり自分の作った服が、人の手に渡って喜んでもらえているのを実際に見る瞬間だったり、メディアに評価いただいたりした時とかももちろんそうですし、作ったものが何かで報われたみたいな、そういった瞬間はやっぱり嬉しいですね。

今回のインタビューでもっとも印象に残ったのは、中学時代のエピソードだった。あらゆるカルチャーを短期間で大量に浴びていく話を聞いているうちに、脳内でコレクションが再生される体験に陥っていた。10代に激流のような時間を過ごしたからこそ、この美しい混濁ともいうべきファッションが生まれたのだと静かに興奮していた。

スケート、ヒップホップ、レゲエなど、いくつものカルチャーが、これでもかと重なり合って誕生した爆発的なスタイル。それが「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」。挑戦という強烈な刺激を前にして、歩みを止めることなんてできるか。デザイナーの志鎌英明は、世界を相手にしてもひるまない。

Photography Teppei Hoshida
Edit Shuichi Aizawa(TOKION)

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「アンドワンダー」デザイナー、池内啓太と森美穂子が創る世界――すべてはフィールドを通してつながる https://tokion.jp/2022/05/15/interview-keita-ikeuchi-and-mihoko-mori-the-designers-of-and-wander/ Sun, 15 May 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=111651 アウトドアを愛し、自然を愛する「アンドワンダー」デザイナーの池内啓太と森美穂子。2人の創造は、自然とともにある。

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不思議な体験だった。「アンドワンダー(and wander)」2022SSコレクションのビジュアルを眺めていると、山や川を写し出した背景は、アウトドアが間違いなく感じられるのに、服そのものからはミニマリズム的な、都市空間で映えるモダンウェアのように洗練されたクールなイメージが迫ってくる。目に見えているビジュアルと、頭の中で想像されるイメージのギャップに、困惑と魅力を覚えてしまう。

2011年にスタートしたアウトドアブランド「アンドワンダー」は、今や衣服の発表だけにとどまらず、実際に山や自然を体験する「and wander HIKING CLUB」を開催するなど、アウトドアの魅力をさまざまな方法でより広く、多くの人達へ伝え続けている。

デザイナーの池内啓太と森美穂子に服作りの背景を尋ねていく中で明らかになったのは、生活と自然が密接に結びつく世界の姿だった。

自然との触れ合い、アウトドアとの出会い

——子どもの頃はどんなことに夢中になっていましたか?

池内啓太(以下、池内):僕は神奈川県厚木市出身で、丹沢山系の端を切り開いて作られた、森に囲まれた住宅街の中で育ちました。月並みですけど、友人と秘密基地を作ったり、近くの川で魚釣りしたり泳いだりと、自然の中でよく遊んでいました。

——ファッションに興味を持ち始めたのはいつからですか?

池内:中学ぐらいから洋服が好きになって、当時は雑誌を読みふけって、アメカジ、ストリートみたいなところから始まり、古着を一生懸命に探してみたり、コレクションブランドを着てみたりと、そのときどきでいろいろな服を着ていました。

——森さんも子どもの頃から自然に親しんでいたのでしょうか?

森美穂子(以下、森):私は青森と札幌で育ち、父が山岳部出身の山好きでしたので、その影響を受けて幼い頃から、スキーやキャンプなど、長い休みになれば自然の中で過ごしました。ファッションに興味を持ち始めたのは、祖母が洋服を作るアトリエを経営しており、祖母のようにものを作る仕事がしたいと思いました。

——本格的にアウトドアを体験していくきっかけはなんでしたか?

池内:大学時代の話になりますが、当時はアウトドアには本格的には触れていませんでしたが、旅が好きでした。いわゆるバックパッカーで、休みになれば海外のいろいろなところへ行き、「見たことない景色が見る」とか「行ったことないところに行く」といった楽しさを学生の時に覚えました。

——社会人になられてからも、旅の楽しみは続いていたのですか?

池内:社会人になると、長い休みを取ることが難しくなり、旅には年に1回行けるかどうかになってしまいました。そんな時、アウトドア好きな仲間にキャンプへ誘ってもらう機会があり、実際に行ってみると自然の中に少し入っていくだけで、昼の景色と夜の景色、タープやテントなどの道具でできあがる空間と相まって、非日常感をすごく感じられ、それが週末にさっと行って帰ってくる遊びとしては、とても新鮮でおもしろかったんですよね。それからすっかりアウトドアが楽しくなりました。

——どのようにアウトドアを楽しんでいましたか?

池内:自分達の周りでもアウトドアを楽しむ人達がどんどん増えてきて、キャンプに行く機会が増え、今度は周辺の山を歩いてみたりとか、そんな違った遊びがどんどん発展していって、本格的にのめり込み始めました。

——アウトドアに本格的に興味を持ち始めたのは、キャンプに行くようになってからなんですね。

池内:そうですね。それまではアウトドアウェアも持っていませんでしたから。それこそ「プラダスポーツ」を着て行って、「あ、穴が開いた」という感じだったんですよ(笑)。

両極のアプローチから生まれるコレクション

——続いて「アンドワンダー」のコレクションについて聞かせてください。毎シーズン、デザインはどのようなプロセスで始まっていくのですか?

森:素材選びから始めます。山のアイテムに限らずどんな機能、役割があるものを作るか、シーズンに必要かどうかを考えていきます。それには素材の機能だけでなく、質感、ハリなど感覚的なものも大切にしています。それに日本の合成繊維は世界を引っ張るポジションにあって、新しい機能、方向性など、素材の情報が手に入りやすい環境にあることも影響しています。

——機能に注目して素材を集め始めたあとは、どのようにアイテムのデザインが始まっていくのでしょうか?

森:私達が設定するフィールドで心地よく遊べるようにディテール、カッティングを決めていきます。素材の特性が生き、体の動きを妨げないように、「形を整える」感覚でデザインをしています。

——普段の生活から体験していることが、服のデザインと結びつくことはありますか?

森:歩く、自転車に乗る、階段を上る、バッグを持つなど、日常的な行為から「ここは使いづらいな」「もっと動きやすくするにはどうしたらいいか」と考えます。普段の生活の体験なしには考えられません。

——素材以外のアプローチもあるのでしょうか?

池内:アウトドア遊びや日常生活の中から「こんなものがあったらいいのに」とか、「こんなもの世の中にないよな」みたいな、ひらめき型のアプローチもあります。そのときどきのインスピレーションも、ブランドにとって大事なところではあります。

——実際、過去にはどんなひらめき型のアプローチがあったのでしょうか?

池内:ある時はバックパックを背負いながらの行動を考えて、普通とは異なる位置にポケットをつけたり、「たき火をする時には、火の粉で穴が開かないながらも長時間座っていても快適なボトムは必要だよね」と思いつきで、今までの「アンドワンダー」の中にはないものを作ることがあります。そのような違和感みたいなものも、僕らにとって大切な部分だったりします。

——両極の方法で作ることが「アンドワンダー」のコレクションなんですね。

池内:いろいろな側面を持つことも、ブランドの奥深さとおもしろさなのではないかと思います。

——2022SSコレクションで個人的に好きだったルックに「ショーラー(Schoeller)」の生地が使われていました。この生地にはどのような特徴があるのですか?

森:ショーラーはスイスをベースした生地メーカーです。このアイテムに使っている“3XDRY” という素材は、表面に撥水機能、生地の内側に湿度を調整する機能がついています。このような素材は、表面も内側も撥水するのですが、“3XDRY”は、表面と内側で別の機能を持つというのが優れています。肌に直接触れてもベタつかず、ストレッチ性もあり着心地が良く、2015年からデザインをアップデートしながら使い続けています。

——2022SSコレクションはグラフィックもとても印象的ですが、どのような経緯で作られたのでしょうか?

森:ロサンゼルスに住むナターシャ・チョムコというアーティストのプロジェクト「ポストウック」に、グラフィックを依頼しました。彼女はアメリカの国立公園や都市、自然物や人工物などのエレメントをコラージュして、まったく新しい景色を作り出すアーティストです。

——近未来的な印象がする、とても不思議なグラフィックですね。

森:依頼当時は、コロナが猛威をふるっている時で、旅行には行けず、行動も厳しく制限されていました。そんな時でも、彼女の作品は見る人を新しい世界に連れて行ってくれるようでした。イマジネーションの広がりに、窮屈になった日々から解放されました。
そして彼女のコラージュがプリントされたアイテムが展開される2022年の春夏には、コロナも終息し、街には強い色や柄を身に着けたオープンな気持ちの人が、ハッピーなムードであふれることをイメージしていました。残念ながら今もコロナ禍は続いていますが、このコレクションから、旅するように新しい景色を感じてもらえたらと思います。
To feel around the world and time travel.

世界の課題に向けられる意識が創造を生む

——現在、ファッション界ではサスティナブルが重要なキーワードになっています。

森:私達は2015年から海外の展示会に参加しています。海外のほうがサスティナブルの意識はずっと高く、「リサイクル素材はどれですか?」「環境配慮しているものどれか?」と質問されることもあり、自分達の意識を変える必要性を感じていました。山で遊んでいても、夏まで残る万年雪が小さくなっていたり、降る雪が減ったりなど、目に見える影響を感じます。
そういった状況で、私達が貢献できる選択については常に答えを探しています。リサイクル素材を選んだり、古着の回収サイクルにお店で参加をしています。

——今、「アンドワンダー」で進行している企画などはありますか?

森:2022年の秋冬で、優れた摩耗性、引き裂き強度を誇るコーデュラ(CORDURA)ブランドのサポートを受けて企画展を行います。写真家の石川直樹さんがマオリの森を撮った写真を、“自然と共生するということは、人間が自然を守ることではなく、人間と自然が対等な関係を結ぶことではなかったか。”というメッセージとともに展示します。同時に、写真をプリントしたコーデュラファブリックのシャツも販売します。コーデュラファブリックのシャツは、丈夫でくたびれた印象にならず、長く着用でき、買い替えの頻度が減り、間接的に環境へのインパクトを減らすことができます。また、このコラボアイテムの売り上げの一部は、ニュージーランドの森林保護団体へ寄付を行います。企画展を通して、人と自然の関係性を今一度考え直してはいかがでしょうか。

——話は変わりますが、ウクライナでは戦争が起きるなど、現代には信じられないようなことが起きています。そんな世界に対して、いち個人として、どんなことを感じていますか。そして、こんな時だからこそファッションデザイナーとして、どんなことを表現、メッセージしていきたいと思いますか?

森:私は「アンドワンダー」を通して、多くの人に山や自然に触れて、その魅力を知ってほしいと思っています。
幼い頃過ごした青森では、冬の朝、白鳥にパンを与えるために川まで毎日歩きます。春になれば鳥達はロシアに帰っていきます。国境のない鳥達は、季節に合わせて移動し自然の恵みを享受して暮らしているのです。幼い私には、鳥達が帰る場所が安全で豊かであることを願っていました。それが国の主義主張よりも大切だったんです。自然は、地球上にある大きなつながりや循環を教えてくれました。こんなふうに世界がつながれば、もっと優しい社会が作れると信じています。

——そんな自然で遊ぶお2人は、なぜ東京を拠点にブランド活動をされているのでしょうか? 山などが近い場所で活動するのも選択肢の1つだと思うのですが、多くの人達に山で遊んでほしいという、都会の人達に向けてという意味もあるのでしょうか?

池内:都会で生活しながら、休みの日に自然に触れに行くような生活スタイルの人が、僕らのブランドの一番の理解者なんだろうなと考えています。自分達も1人のユーザーとしてそういった人達に近いライフスタイルを送るというのが、東京を拠点に活動している理由かもしれません。

「アンドワンダー」2022SS collection動画

ファッションデザイナーは、時代の感性を敏感に感じ取り、感じ取った感性をコレクションにして伝えることがある。予想もできなかった現実が続く今、どんなことを感じているのか、おそらくファッションデザイナーだからこそ感じられるものがあるのではないか。そんな思いから尋ねた質問の答えを聞き、世界の裏側にある美しさを目の当たりにした気分になると同時に、世界をより知ることが大切なのだという思いになる。
耳を閉ざし、見たいものを見るだけではいけない。「アンドワンダー」は目を世界に向け、耳を開き、自然の声を東京から届けていく。

池内啓太
1978年生まれ。多摩美術大学卒業後、「イッセイ ミヤケ」に入社。2011年に森美穂子とともに「アンドワンダー」をスタート。大学時代の旅から始まり、アウトドアを自ら豊富に楽しみ、自然の中で過ごすウェアにリアリティとともにモード感を添えながら、アウトドアの魅力を伝え続けている。

森美穂子
1978年生まれ。エスモード ジャポン卒業後、「イッセイ ミヤケ」に入社。2011年に池内啓太とともに「アンドワンダー」をスタート。幼い頃は青森と北海道で育ち、自然と遊ぶ体験を重ねる。高機能素材の性能を生かしながら、都会の洗練されたウェアとしてのデザイン性を持つコレクションを通して、アウトドアの魅力を発信している。

Photography Teppei Hoshida
Edit Shuichi Aizawa(TOKION)

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「ミスターイット」デザイナー砂川卓也がウエアに込める思い――物語はあなたの中にある https://tokion.jp/2021/10/10/mister-it-designer-takuya-isagawa/ Sun, 10 Oct 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=63460 人間の中にあるユーモアを発見する砂川卓也。彼は優しさを、ファッションを通してひとびとに届ける。

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「ミスターイット(mister it.)」のデザイナー・砂川卓也(いさがわたくや)は、スカーフ作りを仕事とする父と、油絵を描いていた母から大きな影響を受け、幼少時からファッションへの興味が自然と芽生えていく。そんな砂川だが、彼は10代の多くをファッションではなくサッカーに費やしていた。

しかし、情熱を注いでいたはずのサッカーに諦めを覚える瞬間が訪れる。高校2年時のある試合で、プロになれる人間と、なれない人間には明らかなレベルの差があることをリアルに痛感したのだ。その瞬間、砂川は次の目標に向けて動こうと頭が切り替わる。

「次にやるものでは、もう絶対に後悔したくない」。

砂川は、サッカーで「あの時にこうしておけばもっと良かった」という後悔が強くあった。この思いは、その後の彼の道を切り拓く大きなパワーになるのだった。こうして、子どもの頃から身近にあったファッションへの道が本格的に始まる。

大阪からパリへ渡り、目標としたメゾンでの経験を経て、2018年、砂川は東京の地で自身のブランド「ミスターイット」を設立する。本企画は、彼が過ごしたパリの話から始めたい。

服を作るのは1人ではなくチーム

――大阪のエスモードに入学し、そこからエスモードパリに留学され、卒業後に「メゾン マルジェラ」でキャリアをスタートさせています。入社面接では、フランス語の自己アピールを事前に覚えて臨んだと伺っています。

砂川卓也(以下、砂川):当時の僕はまったくフランス語が話せませんでした。そこで、日本語とフランス語を話すことができる友達に、自分が言いたい自己アピールをフランス語に訳してもらい、その友達にフランス語で自己アピール文の音読もお願いして、録音しました。毎日その録音を聴いて丸暗記できるようになったら、発音もいつのまにか完璧になっていました(笑)。

――(笑)。面接の時にはいろんな質問がされたと思うのですが、どう答えていたんですか?

砂川:その時は全部「ウィ(=日本語の“はい”)」と答えて、笑って乗り越えましたね(笑)。ただ、面接に受かって入社後、5分もしないうちに、フランス語がまったくしゃべれないことがバレてしまいました。

――そこからどうされたんですか?

砂川:仕事が終わってから帰宅後、毎晩フランス語でエピソードを話す練習をしました。それもただのエピソードではなくて、自分がミスしてしまったちょっとおもしろい話。そう、みんなに笑ってもらえそうなエピソードをあえて考えて、間違ったフランス語でもいいから、絶対翌日にそのエピソードを話すという気持ちで毎晩練習し、翌日、出社した時に話していました。それを毎日続けていたら、気が付くとフランス語で会話ができるようになっていました。

――「メゾン マルジェラ」では、どのように仕事に取り組んでいましたか?

砂川:僕はインターンから入社したのですが、働き始めてすぐにデザイナーのボスから「このブランドはインターンとか社員とか関係なく、おもしろいアイデアがどんどん形になっていくから、遠慮せずアイデアをバンバン出してほしい」と言われました。年功序列や立場よりもアイデアを大切にするこんな環境なら、やっぱりモチベーションがめちゃくちゃ上がりますよね。求められることに対して、僕は100%ではなく200%で返す。それを常にやっていました。

――そうして信頼を獲得していったんですね。

砂川:インターンを初めて3ヵ月経った時、社長に呼ばれて「卓也、今後どうしたい?」と聞かれる機会がありました。そこで僕は「将来は自分のブランドをやりたいと思っているけど、それまではパリに残りたい」と伝えました。すると社長から「じゃあ、もう正社員だ」と言われて、その瞬間からコレクションラインとオートクチュールを担当することになったんです。ただ、1つ言えることは自分だけでデザインしたという洋服は1つもないということです。チームのみんなでアイデアを積み重ねてアップデートしていきながら、作っていったものが洋服になるという形でやっていたので、僕1人で0から100まですべてやりましたというアイテムは1つもないです。

伝えたい「ありがとう」がコレクションの原点

――「ミスターイット」のブランドコンセプトを教えてください。

砂川:ひと言で言うと「身近なオートクチュール」になります。オートクチュールと言うと、レッドカーペットで歩くセレブのために作る服というイメージがありますよね。実際にそういう服作りを経験してきましたが、オートクチュールをもっと身近なものにしたいという思いが生まれてきました。自分の身近な人を思い浮かべて、こういう服ならば喜んでくれるとリアルに考え、そうして作った服に共感してくれる人達に広まれば、すごく嬉しいと思っています。

――砂川さんは「メゾン マルジェラ」というモードの王道にいらしたにもかかわらず、「ミスターイット」は出会う人達というリアリティがテーマになっていて、大変興味深いです。

砂川:洋服は遠い存在じゃなくて身近なものでありたい、身近なものを作りたいというのがやっぱりあります。「ミスターイット」のコレクションの中でアートピース的な洋服を作ってもいますが、それも意図があります。アートピースは実際に街で着てほしいというイメージよりも、その洋服を見て楽しんでほしいという思いがあります。「あ、洋服ってこれでもいいんだ」とか、「こんな作り方でもいいんだ」とか、洋服を見て楽しんでもらいたいです。

――日本で「ミスターイット」を本格始動させる前に、パリで自身のコレクションを制作していますが、どのようなコレクションだったのでしょうか?

砂川:自分のブランドをどう始めようかと考えて、その時にゼロのことをしっかりしておきたいと思いました。当時一緒に働いていた人達に、これまでの感謝の気持ちを返したいと、「コレクションゼロ」というタイトルで、今まで一緒に働いてきた人達のためだけの服を作り、その服をプレゼントしました。

――「コレクションゼロ」はどのように発表したのですか?

砂川:パリのあるショップを貸し切って、みんなに集まってもらいました。みんなの前で「これはあなたの洋服です。あなただからこういう服を作りました」と1人1人に、プレゼンテーションしました。

――反応はどうでしたか?

砂川:めちゃくちゃ喜んでくれて、そう、あのなんて言うか、とにかくめちゃくちゃ喜んでくれて、本当に感動してくれてましたね。

――みんなの姿を見て、やっぱり砂川さん自身も嬉しかったんですね。

砂川:とても嬉しかったです。もう本当に嬉しかったですね。無駄なことは考えず、シンプルに「ありがとう」を伝えたくて作った。ただそれだけをやりたかったので。それを実現できたことが、すごくよかったです。

人間がテーマとなる愛着あふれる服

――2021AWコレクションのテーマはなんでしょうか?

砂川:作り手の人にフォーカスすることを強く意識したコレクションになっています。生地を作る人、糸を作る人、縫製工場の人、本当に多くのいろんな人達が関わってコレクションが完成するので、作り手達のみんなをちょっと巻き込みたいなと思ったんです。

――展示会場を訪れると、何やら人の話し声がBGMとして流れていました。あの声は誰の声で、一体どんなことを話していたのですか?

砂川:このコレクションの制作に関わってくれた人達の何かを集結させたいなと思って、それなら声がいいんじゃないかと思ったんです。

――つまり、あのBGMの声は作り手達の声だったんですか?

砂川:そうです。プリントをしてくれた人、縫製工場の人、撮影で関わってくれた人、本当にたくさんのいろんな人の声を録音して、その声を展示会場でインスタレーションのように流しました。展示会場では洋服の後ろから声が聴こえてくるようにし、ルックブックを置いた場所の下からも声を流すようにしていました。

――会場に流れていた声は、日本語には聴こえなかったのですが……。

砂川:あんまりシリアスにしたくなくて、やっぱりキャッチーにしたかったので、あえて作り手のみんなに英語で喋ってもらいました。もうカタカナ英語で、その作り手がどんな服を作ったかというのを、わかりやすく「私は何々を作りました」とひと言だけ喋ってもらっています。会場では1人の人間がたくさん話しているように聴こえたかもしれませんが、実際には1人の人間がひと言だけ、それをたくさんの人が話していたということになります。

――2021AWコレクションでは大胆なプリントのブルゾンを発表していましたが、まるで絵画が描かれているような迫力のプリントでした。あのプリントには何が描かれているのですか?

砂川:プリントには「コレクションゼロ」でテーマとした人達が、パリの実際のアトリエで働いていた風景が描かれています。

――ブルゾンは服をキャンバスに見立てて絵が描かれているようで、本当に迫力があって驚きました。あのプリントは、作り手という今回のコレクションテーマがすごく伝わってきます。

砂川:もうストレートに勢いよく作りたいと思って、このようなプリントになりました。

――コートも印象深かったです。トレンチコートのように見えて、ステンカラーコートのような印象も受けて、でもダッフルコートのようにも感じられて。あのコートはどのように発想したのですか?

砂川:このコートに関して言うと、以前ある人から今回のコレクションのコートと同じ素材のメルトンを使ったブルゾンを、プレゼントとしてもらいました。それを連想させて、プレゼントでもらったブルゾンと同じ色のアウターで返したらいいかなと思って。もらったものをこうやって返すよみたいな、そんなことをイメージしながら作ったコートです。

――リボンなどコートのディテールもおもしろいです。

砂川:いろんな表情で着られるのが「ミスターイット」の特徴だと考えています。それこそ、その日の気分でコートのウエストを絞って着たい時もあれば、フラットにして着たい時もあるだろうし、着方を少し変えるだけでも、かなり見え方が違ってきます。このコートもリバーシブルで、裏にすると白のパイピングがディテールとして見えてきます。

――「ミスターイット」というとシャツの印象が強く、定番シャツではカフスに見られる小さくて黒いハートが印象的です。今回の2021AWコレクションのシャツでは新しい特徴がありますか?

砂川:小さなハートをカフスに入れたのは、ひさびさに友達と会って握手しようとした時、目に入るようにするためでした。そのハートがきっかけとなってコミュニケーションが生まれる。そんなふうにシャツを使ってもらいたいイメージがあったんです。でも、今はやはりコロナ禍にあって友達に会ったとしても、握手することに違和感や抵抗があるのではと思いました。それなら、例えばポケットから何かを取り出すさりげない仕草の時に、ちらっとハートが見えるぐらいが今はいいんじゃないかと、シャツの内側にインナーベルトのようにもう1本前立てをディテールとして加えて、その前立てにハートを小さくプリントしたんですよね。

――今の世の中のムードを、服に反映させたいということでしょうか?

砂川:トレンドというよりも「今、ブランドとして何が必要か?」と思うこと、現代に合わせたもの作りをしたいですね。例えば、シャツは本当に何百年もベースの形は変わっていませんが、自分が今持っているシャツと何百年も前のシャツでは、生活の仕方は絶対違うじゃないですか。それなのに今も同じディテールや同じ仕様というのにやっぱり違和感があって。ただ、シャツのアウトラインとかベースの部分はとても素晴らしいものがあるので、そのベーシックさは保ったまま、ブランドが思う今っぽさを入れてアップデートしていくことを意識して作っています。

ストーリーは、服を着る人の心の中にある

――「ブランドが思う今を作りたい」ということですが、今コロナ禍によって状況が変わり、世界が変わり、ではこれからの時代にどういう服を「ミスターイット」は作っていきたいのか、そのビジョンや思いを聞かせてください。

砂川:常に洋服をアップデートしていくのはもちろんですが、それよりも僕が意識していることがあります。それは洋服のデザインだけじゃなくて、洋服をどう届けるかということをしっかりデザインしたいということです。

――それは、オンラインストアのようなものですか?

砂川:いえ、オンラインストアというよりも、自分としても洋服を長く着てもらいたいという気持ちがあって、長く着てもらうためにどうすればいいかということを、かなり考えています。そのために、ちょっとした仕掛けを作るようにしています。例えば、先ほどのコートに使っている「ミスターイット」のオリジナルハンガーがあるのですが、これは普通の針金ハンガーにカバーを掛けたものです。

――これはおもしろいです。ありふれた針金ハンガーが特別に見えてきます。

砂川:ハンガーを作るというアイデアから、ハンガーカバーを作るというアイデアにたどり着きました。針金ハンガーは、たぶんみなさんが持っているハンガーだと思うんですけど、そういった普通のハンガーにカバー1つ掛けるだけで、その人のハンガーになります。服を返す場所があれば、服を大切に長く着てもらえるんじゃないか、この服はここに返すんだと決まっていたら、人はその場所へ絶対に服を返すと思うんです。

――服を戻したくなる場所があれば、人は服を大切にしてずっと着ていくのではないかと?

砂川:このハンガーカバーは取り外しもできます。形を広げて、この切り込み部分に花を1輪差し込むこともできます。花を1輪差し込んだハンガーカバーと、例えばシャツを一緒にボックスに入れて誰かにプレゼントすれば、もらった人はボックスを開けた時に花とシャツが見えた瞬間、嬉しいんじゃないかなと。こういう服の届け方自体もデザインが必要だと思っています。

――素晴らしいアイデアです。こんなふうに服が届いたら、自分だったら大切に着たくなります。

砂川:一般的に長く着られる服というのは、仕立ての良さや、ベーシックさではないかと思います。でも「ミスターイット」の長く着られる服というのは、服の中に何かストーリーや思い入れがある服だと考えています。実は、前のシーズンからあえてパーソナルなストーリーを伝えないチャレンジをしていて。アイデアの出発点としてインスピレーション源の人がいて、ストーリーがあるわけですが、実際に着てくれる人達には、その人だけのストーリーをこれから作ってもらいたい。着る人に委ねるじゃないですけど、こちらから伝えすぎずにその人が好きなように着て、好きなストーリーを作ってくれるのが理想だと思うようになりました。

今回のインタビューでとても印象に残ったのは、パリで働き始めた時、フランス語がまったく話せないことがスタッフ達に判明してからの行動だった。この時砂川は、自分が笑われるユーモアを盛り込んだエピソードを準備する。危機感が迫り、強い焦りを覚える状況だというのに、彼はユーモアを選んだ。この姿勢こそ、まさに「ミスターイット」そのものかと思う。

シリアスで刺々しくもなる世の中を、こぼれる笑みが救うこともある。砂川はファッションにユーモアを乗せて、笑顔を届ける。そっと優しい、人を傷つけることのないユーモアを、パリの地で磨いたエレガンスとともに。インタビューの最後に彼に尋ねた質問がある。それは「服作りをしていて一番幸せを感じるのはどんな瞬間か」。この質問に砂川が答えた言葉を最後に伝え、終わりにしたいと思う。「ミスターイット」は人間を愛する。

「やっぱり作ったものがお客さんのところに届いて、喜んでもらう、本当それですね。それに尽きます」。

砂川卓也
エスモード大阪を経てエスモードパリ卒業後、2018年、東京にて「ミスターイット」を設立。フォルム、素材、色、それら服を構成するあらゆる要素をダイナミックに組み合わせ、リアルとモードのはざまをデザインする。エレガンスとユーモアが1つになったコレクションは、性別を超えて人間の魅力を引き出そうとするかのような多様性が備わっている。
http://misterit.jp
Instagram:@misterit75003

Photography Shinpo Kimura

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「フミト ガンリュウ」デザイナー丸龍文人 vol.3――社会と未来を切り開く精神が生み出すファッション https://tokion.jp/2021/07/15/designer-fumito-ganryu-vol3/ Thu, 15 Jul 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=38242 丸龍文人のパンクマインドは社会の課題に言及し、未来へと視線は向かう。彼の根源となるパンクマインドを追体験していく。

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2010年代後半に吹き荒れるストリート旋風に先んじて、ストリートを取り込んだモードスタイルを世界に発表してきた丸龍文人。しかし、彼は2018年に「フミト ガンリュウ」を設立したのち、自身の才能がストリートだけに収まるものではないことを証明する。ロングインタビューで語られた丸龍の生の言葉を可能な限り多く届けるべく、2回(vol.1、vol.2)にわたってお送りしてきた。

最終回となるvol.3では、丸龍が捉えた社会と未来が最新2021AWコレクションを舞台に語られる。多様性とインターネット、話はファッションだけにとどまらず社会に向かい、最後は自身の未来をも語ってもらった。

多様化の先には画一化がある

――2021AWコレクションのテーマが「必然的多様性」ということで、これはどういう意味になるのでしょうか?

丸龍文人(以下、丸龍):例えば現在のパンデミックの最中であったとしても、それがゆえの必然的な出会いもあると思うんです。僕自身も、今までだったらなかなか出会わなかったような業種の方と、たびたびお会いする機会があったんです。この現象は自分だけに起きていることではなく、世の中のいろいろな場所で起きていることだと推測しました。そういった今までと違った局面をひもといていくことで、これからのメンタリティやムードにマッチするもの作りにつながるのではないかと考えました。今、水面下で進んでいるさまざまな物語が紡ぎ出すであろう、今後浮き彫りとなる新たな多様性。それを必然と表現することにより、予言のような提案にならないか、というのが狙いとしてありました。

――多様性に対して、何か疑問のようなものを感じたのでしょうか?

丸龍:多様性と画一性、単純にどちらのほうが言葉として印象が良いかと聞かれると、多様性と答えるほうが大多数ではないかと思います。ですが、僕はどちらの言葉もニュートラルに捉えていて、プラスとマイナスの両面が存在すると考えています。多様性という言葉が独り歩きするのは危険だと思っていて、現に多様な権利を認めるがゆえにいろんな表現が奪われていくというのは、確実に起きているように感じています。

――ドラマやアニメを観ていても以前なら許容されていた表現が、現代では許容されなくなってきたように感じます。

丸龍:昨今はSNSの力もあり、一方的な倫理観の圧力が増していて「こういう方向はやりづらくなる」といったことが起きているように感じます。多様な主張を認めることによって、多様な色は少しずつ失われ、画一化へとつながる。それを歴史上ずっと繰り返しているように思います。 けれど、この見解は僕だけのものなのかと、躊躇していました。

――けれど、その思いが2021AWコレクションにつながっていったわけですよね。躊躇された思いが、確信になるきっかけが何かあったのでしょうか?

丸龍:「多様化の先には画一化が待っている」と、まったく同じ考えの言葉を残した哲学者の一節を目にして。紀元前の時代からそう言われていた。いろんな時代で、いろんな国で、均衡をうがつ多様な考えが生まれ、混沌をマネジメントするために必要となるルールが敷かれ、画一化されるという。

――画一化されることによって、また新たなフラストレーションのようなものが生まれてきそうです。

丸龍:ただ、画一化というのは、ある種その時代におけるスタビリティだともいえますし、 そういった範疇において最大限の自由なクリエイションをするのが、その時代にとって必要とされるクリエイターなんだと思います。
画一化された道徳や価値観の中、また新たな表現や多様な主張が生まれ、それによって生じた問題の是正であったり、ムードや暗黙の空気感に突き上げられるかたちで議論され、ルール整備がなされ、また画一化されていく。そういったサイクルを繰り返しているんです。その循環が進歩を伴ったものであれば良いのですが。

――現在、ファッション界ではサステナブルな姿勢が重要になっています。それが今のファッション界では大切な正義として。

丸龍:サステナブルにおいては、エシカルな観点から見るとあくまで1つの指標でしかなくて。もちろん、大切な指標の1つだと思いますが、もっと幅広い視野における倫理観が、あらゆる産業において一層求められて行くだろうと予測しています。多岐にわたるAI技術、そしてゲノム産業が牽引する時代に突入すれば、道徳や倫理観はその都度セットで議論されるだろうと思っています。時代にふさわしい服、ブランドのカタチとはどういったものなのか。必然性とエシカルな視点、それらを念頭にしたクリエイションを提案していければと思っています。

実践される必然的多様性とQRコード

――2021AWコレクションのルック写真では、犬がいるなど背景が雑然としていて、既存のファッションブランドでは珍しいルック写真に感じました。

丸龍:スタッズや安全ピンは好きなディテールです。いろいろな考え方や表現方法があると思いますが、ブランドとしては深層の精神性にフォーカスしたいと考えているので、極力、そういった象徴的なものを使わずに、根幹にあるレーベルマインドをニュートラルに表現したいと考えています。なので、例えば穏やかな表現をする時に、あえてアグレッシブなニュアンスを用いることも逆説的にパンクな考え方だと思っています。今回のビジュアルをヴォーグランウェイにのせること自体が、そういったマインド表現の一環なんです。

――確かに、美しいスタジオや景色が背景となったルック写真が多いヴォーグランウェイで、今回のような雑然としたルックはパンクです。実際に撮影ではスタイリングを手掛けたトム・ギネスとどのように進行したのですか?

丸龍:「必然的多様性」をテーマにしているので、具体的な注文はあえてせず、自由なコーディネートをお願いしました。モデルに関しては僕が選びましたが、それ以外は基本的に自由です。ガチガチに作られたものをお願いしてしまうと、今回伝えたい多様性の主意を失ってしまうので。ルック写真が上がってきた時に、犬が写っているのを見て「トム・ギネスはパンクだな」と嬉しくなりました。

――2021AWコレクションではアイテムにQRコードをつけていますが、その意図はなんでしょうか?

丸龍:いろいろな意図はありますが、ロゴに頼らず、形やマテリアル、テーマといった本質的な要素で勝負をしたいというのが念頭にあって。意味のない単なるマークだったものに機能を持たせ、デバイスにしてしまうこと、意味を持たせることによって、価値とは何か、それを問いたいと考えました。

――QRコードの中に何やら文字が見えるような……。

丸龍:「FG」という文字がQRコードの中央部分に潜んでいます。これにより、単なるデバイスでもなくなり、かつロゴをロゴをもって否定する、ロゴデバイスといえる着地が狙えました。

――ロゴ入りのQRコードは、すべてのアイテムに使われているのですか?

丸龍:2021AWコレクションではほぼすべてのアイテムにQRコードを使用していますが、自社ECの限定カットソーなどにも採用しています。QRコードをスキャンすると、サイトにジャンプする仕組みになっています。サイト内は比較的シンプルなアイテムラインナップにしているので、実際に試着することができないEC特有のデメリットを考慮した構成となっています。

――QRコードをスキャンすることで、そういったアイテムを買えるブランドのECサイトへ飛べるということなんですね。

丸龍:そうです。自社サイトでそのまますぐに、ワンアクションで購入することができます。動的QRというものを採用しているので、それならではの表現も、今後行っていきたいと考えています。

インターネットが発展してきたことで生まれる危惧

――前回でも触れました国立新美術館で開催されたショーについて、もう1つお聞きしたいことがあります。ショーで配布された用紙には「多様化する世界、その一方で、管理と資本的支配を目的とした社会の画一化」と書かれていました。これは何か社会の側面を捉えたものを言葉として表現していると感じましたが、丸龍さんが捉えた今の社会とはいったいなんでしょうか?

丸龍:その一節に集約されていたりもするので、こと細かに説明すべきかどうか……。もしあえて補足をするなら、インターネットは生きていく上でかかせないものとなりましたが、そのインスタントな側面が事態を加速させ、助長しているのだと思います。

――インターネットは情報をすぐに入手できたりと、たいへん便利ともいえますが、それに弊害があると?

丸龍:少し脱線した話になってしまうかもしれませんが、何か情報を得たい時に検索エンジンで検索すると、情報に到達するまでの時間があまりに早すぎて、そこにありがたみがないからすぐに忘れてしまう。 以前は知りたいことを深掘りしようとした時、書店を回って文献を探したり、詳しい人や店の方に、自分の足で聞きに行っていた。実際に足を運ぶと、その時の情景や空気感といった、あらゆる情報を体験するため、記憶としてすごく残りやすい。
そこへたどり着くまでに得た無数のインフォメーションが、記憶をたどるヒントになるからだといわれています。でも、ネットにはそれがない。ぱっと思いついた瞬間に秒で調べられる。だから、残りづらい。遠方へのアクセスであったり、簡易的な調べ物、深掘りのきっかけとして検索するには非常に便利だと思っていますが、インスタントに得たものは、失われるのも早い。なにごとに対しても、是々非々のニュートラルなバランス感覚で向き合いたいと思っています。

語られる自身の未来

――今は強制的に世界のみんなの暮らし方が変わりましたけど、ファッションも届き方も変わると思います。買うという行為は店に行って買うこともありますし、もっとオンラインが主流になるかもしれません。ご自身のコレクションをこれから世の中にどう展開していきたいですか?

丸龍:少しずつ細分化していくかもしれません。1つ1つに細分化されたラインが、それぞれの方向性に特化したもの、例えばTシャツだけを専門に作るライン、小物しか作らないライン、このラインはボトムスしか作らない、もしくは色合いやファブリックを限定したり。スーツ業界が難しいと言われたりもしていますが、行うクリエイションにおいて、しっかりとビジネスとしても成立する、そういったスーツしか作らないラインがあってもいい。それらのラインをミックスコーディネートして成り立つコレクションはどうかなと。もちろん、まったく別の方向性も考えていますが。

――複数のライン化が必要だと考えているのはなぜでしょうか?

丸龍:やはり1つのブランドですべてをやりきろうとすると、ぶれないようにコントロールするのは難しい。今シーズンはこのラインの予算を伸ばそう、でもこのラインはどのように是正すべきか、といった明確な目標が立てやすく、かつ専門メーカーのような特別感、存在感も出しやすい。あらゆる問題点を事前に見出し、道筋をしっかりと立て取り組むことができれば、リスクヘッジにもなるのではないかと考えています。

――今日お話を聞いていて、丸龍さんはますますパンクスな方だと感じました。最後の質問になります。これからも戦っていく中でファッションデザイナーとして何を表現していきたいですか?

丸龍:本当にこの世のすべてにおいて満足しきっていたら、たぶんデザイナーをやっていないと思います。「なぜ、こういうものがないのだろう?」と感じたことが、独りよがりではなくニーズが見込め、気持ちに作用し、時代にとって必要で、かつ長く着られる服作り。そういった取り組みを、もっとクリアなかたちにしていきたいと思っています。服としてチャンネルが合わないアイデアに関しても、少しずつ別のメディアで取り組めればと考えています。あくまでも、ファッションデザイナーとしての視点で。

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ファッションデザインとは服をデザインするもの。そういわれて、異議を唱える人間は少ないだろう。何を当たり前のことを、と言われるかもしれない。しかし、丸龍とのロングインタビューを経て、ファッションデザインとは服をデザインすることではなく、社会の新しい生き方をデザインするものに改めて感じた。そんな新しい生き方をするためにふさわしいユニフォームが、モードなのではないかと。

時代が変われば、ひとびとの暮らしは変わらざるをえない。それはまさに「今」が証明している。変わってしまった世界には、変わった世界に必要な暮らしがあり、その暮らしのために必要とされる服がある。モードは未来をデザインしていく。ファッションとは時代を投影するものであり、服を着ることは時代を着ること。社会からファッションは生まれる。丸龍はそのことをこれからも証明し続け、未来の私達が快適に、かつ興奮を覚える服をきっと作り続けてくれる。パンクマインドとともに、ファッションのおもしろさを伝えながら。

丸龍文人
文化ファッション大学院大学卒業後、「コム デ ギャルソン」を経て2018年に「フミト ガンリュウ」を設立。象徴だったストリートスタイルは、スポーツ、テーラードと多様性を含むスタイルの境界を超えたスタイルへと更新され、そのコレクションはデイリーウェアとしてのリアリティを備えながらも社会を批評的に切り取るデザイン性も披露する。
Instagram:@fumitoganryu

Photography Shinpo Kimura

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「フミト ガンリュウ」デザイナー丸龍文人 vol.2――社会と創作を結ぶ原点を探る https://tokion.jp/2021/07/07/designer-fumito-ganryu-vol2/ Wed, 07 Jul 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=38239 コレクションの背景を知ることで明らかになった、社会からファッションをデザインする丸龍文人の姿勢。彼の原点を辿たどっていく。

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2010年代後半に吹き荒れるストリート旋風に先んじて、ストリートを取り込んだモードスタイルを世界に発表してきた丸龍文人。しかし、彼は2018年に「フミト ガンリュウ」を設立したのち、自身の才能がストリートだけに収まるものではないことを証明する。ロングインタビューで語られた丸龍の生の言葉を可能な限り多く届けるべく、全3回にわたってお送りしたい。

前回Vol.1で明らかになった、社会からファッションをデザインしていく丸龍の姿勢。いったい彼はどのようにして、そのクリエイティブな姿勢と思考を育んできたのだろうか。その原点を探るため、vol.2では彼の故郷である福岡時代から始まり、「フミト ガンリュウ」として再始動する時にまで至る。そして、話は現代のラグジュアリーストリートにもおよぶ。丸龍のファッションの目覚めからストリート、作る服への思いまで。その声に耳をかたむけてほしい。

幼少時のイマジネーション

――前回は2021SSコレクションについて伺い、丸龍さんの思考がどのように育まれてきたのか、その原点はどこにあるのか、とても気になりました。福岡県のご出身ということですが、ファッションに興味を持ち始めたのはいつ頃からでしょうか?

丸龍文人(以下、丸龍):明確な意思で選んで着るというのを意識したのはスケートブランドの服でした。それは今でも鮮明に覚えています。当時、地元でもある福岡県に住んでいたのですが、兄のセンスが良くて、どこで服を買っているのか聞いたら、福岡市内にある有名な店で。でも、いきなりその店に行くにはちょっと勇気が持てなくて。こっそり兄の服を拝借して店へ行くと、店長さんに「君、中学生なのにそれ持ってるの? すごいね」 と言われて、いろいろ教えてくれたりと良くしてくれて。当時、僕自身がスケーターでもあったので、それがファッションに興味を持ち始めたきっかけの1つ、といえるのかもしれないですね。

――当時からファッションに関わる仕事をしたいと?

丸龍:より遡ると、他にもきっかけといえるものがあって。幼少期にいわゆるマンガというのか……、ストーリー展開のあるデザイン画みたいなものを描いていたんです。今振り返ると、まだ10歳にも満たない少年が、随分と重たいテーマの物語を描いていたな、と(笑)。

――どんなストーリーを描いていたのですか?

丸龍:当時はミレニアムを迎える前だったので、世紀末以降の世界を自分なりに想像して描いたのですが、そこでは思いがけない出来事が多発したことによって、地球が滅亡の危機にあるという設定で。

――幼い時にそんなストーリーを!?

丸龍:そうなんですよ(笑)。その世界では人類が滅びかけていて、上空を幾重にも覆い尽くしたスモッグと海洋汚染によって、本来の空や海の色を知らない。ただ、昔の空は美しかったとか、海はきれいだったといったことを昔話のように聞かされているだけで、青という色を知らない、イメージすることができないというストーリーでした。

――それはおもしろいですね。

丸龍:いくらなんでもそんな短期間にひとびとの記憶が失われるものなのか、ということであったり、青いものなどもすべて消滅してしまったのかという、数々の矛盾や詰めの甘さはあるんですけどね(笑)。青を取り戻すための物語なんです。話の内容や結末こそ違いますが、そこで描いていたものは、しばらくあとに観た『タンクガール』 という映画の登場人物が着ていた服装や世界観に通じるものでした。頭にはゴーグル、服装自体はミリタリーっぽくもあり、パンクスっぽくもある。当時、なぜ自分の描いた物語でそういう服装を描いたのか、うまく説明できませんが、いわゆるレジスタンス然とした装いをさせていました。物語の一部は今でも残っていて、見返すと気恥ずかしいですが(笑)、発見もあります。

――子どもの時から社会的視点の創作をしていたのは驚きました。

丸龍:幼少期からそういったことに強い関心があって。ストーリー展開があるものを数多く描いてたのですが、中学を卒業する頃には、よりデザイン画に近いものを意識して描くようになって、授業中よく怒られたりしましたね。

――(笑)。洋服と絵を描くのが好きな少年だったわけですね。では当時は洋服と絵ならば、どちらが好きだったのですか?

丸龍:今でもたまに絵は描いているくらいなので、絵を描くことのほうが好きだったと思います。あと、音楽も同じくらい好きでしたよ。

――どんな音楽が好きでしたか?

丸龍:今でも覚えているのは、小学生の時に科学番組を観る授業が定期的にあって。当時アインシュタインに憧れていたこともあり、その授業と番組をすごく楽しみにしていました。

――そういえば、前回もアインシュタインが大好きだと話していました。

丸龍:科学全般が好きだったんです。実験番組のBGMは、今でいうエレクトロというか、アンビエントのような音楽が流れていて、そういったニュアンスの音が好きでした。

――そんな音楽を好きだと言うのは、当時珍しかったのでは?

丸龍:中高など進学するたび「好きな音楽は何?」と聞かれると、「科学番組のバックに流れている音楽あるじゃん、ああいうの」と答えていました。それでよくお前、変わってるねと言われてましたよ(笑)。音楽や絵画など、ファインアート全般を含めたあらゆるクリエティブなものにも興味がありました。

――いろんな経験を経て、ファッションの道へと進んだのですね。

丸龍:服作りに関しては真摯な姿勢で取り組み続けたいと思っていますが、服以外のメディアに関しても、ファッションデザイナーの視点で取り組むことができればと考えています。

原点であるストリートについて、今思うこと

――丸龍さんはスケートボードに乗っていたりと、原点の1つにストリートがあると感じましたが、国立新美術館で開催されたショーで配布された用紙の1行目に、このような文章が書かれていました。「辟易するほど命題として示されてきた『モード』と『ストリート』の図式は、果たして相反する指標なのか」。このモードとストリートの図式を、具体的にどう捉えているのですか?

丸龍:本来モードとストリートは、発生源に違いはあるものの密接な相対関係にあり、言葉の先にある現象を俯瞰で捉えれば、結果的に同義語とも言えるのであって。それが時代とともにマインドにフォーカスされ、スタンスの違いが浮き彫りとなっていくことで、ある種分断されていたものを、数々のブランドが確たるマインドを伴った上で融合させる、そういったクリエイションによって新たなムーブメントが次々と生み出されていたように感じています。でも昨今のラグジュアリーにおいて目の当たりにするのは、あくまでテクスチャーというか……、表面的要素をコントラストとしてただ利用しているようにしか思えなくて。もちろん、国内外において強いマインドを感じるブランドや人物はいますが、今世界を席巻しているラグジュラリーのストリートに関しては、そういったスピリットが感じられず、ストリートテイストだと思っていて、グッとこない。芯のない見せかけのコントラストには背反のベクトルが感じられないし、何より、そもそもの意味に対する問いでもあるんです。

――ラグジュアリーのストリートがグッとこない要因はどこにあるのでしょうか?

丸龍:カテゴライズを前提に考えるのであれば、ストリートマインドの根幹にあるもの、それは反骨の精神なんだと思っています。ラグジュアリーでは当然それが希薄になってしまうのは節理であり、しかたのないことだと思います。好んでいる方を決して否定するつもりはありませんが、僕はあくまでテイストではなくマインドを感じたいので。

――ではラグジュアリー以外で、丸龍さんから見てストリートマインドを感じる海外のブランドはありますか?

丸龍:日本と比較すると少ないように感じます。

ファッションから離れることで見えてきたビジョン

――高校を卒業してから文化ファッション大学院大学に入学するまで空白の期間がありますが、高校卒業後はどうされていたんですか?

丸龍:重複してしまいますが、絵画や音楽、そして服と、やりたいことが多過ぎて煮詰まっている時期に、ベルギーのアントワープに行きたい学校が見つかって。当時まだ日本人の卒業生がいなかったこともあり、そこへ留学しようと考え、アルバイトをしながら語学も学びましたが、最終的には多くのデザイナーを輩出している文化服装学院に入学しようと決心しました。

――文化ファッション大学院大学を卒業後、「コム デ ギャルソン」に入社されていますが、在学中から入社を目指していたのですか?

丸龍:もし入社するのであれば「コム デ ギャルソン」しかないと思っていました。

――では「コム デ ギャルソン」退社後、ご自身のブランド「フミト ガンリュウ」を立ち上げるまでの期間はどう過ごされていたのですか?

丸龍:ファッションだけではなく、21世紀のこの先、社会がどこへ向かおうとしているのか、そういったことを考えていました。ファション産業は2番目に環境を破壊しているといわれています。エネルギー産業や自動車産業においては、もはや環境への配慮や取り組みが大前提です。それらの産業は取り沙汰されるタイミングも早かったため、問題解決や改善に取りかかるのも自ずと早くから行われていて、そういった取り組みに目を向けていました。その時間を経てファッション業界に戻ってこられたのは、社会と向き合う姿勢をこれまで以上に育むためにも有益な期間だったと、今にして思えばそう感じています。
(Vol.3に続く)

丸龍文人
文化ファッション大学院大学卒業後、「コム デ ギャルソン」を経て2018年に「フミト ガンリュウ」を設立。象徴だったストリートスタイルは、スポーツ、テーラードと多様性を含むスタイルの境界を超えたスタイルへと更新され、そのコレクションはデイリーウェアとしてのリアリティを備えながらも社会を批評的に切り取るデザイン性も披露する。
Instagram:@fumitoganryu

Photography Shinpo Kimura

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「フミト ガンリュウ」デザイナー丸龍文人 vol.1――コロナ禍から生み出される境界を超えた服 https://tokion.jp/2021/07/01/designer-fumito-ganryu-vol1/ Thu, 01 Jul 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=38237 今、世界は脅威によって激変した。「フミト ガンリュウ」のデザイナー、丸龍文人は社会を鋭く見つめ、未来への答えを探る。

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2010年代後半に吹き荒れるストリート旋風に先んじて、ストリートを取り込んだモードスタイルを世界に発表してきた丸龍文人。しかし、彼は2018年に「フミト ガンリュウ」を設立したのち、自身の才能がストリートだけに収まるものではないことを証明する。

とりわけ新しい側面を強く実感したのは、2019AWコレクションである。パリ・メンズ・ファッション・ウイークで発表されたショーは、ストリートの側面が強かったそれまでのスタイルからは一線を画すテーラードスタイルがコレクションを構成する。現代モードストリートの代名詞ビッグシルエットを吸収し、しかしスタイルはカジュアルに振れるのではなく、メンズウェアの伝統であるクラシックにキングサイズを取り込んだそのデザインは、時代の王様ストリートへのカウンターとも呼べるレベルに表現され、まるでストリートを用いてストリートを否定するかのようだった。

自らのスタイルを更新し続ける丸龍文人。今回のロングインタビューで語られる丸龍の生の言葉を可能な限り多く届けるべく、全3回にわたってお送りしたい。vol.1は、現在デリバリーされている2021SSコレクションの背景を訊いていく。

社会問題をクリエーションと結ぶ

――2021SSコレクションは「フミト ガンリュウ」デビュー以来、もっともカジュアルなデザインでルームウェアのようでした。内と外が曖昧化されて、どちらでも着ることができるいわば「ニュールームウェア」と呼びたくなるコレクションに感じられました。これは新型コロナウィルスによって激変した生活の影響があったのでしょうか?

丸龍文人(以下、丸龍):僕自身にとってもリアルさを感じるものにしたいので、今回に限らずあらゆる情勢やムードは前提です。世の中いろんなデザインの方向性があると思うので、違ったベクトルを決して否定するつもりはありませんが、あくまでも「こういった服が必要となるのではないか?」という、常に提案のスタンスであることを大切にしています。そうした中で単純に外に着ていくだけの服を自分はほしいと思わないだろうなと予測した上で取り組みました。

――コロナ禍によって室内で暮らす時間が増え、外に着ていくことだけが目的の服ではひとびとの生活にはマッチしない時代が訪れたように感じます。

丸龍:外出をするにしても、コンフォートな、いわゆる部屋着感がミックスされた、そういった意味でのハイブリッドなラインナップにしたいと考えました。コレクション制作がスタートした時点で、デリバリーのタイミングとムードの波長がフィックスするようなテーマにしたかったんです。

――なるほど。でもルームウェアにはとどまらないデザイン性が、2021SSコレクションの「フミト ガンリュウ」には感じられます。

丸龍:単なるルームウェアを作るべきではないというのはもちろんあって。ずっと室内で過ごす状況が未来永劫続くのかというと、それはそれで現実的ではないと思っています。もちろんシリアスに思い続ける人もいるでしょう。でも生きていく上でこもり続けるわけにはいかないのであって。情勢が落ち着いたら、抑圧からの反動で思いきり外に出て羽を伸ばしたいと考えている人も多くいると思います。なので、外着としての表情を持つルームウェアであり、外出の際はルームウェアのような心地よさを備えた服という、インドア、アウトドアどちらに転んでも説明のつくもの作り、一過性ではなく普遍的に着られるものしたかったので“FREE ACCESS”というテーマにしたんですよね。

――アイテムについて具体的にお伺いしたいのですが、2021SSコレクションではトラックスーツが印象的でした。今までの「フミト ガンリュウ」のコレクションでは見たことがなくて……。

丸龍:攻めてますかね、ある意味。

――攻めていると思います。なぜトラックスーツを取り入れようと思ったのですか?

丸龍:トラックスーツって、日本では部屋着として好む人もいるじゃないですか。それを海外の人達にも提案したかったんです。あとはいわゆる真逆に近い、フィジカルスポーツでも着ますよね。そういったコンタクトスポーツといったものにもリーチできるという、本当に究極の逆の方向性を1つの服として無理なく説明できるアイテムだと思ったので、トラックスーツでセットアップを作りたかったんです。

――その象徴が、このトラックスーツだったんですね。

丸龍:ただ、普通のジャージー素材ではなく特殊なストレッチボンディングを使っていて、とても上質な手触りになっています。細かな付属物に関しても、極力ライトなものをセレクトしていますが、いわゆるチープに見えないものを選択、採用しています。

――触ってみるとけっこう膨らみもあって、おもしろい素材です。

丸龍:ずっと触っていたくなるような手触りですよね。脇は特殊なベンチレーション仕様になっていて、ファスナーを引き上げるとマチのように開放されます。スポーツ時においては通気性と可動域を確保し、ファッションとしてはシルエットを変化させる意味合いとなり、快適な部屋着として、また外着として、さまざまなシーンで着られる拡張的デザインになっています。

――トラックパンツがサルエルのフォルムになっているのも珍しいですし、1つのアイテムに複数の見え方や着方が隠れているように思えるのですが。

丸龍:サルエルパンツというのは股上が極端に深いため、それによってクリアランスが確保され、リラックスした開放感が得られます。その特徴的な構造はデザインであり、同時に快適性を生み出すことにつながっているんです。デザインそのものが機能やソリューションとなっていること。複数の指針を同時に表す理にかなったデザインとは何か、それを模索し提案するというのは僕が好むアプローチです。

是々非々であること、社会を追うこと

――モッズコートのディテールを取り入れたシャツは、ルック写真ではわからなかったのですが、着用すると袖のフォルムがとても興味深かったです。実際に試着してみると、昔のオートクチュールのドレス的な立体感のあるデザインだなと感じました。

丸龍:そのように受け取っていただけるのも嬉しいですね。

――メンズウェアにはないレディースウェア的な不思議なフォルムだと感じました。男女の性別の境界を曖昧にしたいという考えがあるのでしょうか?

丸龍:時代とともに少しずつ変わっていくのかもしれませんし、エシカルな観点からも是正されるべきことは数多くあると思っていますが、“らしさ”と言った、いわゆる個性に関してはなくならないほうが健全なのではないかと思っています。常に何事に対しても是々非々(ぜぜひひ=立場にとらわれず良いことは良い、悪いことは悪いこととして判断するという意)というか、例えばすごくラギッドな「ザ・男」みたいなもの、すごくフェミニンな「ザ・レディース」みたいなもの、そういった極端なベクトルは見ていてとても刺激になりますが、僕自身はそれらを踏まえた上で、なるべく性別にとらわれないもの作りを行っていきたいと考えています。

――お話を伺っていると、消費者視点の意識を強く持っているように感じましたが、常に意識していることなのでしょうか?

丸龍:ドラスティックに聞こえるかもしれませんが、需要がないものを作るなら趣味でいいと思っているので、やはりニーズを見込んだ上でどういった提案をするかが大切だと思っています。ですが、決して「これがほしいでしょ?」といった迎合のスタンスではなく、「こういうものはどうですか?」と少し未来のニーズやマインドを予測した上で、それを形にし着地させることを念頭に取り組むようにしています。総じて服は暮らしに必須なものであり、ファッションはその気持ちへ作用する力が備わったものだと考えています。

――ファッションはクリエイティブでもありますがビジネスでもあって、ひとびとが「ほしい、着たい」と思う服を提案しなければ、ブランドにファンはついてきません。

丸龍:どれほど塾考を重ねたところで、最終的にはやってみなければわからないこともありますが、ビジネスの着地が狙えた上で、その範疇において最大限のクリエイションをするというのが、僕の考えるプロフェッショナなファッションデザイナーだと考えています。リアルさを度外視するなら僕はメディアをファッションと切り分けて考えたいです。

――ニーズを捉えるために普段心掛けていること、実践していることは何かありますか?

丸龍:服作りを研究、学ぶことはもちろんですけど、同時にファッション以外のことに目を向けています。仕事中は基本的にさまざまなニュースであったり、社会の動向や関心のあることに対してリテラシーの高い人が上げている動画、信憑性のある有識者同士のディベートを流していて、スピードラーニングみたいに倍速で聴きながらデザインをしたり、文献を読んで思考していたりします。アイデアは唸って考えてひらめく時もあるのですが、ひらめき出したら怒涛のように出てくるので、基本的には社会の動向に目を向け思案することに時間の多くを割いています。

――仕事中にニュースなどをずっと流しているというデザイナーには、初めて会いました。ニュースで知った社会の動向が染み込んで、自然にデザインとして出てくる感覚なのでしょうか?

丸龍:いえ、自然に出てくる感覚はないですよ。そこから予測をするんです。予測することは思いをはせることであり、それがクリエイションの一環でもあるので。幼少期からアインシュタインが好きなのですが、彼の有名な言葉で誤った表現だと思うものがあるんです。それは、“Information is not knowledge”「情報は知識ではない」というもの。僕は情報は知識だと思っています。彼の言葉を正確に言い換えるならば、“Information is not intelligence”「情報は知性ではない」です。情報によって蓄積、更新される知識は非常に重要で、知識があることによってのみ本当にリアルな知性の着地を狙えます。「情報は知識だ。だが、知性ではない」というTシャツをいつか作りたいですね(笑)。ただ言い間違えたということであれば、なんだか揚げ足を取っているようで申し訳ないですが。

――勉強になります(笑)。 

丸龍:好きがゆえに(笑)。そういう好きがゆえに、掘っていくと「違うのではないか?」と気付くこともあります。

――2021SSコレクションのルックは、サンプルをイギリスのウィルトシャーに送り、スタイリストのトム・ギネスが着用しています。なぜ日本でモデルを起用してルックを撮影するのではなく、今回のようなルック撮影を行ったのでしょうか?

丸龍:トム・ギネスは弊社のCMO中村(中村聖哉、「Seiya Nakamura 2.24」CEO兼「フミト ガンリュウ」CMO)に紹介されたスタイリストなのですが、彼のスタイリングを見てみると抜け感があってとても良いなと感じました。トム・ギネスにはパリのデジタルファッションウィークで発表した、次のシーズンの2021AWコレクションのスタイリングも依頼しています。

――トム・ギネスのどんなところに魅力を感じたのでしょうか?

丸龍:情勢や動向など、根幹にある重いテーマをどれだけライトに簡潔に見せるか。“FREE ACCESS”というキャッチーな言葉に託しているのであれば、 トム・ギネスはそこに親和性を持って軽やかな表現をしてくれる、ふさわしい人ではないかと感じました。

選択肢の多さが、人のマインドを豊かにする

「FUMITO GANRYU」 2021SS Visual&Sound installation

――ルックと同時に発表された映像がすごく不思議でした。画面に映し出されているのは、トム・ギネスが服をラックに掛けたり、モノを収納したりという普通の行為ですけど、複数のモニターで分割して映しています。これがとてもシュールで、当たり前で日常的な行為が不思議な行為に感じられます。

丸龍:映像に関してもCMOの中村との打ち合わせで、ビジュアル表現や方向性が決まりました。世界で初めてのデジタルファッションウィークというタイミングでもあったので、実験的アプローチにしたいということは中村と一致していて、普通に歩かせてはもったいないと。もちろんデジタルにおいてのランウェイ形式を否定するつもりはありませんが、僕はそれをやりたくなかった。デジタルにおける表現で、フィジカルと変わらないアプローチをすることに、拭い去れない違和感を感じたんです。

――ショー形式での発表を実施しなかったことで、何か新しい気付きがありましたか?

丸龍:ランウェイショーの合理性を改めて感じました。デジタルファッションウィークとなってフィジカルのショーから離れることで、変わらない理由、あり続ける理由というのを作り手として再認識しました。もちろん今後、デジタルがゆえの合理的な表現やドラマチックな演出を模索、提案できればと思っていますが、情報や思いを「伝える」ということにおいて、フィジカルのショーは非常に合理的だと言えます。人が歩いてくる、それによって布がどう動くか、着ている人の雰囲気でこの服は快適かどうか、気持ちが上がるのかどうか、服としての完成度はどうなのか、リアルなものなのか、そういったことが小手先では決してごまかすことができない場所、それがフィジカルの舞台なんだと思います。

――ショーを観ていると感じてきます。やはり服は人が着てこそ、その本当の価値と魅力がわかるのだと。

丸龍:服が単なる物体であれば静止画でもいいのかもしれませんが、服は人が着て成り立つものであり、置物ではありません。演出においても音楽を使うことはもちろん、無音で表現したいならそこには無音のメッセージもあるわけで、会場選び、モデル選び、ヘアメイク、トータルわずか10分前後の時間で見せることができる。ランウェイは決して浮世離れした空間ではなく、合理的な表現の舞台だということを、そこから離れることによって再認識しました。

――やはりコレクションはショー形式の発表が一番に思えてきます。デジタルの発表に可能性はないのでしょうか?

丸龍:決してそんなことはないと思っています。フィジカルとデジタル、選択肢が増えたことはいいことです。

――世界中でひとびとの暮らしに制限がかかりましたが、逆にファッション界ではデジタルによって新しい選択肢が生まれてきたということですね。

丸龍:パンデミックの状況下、なぜこれほどのフラストレーションを感じるのか。人それぞれさまざまな理由があると思いますが、その1つは大幅な制限であったり、いろんな願望はあるけれど選択肢が奪われていくこと。これができない、これしかない、こうせざるを得ない、そういった抑圧が解放されることなく蓄積を続けていくからだと思います。そこに選択肢という養分があれば、マインドの豊かさを損なわないはずなんです。
(Vol.2に続く)

丸龍文人
文化ファッション大学院大学卒業後、「コム デ ギャルソン」を経て2018年に「フミト ガンリュウ」を設立。象徴だったストリートスタイルは、スポーツ、テーラードと多様性を含むスタイルの境界を超えたスタイルへと更新され、そのコレクションはデイリーウェアとしてのリアリティを備えながらも社会を批評的に切り取るデザイン性も披露する。
Instagram:@fumitoganryu

Photography Shinpo Kimura

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