「フミト ガンリュウ」デザイナー丸龍文人 vol.3――社会と未来を切り開く精神が生み出すファッション

2010年代後半に吹き荒れるストリート旋風に先んじて、ストリートを取り込んだモードスタイルを世界に発表してきた丸龍文人。しかし、彼は2018年に「フミト ガンリュウ」を設立したのち、自身の才能がストリートだけに収まるものではないことを証明する。ロングインタビューで語られた丸龍の生の言葉を可能な限り多く届けるべく、2回(vol.1、vol.2)にわたってお送りしてきた。

最終回となるvol.3では、丸龍が捉えた社会と未来が最新2021AWコレクションを舞台に語られる。多様性とインターネット、話はファッションだけにとどまらず社会に向かい、最後は自身の未来をも語ってもらった。

多様化の先には画一化がある

――2021AWコレクションのテーマが「必然的多様性」ということで、これはどういう意味になるのでしょうか?

丸龍文人(以下、丸龍):例えば現在のパンデミックの最中であったとしても、それがゆえの必然的な出会いもあると思うんです。僕自身も、今までだったらなかなか出会わなかったような業種の方と、たびたびお会いする機会があったんです。この現象は自分だけに起きていることではなく、世の中のいろいろな場所で起きていることだと推測しました。そういった今までと違った局面をひもといていくことで、これからのメンタリティやムードにマッチするもの作りにつながるのではないかと考えました。今、水面下で進んでいるさまざまな物語が紡ぎ出すであろう、今後浮き彫りとなる新たな多様性。それを必然と表現することにより、予言のような提案にならないか、というのが狙いとしてありました。

――多様性に対して、何か疑問のようなものを感じたのでしょうか?

丸龍:多様性と画一性、単純にどちらのほうが言葉として印象が良いかと聞かれると、多様性と答えるほうが大多数ではないかと思います。ですが、僕はどちらの言葉もニュートラルに捉えていて、プラスとマイナスの両面が存在すると考えています。多様性という言葉が独り歩きするのは危険だと思っていて、現に多様な権利を認めるがゆえにいろんな表現が奪われていくというのは、確実に起きているように感じています。

――ドラマやアニメを観ていても以前なら許容されていた表現が、現代では許容されなくなってきたように感じます。

丸龍:昨今はSNSの力もあり、一方的な倫理観の圧力が増していて「こういう方向はやりづらくなる」といったことが起きているように感じます。多様な主張を認めることによって、多様な色は少しずつ失われ、画一化へとつながる。それを歴史上ずっと繰り返しているように思います。 けれど、この見解は僕だけのものなのかと、躊躇していました。

――けれど、その思いが2021AWコレクションにつながっていったわけですよね。躊躇された思いが、確信になるきっかけが何かあったのでしょうか?

丸龍:「多様化の先には画一化が待っている」と、まったく同じ考えの言葉を残した哲学者の一節を目にして。紀元前の時代からそう言われていた。いろんな時代で、いろんな国で、均衡をうがつ多様な考えが生まれ、混沌をマネジメントするために必要となるルールが敷かれ、画一化されるという。

――画一化されることによって、また新たなフラストレーションのようなものが生まれてきそうです。

丸龍:ただ、画一化というのは、ある種その時代におけるスタビリティだともいえますし、 そういった範疇において最大限の自由なクリエイションをするのが、その時代にとって必要とされるクリエイターなんだと思います。
画一化された道徳や価値観の中、また新たな表現や多様な主張が生まれ、それによって生じた問題の是正であったり、ムードや暗黙の空気感に突き上げられるかたちで議論され、ルール整備がなされ、また画一化されていく。そういったサイクルを繰り返しているんです。その循環が進歩を伴ったものであれば良いのですが。

――現在、ファッション界ではサステナブルな姿勢が重要になっています。それが今のファッション界では大切な正義として。

丸龍:サステナブルにおいては、エシカルな観点から見るとあくまで1つの指標でしかなくて。もちろん、大切な指標の1つだと思いますが、もっと幅広い視野における倫理観が、あらゆる産業において一層求められて行くだろうと予測しています。多岐にわたるAI技術、そしてゲノム産業が牽引する時代に突入すれば、道徳や倫理観はその都度セットで議論されるだろうと思っています。時代にふさわしい服、ブランドのカタチとはどういったものなのか。必然性とエシカルな視点、それらを念頭にしたクリエイションを提案していければと思っています。

実践される必然的多様性とQRコード

――2021AWコレクションのルック写真では、犬がいるなど背景が雑然としていて、既存のファッションブランドでは珍しいルック写真に感じました。

丸龍:スタッズや安全ピンは好きなディテールです。いろいろな考え方や表現方法があると思いますが、ブランドとしては深層の精神性にフォーカスしたいと考えているので、極力、そういった象徴的なものを使わずに、根幹にあるレーベルマインドをニュートラルに表現したいと考えています。なので、例えば穏やかな表現をする時に、あえてアグレッシブなニュアンスを用いることも逆説的にパンクな考え方だと思っています。今回のビジュアルをヴォーグランウェイにのせること自体が、そういったマインド表現の一環なんです。

――確かに、美しいスタジオや景色が背景となったルック写真が多いヴォーグランウェイで、今回のような雑然としたルックはパンクです。実際に撮影ではスタイリングを手掛けたトム・ギネスとどのように進行したのですか?

丸龍:「必然的多様性」をテーマにしているので、具体的な注文はあえてせず、自由なコーディネートをお願いしました。モデルに関しては僕が選びましたが、それ以外は基本的に自由です。ガチガチに作られたものをお願いしてしまうと、今回伝えたい多様性の主意を失ってしまうので。ルック写真が上がってきた時に、犬が写っているのを見て「トム・ギネスはパンクだな」と嬉しくなりました。

――2021AWコレクションではアイテムにQRコードをつけていますが、その意図はなんでしょうか?

丸龍:いろいろな意図はありますが、ロゴに頼らず、形やマテリアル、テーマといった本質的な要素で勝負をしたいというのが念頭にあって。意味のない単なるマークだったものに機能を持たせ、デバイスにしてしまうこと、意味を持たせることによって、価値とは何か、それを問いたいと考えました。

――QRコードの中に何やら文字が見えるような……。

丸龍:「FG」という文字がQRコードの中央部分に潜んでいます。これにより、単なるデバイスでもなくなり、かつロゴをロゴをもって否定する、ロゴデバイスといえる着地が狙えました。

――ロゴ入りのQRコードは、すべてのアイテムに使われているのですか?

丸龍:2021AWコレクションではほぼすべてのアイテムにQRコードを使用していますが、自社ECの限定カットソーなどにも採用しています。QRコードをスキャンすると、サイトにジャンプする仕組みになっています。サイト内は比較的シンプルなアイテムラインナップにしているので、実際に試着することができないEC特有のデメリットを考慮した構成となっています。

――QRコードをスキャンすることで、そういったアイテムを買えるブランドのECサイトへ飛べるということなんですね。

丸龍:そうです。自社サイトでそのまますぐに、ワンアクションで購入することができます。動的QRというものを採用しているので、それならではの表現も、今後行っていきたいと考えています。

インターネットが発展してきたことで生まれる危惧

――前回でも触れました国立新美術館で開催されたショーについて、もう1つお聞きしたいことがあります。ショーで配布された用紙には「多様化する世界、その一方で、管理と資本的支配を目的とした社会の画一化」と書かれていました。これは何か社会の側面を捉えたものを言葉として表現していると感じましたが、丸龍さんが捉えた今の社会とはいったいなんでしょうか?

丸龍:その一節に集約されていたりもするので、こと細かに説明すべきかどうか……。もしあえて補足をするなら、インターネットは生きていく上でかかせないものとなりましたが、そのインスタントな側面が事態を加速させ、助長しているのだと思います。

――インターネットは情報をすぐに入手できたりと、たいへん便利ともいえますが、それに弊害があると?

丸龍:少し脱線した話になってしまうかもしれませんが、何か情報を得たい時に検索エンジンで検索すると、情報に到達するまでの時間があまりに早すぎて、そこにありがたみがないからすぐに忘れてしまう。 以前は知りたいことを深掘りしようとした時、書店を回って文献を探したり、詳しい人や店の方に、自分の足で聞きに行っていた。実際に足を運ぶと、その時の情景や空気感といった、あらゆる情報を体験するため、記憶としてすごく残りやすい。
そこへたどり着くまでに得た無数のインフォメーションが、記憶をたどるヒントになるからだといわれています。でも、ネットにはそれがない。ぱっと思いついた瞬間に秒で調べられる。だから、残りづらい。遠方へのアクセスであったり、簡易的な調べ物、深掘りのきっかけとして検索するには非常に便利だと思っていますが、インスタントに得たものは、失われるのも早い。なにごとに対しても、是々非々のニュートラルなバランス感覚で向き合いたいと思っています。

語られる自身の未来

――今は強制的に世界のみんなの暮らし方が変わりましたけど、ファッションも届き方も変わると思います。買うという行為は店に行って買うこともありますし、もっとオンラインが主流になるかもしれません。ご自身のコレクションをこれから世の中にどう展開していきたいですか?

丸龍:少しずつ細分化していくかもしれません。1つ1つに細分化されたラインが、それぞれの方向性に特化したもの、例えばTシャツだけを専門に作るライン、小物しか作らないライン、このラインはボトムスしか作らない、もしくは色合いやファブリックを限定したり。スーツ業界が難しいと言われたりもしていますが、行うクリエイションにおいて、しっかりとビジネスとしても成立する、そういったスーツしか作らないラインがあってもいい。それらのラインをミックスコーディネートして成り立つコレクションはどうかなと。もちろん、まったく別の方向性も考えていますが。

――複数のライン化が必要だと考えているのはなぜでしょうか?

丸龍:やはり1つのブランドですべてをやりきろうとすると、ぶれないようにコントロールするのは難しい。今シーズンはこのラインの予算を伸ばそう、でもこのラインはどのように是正すべきか、といった明確な目標が立てやすく、かつ専門メーカーのような特別感、存在感も出しやすい。あらゆる問題点を事前に見出し、道筋をしっかりと立て取り組むことができれば、リスクヘッジにもなるのではないかと考えています。

――今日お話を聞いていて、丸龍さんはますますパンクスな方だと感じました。最後の質問になります。これからも戦っていく中でファッションデザイナーとして何を表現していきたいですか?

丸龍:本当にこの世のすべてにおいて満足しきっていたら、たぶんデザイナーをやっていないと思います。「なぜ、こういうものがないのだろう?」と感じたことが、独りよがりではなくニーズが見込め、気持ちに作用し、時代にとって必要で、かつ長く着られる服作り。そういった取り組みを、もっとクリアなかたちにしていきたいと思っています。服としてチャンネルが合わないアイデアに関しても、少しずつ別のメディアで取り組めればと考えています。あくまでも、ファッションデザイナーとしての視点で。

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ファッションデザインとは服をデザインするもの。そういわれて、異議を唱える人間は少ないだろう。何を当たり前のことを、と言われるかもしれない。しかし、丸龍とのロングインタビューを経て、ファッションデザインとは服をデザインすることではなく、社会の新しい生き方をデザインするものに改めて感じた。そんな新しい生き方をするためにふさわしいユニフォームが、モードなのではないかと。

時代が変われば、ひとびとの暮らしは変わらざるをえない。それはまさに「今」が証明している。変わってしまった世界には、変わった世界に必要な暮らしがあり、その暮らしのために必要とされる服がある。モードは未来をデザインしていく。ファッションとは時代を投影するものであり、服を着ることは時代を着ること。社会からファッションは生まれる。丸龍はそのことをこれからも証明し続け、未来の私達が快適に、かつ興奮を覚える服をきっと作り続けてくれる。パンクマインドとともに、ファッションのおもしろさを伝えながら。

丸龍文人
文化ファッション大学院大学卒業後、「コム デ ギャルソン」を経て2018年に「フミト ガンリュウ」を設立。象徴だったストリートスタイルは、スポーツ、テーラードと多様性を含むスタイルの境界を超えたスタイルへと更新され、そのコレクションはデイリーウェアとしてのリアリティを備えながらも社会を批評的に切り取るデザイン性も披露する。
Instagram:@fumitoganryu

Photography Shinpo Kimura

author:

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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