「アンドワンダー」デザイナー、池内啓太と森美穂子が創る世界――すべてはフィールドを通してつながる

不思議な体験だった。「アンドワンダー(and wander)」2022SSコレクションのビジュアルを眺めていると、山や川を写し出した背景は、アウトドアが間違いなく感じられるのに、服そのものからはミニマリズム的な、都市空間で映えるモダンウェアのように洗練されたクールなイメージが迫ってくる。目に見えているビジュアルと、頭の中で想像されるイメージのギャップに、困惑と魅力を覚えてしまう。

2011年にスタートしたアウトドアブランド「アンドワンダー」は、今や衣服の発表だけにとどまらず、実際に山や自然を体験する「and wander HIKING CLUB」を開催するなど、アウトドアの魅力をさまざまな方法でより広く、多くの人達へ伝え続けている。

デザイナーの池内啓太と森美穂子に服作りの背景を尋ねていく中で明らかになったのは、生活と自然が密接に結びつく世界の姿だった。

自然との触れ合い、アウトドアとの出会い

——子どもの頃はどんなことに夢中になっていましたか?

池内啓太(以下、池内):僕は神奈川県厚木市出身で、丹沢山系の端を切り開いて作られた、森に囲まれた住宅街の中で育ちました。月並みですけど、友人と秘密基地を作ったり、近くの川で魚釣りしたり泳いだりと、自然の中でよく遊んでいました。

——ファッションに興味を持ち始めたのはいつからですか?

池内:中学ぐらいから洋服が好きになって、当時は雑誌を読みふけって、アメカジ、ストリートみたいなところから始まり、古着を一生懸命に探してみたり、コレクションブランドを着てみたりと、そのときどきでいろいろな服を着ていました。

——森さんも子どもの頃から自然に親しんでいたのでしょうか?

森美穂子(以下、森):私は青森と札幌で育ち、父が山岳部出身の山好きでしたので、その影響を受けて幼い頃から、スキーやキャンプなど、長い休みになれば自然の中で過ごしました。ファッションに興味を持ち始めたのは、祖母が洋服を作るアトリエを経営しており、祖母のようにものを作る仕事がしたいと思いました。

——本格的にアウトドアを体験していくきっかけはなんでしたか?

池内:大学時代の話になりますが、当時はアウトドアには本格的には触れていませんでしたが、旅が好きでした。いわゆるバックパッカーで、休みになれば海外のいろいろなところへ行き、「見たことない景色が見る」とか「行ったことないところに行く」といった楽しさを学生の時に覚えました。

——社会人になられてからも、旅の楽しみは続いていたのですか?

池内:社会人になると、長い休みを取ることが難しくなり、旅には年に1回行けるかどうかになってしまいました。そんな時、アウトドア好きな仲間にキャンプへ誘ってもらう機会があり、実際に行ってみると自然の中に少し入っていくだけで、昼の景色と夜の景色、タープやテントなどの道具でできあがる空間と相まって、非日常感をすごく感じられ、それが週末にさっと行って帰ってくる遊びとしては、とても新鮮でおもしろかったんですよね。それからすっかりアウトドアが楽しくなりました。

——どのようにアウトドアを楽しんでいましたか?

池内:自分達の周りでもアウトドアを楽しむ人達がどんどん増えてきて、キャンプに行く機会が増え、今度は周辺の山を歩いてみたりとか、そんな違った遊びがどんどん発展していって、本格的にのめり込み始めました。

——アウトドアに本格的に興味を持ち始めたのは、キャンプに行くようになってからなんですね。

池内:そうですね。それまではアウトドアウェアも持っていませんでしたから。それこそ「プラダスポーツ」を着て行って、「あ、穴が開いた」という感じだったんですよ(笑)。

両極のアプローチから生まれるコレクション

——続いて「アンドワンダー」のコレクションについて聞かせてください。毎シーズン、デザインはどのようなプロセスで始まっていくのですか?

森:素材選びから始めます。山のアイテムに限らずどんな機能、役割があるものを作るか、シーズンに必要かどうかを考えていきます。それには素材の機能だけでなく、質感、ハリなど感覚的なものも大切にしています。それに日本の合成繊維は世界を引っ張るポジションにあって、新しい機能、方向性など、素材の情報が手に入りやすい環境にあることも影響しています。

——機能に注目して素材を集め始めたあとは、どのようにアイテムのデザインが始まっていくのでしょうか?

森:私達が設定するフィールドで心地よく遊べるようにディテール、カッティングを決めていきます。素材の特性が生き、体の動きを妨げないように、「形を整える」感覚でデザインをしています。

——普段の生活から体験していることが、服のデザインと結びつくことはありますか?

森:歩く、自転車に乗る、階段を上る、バッグを持つなど、日常的な行為から「ここは使いづらいな」「もっと動きやすくするにはどうしたらいいか」と考えます。普段の生活の体験なしには考えられません。

——素材以外のアプローチもあるのでしょうか?

池内:アウトドア遊びや日常生活の中から「こんなものがあったらいいのに」とか、「こんなもの世の中にないよな」みたいな、ひらめき型のアプローチもあります。そのときどきのインスピレーションも、ブランドにとって大事なところではあります。

——実際、過去にはどんなひらめき型のアプローチがあったのでしょうか?

池内:ある時はバックパックを背負いながらの行動を考えて、普通とは異なる位置にポケットをつけたり、「たき火をする時には、火の粉で穴が開かないながらも長時間座っていても快適なボトムは必要だよね」と思いつきで、今までの「アンドワンダー」の中にはないものを作ることがあります。そのような違和感みたいなものも、僕らにとって大切な部分だったりします。

——両極の方法で作ることが「アンドワンダー」のコレクションなんですね。

池内:いろいろな側面を持つことも、ブランドの奥深さとおもしろさなのではないかと思います。

——2022SSコレクションで個人的に好きだったルックに「ショーラー(Schoeller)」の生地が使われていました。この生地にはどのような特徴があるのですか?

森:ショーラーはスイスをベースした生地メーカーです。このアイテムに使っている“3XDRY” という素材は、表面に撥水機能、生地の内側に湿度を調整する機能がついています。このような素材は、表面も内側も撥水するのですが、“3XDRY”は、表面と内側で別の機能を持つというのが優れています。肌に直接触れてもベタつかず、ストレッチ性もあり着心地が良く、2015年からデザインをアップデートしながら使い続けています。

——2022SSコレクションはグラフィックもとても印象的ですが、どのような経緯で作られたのでしょうか?

森:ロサンゼルスに住むナターシャ・チョムコというアーティストのプロジェクト「ポストウック」に、グラフィックを依頼しました。彼女はアメリカの国立公園や都市、自然物や人工物などのエレメントをコラージュして、まったく新しい景色を作り出すアーティストです。

——近未来的な印象がする、とても不思議なグラフィックですね。

森:依頼当時は、コロナが猛威をふるっている時で、旅行には行けず、行動も厳しく制限されていました。そんな時でも、彼女の作品は見る人を新しい世界に連れて行ってくれるようでした。イマジネーションの広がりに、窮屈になった日々から解放されました。
そして彼女のコラージュがプリントされたアイテムが展開される2022年の春夏には、コロナも終息し、街には強い色や柄を身に着けたオープンな気持ちの人が、ハッピーなムードであふれることをイメージしていました。残念ながら今もコロナ禍は続いていますが、このコレクションから、旅するように新しい景色を感じてもらえたらと思います。
To feel around the world and time travel.

世界の課題に向けられる意識が創造を生む

——現在、ファッション界ではサスティナブルが重要なキーワードになっています。

森:私達は2015年から海外の展示会に参加しています。海外のほうがサスティナブルの意識はずっと高く、「リサイクル素材はどれですか?」「環境配慮しているものどれか?」と質問されることもあり、自分達の意識を変える必要性を感じていました。山で遊んでいても、夏まで残る万年雪が小さくなっていたり、降る雪が減ったりなど、目に見える影響を感じます。
そういった状況で、私達が貢献できる選択については常に答えを探しています。リサイクル素材を選んだり、古着の回収サイクルにお店で参加をしています。

——今、「アンドワンダー」で進行している企画などはありますか?

森:2022年の秋冬で、優れた摩耗性、引き裂き強度を誇るコーデュラ(CORDURA)ブランドのサポートを受けて企画展を行います。写真家の石川直樹さんがマオリの森を撮った写真を、“自然と共生するということは、人間が自然を守ることではなく、人間と自然が対等な関係を結ぶことではなかったか。”というメッセージとともに展示します。同時に、写真をプリントしたコーデュラファブリックのシャツも販売します。コーデュラファブリックのシャツは、丈夫でくたびれた印象にならず、長く着用でき、買い替えの頻度が減り、間接的に環境へのインパクトを減らすことができます。また、このコラボアイテムの売り上げの一部は、ニュージーランドの森林保護団体へ寄付を行います。企画展を通して、人と自然の関係性を今一度考え直してはいかがでしょうか。

——話は変わりますが、ウクライナでは戦争が起きるなど、現代には信じられないようなことが起きています。そんな世界に対して、いち個人として、どんなことを感じていますか。そして、こんな時だからこそファッションデザイナーとして、どんなことを表現、メッセージしていきたいと思いますか?

森:私は「アンドワンダー」を通して、多くの人に山や自然に触れて、その魅力を知ってほしいと思っています。
幼い頃過ごした青森では、冬の朝、白鳥にパンを与えるために川まで毎日歩きます。春になれば鳥達はロシアに帰っていきます。国境のない鳥達は、季節に合わせて移動し自然の恵みを享受して暮らしているのです。幼い私には、鳥達が帰る場所が安全で豊かであることを願っていました。それが国の主義主張よりも大切だったんです。自然は、地球上にある大きなつながりや循環を教えてくれました。こんなふうに世界がつながれば、もっと優しい社会が作れると信じています。

——そんな自然で遊ぶお2人は、なぜ東京を拠点にブランド活動をされているのでしょうか? 山などが近い場所で活動するのも選択肢の1つだと思うのですが、多くの人達に山で遊んでほしいという、都会の人達に向けてという意味もあるのでしょうか?

池内:都会で生活しながら、休みの日に自然に触れに行くような生活スタイルの人が、僕らのブランドの一番の理解者なんだろうなと考えています。自分達も1人のユーザーとしてそういった人達に近いライフスタイルを送るというのが、東京を拠点に活動している理由かもしれません。

「アンドワンダー」2022SS collection動画

ファッションデザイナーは、時代の感性を敏感に感じ取り、感じ取った感性をコレクションにして伝えることがある。予想もできなかった現実が続く今、どんなことを感じているのか、おそらくファッションデザイナーだからこそ感じられるものがあるのではないか。そんな思いから尋ねた質問の答えを聞き、世界の裏側にある美しさを目の当たりにした気分になると同時に、世界をより知ることが大切なのだという思いになる。
耳を閉ざし、見たいものを見るだけではいけない。「アンドワンダー」は目を世界に向け、耳を開き、自然の声を東京から届けていく。

池内啓太
1978年生まれ。多摩美術大学卒業後、「イッセイ ミヤケ」に入社。2011年に森美穂子とともに「アンドワンダー」をスタート。大学時代の旅から始まり、アウトドアを自ら豊富に楽しみ、自然の中で過ごすウェアにリアリティとともにモード感を添えながら、アウトドアの魅力を伝え続けている。

森美穂子
1978年生まれ。エスモード ジャポン卒業後、「イッセイ ミヤケ」に入社。2011年に池内啓太とともに「アンドワンダー」をスタート。幼い頃は青森と北海道で育ち、自然と遊ぶ体験を重ねる。高機能素材の性能を生かしながら、都会の洗練されたウェアとしてのデザイン性を持つコレクションを通して、アウトドアの魅力を発信している。

Photography Teppei Hoshida
Edit Shuichi Aizawa(TOKION)

author:

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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