「TANAKA」デザイナー、タナカサヨリとクリエイティブディレクター、クボシタアキラ 前編――人種と性別を超えていく美しきデニムブルー

美しい色のコントラストから目が離せない。イエローのデニムルックを着た若者2人が、気持ちよさそうな横顔を見せている。2人の背後に広がるのは、青い海と青い空、そして白い雲と砂浜に打ち寄せる白い波だった。

アメリカの風景を背後に写した「TANAKA(タナカ)」の2023SSコレクションのビジュアルは、若者が内面に持つ繊細さをあらわにし、その繊細さこそが人間の美しさなのだと訴えてくるようだ。このビジュアルは、デニムをはじめとしたもの作りに定評のあった「TANAKA」が、人間像の表現という新たなステージに上ったことを印象付け、エモーショナルな美しさに満ちている。

2017年のデビュー以降、「TANAKA」は着実に人気と評価を高め、2022年9月には「TOKYO FASHION AWARD 2023」の受賞デザイナーにも選ばれた。今回は受賞後初めてのインタビューになり、タナカサヨリとクボシタアキラの2人がそろう初のロングインタビューとなる。

2人の言葉を余すことなく伝えるため、2回にわたってお送りしたい。前編は、最新ルックのサンプルを目の前に、2023SSコレクションを中心とした「TANAKA」のものづくりについて。

Right→Left
タナカサヨリ
2017年、ニューヨークを拠点に、自身のブランド「TANAKA」をスタート。「TANAKA NY TYO LLC」を立ち上げ、ニューヨーク、ヨーロッパ、アジアなどでグローバルにデザイン活動を行う。洋画家であり、着物のテキスタイルデザイナーだった父と、日本庭園を作る造園家だった祖父の元、自然豊かな新潟県で生まれ育つ。東京モード学園卒業後、「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」社にて企画、ニットカットソーデザイナーとして経験を積んだ後、「ファーストリテイリング」社に入社、「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスにてウィメンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。

クボシタアキラ
2020年より東京にて本格的に「TANAKA」のクリエイティブパートナーとなる。「ヒューマンメイド(HUMAN MADE)」を中心に国内外の企画にも携わり、クリエイティブディレクションや空間演出も強みとする。文化服装学院スタイリスト科卒業後、「ファーストリテイリング」社に入社。「ユニクロ」の東京、上海、ニューヨークオフィスで「UT」、アクティブウェア、ニットウェアを中心に、メンズグローバルデザインチームのリーダーを務めた。
https://ja.tanakanytyo.com
Instagram:@tanakanytyo

世界に思いを巡らせた“BUTTERFLY”

——コレクション制作は、お2人の間でどのように進んでいきますか?

タナカサヨリ(以下、タナカ):商品構成やデザインなど2人のディスカッションから始まります。コンセプトに関しては、商品のデザインをしながら考えていきますが、クボシタさんと私の感覚を言葉で伝えられる形でまとめる組み立て方をしていきます。デザインに関しても、基本は私がメインにデザインをしていきますが、テクニカルなものやディテールなどはクボシタさんの意見を取り入れるものもあったり、それに対しては私が「これはもうちょっとこうしたほうが、ジェンダーレスなのでは?」といったように、ディスカッションをしながら進めていくことが多いです。

——意見がぶつかることはないんでしょうか?

タナカ:ぶつかることもあります。ただ、デニムについてはクボシタさんはほとんど何も言わないですね。

クボシタアキラ(以下、クボシタ):はい、文句がないです。それぐらいプロダクトとして完成されています。

——「TANAKA」というとデニムの印象がすごく強いですが、2022AWも「カイハラ」(ハイクオリティのデニムを生産することで有名な岡山県のデニムメーカー)と、リサイクルコットンを使ったデニムをオリジナルで開発されています。デニム素材は毎シーズン、オリジナルを作られているのですか?

タナカ:基本的に「TANAKA」のデニム生地は、意図的に同じものを使い続けています。別注素材になるので、オーダーする際は一定数のオーダーが必要になるのですが、それでもこれと決めたデニムはずっと使っています。もちろん春夏には少し軽いものを入れたりしますが、基本は頑固一徹。“いいもの”というのは、そうそう変わりません。

クボシタ:そうそう、変えなくていいんです。味付けを変えたりするぐらいで。

タナカ:もしかしたら5年後10年後、もうちょっとこうしていこうかという時期が来るかもしれないですが、その時がきたら少しずつアップデートできたらという感じですね。使い“続ける”ということに信念を持っています。

——コレクションの制作プロセスは、最初にテーマを設定してから進めるなど、いろいろあると思いますが、「TANAKA」はどんなことを重視されていますか?

タナカ:まずはどれを続けていくか。「今ある服の中で、来年もお客さんが着たい服はどれか?」を最初に考えています。「TANAKA」のブランドコンセプトとして、頻繁に変えず、ずっと続いていくものを提案したいためです。

それと、やはり素材が大事だと思っているので、素材の収集やリサーチを先に始めます。

クボシタ:もちろんそれもプロセスの1つですが、常に“もの”から入っているわけじゃないです。大きいテーマは、その年、そのタイミングで起きている世の中の環境から受けることも大きいです。この2年間はずっとコロナ禍で、いろんな制限がありました。例えば2021SSのコレクションのテーマは“Take a deep breath, dance slowly”。つまり、「もうちょっとリラックスして踊ろうよ」というテーマでした。

——社会の動向や変化も、コレクションに大きな影響を与えているということですね。

タナカ:でも、いきなり最初に大きなテーマを決めるというよりも、普段の会話がベースになっていて、アイテムを作っていきながら、だんだんと言葉になっていることが多いかもしれません。

クボシタ:会話の中で話題に上がるということは、少なからずその時の世の中の状況や環境に、影響を受けているんだと思います。

「TANAKA」 2022AW collection “LIGHT nSHADOW”

——コロナ禍以降の世界は、さまざまなことが続けて起きています。

タナカ:コロナ禍はもちろん、戦争のことも含めて、この2年、3年は目まぐるしい出来事が続いています。それらからはやはり目を背けては通れないと思っています。

——では2023SSコレクションのテーマ“BUTTERFLY”にも、現在の時代背景が関係しているのでしょうか?

クボシタ:戦争が許せなかったんです、本当に。でも、日本やアメリカにいて、自分達にできることは政治的な活動ではなくて、ポジティブなイメージや気持ちをものづくりを通して届けていくことだけです。そこで今回のコレクションテーマを「バタフライエフェクト(ささいな物事が要因となって、後に大きな事象に至る可能性があるという考え)」から引用しました。

僕らみたいな小さいブランドでも強い気持ちを持って活動していれば、やがて大きなうねりとなって世界中に届くだろうという気持ちを含めてテーマにしています。小さい声だって上げなきゃいけないんです。

——タナカさんも同じ思いでしょうか?

タナカ:そうですね。戦争はすごく大きかったと思います。“BUTTERFLY”の前の2022AWコレクションは、“LIGHT nSHADOW”がテーマでした。この時は、本当にコロナが私達の生活をすごく変えましたが、陰と陽、光と影と、変化には両方の意味合いがあるというか、決してネガティブだけには捉えたくありませんでした。大変だからこそ、何か意味がある。そんなイメージを込めています。

——お2人の言葉からは厳しい状況に陥っても、常に光を見出す姿勢を強く感じます。

タナカ:私たちにできることは、洋服を通じてメッセージをみなさんに届けることだと思っています。戦争だけでなく環境やジェンダーを含む人権の問題なども、すでに立ち上がって、声をあげている皆さんから、私自身がバタフライエフェクトのようなインスピレーションや勇気をもらっていました。こういったこともコレクションテーマに直結していると思いますし、自分達のより良い未来を描いて、何かを変えていきたいのならば、どんな小さな声でも上げていくことが大切なんじゃないかと思っています。

「TANAKA」 2023SS collection “BUTTERFLY”

日本のものづくりの魅力とは

——今、環境の話が出ましたが、現在ファッション界ではサステナビリティが重要になってきています。海外と日本でサステナビリティについて、何か違いを感じることはありますか?

タナカ:早い遅いで言うと、サステナビリティの意識は海外のほうがすごく早かったですし、かなり早い時期から企業やブランドが取り組み始めていました。それを日本に置き換えた時、トレンドみたいなキーワードになっていないといいなと感じますね。

「TANAKA」としてはブランドの立ち上げから、ごみを作ってはいけないという気持ちはすごくあって、すごく悩みながら洋服を作っていた時期もありますし、最初からサステナビリティを取り入れて、「ずっと着られるものづくり」を掲げていました。

——「TANAKA」の取り組みに対して反応はどうですか?

タナカ:サステナビリティに取り組んでいることを伝えると、そういったブランドとして切り取られたりすることもあって、その方面でオントレンドなブランドに見られることもあったようにも感じます。「サステナ系のブランドですよね」と言われることもありましたし。そういったブランドとして言ってもらえるのはかまわないです。事実、ブランドの立ち上げから自分たちができることを意識して取り入れてきました。ただ、一過性のトレンドになるのは嫌だなと思っています。流れに敏感なだけあって、移り変わりが早く、そういうところが、日本は少し寂しいなとも感じます。

——以前は、メイドインジャパンがトレンドみたいに感じられた時期もありましたね。もちろん、ファッションブランドはビジネスなので売れることはとても重要です。だけど、信念を持ってメイドインジャパンに取り組んでいるブランドもありますし、売れるためのキーワードとして消費されてしまうと疑問を感じてしまいます。

クボシタ:難しいですよね。

タナカ:日本製に関しては、日本のデニムは本当にいいと思うんです。特に生地や加工は素晴らしい。ただ、縫製に関しては他の国のクオリティも遜色ないと思うこともあります。もちろん私は日本人なので、日本に雇用を生みたいですし、日本に貢献したい気持ちはすごくあるのですが、例えば、中国製の縫製も、きれいな工場は本当にきれいです。クオリティだけで言えば、日本製ではなくてもいいことも時折あって、何か悩ましいですよね。もちろん、日本製の管理という面においては絶対的な信頼はあると思います。

——生産工場を決める基準はありますか?

クボシタ:その素材の縫製が得意な工場で生産するようにしています。日本で販売しているシルクは中国製が多いので、中国製のシルクを使用する際は日本に移動させず、そのまま中国で縫製しています。ダウンも原料を輸入して日本で加工すると、どうしても高くなってしまうので、ヨーロッパや中国など、原料が調達できた国から近い工場で縫っていますね。

——日本のもの作りの良さ、一番魅力を感じるのはどこでしょうか?

クボシタ:歴史があることじゃないでしょうか。デニムに、染色や泥染め、藍染があるのも、日本で昔からものづくりをしてきたという文化があるからだと思います。そういう生地屋さん、機屋さん、染色屋さんが今も残っていて、魅力を感じますよね。

タナカ:あとは、小さな違いに気付けるところです。生地は特にそう感じるのですが、最後のフィニッシュ、仕上げの本当に微妙な違いにいち早く気付いて開発、管理までできているのが、日本製のすごいところです。

クボシタ:北陸に行くと、合繊のメーカーが集まって新しいものづくりをしていますが、和歌山に行くと、古い編機を集めたり、旧式の吊り編みをずっと続けたりしていて、それを売りにしている工場もあったり、「古い」と「新しい」が混ざっていることが日本はすごいと思います。

細部まで考え抜き、着方もデザインする

——最新の2023SSコレクションで印象に残ったアイテムは、ウエストがドローストリングで、セルビッチを表に出したパンツでした。デニムとスウェットパンツのディテールがミックスされていて、カジュアルアイテムの王様達が一緒になったようなアイテムです。

クボシタ:一番人気のあったアイテムですね。

——初めて見た瞬間、ひと目で気になったパンツでした。どのようなことを考えながらデザインされたのでしょうか?

タナカ:セルビッチって、すごくかわいいと思うんです。だけど、このスペシャルなディテールは、普段は生地の裏側に絶対隠れてしまいます。めくったらさりげなく出てきて、おしゃれで、すごく奥ゆかしい。それがとてももったいないなと思って、セルビッチを主役にしたいと考えたのが始まりでした。

——ベルトを排したディテールも印象的です。

タナカ:これは「アンフィニッシュド」と呼んでいて、このベルトを取り払ったディテールは継続的にデザインしています。ハイライズじゃなくて、少し腰を落としてリラックスしてはける意味合いも含めてベルトを取ったデザインだったんですけど、そこを合体させたらおもしろいかなと。

——セルビッチが途切れることなく裾からウエストまで続いていますね。

タナカ:セルビッチは生地の端。つまりまっすぐなので、人間の体のカーブに合わせるために作ると、セルビッチが最後は途切れてしまいます。だけど、表に出ているセルビッチが途中で終わっていたら、なんだかイマイチですよね。なのでこのパンツはセルビッチを生かすために、脇線のパターンをまっすぐに作っています。ですので、このままでは人間の体には沿っていません。

——確かに。それではどんな工夫を?

タナカ:ウエストをドローストリングでギュッと締めることで、腰の曲線に合うラインを作ります。ただ、クボシタさんから「ギュッと締めるだけだと、スッキリと見えなくて嫌な人もいるのでは?」という指摘もあって、だったら隠し前カンでフロントの中心をクロスさせ、スッキリとはけるようにしました。そうすることで、パンツのフロントにアングルがついてデザインのアクセントにもなります。

クボシタ:着物的な着方ですよね。

——このアクセントで、フロントに新たなデザイン性が生まれていますね。

タナカ:もちろん、このはき方やデザインが嫌な人は、普通のウエスト位置でひもをギュッと絞ってカジュアルにはくこともできます。このパンツは直線的なラインを使ったシルエットなので足がきれいに見え、はいた時に脇線が前に来るパターンは、誰がはいてもスッとした印象になります。

——性別に関係なく着られる「TANAKA」の服が、このパンツでは体形もあまり気にせず着られるアイテムになっています。極端に言ったら「着たい人は誰でも着られますよ」というデザインになっていますね。

タナカ:はい、おしゃれにデニムをはきたい方ですね、きっと(笑)。

——センスが試されますね(笑)。こちらのカラフルな黒いブルゾンは、やはり蝶からインスピレーションを?

タナカ:このプリント柄はクボシタさんのデザインです。

クボシタ:これは蝶の羽の柄です。コラージュなんですけど、あまり直接的に落とし込むことはしたくなくて、絵画っぽくしたりとアレンジを加えています。「TANAKA」は春夏シーズンに柄ものをリリースしていますが、シルク系の生地を使ったシリーズは定番的に柄を変えて続けています。

——このはかなげな雰囲気がきれいです。

クボシタ:この淡い色の蝶のプリントは、意外だったんですけど、アメリカではメンズに好評でした。

——性別を超えて響くデザイン性が、やはり「TANAKA」にはあるのだと思います。2023SSコレクションのビジュアルはさまざまな人種の若者がモデルとして登場し、若者の繊細さが現れているような風景がエモーショナルで美しいです。このビジュアルのテーマについて教えていただけますか?

「TANAKA」 2023SS collection “BUTTERFLY”

タナカ:フォトグラファーの小浪次郎さんとは4シーズン目になりますが、今回初の試みで、4人のモデルを起用しました。

クボシタ:ジェンダーレスですね。そもそも“人種と性別を超えた”というのが「TANAKA」のテーマなので。

タナカ:それをさらに表現したいなあっていうところがありました。

——それで、今までよりもモデルの人数を増やし、人種も増やしてということですか?

タナカ:そうなりますね。ただ、やはりイメージに合うモデルはどうしても限られているので、この人種で何人と決めていたわけではないのですが、うまくミックスするような形になりました。今回のモデルはみんな若くて、ロケの途中でもすごく盛り上がっていました。

クボシタ:人間のエネルギーというか、日常の生々しさを表現したいと小浪さんにお願いしました。彼はフィルムで撮るので現像されるまで一切わからなくて、僕も撮影に参加する予定でしたが、出張で出られませんでした。だけど、この写真を初めて見た時には一気にテンションが上がりましたね。

——タナカさんはいかがでしたか?

タナカ:私はこの撮影のあと、2日間本当に立ち上がれないぐらいに、すごくエネルギーを費やしました。海沿いでの撮影は初めてだったのですが、綺麗な黄色のこのデニムを着たモデル達が海辺で歩いている姿を撮りたいと考えていて、この場面は撮影前からはっきりと頭の中にありました。

(後編に続く)

Photography Erina Takahashi

author:

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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