「フミト ガンリュウ」デザイナー丸龍文人 vol.1――コロナ禍から生み出される境界を超えた服

2010年代後半に吹き荒れるストリート旋風に先んじて、ストリートを取り込んだモードスタイルを世界に発表してきた丸龍文人。しかし、彼は2018年に「フミト ガンリュウ」を設立したのち、自身の才能がストリートだけに収まるものではないことを証明する。

とりわけ新しい側面を強く実感したのは、2019AWコレクションである。パリ・メンズ・ファッション・ウイークで発表されたショーは、ストリートの側面が強かったそれまでのスタイルからは一線を画すテーラードスタイルがコレクションを構成する。現代モードストリートの代名詞ビッグシルエットを吸収し、しかしスタイルはカジュアルに振れるのではなく、メンズウェアの伝統であるクラシックにキングサイズを取り込んだそのデザインは、時代の王様ストリートへのカウンターとも呼べるレベルに表現され、まるでストリートを用いてストリートを否定するかのようだった。

自らのスタイルを更新し続ける丸龍文人。今回のロングインタビューで語られる丸龍の生の言葉を可能な限り多く届けるべく、全3回にわたってお送りしたい。vol.1は、現在デリバリーされている2021SSコレクションの背景を訊いていく。

社会問題をクリエーションと結ぶ

――2021SSコレクションは「フミト ガンリュウ」デビュー以来、もっともカジュアルなデザインでルームウェアのようでした。内と外が曖昧化されて、どちらでも着ることができるいわば「ニュールームウェア」と呼びたくなるコレクションに感じられました。これは新型コロナウィルスによって激変した生活の影響があったのでしょうか?

丸龍文人(以下、丸龍):僕自身にとってもリアルさを感じるものにしたいので、今回に限らずあらゆる情勢やムードは前提です。世の中いろんなデザインの方向性があると思うので、違ったベクトルを決して否定するつもりはありませんが、あくまでも「こういった服が必要となるのではないか?」という、常に提案のスタンスであることを大切にしています。そうした中で単純に外に着ていくだけの服を自分はほしいと思わないだろうなと予測した上で取り組みました。

――コロナ禍によって室内で暮らす時間が増え、外に着ていくことだけが目的の服ではひとびとの生活にはマッチしない時代が訪れたように感じます。

丸龍:外出をするにしても、コンフォートな、いわゆる部屋着感がミックスされた、そういった意味でのハイブリッドなラインナップにしたいと考えました。コレクション制作がスタートした時点で、デリバリーのタイミングとムードの波長がフィックスするようなテーマにしたかったんです。

――なるほど。でもルームウェアにはとどまらないデザイン性が、2021SSコレクションの「フミト ガンリュウ」には感じられます。

丸龍:単なるルームウェアを作るべきではないというのはもちろんあって。ずっと室内で過ごす状況が未来永劫続くのかというと、それはそれで現実的ではないと思っています。もちろんシリアスに思い続ける人もいるでしょう。でも生きていく上でこもり続けるわけにはいかないのであって。情勢が落ち着いたら、抑圧からの反動で思いきり外に出て羽を伸ばしたいと考えている人も多くいると思います。なので、外着としての表情を持つルームウェアであり、外出の際はルームウェアのような心地よさを備えた服という、インドア、アウトドアどちらに転んでも説明のつくもの作り、一過性ではなく普遍的に着られるものしたかったので“FREE ACCESS”というテーマにしたんですよね。

――アイテムについて具体的にお伺いしたいのですが、2021SSコレクションではトラックスーツが印象的でした。今までの「フミト ガンリュウ」のコレクションでは見たことがなくて……。

丸龍:攻めてますかね、ある意味。

――攻めていると思います。なぜトラックスーツを取り入れようと思ったのですか?

丸龍:トラックスーツって、日本では部屋着として好む人もいるじゃないですか。それを海外の人達にも提案したかったんです。あとはいわゆる真逆に近い、フィジカルスポーツでも着ますよね。そういったコンタクトスポーツといったものにもリーチできるという、本当に究極の逆の方向性を1つの服として無理なく説明できるアイテムだと思ったので、トラックスーツでセットアップを作りたかったんです。

――その象徴が、このトラックスーツだったんですね。

丸龍:ただ、普通のジャージー素材ではなく特殊なストレッチボンディングを使っていて、とても上質な手触りになっています。細かな付属物に関しても、極力ライトなものをセレクトしていますが、いわゆるチープに見えないものを選択、採用しています。

――触ってみるとけっこう膨らみもあって、おもしろい素材です。

丸龍:ずっと触っていたくなるような手触りですよね。脇は特殊なベンチレーション仕様になっていて、ファスナーを引き上げるとマチのように開放されます。スポーツ時においては通気性と可動域を確保し、ファッションとしてはシルエットを変化させる意味合いとなり、快適な部屋着として、また外着として、さまざまなシーンで着られる拡張的デザインになっています。

――トラックパンツがサルエルのフォルムになっているのも珍しいですし、1つのアイテムに複数の見え方や着方が隠れているように思えるのですが。

丸龍:サルエルパンツというのは股上が極端に深いため、それによってクリアランスが確保され、リラックスした開放感が得られます。その特徴的な構造はデザインであり、同時に快適性を生み出すことにつながっているんです。デザインそのものが機能やソリューションとなっていること。複数の指針を同時に表す理にかなったデザインとは何か、それを模索し提案するというのは僕が好むアプローチです。

是々非々であること、社会を追うこと

――モッズコートのディテールを取り入れたシャツは、ルック写真ではわからなかったのですが、着用すると袖のフォルムがとても興味深かったです。実際に試着してみると、昔のオートクチュールのドレス的な立体感のあるデザインだなと感じました。

丸龍:そのように受け取っていただけるのも嬉しいですね。

――メンズウェアにはないレディースウェア的な不思議なフォルムだと感じました。男女の性別の境界を曖昧にしたいという考えがあるのでしょうか?

丸龍:時代とともに少しずつ変わっていくのかもしれませんし、エシカルな観点からも是正されるべきことは数多くあると思っていますが、“らしさ”と言った、いわゆる個性に関してはなくならないほうが健全なのではないかと思っています。常に何事に対しても是々非々(ぜぜひひ=立場にとらわれず良いことは良い、悪いことは悪いこととして判断するという意)というか、例えばすごくラギッドな「ザ・男」みたいなもの、すごくフェミニンな「ザ・レディース」みたいなもの、そういった極端なベクトルは見ていてとても刺激になりますが、僕自身はそれらを踏まえた上で、なるべく性別にとらわれないもの作りを行っていきたいと考えています。

――お話を伺っていると、消費者視点の意識を強く持っているように感じましたが、常に意識していることなのでしょうか?

丸龍:ドラスティックに聞こえるかもしれませんが、需要がないものを作るなら趣味でいいと思っているので、やはりニーズを見込んだ上でどういった提案をするかが大切だと思っています。ですが、決して「これがほしいでしょ?」といった迎合のスタンスではなく、「こういうものはどうですか?」と少し未来のニーズやマインドを予測した上で、それを形にし着地させることを念頭に取り組むようにしています。総じて服は暮らしに必須なものであり、ファッションはその気持ちへ作用する力が備わったものだと考えています。

――ファッションはクリエイティブでもありますがビジネスでもあって、ひとびとが「ほしい、着たい」と思う服を提案しなければ、ブランドにファンはついてきません。

丸龍:どれほど塾考を重ねたところで、最終的にはやってみなければわからないこともありますが、ビジネスの着地が狙えた上で、その範疇において最大限のクリエイションをするというのが、僕の考えるプロフェッショナなファッションデザイナーだと考えています。リアルさを度外視するなら僕はメディアをファッションと切り分けて考えたいです。

――ニーズを捉えるために普段心掛けていること、実践していることは何かありますか?

丸龍:服作りを研究、学ぶことはもちろんですけど、同時にファッション以外のことに目を向けています。仕事中は基本的にさまざまなニュースであったり、社会の動向や関心のあることに対してリテラシーの高い人が上げている動画、信憑性のある有識者同士のディベートを流していて、スピードラーニングみたいに倍速で聴きながらデザインをしたり、文献を読んで思考していたりします。アイデアは唸って考えてひらめく時もあるのですが、ひらめき出したら怒涛のように出てくるので、基本的には社会の動向に目を向け思案することに時間の多くを割いています。

――仕事中にニュースなどをずっと流しているというデザイナーには、初めて会いました。ニュースで知った社会の動向が染み込んで、自然にデザインとして出てくる感覚なのでしょうか?

丸龍:いえ、自然に出てくる感覚はないですよ。そこから予測をするんです。予測することは思いをはせることであり、それがクリエイションの一環でもあるので。幼少期からアインシュタインが好きなのですが、彼の有名な言葉で誤った表現だと思うものがあるんです。それは、“Information is not knowledge”「情報は知識ではない」というもの。僕は情報は知識だと思っています。彼の言葉を正確に言い換えるならば、“Information is not intelligence”「情報は知性ではない」です。情報によって蓄積、更新される知識は非常に重要で、知識があることによってのみ本当にリアルな知性の着地を狙えます。「情報は知識だ。だが、知性ではない」というTシャツをいつか作りたいですね(笑)。ただ言い間違えたということであれば、なんだか揚げ足を取っているようで申し訳ないですが。

――勉強になります(笑)。 

丸龍:好きがゆえに(笑)。そういう好きがゆえに、掘っていくと「違うのではないか?」と気付くこともあります。

――2021SSコレクションのルックは、サンプルをイギリスのウィルトシャーに送り、スタイリストのトム・ギネスが着用しています。なぜ日本でモデルを起用してルックを撮影するのではなく、今回のようなルック撮影を行ったのでしょうか?

丸龍:トム・ギネスは弊社のCMO中村(中村聖哉、「Seiya Nakamura 2.24」CEO兼「フミト ガンリュウ」CMO)に紹介されたスタイリストなのですが、彼のスタイリングを見てみると抜け感があってとても良いなと感じました。トム・ギネスにはパリのデジタルファッションウィークで発表した、次のシーズンの2021AWコレクションのスタイリングも依頼しています。

――トム・ギネスのどんなところに魅力を感じたのでしょうか?

丸龍:情勢や動向など、根幹にある重いテーマをどれだけライトに簡潔に見せるか。“FREE ACCESS”というキャッチーな言葉に託しているのであれば、 トム・ギネスはそこに親和性を持って軽やかな表現をしてくれる、ふさわしい人ではないかと感じました。

選択肢の多さが、人のマインドを豊かにする

「FUMITO GANRYU」 2021SS Visual&Sound installation

――ルックと同時に発表された映像がすごく不思議でした。画面に映し出されているのは、トム・ギネスが服をラックに掛けたり、モノを収納したりという普通の行為ですけど、複数のモニターで分割して映しています。これがとてもシュールで、当たり前で日常的な行為が不思議な行為に感じられます。

丸龍:映像に関してもCMOの中村との打ち合わせで、ビジュアル表現や方向性が決まりました。世界で初めてのデジタルファッションウィークというタイミングでもあったので、実験的アプローチにしたいということは中村と一致していて、普通に歩かせてはもったいないと。もちろんデジタルにおいてのランウェイ形式を否定するつもりはありませんが、僕はそれをやりたくなかった。デジタルにおける表現で、フィジカルと変わらないアプローチをすることに、拭い去れない違和感を感じたんです。

――ショー形式での発表を実施しなかったことで、何か新しい気付きがありましたか?

丸龍:ランウェイショーの合理性を改めて感じました。デジタルファッションウィークとなってフィジカルのショーから離れることで、変わらない理由、あり続ける理由というのを作り手として再認識しました。もちろん今後、デジタルがゆえの合理的な表現やドラマチックな演出を模索、提案できればと思っていますが、情報や思いを「伝える」ということにおいて、フィジカルのショーは非常に合理的だと言えます。人が歩いてくる、それによって布がどう動くか、着ている人の雰囲気でこの服は快適かどうか、気持ちが上がるのかどうか、服としての完成度はどうなのか、リアルなものなのか、そういったことが小手先では決してごまかすことができない場所、それがフィジカルの舞台なんだと思います。

――ショーを観ていると感じてきます。やはり服は人が着てこそ、その本当の価値と魅力がわかるのだと。

丸龍:服が単なる物体であれば静止画でもいいのかもしれませんが、服は人が着て成り立つものであり、置物ではありません。演出においても音楽を使うことはもちろん、無音で表現したいならそこには無音のメッセージもあるわけで、会場選び、モデル選び、ヘアメイク、トータルわずか10分前後の時間で見せることができる。ランウェイは決して浮世離れした空間ではなく、合理的な表現の舞台だということを、そこから離れることによって再認識しました。

――やはりコレクションはショー形式の発表が一番に思えてきます。デジタルの発表に可能性はないのでしょうか?

丸龍:決してそんなことはないと思っています。フィジカルとデジタル、選択肢が増えたことはいいことです。

――世界中でひとびとの暮らしに制限がかかりましたが、逆にファッション界ではデジタルによって新しい選択肢が生まれてきたということですね。

丸龍:パンデミックの状況下、なぜこれほどのフラストレーションを感じるのか。人それぞれさまざまな理由があると思いますが、その1つは大幅な制限であったり、いろんな願望はあるけれど選択肢が奪われていくこと。これができない、これしかない、こうせざるを得ない、そういった抑圧が解放されることなく蓄積を続けていくからだと思います。そこに選択肢という養分があれば、マインドの豊かさを損なわないはずなんです。
(Vol.2に続く)

丸龍文人
文化ファッション大学院大学卒業後、「コム デ ギャルソン」を経て2018年に「フミト ガンリュウ」を設立。象徴だったストリートスタイルは、スポーツ、テーラードと多様性を含むスタイルの境界を超えたスタイルへと更新され、そのコレクションはデイリーウェアとしてのリアリティを備えながらも社会を批評的に切り取るデザイン性も披露する。
Instagram:@fumitoganryu

Photography Shinpo Kimura

author:

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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