ニック・ウースターの歩みと日本モードの可能性

「バーニーズ ニューヨーク」や「カルバン・クライン」等、ファッション界の最前線でキャリアを重ね、そのスタイルがメンズファッションの指針にもなってきたニック・ウースター。日本ファッションとの結びつきも強く、多くの若手デザイナーを輩出している「TOKYO FASHION AWARD」でも審査員を務めている。そして2023年6月には、同アワードで出会った「ボロ(襤褸)」など日本の伝統を融合したメンズブランド「クオン」と、コラボレーションアイテムを発表する。

これまでの歩みについて尋ねながら、21世紀のメンズファッション、日本ブランドの可能性と課題、そして終盤では「クオン」のデザイナー、石橋真一郎にも参加してもらい、コラボアイテムの取り組みについて聞いていく。示唆に富むニック・ウースターの言葉に、耳を傾けよう。

ニック・ウースター
1960年7月2日生まれ。「バーニーズ ニューヨーク」や「バーグドルフ グッドマン」ではバイヤーとして、「カルバン・クライン」ではリテール・マーチャンダイジング・ディレクター、「ポロ ラルフ ローレン」ではデザインディレクターを経験。現在はファッションコンサルタントとして、さまざまなブランドのアドバイザーを務め、Instagramのフォロワー数が100万人を超えるなど、メンズファッションのアイコンとしても世界的に注目を集める。「TOKYO FASHION AWARD」では審査員を務めている。

幼くして目覚めていたファッションへの情熱

−−ファッションに興味を持つきっかけとなった出来事は何でしたか?

ニック・ウースター(以下、ニック):短く答えるなら「わからない」になります。基本的に幼い頃から、服にこだわっていた記憶があります。幼稚園から学校に行くまでの間、自分の服は常に自分で選んでいました。

−−そんなに幼いころから、ご自身で着る服を選んでいたのですか?

ニック:母でも、私の服を選ぶことができませんでした。自分で選ばないと気がすまなかったんですよ。母が選んでくれた服には、「着ない」とはっきり言っていましたし。だから、幼い頃から服に興味があることは明らかでした。ファッションについて語る時、私はファッションには興味があるのではなく、洋服に興味があると表現します。そして、いざ「働く」というタイミングになった時、ファッションや洋服に関わる仕事が一番おもしろそうに思えたので、選んだだけでした。だから、特別な出来事や理由はなかったように思います。

−−ニックさんにとって、アイコンとなったファッションデザイナーやファッションインフルエンサーがいらっしゃったら、教えてください。

ニック:これも先ほどと同じ答えになってしまうのですが、特別憧れたスタイルや人物といった、アイコンのような存在が私にはいませんでした。私にとって、服を見るために最も興味深い場所は、必ずしもファッションウィークやファッションショーではありません。ランウェイで特定のデザイナーを見るよりも、空港やレストラン、美術館に出かけて、そこにいる人達に目を向けるほうがおもしろいんです。

−−都市で見かけるファッションが、ニックさんにとって大切だったんですね。

ニック:ただ、若い頃のラルフ・ローレンや、過去40年間にわたる川久保玲のように、自分にとって重要なデザイナーがいることは確かです。もちろん、カール・ラガーフェルドやココ・シャネル、ジョルジオ・アルマーニなど、ファッションの歴史にとって重要で偉大なデザイナーはたくさんいます。しかし、私はある特定のデザイナーよりも、いろいろなものを見ることでインスピレーションを得ることが多いです。ただ、現代も素晴らしいデザイナーはたくさんいます。私にとっては、そのほとんどが日本人デザイナーになりますが。国に限った話ではありませんが、日本におもしろさを感じることがとても多いですね。

−−キャリアについてお尋ねします。以前は「バーニーズ ニューヨーク」のような小売企業で働き、その後「カルバン・クライン」や「ラルフ ローレン」などのブランドに移っていますが、なぜ、このようなキャリアを歩んだのでしょうか?

ニック:おっしゃる通りです。最初は「バーニーズ ニューヨーク」でバイヤーとして働き、その後「バーグドルフ グッドマン」で働きました。その頃から、ただ仕入れるだけでなく、クリエイションや商品開発、製品に携わることのほうが自分にとっておもしろいのではないかと、考えるようになったんです。幸いなことに、まず「カルバン・クライン」で、次に「ラルフ ローレン」で、そして小規模なデザイナー達のブランドといった具合に、経験を重ねていくことができました。おもしろいのは、2010年に「ニーマン・マーカス」と「バーグドルフ グッドマン」で働いたことです。つまり、1周回って小売業に戻ってきたということです。小売りビジネスも好きですが、製品に携わることも大好きです。でも、私に転職を本当に決意させた大きな理由は、野心でした。

偉大なデザイナーの仕事と日本について

−−21世紀のメンズファッションには、エディ・スリマンのスキニースタイル、トム・ブラウンのスーツのように、大きなインパクトを与える変化がありました。ニックさんにとって、21世紀のメンズファッションの中で最も印象的な出来事は何ですか?

ニック:トム・ブラウンとエディ・スリマンの話が出たのは興味深いです。この2人は21世紀初頭のメンズファッションにおいて、最も重要な存在だったと思います。しかし、興味深いのは、エディ・スリマン自身もスーパースキニーシルエットから脱却していることです。そして、今では少しオーバーサイズになってきていますよね。シルエットの観点でいえば、リック・オウエンスも重要な人物と言えるでしょう。「バレンシアガ」と「ヴェトモン」のデムナ・ヴァザリアも、オーバーサイズというアイデアを変えた1人です。どのデザインもおもしろいのは、人々が新しいものに興味を持つようになったという点です。

−−ファッションデザイナーが、心がけなければいけないことは何でしょうか?

ニック:デザイナーとしてやらなければならないことは、魅力的なものを作り続けることだと思います。欲望を作り続けること、欲望を生み出すことです。エディやトムは、今世紀初頭に新しい欲望を実現しました。リックやデムナもそうです。そして、川久保玲のように、40年もの間、この仕事を続けている人もいます。デザイナー達は、たとえそれが本当に奇妙で難解なものであっても、常に欲望の対象となるものを作り続けているのです。もしかしたら、あなたはそんな服を着たくないと言うかもしれません。でも、デザイナーたちの影響は後々まで続くかもしれないのです。これこそが、偉大なデザイナーの仕事です。

−−日本には「アメトラ(アメリカン トラッド)」という言葉があります。これは和製英語で、「アメリカントラディショナル」を意味しています。これまで多くのアメリカの伝統的なアイテムやスタイルが日本に入ってきて、今、新しいスタイルのファッションを作り出しています。ニックさんには、日本のメンズファッションがどのように映りますか?

ニック:これが質問に対する、正確な答えかどうかはわかりませんが、少なくとも私が33年前から日本に来ている経験から言えることは、伝統に対する姿勢は常に日本が持っている特徴です。

−−ニックさんから見た日本の伝統への姿勢とは、どのようなものでしょうか?

ニック:伝統への敬意、クラシックへの敬意など、常に「敬意」がありました。これはいつも言っていることですが、川久保玲でさえも、私の考えでは極めて古典的です。彼女はアバンギャルドですが、常にイギリスのテーラリング、ネイビーブルー、青と白のシャツといった、メンズウェアの非常に古典的な伝統に根ざしています。しかし、明らかに彼女の解釈はまったく違うものと言えます。渡辺淳弥も川久保玲の弟子ですが、彼も伝統に敬意を払い、伝統を理解する姿勢を持っています。「ザ・リアルマッコイズ」のような素晴らしい場所に行けば、いつも素晴らしいヴィンテージピースが見つかりますし、それらのファッションは、常にアメリカの何かに根ざしています。だけど、その解釈は日本独自のものと言えるでしょう。

日本ブランドが、世界で勝負するために必要なことは?

−−日本、ヨーロッパ、アメリカ、それぞれのブランドにどのような独自性、ストロングポイントを感じていますか? 特に、日本のファッションについてはどのようにお考えでしょうか?

ニック:それぞれの国、イタリア、アメリカ、フランスといったところは、それぞれストロングポイントがあるわけですが、例えばアメリカはカジュアルなスタイルでよく知られていますね。良くも悪くも、私達アメリカのカジュアルスタイルは、パーカーやスニーカーなどのアイデアが世界から注目されるようになりました。

−−その他の国はいかかでしょうか?

ニック:ヨーロッパ、特にイタリアのファッションは、テーラリングやサルトリアル、品質の高さを大切にしてきたと思います。日本では、それぞれの国の良さを取り入れ、常に新しさを生み出すフィルターを通して独自のものに仕上げています。

−−ニックさんは「TOKYO FASHION AWARD」の審査員も務めています。

ニック:東京ファッションウィークや「TOKYO FASHION AWARD」に参加するブランドこそが、「新しいもの」だと思います。日本の老舗ブランドは、何年も前からヨーロッパで発表していますが、今はパリがホームグラウンドになっています。

−−ファッションにおけるパリとは、どのような場所だとお考えですか?

ニック:パリは、アメリカ人、イタリア人、イギリス人、日本人など、さまざまな人種が集まるメルティングポットで、ある意味、ファッション都市の中で最も国際的と言えるでしょう。しかし、東京ファッションウィークや「TOKYO FASHION AWARD」は、いつかパリの多くのブランドと同じステージに立つことになる、新しいブランドと出会える機会です。新しいブランドとの出会いを、可能にするシステムがあることは良いことですし、この分野では日本がリードしていると思います。なぜなら、ロンドンファッションウィークやニューヨークファッションウィークは、以前ほど重要視されていないからです。

−−日本発の新進気鋭のブランド。これは日本にとっての長所ですが、日本のブランドや日本のファッション戦略に弱点はないでしょうか?

ニック:これについては何度もお話ししていることですが、もう一度言います。日本特有の問題に思えるのは、セールスに対するアプローチです。世界の国々では、セリングキャンペーンは通常1カ月から6週間の期間をかけて、世界中のお客さまに見せることが可能なことが重要だといわれています。しかし、日本のブランドは、日本国内で各ブランドが2日間から3日間と、期間を決めて展示会を開催しています。例えば、3月1日と2日にAというブランドが展示会を開催し、3月30日と31日に別のブランドが展示会を開催するといった具合です。パリやミラノ、ニューヨークから日本に来て1週間滞在するとします。もし、その週がAとB、どちらかのブランド1つしか展示会を開催していなかっとしたら、あなたはどうしますか?

−−両方のブランドを見たくても、1つは諦めざるを得ません。

ニック:これは日本独自の現象で、世界との関係を構築するにあたって良いことではありません。世界中の人々がいつでも日本へ来ることができるわけではないため、日本の新進ブランドがシーズンごとに人々を引きつけるためには、この問題に対処する必要があります。

−−それは、小規模の新進ブランドが対処するには非常に難しい問題です。

ニック:「グッチ」や「プラダ」などのメガブランドは、世界でこれを実行できますが、日本の新進気鋭のブランドが、メガブランドと同様のことはできません。あるシーズンに見てもらい、コレクションをオーダーしてもらえるかもしれませんが、それは幸運だったからに過ぎません。

−−日本市場は、ヨーロッパ市場やアメリカ市場とは異なっている側面があると思います。デザインにおいても日本のブランドは、欧米のマーケットを考えてコレクションをデザインする必要があると思いますが、どうでしょう?つまり、日本のブランドがグローバルで成功するためには、プロダクトファーストとマーケットファースト、どちらがいいのでしょうか?

ニック:まあ、にわとりと卵の問題ですよね。「どっちが大事なんだ?」という。つまり、どちらも同じくらい重要だと言えるでしょう。私の場合、卵が先、製品が正しくなければならないと考えています。そして、10回中9回、つまり90%の確率で、日本から来たプロダクトは私の意見ではベストだと言えます。問題というか、もしかしたら見直す必要があるかもしれない部分、それは調整ですね。

−−それは具体的にはどういうことですか?

ニック:サイズやマーケットの日程という問題がありますし、以前は価格設定が大きな問題でした。今は円安で有利ということもありますが、これらは日本ブランドが海外とビジネスをする上で常に問題になっていたことです。もし、日本ブランドが、サイズや時間、価格などの市場条件を克服することができれば、世界のどこでもビジネスを成功させることができます。そして今、その可能性を持つブランドが増えています。これは励みになるはずです。とても楽しみなことですし、エキサイティングです。

コラボを通しても表現される揺るがないスタイル

−−6月に「クオン」とニックさんのコラボレーションアイテムが発売されますが、石橋さんがニックさんと初めてお会いしたのはいつでしたか?

石橋真一郎(以下、石橋):初めてお会いしたのは、2018年に開催された「TOKYO FASHION AWARD」の審査でした。「クオン」が受賞ブランドの1つに選ばれ、その時の審査員がニックさんだったんです。当時、「クオン」の事務所は中目黒にあって、とても小さな事務所だったんですが、そこへニックさんが来てくれたんですよ。「こんな狭いところで、大丈夫かな?」と心配になりましたが(笑)。

−−その時、ニックさんは「クオン」についてどう言われたのですか?

石橋:「スーパーナイス」と(笑)。それからお話ししていくと、海外に出ていくための戦略や、価格設定などたくさんのことを教えてくれました。それこそSNSにはInstagramがまだなかった時代から、僕はニックさんのことをファッション誌で見ていたので、けっこうキリッとした人なのかなと思っていたんです。でも、実際にお会いしたらとてもフランクな方で、僕らが聞きたいことについて何でも答えてくれ、「いいおじさん」と言ったら失礼かもしれませんが、とても頼りになる人という印象でしたし、それは今でも変わりません。

ニック:今回のコラボレーションや「クオン」の活動で、私が特別だと思うことの1つは、それぞれの作品がとても丁寧に作られていることです。

−−コラボレーションは「クオン」の特徴と、ニックさんの個性を融合させるバランスの難しさがあったと思います。今回のコラボで、石橋さんが大切にしていたことは何ですか?

石橋:「ドレスの中で、どれだけ遊ぶか」というところで、150年前の着物を使ったパッチワークというのは、なかなかできないことで、「クオン」だからこそできることだと思います。それをスタイルとして、どう提案するかというのはニックさんともよく話しました。ジャケットに肩パッドは入っていませんし、1枚でサラッと作っているけど、どれだけエレガントに見せるか。それをよく考えましたね。

−−「クオン」とのコラボでは、ニックさんの普段のスタイルが反映されていると思いますが、その日着る服はどのアイテムから選ぶのでしょうか? ボトムからですか? 何かルーティンや決めごとがあるのでしょうか?

ニック:そうですね、決まったルーティンや決まりごとはないのですが、基本的にはいつも基準になる「何か」があります。ある場合はジャケットやスーツ、ある場合は靴かもしれません。また、Tシャツのようなアイテムのことも。だけど、たいていはそこまでクリアではありません。「今日はスーツを着ようかな」「ショートパンツで行こうか」「色はネイビーを着ようか、ピンクにしようかな」といったように、漠然としていますね。ただ、非常に大切なことがあります。それは、常に天候を一番に考えること。「雨が降っていたら、白は着ないほうがいい」「暑ければ、重いものを着ない」等と考えて、服を選びます。

−−ジャッケットのようなドレスアイテムだけでなく、カジュアルアイテムも揃って、幅広い印象のコラボコレクションという印象を受けました。

石橋:Tシャツやパーカは今では欠かせない日常着なので、普段着からビジネスまでと言ったらちょっと違うかもしれませんが、ニックさんとも話し込んで、スタイルとして幅広い構成のコレクションに仕上げています。

−−「クオン」のスタイルにはワークウェアの香りを感じますが、石橋さんのメンズファッション観に影響を与えたものは何でしたか?

石橋:小学生から中学生の頃に、たくさんのファッション誌を見ていて、衝撃を受けたのが「クリストファー・ネメス」のパンツでした。構築的なもの、パンクやストリートがけっこう好きだったと思うんですよ。そこから入っていきましたね。

−−プロとしてもの作りの道に入ってから、影響を受けたものはありますか?

石橋:自分がパタンナーとして、もの作りをする人間になった時、洋服の歴史に興味がわいてきました。ワークやテーラリングなど、ディテールの意味や服の仕様の意味が、洋服の歴史を知ることでわかってきたんです。その体験がだんだん楽しくなってきて、知識として洋服の歴史を知ることがおもしろかったですね。

−−最後に、ニックさんにお聞きします。「クオン」とのコラボアイテムを、コーディネートする際のコツを教えてください。

ニック:私の場合、スタイリングのコツは、「1つから始める」ことです。つまり、全身でコーディネートをする必要はありません。トップスからボトムまで、全身でコーディネイトすると、かなり高価になってしまいます。だから、私としては1つのアイテムを選び、それを輝かせることがおもしろいと思います。

−−選んだ1つのアイテムを輝かせるスタイリングのために、重要なことは何でしょうか?

ニック:もし、あなたがコラボコレクションの中でショートパンツやパンツが好きだと感じたなら、まずはそこから始めましょう。もちろん、ジャケットでもかまいません。あとは、自分のスタイルに合わせて、自然にコーディネートすべきです。トータルでコーディネートする必要はありません。その代わり、1つ1つのアイテムを特別なものにすることが秘訣です。「クオン」とのコラボアイテムは、それぞれが特別に作られています。正直なところ、今話したことは、コレクション全体を販売するためには不利なことですが、私にとっては、個々のアイテムを特別にすることが最も大切なことなんです。

服への愛とファッションに対して真摯であること

東京ファッションウィーク2023年A/Wの開催期間中、いくつかのブランドのランウェイショーを取材に訪れると、ニック・ウースターの姿を幾度も見かけた。ルックを見つめる眼差しには、若手デザイナーを見守る優しさが感じられ、私は彼がどんな服に何を感じたのか、その言葉が聞きたくなってしまう。

インタヴューの最後で話した通り、彼は自ら参加したコラボレーションで、たとえセールスにとって不利になろうとも、服への愛を大切にする。ファッションに対して真摯であること。どんなシーンにおいても、どんな場所にいようとも、ニック・ウースターのスタイルが揺らぐことはない。

author:

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が始めた“ファッションを読む”をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト。「AFFECTUS」はラテン語で「感情」を意味する。オンラインで発表していたファッションテキストを1冊にまとめ自主出版し、現在ではファッションブランドから依頼を受けてブランドサイトに要するテキストやコレクションテーマ、ブランドコンセプトを言語化するテキストデザインを行っている。 Twitter:@mistertailer Instagram:@affectusdesign

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