菊池良, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/ryo-kikuchi/ Wed, 28 Feb 2024 02:55:56 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 菊池良, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/ryo-kikuchi/ 32 32 連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第7夜  https://tokion.jp/2024/02/28/you-are-looking-at-a-dream-7/ Wed, 28 Feb 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=225584 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第7夜、時間の合わない時計が並ぶ不思議な時計屋に入った「きみ」を待つものとは。

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第7夜 

 きみはこんなユメを見た。

 使い古された大きな手提げ袋が通りの端に放置されていた。忘れものにも見えるし、最初からそこへあったかのようにも見える。だれも拾うものはいない。だれも関心を持たなくなってすぐに風景と一体化した。視界に入っても、だれも認識しなくなった。そういうものだ。それは黒い塊で、表面はつやつやとしていて弾力もありそうだった。雨が降ると水滴を弾いて雫が光っていた。それで、たまに放し飼いの猫が鼻を近づけて様子をうかがうだけだった。

 しかし、日に日に黒い塊はすこしずつ大きくなっているようにも思えた。やがて手提げ袋におさまらないほどぱんぱんになっていった。しかし、だれも気に止めなかった。一度風景と同化してしまったら、もう違いを察知することはできない。

 じゃあ、だれがそんなことに気づいたのか? 手提げ袋が置かれた往来のすぐ目のまえに時計屋があった。その店主だ。その時計屋はめったに人が訪れず、店主はひまをもてあそんで、よく目のまえの通りを眺めていた。そうして、言語化できない哲学的思索に耽っていた。

 その時計屋で売っている時計はどれも時間が合っていなかった。そのうえ、時間の合わせ方もわからなかった。時間を合わせる機能がついてなかったのだ。間違った時間を刻んでいる時計はいいほうで、針が止まっているものや逆に動いているもの、針さえないものもあった。そこは時計じゃない時計を売る店だった。壁には「時間がわかるかたは教えてください」という張り紙が貼られていた。

 店主は何ものかが手提げ袋を置いていった瞬間を見た気がしていた。しかし、それが実際の記憶なのか、手提げ袋を眺めているうちに作られた偽の記憶なのかわからない。

 店主はついに手提げ袋を間近に見ようと往来に出た。なにかに引き付けられるように通りへ出た。それは朝だったのか、夜だったのか、それともその境目か。店主がゆっくりと指を伸ばし、震える指のさきで黒いかたまりに触れる。その瞬間、糸が切れたかのように、なにかが弾けた。すると、黒いかたまりは風船のようにゆっくりと浮上していく。やがて、それは空に浮かび、雲のように漂った。

 休暇で訪れた岬の展望台で、きみはカメラを首から下げていた。連れてきていた犬をゲージから出すと、嬉しそうにあたりを走り回っている。とっさにカメラを向けてシャッターを切る。見晴らしのいい景色が背景にくるよう画角を調整しながら。走っている犬を捉えるのは難しいが、くすぐったいような喜びが背中を走り、きみは確信する。ああ、この瞬間が幸せに間違いなく、いつか噛みしめるように思い出すときがくるはずと。それは休暇の終わりが近づいて自宅に戻ったときかもしれないし、20年後かもしれない。

 背景になにやらノイズのようなものが映る。空の一部が塗りつぶされたかのように真っ黒となっている。きみがファインダーから顔を離すと、それが黒いかたまりだということがわかる。

 きみはカメラを向ける。再びファインダーを覗き、黒いかたまりに向けてシャッターを切る。この光景をだれかに伝えなきゃいけないような気がして。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.14:スタイリスト・小山田孝司 https://tokion.jp/2024/02/21/monogatari-and-monodukuri-vol14/ Wed, 21 Feb 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=223799 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第14回のゲストはスタイリストの小山田孝司。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第14回はスタイリストの小山田孝司が登場。

小山田さんが挙げたのは次の2作品でした。

・岡本太郎『自分の中に毒を持て』(青春出版社)

・長島有里枝『not six』(スイッチパブリッシング)

さて、この2作品にはどんな”ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

8月に刊行された小山田さんの初の作品集『なにがみてるゆめ』に触れながら、お話を伺います。

言葉や他者についての感覚に共感を覚えた、岡本太郎『自分の中に毒を持て』

──1冊目は岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』です。岡本さんの生き方や芸術論を語った内容です。

小山田孝司(以下、小山田):あまり本を自分で買うことはなくて、人からもらったりしたものを読むことが多いんです。この本も、たぶん友達の引っ越しを手伝った時に、その友達からもらったんじゃないかな。

結構自分の同世代は岡本太郎が好きな人が多かったですね。

──岡本さんは著書も多く、影響を受けた人も多いです。

小山田:ただ、岡本さんの作品は、正直あまり得意じゃなかったんですよね。なんか、自分にはちょっと強すぎて。

だけど、たまたまもらったこの本を読んでみたら、岡本さんの挑発的な言葉が心にダイレクトに迫ってきたんです。なんだろうな、「人生って死と隣り合わせなんだ」という感覚が伝わってくるというか。

岡本さんは戦争を体験していることとも関係していると思うんですけど。

──岡本さんは1911年生まれで、1929年にフランスに渡りますが、戦中はそこで兵役に就いて、戦後は生活をしています。

小山田:この企画のために、十何年ぶりかに読み返したんですけど、今の自分への影響も改めて感じました。

この辺のくだりは、自分が言葉に対して抱いている感覚とつながっている気がします。

あなたは言葉のもどかしさを感じたことがあるだろうか。とかく、どんなことを言っても、それが自分のほんとうに感じているナマナマしいものとズレているように感じる。たとえ人の前でなく、ひとりごとを言ったとしても、何か作りごとのような気がしてしまう。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社、97頁)

あとこの部分とか。

多くの他人との出会いによって、人間は”他人”を発見する。”他人”を発見するということは、結局、”自己”の発見なのだ。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社、164頁)

この本を最初に読んだのはスタイリストを目指している時。その時は「クリエイターはこうでなきゃいけない」というところに引っ張られていたんですが、だけど、今は岡本さんの繊細な一面が気になりますね。

そういうことを知った上でいろいろと作品を見ると、刺激が強いのは変わらないんですが、愛着が湧いてきますね。

──小山田さんの写真集『なにがみてるゆめ』もある意味、他者との出会いですよね。

小山田:この写真集の撮影では、3着ぐらい僕のストックの服を持っていき、モデルがその日着てきた私服に対して、その中の1着を組み合わせて撮っているんです。

一点混ざった僕の服が、被写体のパーソナリティに別の視点を投げかけるのがおもしろくもあり、自己と他者の境界線が曖昧になる感覚が刺激的でした。

岡本さんの本に書かれている言葉のように、このプロジェクトでは「人に会いながら自分を見ている」みたいな感覚がありましたね。

──他人を撮ることで、自分が見えてくる。

小山田:あと、僕はスタイリングで異なる価値観をもったアイテム同士を組み合わせたいと思っているんです。よく知られているブランドに、無名のブランドを混ぜるというか。異なるアイテムを掛け合わせることで、すでにある両者のイメージが新しいものへと変化するのがおもしろくもあり、自分に新しい発見を与えてくれます。

言葉にできないほど衝撃を受けた、長島有里枝『not six』

──続いては長島有里枝さんの『not six』。こちらは長島さんの当時の配偶者を被写体にした写真集です。

小山田:この写真集は2010年ぐらいに出合ったものです。

最初、見ていて苦しい気持ちにもなったんですが、最終的にとても感動して。初めてこの本を手にした時の言葉にできない感覚を大切にしたくて、あまり頻繁に開けない1冊でもあります。

──『not six』は長島さんの写真のあいまに短文が挟まる構成になっています。

小山田:長島さんは、言葉も響きますよね。

説得力があるというか、冒頭の「彼が私のカルマじゃなかったら、何?」という言葉がこの本の写真のすべてを物語っているように、言葉と写真が両立した写真集だなと感じました。

──写真集のなかの文章では、被写体のプロフィールや関係性は明確に書かれていないんですよね。そこが詩的だなって思いました。

小山田:わかります。一方で、僕の『なにがみてるゆめ』には、言葉を全く入れていないんです。入れるかどうかずっと考えて、最終的には入れなかったんですけど。

言葉って1つの方向に持っていく力が強いと思っていて、ファッションの仕事をやっていて、扱うのが少し難しいなって感じているところがあるんです。

『なにがみてるゆめ』では、人とファッションが同じ存在感というか、同列に存在していることを表現したかったんですけど、そこに言葉があると邪魔になってしまうような気がして。

──『なにがみてるゆめ』を見ていると、「この人は、どんな人なんだろう」って考えるんです。すると、着ているものや部屋の小物からぼんやりとしたものが見えてくる。言葉がないことで、タイトルと共鳴しているように感じました。

Photography Kousuke Matsuki

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第6夜  https://tokion.jp/2023/11/30/you-are-looking-at-a-dream-6/ Thu, 30 Nov 2023 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=217753 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第6夜、懐かしさを覚える劇場の中で出会った画家と哲学者は、「きみ」をどこへ導いてくれるのか――。

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Illustration Midori Nakajima

  きみはこんなユメを見た。

 照明がずっとついたままなことに、違和感を覚えた。きみは劇場にいて、座席のあいだを縫うように歩いている。設備が古く、すこし埃っぽい。だけど、なんだか懐かしい劇場だ。
 きみは自分が座る席を探している。服のポケットというポケットに手をつっこむが、チケットが見当たらない。舞台はもうはじまっているから、急いで座ったほうがいい。観客席を見回すと、ニ割ほどしか埋まっていない。きみを見かねた客が席から身を乗り出して話しかけてくる。
「さっきからうろちょろしているね」
「席を探しているんです」
 話しかけてきたのは、燕尾服を着た男だ。その顔を見て、きみははっとする。ある有名な日本画家だったからだ。和服を着た彼の肖像写真を見たことがある。燕尾服はめずらしい。
「適当に座りなさい。ガラガラだよ」
「だけど……」
 客席にはひとつずつ言葉が振ってある。おそらくチケットで指定してあるはずだ。画家が座っている席は、「ぬ – 相対」とプレートに書かれている。意味もなく、指でなぞってみる。
 きみは画家の横に立ちながら、舞台に目をやる。演目のようなものがつづいていた。舞台のうえには回転扉が設置してあって、ゆっくりと回っている。
 ときおり、その回転扉を通って人物が現れる。彼や彼女らは年齢も服装もばらばらで、共通しているところはない。たまにぼそっとなにかを言う人がいて、そのたびに客席はわっと盛り上がり、拍手が起こることもある。
 きみは舞台を見ながら首をかしげる。なにも面白くはない。退屈でしょうがない。画家がもう一度こちらを向き、問いかけてくる。
「なんでだと思う?」
「どういうことでしょう」
 聞き返すと、画家は舞台を指さす。
「だれも客席から舞台にあがらないのはなんでだろう」
「それは……」
「もしも向こう側にいったら、どうなるのかな?」
 きみはうなずくと、舞台へと近づいていく。一歩進むごとに、自分に向けられる視線が増えていくことに気がつく。たくさんの瞳がきみにまとわりつく。それはくすぐったくて、ときには痒い。手で払いのけようとしても、すぐに舞い戻ってくる。
 舞台のそばまでやってくると、客席とを隔てているものがあることに気がつく。透明でやわらかい膜が張ってあって、触るとぐにゃりと歪んで吸いついてくる。ぐっと手に力を入れて押し込んでいくと、ゆっくりと身体が舞台のなかに入っていく。耳のあたりでぱちぱちと火花のようなものが弾ける。全身を舞台に押し込んでいく。
 そして、きみは回転扉を通って、向こう側へと行く。
 そこは床が板張りになっている部屋で、老いた哲学者が机に向かっている。ペンをこつこつと鳴らしながら、ずっと紙になにかを書いている。頭上からぽたぽたとなにかが降ってきていて、指で触れるとインクの粒であることがわかる。しかし、触った瞬間、きみの体温でじゅっと蒸発する。
 哲学者がきみに気がついて、顔をあげる。
「待っていたよ」と微笑む。「さぁ、読んで」
 そう言って、きみに紙を渡す。しかし、きみは首を横に振り、紙を読まない。ばっと火が燃え上がり、紙を焼き切ってしまう。
「きれいだ」
 きみは消えゆく青白い炎を見つめながらささやいた。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.13:コラージュアーティスト・M!DOR! https://tokion.jp/2023/09/30/monogatari-and-monodukuri-vol13/ Sat, 30 Sep 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=210146 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第13回のゲストはコラージュアーティストのM!DOR!。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第13回はコラージュアーティストのM!DOR!が登場。

M!DOR!さんが挙げたのは次の3作品でした。

・岸田衿子・谷川俊太郎・松竹いね子(文)、堀内誠一(絵)『どうぶつしんぶん』(福音館書店)
・ジャック・プレヴェール、小笠原豊樹(訳)『プレヴェール詩集』(書肆ユリイカ)
・吉田篤弘『78(ナナハチ)』(小学館)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

初めての“誰かに見せるものづくり”のきっかけになった、『どうぶつしんぶん』

──1冊めは『どうぶつしんぶん』。岸田衿子さん、谷川俊太郎さん、松竹いね子さん、堀内誠一さんによる共作の絵本です。

これは幼稚園の時に両親に買ってもらって読みました。もう最初に読んだ時のことは記憶にないんです。

親からは表紙に一目惚れしたっていう話を聞いていて。本屋さんで離さなかったから買ったんだよ、って。

──絵本はよく読んでいましたか?

読んでいましたね。『だるまちゃんとてんぐちゃん』とか。『ぐりとぐら』も読みました。あのへんはすごく好きで、たぶん何十回も読んでいますね。

イラストに惹かれることが多くて、けっこうジャケ買いが昔から多いんです。記憶にはないですが、『どうぶつしんぶん』も完全にジャケ買いですよね。

──絵を堀内誠一さんが担当していて、動物たちがかわいいですよね。

そうなんです。色使いもすごくかわいくて、好きな色の組み合わせなんですよね。

それで中を開くと、封筒のようになっていて、中に1枚ずつ新聞がたたんであるんです。

──四つ折りの新聞が4枚入っていて、それぞれ春・夏・秋・冬の号になっています。「どうぶつびすけっとがあって、どうぶつしんぶんがないというのは、どうかんがえてもおかしい」と発刊の辞が書かれています。編集長は「たかくわくまた」という熊。

もともと動物が大好きなんです。この動物が新聞を発行するっていう発想が、今考えても新しいなって。この新聞って4枚しかないですけど、何回読んでも楽しめるのがすごく不思議ですよね。
いろんな動物が連載を担当していて、人生相談だったり、詩が載っていたり。意外とシュールな文章もあって、今読み返すと当時理解できていたのかなとも思いますね。
谷川さんはあとになって詩集を読んだりしましたけれど、たぶんこれが初めての出会いですね。

──この絵本を読んで思ったのは、「自分も動物新聞を作ってみたいな」ってことでした。

そうなんですよね。実は私もこれに憧れてまねできるんじゃないかと思ったらしくて、1ヵ月に1回くらいのペースで自分なりの動物新聞を発行していたんです。両親だけに向けて。新聞を作って、折り紙で動物を折って付録も作ったりして渡したりとかしていましたね。それがある意味、制作の原点かもしれません。

──何かを作るのを初めて意識的にやったってことですね。

絵を描くということはやっていたと思うんですけど、だれかに見せることを意識してちゃんと作るっていうのは、それが初めてだと思います。

そのときリスを飼っていたんですけど、そのリスが書いた体裁の記事を載せていましたね。リスを見ながら絵を描いたりとか、クイズに正解したらリスからの招待状がもらえるとか。

3、4ヶ月は作っていたと思います。

──その新聞は今も残してありますか?

たぶん残していると思います。探したらあるかもしれないですね。

コラージュアーティストとしても敬愛する仏詩人の詩集、『プレヴェール詩集』

──次の本はジャック・プレヴェールの詩集です。この本と出会ったのはいつぐらいですか。

この詩集は2012年ごろに出会いました。大学を卒業してデザイン事務所に勤めていた時期ですね。

高校生ぐらいの時にちょっと絵に苦手意識があったんです。絵じゃない他の表現方法ってないかなって思っていた時に書店でロシア・アバンギャルドの本に出会って。そこのコラージュが使われた絵があってすごく惹かれたんです。

それでスクラップ・ブックみたいなのを作るところから始めて、少しずつコラージュをやるようになりました。

大学に入ってからはグラフィック・デザイナーになりたかったんですけど、コラージュは続けていました。それで大学を卒業して就職したぐらいの時にいろいろ画像検索をしていたら、ジャック・プレヴェールのコラージュ作品が出てきたんです。

──プレヴェールは詩人ですが、コラージュも作っているんですね?

そうですね。詩人として知るよりも先に、コラージュアーティストとして知りました。詩集を読んだのは、そのあとですね。

プレヴェールはケガをして入院している時に、リハビリのためにコラージュを始めたらしいんです。そのコラージュがすごくユーモアがあって、ひと目見た時にすごく惹かれたんです。

そこからプレヴェールって詩人が作ったことを知って、この詩集を読みました。そしたら、すごく心地よく入ってくる感じで。

──詩人との出会い方としては、珍しいですね。

本屋さんで見つけて、この表紙もすごくかわいいなって思って、プレヴェールを読みたかったので買おうと。これもジャケ買いですね。

読んでみると文体もとても読みやすくて、すっと入ってきて、ユーモアもあって。それはコラージュからも感じていたので、詩もコラージュも人間性が出ているなって。

私は「夜のパリ」っていう詩がすごく好きなんですけど。3本のマッチだけでここまで世界観を出せるんだなっていうことにすごくびっくりします。

──ぼくは「鳥への挨拶」という詩が好きです。さまざまな鳥が列挙されて、それに挨拶するという詩なんですけど。

けっこうプレヴェールの詩にも動物が出てきますよね。コラージュも動物の写真を使ったりしています。人間の顔が動物になっていたりとか。そういうところでも、プレヴェールも動物が好きだったんだなって親近感が湧きますね。

──プレヴェールはアニメ映画のシナリオもやっています。いろんなことをやる人だったんですね。

プレヴェールのコラージュ作品を生で見たくて、2014年にフランスへ行ったんです。プレヴェールは1977年に亡くなっているんですが、著作権団体に連絡して、ひたすら好きってことを伝えて。

そうしたら、その団体がプレヴェールの家をそのまま残しているんですけど、そこに招待してもらえて。私はフランス語ができないのでなんとか英語でコミュニケーションしながら。行ってみたら、キャビネットやベッドもそのまま残してあって、今も生活しているんじゃないかっていう温度感がそのまま保たれている感じでした。本棚には古い雑誌がたくさんあって、家具や調度品もプレヴェールの好きなものしか置いてないんだろうなって。

それで作品や家の中に残っているコラージュ素材とか、使っていた道具とかも見られました。

──この詩集を買ったのが2012年とおっしゃっていましたから、それから2年後にフランスへ行ったんですね。

実物を見たいと思ったんです。それを見たら何か変わる気がして。フランスに行くのも初めてでした。
作品を実際に見ると、本で見るよりも大きかったりとか、色とかも違ったりして、すごく衝撃を受けました。
まだ使っていない素材もそのまま保管してあって、これをどういうふうに使う予定だったんだろうなって想像力が湧いて楽しかったですね。

──なんだか“もの”にはパワーが宿りますよね。

そうなんですよね。作品もそうですし、人が使っていたものとかって、その人のことを感じられますよね。使っていた人が今いなくても。
古い雑誌を集めていると、ページのあいだに手紙が挟まっていたりして、どんな人が持っていたんだろうって想像してしまいますよね。

一番好きな小説家の、レコード愛好家にはたまらない短編集『78(ナナハチ)』

──続いては吉田篤弘さんの『78 ナナハチ』。

吉田篤弘さんはたぶん一番好きな小説家さんなんです。

今も新刊が出るたびに読んでいます。すごく独特な、吉田さんならではの不思議な世界観があって、毎回すごく惹かれています。

この『78(ナナハチ)』は、私がレコード好きっていうのもあって、78回転のレコードの話で始まるこの作品を選びました。好きで何回も読んでいます。

──この短編集の特徴はレコードがモチーフなことと、独立したそれぞれの話が少しだけ他の話とつながっているところですよね。

そうなんです。それぞれの話が微妙にいつもどこかでつながっていて、「あ、ここにつながるんだ」って、読んでいくうちにどんどん物語がつながっていく感じの流れも好きです。

──1つひとつは短編ですけど、少しずつつながっていて、大きな絵になっていく感じがあります。

吉田さんってたくさん小説を出していますけど、他の作品を読んでいるうちに「前にもこういうひと出てきた気がする」って思っていると、また違う物語が広がったりとか、そういうつながりもすごくおもしろいんです。

この本だと、短編ごとに実際にあるレコードのタイトルになっているんです。章扉もそのレコードのラベルになっていて。その音楽を聴きながら読むのも楽しいですよね。そのレコードを聴きながら読むと、またちょっと雰囲気が変わったりして、そういう仕掛けもいいですよね。

この小説の最後のほうに「ノアルイズ・レコード」って書いてあるんです。

──「Special Thanks to Noahlewis’ Record」と書かれていますね。

このお店って、78回転レコードを多く扱うお店なんです。

実は私もそのお店で初めて78回転のレコードを聞いたので、最後にこのお店の名前を見つけて、そういうところもつながったので思い入れがありますね。

──それはこの本と関係なく行っていた?

そうなんです。78回転レコードといえば、というような有名な店なんですけど。

レコードは父からプレイヤーをもらったのがきっかけで集めるようになりました。

もともとはザ・ローリング・ストーンズのレコードを手に入れて、どうしても聴きたいけどプレイヤーがないって状態の時に、父から使っていないレコードプレイヤーをもらいました。

ザ・ローリング・ストーンズからロックやパンクにハマっていって。パンクだと、レコードしか出していないバンドがいるんですよね。

──レコードで聴くことは特別な体験ですか?

CDで聴くのと、レコードで聴くのとでは全然違って聞こえます。

中古レコード屋さんに行って、ひたすら見ていって、「あ、あった」みたいな。ジャケ買いするのも楽しいですし。やっぱりジャケ買いが好きなんですよね。

アートとして成り立つけど、ちゃんとした音楽の媒体だっていうところもレコードってすごいなって思うところですね。そういうところが『78(ナナハチ)』でも物語になっていたので好きですね。

──プレヴェールの家に行ったのもそうですけど、実物に触れたいんですね。

そうですね。実物で、ちゃんと自分の目で見たいですし、好きな人には会いたいですね。

そうしたほうが、さらに好きになれたりとか、そこから吸収できるものが多いんじゃないかなって思います。

なので、やっぱり実物が好きですね。

──きっとジャケ買いも、実物がもたらす力なんでしょうね。M!DOR!さんのコラージュ作品にも、実物のパワーが宿っている気がします。ありがとうございました。

Photography Tasuku Amada

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第5夜  https://tokion.jp/2023/09/22/you-are-looking-at-a-dream-5/ Fri, 22 Sep 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=208764 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第5夜、どこへ行くのかもわからない列車の中で「きみ」はある男と出会い、そして——。

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Illustration Midori Nakajima

 きみはこんなユメを見た。

 きみは列車に乗っている。列車は線路のうえを走っていて、車両は小刻みに揺れつづけている。この列車がどこへ向かっていくのかはわからない。アナウンスはなにもない。

 窓の向こうは暗くてなにも見えない。光らしい光はない。トンネルのなかを走っているのではないかと錯覚してしまうほどだ。じっと見ていると、闇に飲み込まれそうな気分になってくる。これ以上見るのは、よしておこう。

 きみは車両から車両へと移動している。列車の進行方向に向かって、歩きつづけている。なぜそうしているのかはわからない。先頭車両を目指しているわけではない。しかし、歩かなきゃいけないことだけはわかっている。

 だれかが追ってきているのか──いや、そうではない気がする。

 きみは連結部のドアを開けて、となりの車両へと足を踏み入れる。向かい合わせの座席が並んでいる。なんてことのない車両だ。乗客はだれもいない。いや、ひとりだけ”いる”。

 男が背広にネクタイをしめ、ハットも被っている。年齢は四〇代半ばほどか。足もとには革製のトランクケースが置いてある。

 男は窓のそとをじっと見ている。奇妙に感じるのはまったく視線を動かさず、まばたきをしないからだ。まるで陶器のように、男はじっとそこに”いる”。

 きみはちらりと男に視線を流しながら、その横を通り過ぎていく。そのとき、男が低い声でつぶやく。

「ほんとうは?」

 その瞬間、ある記憶がフラッシュバックする。

 階段だ。階段がある。その階段を、だれかがこつこつと歩いている。

 男が降りてきて、女がのぼっていく。すれ違う瞬間、ふたりは立ち止まり、すこしだけ顔を相手のほうに向ける。男女の唇が動く。なにかことばを交わしている。だが、なにを言っているのかはわからない。ほんの数秒だけことばを発しあうと、男と女は何ごともなかったかのように歩きだす。もう二度とふたりは会わないことを予感させる。

 しかし、それがほんとうの記憶なのか、なにかで見た映像なのか、きみには定かではない。

 つぎの瞬間、きみの身体が浮き上がり、壁に叩きつけられる。全身に鋭い痛みが走り、割れた窓ガラスが降りかかってくる。耳の奥が痛くて、なにも聞こえない。

 なんとか立ち上がって状況を確認する。どうやら列車が事故を起こしたようだ。きみは痛みをこらえながら座席を足場にして、頭上の窓から外へと這い出る。

 列車は横転していて、線路から外れて力尽きたように倒れている。窓という窓から、乗客が外へ出ようと身体を必死に持ち上げている。どこにこれだけの乗客がいたのだろうかと、きみは驚く。

 すでに外へ出た乗客は、呆然と立ち尽くすものや抱きしめ合うもので溢れている。車両にいた男のすがたは見つからない。

 きみは乗客たちに背を向けて、線路沿いに歩きはじめる。

「そのさきは、なにもありませんよ」

 うしろから声をかけられるが、きみは気にせず進んでいく。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.12:ぬいぐるみ作家・- 光線 – https://tokion.jp/2023/08/18/monogatari-and-monodukuri-vol12/ Fri, 18 Aug 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=203414 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第12回のゲストはぬいぐるみ作家・- 光線 -。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第12回はぬいぐるみ作家・- 光線 -が登場。

光線さんが挙げたのはつぎの3作品でした。

・林明子『こんとあき』(福音館書店)

・サン=テグジュペリ『星の王子さま』(新潮社)

・島田ゆか『バムとケロ』シリーズ(文溪堂)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

ぬいぐるみと自分の関係性を重ねて読んだ、林明子『こんとあき』

──『こんとあき』は林明子さんによるロングセラーの絵本で、幼い子どもとぬいぐるみのの交流を描いています。

光線:『こんとあき』はたぶん私が生まれてすぐに母親が買った本だと思います。

絵本に出てくる「こん」ってぬいぐるみが動いているところが「ほんとうにぬいぐるみがこんな風に動いたらいいな」って思いながら読んでいました。

私もずっと大事にしているこんと同じぐらいのサイズ感のうさぎのぬいぐるみを持っていたので、それとすごく重なって。

──『こんとあき』の関係性が、自分とぬいぐるみの関係性と重なって思えたんですね。

光線:でも、大人になって読み返してみたら、「ほんとうはあきの中で喋っているだけなのかな」みたいな読みかたもできるなって思って。

私が小さい頃に、私のぬいぐるみが私の中で喋って動いていたみたいな感覚を、読んでいて思い出して。そういう深読みもできるのかなって感じました。

──こんは最初から動いてしゃべっていて、それがイメージの世界なのか現実なのか、絵本の中で明示されてないですよね。

光線:そう、ほんとうはあきの1人旅だったんじゃないかって読みかたもできますよね。

こんが砂丘で埋まっちゃうシーンがありますが、小さい声でしか喋らなくなるのが、あきの不安感を表現しているんじゃないかなと思って。

大人になって読み返したら、そういう視点もあり得るのかなって。

──子どもの時はあきに感情移入していたけれど、大人になるともっと引いた視点で見られるのかもしれませんね。

光線:こんの腕をあきのよだれで汚すシーンに泣いちゃったんです。

あきが成長していって、こんがちょっとずつ汚れていく。ほつれちゃったりして。

私のぬいぐるみも同じだったので、すごく胸が締めつけられました。

──『こんとあき』の中にもこんがケガをするシーンが出てきますが、ぬいぐるみって汚れたり、傷ついたりするものでもありますよね。

光線:そうなんですよ。私が大事にしているうさぎのぬいぐるみも、縫ったり洗ったりしていて。小さい頃から母親に糸の使いかたを習って縫ったりしていました。

幼稚園や旅行とかにも持っていっていたんで、汚れていってしまうんですよね。

私がつくったぬいぐるみを買った人からも、「直せますか」って問い合わせがきたりして、送ってもらって修繕していますね。

──そのうさぎのぬいぐるみは、今も家に?

光線:ありますよ。ベッドに置いてあります。

読み返して「大人側」の気持ちもわかるようになった、サン=テグジュペリ『星の王子さま』

──『星の王子さま』は1943年に出版された童話で、こちらもロングセラーで根強い人気のある作品ですね。

光線:『星の王子さま』を読んだのは中学生ぐらいの時ですね。

その時は読んだあとに、答えが出たというか、「こういうことが言いたいのね」って理解したつもりだったんです。

でも、これも大人になって読み返すと、うまくまとめられないというか、大人側の考えかたもわかるようになったというか……。

──『星の王子さま』では、いろんな星をめぐる中で大物気取りの男やずっと数字を数えている実業家が出てきます。

光線:昔は「大人ってつまらないよね」みたいなところで理解が止まっていて、でもその理由もわかるようになってきて、答えがどんどん出なくなる、というか。

なんとなく子ども向けみたいに捉えられていると思うんですけど、大人になって読むと、子ども向けなわけないんですよ。大人が大人に向けて書いた本なんですよ。

だからたぶん、最初に読んだ時、ぜんぜんわかってなかったんだと思います。

──サン=テグジュペリは献辞で「1人の大人」にささげると書いていますね。違う見方もできるようになったというのは、社会に出たからとか、そういうことなんでしょうか。

光線:そうですね。私は美大を卒業しておもちゃ会社でデザイナーとして採用されたんです。

デザイナーだったんですけど、1年目は営業とかもやって。その時出会った営業の先輩とか、考えかたが全く違うんです。

美大では知り合わなかったタイプの人と、会社員になってから出会ったんです。

──それこそ社会に出るというのは、『星の王子さま』がいろんな星を見ていくような感覚かもしれませんね。

光線:そうですよね。そういうことを知って、会社をやめてから、ぬいぐるみづくりを始めるんです。

会社員の時は仕事が忙しくて、そういう時間もなかったんですが、会社帰りにユザワヤへ寄って布を買ったりはしていたんです。なんでかわからないんですけど。

それがすごくたまった時に会社もやめて、転職活動のあいまに、趣味のつもりで始めたのがぬいぐるみづくりなんです。

──最初は趣味のつもりだったんですね。

光線:はい。SNSにアップしたら「欲しい」っていう人がいたので、それで販売を始めて。転職活動をやめて、この仕事に専念するようになりました。

──会社の星から、ぬいぐるみの星に行ったんですね。

細部の書き込みやページ内に潜む謎の小さな生き物も魅力の、島田ゆか『バムとケロ』シリーズ

──『バムとケロ』シリーズは1作目の『バムとケロのにちようび』が1994年に出版されて、現在までに5冊出ています。

光線:『バムとケロ』は私が小さい時に読んでいた絵本っていうよりも、弟が読んでいた絵本なんです。私が中学2年生とか、中学3年生の時ですね。家族でハマっていましたね。

『バムとケロ』シリーズって今5冊出ていますけど、その頃はまだそんなに出ていなくて、新しいのが出たらみんなで読むって感じでした。

──最新作の『バムとケロのもりのこや』は2011年ですね。最初に読んだ時は、どう感じましたか。

光線:中学生でまだ子どもの感覚が残っていたんですけど、バムとケロが暮らしているような家に住みたいなって思っていました。

こういう壁がヨーロッパ風で、こういうキッチンで、ポップな色使いで、屋根裏があって、みたいな。それが当時の私の心をすごくつかみました。

──この絵本の特徴は、引きの絵が多くて家具や小物、通りすがりのキャラクターがいっぱい書き込まれているところですよね。

光線:そうなんですよ。

この絵本はほんとうに1ページ1ページつくり込まれていて、これも大人になって読み返したら、「絵がうますぎる」って。昔は気にせず読んでいたけど。

──小物などのディテールもすごく書き込まれていますよね。

光線:全部のページに、物語の本筋とは関係のない小さなキャラクターとかが書かれていて、つぎのページに行くと違うアクションを起こしているとか。端っこのほうでやっていて、気づかなかったらほんとうに気づかない仕掛けですよね。

「ヤメピ」っていう小さな犬がいるんですけど、この犬は布があると、布の中に潜り込むんですよね。そういうのを探すのがすごく好きでしたね。

──いろんなキャラクターが、細部に隠れていますよね。しかも、それ自体の説明は何もない。

光線:そうなんです。こういう謎の小さな存在みたいなものが好きで。

小さいものっていいなって思うんです。小さければ、いろんなところに連れていってあげられるじゃないですか。

私がつくっているぬいぐるみも、それを意識しているんです。サイズも手のひらに乗せられるくらいにして。

『バムとケロ』の絵本に出てくるような、小さいけど何かいる、っていう存在にしたいなって思っていますね。

──インタビューを通して、ぬいぐるみと人間の関係性について考えることができました。光線さんのぬいぐるみのように、「何かいる」ってところが人間を癒やすのかもしれませんね。

Photography Kousuke Matsuki

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第4夜  https://tokion.jp/2023/07/20/you-are-looking-at-a-dream-4/ Thu, 20 Jul 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=199504 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第4 夜、ある部屋で「きみ」は不思議な出来事に遭遇する——。

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 きみはこんなユメを見た。

 きみは部屋の掃除をしている。

 床のうえにチョコレートの破片がまるでガラスのように散らばっていて、きみはそれをひとつひとつ器用に拾っていく。床にはあちこち本が積んであって、『縛られたプロメテウス』『失楽園』『人体の構造について』といった書名が目に入ってくる。

 壁には大きな両開きの窓があって、片側だけ開いていて、風が吹き込んでくる。その風によって赤いカーテンが舞い、窓際のつくえに置いてある地球儀がくるくるとまわっている。地球儀は古いからか表面がかすれてしまっていて、地形や国名を読むことはできない。しかし、そのすがたを見ると、きみは世界の位置関係がわかった気がして、とても安心する。

 外からはときおり遠雷が響いてくる。雨は降っていない。窓に近づいてよく外を見るとそれは雷鳴ではない。不死鳥の鳴き声だ。そばには鳥類学者がいて、耳をおさえながら観察記録をつけている。

 ひとが出入りできるドアはひとつしかない。そのドアを開けると、そこには森林が広がっている。窓から見える景色と違う。そばの道を馬車が通っていく。御者はきみをちらりとも見ない。いや、きみのすがたが見えていないのだ。どうやらこのドアは過去へつながっている。この森は100年か200年まえに、この家ができる前に存在した森なのだ。だから、御者からはきみが見えない。やがてこの森が切り開かれてこの家ができる。きみはそっとドアを閉じる。

 部屋の中央には手術台があって、そのうえにはフランケンシュタインが寝ている。静かに寝息をたてながら、気持ちよさそうに眠っている。きみはずっと気になっていたが、あえて見ないようにしていた。はっきりと認識した瞬間、それが目覚めて襲いかかってくるんじゃないかと思ったからだ。しかし、それは杞憂だった。怪物は微動だにしない。

 きみは「この部屋の持ち主はだれなのだろう?」と考える。「この寝ているフランケンシュタインなのだろうか」と。しかし、フランケンシュタインをつくった人間がいるはずだ。

 きみははっとひらめく。さきほど拾ったチョコレートをこのフランケンシュタインに食べさせれば、この怪物が目覚めるのではないだろうか。だが、それをたしかめる勇気はない。集めたチョコレートの破片を、きみは窓辺のテーブルに置く。だが、置いてすぐにチョコレートは風に乗って舞っていく。きみはその行きさきを目で追うが、すぐばらばらに散らばって見えなくなってしまう。

 怪物はまだ寝ている。

 きみはフランケンシュタインを起こさないようにして、そっとドアを開けて部屋を出ていく。きみは窓辺にあった地球儀を抱きしめている。ドアの向こうの森は、さっきよりもさらに鬱蒼としていて、馬車が進める通りもない。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.11:アーティスト・市原えつこ https://tokion.jp/2023/06/30/monogatari-and-monodukuri-vol11/ Fri, 30 Jun 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=194384 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第11回のゲストはアーティスト・市原えつこ。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第11回はアーティスト・市原えつこが登場。

市原さんが挙げたのは次の3作品でした。

・宮沢章夫『牛への道』(新潮社)
・岡本太郎『日本再発見 芸術風土記』(新潮社)
・トーマス・トウェイツ『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮社)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

おもしろ過ぎて衝撃を受けた、恩師・宮沢章夫のエッセイ集『牛への道』

──1冊目は宮沢章夫さんの『牛への道』ですね。

これは一度目の学生生活で読んだ本ですね。早稲田大学の文化構想学部という学部の1期生だったんですけど、そこで劇作家の宮沢章夫先生の授業を熱心に受講していたんです。この本1冊というよりは、早大での学生生活のなかで最も影響を受けた先生の1人が、宮沢先生だったかもしれません。

授業ではサブカルチャーや都市空間論について講義をしていました。物語ではないので今回の選書からは外しましたが、『東京大学「ノイズ文化論」講義』(※)という本にもかなり影響を受けています。

『牛への道』はエッセイなんですが、おもしろ過ぎて衝撃を受けて、どんな言葉に影響を受けたかと聞かれて、すぐに思い出したのが宮沢先生のこの本でした。

※『東京大学「ノイズ文化論」講義』……宮沢章夫が東京大学で行った授業の講義録。社会から排除されていくものを「ノイズ」をキーワードにして考察していく。

──宮沢さんは2005年から早稲田大学で教員を務めていました。

授業を受けて「この異常におもしろい授業はなんなんだ」とぶっとんだ記憶があります。

授業の内容自体は、とてもクリティカルだったんです。いま都市に合理化が求められて、そうじゃないものはどんどん排除されていると。その授業から派生して、現代の都市では過度な清潔願望が高まって、身体的なものだけではなく、人間のどろどろした部分や、非合理的な部分も排除されていることに問題意識を持つようになりました。

そこから宮沢先生の授業に頻繁に潜りに行って、授業が終わったあとに宮沢先生と学生達でダラダラお喋りする会なんかが毎週あったんですが、宮沢先生の話がおもしろいから全部やたら熱心にメモしているみたいな学生でした

市原さんの作品に言及している2012年の宮沢さんのツイート

アカデミックなこともされているのだけど、この本を読んだらわかるんですが、冗談がすごくおもしろくて。身の回りのすごくどうでもいいことや日常の違和感を非常に解像度高く掘り下げていますよね。

──授業をとったのは偶然だったんですね。

もともとは美大に行こうと思っていたんですが、将来の安定などを考えると踏ん切りがつかなかったり、経済的な理由などいろいろな事情で文化構想学部に入学しました。つぶしの利くジェネラリストにもなれそうだし、表現に近い授業もいくらかは受けられるかなって感じで。それで宮沢先生の授業も受講したのだと思います。

2017年にわたしが文化庁メディア芸術祭で賞をとった時(※)に、NHKラジオで「すっぴん!」という番組を持たれていた宮沢先生のラジオに呼んでいただきました。アーティストとして活動を始めてからも、要所要所で見ていただいていたんだなと思います。

※メディア芸術祭で賞をとった時……文化庁メディア芸術祭で「デジタルシャーマン・プロジェクト」が第20回エンターテインメント部門優秀賞を受賞。

──卒業されてからもお会いになっていたんですね。

宮沢先生のラジオへ出た時に、「市原の作品には根底に冗談があるよね」って言われたんです。たぶん、根底に冗談があるスタンスは、そもそも宮沢先生からの影響だった可能性がありますね。

独自の視点、価値判断に共感を覚えた、岡本太郎『日本再発見 芸術風土記』

──市原さんはデジタルシャーマン・プロジェクトや未来SUSHIなど、日本文化と接点のある作品が多い気がします

若い頃はあまり自覚はなかったです。わたしは愛知県出身なんですけど、子どもの頃は地元でやっている土着の祭りとか、神社仏閣とかにはあまりピンときてなかったですね。

でも、大学3年生の夏休みに、自分が昔住んでいたところを見に行こうってなって、ついでにそこからさほど遠くなかった愛知県の犬山にある桃太郎神社に行ってみたんです。

山の上にあるんですけど、急勾配な坂を登っていったところにある鳥居の前に、いきなりスッポンポンの桃太郎の像とかが置いてあるんです。さらには宝物殿には「発掘された鬼の男根」とされているものが展示されていたり。「なんだこれ」って(笑)。そういう神社にたまたま出会ってしまって、いままで見過ごしてきた神社や風習や、地域信仰とかを見直そうと思って。

すると、性的なものや禁忌的なものが堂々と神聖なものとして祀られていたりするんですね。

──都市で生活していると出会わないようなものに。

ああ、そうですね。ちょっと現代社会のなかでは隠されているような。

──岡本さんの『日本再発見 芸術風土記』。これはいつ頃読まれたんですか。

2015年か2016年ですね。岡本太郎さんのことは、もちろん小さい頃から知っていたんですけど、2015年のちょうど会社をやめる直前の時期に、「デジタルシャーマン・プロジェクト」という作品を制作していました。死者の人格をロボットに宿らせるという趣旨の作品です。

そこから儀式や土着性についてもっと調べるようになって、その中で岡本太郎さんのこの本を読んだんです。

そしたら、岡本さんが秋田県のナマハゲや青森県のイタコとか久高島の風葬とか、私が興味を持っているものをことごとくリサーチしていると知って。

もうアニメの『耳をすませば』みたいな「全部、岡本太郎に先にやられている」って状態になりました。

──この本のなかでは、わりとはっきりと価値判断をしていますよね。

自分が持っている「これはおもしろい」「これはつまらない」って感覚が似ているなぁって思ったんです。

この本のなかでも「こういうものは退屈だ」ってズバズバ言っていることに共感して。自分の感覚の答え合わせみたいな感じで読みましたね。

岡本太郎さんはけっこう編集者っぽいことをしていますよね。いろんなもののおもしろさを独自に見出して、自分の観点からルポするみたいな。

──確かにジャーナリストっぽいところがあります。

2025年の大阪・関西万博の日本館のコンセプト策定の仕事をさせていただいたこともあって、大阪万博といえば太陽の塔じゃないですか。人生の要所要所で接点があるなと。

──土着的なものへの目線も接点がありそうです。

素朴な民衆がものすごい熱量で作ったものがいいというか。さっきの桃太郎神社もそうですよね。

──先ほどの宮沢さんの話ともつながる気がします。

宮沢先生は「ひどく現在的な貧しさ」ってことをよく言っていた気がします。経済的な合理性により、いろんなものが排除されて貧しくなっていくというようなことを。

綿密なリサーチと圧巻の行動力、社会への洞察力に引かれる、トーマス・トウェイツ『人間をお休みしてヤギになってみた結果』

──3冊目は『人間をお休みしてヤギになってみた結果』。これは2017年出版の本ですね。

これは本当に直近で読んだ本で、今年のゴールデンウィークに読みました。

4月に東京藝術大学の大学院に入ったんです。現役の時に美大進学をあきらめた話をしましたけど、やっぱりちゃんと美術の勉強をしたいなと今さら思いまして。いわゆる学び直しですね。

東京藝大の先端芸術表現科に小沢剛(※)先生という方がいるんです。10年以上前に小沢先生の広島市現代美術館での個展を観たのですが、それがずっと忘れられなくて先端を受験しました。

小沢先生の研究室では、いま藝大のキャンパスでヤギを育てて世話をしているんです。

※小沢剛……現代美術家、東京藝術大学先端芸術表現科教授。野菜で銃器を模した「ベジタブル・ウェポン」シリーズや歴史上の人物をモチーフにした「帰って来た」シリーズを制作。2019年に第69回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

──ヤギを育てている?

「ヤギの目で社会をみる『ヤギの目』プロジェクト」というものをやっているんです。

東京藝大の取手キャンパスって茨城県の里山のなかにあるんですけど、コロナ禍で人が来なくなった時に雑草がボーボーに生い茂り、景観もすごく荒れたそうなんですね。

構想自体は前からあったみたいなんですが、それで小沢先生がキャンパスでヤギを飼おうって。ヤギは景観動物とも呼ばれていて、雑草をめちゃくちゃ食べるんですよ。

いま学生達や食堂の職員さん、地域の方々のみなさんで協力してヤギを世話していて、わたしも餌をやったり小屋を掃除したり散歩させたりしているんです。

──ヤギの飼育をされているんですね。

そういった活動を通して、これまでの人生で全く接点のなかったヤギに興味を持つようになりました。ヤギって犬や猫と並んで人間の伴侶としての歴史もすごく長かったりするみたいで。

ヤギと一緒にいると自然に対しての解像度がすごく上がるんです。普段東京を歩いていても周りの環境に興味がなくて、スマホしか見ないじゃないですか。それこそノイズをシャットアウトしているんですけど、ヤギを育てていると、この草が好きなんだとか、ヤギの小屋を補修する時もこのへんの土は柔らかいから柵を立てにくいとか、そういった周りの環境への解像度が上がるのがおもしろかったんですよね。

──それで『人間をお休みしてヤギになってみた結果』を読んだ?

トーマス・トウェイツさんはイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートを出ていて、大学院の修了制作でトースターをつくって話題になりました。

この本ではトースターがすごく話題になった後、とはいえ30代になっても同世代の友人達が立派に働いているのとは対象的に彼の生活は安定せず、その現実に疲れている時に「人間をお休みしてゾウになりたい」と試行錯誤を始めたものの行き詰まり、知人からシャーマンを紹介されて会いに行ったら「ゾウじゃなくてヤギになれ」と言われて、それでヤギになることを目指すという。その後も、生物学者などちゃんと専門家に話を聞きに行っているところがおもしろいです。

──シャーマンが出てくるところも、市原さんへの親和性を感じます。

自分がこれまでやってきたメディアアートの分野と、いまやっているヤギという一見正反対なものをつなぐヒントになりそうなので読みました。

今年の11月に研究室でヤギをテーマにした展示を取手で開催する予定なので、その時にオンラインでもいいからトーマスさんをお呼びできないかなって考えています。

──トーマス・トウェイツさんの本は、社会への批評的な目線がありますよね。

そうですよね。トースターの場合はできあがった製品ばかり消費している現代社会だったり、ヤギになるプロジェクトの場合は人間として生きること自体をメタに捉える感じがありますよね。体当たりでアホなことをしているように見えて、社会に対する洞察だったり、科学的なリサーチだったりと視点が多くてとてもおもしろいですよね。

──いま市原さんもヤギについて調べている?

ヤギにもいろんな視点があるんです。

黒魔術のシンボルになっていますし、スケープゴートという言葉がある通り、生贄にもされてきた歴史もありましたし、悪魔の象徴として描かれることもありますし。

ヤギから得られる創作のインスピレーションやヒントが多いことに驚いています。小沢先生が突拍子もない思いつきで始めたようでいて、何か現代美術家としての直感がそこにはあったんだろうなと思います。

──市原さんの作品の根底にあるユーモア、土着的な要素、社会へのまなざしがこれらの本からも垣間見えますね。

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.10:イラストレーター&アーティスト・オザキエミ https://tokion.jp/2023/05/07/monogatari-and-monodukuri-vol10/ Sun, 07 May 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=183588 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第10回のゲストはイラストレーター&アーティスト・オザキエミ。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第10回はイラストレーター&アーティストのオザキエミが登場。

オザキさんが挙げたのは次の3作品でした。

・村上龍『POST ポップアートのある部屋』(講談社)
・MAYA MAXX『ORPHAN』(小学館)
・アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』(岩波書店)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

混沌とした内容を体現したデザインが魅力の、村上龍『POST ポップアートのある部屋』

──この本が出たのは1985年。村上龍さんがデビューしてちょうど10年目の時のものですね。デザインは奥村靫正さんで、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』の表紙もやったかたです。

オザキエミ(以下、オザキ):最初にこの本を手に取ったきっかけは、大学の課題だったんですよ。当時はアートディレクターになりたくて、広告業界やグラフィックデザインへのアプローチを主に勉強していました。レイアウトの授業で、文章やタイトルなどの文字だけを素材にしてデザインを組む、というような課題だったんですけど、その時の参考図書として読みました。もともとポップアートが好きだったというのもあって、目に入って。

読んでみると、ハードな言葉を使っているけど、めちゃくちゃ淡々としていて、あとに残るような残らないようなすごく混沌とした本だなって思いました。

──どれも渇いた筆致の短編集になっていますね。主人公は村上さんを思わせる作家ですが、舞台は海外です。文章とデザインが一体化してとてもカオスですね。

オザキ:ただ、その時はまだこの本にそこまで魅力を感じていたわけではなかったんですよ。授業の時に読んだのは文庫版だったんですけど、それから数年後に単行本版に出会って。そしたら、全然印象が変わりました。

──単行本版が1985年、文庫版が1989年に出ています。文庫版は図版などはいっしょですが、デザインは整理されています。

オザキ:そうなんです。単行本版のほうは、混沌とした内容をデザインで体現しているという感じで、「ああ、本当はそういう本だったのか」と何年か越しに気付いたんです。自分の部屋とかもそうなんですけど、いろんなカルチャーのものがごちゃごちゃ置いてあるような景観が私は好きで、単行本版はそういったごちゃごちゃ感があって、とても魅力を感じます。自分が制作に取り掛かっている時でも、いろいろなカルチャーの要素をいたずら的に入れ込んだりしますね。気付かない人がいてもいいし、勝手に解釈してくれてもいいし、みたいな感じで。

──ポップアートにはいつ頃から興味が?

オザキ:高校生ぐらいの時からですね。特にギルバート・アンド・ジョージ(※)という作家が好きでした。男性2人組のアーティストなんですけど、自分達の裸をモチーフにした作品を作ったりしていて、ぶっ飛んでるところに魅力を感じていました。

※ギルバート・アンド・ジョージ……プロッシュ・ギルバートとパサモア・ジョージからなる2人組の美術家。自身を彫刻とした「生きた彫刻」としてパフォーマンスを行う。

──村上龍さんの小説はそれ以前にも読まれていた?

オザキ:中学か高校の時に『69 sixty nine』を読んだ記憶はありますね。その時もわりとハードな表現なのに、淡々としていて、全然嫌らしくないなって思いました。『ポップアートのある部屋』はポップアートっていうところで手に取ったのですが、ハードボイルドな雰囲気もけっこう好きで、自分でそういう絵を描く時もありますね。

2020年に描いたコミック『GREENDAYS』も、それはクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に影響されて描いたんですが、キャラクターがタバコを吸っていたりアメ車に乗っていたり、少しハードな展開に巻き込まれたりといったシーンを描いています。強く意識しているわけではありませんが、何か気付いたらにじみ出ているって感じはあるかもしれません。

絵と文字の関係性にヒントをくれた絵本、MAYA MAXX『ORPHAN』

──MAYA MAXXさんの『ORPHAN』。こちらは絵本です。

オザキ:大学の卒業後はデザイン事務所に就職したんです。でも、自分はイラストのほうが仕事に向いているんじゃないかと思って、しばらくして辞めました。この本はちょうど会社を辞めた時期ぐらいに読みました。絵本なんですけど、内容はわりと大人へのメッセージだと思います。

この絵本ですごいなと思ったのが、文字の使い方で。絵のほうに手書きの文字が入っているじゃないですか?

──見開きで、左ページに文章があって、右ページに絵がある構成です。左ページは日本語の文章が活字で入っていて、右ページは英語の文章が手書きで描いてあります。

オザキ:これを見て、「文字がアートとして入っているな」と思ったんです。こういうふうに絵の中に文字を入れてもいいんだって、衝撃を受けて。

少ない言葉でシンプルではあるんですけど、ページをめくるごとにどんどん文字が大きくなっていったり、絵と文字が相まって伝わってくるパワーを感じます。私は作字をするのも好きで、イラストの中で文字をデザインしたりしているんですけど、この絵本を読んだ時、自分の仕事と文字って切り離せないなって、改めて感じたというか。

──先ほど仰っていたオザキさんが描いたコミック『GREENDAYS』でも、文字を手書きされていますね。

オザキ:そうですね。このコミックはセリフも全編英語で、イラストの中で英語のオノマトペとかを描くのが楽しかったです。これは英語ですけど、日本語の文字をデザインするのも、いろいろと工夫しがいがあってとても楽しいですね。

MAYA MAXXさんはアーティストで、ポンキッキーズに出演したりもしていたかたです。高校生の時に作品集も買ったことがあって、キャラクターが持つパワーが好きだったんですよね。

ただ、絵本を描いているとは知らなくて、大人になってから「Orphan」(孤児)って言葉の意味も気になったので見てみたら、要素は少ないのにすごくパワーを感じました。絵本ってこういう伝え方もできるんだなって。

この絵本を読んだのが、ちょうど仕事を辞めた時期だったので、「自分はこれからどうなるんだろう」って思いながら……。

──その時の気分と共鳴するものがあったんでしょうか。

オザキ:そうかもしれません。「私、1人ぼっちだな、これからどんどんやっていかなくちゃな」って気分の時期でしたね。

ところで、1つ気が付いたことがあって。なんの因果か、さっき『ポップアートのある部屋』で奥村靫正さんがデザインしたという話がありましたが、この絵本のアートディレクションも奥村さんなんです。

──(奥付を見る)本当だ、アートディレクション・奥村靫正と書かれていますね。それは把握していたんですか。

オザキ:いえ、本をセレクトする時に読み直して気付きました。奥村さんのデザインが魂レベルで好きなんだなってちょっとビックリしましたね(笑)。

物事を見る新たな視点を与えてくれる箴言集、アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』

──小説、絵本ときましたが、最後はビアスの『悪魔の辞典』。

オザキ:これはほんとに最近ですね。中目黒にある「COWBOOKS」さんっていう古書店でたまたま買いました。『悪魔の辞典』ってタイトルが気になったんですよ。悪魔目線の辞典ってことなのかな?って。1911年に発表された本なので、時代背景とか想像しながら読まないとついていけないところもあるんですけど、とてもおもしろかったですね。

──全体が辞書のパロディになっていて、それぞれの項目の説明がとても皮肉の効いたものになっています。

オザキ:こういう視点を持っていたほうが、絵を描く時もおもしろく描けそうだなって思いましたね。

読んだタイミングが、ちょうどさっきのコミック『GREENDAYS』を描いていた時で。その主人公がもう1人のキャラクターに勝手に自分の願いを込めて「HOPE」っていう名前を付けちゃうんですけど、試しに「希望」の項目のところを見てみたんですよ。そしたら、「欲望と期待とを丸めて一つにしたもの」って出てきて、ストーリーの内容にぴったり合致していたんです。こんなにハマることがあるんだって。グループ展で展示するために描いたコミックだったので、キャプションにこの1節を引用しました。

──どの項目も風刺的なんですが、とても納得度が高いです。

オザキ:人生何周かしていますよね、この人。いくつ視点を持っているんだろうって。

1911年にこんな皮肉が効いたこと書いていて大丈夫なのかなって思いました。今よりも命がけで書いていたんだろうなって。

──作者のビアスはジャーナリストで、もともと反骨のひとなんでしょうね。

オザキ:そうなんでしょうね。私が個展をする時は、コンセプトを決めたり、ステートメントを書かなきゃいけなかったりするので、そういう時に引くと、刺激をくれたり、新しい視点に気付かせてくれたりするんです。

──今日お話を聞いて、オザキさんの独自なポップ感覚はさまざまな要素のぶつかり合いから生まれてきたものだということがわかりました。

オザキ:今回挙げた3冊も含めて、自分の中に好きなものや興味のあるものがどんどん蓄積されていって、ぐちゃぐちゃと混ざって、今の私が形作られているんだと思います。

Photography Kousuke Matsuki

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第3夜  https://tokion.jp/2023/04/30/you-are-looking-at-a-dream-3/ Sun, 30 Apr 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=182499 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第3夜は、砂漠が舞台に。「きみ」は何と出会い、どこへ行くのか——。

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Illustration Midori Nakajima

 きみはこんなユメを見た。

 きみは砂漠にいる。四足歩行の動物にまたがって移動している。その動物は毛むくじゃらで、おおきな犬のようにも見える。

 動物が歩くたびに足もとの砂が舞い上がるが、粒が小さいので視界が悪くなることはない。砂はからだにまとわりつくと、肌をなでるようにして舞っていく。まるでだれかにさわられているかのようで、くすぐったいが、不快ではない。

 動物はゆっくりと進みつづけるが、きみは目的地を知らない。

 周囲を見渡すと、同じ方向に進んでいく動物が点在している。またがっている人間の顔は見えないが、その存在をたしかに感じ、きみは安心する。

 砂漠のあちこちには、点々と植物が自生している。砂から茎を伸ばしていて、そのさきには白くてふわふわとした実が頭を垂れている。実はゆらゆらと風に揺れている。植物のそばでは動物が休憩している。その動物が、たまに白い実を口にする。おいしそうに噛んでから、陶酔した表情で飲みこんでいる。

 きみがまたがっている動物も、植物に近づいて足を止める。食事の時間だ。ほかの動物といっしょに、実を食べだす。きみが視線を動かすと、さきに休憩していた動物の横で、男がなにやら本を読んでいる。きみは肩越しにその内容をのぞく。そこには地図が書かれている。しかし、ページには「Desert」とだけ書かれていて、ほかにはなにも書かれていない。男は白紙を熱心に見つめている。

 きみは何日もその砂漠を進みつづける。やがてきみはテントがいくつも張られた集落にたどり着く。その中心には氷のかたまりがある。

 氷のかたまりが、地面に突き刺さるようにそびえ立っている。その氷のなかには金属の柱が埋まっていて、その表面は鏡のようにまわりの景色を反射させている。そこにはきみの顔も映っている。

 見上げると、上のほうは氷が溶けていて、柱がむき出しになっている。氷はすこしずつ溶けている。氷が溶けると、それは液体にならず、香りとなる。溶けるたびに、しみるほど甘い香気が漂ってくる。

 きみのそばに、年老いた男が近づいてきて、きみに声をかける。

「何十年も待ったんだ」

「ここのそばで?」

「ああ、暮らしていたんだ」

 そのうちきみは香気にやられて、頭がくらくらとしてくる。

「花が咲くぞ!」

 だれかが叫んだ。それを合図とするように、動物たちが一斉に咆哮する。氷が一気に溶け、香りが雪崩のように押し寄せてくる。

 きみは柱に近づく。手を伸ばし、その表面にふれる。さわった瞬間、きみの身体は弾ける。きみは香りとなって、周囲に溶け込む。それは悪い気分じゃない。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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