村尾泰郎, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/yasuo-murao/ Fri, 16 Feb 2024 07:27:59 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 村尾泰郎, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/yasuo-murao/ 32 32 対談:橋口亮輔 × 江口のりこ 『お母さんが一緒』で考えたドラマ制作のあり方 https://tokion.jp/2024/02/17/noriko-eguchi-x-ryosuke-hashiguchi/ Sat, 17 Feb 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=224382 ホームドラマチャンネル開局25周年を記念して制作されたドラマ『お母さんが一緒』について、橋口亮輔監督と江口のりこに話を聞いた。

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江口のりこ(左)と橋口亮輔(右)

江口のりこ
1980年4月28日生まれ。1999年に柄本明が座長を務める劇団東京乾電池の研究生となり、2000年入団。2002年三池崇史監督『桃源郷の人々』で映画デビュー。2004年タナダユキ監督『月とチェリー』では本編初主演をつとめ注目を集める。その後、話題作に多数出演。ドラマ『時効警察』シリーズにレギュラー出演し個性を発揮。2021年中⽥秀夫監督『事故物件 恐い間取り』で第44回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞を受賞。ベテランから新鋭監督まで多くの監督の作品に出演し活動の場を広げている。
https://www.knockoutinc.net/artists/?id=1423254565-475633

橋口亮輔
1962年7月13日生まれ。長崎県出身。1993年、『二十才の微熱』で劇場監督デビューを果たす。続く『渚のシンドバッド』(1995)はロッテルダム国際映画祭グランプリをはじめ国際的な評価を得て、国内でも毎日映画コンクール脚本賞を受賞。3作目『ハッシュ!』(2002)はカンヌ国際映画祭監督週間で上映された。『ぐるりのこと。』(2008)は、主演の木村多江を日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に導いたほか多くの賞を受賞。その他の監督作にオムニバスコメディ『ゼンタイ』(2013)、『恋人たち』(2015)など。

親孝行のため母親を温泉旅行に連れてきた3姉妹。ところが旅館で3人が抱えていたさまざまな思いが爆発してしまう。ホームドラマチャンネル開局25周年を記念し、ペヤンヌマキの戯曲をドラマ化した『お母さんが一緒』は家族をめぐる笑いと涙の物語。姉妹の長女、弥生を江口のりこ、次女の愛美を内田慈、三女の清美を古川琴音が演じていて、『ぐるりのこと。』(2008年)、『恋人たち』(2015年)の橋口亮輔が監督を手掛けた。戯曲を原作に映画監督がドラマを撮る、というユニークな試みだが、その結果、他のドラマとはひと味違う作品になった。そこで今回、橋口監督と江口のりこに作品について語ってもらった。橋口監督が演出の仕事について改めて考え、江口が役者という仕事の面白さを再発見した舞台裏とはどんなものだったのか。対談を通じて、ドラマ作りの難しさ、面白さが浮かび上がってくる。

演出家の仕事は「ここに行きたいんです」と役者に示すこと

——『お母さんが一緒』は演劇作品が原作ですが、ドラマ化するにあたって心掛けたことはありますか?

橋口亮輔(以下、橋口):今回、松竹ブロードキャスティングさんから「ペヤンヌさんの舞台をドラマでやってみませんか?」と声を掛けて頂いたんです。それで舞台を拝見したら面白かったので、これだったら舞台をそのままドラマ化すればいけるなって思ったのが大間違いでしたね(笑)。実際、取り掛かってみたら思うようにはいかなかった。まず、自分がどういう距離感で作品に関わったらいいのか、ずいぶん考えたんです。というのも、いつもは自分がその作品を作る根拠があって、そこからどんな作品にするのか考えていく。今回みたいに原作をもらってドラマを撮ったこともありましたけど、深夜枠のドラマは余裕がなくて、役者さんとは事前に衣装合わせだけやって、2〜3日くらいで撮ってしまうんです。でも、今回の作品はそれでは難しいな、と思って。

——しっかり時間をとって撮りたかった?

橋口:僕は作品を撮る前に役者さんとリハーサルをやりたいと思っているんです。役者さんに役を掴んでもらいたいから。でも、他の監督さんに話をすると「リハーサルなんてやってるの!?」って驚かれることが多いんですよね。今回、出演してもらった皆さんに聞いても、ふだんリハーサルはやってないそうなんです。

この前、『ぐるりのこと。』に出演してもらった木村多江さんやリリーフランキーさんと久しぶりにお会いしたんですけど、2人とも「やっぱりリハーサルはやったほうがいいですね」とおっしゃっていました。だから、今回のドラマでもリハーサルはやりたかったんです。皆さん超売れっ子で多忙な方達でしたが、幸いにもその時間が取れて、出演者の皆さんも進んでリハーサルに参加してくれました。嫌がる役者さんもいるんですよ。リハーサルをやったおかげで撮影前に役者さんといろんなお話ができたんです。

——江口さんはリハーサルをやってみていかがでした?

江口のりこ(以下、江口):リハーサルがあったおかげで撮影を乗り切れたなって思います。リハーサルがすごく楽しかったんですよ。そこでいろんなことを考えたり見つけたりすることができたんです。私だけじゃなく、共演者のみんなもそうだったと思います。なので、撮影に入ったら、あとはやるだけって感じでしたね。

——リハーサルは役者さんが役を掴む時間であり、出演者同士、そして出演者と監督がコミュニケーションを築く時間でもあるんですね。

橋口:「演出家が役に魂を与える」とか言うじゃないですか。そんなの無理なんですよ。演出家は魂なんか与えられない。じゃあ、演出家の仕事ってなんだろう?と考えた時に、「ここに行きたいんです」って役者さんに示すことだな、と今回改めて思いました。行く先を指し示すことで、「ここに行けばいいんですね」ってみんなが目的を共有して一緒にそこに向かうことができる。そういうこと以外に演出家の仕事ってあるのかな?って思いましたね。

江口:役者として何をしたらいいのかわからない現場ってあるんですよ。セリフを覚えてシーンを成立させるだけなら誰でもできるし、それが面白いかというとそうとは思えない。じゃあ、どうやったら面白くなれるのか。どういう風に役を掴んでいくのかっていうことを、今回リハーサルを通じて橋口さんに教えてもらいました。だから、リハーサルの期間は学校に行っているような感じでしたし、改めて役者っていう仕事って面白いな、と思えたんです。

舞台からドラマへ

——江口さんが演じた長女の弥生は、自分の容姿にコンプレックスを抱いていてネガティブ思考。癖の強いキャラクターですが橋口監督は弥生というキャラクターをどんな風に捉えていたのでしょうか。

橋口:弥生は非常に振幅のある役なんです。「それってどうなの?」っていうはじけ方をして周囲が振り回され、それが笑いになっていく。そんな彼女のキャラクターにこの作品のテーマも含まれているんです。舞台版をそのまま映像に置き換えると誇張されすぎに感じるところや、弥生を現実に生きている女性にするために、舞台にないエピソードも作りましたし、江口さんといろんな話をさせていただきました。

江口:リハーサルの時に監督ご自身で演じて見せてくれるんですよ。こんな風じゃないのかな?って。それがめちゃくちゃ面白くて(笑)。その様子を見て、こっちはイメージを膨らませることができました。監督は内田慈さんとか古川琴音さんの役も演じて見せるんですけど、それも面白いんですよね。

——内田さん、古川さんとの共演はいかがでした?

江口:3人とも監督を信頼して「頑張ろうね!」ってやっていたので絆みたいのがありました。それに琴音ちゃんも慈ちゃんも芝居がすごく好きな方達だから、一緒に芝居をしててもすごく楽しかったし、芝居以外の時間もくだらない話をして楽しかった。あの2人が共演者で良かったなって、すごく思います。

橋口:ドラマの中で内田さんが演じる次女の愛美が、弥生に「私と顔が似てるって言われて喜んどったよね。あれ何なん?」って詰め寄るシーンがあるんですよ。本番直前に内田さんに「あれ何なん?」って言い方をどんな風にするのか伝えたんです。相手をなめ切っているような感じにしたくて。そのことは江口さんには伝えていなかったんですけど、本番で内田さんがヘラヘラ笑いながら「あれ何なん?」ってやったら、江口さんがキレて内田さんをバン!って叩いたんです。あの反射的な反応には痺れましたね。江口さん、ここで反応するんだ!って。

江口:あそこは本当に嫌でした(苦笑)。

——ドラマにはそういうヒリヒリしたシーンがちりばめられてましたね。笑いを交えながらも地雷原を歩くような緊張感がある。

橋口:作品の中に生な部分がないと面白くないっていう話はリハーサルの時にさせてもらいました。滑らかに物語が進んでいるけど、その中に「今、何か変なものあったぞ」とか「何かザラッとしてたな」っていうものがないと面白くない。それがドラマを観ている人を引っ掛ける小さな釣り針で、そういう針が1つでもあれば視聴者の心の中にある何かが引っ張り出されて作品に引き込まれる。そして、ドラマを観た後に何かが残るんです。

江口:リハーサルをやる度に心がヒリヒリするんですよね。人間を演じるというのは大変なことなんです。とっても難しいことで、何を手掛かりにしてやっていけばいいのかさえわからない。でも、そういうことをしっかりやろうとする現場って、あまりないんですよ。でも橋口さんはそれをやろうとしていて。橋口さんと一緒にやっていると、自分が何をやるべきなのか、1つずつ見つけていくことができるんです。

家族について

——今回、家族をテーマにしたドラマに出演されて、改めて家族について思ったことはありますか?

江口:家族はやっぱり面倒だなって思いましたね(笑)。喧嘩すると相手に残酷なことも言ったりしますけれども、最後にはやっぱり優しさが残るというか、憎みきれないところもある。その後も同じように喧嘩するんでしょうけど、結局、完全には切り離せないんですよね。私にも妹がいるんですけど、やっぱり弥生みたいに、ああしたほうがいい、こうした方がいい、とか言っちゃうんですよ。これからはあまり言わないでおこうと思いました(笑)。

橋口:このドラマを見てくれた人の感想を聞くと、僕の演出や役者さんの演技の話をする前に、自分の家族について話される方が多いんですよ。奥さんが3姉妹でお祝い事がある度に揉めていたとか、母親がどうだったとか。そんな風に、自分の家族のことを考えるきっかけになる作品になっているのは良いなって思います。そういえば、試写の後、江口さんが「こんなドラマは他にないですよね」って言ってて、確かにそうかもしれないなと思いました。

——他のドラマとどんなところが違うと思われますか?

橋口:撮り方が映画的なのかな。僕の中ではドラマと映画との違いはそんなにないんですけど、いま作られているドラマとは何か違う。何が?って言われるとうまく説明できないんですけど、(江口さんを見て)作品に求めているものが違うのかな?

江口:いまのドラマって観ている人にすごく親切っていうか。お皿を洗いながらでもわかるぐらい親切な感じがするんですよ。でも、このドラマは観ている人を置いて、どんどん進んでいくような図太さがある。

橋口:そうかなあ。今回は随分親切だと思うけど(笑)。

江口:橋口さんの作品の中ではそうかもしれないですけど、他のドラマと比べると全然違う。

橋口:あー。それはそうかもしれない。

江口:だから、最初からしっかり観てもらいたいですね。

橋口:今回、姉妹が本音をぶつけ合うけど重いドラマにしたくなかったんですよ。「これが人間だ! これが家族だ!」みたいな主義主張を打ち出すものにはしたくなかった。すっと物語が滑らかに流れていくようなものにしたかったんです。そこで思い浮かべたのは向田邦子さんのドラマでした。

——向田さんは家族の機微を題材にしたドラマを数多く作られましたね。

橋口:僕は向田さんのエッセイも好きなんです。日常の些細なことの描写から始まって、「あ、親ってこうだな。男って、女って、そうかもしれない。人生ってそういうものかもしれないな」ってしみじみとしながら、最後に手のひらに乗るくらいのほどよい重さの人生の手触りが感じられるんです。今回のドラマも、ちょっと笑ったり、しみじみしたり、切なくなったりしながら、さらっと楽しめる作品になっていたら良いな、と思っています。

Photography Takuya Maeda(TRON)
Styling Naomi Shimizu
Hair & Makeup Aya Suzuki

■『お母さんが一緒』(CSホームドラマチャンネル)
2024年2月18日から毎週日曜日22時放送 (全5話 +アナザーストーリー1話 / 各話30分) 
出演:江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち(ネルソンズ)
監督・脚本:橋口亮輔 
原作:ペヤンヌマキ
製作:松竹ブロードキャスティング 
https://www.homedrama-ch.com/special/okasangaissho
©松竹ブロードキャスティング

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注目のスペイン人映画監督、パブロ・ベルヘルが『ロボット・ドリームズ』でアニメーション映画に初挑戦 ジブリや手塚治虫からの影響を語る https://tokion.jp/2024/01/22/interview-pablo-berger/ Mon, 22 Jan 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=222092 今秋、日本での公開が予定されているアニメーション映画『ロボット・ドリームズ』のパブロ・ベルヘルに今作に込めた思いを聞く。

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パブロ・ベルヘル(Pablo Berger)
1963年12月2日、スペインのバスク地方ビルバオ生まれ。アレックス・デ・ラ・イグレシア、ラモン・バレアと共に手掛けた短編映画『Mama』(1988/未)で監督デビューを果たし、高い評価を得る。その後、ニューヨーク大学にて映画学の芸術修士号を取得。長編デビュー作『Torremolinos 73』(2003/未)は、2003年マラーガ映画祭で初上映され、最優秀作品賞、監督賞、主演男優賞、女優賞を受賞したほか、同年スペイン国内の興行収入ランキングで1位となる大ヒットを記録。2012年、監督・脚本・製作を務めた『ブランカニエベス』では第85回アカデミー賞外国語映画賞にスペイン代表作として出品。1998年に日本のロックバンドSOPHIAの「黒いブーツ~oh my friend~」のMVも手掛けている。

近年、アニメーションが大きな盛り上がりを見せているスペイン。昨年10月にはスペインのアニメ作品を紹介するイベント『ドキドキ・アニメーションÑ』が東京で開催され、そこで上映されたのが『ロボット・ドリームズ』だ。1980年代のNYに暮らす孤独な犬、ドッグは、友達が欲しくて通信販売でロボットを購入。2人は仲良く暮らし始めるが、思いがけない出来事が2人の仲を引き裂くことになる。サラ・バロンのグラフィック・ノベルを映画化したのは、白雪姫の物語をモチーフにした実写映画『ブランカニエベス』(2012年)で注目を集めたパブロ・ベルヘル(Pablo Berger)。

今回、パブロは初めてアニメーションに挑戦したという。グラフィック・ノベルやアニメをこよなく愛し、根っからのシネフィルだというパブロに『ドキドキ・アニメーションÑ』にあわせて来日したタイミングで話を聞いた。

※本作は日本では今秋公開予定

——原作との出会いについて教えてください。どんなところに惹かれて映画化を考えたのでしょう。

パブロ・ベルヘル(以下、パブロ):原作を手にしたのは2010だった。私はグラフィック・ノベルのコレクターで、中でもセリフがない作品を集めているんだ。この原作を初めて読んだ時、楽しいだけではなく、オリジナル性もあるし、シュールなところもあって、ラストで涙してしまった、グラフィック・ノベルにそこまで感動させられるのは珍しいことで、それが自分の心の中にずっと心に残っていて。『ブランカニエベス』、『Abracadabra』(2017年/日本未公開)という長編を2作作った後、久しぶりにコーヒーを飲みながら原作を読んだら、以前よりも、ぐっときた。自分の人生から遠く離れてしまった、あるいは亡くなってしまった友人や家族に思いを馳せた時に心に響くものがあって、これを映画にしたいと思ったんだ。でも、初めてのアニメーション作品なので、自分にとっては大きな挑戦だったよ。

——セリフがないグラフィック・ノベルがお好きだそうですが、『ブランカニエベス』も今作もセリフがありません。サイレント映画に惹かれるところがあるのでしょうか。

パブロ:自分にとって映画はとてもユニークなもので、ビジュアルで物語が語られるところが面白いと思っているんだ。『ブランカニエベス』はサイレント映画へのオマージュだったけれど、あの作品と同じように観客と繋がれるものはないかと考える中で思いついたのが『ロボット・ドリームズ』だった。サウンドデザインはかなり複雑にやったから、まったくの無音(サイレント)というわけではなく、ジャック・タチや私が一番影響を受けたチャップリンに近いのかもしれない。世の中がトーキー時代にはなっても、チャップリンはまだ無声映画を作っていたんだ。例えば『街の灯』(1931年)のようなね。

『ロボット・ドリームズ』ではそういう感じを少し意識した。映画はビジュアルでストーリーテリングをするもの、ということを改めて思い出すきっかけになるような作品にしたくてね。映画は頭で考えるものではなく、肌で感じるもの。映画を観ている時は音楽や絵画に触れる時と同じように五感で感じて、後でじっくりと作品について考えてほしいんだ。

——音楽といえば、本作は劇中でアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「セプテンバー」が印象的に使われています。物語にぴったりの歌詞ですね。

パブロ:劇中に何度も登場する「セプテンバー」はロボットとドッグの関係を表す2人のテーマ曲みたいなものだ。原作は月ごとに展開していって、ロボットが海辺で動けなくなるのが9月。そこに何か曲を使いたいと思って、パッと頭に浮かんだのが「セプテンバー」だった。プロデューサーに相談したら、使用料が高いんじゃないかって冷や汗をかいていたけど(笑)、なんとかクリアすることができた。そこで改めて歌詞を見て、「Do You Remember?」という最初の一節で驚いた。というのも、この映画は記憶についての作品で「覚えてる?」というのが映画のテーマそのものなんだ。しかも、次の歌詞が「The 21st Night of September?(9月21日の夜のことを?)」なんだけど、なんとその日は娘の誕生日なんだよ。

——すごい偶然ですね! 

パブロ:私は人生のマジックというものを信じている。そのマジックが進むべき道を教えてくれることがあって、「セプテンバー」がまさにそうだった。驚きのあまり頭が爆発しそうだったよ(笑)。

実写の経験をアニメに生かす

——マジックに導かれて初めてアニメを制作したわけですが、セリフがなくても感情が伝わってくる目の動き、雪が落ちた時の重さなど、繊細なアニメーション表現に引き込まれました。演出面で意識したことはありましたか?

パブロ:どんな形で実写の経験をアニメに生かせるかを考えたら、すぐに答えが出た。「演技だ!」ってね。私は役者との仕事が大好きで、真実に迫るような演技を求めてきた。アニメの場合、「この感情を伝えなければ!」みたいな大げさな表現をしがちだけど、それは絶対したくなかった。実写の作品のような演技を本作のキャラクターにもしてほしかったから、抑制が効いた、目で語るような表現を大事にしたんだ。そのためには素晴らしいコラボレーターが必要で、ブノワ・フェロウモンがアニメーションのディレクターとして参加してくれたのが大きかった。彼は『ベルヴィル・ランデブー』(2002年)や『ブレンダンとケルズの秘密』(2009年)に関わっている素晴らしいアニメーターで、彼が声をかけてヨーロッパの優れたアニメーター達が集まってくれた。そして、キャラクターに重みが感じられる、空間の中で存在しているような感覚が出せる昔ながらのアニメーションを目指したんだ。

——本作のリアルな演技は、高畑勲や宮崎駿の作品に通じるところがありますね。

パブロ:今回はジブリの作品から大きなインスピレーションを受けている。高畑さん、宮崎さんの作品は、アニメーションの監督が直面する問題の答えを全部持っていると思う。なかでも、キャラクターの演技が素晴らしくて、抑制が効いていて正直。真実に迫るものがあって、それが僕が求めているものだったんだ。日本以外のアニメーションで影響を受けたのはシルヴァン・ショメだね。彼等のスピリットがこの作品には宿っている。

——この映画は、さまざまな形で実写映画にオマージュが捧げられていますね。『クレイマー・クレイマー』(1979年)、『マンハッタン』(1979年)、『オズの魔法使』(1939年)、『シャイニング』(1980年)、『サイコ』(1960年)など、挙げればきりがありません。

パブロ:この作品はシネフィルのための『ウォーリーをさがせ!』といえるかもしれない(笑)。僕は映画作家である前にシネフで、映画を作るのはすごく疲れてしまうから、本当は観ている方が好きなんだ。映画においてストーリーはケーキだと思う。その上にこういったオマージュや遊びを通じてホイップクリームや苺を足していく作業が楽しいんだ。

——ジャック・タチと親交が深かったピエール・エテックスの映画『ヨーヨー』(1965年)のポスターがドッグの部屋に貼ってありましたね。大好きな作品です

パブロ:あの『ヨーヨー』を見つけてくれたとは嬉しいね! タチは知られているけど、エテックスのことはあまり知られていないからね。『ヨーヨー』とこの映画は似ているんだ。『ヨーヨー』も孤独な主人公が、ある種の冒険に出る話だった。『ヨーヨー』のポスターを使うことを思いついた時は、「セプテンバー」が降ってきた時と同じぐらい、「これだ!」と思った。それでポスターを使わせてもらうために、亡くなったピエールの奥さんに連絡を取って使用許諾をもらったんだ。奥さんが『ブランカニエベス』を気に入ってくれていたこともあって使えることになった。パリでこの作品をプレミア上映する際には、奥さんを招待する予定だよ。

スペインのアニメ事情

——お花畑でダンスするシーンを、ハリウッド・ミュージカルみたいにバークレー・ショット(映画監督のバスビー・バークレーが、ミュージカル映画でよく使用していた俯瞰のショット)で捉えた映像も素敵ですね。

パブロ:僕も大好きなシーンだ。最近知ったんだけど、『オズの魔法使』のミュージカル・パートを担当したチームにバスビー・バークレーがいたらしい。あと、この作品には手塚治虫へのオマージュもある。彼は『鉄腕アトム』など商業的な作品で知られているけれど、実験的な作品も制作していて、僕はそういう作品が大好きなんだ。

——手塚は実験アニメを数多く自主制作しましたが、そういう作品もご覧になっているんですね。今回、原作を脚色する際には、どんなことを大切にしましたか?

パブロ:原作をそのまま映画化したら30分で終わってしまっただろう。原作にはドッグに関する描写も少ないしね。だから、原作のシンプルなストーリーに肉付けをしていった。そして、物語の舞台になるニューヨークを細かく描きこんで、映画の3人目の主人公といえるくらい存在感を与えた。原作では背景はすごくシンプルに描かれているんだ。緻密な背景とシンプルなキャラクターというバランスはジブリを参考にしている。あと、映画ではロボットが見る夢の数を増やした。だから、原作と違うところは多いけど、原作のテーマと魂は同じで物語の綴り方が違うだけ。原作者のサラ・バロンも映画を気に入ってくれているよ。

——アニメの特色を生かした見事な脚色だったと思います。最後に現在のスペインのアニメ事情について教えてください。

パブロ:いまスペインはアニメーション黄金時代で、かつてないほど盛り上がっている。スペインの大きな映画祭、サンセバスチャン映画祭のコンペにアニメ作品が入るようになったんだ。僕の大好きな監督、アルベルト・バスケスの新作『ユニコーン・ウォーズ』も素晴らしい。今週末、インスティトゥト・セルバンテス東京というスペインの映画機関が、スペインのアニメのイベントをやることになっていて、そこで『ユニコーン・ウォーズ』や『ロボット・ドリームズ』が上映される予定なんだ。

——エンタメ系の作品よりも、作家性の強い作品が増えているのでしょうか?

ベルヘル:完全に作家系だね。監督は脚本も手掛けていて、パーソナルな作品を作っている。アメリカでは3Dが主流だけど、日本とヨーロッパでは1秒間に24コマを書く伝統なアニメを今も作り続けている。そうした手描きアニメがずっと続いてほしいと思っているよ。

Photography Masashi Ura

■『ロボット・ドリームズ』2024年秋公開予定

■『ロボット・ドリームズ』
2024年秋公開予定

2012年『ブランカニエベス』でスペインのゴヤ賞で最多10部門を受賞したほか、数々の受賞歴のあるパブロ・ベルヘル監督が手掛ける初の長編アニメーション映画。サラ・バロンのグラフィック・ノベルを映画化した。ニューヨーク・マンハッタンに暮らすドッグとロボットの友情を描く、かわいくてちょっと切ない、心温まるストーリー。

監督・脚本・製作:パブロ・ベルヘル『ブランカニエベス』
原作:サラ・バロン『Robot Dreams』
アニメーション監督:ブノワ・フェロウモン『ベルヴィル・ランデブー』『ブレンダンとケルズの秘密』
2023年|スペイン・フランス|101分(予定)
© 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL

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表現者・三上博史が語る「寺山修司の魅力」と「音楽活動」 https://tokion.jp/2023/12/27/interview-hiroshi-mikami/ Wed, 27 Dec 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=220633 2024年1月に上演される『三上博史 歌劇 ―私さえも、私自身がつくり出した一片の物語の主人公にすぎない―』について、三上博史に語ってもらった。

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表現者・三上博史が語る「寺山修司の魅力」と「音楽活動」

三上博史
東京都生まれ。高校在学中、オーディションで寺山修司に見いだされ、寺山自身が監督・脚本を手がけた、フランス映画『草迷宮』(1979)に主演し俳優としてデビュー。1987年公開映画『私をスキーに連れてって』(馬場康夫監督)で脚光を浴び、その後『君の瞳をタイホする!』(1988)など数々のドラマに出演。一世を風靡する。映画では『スワロウテイル』(1996、岩井俊二監督)『月の砂漠』(2001、青山真治監督)などに主演、舞台では寺山修司没後20年記念公演『青ひげ公の城』(2003)、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(2004)、『あわれ彼女は娼婦』(2006)、『タンゴ・冬の終わりに』(2015)に主演する。映画、ドラマ、舞台など多岐にわたって活躍している。
http://mikami-hiroshi.com

俳優であり、音楽活動もしている三上博史。その才能を見出したのは演劇界の革命児、寺山修司だった。三上は15歳の時に、寺山の映画『草迷宮』に出演。それ以来、寺山と交流しながら、テレビや映画の世界で役者として華々しく活躍していく。そこで三上が俳優という枠にとらわれない「表現者」としての感性を発揮できたのは寺山から受けた影響が大きかった。

これまでにも三上は寺山の作品に出演したり、寺山修司記念館で開催される追悼ライブで歌を披露したりと、寺山の世界を独自に表現してきたが、その総決算ともいえそうなのが2024年1月に上演される『三上博史 歌劇 ―私さえも、私自身がつくり出した一片の物語の主人公にすぎない―』だ。果たして、それはどういったものになるのか。寺山との交流を振り返ってもらいながら話を聞いた。

——歌や演劇で構成された『三上博史 歌劇』。「ミュージカル」ではなく「歌劇」というスタイルは、寺山修司の世界にぴったりですね。

三上博史(以下、三上):「歌劇」という言葉に引っかかってくれて嬉しいです。まだ、稽古に入っていないので、どんなことになるのかわからないですが、観客の皆さんにおもしろがってもらえたらいいな、と思っています。

以前『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』というお芝居をやったんですが、あれもミュージカルではない独特のスタイルでした。きっと、(オリジナルの作演出を手掛けて主演も務めた)ジョン・キャメロン・ミッチェルが子どもの頃から役者の仕事をしてきた中で、「自分が本当にやりたいことってなんだろう?」って考えた結果、生まれた作品だと思うんですよ。今回の作品はそれと近いところがあって、自分がやりたいことをやった結果、こういうものが生まれたという感じですね。

——演出はJ・A・シーザー。台本は髙田恵篤と寺山偏陸という寺山をよく知る面々で、寺山の代表作から選び抜かれたエピソードと寺山が歌詞を提供した曲で構成されているそうですね。ある意味、三上さんを狂言回しにしてリミックスされた「寺山ワールド」といえるかもしれません。

三上:そうですね。通常の演劇の脚本とは違って、編集作業のようなところもあります。台本は全部、寺山のテキストを使っているんですが、その中から僕が発したい言葉を抽出して構成しているんです。曲はこれまで僕が歌ってきた曲を、できるだけ全部入れたいと思っています。とにかく、僕が好きなものを詰め込んでいるので、僕の部屋をのぞくようなものになると思いますね。

——今回、いろんな役を演じるそうですが、どんな風に役に向き合われるのでしょうか。

三上:普段は1つの役と向き合うことが多くて、そこに自分の価値観や美意識とかを持ち込まないようにしています。それをこれまで「自分を捨てていく作業」と言ってたんですが、年齢を重ねた今、「捨てる」っていうほど自我がなくなってきてるんですよ。最近はギアがいつもニュートラルに入ってて、自分を捨てることに時間がかからなくなってきました。

今回はコラージュ的な作品なので、いろんな役が飛び出してくるんです。それを追いかけるだけで振り回されているので、自我が出てくる余裕なんてないんですよね。どんどん、役が変わっていく様を楽しんでもらえたらと思います。

——音楽パートで三上さんをサポートするミュージシャンは、長い付き合いのDEMI SEMI QUAVERのエミ・エレオノーラと横山英規。そして、近田潔人という『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』に参加した面々ですが、新たにASA-CHANGが加わりました。三上さんから見て、このバンドの魅力はどんなところですか?

三上:僕とエミちゃんが組むとすごく真面目になってしまうのですが、横山さんとASA-CHANGがいることで抜け感が出るんですよ。そのバランスがおもしろい。このメンバーでは、2023年5月に寺山修司記念館でライヴを一度やっていて、その時にASA-CHANGと久しぶりに会いました。ASA-CHANGとは20歳の頃からの付き合いなんですが、僕の兄貴はASA-CHANGに誘われて初期の東京スカパラダイスオーケストラにいたんですよ。それでASA-CHANGに「久しぶりだけど最後に会ったのっていつだっけ?」と聞いたら、『二十世紀少年読本』(1989年)でした。その時、ASA-CHANGはヘアメイクとして映画に参加していたんです。

音楽との向きあい方

——そんなに長い付き合いだったんですね。思えば三上さんは1980年代から役者と並行して音楽活動もやられていました。当時はどんな気持ちで音楽に向きあっていたのでしょうか。

三上:20歳の頃、『無邪気な関係』(1984年)というテレビドラマに出演して役者の仕事を本格的に始めたんですが、やっているうちに「なんてつまらない仕事なんだろう」と思えてきたんです。溢れるほどの自我があるのに、なんで自分を殺して、毎日、物語の登場人物を演じているんだろうって。共演していた戸川純ちゃんは音楽で自分の世界観を全開にしていたのに、僕には自分を出す場所がなかった。

それでドラマの収録が終わると、六本木の「インクスティック」というクラブに直行して、やさぐれて飲んでいたんです。そこに行くと純ちゃんがいたり、教授(坂本龍一)が踊ったりしていました。そのうち、OTOとか EBBYちゃん(共にファンク・バンドのJAGATARAのメンバー)とかミュージシャンの仲間ができて、彼らが「飲んで愚痴ってても仕方がないから、俺達とリハスタ(リハーサルスタジオ)に入ろうよ」と誘ってくれたんです。

——それで歌うようになった?

三上:そう。最初はデヴィッド・ボウイとかイギー・ポップの曲をカヴァーしてたんですけど、少しずつオリジナル曲もやるようになったんです。そういうことを何年か続けてオリジナル曲が結構たまってきた頃に役者として人気が出てきたから、いろんなレコード会社から誘いが来るんですよ。最初は「音楽は遊びなので」って断っていたんですが、結局、ファースト・アルバム『G.O.D.S.』(1988年)を出したんです。

当時、僕にとって役者は「月」、音楽は「太陽」でした。役者は月のように自らは光を放たないで、いかようにも形を変える。音楽は太陽が光を放つように自分を出す。そんな風に役者と音楽活動を完全に分けていたんです。そしたら、『チャンス!』(1993年)っていうドラマでミュージシャン役が来てしまったんですよ。そこで久保田利伸さんの作った歌を歌ってくれって言われて。音楽は自分の趣味でやってきたことだし、ドラマの曲でも自分の美意識を入れたいと思って、NYに行って僕のアルバムに参加していたアンビシャス・ラヴァーズのピーター・シェラーにアレンジをお願いしたんです(三上が役名の本城裕二で発表したドラマのエンディング曲「夢 With You」)。撮影まで時間がなくて、オケだけNYで作ってヴォーカルは東京で録りました。あと、ラウンジ・リザーズのドラマーだったダギー・バウンと一緒に曲を作ったりもしましたね(本城裕二で発表した「ETCHED HEART」「OUT of FATE」)。

——JAGATARA、アンビシャス・ラヴァーズ、ラウンジ・リザーズ。三上さんは時代の先端にいたミュージシャンに囲まれていたんですね。今回は寺山さんの歌を数多く歌うわけですが、寺山さんの曲の魅力はどんなところですか?

例えば「健さん愛してる」って曲があるんですけど……。

——大好きな曲です! 映画『書を捨てよ、街に出よう』(1971年)の挿入歌で、寺山さんと東郷健さんが企画したアルバム『薔薇門』(1972年)でも歌われたゲイの心情を歌った名曲ですね。

三上:知ってるんだ! 嬉しいな。「棒つきキャンディ舐めながら、あんたが人を斬るのを見るのが好き」っていう歌詞があって、「棒つきキャンディ」ってアレなんでしょうね(笑)。で、最後に「男ならせめて一度は殺してみたい」って、もう最高じゃないですか! 寺山さんの歌には、底辺の人々の気合いからインテリジェンスなものまで丸ごとあるんですよね。浅川マキさんの『かもめ』だったら、「おいら」が恋した女は港町のアバズレで自分のことを見向きもされない。そこに、バラの花束を抱えた男がやって来て「おいら」が恋した女と寝てる。悔しいから「おいら」もナイフで女のここ(胸)に血のバラを作るっていうね。

——社会の底辺に生きる人達の物語を詩的に描いていて、まさに寺山ワールドですね。

三上:そういうものを、僕がステージで1回歌っただけで届けられたらいいなと思ってます。

寺山修司の魅力

——寺山は演劇でも歌詞の世界でも独特の言葉を持っていました。三上さんにとって寺山の言葉の魅力とはどんなところですか?

三上:なんだろう? 生々しいけど作為的っていうか、ハッとするようなオチがついているんですよ。「男ならせめて殺してみたい」っていうオチもすごいですよね。

——そうですね。ヤクザ映画に潜むセクシュアリティを独自の感性で言葉にしていますよね。三上さんが寺山さんから受けた一番大きな影響とはどんなことでしょう?

三上:既製の価値観を全部壊されたということが一番大きいと思いますね。「これがかっこいい」とか「この色が綺麗」とか、そういうことを寺山さんに全部壊されてしまった。だからこの歳になっても、自分は何をかっこいいと思うのか。どんな色を綺麗だと思うのかを、その都度その都度、考えているんです。

——三上さんが何かを表現する上で、寺山さんは原点みたいな存在なんですね。

三上:僕が寺山さんと交流があったのは15歳から20歳までの5年間なんです。20歳の時に寺山さんが亡くなって、そんなに深く付き合ったわけではないので、寺山さんの人間性は全然わからないんですよ。ただ、寺山さんが残した作品から寺山さんのことを紐解いていくと完全に僕のルーツなんですよね。だから大きな影響を受けているのは間違いないけど、「もう一度会いたい」みたいな感情はないんです。ただ、「寺山さんはどう思うだろう?」というのはよく考えますね。今回の歌劇も、きっとおもしろがってくれるんじゃないかな。

——寺山さんに言われたことで今も印象に残っていることはありますか?

三上:この仕事をしていく上で「笑うな」と言われたんですよ。「影を持った少年でいなさい」ということじゃないかな。カメラの前に立つ人間として一番魅力的な方向を考えてくれたんだと思います。

僕は笑うと素が出るので「素を出すな」ということでもあると思うんですよね(笑)。ただ、拗ねたような顔って少年の頃はいいと思うんですよ。でも、この歳でそれでいいのかなって。今は年齢的に美醜という基準を意識する段階じゃないと思うんですよ。だから、ちょっと前まではフラットな顔が良いのかな、と思っていたんですが、今はまた気持ちが変わってきていて。役を演じている時はいいんですが、こういう取材でカメラの前に立つ時の自分の立ち位置を考えてしまうんですよね。

——美醜を超えた次の段階。難しいですね。でも、三上さんの笑顔は素敵ですよ。

三上:そう言ってくれる人もいますが、安易に「あたたかみ」とかにいきたくないしね。好好爺的なのも嫌じゃない?(笑)。だから、「寺山さん、今だったらどう言うだろうな」と考えながら、次の段階を探しているんです。

Photography Mayumi Hosokura
Stylist Norihito Katsumi(Koa Hole inc.)
Hair & Makeup Kenjiro Akama

ジャケット ¥64,900、シャツ ¥37,400、パンツ ¥52,800/すべてsuzuki takayuki シューズ/スタイリスト私物

寺山修司没後 40 年記念/紀伊國屋ホール開場60周年記念公演

■寺山修司没後 40 年記念/紀伊國屋ホール開場60周年記念公演
「三上博史 歌劇 ―私さえも、私自身がつくり出した一片の物語の主人公にすぎない―」
公演日程:2024年1月9〜14日
会場:紀伊國屋ホール
作:寺山修司
演出・音楽・美術:J・A・シーザー 
共同演出:髙田恵篤 
上演台本:髙田恵篤 寺山偏陸
主演:三上博史
出演:演劇実験室◉万有引力
(髙田恵篤 伊野尾理枝 小林桂太 木下瑞穂 森ようこ 髙橋優太 今村博 山田桜子 三俣遙河 内山日奈加 /曽田明宏)
演奏:横山英規(Bass) エミ・エレオノーラ(Piano) 近田潔人(Guitar) ASA-CHANG(Drums)企画・制作:メディアミックス・ジャパン/ポスターハリス・カンパニー 
協力:テラヤマ・ワールド 
製作:メディアミックス・ジャパン
https://www.mikami-kageki.com
前売りチケット好評につき、アーカイブ配信決定。

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俳優・杉咲花が映画『市子』で考えた他者との向き合い方——「他人をわかることはできない。だからこそ、想像し続けていたい」 https://tokion.jp/2023/12/07/interview-hana-sugisaki/ Thu, 07 Dec 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=218559 映画『市子』で主演を務める杉咲花が語る市子を演じて考えたこと。

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杉咲花

杉咲花
1997年生まれ、東京都出身。『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016 / 中野量太監督)で第40回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞をはじめ、多くの映画賞を受賞。『とと姉ちゃん』(2016 / NHK)でヒロインの妹を演じ、『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』(2018 / TBS)では連続ドラマ初主演を果たす。その後、NHK 連続テレビ小説『おちょやん』 (2020-21)と『恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜』(2021 / NTV)で第30回橋田賞新人賞を受賞。最近は『杉咲花の撮休』(2023 / WOWOW)や『法廷遊戯』(2023)に出演、今後も『52ヘルツのクジラたち』(2024年3月公開)などが待機中。
https://www.ken-on.co.jp/hana/

恋人にプロポーズされた翌日に、突然、姿を消した女性。恋人がその行方を追いかけるうちに、彼女の過酷な人生が浮かび上がる。映画『市子』は一人の女性を通じて、社会の闇が浮かび上がる重厚な人間ドラマ。監督・脚本を手掛けたのは、劇団チーズtheaterを主催する戸田彬弘で、本作は劇団の旗揚げ公演作品の映画化だ。そこでヒロインの市子を演じたのは杉咲花。圧倒的な存在感で市子を演じ切り、本作は間違いなく彼女の代表作になるだろう。どんな想いでこの難しい役に挑んだのか、話を聞いた。

市子を演じて

——『市子』は恋人の長谷川が行方不明になった市子を探すことを通じて、市子がどういう女性なのかを探っていく物語でした。そして、彼女の秘密が明らかになってからも、彼女がどんなことを考えて生きてきたのかを考えさせられます。杉咲さんは役を演じる中で、市子がどんな女性なのか見つけることができました?

杉咲花(以下、杉咲):それはいまだにわかっていないかもしれません。この物語は第三者が市子を追いかけていく話であると同時に、市子自身が自分の姿を探す話でもあると思っていて。初めて脚本を読んだ時にどうしようもなく心が揺さぶられて、その感覚の正体が知りたくて市子を演じてみたいと思ったんです。その結果、この物語の根源的なテーマでもある、「人をわかるってどういうこと?」というところに行き着いた気がしています。

——演じながら市子を探していたんですね。

杉咲:市子を演じていた時、演じ手としての欲が剥がれ落ちた瞬間があったんです。目の前で起こっていることに、ただ反応してしまうという、今までに体験したことのない時間を過ごせた日がありました。一方で市子の姿が全く見えないというか、「こんな感覚でカメラの前に立っていていいのだろうか」と不安に襲われる日もあって。

——常に気持ちが揺れ動きながら演技をしていた?

杉咲:市子に近づいたと思ったら離れていってしまう。それを繰り返すなかで、どこまでいっても他者は他者であるということを実感して、なんだか腑に落ちたんです。市子のことがわかったとは言い切れない。その感覚に素直でいていいんだと思いました。「わからない」ことを前提に、どこまで向き合っていけるかなんだなって。

——市子の気持ちがつかめない時は不安ではなかったですか?

杉咲:私は脚本を読んだ時に「こういうシーンになるのではないかな」となんとなく思い描いたものに対して自分を課してしまうタイプなんです。本当はそういうことを意識せず、「表現しないと」という欲から解放された状態でカメラの前に立ちたい気持ちなのに、どうしても演者としての欲が邪魔をしてくる。演じている自分の状態が把握できていない時に監督のOKが出ることも多々あって。傲慢ですが、どうしてOKが出たのだろうと考え込んでしまう時もありました。ですが、のちに「市子自身も自分の状態がわからなかった瞬間だったのかもしれない」と思うようになったんです。自分の言動に対して、あとから「どうしてああしてしまったんだろう」と考えてしまうことってあるじゃないですか。きっと市子にもそういう瞬間があったはずで、だからこそ、表現しようとせずに、その場で起こったことに対して純粋に反応したいと思っていました。

——ノーメイクで演じたというのも、表現する、という欲を捨てるやり方の1つだったのでしょうか。

杉咲:というよりは、何かを足していくことによって市子という人物がぼやけてしまうような気がしたんです。自分にとっても、化粧を施すという行為は鎧をまとっていくような感覚があって。今回は何かを加えていくのではなく、徹底的に引いていく作業のほうがいいのではないかと思ったので、戸田(彬弘)監督に提案してみました。

他者とどう向き合うか

——若葉(竜也)さんが演じる長谷川にプロポーズされるシーンでは絶妙のタイミングで涙が出ますね。市子の表情といい、演技ではなく、その場で生まれた感情がそのまま切り取られたような印象的なシーンでした。

杉咲:私自身も、ああいうことになるとは思っていませんでした。台本にも、どういった感情になっていくかという具体的な筋道が立てられていたわけではなかったのですが、長谷川くんにあんなにも愛のある眼差しで見つめてもらえる世界に自分が存在していることを実感して、気がついたら涙が流れていました。

——撮影前に頭でイメージしていたことよりも、その場で心が反応することのほうが多い現場だったのでしょうか。

杉咲:その反応の濃度みたいなものが、今まで経験したことのないもので、素晴らしい体験をさせてもらったなと思います。

——長谷川だけではなく、市子の同級生の北も市子に強く惹かれて、彼女の人生に深く関わりますね。過去を知らない長谷川と過去を知っている北、それぞれの市子との関わり方が対照的で、2人の存在が市子の人生を浮かび上がらせていました。

杉咲:私は、北は自分よりも弱い立場にある人を救うことで自分を満たしている部分もあったのではないかなと思っているのですが、長谷川は唯一、市子と対等に接してくれた人。過去について何も聞いてこない長谷川との距離が市子にとってはとても心地良いものだったと同時に、知ろうとしない加害性についても考えさせられるなと。

——長谷川と市子の関係を見ていると、どうすれば市子は幸せになったんだろうって思います。

杉咲:私は、市子が幸せでないとは言い切れないと思います。市子が穏やかに生きることを望んでいるのは、その幸福を彼女が知っているからなのではないでしょうか。市子がそれを感じたのは、長谷川と過ごした時間なのか、家族と過ごした時間なのか、親友のキキちゃんと出会ったことなのか、あるいは、そのすべてなのかもしれないけれど。知っているからこそ追い求めてしまう。そんな彼女のことを、私は幸せじゃないとか、かわいそうって思えないんですよね。

——なるほど。彼女なりに幸せを見つけていたのかもしれない。

杉咲:本作との出会いを通じて、自分が他者とどう向き合っていきたいのかということについて考えさせられました。撮影中、戸田監督と市子のことについて話していると、1つ質問したことに対して10ぐらい回答をくださるんです。ですが、そのどれもが「きっと、こうなんじゃないですかね」と、断定しない話し方をされていて。戸田さんは原作者でもあるので「誰よりも市子のことを知っている」とおっしゃられてもおかしくないと思うのですが、あくまで個人の視点として市子のことを想像する姿勢でいらっしゃることに敬意を抱いたんです。それが物語の中にいる人物であったとしても、私生活で関わる相手であったとしても、そうあるべきだと感じました。

——他者のことを想像するっていうのは、演技と通じるところがありますね。

杉咲:そうですね。他者を見つめるということは、すなわち自分を見つめることでもあると思うんです。自分が物語をどう受け止めるかということは、実生活に鏡のように反映されるものでもある気がします。

演じることの魅力

——杉咲さんは幼い頃から、テレビのドラマを見て演技をしたいと思われていたそうですね。それは何かの理由があってというより、本能的にそういうことをやってみたいと思われたのでしょうか。

杉咲:物心がついた時から、ずっと自分以外の誰かになってみたい気持ちがありました。それは自分のことが嫌いだからというわけではなく、シンプルに他者になりきってみたい、という欲求で。それがなぜなのかはわからないのですけれど。

——演じることの何に惹かれるのでしょう。

杉咲:なんなんでしょうね……。役のことを考える時って、自分と照らし合わさざるを得ないといいますか。私は演じる役の感情を想像する上で、「自分だったら?」と置き換えて考えたりするんです。そういう時に、普段自分が考えていない、本質的な感覚と結びつく瞬間があるんですよね。他者を通じて自分を知っていくというか。他者を演じるというのは、自分と向き合ってみたいという想いが根底にあるのかもしれないです。

——演技が自分自身に影響を与えることもありますか?

杉咲:10代の時に『トイレのピエタ』という映画に出演したことで自分の価値観が変わりました。監督やスタッフ、共演者の方々など、自分達の作るものに価値を感じて、自分自身を信じている方達と出会ったことで、好きなものは好きと言っていいし、楽しい時に笑っていいんだって思えるようになったんです。それまでは、ちょっとひねくれていて。人が好きというものは自動的に嫌いになるみたいな(笑)。意識的に人と違う人間になろうとしていたところがありました。

——それは何か理由があってというより、10代ならではの屈折?

杉咲:多分そうだと思います。私の暗い過去です(笑)。

——ある俳優に取材した時、自分が嫌いだと思ってしまう役を演じることに、長い間、抵抗があったと語られていました。杉咲さんはいかがですか?

杉咲:抵抗はあまりないほうかもしれません。ただ、物語上の役割であることは理解しつつも、その都合だけにはならないでほしい気持ちがあります。私は、物語を観る時に自分達の生活する社会と何か接点を感じていたいんです。

——今回演じた市子も杉咲さんの日常と地続きだった?

杉咲:実生活のすぐそばに市子のような人が存在していた/しているかもしれない。そういう意味で、この物語は人間や社会のあり方がむき出しに描かれていると思います。他者をわかることはできない。だからこそ、想像し続けていたいと市子を演じて強く感じました。

Photography Takuroh Toyama
Stylist Ayano Watanabe
Hair & Makeup Akemi Nakano

スカート/アキラナカ、ジュエリー/ヴァン クリーフ&アーペル、その他スタイリスト私物

『市子』 12月8日からテアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

■『市子』
12月8日からテアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
出演:杉咲花 若葉竜也
森永悠希 倉悠貴 中田青渚 石川瑠華 大浦千佳 
渡辺大知 宇野祥平 中村ゆり
監督:戸田彬弘 
原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘) 
脚本:上村奈帆 戸田彬弘 
音楽:茂野雅道
撮影:春木康輔
編集:戸田彬弘
制作:basil 
制作協力:チーズ film 
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ 
©2023 映画「市子」製作委員会2023 年/日本/カラー/シネマスコープ/5.1ch/126 分/映倫G
https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/

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細田守監督も称賛する注目のブラジル人アニメ監督、アレ・アブレウが語る新作『ペルリンプスと秘密の森』に込めた色彩と音楽へのこだわり、そしてブラジル文化への想い https://tokion.jp/2023/11/28/interview-ale-abreu/ Tue, 28 Nov 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=217423 ブラジル人アニメ監督、アレ・アブレウが語る新作『ペルリンプスと秘密の森』について。

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アレ・アブレウ(Alê Abreu)

アレ・アブレウ(Alê Abreu)
1971年3月6日、サンパウロ生まれ。13歳の時にサンパウロ市内にあるMuseum of Image and Sound(MiS)のアニメーション教室に通い始める。1990年代、アブレウは2本の短編アニメーションを制作し、イラストや広告など多くのプロジェクトに携わった後、初の長編映画『Garoto Cósmico(宇宙の少年)』を制作。2016年に『父を探して』公開。2016年アカデミー賞長編アニメ賞に南米の長編アニメ作品として初ノミネートされた。

近年、注目を集めるイベロアメリカ(欧州および中南米のスペイン語・ポルトガル語圏諸国から構成される地域)のアニメ。そんな中で注目を集める監督の1人が、ブラジル出身のアレ・アブレウだ。長編2作目の『父を探して』(2016年)がアカデミー賞の長編アニメーション映画賞にノミネートされたアブレウは、音楽と色彩に満ちあふれたイマジネーション豊かな作品を生み出してきた。最新作『ペルリンプスと秘密の森』は、クラエとブルーオという2人のエージェントが、巨人達から森を救うために「ペルリンプス」を探すという物語。そこには自然破壊や分断された世界に対する批判と、子どもの純粋な心が持つ力や可能性が描かれており、細田守監督も「まばゆい色彩に何度も目を奪われる。2人の主人公の愛くるしさと、今そこにある待ったなしの問題とが、葛藤する。その先に、子ども達へのやさしさがあふれている」と称賛のコメント寄せる。

今回、来日中のアブレウに会ってみると、彼自身が子どものような無邪気で活気に満ちていた。お土産のブラジルのお菓子を頂きながら、映画について話を聞いた。

華やかな色使い

——『ペルリンプスと秘密の森』は前作『父を探して』に比べると作風が変化しましたね。とても色彩豊かで、柔らかくて立体的なタッチになりました。美術やキャラクターのデザインについて、何か意識していたことはありますか。

アレ・アブレウ(以下、アブレウ):『父を探して』と『ペルリンプスと秘密の森』は、ある意味、対照的な作品と言えるかもしれません。『父を探して』は白をベースにしているのに対して、『ペルリンプスと秘密の森』はカラフル。『父を探して』にセリフはありませんが、『ペルリンプスと秘密の森』はセリフがたくさんある。この違いは私のスタイルが変わったというより、物語が求めているスタイルが違うので変化したんです。

——では、今回の色使いに関して何か意識していたことはありますか?

アブレウ:この映画は色彩が1つのキャラクターになっています。まず、森のキャラクターを表す色彩。そして、子どもの世界も色彩によって表しています。映画の冒頭にカマドドリのジョアンが「この世界に強い光が入ってきた」と語りますが、その光が色彩を、子ども達の世界を生み出すのです。

——『父を探して』も白をベースにしながら色鮮やかでした。監督にとって色は世界観を生み出す上で重要な要素なのでしょうか。

アブレウ:色彩はものすごく重要な要素ですが、色の重要性や使い方について言葉で説明するのは難しいんです。色に関しては理論立てて使用しているわけではなく、自分のイメージがおもむくままに使っています。感覚的に使う、というのが私のやり方です。色を何かの象徴として使うことがありますが、私にとって色は音に近いもの。いろんな色を組み合わせてハーモニーを生み出していくことに惹かれるんです。

——画家のパウル・クレーも色は音楽的だと言っていますね。

アブレウ:そう、クレーもどんな作品になるかわからないまま色を加えていく。だからこそ作品に画家の内面そのものが反映されるんです。

——日本のアニメーションは色の使い方に対しては臆病というか慎重なので、 監督の作品を見ると世界はこんなに色にあふれているのかと驚かされます。

アブレウ:私は作品を作り始めると、その世界に深く潜り込んでいくことを大切にしています。今回は子どもの世界に潜り込んでいたので、子ども達の恐れを知らない大胆な色使いになりました。

——2人の子ども達のキャラクターデザインもとてもユニークでした。それぞれが動物の格好をしていて奇妙なメイクをしている。どこかプリミティヴな雰囲気も漂っていますが、彼等のキャラクターデザインはどういうふうに思いついたのでしょう。

アブレウ:最初に思いついたのがクラエのイメージでした。森の中の湖のような場所にオオカミの格好をした男の子がいる。顔にメイクをしているけど崩れかけていて、その子はどこかに行こうとしているんです。その子はどこに行こうとしているのか、その森はどんなところなのか。そうやっていろいろ考え始めたことで物語が生まれていきました。

——ブラジルの子ども達は自分でメイクをして遊んだりするのでしょうか?

アブレウ:そんなことはないです。ただ、自分が思いついたイメージがそうだったというだけで。もしかしたら、動物の格好をしていたのはカーニバルに参加していて、そこを抜け出してきたのかもしれない。でも、そう考えたのは後付けで、そういう設定というわけではありません。

音楽のイメージ

——監督の作品は全編に音楽が満ちあふれて、映像と溶け合ってシンフォニーを奏でています。本作の音楽に関しては、どんなイメージを持たれていましたか。

アブレウ:自分にとって映画の音楽というのは、言葉では表せない部分、スピリットを表現してくれるものです。今回のサントラはアンドレ・ホソイとオ・グリーヴォに依頼しました。それぞれに役割が区別されていて、オ・グリーヴォは森の風の音だったり雨だったり、そういう自然音を音楽として感じられるようにサウンドデザインをしてもらいました。アンドレには、子ども達のエネルギーを表現する音楽を作ってもらったんです。彼はボディ・パーカッションのグループ、バルバトゥッキスの中心人物で、私とは幼馴染なんです。

——どんな音楽にしたいのか、頭の中にイメージはありました?

アブレウ:アンドレには曲作りの参考になるものとして、サイケデリック・ロックを薦めました。テーム・インパラとか。自分がヴィジュアルを考える時も、サイケデリック・ロックのイメージがあったので、色彩と音楽で子どものパワーを表現できると思ったんです。

——この映画では音楽は添え物ではなく、1つの空間を生み出していますね。

アブレウ:まさにその通りです。作品をよく観ていただいてありがとうございます。音楽をバックにあるものとして捉えている監督や作品が多い中で、自分は作品を作り上げえる上で重要な要素として捉えているんです。

ブラジルでアニメーション映画の分野を確立したい

——『父を探しても』も本作も、子どもの眼差しで世界を発見してく物語だったと思います。あなたにとって「子ども」とはどういう存在ですか。

アブレウ:この映画を作っている間、自分はずっと子どもに戻っていました。子どもというのは、信じる力を持ち、世界がもっと素敵になるという強い希望を持つ者です。子どもが持っているその力は、大人になってからでも、大きな光、希望の光として人間の中に宿っています。そして、人が闇の中にいる時、困難に立ち向かう時に、その光が導いてくれるんです。

——監督は13歳の頃にアニメの教室に通うようになって、本格的にアニメの道を志したそうですね。何かきっかけのようなものがあったのでしょうか。

アブレウ:子どもの頃からアニメーション大好きで、自分でアニメーション映画を作りたいと思っていたんです。ブラジルのアニメやディズニーも観ましたが、日本のアニメに強く惹かれました。手塚治虫の『リボンの騎士』をよく覚えています。今も日本のアニメは私にとっては先生みたいな存在で、宮崎駿や高畑勲などさまざまなマエストロが作った映画を観て、いろんなことを学んでいます。そして、18歳の時、ルネ・ラルー監督の『時の支配者』や『ファンタスティック・プラネット』をサンパウロのシネクラブで観て「こんな作品を作りたい!」と思ったんです。観客と対話できるような作品を作りたいと。

——監督の作品を拝見すると、ブラジルの文化や自分達のルーツを再発見しようとしているように思えます。

アブレウ:ブラジルだけではなく、南米全体を視野に入れて考えています。『父を探して』は、『Canto Latino』というラテンアメリカの音楽を題材にしたドキュメンタリーを準備している過程で思いついたアイデアから生まれました。ブラジルの文化はいろんなものが混ざり合っている。とても豊かな背景を持っていて、それが自然に私の作品に表れてくるのではないでしょうか。

——ブラジルの現在のアニメの状況はいかがですか?

アブレウ:前の政権が文化に理解がなかったので、長い間、ひどい状況が続いていました。昔はブラジルで公開される映画の15%が国内で制作された作品でしたが、今はわずか1%にすぎません。新しい政権になってから、衰えてしまった文化芸術の分野を回復しようと頑張っているところです。日本には及ばないにしても、ブラジルでアニメーション映画の分野を確立するために、これからも努力していきたいと思っています。

Photography Yohei Kichiraku

『ペルリンプスと秘密の森』

『ペルリンプスと秘密の森』
12月1日から全国順次公開
脚本・編集・監督:アレ・アブレウ
音楽:アンドレ・ホソイ / オ・グリーヴォ
2022年 ブラジル / 原題:Perlimps / スコープサイズ / 80分 / 日本語字幕 星加久実 
後援:駐日ブラジル大使館 
配給:チャイルド・フィルム/ニューディア― (c) Buriti Filmes, 2022
https://child-film.com/perlimps/

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対談:今泉力哉 × 木村和平 2人の創作へのこだわりと映画『アンダーカレント』の“わからなさ” https://tokion.jp/2023/10/05/undercurrent-rikiya-imaizumi-x-kazuhei-kimura/ Thu, 05 Oct 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=210754 映画『アンダーカレント』の今泉力哉監督とスチール写真を手掛けた写真家の木村和平との対談。2人の創作に対するこだわりとは。

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今泉力哉(左)と木村和平(右)

今泉力哉
映画監督。1981年生まれ、福島県出身。2010年、『たまの映画』で商業監督デビュー。2013年、『サッドティー』が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品され、高い評価を受ける。2019年、『愛がなんだ』(2019)が大ヒットを記録。2023年、Netflix映画『ちひろさん』を手掛け、世界配信と劇場公開を同日に行う。その他の主な作品に『his』(2020)、『あの頃。』(2021)、『街の上で』(2021)、『猫は逃げた』(2022)、『窓辺にて』(2022)など。最新作として、漫画「からかい上手の高木さん」の実写化を手掛ける。
https://twitter.com/_necoze_

木村和平
写真家。1993年生まれ、福島県出身。東京在住。ファッションや映画、広告の分野で活動しながら、幼少期の体験と現在の生活を行き来するように制作を続けている。第19回写真1_WALLで審査員奨励賞(姫野希美選)、IMA next #6「Black&White」でグランプリを受賞。主な個展に、2023年「石と桃」(Roll)、2020年「あたらしい窓」(BOOK AND SONS)、主な写真集に、『袖幕』『灯台』(共にaptp)、『あたらしい窓』(赤々舎)など。
https://twitter.com/kazuheikimura
Instagram:@kazuheikimura

豊田徹也による人気漫画『アンダーカレント』を、今泉力哉監督が映画化し、10月6日から公開される。そこでスチール写真を手掛けたのは写真家の木村和平だ。これまでにも木村は『愛がなんだ』をはじめ今泉作品に関わってきたが、木村のスチールは監督にとって何が特別なのか。そして、木村から見た今泉作品の魅力とはどんなところなのか。映画とスチールの関係を通じて、2人それぞれの創作に対するこだわりを聞いた。

——木村さんが今泉監督の作品に関わるようになってから長いですが、監督は木村さんのスチールのどんなところに惹かれますか?

今泉力哉(以下、今泉):スチールを撮った時の空気感みたいなものが、写真にすごく残っているところですね。あと、俳優さんに無理をさせないというか。状況を伝えたうえで、できるだけ自然な感じでいてもらう。そういうところは自分が撮影する時と通じるものがあるなって思います。

——今監督がおっしゃったことは、木村さんがスチールを撮影する時に意識していることなのでしょうか?

木村和平(以下、木村):言われてみれば確かにそうかなって思いますが、一番大事にしていることではないですね。今泉さんは「役者に無理をさせない」って良い感じで言ってくれましたけど、そうでもないかもしれない。

今泉:させている時もある?

木村:芝居の延長だけど、ちょっと違うことをさせる、というのを意識しているところがあって。でも、それをしつこく追及しないというか、見切りをつける時は早い。そういうところは今泉さんの映画にもある気がします。

今泉:やばい。いろいろ見られてる(笑)。

——そういう被写体との関係性は映画のスチールだからなのでしょうか。それとも他の作品でも同じですか?

木村:自分の性格がいちばん大きいと思いますが、映画の仕事は他の仕事とは違うのは確かですね。自分が主導権を握っている仕事ではないので。映画には「参加させてもらっている」という意識があるのですが、そこで何か爪痕を残したいっていうスポ根的な意識が働く(笑)。短い期間の中で、役者さんと共鳴する瞬間を見つけたいと思うんです。だから、「あのシーンの後、どうしていると思いますか?」みたいなことを役者さんに言って、芝居に集中している役者さんの意識を少しズラさせる。そういう撮り方は映画のスチールの時しかないというか、他の仕事ではやりようがないですよね。映画みたいな「物語」がないので。

——そうやって役者に働きかけて撮影する、というのは、ある種の演出のようでもありますね。

木村:演出と言えるのかなあ。

今泉:スチールの撮り方ってカメラマンによっていろいろあると思うけど、木村さんのように役者さんに語りかけるのは、役者さんが演じていることへのリスペクトをすごく感じるので、役者さんからしたらありがたいと思いますよ。「一回、役を忘れて」って平気で言っちゃうカメラマンもいますからね。作品のイメージとかけ離れていても役者を美しく撮る、というやり方もあるから、それを理解している役者さんだといいけど、「役を忘れろだと?」ってイラッとしてしまう人もいる。僕は木村さんみたいに、俳優が役を演じていることを活かした演出をしてほしい。

木村:でも、撮影の目的次第では、役を忘れてもらってもいいと思うんですよね。全員の集合写真を白ホリで撮影するのであれば「役を忘れて」と言うのもありかもしれない。

今泉:木村さん、そういう写真も撮れるんですか? ガチガチに作り込んだような。

木村:撮れないです(笑)。というか、撮ったことがないからわからないですね。一度、やってみたい気はするけど、やっぱり、自分が関心があるのは役のままでその場でいてもらうことですね。

光について

——木村さんのスチールを見ていると、映画には描かれていない時間を撮っているような気がします。

今泉:(井浦新と真木よう子が沼の前に立っているポスターの写真を見て)これも映画の時間ではないですよね。

——真木よう子さんの顔は、ヒロインのかなえの顔になっていますよね。きっと、映画を観た人なら、あのシーンの前後だなってわかる。

木村:例えば「切ない表情をしてください」って言って撮るのと、「あのシーンの後、どうしていると思いますか?」とだけ言って撮るのとでは絶対に違う。役者さんはプロだから「切ない顔」をすぐ作れちゃうので、なるべくポーズとか表情の指示をしたくないんですよね。だから、この写真も「こっち向いて」とか言ってなくて、たまたま真木さんがこっちを見た時に撮ったんです。

——この写真をはじめ木村さんの写真は自然光の取り入れ方が印象的なのですが、そこは意識されているのでしょうか。

木村:自分の作品に関して光の話をしていただくことが多いんですけど、自分は独学で写真を学んで、スタジオで働いた経験もないのでライティングのことがあまりよくわかってないんですよね。だから、その場にある光を活用するしかない。変に光を操作せずに、その場の光を使った結果というか。自然光を使うことを、自分のスタイルにしようと思っているわけではないんです。

今泉:ファッション誌などで撮る時も?

木村:基本的にはそうですね。たまに広告とかだと照明さんに助けてもらうこともありますけど。近年は光から離れる努力をしているところです。この写真(ポスターの写真)は結局、光に頼っちゃいましたけど(苦笑)。

——映画本編も自然光を捉えた映像が印象的でしたが、監督は照明に関しては何か意識していることはありますか?

今泉:あんまり考えてないんですよね。照明と色味とかはカメラマンの提案を受けて、「それでいいと思います」みたいな感じなんです。今回の作品では、ちょっと青っぽくして汚しを入れているんですけど、それも撮影の岩永(洋)さんからの提案でした。よくわかってないんですよ、照明のことを。ロケハンの時に岩永さんに「今泉さんは撮りたい画ってないんですか?」って聞かれた時に「ないんだよね」って言っちゃって。そしたら、岩永さんがショックを受けて「今の言葉、一生忘れません」って言ってた(笑)。

木村:でも、なくはないでしょう?

今泉:うーん。画よりも人物をどう生かすかの方が重要なんだよね。

木村:優先順位が違うんですね。

今泉:そう。基本、風景だけの画って撮らないし。人があっての景色だから。芝居は通して撮るんですけど、ツーショットで押さえて、寄りも全部押さえる。カメラマンには「使うところが決まっていればそこに力を入れて撮れるけど、全部使えるように撮るのは疲れる」って言われるんですよ。でも、そこで照明にこだわられたくないっていうか。そこだけ、すごくきれいに撮れていても使いたくない。なるべくフラットな感じにしておきたいんです。

木村:監督が映像的なこだわりよりも、会話に注力しているからこそ、あの独特の空気感が出ているんだと思います。特に今回の映画はそうだった。すべてのカットの照明を作りこんでたら、いわゆる美しい映画になってしまって、監督の会話劇の面白さが薄れそう。

今泉:その辺を岩永さんはすごく理解してくれているんですよね。

——監督の作風を理解しているカメラマンじゃないとやりにくいですね。

今泉:そうですね。でも、サイズとかは細かく言うから、岩永さんは「任せるって言いながら、任せずにこだわるよなあ、今泉さん」ってイライラしてますけど(笑)。

——木村さんはスチールを撮る時にこだわっていることはありますか?

木村:ズームレンズは使用せず、単焦点の標準レンズしか使わないことですね。それはスチールに限ったことじゃないですけど、スチールの時は特にそうかもしれません。スチールって絶対望遠のズームレンズがあった方がいいと思うんですよね。いろんな機材があってスタッフさんがたくさんいるなかで役者を撮らなくてはいけないので、遠いところから顔のアップを撮れたほうが絶対いい。でも、僕は普段の仕事で使っている、ズームができない単焦点のレンズを映画のスチールでも使ってきました。それはどうしてなのか? と考えた時に、自分の視点が変わることのほうが大事なんじゃないかと思ったんです。レンズによって視点が変わるよりも、自分が動いて視点を変えていく方が大事だなと。

——その違いはなんでしょう?

木村:僕がいることを意識させない、ということも大事かもしれませんが、僕は僕がいることをわかったうえで撮られて欲しい、という気持ちがあります。役者さんとコミュニケーションをとったうえで撮りたいんです。

——撮られていることを意識する、というのは大きな違いですね。

今泉:今の木村さんの話を聞いて思ったんですけど、映画の長回しのシーンって観客が映画と同じ時間を体験するわけじゃないですか。しかも、カットがないので作り手のことを意識させないし緊張感も出る。だから、映画の2人に集中してほしい、と思ったシーンでは長回しにするんです。じゃあ、その場にスタッフを入れずにカメラだけ置いて、隠しカメラのように撮れば、もっと緊張感ある映像が撮れるか? というと絶対撮れない。大勢のスタッフがいると気が散るので、できるだけ少ない人数にしますけど、そこに人がいて見つめていることでしか生まれない演技がある気がして。それは木村さんが言ったことと通じるものがある気がしますね。監督がモニターの前にいるか、俳優を直接目で見るか、 でも全然違ってくるんです。

今泉作品の魅力

——なるほど。現実のリアルと映画のリアリティは違いますもんね。木村さんからご覧になって、今泉作品の魅力ってどんなところでしょうか?

木村:『アンダーカレント』は今泉さんと出会う前に、初期の作品を観ていた時のような感じで観られたというか。演出しているところ、してないところの「見切り」っていう言葉をまた使っちゃうけど、いい意味での見切りみたいなのをすごい感じました。監督の意志でコントロールし切れないことを受け入れるっていうか、ある種見守る姿勢で眺めているシーンが結構あるなと思ったんです。それが監督の初期の作品で「いいなあ」って思ったところなんですよね。『アンダーカレント』は2人の会話シーンが多い映画でもあるので、特にそういうところを強く感じました。

今泉:「見切り」っていうのは、どこまでネバるか、でもあると思うんですよ。自分が頭の中で思っているものになるようにすべてコントロールすべきなのか? これ以上、テイクを重ねても何も出ないんじゃないか? みたいなことも含めて。だから、この作品の感想で「見切り」ということを言われるのは、あまり人に見られたくない部分を見られた気がして、けっこうエグいというか(笑)。

木村:いや、僕は完全に褒め言葉として言ってますよ。

今泉:もちろん、そうなんですけど、なんでそんなにわかるの?っていうのが怖い。木村さんと出会ったきっかけって、僕が『アジェについて』っていう舞台をゴールデン街の劇場で演出した時に、木村さんがお客さんとして来てたんですよ。そのあと、木村さんがTwitterに舞台の感想を書いたのを読んで木村さんにスチールをオファーしたんです。その感想というのが、「面白く観たけど、笑いに関しては作り手が目指したところまで持っていけてないんじゃないか」みたいなことで、「それ、バレる?」と思って(笑)。だから木村さんと仕事をするきっかけって、木村さんの写真じゃなくて言葉なんですよね。今回の映画に関しては自分自身わかってないことが多かったので、全部コントロールしようとは思わなかったんですよ。自分より役者さんの方がわかっていることもあると思ったし。だから、今までの映画で一番理解できてないかもしれない。

木村:監督がすごく悩んでいるのはなんとなく伝わってきました。でも、役者に委ねるというのは、役者を信頼していないとできないことだし。

今泉:もちろん、全部投げているわけではないですけどね。でも、「それは絶対違う」というのはわかるし。

——これまでの作品と比べて、一番わからなかった理由というのは、なんだったんですか?

今泉:まず、原作のすごさ。あと、原作のテーマが「わかる/わからない」じゃないじゃないですか。

木村:この原作を「わかりました」って言える人って、まずいないんじゃないですか。

今泉:この原作って、これまで何度か映像化の話があったけど、作者の豊田(徹也)さんは断ってきたそうなんです。僕が初めて豊田さんに会って話をした時に、「この漫画って映画になって面白くなると思いますか?」って聞かれたんですよ。俺は「なります!」って言える人じゃないから、「ほんとですよね。すごく難しいと思います」って言ったから、豊田さんは信頼して任せてくれたんじゃないかと思うんですよね。こういう、深いというか重いテーマを真正面からやったのは久しぶりだから、早くいろんな人の感想を聞いてみたいです。多分、賛否両論出てくると思うし。

——公開が楽しみですね。監督も木村さんもヴィジュアルの表現に関わられていますが、映画と写真では大きな違いもあります。今泉監督から見た写真の良さ、木村さんから見た映画の良さがあれば教えてください。

今泉:写真は、その一瞬が撮れたらいいっていうところが良いですよね。その一瞬を撮るっていうのが、めちゃめちゃ大変なんだろうけど。例えば、こういう取材で撮影時間が10分だったりすると、撮られながら、こんなにたくさん撮れるんだって思うんですよ。映画だったら段取りしている間に10分過ぎてしまう。そう思うと映画って贅沢ですよね。写真とか、お笑いもそうですけど、今起こっていることがすぐに形になる。そこが強みかな。

木村:映画には時間の前後が映ることが魅力的に感じます。自分は写真をこれからもやっていこうと思っているので、写真でそれができないかなって考えているんです。写真は「あ」っていう瞬間しか撮れないけど、その1枚で「ああ」みたいなものが写せないかしら、みたいなことを考えている。それって、映画への羨ましさみたいなところからきていると思います。

今泉:映画を撮ろうとは思わないですか?

木村:スチールで映画に関わるまでは撮りたかったんですけど、関わり始めてからは無理だなって(笑)。

今泉:いや、それは木村さんが映画の現場を見ているからで、そういう撮り方じゃないようにすればいい。木村さんがやりやすい現場を作ればいいんですから。

木村:それができるといいですけど。

——監督は写真を撮ったりは?

今泉:まったく撮らないですね。携帯でも撮らないし、自分の子供を撮ったりもしない。

木村:そうなんですか。

今泉:いい写真が撮れないんです。自分が撮ったものを見ても、全然撮れてねえじゃん!って嫌になっちゃう。反省するのは映画で十分ですよ(笑)。

Photography Tameki Oshiro

映画『アンダーカレント』

■『アンダーカレント』
銭湯の女主人・かなえ(真木)は、夫の悟(永山)が失踪して途方に暮れていた。そこへ堀(井浦)と名乗る謎の男が現れ、住み込みで働くことに。友人の勧めで探偵・山崎(リリー)と悟の行方を探すことになったかなえは、夫の知られざる事実を知り、やがて自分自身の心の奥底に触れることに……。

10月6日より全国公開
出演:真木よう子、井浦新、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央、永山瑛太、リリー・フランキー
監督:今泉力哉 
音楽:細野晴臣
脚本:澤井香織 今泉力哉 
原作:豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーン KC」刊) 
撮影・照明:岩永洋 
特写:木村和平
企画・製作プロダクション:ジョーカーフィルムズ 
配給:KADOKAWA
©︎豊田徹也/講談社 
©︎2023「アンダーカレント」製作委員会
https://undercurrent-movie.com

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オリジナルメンバーだから作れた“3人のくるりの音” 「この3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがあります」 https://tokion.jp/2023/10/03/interview-quruli/ Tue, 03 Oct 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=210471 14枚目となる新作アルバム『感覚は道標』が10月4日にリリースするくるりの2人に新作や映画について話を訊いた。

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オリジナルメンバーだから作れた“3人のくるりの音” 「この3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがあります」

くるり(QURULI)
1996年9月頃、立命館大学(京都市北区)の音楽サークル「ロック・コミューン」にて結成。古今東西さまざまな音楽に影響されながら、旅を続けるロックバンド。
https://www.quruli.net
https://twitter.com/qrlinfo
https://twitter.com/Kishida_Qrl
https://twitter.com/Sato_Qrl

1996年、立命館大学の音楽サークル“ロック・コミューン”に所属していた岸田繁、佐藤征史、森信行により結成されたロックバンド、くるり。多彩かつオルタナティヴな音楽性で、作品ごとに新境地を切り開いてきた。

今回、2002年にバンドを脱退したオリジナル・メンバー、森信行をゲストに迎えた14枚目となる新作アルバム『感覚は道標』が10月4日にリリースされる。さらに、その制作過程を追いかけた、くるり初となるドキュメンタリー映画『くるりのえいが』が10月13日に公開となる。

『感覚は道標』のレコーディング風景を追った『くるりのえいが』は、アルバム制作に向き合う3人の姿をナチュラルに描き出すことで、創作の面白さ、そして、そこに秘められた人間ドラマを浮かび上がらせる。原点を見つめ直すことで新たな一歩を踏み出したくるりの2人、岸田繁(ヴォーカル、ギター)と佐藤征史(ベース)に映画や新作について話を訊いた。

——これまでも森さんと共演されたことはありましたが、新作では曲作りから一緒にやったそうですね。

岸田繁(以下、岸田):以前から、また森さんと一緒にセッションしながら曲を作ってみたいな、と考えてはいたんですよ。そこに映画の話が立ち上がって、だったらこの機会に、と思って。それで撮影に入ってみると曲がポンポンできちゃったんですよね。密かな願望として、アルバム1枚に落とし込めたらいいな、と思ってはいたんですけど、口にはしてなくて。でも、最終的そこに向かうことができたのは良かったと思います。

——森さんはバンドを離れてからも度々共演されていましたが、一緒に曲作りをするとなると話は別ですよね。

岸田:森さんはくるりが好きなんですよ(笑)。そこが素敵なところで。僕らはケンカ別れしたわけじゃないし、森さんは、自分が抜けた後に僕らがやってきたことに興味を持ってくれていた。そうじゃないと一緒にやろうと思わなかっただろうし。多分、緊張感はあったと思うんですけど、前向きにOKしてくれたんじゃないかなと思います。

——きっとお互いに緊張感があったと思いますが、そういうところにカメラが入ることで、さらにナーバスになるのではないかと思います。撮影前に佐渡監督と映画の内容や撮影手法などで何か話をされたのでしょうか。

岸田:例えばザ・ビートルズの『ゲットバック』てって、真実といえば真実だけど、そこには映画を観る人の誤解を招くような編集があったじゃないですか。だから最近、新しい編集で公開されたわけで。そういう作り手の意図や演出を感じさせない作品にはしたくなかった。

あと、バンドのドキュメンタリーって、メンバーが揉めたとかドラッグでどうなったとか、そういうゴシップ的な要素が入ることが多い。そういうところに焦点を当てるのではなく、曲が生まれて作られていく過程を見せたかったんです。作り手の内側に入りつつも、あまり入りすぎない距離感で、曲ができるまでの過程を撮れたらいいな、と思っていました。

——確かにドラマティックな演出はせず、ナチュラルな距離感で撮られていましたね。「くるり観察日記」みたいな感じでした。

岸田:この前、とある酒蔵を案内してもらったんです。最後に試飲するという、お決まりのコースだったんですけど大変興味深かった。やっぱり、ものづくりの過程って見てて面白いんですよね。大人になると、観光はしても社会見学ってしないじゃないですか。バンドは特殊なものだから、それぞれに曲作りの過程は違うと思うんですけど、うちはこんな風にやってますよっていう一例を見せれば、面白いものになるんじゃないかなって思ったんです。

「1990年代のオルタナ・ロック」の気分と伊豆スタジオ

——映画では、まず3人でミーティングをして、セッションをしながら曲を作り上げていきます。それがくるりの基本的な曲の作り方なんでしょうか。それとも、今回はそういうやり方をとった?

岸田:最近は、まずスタッフとどんな作品にしたいか話をして、そこから各自が作業していく。DAW環境が整っているのでデータのやり取りでデモの途中まで作ることが多いです。この3人でやってた時は、はっきりした目的がないままスタジオに入って、適当に演奏をしているうちにかたちになっていった。セッションから作る、というとカッコいいですけど、遊んでるみたいな感じで音を出して、その中からネタ的なものが見つかるとその場で調理していく、というやり方だったんです。

——その当時のやり方を今回再現したわけですね。

岸田:こういうやり方って最近はあまりやってなかったんです。森さんは条件反射の人でもあるから、譜面を用意してやるより、ゼロから一緒にやった方がいいんじゃないかと思ったんです。

——今回のアルバムは「1990年代のオルタナ・ロック」というのがモチーフの1つとしてあったそうですが、それは曲を作り上げていく過程で浮上してきたことなのでしょうか?

岸田:そうですね。リファレンスというよりは気分的なもののほうが大きくて。レッド・ツェッペリンみたいな音を出すんじゃなくて、ストーン・テンプル・パイロッツの気分で、というか(笑)。オルタナっていろいろあったけど、よくできているものもそうでないものも空間を活かした音作りになっていた。そういうニュアンスがいいと思ったんですよ。今回、伊豆スタジオでやろうと決めた時、スタジオの音の鳴りとか、3人の演奏を考えて、オルタナ・ロックっぽい感じが合うんじゃないかと思ったんです。

——3人でバンドを始めた頃にリアルタイムで聴いていたってことも大きいんでしょうね。実際に聴いてみると、オルタナ感はありつつも、それを通過したヴィンテージなロックンロールっていう感じで、3人のくるりの音がドンと出た潔い音でした。

佐藤征史(以下、佐藤):自分達の演奏を録音した時、「ええ音」っていうのとは別に、「説得力のある音」かどうかっていうのがあるんですよ。自分達がやっていることに対して正しいかどうか、というか。「説得力のある音」になるかどうかは自分達の演奏した音とスタジオの相性ってすごく大事で、それが今回うまくいったからドンって感じでトリオの音が出せたんだと思います。ハウスエジニアの濱野(泰政)さんは元ベーシストでバンドをやられていた方なので、曲が生まれた時から、その曲のどんなところが光っているのかを共有してもらえている感じがすごくあった。だから自分達がやりたいことを察してくれて、作業にロスが少なかったのも良かったです。

——今回はスタジオの存在が大きかったわけですね。

岸田:伊豆スタジオって1980年代ぐらいの機材を使っているんです。いってみればヴィンテージですよね、だから音触りが必然的にヴィンテージになる。リヴァーヴも実際にエコーを録るんです。建物の2階に空洞部分があって、そこにスピーカーで音を流し込んで、そこで響いている音を録る。最近では全部シミュレーターでやっちゃう部分を、今回は空気を通してやることができたんです。空間を活かす。空気を通して音を歪ませることで、生バンドのダイナミクスが活きるようにする。ちょっとパーカッション的なものが必要になった時には、スリッパで床を叩いてみたり(笑)。そういうアイデアの引き出しも活用しながらレコーディングしました。

——最初に完成した新曲「In Your Life」をスタッフ全員で聞くシーンが印象的でした。曲を聴き終わった後、全員が満足した表情を浮かべていましたが、観ているこちらも「これが3人のくるりの音なのか」と納得しました。

岸田:よかった! そう感じてもらえたのなら、佐渡監督も喜ばれると思います。

佐藤:多分なんですけど、新作のサウンドは最近のくるりではやってなかったこと、できてなかったことでもあると思うんですよね。「In Your Life」は森さんと一緒に曲作りしてなかったら作れなかったと思うし、それは映画を観ていただいたら、すごくわかると思います。

——みんなで曲を聴く時、岸田さんがピンク・フロイド『狂気』のジャケをデザインしたコートを着て登場するじゃないですか。それで一番前にどかっと座る。その佇まいが魔術師みたいで、完成した曲を聴く時の儀式なのかと思いました。

岸田:あの服はレコーディング中に佐藤さんから誕生日にもらったんです(笑)。「今年はすごいよ〜」って。

佐藤:あげたのが4月だったので、「秋口になったら着て」って(笑)。

岸田:伊豆スタジオではリラックスしているので、いつも短パンを履いてるんです。それであれを着るから、なおさら狂気を感じさせたのかもしれないですね。これから、新曲を聴く時は毎回あれを着るようにしよかな(笑)。

——この映画をきっかけにぜひ(笑)。森さんとの曲作りに関しては、昔との違いを感じたことはありました?

岸田:変わらんっちゅうたら全然変わってないのかもしれないですね。作っていく中で「ああ、こいつ、こういうやつやったな」って思い出すことというのはありましたけど、向こうも同じやったんじゃないでしょうか。

佐藤:やってることは昔と一緒ですからね。僕らから離れて、今、もっくんはドラムに対してどんなことを思ってるんやろ、と思いながらやっていたところはありましたけど。

3人だからこそできた新曲

——レコーディング中に京都のライヴハウス、「拾得(じっとく)」でライヴをするじゃないですか。その時の演奏は、レコーディングの時とはまた違う生々しさがありました。初期の曲や新曲も披露していましたが、ライヴをやってみていかがでした?

岸田:いま、僕らにはライヴ用のバンドがあるんですよ。5人編成で素晴らしいメンバーがそろっていて、自分で言うのもなんですけど良いバンドなんですよね。久しぶりに森さんと3人でやると、いろんな意味でボロボロでした(笑)。お互い普段どんなライヴをしているか、その違いが出た結果やと思います。今のくるりの波に彼が乗っかろうとすることが彼にとってはエグいことなんですよね。だから今回、ゼロから一緒に曲を作ることができたのはすごく良かったと思います。

佐藤:「拾得」のスタッフさんも、「新曲はよかったのに」みたいなことを言ってはって(笑)。

——確かにライヴでは、それぞれの「今」がぶつかってしまうかもしれないですね。1枚アルバムを作ってみて、改めて感じたことがあれば教えてください。

岸田:正直、こんなしっかりした作品ができるなんて期待してなかったんです。「あ、思ってたよりいけた」っていう感じが強いですね。あと、やっぱり昔のやり方をすごく再認識したというか。「東京」とか「ばらの花」って最近のファンの方達にも人気がある曲なんですけど、そういう曲はこの3人で作ったので、またこの3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがありますね。こういうアルバムの作り方って、ほんまにええもんやな、と思えたし、そういう風にアルバムが作れる関係性が今もある、というか良い仲間やなって再確認できました。

——岸田さんが書いたセルフライナーノーツで、新作に収録されている「朝顔」は、これまで禁じていた「ばらの花」的ものを解禁してできた曲、と書かれていました。やっぱりこの3人だから解禁できたのでしょうか?

岸田:今回、僕はしっかりとはソングライティングをしてないんです。3人で音を出している時に、誰かがなんかやりだして、そこから曲を作っていくっていうやり方やったから。それでなんとなく「ばらの花」的なものが始まって、みんなが「ああ、『ばらの花』的な感じかな」と思って乗っかってきた。そしたら、思ったより「ばらの花」みたいになってしまって、なんか自分達でくるりのコスプレをやってるみたいな感じやったんですけど(笑)。でも、他の人とではそういう感じにはならないんですよね。狙ってもそうならないから、やっぱり、この3人だとこうなるんやな、と思って。それはちょっと嬉しかったですね。

——佐藤さんはいかがでした?

佐藤:「拾得」のライヴでも思ったんですけど、森さんの瞬発力って素敵だなって思いました。それは当時から思ってたんですけど、最初に曲を一緒にやる時、自分の進む道が明確に見えた時は、すっごく早くていい。今回のレコーディングの時も、「こういう感じやったな。やっぱ、こういうとこはすごいな」っていうのを噛み締めていました。その瞬発力があったからできたアルバムでもあるっていうのが、自分の感想です。

——森さんのキャラクターは映画からも伝わってきました。お2人が緻密に音を作り込んでいる一方で、森さんはポーンと突き抜けてくるというか。

岸田:そうなんですよね。

佐藤:でも、ムカつく時もあるんですよ(笑)。デモの曲をいざ録ろうしたら、そのデモを録った時に「自分はこのモードでいこう」って考えていたことを忘れてたみたいで、全然違うことしかやらないとか。そういうので、あっち行ったりこっち行ったりしながら作っていて。別れた理由を思い出したりもしながら、それでも彼の存在は大きいなって思いました。

岸田:今回は根を詰めてすごい作品を作ろうとしなかったから、それが良かったのかもしれないですね。使命感みたいなものは持たずに、できるだけ楽しくやろうと思っていました。でも、やってるうちに本気になっちゃったんで、ちゃんと本気の作品になったんですけどね(笑)。僕は曲を作る時にガッと入り込んでしまうタイプなんで、あんまりそういうことがないように、曲作りの最初の段階では、ネタ投げおじさんみたいな感じで取り組めたのが良かったのかもしれない。

——「サンバのリズムでやってみよか?」とか、岸田さんがいろんなネタをみんなに投げて、そのお題に全員が一丸になって取り組む姿を見て、これぞバンドだなって思いました。

岸田:バンドを始めた頃はわりとそんな感じやったなあって思い出しました。これからは、ネタ投げおじさんとしても自分を磨いていきたいと思います(笑)。

Photography Mayumi Hosokura
Stylist Masayo Morikawa
Hair & Makeup Kyoko Kawashima

くるり 14thアルバム『感覚は道標』

■くるり 14thアルバム『感覚は道標』
2023年10月4日発売

<形態>
生産限定盤(2CD+Tシャツ)価格:¥6,900 
※Tシャツ(黒、Lサイズ相当)

通常盤(CD) 
価格:¥3,400
https://www.quruli.net/discography/感覚は道標/

『くるりのえいが』2023年10月13日公開

■『くるりのえいが』
2023年10月13日公開
出演:くるり
岸田繁、佐藤征史、森信行
音楽:くるり
オリジナルスコア:岸田繁
監督:佐渡岳利
プロデューサー:飯田雅裕
配給:KADOKAWA
企画:朝日新聞社 
宣伝:ミラクルヴォイス
https://qurulinoeiga.jp

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池松壮亮 × 森田剛 「何か自分の中で大切なものがひとつあったら生きていけるし、逆転もできる」 映画『白鍵と黒鍵の間に』対談  https://tokion.jp/2023/10/02/sosuke-ikematsu-x-go-morita/ Mon, 02 Oct 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=210210 映画『白鍵と黒鍵の間に』に出演する池松壮亮と森田剛による対談。2人はどう演じたのか。

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池松壮亮
1990年7月9日生まれ、福岡県出身。『ラストサムライ』(2003)で映画デビュー。2014年に出演した『紙の月』、『愛の渦』、『ぼくたちの家族』、『海を感じる時』で、第38回日本アカデミー賞新人俳優賞、第57回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。2017年に『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』などで第9回TAMA映画賞最優秀男優賞、第39回ヨコハマ映画祭主演男優賞を受賞。2018年に『斬、』で第33回高崎映画祭最優秀男優賞を受賞。2019年に『宮本から君へ』で第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第32回日刊スポーツ映画大賞主演男優賞、第41回ヨコハマ映画祭主演男優賞などを受賞した。近年の主な映画出演作に『アジアの天使』(2021)、『ちょっと思い出しただけ』(2022)、『シン・仮面ライダー』(2023)、『せかいのおきく』(2023)などがある。待機作として『愛にイナズマ』が2023年10月27日に公開を控えている。
https://www.sosukeikematsu.info

森田剛
1979年2月20日生まれ、埼玉県出身。1995年、V6のメンバーとして「MUSIC FOR THE PEOPLE 」でCDデビュー。2005年、劇団☆新感線の『荒神~Arajinn~』で舞台初主演を務め、『IZO』(208)や『ブエノスアイレス午前零時』(2014)、『すべての四月のために』(2017)、 『空ばかり見ていた』(2019)、 『FORTUNE』(2020) 、『みんな我が子』(2021)などに出演。主な映画出演作に『ヒメアノ~ル』(2016)、『前科者』(2022)、『DEATH DAYS』(2022)などがある。2023年10月より主演舞台『ロスメルスホルム』の公開が控えている。
Twitter : @GoMorita_JP
https://www.moritago.com

ジャズ・ピアニスト、南博の自伝『白鍵と黒鍵の間に-ジャズピアニスト・エレジー銀座編-』が映画化され、10月6日から全国公開される。同作は1980年代の銀座を舞台に、ジャズ・ミュージシャンを目指す青年の姿を、鬼才・冨永昌敬監督が大胆な手法で描き出した。主人公「博」と「南」の2人を演じるのは池松壮亮。半年間に渡ってピアノの練習を積んで初のピアニスト役に挑戦した。そして、「博」に絡む男、「あいつ」を演じたのは森田剛。謎めいたキャラクターをリアルに演じて異彩を放っている。今回、初共演となった2人に話を聞いた。

※記事内には映画のストーリーに関する重大な記述が含まれます。

——今回、池松さんが演じた「博」と「南」は、1人の人物の過去と現在というユニークな演出でした。「博」と「南」を演じるうえで何か意識したことはありました?

池松壮亮(以下、池松):銀座にやってきてジャズ・ピアニストを目指す若者、「博」。それから3年経って、銀座の夜の世界に染まった「南」。その両者のキャラクターを2人の人物として演じ分けることによって、2つの時間を一夜に共存させています。非常に映画的な表現だと思いました。ミステリックに物語が進みながら、だんだんとその真相が見えていきます。博と南の抜け出したいけど抜け出せない人生のいっときを、それぞれ、時にユニークに、時にエレガントに、切実に演じたいと思っていました。

——どういう風に役に違いを出すかは冨永監督と相談しながら?

池松:そうですね。歩き方からさまざまなことをその都度相談しながらチューニングしていきました。

——一方、森田さんが演じた「あいつ」は正体不明のキャラクターですね。刑務所から出所したばかりの音楽好きのヤクザで、やたらに「博」に絡んでくる。

森田剛(以下、森田):寂しいやつなんですよね。「博」がピアノを演奏している姿を見て、すごく満たされた気持ちになって声をかけてしまう。

——その姿がどこか切なくもあって。

森田:監督から、周りの人々には「あいつ」のことは見えていない。透明人間みたいな存在なんだって言われたことをすごく覚えています。「あいつ」の空っぽの感じが出ればいいな、と思って演じていましたね。

お互いの印象

——今回お2人の共演は初めてだそうですが、共演シーンで印象に残っていることがあれば教えて下さい

森田:池松くんがピアノを弾く姿がすごく印象的でした。池松くん、ずっと弾いているなあっていう印象ですね(笑)。撮影以外の時もずっと触っていたりして。

——池松さんはピアニストという役柄なのでピアノの練習も大変だったのでは?

池松:そうですね。苦労しましたが、ピアノを触っている時間がそのまま役に近づくための時間になってくれました。ピアノの技術的なことだけでなく、ピアノの前の佇まいや風情も大事でした。今回、音楽監修をしてくださったジャズ・ピアニストの魚返明未さんがアレンジしてくれた「ゴッドファーザー 愛のテーマ」を一曲フルで弾けるようになる、というのが目標でした。

——これまでピアノを弾いたことはあったのでしょうか?

池松:中学3年の時に合唱コンクールで、クラスでピアノを弾ける人が足りなくて。何故か猛特訓して「大地讃頌」を弾きました。姉と妹がピアノを習っていて、実家にもピアノはありました。

——大役ですね!

池松:大役です(笑)。ピアノに触るのはそれ以来でした。でも楽しかったです。いくつになっても何か新しい挑戦をするというのは良いことだなと思います。目の前に映画という目標があることで挑戦することができます。ピアノっていいなって改めて思いました。

——じゃあ、レッスンも苦じゃなかった?

池松:いやあ、伸び悩みました。当たり前ですが、ゴールがとても難解な曲なので、半年間で弾けるようになるにはちょっと無謀でしたけど、ほんとに少しずつ上達していきました。同じく音楽監修で入ってくださった鈴木結花先生が付きっきりで指導してくれました。

——ピアノを弾く演技では、原作者の南博さんを意識されたのでしょうか。

池松:南さんとは映画の撮影途中に初めてお会いしました。それまで僕は写真でしか拝見していませんでした。その写真や原作から受けるイメージは頭にありました。その他自分が好きなビル・エヴァンスやセロニアス・モンク、坂本龍一さんや、今回ピアノを教わった魚返さんや鈴木先生など、それぞれからの影響が入っていると思います。ちなみに当時の南さんもビル・エヴァンスに憧れていたそうです。冨永さんも大好きでした。劇中の南の髪型はビル・エヴァンスを真似しています。

——なるほど。池松さんは森田さんとの共演シーンで印象に残ったことはありました?

池松:いっぱいあります。この映画の裏面っていうのかな。そのムードを、森田さんが作ってくれたと思っています。この話はご本人は嫌がるかもしれませんが、森田さんは現場でいっさいご飯を食べず、カフェインも全部抜いてこの役に臨んでいました。そのことは現場では誰も気付いておらず、今も知らないと思います。僕は現場中、森田さんのマネージャーからこっそり聞いたんですけど。というのも昔僕のマネージャーをやっていた人が今森田さんとエージェント契約をしていまして。すごいな、と思いました。そういうアプローチをしながら、この役のピュアな切実さとこの映画のユーモラスな部分を絶妙なバランスで突いてくる森田さんのセンスはほんとに素晴らしかったです。なにかうちに秘められた、決してひけらかさない、すさまじいパワーを感じました。

——ご飯やカフェインを抜いたというのはどうしてだったんですか?

森田:(ちょっと照れながら)え〜っと。

池松:チクってすいません(笑)。今自分がどれくらい頑張ったか、経過をひけらかす俳優しかいませんからね(笑)。そういう森田さんの美意識がとても好きです。

——池松さんは森田さんの芝居から刺激を受けていたんですね。森田さんからご覧になって、池松さんの役者としての魅力はどんなところだと思われましたか?

森田:僕はけっこう、池松くんの作品を観ているんですよ。「池松壮亮」っていう名前があると観たくなるというか。すごく自由で観ていてドキドキするというか、何をするかわかんない感じがありますね。だから、つい追ってしまう。

——共演されてみていかがでした?

森田:安心感がありましたね。僕より年下なんですけど、受け止めてくれる感じがすごくしました。「博」と二人三脚で走るシーンがあるんですけど、撮影前にセリフの組み替えとかいろいろあって、僕はいっぱいいっぱいだったんです。でも、池松くんは超クールにこなしていて、すごいな、と思いました。

——二人三脚のシーンでは、「あいつ」のズボンが脱げるタイミングが絶妙でした(笑)。

森田:あれは難しかったですね(笑)。

人生になくてはならないもの

——でも、2人の間に不思議な絆が生まれる良いシーンでしたよね。「博」と「あいつ」を繋いだのはジャズでしたが、お2人はジャズは聴かれますか?

池松:父親が生粋のジャズ・マニアで、母親も好きで、寝る時とテレビ見ている時以外、リビングからジャズが流れてない時間がないような家だったんです。僕は知識はあまりないんですが、ビル・エヴァンスやチャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィスとか、そのあたりの有名な人の音楽は知らないうちに身体に入っています。今も聴いていて一番落ち着く音楽はジャズで、家の中や移動中など、よく聴いてます。

——では、この映画をお父さんがご覧になったら喜ばれるのでは?

池松:とても喜ぶと思います。はやく観たいと楽しみにしてくれています。もともといつか音楽映画をやりたいと思っていましたが、念願かなって、しかもそれが自分の好きなジャズで。冨永さんに心から感謝です。とても幸せでした。

——森田さんはジャズは?

森田:僕はまったく聴いてなかったですね。でも、撮影を通じて冨永監督の「ジャズが好き」という想いをすごく感じたので、それには応えたいな、と思いました。

——この映画を通じてジャズについては、どう思われました?

森田:演奏している人の人生が出るというか。かっこいい音楽だなって思いました。

池松:「あいつ」って実はこの映画において誰よりも切実に音楽を求めているんです。音楽の力というものを誰よりも知っていると言えます。そのことがとても重要なところだと思います。森田さんが「あいつ」に命を吹きかかけてくれたことで、博と南を演じる上で大きな助けとなりました。

——「南」や「あいつ」にとっての音楽のような、人生になくてはならないものがお2人にはありますか?

森田:何だろうな。僕は犬かもしれませんね。

池松:飼われているんですか?

森田:はい、飼っています。犬は喋らないところがいいのかもしれないですね。

——池松さんは何かあります?

池松:僕は映画ですかね。それ以外、今のところ何もありません。

——だから役者の道を選んだ?

池松:というわけではなかったんです全く。むしろ最初は嫌々でした。当時はまだ映画といえばゴジラとガメラしか観たことなかったですから。でも、気がつけば、誰に頼まれてるわけでもなく自らの情熱を捧げられるものになりました。映画が自分にとってのライフワークのようになっていました。

——では、完成した映画をご覧になって、どんな感想を持たれました?

池松:完成にとても満足しています。どんな見方をしてもらっても構いません。単に音楽映画としても存分に楽しんでもらえるものに仕上がっています。ミステリーなさまざまな仕掛けがなされてあって、例えば登場人物の中で「あいつ」だけが時空を超越しています。時系列に反して、イメージのような、メタファー的要素を孕んでいて、あの頃の銀座で、こんな人が博の側にも南の側にもいたであろうという象徴のような人物になっています。そのように奇妙なそれぞれの仕掛けを紐解いていくと、この世界はまるで、すべてがラストの主人公がピアノを弾き出す前の空想、イマジンのようにもとれます。

——銀座も異空間っぽいというか、ファンタジックな世界になっていました。

池松:昭和の銀座を舞台にしながら、当時を忠実に再現するというよりも、イマジンとファンタジーな要素が入ったネオ銀座的世界になっています。その全てが冨永さんらしい冨永映画ならではの仕掛けになっています。ぜひこのうっとりするような艶っぽい世界を、極上の音楽と共に映画館で存分に浴びてもらえたら幸せです。

——森田さんはいかがですか?

森田:さっきちょっと話しましたけど、僕からは見えているけど相手からはこっちが見えてないって、ありえないじゃないですか(笑)。

池松:もはや天使枠ですよね(笑)。

森田:観る人が映画のどこを切り取って、何を感じとるのかは自由。だから、演じている僕ももっと自由にやっていいんだなって思いました。あと、「あいつ」という役は音楽が救いでしたけど、何か自分の中で大切なものがひとつあったら生きていけるし、逆転もできる。そういう力強さを映画から感じましたね。

池松:この映画の重要な点のひとつは、博と南の人生には音楽があったということだと思います。人生はままならないけれど、音楽があること、ピアノがあることを悟るまでの物語ともいえます。白鍵と黒鍵の間を、人生の隙間を、変わりゆく時代の隙間を、世界の静寂や沈黙を、ピアノの音で埋めること。「博」と「南」にとっての音楽は、誰かにとっては映画かもしれません。この映画が、誰かの人生のほんの隙間を埋められるような、そんな作品であることを願っています。

Photography Mayumi Hosokura
Styling Tomotsugu Yoshimoto(Go Morita)
Hair & Makeup Ayumi Naito(Sosuke Ikematsu)、TAKAI(Go Morita)

『白鍵と黒鍵の間に』(ハッケンとコッケンのあいだに) 10月6日からテアトル新宿ほか全国公開

■『白鍵と黒鍵の間に』(ハッケンとコッケンのあいだに)
10月6日からテアトル新宿ほか全国公開
出演:池松壮亮
仲里依紗 森田剛
クリスタル・ケイ 松丸契 川瀬陽太
杉山ひこひこ 中山来未 福津健創 日高ボブ美
佐野史郎 洞口依子 松尾貴史 / 高橋和也
原作:南博『白鍵と黒鍵の間に』(小学館文庫刊)
監督:冨永昌敬
脚本:冨永昌敬、高橋知由
音楽:魚返明未
制作プロダクション:東京テアトル/スタイルジャム 
配給:東京テアトル 
製作:「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会
2023年/日本/94分/カラー/シネスコ/5.1ch
Ⓒ2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会
https://hakkentokokken.com

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アニメに負けない魅力的なキャラクターを作る 行定勲監督が映画『リボルバー・リリー』で目指した世界に通用するアクション映画 https://tokion.jp/2023/08/10/revolver-lily-isao-yukisada/ Thu, 10 Aug 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=202685 映画『リボルバー・リリー』について行定勲監督インタビュー。世界に通用するアクション映画とは。

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行定勲(ゆきさだ・いさお)

行定勲(ゆきさだ・いさお)
2002 年『GO』(2001)で、第 25 回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、脚光を浴びる。2004 年『世界の中心で、愛をさけぶ』が、興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象に。2018年『リバーズ・エッジ』が、第68回ベルリン国際映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞。その他にも、『北の零年』(2005)、『今度は愛妻家』(2009)、『真夜中の五分前』(2014)、『ナラタージュ』(2017)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020)等を手掛ける。情感あふれる耽美な映像と、重層的な人間模様が織り成す行定監督作品は、国内外で高く評価され、観客の心を揺さぶり続けている。
Twitter:@ISAOYUKI

関東大震災の爪痕が残る大正時代の日本を舞台に、暗い過去を持ったヒロインが活躍する映画『リボルバー・リリー』は、ハリウッドに挑戦するようなアクション大作だ。そこで監督を務めるのが、これまで数々の話題作を手掛けてきた行定勲。人間ドラマの描き方に定評がある監督だけに意外な組み合わせだが、だからこそそこには未知数の可能性がある。アニメーション全盛期の中で、いかに魅力的なキャラクターを実写で生み出し、ハリウッドに負けないアクションを見せるのか。行定監督に話を聞いた。

——綾瀬はるかさん演じる小曾根百合が活躍する『リボルバー・リリー』は、監督にとって初めてのアクション大作ですね。監督とアクション映画というのは意外な組み合わせにも思えたのですが、以前からアクション映画には興味があったのでしょうか?

行定勲(以下、行定):正直、なかったですね(笑)。これまで自分が考えた企画にアクションのパートが必要だったことはありましたが、アクションを主軸にした作品というのは考えたことがなかった。アクション映画が嫌いという訳ではないですよ。ジャッキー・チェンの映画も大好きだし。ジャッキーの映画の面白さの理由は、カンフーというアクションを見せる必然性というのがしっかり考えられているからなんです。師匠にワザを学び、成長の過程で仲間に裏切られるとかね。そういうアクションに至る必然性があれば、何回も繰り返して見られる。でも、アクション主体の作品として企画を考えると、今まであったような作品になってしまう気がして。『リボルバー・リリー』はアクション映画と言われますが、どのジャンルにも属していない。これまであったようでなかった作品だと思っています。

——歴史ドラマでもあり、女性映画という側面もありますね。ただ、行定監督がどんな風にアクションを見せるか、というところにも興味がありました。

行定:今回、アクションに関して意識したのは、何をきっかけにアクションが始まるかですね。それは先ほど話をした必然性にもつながることですが、入り口が重要というか。例えば玉の井の戦いで、奈加(=シシド・カフカ)さんが最初に撃っちゃうじゃないですか。

——玉ノ井の遊郭で、小曾根百合と仲間達が陸軍とにらみ合う。一触即発のところで、百合の仲間の奈加が銃を撃ってしまうシーンですね。百合は「なんで撃ったの?」って驚く。

行定:あれが僕がアクション・シーンで目指していたものかもしれません。自分はスピードを駆使して迫力を出すような正統派のアクションには興味がなくて。深刻な状況下にあっても、すっとぼけた感じというのは重要なんですよね。例えばコーエン兄弟の映画にも、そんなすっとぼけたところがあって、暴力的な描写だけどユーモアがある。アクションの入り口を自分なりに工夫して、アクションに関しては専任のスタッフがアイデアを出し合って見せ場を作ってくれればいい。そこでできあがったものを、こっちで微調整すればいいと思っていました。

——確かにどんなふうにアクションが始まるのかは重要ですね。映画でドラマのパートとアクションのパートと空気感やテンポがガラリと変わることが多い。でも、この映画では繋がりが滑らかで、そこに監督のこだわりを感じました。

行定:今回はアクションとセリフの関係も考えました。戦いの中にも1人1人の意思があって、アクションに連動してセリフが生まれる。だから、セリフ込みで殺陣を考えたんです。格闘していて、ここで決めゼリフを言ったほうが感情が乗りやすいだろうな、とか。ここではセリフは一切いらないなとか。気持ちの流れを考えてセリフを入れたり削ったりしました。アクションをコミュニケーションのように考えていたんです。

アニメに負けない魅力的なキャラクターを作る

——アクションの中にドラマを盛り込んだ、ともいえるかもしれませんね。アクション映画の主人公といえば、主人公をいかに格好良く、魅力的に見せるかが重要になってきますが、ヒロインの小曾根百合のキャラクターを際立たせるために何か心掛けたことはありますか?

行定:アニメーションが台頭しているこの時代に、アニメーションに匹敵する魅力的なキャラクターを、生身の人間が演じる映画で作り上げるというのは至難のわざでした。あと、「このキャラクターは綾瀬はるか以外には考えられない」と観客が思ってくれるようにしないといけない。もし、本作の続編ができた時に、綾瀬はるか以外は考えられない、というふうにならないといけないと思うんですよ。そこで彼女が役作りで一番力を注いだのは動きでした。もともと身体能力が高い女優なので、彼女以外の女優さんにはできないところまで動きを追求したのですが、彼女は見事それをやり遂げてくれましたね。

——アニメに負けない魅力的なキャラクターを作る。そこにこれまで数多くのヒーローやヒロインを生み出してきた東映の心意気を感じました。

行定:そういう思いをプロデューサーが強く抱いていたので、こっちも意識していたところはありましたね。実は撮影に入る前、『攻殻機動隊』(1995年)を観直したんです。監督の押井(守)さんにはよくしていただいてるんですけど、押井さんの作品を観ると古い日本映画から影響を受けているのがよくわかる。東映の任侠ものも好きだと思います。それに強い女性が好きなのがよくわかる(「攻殻機動隊」の主人公の)草薙素子もそうじゃないですか。草薙は特殊能力を持っていて百合に近いところがあるので、何かヒントがあるかもしれないと思ったんです。

——確かに通じるところはありますね。戦闘する際に百合が衣装にこだわる、というのはユニークな設定でした。

行定:今回、衣装は重要な要素でした。子どもの頃、貧困の中にいた百合は、ある組織に拾われて殺戮兵器として鍛えられる。そんな中で組織のリーダーだった水野寛蔵に愛された。そして、水野寛蔵から「殺し合いにも身だしなみが大事だ」と言われて綺麗な服を着て、それを血に染めていたんです。原作を読んだ時、綺麗な服を着て華麗に戦う、という設定が際立つキャラクターになれば成功だな、と思いました。アニメって衣装が決まると、ほとんど着替えないじゃないですか。映画で次々と着替えることで、アニメとは違ったキャラクターの際立たせ方ができるとは思ってはいました。

——百合のキャラクター自体も工夫が凝らされていますね。無敵な存在というわけではなく、つらい過去から逃れられず戦うことに疑問を抱いていて、クライマックスでは「戦いでは誰も守れない」と言う。戦うヒロインに、そういうセリフを言わせるところにも監督の意志を感じました。あれは映画オリジナルのセリフなのでしょうか。

行定:そうです。原作にはないセリフですね。ウクライナで戦争が起こっている中で、殺し合いを映画でどう描くのか、というのには悩まされました。普通、アクション映画では、主人公の強さや驚異的なワザを見せるために敵が死ぬ。戦争が起こっている時に公開される映画で、そういうやり方はしたくなかったんですよね。百合は戦いで愛するものを失ったので、自分が殺す相手に家族や恋人がいることを強く意識している。人を殺すことに痛みを感じているんです。でも、だんだん戦うしかないところに追い込まれていく。その気持ちの変化も、しっかり描かないといけないと思いました。

日本のアクション映画の可能性

——今の世界情勢が映画に色濃く反映されているんですね。この映画を通じて、日本のアクション映画の可能性について感じたことはありましたか?

行定:日本特有のアクション映画というのは、これまでにもあったんです。それを自分なりに映画に取り入れたのがクエンティン・タランティーノの『キル・ビル』(2003年)だったと思います。あの映画が話題になったあと、似たような作品がいろいろ作られましたが、日本人が日本の映画の歴史に向き合えば、日本にしかできないアクション映画を作る可能性は大いにあると思いますね。以前、僕は東映の昔の映画、『妖刀物語 花の吉原百人斬り』(1960年)をリメイクしたかったんです。その時は企画が通らなかったんですけど、通っていたら日本特有のアクション映画にすることができたんじゃないかと思っていました。

——『妖刀物語 花の吉原百人斬り』は顔のあざにコンプレックスを持った主人公が、吉原の遊女にたぶらかされて最後に大立ち回りをする物語。アクションに必然性があって、ドラマもしっかり描かれた作品ですね。

行定:そうなんです。あと、日本でしか生まれないキャラクターを見つけていくのも大事ですね。思えばアベンジャーズやマーベルの作品って、昔はこんなに大きくなるとは思ってなかった。当初は分散して作っていましたからね。でも、本腰を入れてシリーズ化したら大ヒット・シリーズになった。この作品も大勢の方に見ていただけたらシリーズ化される可能性はあると思うんです。『ゴッドファーザー』も『スター・ウォーズ』も、最初にできた作品をのちに観直すとシリーズの〈大いなる序章〉みたいなところがあるじゃないですか。そこにはシリーズ化される魅力が詰まっている。この映画もそんな作品になればいいな、と思っています。

Photography Yohei Kichiraku

『リボルバー・リリー』2023年8月11日全国公開 

■『リボルバー・リリー』
2023年8月11日全国公開 
出演:綾瀬はるか ⻑谷川博己
羽村仁成(Go!Go!kids/ジャニーズ Jr.)/ シシド・カフカ 古川琴音 
清水尋也 / ジェシー(SixTONES) 
佐藤二朗 吹越 満 内田朝陽 板尾創路
橋爪 功 / 石橋蓮司 / 阿部サダヲ
野村萬斎 豊川悦司
監督:行定勲
 原作:⻑浦京『リボルバー・リリー』(講談社文庫)
https://revolver-lily.com
©2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ

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映画『PLASTIC』はどのように作られたのか 監督・宮崎大祐と音楽家・井手健介による映画音楽を巡る対話 https://tokion.jp/2023/08/05/plastic-daisuke-miyazaki-x-kensuke-ide/ Sat, 05 Aug 2023 03:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=202291 映画『PLASTIC』について、監督・宮崎大祐と音楽家・井手健介による対談。

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映画『PLASTIC』はどのように作られたのか 監督・宮崎大祐と音楽家・井手健介による映画音楽を巡る対話

宮崎大祐
1980年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、映画美学校を経て、フリーの助監督として商業映画の現場に参加しはじめる。2011年に初の長編作品『夜が終わる場所』を監督。2013年にはイギリスのレインダンス国際映画祭が選定する「今注目すべき七人の日本人インディペンデント映画監督」のうちの1人に選ばれた。長編第2作『大和(カリフォルニア)』は海外有力メディアでも絶賛された。2019年にシンガポール国際映画祭とシンガポール・アートサイエンスミュージアムの共同製作である『TOURISM』を全国公開し、反響を呼ぶ。大阪を舞台にしたデジタル・スリラー『VIDEOPHOBIA』は映画芸術の2020年の年間ベスト6位に選ばれた。
https://www.daisukemiyazaki.com
Twitter:@Gener80

井手健介
音楽家。東京・吉祥寺バウスシアターの館員として爆音映画祭等の運営に関わる傍ら、2012年より「井手健介と母船」のライヴ活動を開始。様々なミュージシャンと演奏を共にする。バウスシアター解体後、アルバムレコーディングを開始。2015年夏、1stアルバム『井手健介と母船』をPヴァインより発表する。2020年4月、石原洋サウンドプロデュース、中村宗一郎レコーディングエンジニアのタッグにより制作された、「Exne Kedy And The Poltergeists」という架空の人物をコンセプトとした2ndアルバム『Contact From Exne Kedy And The Poltergeists(エクスネ・ケディと騒がしい幽霊からのコンタクト)』をリリース。音楽活動の他、エッセイの執筆、MV映像監督を行うなど幅広く活動している。
http://www.idekensuke.com
Twitter :@kensuke_ide

1970年代に突如現れた謎のロック・バンド、エクスネ・ケディをコンセプトにした井手健介と母船のアルバム『Contact From Exne Kedy And The Poltergeists(エクスネ・ケディと騒がしい幽霊からのコンタクト)』。2020年に発表されて、町田康や坂本慎太郎が絶賛した本作からインスパイアされて映画『PLASTIC』が生まれた。同作は10代の若者、イブキ(⼩川あん)とジュン(藤江琢磨)の物語。ともにエクスネ・ケディの大ファンだった2人は、エクスネ・ケディの音楽に導かれるように出会い、奇妙な絆で結ばれていく。脚本・監督を手掛けたのは、『大和(カリフォルニア)』(2016)、『VIDEOPHOBIA』(2019)などを通じて、国内外で高い評価を得てきた鬼才、宮崎大祐。『Contact From Exne Kedy And The Poltergeists』に衝撃を受けた宮崎は、映画化を熱望してきたという。青春映画であり、音楽映画であり、SF映画のような広がりも感じさせるジャンル分けできない不思議な映画『PLASTIC』はどのように作られたのか、井手と宮崎に話を聞いた。

——宮崎監督はエクスネ・ケディのアルバム『Contact From Exne Kedy And The Poltergeists』のどんなところに惹かれたのでしょうか。

宮崎大祐(以下、宮崎):すべての曲調が違って、それぞれの曲に音楽史的なリファレンスが見え隠れしているんですよね。〈これはどこから引っ張ってきているのかな〉とか〈あれとあれの融合かな〉とか、曲ごとに想像して楽しめる。それって僕の映画の作り方と似ているんです。例えばある昔の映画のシーンをもとに、今ならこうやるとか。あと、曲はバラバラなんだけど、まとめて聴くとコンセプト・アルバムのように楽しめるところも映画的だと思って。それを自分が映画としてどうやって返していこうかと考えるのも楽しかったです。

井手健介(以下、井手):そんな風にアルバムを聴いてもらえると嬉しいですね。アルバムをプロデュースしたのは石原洋さん。この映画にも参加しているんですけど、石原さんが監督、僕が脚本家で俳優も務める映画、という捉え方でアルバムを作ったんです。僕が曲を書き、石原さんが彼の中にある膨大な音楽史と彼自身のアイデアからその曲に合うサウンドやアレンジを当てはめて、それを僕が歌う。そういうことの繰り返しで曲が作られたので、まさに映画的なアルバムなんですよね。

——映画化という話を聞いた時はどう思いました?

井手:エクスネ・ケディというのは僕ではなく別人格なので、スパイダーマンのマルチバースみたいにいろんな世界が存在してもいい。だから宮崎さんが考えるエクスネ・ケディの物語ができるというのは嬉しかったし楽しみでした。だから、口出しをしたり、コントロールしたりしようとは思いませんでした。

宮崎:まず、井手さんにはプロットを読んでもらったんですけど、映画のプロデューサーに読んでもらうのとは違う緊張感がありました。相手は強烈な個性を持ったクリエイターですからね。その後、完成したシナリオを読んでもらったんですけど、そこでは「(アルバムでの)エクスネの設定はこうです」という説明とか、実体験をもとにして気づいたことを言ってくださって。例えばジュンがレコードを売るシーンがあって、店員が査定するのに30分かかるというんですけど30分は短いんじゃないかとか(笑)。

——確かに(笑)。僕もよくレコードを売るのでわかります。1時間以上はかかりますよね。

宮崎:そういうことはつぶさに脚本に反映させていきました。でも、基本的に僕がやりたいことを尊重してくれているのはすごく伝わってきました。そんじょそこらの映画人よりコミュニケーションがうまくて、井手さんはプロデューサー的な資質もあるんじゃないかなって思いましたね。

——登場人物が歌ったり、ラジオから流れてきたり、映画の中でエクスネの曲がさまざまな形で流れます。どんな風に使うか、という点は2人で話をしたのでしょうか?

宮崎:まず、僕が歌詞の内容や曲調を吟味して、どのシーンでどの曲をかけるのかを決めていました。僕は普段、台本に「ここでこの曲をかける」ということは書かないんです。「こういう感じの曲」ということしか伝えないのですが、今回初めて具体的に書きました。そうすることで、キャストやスタッフがシーンをイメージしやすかったと思います。ただ、井手さんとの話し合いで変わった曲もありましたね。

井手:ジュンが車で渋谷に向かうっていうところは、最初は「人間になりたい」という曲が使われていたんですけど、歌詞がジュンの気持ちを説明している風に聞こえてしまう気がしたんです。それで宮崎さんに「ここは歌詞がいらないと思うのでインストの曲を使いたい」と伝えて、そのシーンのために新たに曲を書きました。

宮崎:井手さんの感想はとてもよくわかるんですよね。だから曲を変えることに決めた時、編集のスタッフから「人間になりたい」に合わせて編集したのでそのままにしてください、と頼まれたんですけど、ちょっとチャレンジしてみようよ、と説得しました。映画の後半、時間の流れや物語が抽象的になっていく中、ジュンは自分がいつの時代にいるかもわからなくなって、タイムマシンに乗ったような感じで渋谷に辿り着く。そんな流れをイメージしていたんで、インストの曲に変えて良かったと思っています。

ポップなA面とアブストラクトなB面

——この映画の大きな特徴は、前半と後半のトーンがガラリと変わることですね。前半は青春映画のようにキラキラしていますが、後半になると抽象的で悪夢めいてくる。映画の前半と後半がアルバムのA面とB面みたいに違う世界観を持っています。デヴィッド・ボウイのアルバムでいうと『Low』みたいな感じですね。ポップなA面とアブストラクトなB面。

井手:僕もそう思いました。映画の後半は、映画と一緒に観客が迷子になっていくというか。それが(物語の時代背景である)コロナ禍のムードに近かったのも面白かった。だから、音をつけるなら迷子になるような曲がいいんじゃないかなと思ったんです。そういう意味では、確かに『Low』のB面っぽい雰囲気ですよね。そういえば、映画のエンディングに流れる「妖精たち」という曲は『Low』に収録されている「Sound And Vision」が発想のもとになっているので、ちょっと繋がるところもあるんです。

——そうだったんですか! 今回、井手さんは映画のためにPLASTIC KEDDY BANDを結成してサントラを手掛けています。これはどういったバンドなのでしょうか。

井手:今まで一緒に音楽をやってきた仲間で結成したバンドで、エクスネのアルバムを作った時と同じメンツです。プロデューサーの石原さんやエンジニアの中村宗一郎さんも参加しているんです。今回は時間がなかったので、バンドで曲を作るのではなく、メンバーそれぞれが作曲しました。このシーンのこの曲はあなたがやって、みたいな感じで。そういうやり方は初めてだったので面白かったですね。

宮崎:井手さんはもちろん、石原さんも中村さんもリスペクトしている方々なので、音楽面に関しては完全にお任せしました。

——音響も面白かったです。ギターの響きも他の映画とは全然違う。黄永昌さんという映画の音響スタッフに加えて、石原さんや井手さんなど音楽関係者の感性が加わることで何か変化はありました?

宮崎:ギターのシーンは面白かったですね。ジュンが「高校をやめる!」と言ってギターを弾きまくるシーンでは、映画畑の音響の黄さんがエフェクトを加えてくれた音、井手さんと石原さんと中村さんが作ってくれた音、そして、僕がイメージしていた音が全部違っていて(笑)。それを黄さんと井手さんと僕の3人で聞き比べながら調整して、それぞれがイメージしていた音とはどれとも違う音に着地したんです。でも、それは間違いなく『PLASTIC』の音なんですよね。そういう体験も初めてでした。

井手:イブキが喫茶店で受験勉強をしている時、ジュンとイブキの未来の幻影みたいなものが見えるシーンがあるんですけど、そのバックにBGMみたいな感じで流麗な音楽が流れるんです。最初、ヴォリューム小さめで流れていたんですけど、もっと会話が聞こえないくらい大きくして、諍いの雰囲気だけが伝わるような違和感を狙ったミックスにしたら面白いんじゃないかと思って提案しました。それで現実に戻る瞬間に音を不自然にカットアウトしてハッとさせる。黄さんはカットアウト直前まで少しずつ音楽の音量を上げてミックスしてくれたので、結果的にヌーヴェルヴァーグの映画みたいな効果が出ました。

——ゴダールの音楽の付け方みたいな。

宮崎:ここで告白しておくと、僕は最初からゴダールっぽくやりたいと思っていたんですけど、「じゃあ、ゴダールっぽく」って僕が最初に言うよりも、みんなの話し合いの流れでそうならないかな、と様子を見ていたんです(笑)。

劇中に登場する謎のバンド

——まんまとそうなったわけですね(笑)。そういえば劇中で幻覚のように森の中にバンドが登場しますが、あれはPLASTIC KEDY BANDですか? それともエクスネ・ケディ?

井手:どちらでもない謎のヒッピー・バンドです(笑)。最初はエクスネを出したいという話だったと思うのですが、僕は最後まで出てこないほうが良いと思ったんです。でも、あのシーンでバンドが出てくるのは面白いと思ったので、正体がわからないまま亡霊みたいな存在として登場させようと。

宮崎:とはいえ、エクスネと思う人はかなりいると思いますね(笑)。

井手:まあ、そう思われてもいいんですよ。いろんな世界にエクスネが存在しているわけだから。

——別の世界のエクスネが混線して一瞬姿を現したような感じもありますね。

井手:ああ、「混線」という表現はいいかもしれないですね。

宮崎:この作品は音楽映画でもあるので、山場には限りなくエクスネに近いバンドを登場させたいとは思っていたんです。その一方で、実際にいるバンドをめぐって遅れてきた青春を回収するような作品にはしたくなかった。だから何もない場所に虚構を立ち上げて、それを登場人物の共通の話題にしようと思ったんです。抽象的なクロスポイントを作るというか、それがエクスネだったんです。

——森の中に出てくるバンドは、現実なのか幻覚なのかわからない。そういう点でエクスネに通じるところがありますね。この映画は架空のアーティストから生まれた映画。いってみれば、ファンタジーの合わせ鏡のような物語です。ファンタジーを通じてリアルを描く。あるいは、リアルって何だろうって問いかけているところもあると思いました。

井手:ファンタジーって人間だけができる逃避の仕方だと思うんですよ。結局、僕の曲は根源的には「生きて行くのがつらい」ということがもとになってる。金がない、大好きな人がいなくなってしまった、猫が死んじゃった、とか、そういうつらさを抱えながら何とか生きていくために作った曲がほとんどなんですよね。ただ、それを「井手健介」としてやるとヘヴィー過ぎてしまう。

——シンガー・ソングライターみたいに私小説的な歌になってしまいますね。

井手:そうなんですよね。僕もそういう歌は望んでいなくて。それらをカリカチュアしてユーモアを混ぜて架空のキャラクターとして曲を作る。そうすることで、ほとんどの個人的なものが削ぎ落とされてフォルムとしては全く違うものになるんですが、不思議と最後に、自分が曲を作った時の本質的なエモーションみたいなものがピュアな形で浮かび上がってくるんです。結果として普遍性を獲得することもある。それが創作なんだってエクスネを通じて思えたんですよね。

宮崎:僕の創作に対する姿勢も、井手さんがおっしゃったこととほぼ一緒なんです。自分のプライベートや社会的なことで耐え難いことがあった時に、それをどんな風にユーモラスに加工してアウトプットするか、みたいなことをまず考える。あと、僕は今いる世界がファンタジーだとも思っているんですよ。ジュンが初めてイブキと会った日にカフェで言ってるんですけど、地球の表面にイデアが、真実があって、世界はすべて影絵であるみたいなことを古い哲学者が語っていて。その影絵みたいな世界の中で映画という影絵を作ることで、そのフィクションの交点に真実が浮かび上がるんじゃないかと思っているんです。

——影絵の世界で影絵を作る、というのも面白いですね。井手さんはどんな気持ちで創作されているのでしょうか。

井手:僕は世界と自分ということはあまり考えたことがなくて。僕にとって創作は、この世界で生き延びるための手段。バカなふりをして笑ってもらうことで何とか生き延びているというか。そのバカなことが音楽であり、エクスネなのかもしれませんね。

Photography Kohei Omachi(W)

『PLASTIC(プラスティック)』

■『PLASTIC(プラスティック)』
全国順次公開中[PG-12]
出演:⼩川あん、藤江琢磨、中原ナナ、辻野花、佃典彦、奏衛、はましゃか、佐々⽊詩⾳、芦那すみれ 、井⼿健介、池部幸太、北⼭ゆう⼦、⽻賀和貴、⼤⽊ボリス、平野菜⽉、尾野真千⼦、とよた真帆、鈴⽊慶⼀、⼩泉今⽇⼦
監督・脚本:宮崎⼤祐
上映時間:105分
製作:名古屋学芸大学
配給:boid、コピアポア・フィルム
©2023 Nagoya University of Arts and Sciences
https://plastic-movie.jp

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