対談:今泉力哉 × 木村和平 2人の創作へのこだわりと映画『アンダーカレント』の“わからなさ”

今泉力哉
映画監督。1981年生まれ、福島県出身。2010年、『たまの映画』で商業監督デビュー。2013年、『サッドティー』が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品され、高い評価を受ける。2019年、『愛がなんだ』(2019)が大ヒットを記録。2023年、Netflix映画『ちひろさん』を手掛け、世界配信と劇場公開を同日に行う。その他の主な作品に『his』(2020)、『あの頃。』(2021)、『街の上で』(2021)、『猫は逃げた』(2022)、『窓辺にて』(2022)など。最新作として、漫画「からかい上手の高木さん」の実写化を手掛ける。
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木村和平
写真家。1993年生まれ、福島県出身。東京在住。ファッションや映画、広告の分野で活動しながら、幼少期の体験と現在の生活を行き来するように制作を続けている。第19回写真1_WALLで審査員奨励賞(姫野希美選)、IMA next #6「Black&White」でグランプリを受賞。主な個展に、2023年「石と桃」(Roll)、2020年「あたらしい窓」(BOOK AND SONS)、主な写真集に、『袖幕』『灯台』(共にaptp)、『あたらしい窓』(赤々舎)など。
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豊田徹也による人気漫画『アンダーカレント』を、今泉力哉監督が映画化し、10月6日から公開される。そこでスチール写真を手掛けたのは写真家の木村和平だ。これまでにも木村は『愛がなんだ』をはじめ今泉作品に関わってきたが、木村のスチールは監督にとって何が特別なのか。そして、木村から見た今泉作品の魅力とはどんなところなのか。映画とスチールの関係を通じて、2人それぞれの創作に対するこだわりを聞いた。

——木村さんが今泉監督の作品に関わるようになってから長いですが、監督は木村さんのスチールのどんなところに惹かれますか?

今泉力哉(以下、今泉):スチールを撮った時の空気感みたいなものが、写真にすごく残っているところですね。あと、俳優さんに無理をさせないというか。状況を伝えたうえで、できるだけ自然な感じでいてもらう。そういうところは自分が撮影する時と通じるものがあるなって思います。

——今監督がおっしゃったことは、木村さんがスチールを撮影する時に意識していることなのでしょうか?

木村和平(以下、木村):言われてみれば確かにそうかなって思いますが、一番大事にしていることではないですね。今泉さんは「役者に無理をさせない」って良い感じで言ってくれましたけど、そうでもないかもしれない。

今泉:させている時もある?

木村:芝居の延長だけど、ちょっと違うことをさせる、というのを意識しているところがあって。でも、それをしつこく追及しないというか、見切りをつける時は早い。そういうところは今泉さんの映画にもある気がします。

今泉:やばい。いろいろ見られてる(笑)。

——そういう被写体との関係性は映画のスチールだからなのでしょうか。それとも他の作品でも同じですか?

木村:自分の性格がいちばん大きいと思いますが、映画の仕事は他の仕事とは違うのは確かですね。自分が主導権を握っている仕事ではないので。映画には「参加させてもらっている」という意識があるのですが、そこで何か爪痕を残したいっていうスポ根的な意識が働く(笑)。短い期間の中で、役者さんと共鳴する瞬間を見つけたいと思うんです。だから、「あのシーンの後、どうしていると思いますか?」みたいなことを役者さんに言って、芝居に集中している役者さんの意識を少しズラさせる。そういう撮り方は映画のスチールの時しかないというか、他の仕事ではやりようがないですよね。映画みたいな「物語」がないので。

——そうやって役者に働きかけて撮影する、というのは、ある種の演出のようでもありますね。

木村:演出と言えるのかなあ。

今泉:スチールの撮り方ってカメラマンによっていろいろあると思うけど、木村さんのように役者さんに語りかけるのは、役者さんが演じていることへのリスペクトをすごく感じるので、役者さんからしたらありがたいと思いますよ。「一回、役を忘れて」って平気で言っちゃうカメラマンもいますからね。作品のイメージとかけ離れていても役者を美しく撮る、というやり方もあるから、それを理解している役者さんだといいけど、「役を忘れろだと?」ってイラッとしてしまう人もいる。僕は木村さんみたいに、俳優が役を演じていることを活かした演出をしてほしい。

木村:でも、撮影の目的次第では、役を忘れてもらってもいいと思うんですよね。全員の集合写真を白ホリで撮影するのであれば「役を忘れて」と言うのもありかもしれない。

今泉:木村さん、そういう写真も撮れるんですか? ガチガチに作り込んだような。

木村:撮れないです(笑)。というか、撮ったことがないからわからないですね。一度、やってみたい気はするけど、やっぱり、自分が関心があるのは役のままでその場でいてもらうことですね。

光について

——木村さんのスチールを見ていると、映画には描かれていない時間を撮っているような気がします。

今泉:(井浦新と真木よう子が沼の前に立っているポスターの写真を見て)これも映画の時間ではないですよね。

——真木よう子さんの顔は、ヒロインのかなえの顔になっていますよね。きっと、映画を観た人なら、あのシーンの前後だなってわかる。

木村:例えば「切ない表情をしてください」って言って撮るのと、「あのシーンの後、どうしていると思いますか?」とだけ言って撮るのとでは絶対に違う。役者さんはプロだから「切ない顔」をすぐ作れちゃうので、なるべくポーズとか表情の指示をしたくないんですよね。だから、この写真も「こっち向いて」とか言ってなくて、たまたま真木さんがこっちを見た時に撮ったんです。

——この写真をはじめ木村さんの写真は自然光の取り入れ方が印象的なのですが、そこは意識されているのでしょうか。

木村:自分の作品に関して光の話をしていただくことが多いんですけど、自分は独学で写真を学んで、スタジオで働いた経験もないのでライティングのことがあまりよくわかってないんですよね。だから、その場にある光を活用するしかない。変に光を操作せずに、その場の光を使った結果というか。自然光を使うことを、自分のスタイルにしようと思っているわけではないんです。

今泉:ファッション誌などで撮る時も?

木村:基本的にはそうですね。たまに広告とかだと照明さんに助けてもらうこともありますけど。近年は光から離れる努力をしているところです。この写真(ポスターの写真)は結局、光に頼っちゃいましたけど(苦笑)。

——映画本編も自然光を捉えた映像が印象的でしたが、監督は照明に関しては何か意識していることはありますか?

今泉:あんまり考えてないんですよね。照明と色味とかはカメラマンの提案を受けて、「それでいいと思います」みたいな感じなんです。今回の作品では、ちょっと青っぽくして汚しを入れているんですけど、それも撮影の岩永(洋)さんからの提案でした。よくわかってないんですよ、照明のことを。ロケハンの時に岩永さんに「今泉さんは撮りたい画ってないんですか?」って聞かれた時に「ないんだよね」って言っちゃって。そしたら、岩永さんがショックを受けて「今の言葉、一生忘れません」って言ってた(笑)。

木村:でも、なくはないでしょう?

今泉:うーん。画よりも人物をどう生かすかの方が重要なんだよね。

木村:優先順位が違うんですね。

今泉:そう。基本、風景だけの画って撮らないし。人があっての景色だから。芝居は通して撮るんですけど、ツーショットで押さえて、寄りも全部押さえる。カメラマンには「使うところが決まっていればそこに力を入れて撮れるけど、全部使えるように撮るのは疲れる」って言われるんですよ。でも、そこで照明にこだわられたくないっていうか。そこだけ、すごくきれいに撮れていても使いたくない。なるべくフラットな感じにしておきたいんです。

木村:監督が映像的なこだわりよりも、会話に注力しているからこそ、あの独特の空気感が出ているんだと思います。特に今回の映画はそうだった。すべてのカットの照明を作りこんでたら、いわゆる美しい映画になってしまって、監督の会話劇の面白さが薄れそう。

今泉:その辺を岩永さんはすごく理解してくれているんですよね。

——監督の作風を理解しているカメラマンじゃないとやりにくいですね。

今泉:そうですね。でも、サイズとかは細かく言うから、岩永さんは「任せるって言いながら、任せずにこだわるよなあ、今泉さん」ってイライラしてますけど(笑)。

——木村さんはスチールを撮る時にこだわっていることはありますか?

木村:ズームレンズは使用せず、単焦点の標準レンズしか使わないことですね。それはスチールに限ったことじゃないですけど、スチールの時は特にそうかもしれません。スチールって絶対望遠のズームレンズがあった方がいいと思うんですよね。いろんな機材があってスタッフさんがたくさんいるなかで役者を撮らなくてはいけないので、遠いところから顔のアップを撮れたほうが絶対いい。でも、僕は普段の仕事で使っている、ズームができない単焦点のレンズを映画のスチールでも使ってきました。それはどうしてなのか? と考えた時に、自分の視点が変わることのほうが大事なんじゃないかと思ったんです。レンズによって視点が変わるよりも、自分が動いて視点を変えていく方が大事だなと。

——その違いはなんでしょう?

木村:僕がいることを意識させない、ということも大事かもしれませんが、僕は僕がいることをわかったうえで撮られて欲しい、という気持ちがあります。役者さんとコミュニケーションをとったうえで撮りたいんです。

——撮られていることを意識する、というのは大きな違いですね。

今泉:今の木村さんの話を聞いて思ったんですけど、映画の長回しのシーンって観客が映画と同じ時間を体験するわけじゃないですか。しかも、カットがないので作り手のことを意識させないし緊張感も出る。だから、映画の2人に集中してほしい、と思ったシーンでは長回しにするんです。じゃあ、その場にスタッフを入れずにカメラだけ置いて、隠しカメラのように撮れば、もっと緊張感ある映像が撮れるか? というと絶対撮れない。大勢のスタッフがいると気が散るので、できるだけ少ない人数にしますけど、そこに人がいて見つめていることでしか生まれない演技がある気がして。それは木村さんが言ったことと通じるものがある気がしますね。監督がモニターの前にいるか、俳優を直接目で見るか、 でも全然違ってくるんです。

今泉作品の魅力

——なるほど。現実のリアルと映画のリアリティは違いますもんね。木村さんからご覧になって、今泉作品の魅力ってどんなところでしょうか?

木村:『アンダーカレント』は今泉さんと出会う前に、初期の作品を観ていた時のような感じで観られたというか。演出しているところ、してないところの「見切り」っていう言葉をまた使っちゃうけど、いい意味での見切りみたいなのをすごい感じました。監督の意志でコントロールし切れないことを受け入れるっていうか、ある種見守る姿勢で眺めているシーンが結構あるなと思ったんです。それが監督の初期の作品で「いいなあ」って思ったところなんですよね。『アンダーカレント』は2人の会話シーンが多い映画でもあるので、特にそういうところを強く感じました。

今泉:「見切り」っていうのは、どこまでネバるか、でもあると思うんですよ。自分が頭の中で思っているものになるようにすべてコントロールすべきなのか? これ以上、テイクを重ねても何も出ないんじゃないか? みたいなことも含めて。だから、この作品の感想で「見切り」ということを言われるのは、あまり人に見られたくない部分を見られた気がして、けっこうエグいというか(笑)。

木村:いや、僕は完全に褒め言葉として言ってますよ。

今泉:もちろん、そうなんですけど、なんでそんなにわかるの?っていうのが怖い。木村さんと出会ったきっかけって、僕が『アジェについて』っていう舞台をゴールデン街の劇場で演出した時に、木村さんがお客さんとして来てたんですよ。そのあと、木村さんがTwitterに舞台の感想を書いたのを読んで木村さんにスチールをオファーしたんです。その感想というのが、「面白く観たけど、笑いに関しては作り手が目指したところまで持っていけてないんじゃないか」みたいなことで、「それ、バレる?」と思って(笑)。だから木村さんと仕事をするきっかけって、木村さんの写真じゃなくて言葉なんですよね。今回の映画に関しては自分自身わかってないことが多かったので、全部コントロールしようとは思わなかったんですよ。自分より役者さんの方がわかっていることもあると思ったし。だから、今までの映画で一番理解できてないかもしれない。

木村:監督がすごく悩んでいるのはなんとなく伝わってきました。でも、役者に委ねるというのは、役者を信頼していないとできないことだし。

今泉:もちろん、全部投げているわけではないですけどね。でも、「それは絶対違う」というのはわかるし。

——これまでの作品と比べて、一番わからなかった理由というのは、なんだったんですか?

今泉:まず、原作のすごさ。あと、原作のテーマが「わかる/わからない」じゃないじゃないですか。

木村:この原作を「わかりました」って言える人って、まずいないんじゃないですか。

今泉:この原作って、これまで何度か映像化の話があったけど、作者の豊田(徹也)さんは断ってきたそうなんです。僕が初めて豊田さんに会って話をした時に、「この漫画って映画になって面白くなると思いますか?」って聞かれたんですよ。俺は「なります!」って言える人じゃないから、「ほんとですよね。すごく難しいと思います」って言ったから、豊田さんは信頼して任せてくれたんじゃないかと思うんですよね。こういう、深いというか重いテーマを真正面からやったのは久しぶりだから、早くいろんな人の感想を聞いてみたいです。多分、賛否両論出てくると思うし。

——公開が楽しみですね。監督も木村さんもヴィジュアルの表現に関わられていますが、映画と写真では大きな違いもあります。今泉監督から見た写真の良さ、木村さんから見た映画の良さがあれば教えてください。

今泉:写真は、その一瞬が撮れたらいいっていうところが良いですよね。その一瞬を撮るっていうのが、めちゃめちゃ大変なんだろうけど。例えば、こういう取材で撮影時間が10分だったりすると、撮られながら、こんなにたくさん撮れるんだって思うんですよ。映画だったら段取りしている間に10分過ぎてしまう。そう思うと映画って贅沢ですよね。写真とか、お笑いもそうですけど、今起こっていることがすぐに形になる。そこが強みかな。

木村:映画には時間の前後が映ることが魅力的に感じます。自分は写真をこれからもやっていこうと思っているので、写真でそれができないかなって考えているんです。写真は「あ」っていう瞬間しか撮れないけど、その1枚で「ああ」みたいなものが写せないかしら、みたいなことを考えている。それって、映画への羨ましさみたいなところからきていると思います。

今泉:映画を撮ろうとは思わないですか?

木村:スチールで映画に関わるまでは撮りたかったんですけど、関わり始めてからは無理だなって(笑)。

今泉:いや、それは木村さんが映画の現場を見ているからで、そういう撮り方じゃないようにすればいい。木村さんがやりやすい現場を作ればいいんですから。

木村:それができるといいですけど。

——監督は写真を撮ったりは?

今泉:まったく撮らないですね。携帯でも撮らないし、自分の子供を撮ったりもしない。

木村:そうなんですか。

今泉:いい写真が撮れないんです。自分が撮ったものを見ても、全然撮れてねえじゃん!って嫌になっちゃう。反省するのは映画で十分ですよ(笑)。

Photography Tameki Oshiro

映画『アンダーカレント』

■『アンダーカレント』
銭湯の女主人・かなえ(真木)は、夫の悟(永山)が失踪して途方に暮れていた。そこへ堀(井浦)と名乗る謎の男が現れ、住み込みで働くことに。友人の勧めで探偵・山崎(リリー)と悟の行方を探すことになったかなえは、夫の知られざる事実を知り、やがて自分自身の心の奥底に触れることに……。

10月6日より全国公開
出演:真木よう子、井浦新、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央、永山瑛太、リリー・フランキー
監督:今泉力哉 
音楽:細野晴臣
脚本:澤井香織 今泉力哉 
原作:豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーン KC」刊) 
撮影・照明:岩永洋 
特写:木村和平
企画・製作プロダクション:ジョーカーフィルムズ 
配給:KADOKAWA
©︎豊田徹也/講談社 
©︎2023「アンダーカレント」製作委員会
https://undercurrent-movie.com

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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