細田守監督も称賛する注目のブラジル人アニメ監督、アレ・アブレウが語る新作『ペルリンプスと秘密の森』に込めた色彩と音楽へのこだわり、そしてブラジル文化への想い

アレ・アブレウ(Alê Abreu)
1971年3月6日、サンパウロ生まれ。13歳の時にサンパウロ市内にあるMuseum of Image and Sound(MiS)のアニメーション教室に通い始める。1990年代、アブレウは2本の短編アニメーションを制作し、イラストや広告など多くのプロジェクトに携わった後、初の長編映画『Garoto Cósmico(宇宙の少年)』を制作。2016年に『父を探して』公開。2016年アカデミー賞長編アニメ賞に南米の長編アニメ作品として初ノミネートされた。

近年、注目を集めるイベロアメリカ(欧州および中南米のスペイン語・ポルトガル語圏諸国から構成される地域)のアニメ。そんな中で注目を集める監督の1人が、ブラジル出身のアレ・アブレウだ。長編2作目の『父を探して』(2016年)がアカデミー賞の長編アニメーション映画賞にノミネートされたアブレウは、音楽と色彩に満ちあふれたイマジネーション豊かな作品を生み出してきた。最新作『ペルリンプスと秘密の森』は、クラエとブルーオという2人のエージェントが、巨人達から森を救うために「ペルリンプス」を探すという物語。そこには自然破壊や分断された世界に対する批判と、子どもの純粋な心が持つ力や可能性が描かれており、細田守監督も「まばゆい色彩に何度も目を奪われる。2人の主人公の愛くるしさと、今そこにある待ったなしの問題とが、葛藤する。その先に、子ども達へのやさしさがあふれている」と称賛のコメント寄せる。

今回、来日中のアブレウに会ってみると、彼自身が子どものような無邪気で活気に満ちていた。お土産のブラジルのお菓子を頂きながら、映画について話を聞いた。

華やかな色使い

——『ペルリンプスと秘密の森』は前作『父を探して』に比べると作風が変化しましたね。とても色彩豊かで、柔らかくて立体的なタッチになりました。美術やキャラクターのデザインについて、何か意識していたことはありますか。

アレ・アブレウ(以下、アブレウ):『父を探して』と『ペルリンプスと秘密の森』は、ある意味、対照的な作品と言えるかもしれません。『父を探して』は白をベースにしているのに対して、『ペルリンプスと秘密の森』はカラフル。『父を探して』にセリフはありませんが、『ペルリンプスと秘密の森』はセリフがたくさんある。この違いは私のスタイルが変わったというより、物語が求めているスタイルが違うので変化したんです。

——では、今回の色使いに関して何か意識していたことはありますか?

アブレウ:この映画は色彩が1つのキャラクターになっています。まず、森のキャラクターを表す色彩。そして、子どもの世界も色彩によって表しています。映画の冒頭にカマドドリのジョアンが「この世界に強い光が入ってきた」と語りますが、その光が色彩を、子ども達の世界を生み出すのです。

——『父を探して』も白をベースにしながら色鮮やかでした。監督にとって色は世界観を生み出す上で重要な要素なのでしょうか。

アブレウ:色彩はものすごく重要な要素ですが、色の重要性や使い方について言葉で説明するのは難しいんです。色に関しては理論立てて使用しているわけではなく、自分のイメージがおもむくままに使っています。感覚的に使う、というのが私のやり方です。色を何かの象徴として使うことがありますが、私にとって色は音に近いもの。いろんな色を組み合わせてハーモニーを生み出していくことに惹かれるんです。

——画家のパウル・クレーも色は音楽的だと言っていますね。

アブレウ:そう、クレーもどんな作品になるかわからないまま色を加えていく。だからこそ作品に画家の内面そのものが反映されるんです。

——日本のアニメーションは色の使い方に対しては臆病というか慎重なので、 監督の作品を見ると世界はこんなに色にあふれているのかと驚かされます。

アブレウ:私は作品を作り始めると、その世界に深く潜り込んでいくことを大切にしています。今回は子どもの世界に潜り込んでいたので、子ども達の恐れを知らない大胆な色使いになりました。

——2人の子ども達のキャラクターデザインもとてもユニークでした。それぞれが動物の格好をしていて奇妙なメイクをしている。どこかプリミティヴな雰囲気も漂っていますが、彼等のキャラクターデザインはどういうふうに思いついたのでしょう。

アブレウ:最初に思いついたのがクラエのイメージでした。森の中の湖のような場所にオオカミの格好をした男の子がいる。顔にメイクをしているけど崩れかけていて、その子はどこかに行こうとしているんです。その子はどこに行こうとしているのか、その森はどんなところなのか。そうやっていろいろ考え始めたことで物語が生まれていきました。

——ブラジルの子ども達は自分でメイクをして遊んだりするのでしょうか?

アブレウ:そんなことはないです。ただ、自分が思いついたイメージがそうだったというだけで。もしかしたら、動物の格好をしていたのはカーニバルに参加していて、そこを抜け出してきたのかもしれない。でも、そう考えたのは後付けで、そういう設定というわけではありません。

音楽のイメージ

——監督の作品は全編に音楽が満ちあふれて、映像と溶け合ってシンフォニーを奏でています。本作の音楽に関しては、どんなイメージを持たれていましたか。

アブレウ:自分にとって映画の音楽というのは、言葉では表せない部分、スピリットを表現してくれるものです。今回のサントラはアンドレ・ホソイとオ・グリーヴォに依頼しました。それぞれに役割が区別されていて、オ・グリーヴォは森の風の音だったり雨だったり、そういう自然音を音楽として感じられるようにサウンドデザインをしてもらいました。アンドレには、子ども達のエネルギーを表現する音楽を作ってもらったんです。彼はボディ・パーカッションのグループ、バルバトゥッキスの中心人物で、私とは幼馴染なんです。

——どんな音楽にしたいのか、頭の中にイメージはありました?

アブレウ:アンドレには曲作りの参考になるものとして、サイケデリック・ロックを薦めました。テーム・インパラとか。自分がヴィジュアルを考える時も、サイケデリック・ロックのイメージがあったので、色彩と音楽で子どものパワーを表現できると思ったんです。

——この映画では音楽は添え物ではなく、1つの空間を生み出していますね。

アブレウ:まさにその通りです。作品をよく観ていただいてありがとうございます。音楽をバックにあるものとして捉えている監督や作品が多い中で、自分は作品を作り上げえる上で重要な要素として捉えているんです。

ブラジルでアニメーション映画の分野を確立したい

——『父を探しても』も本作も、子どもの眼差しで世界を発見してく物語だったと思います。あなたにとって「子ども」とはどういう存在ですか。

アブレウ:この映画を作っている間、自分はずっと子どもに戻っていました。子どもというのは、信じる力を持ち、世界がもっと素敵になるという強い希望を持つ者です。子どもが持っているその力は、大人になってからでも、大きな光、希望の光として人間の中に宿っています。そして、人が闇の中にいる時、困難に立ち向かう時に、その光が導いてくれるんです。

——監督は13歳の頃にアニメの教室に通うようになって、本格的にアニメの道を志したそうですね。何かきっかけのようなものがあったのでしょうか。

アブレウ:子どもの頃からアニメーション大好きで、自分でアニメーション映画を作りたいと思っていたんです。ブラジルのアニメやディズニーも観ましたが、日本のアニメに強く惹かれました。手塚治虫の『リボンの騎士』をよく覚えています。今も日本のアニメは私にとっては先生みたいな存在で、宮崎駿や高畑勲などさまざまなマエストロが作った映画を観て、いろんなことを学んでいます。そして、18歳の時、ルネ・ラルー監督の『時の支配者』や『ファンタスティック・プラネット』をサンパウロのシネクラブで観て「こんな作品を作りたい!」と思ったんです。観客と対話できるような作品を作りたいと。

——監督の作品を拝見すると、ブラジルの文化や自分達のルーツを再発見しようとしているように思えます。

アブレウ:ブラジルだけではなく、南米全体を視野に入れて考えています。『父を探して』は、『Canto Latino』というラテンアメリカの音楽を題材にしたドキュメンタリーを準備している過程で思いついたアイデアから生まれました。ブラジルの文化はいろんなものが混ざり合っている。とても豊かな背景を持っていて、それが自然に私の作品に表れてくるのではないでしょうか。

——ブラジルの現在のアニメの状況はいかがですか?

アブレウ:前の政権が文化に理解がなかったので、長い間、ひどい状況が続いていました。昔はブラジルで公開される映画の15%が国内で制作された作品でしたが、今はわずか1%にすぎません。新しい政権になってから、衰えてしまった文化芸術の分野を回復しようと頑張っているところです。日本には及ばないにしても、ブラジルでアニメーション映画の分野を確立するために、これからも努力していきたいと思っています。

Photography Yohei Kichiraku

『ペルリンプスと秘密の森』

『ペルリンプスと秘密の森』
12月1日から全国順次公開
脚本・編集・監督:アレ・アブレウ
音楽:アンドレ・ホソイ / オ・グリーヴォ
2022年 ブラジル / 原題:Perlimps / スコープサイズ / 80分 / 日本語字幕 星加久実 
後援:駐日ブラジル大使館 
配給:チャイルド・フィルム/ニューディア― (c) Buriti Filmes, 2022
https://child-film.com/perlimps/

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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