オリジナルメンバーだから作れた“3人のくるりの音” 「この3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがあります」

くるり(QURULI)
1996年9月頃、立命館大学(京都市北区)の音楽サークル「ロック・コミューン」にて結成。古今東西さまざまな音楽に影響されながら、旅を続けるロックバンド。
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1996年、立命館大学の音楽サークル“ロック・コミューン”に所属していた岸田繁、佐藤征史、森信行により結成されたロックバンド、くるり。多彩かつオルタナティヴな音楽性で、作品ごとに新境地を切り開いてきた。

今回、2002年にバンドを脱退したオリジナル・メンバー、森信行をゲストに迎えた14枚目となる新作アルバム『感覚は道標』が10月4日にリリースされる。さらに、その制作過程を追いかけた、くるり初となるドキュメンタリー映画『くるりのえいが』が10月13日に公開となる。

『感覚は道標』のレコーディング風景を追った『くるりのえいが』は、アルバム制作に向き合う3人の姿をナチュラルに描き出すことで、創作の面白さ、そして、そこに秘められた人間ドラマを浮かび上がらせる。原点を見つめ直すことで新たな一歩を踏み出したくるりの2人、岸田繁(ヴォーカル、ギター)と佐藤征史(ベース)に映画や新作について話を訊いた。

——これまでも森さんと共演されたことはありましたが、新作では曲作りから一緒にやったそうですね。

岸田繁(以下、岸田):以前から、また森さんと一緒にセッションしながら曲を作ってみたいな、と考えてはいたんですよ。そこに映画の話が立ち上がって、だったらこの機会に、と思って。それで撮影に入ってみると曲がポンポンできちゃったんですよね。密かな願望として、アルバム1枚に落とし込めたらいいな、と思ってはいたんですけど、口にはしてなくて。でも、最終的そこに向かうことができたのは良かったと思います。

——森さんはバンドを離れてからも度々共演されていましたが、一緒に曲作りをするとなると話は別ですよね。

岸田:森さんはくるりが好きなんですよ(笑)。そこが素敵なところで。僕らはケンカ別れしたわけじゃないし、森さんは、自分が抜けた後に僕らがやってきたことに興味を持ってくれていた。そうじゃないと一緒にやろうと思わなかっただろうし。多分、緊張感はあったと思うんですけど、前向きにOKしてくれたんじゃないかなと思います。

——きっとお互いに緊張感があったと思いますが、そういうところにカメラが入ることで、さらにナーバスになるのではないかと思います。撮影前に佐渡監督と映画の内容や撮影手法などで何か話をされたのでしょうか。

岸田:例えばザ・ビートルズの『ゲットバック』てって、真実といえば真実だけど、そこには映画を観る人の誤解を招くような編集があったじゃないですか。だから最近、新しい編集で公開されたわけで。そういう作り手の意図や演出を感じさせない作品にはしたくなかった。

あと、バンドのドキュメンタリーって、メンバーが揉めたとかドラッグでどうなったとか、そういうゴシップ的な要素が入ることが多い。そういうところに焦点を当てるのではなく、曲が生まれて作られていく過程を見せたかったんです。作り手の内側に入りつつも、あまり入りすぎない距離感で、曲ができるまでの過程を撮れたらいいな、と思っていました。

——確かにドラマティックな演出はせず、ナチュラルな距離感で撮られていましたね。「くるり観察日記」みたいな感じでした。

岸田:この前、とある酒蔵を案内してもらったんです。最後に試飲するという、お決まりのコースだったんですけど大変興味深かった。やっぱり、ものづくりの過程って見てて面白いんですよね。大人になると、観光はしても社会見学ってしないじゃないですか。バンドは特殊なものだから、それぞれに曲作りの過程は違うと思うんですけど、うちはこんな風にやってますよっていう一例を見せれば、面白いものになるんじゃないかなって思ったんです。

「1990年代のオルタナ・ロック」の気分と伊豆スタジオ

——映画では、まず3人でミーティングをして、セッションをしながら曲を作り上げていきます。それがくるりの基本的な曲の作り方なんでしょうか。それとも、今回はそういうやり方をとった?

岸田:最近は、まずスタッフとどんな作品にしたいか話をして、そこから各自が作業していく。DAW環境が整っているのでデータのやり取りでデモの途中まで作ることが多いです。この3人でやってた時は、はっきりした目的がないままスタジオに入って、適当に演奏をしているうちにかたちになっていった。セッションから作る、というとカッコいいですけど、遊んでるみたいな感じで音を出して、その中からネタ的なものが見つかるとその場で調理していく、というやり方だったんです。

——その当時のやり方を今回再現したわけですね。

岸田:こういうやり方って最近はあまりやってなかったんです。森さんは条件反射の人でもあるから、譜面を用意してやるより、ゼロから一緒にやった方がいいんじゃないかと思ったんです。

——今回のアルバムは「1990年代のオルタナ・ロック」というのがモチーフの1つとしてあったそうですが、それは曲を作り上げていく過程で浮上してきたことなのでしょうか?

岸田:そうですね。リファレンスというよりは気分的なもののほうが大きくて。レッド・ツェッペリンみたいな音を出すんじゃなくて、ストーン・テンプル・パイロッツの気分で、というか(笑)。オルタナっていろいろあったけど、よくできているものもそうでないものも空間を活かした音作りになっていた。そういうニュアンスがいいと思ったんですよ。今回、伊豆スタジオでやろうと決めた時、スタジオの音の鳴りとか、3人の演奏を考えて、オルタナ・ロックっぽい感じが合うんじゃないかと思ったんです。

——3人でバンドを始めた頃にリアルタイムで聴いていたってことも大きいんでしょうね。実際に聴いてみると、オルタナ感はありつつも、それを通過したヴィンテージなロックンロールっていう感じで、3人のくるりの音がドンと出た潔い音でした。

佐藤征史(以下、佐藤):自分達の演奏を録音した時、「ええ音」っていうのとは別に、「説得力のある音」かどうかっていうのがあるんですよ。自分達がやっていることに対して正しいかどうか、というか。「説得力のある音」になるかどうかは自分達の演奏した音とスタジオの相性ってすごく大事で、それが今回うまくいったからドンって感じでトリオの音が出せたんだと思います。ハウスエジニアの濱野(泰政)さんは元ベーシストでバンドをやられていた方なので、曲が生まれた時から、その曲のどんなところが光っているのかを共有してもらえている感じがすごくあった。だから自分達がやりたいことを察してくれて、作業にロスが少なかったのも良かったです。

——今回はスタジオの存在が大きかったわけですね。

岸田:伊豆スタジオって1980年代ぐらいの機材を使っているんです。いってみればヴィンテージですよね、だから音触りが必然的にヴィンテージになる。リヴァーヴも実際にエコーを録るんです。建物の2階に空洞部分があって、そこにスピーカーで音を流し込んで、そこで響いている音を録る。最近では全部シミュレーターでやっちゃう部分を、今回は空気を通してやることができたんです。空間を活かす。空気を通して音を歪ませることで、生バンドのダイナミクスが活きるようにする。ちょっとパーカッション的なものが必要になった時には、スリッパで床を叩いてみたり(笑)。そういうアイデアの引き出しも活用しながらレコーディングしました。

——最初に完成した新曲「In Your Life」をスタッフ全員で聞くシーンが印象的でした。曲を聴き終わった後、全員が満足した表情を浮かべていましたが、観ているこちらも「これが3人のくるりの音なのか」と納得しました。

岸田:よかった! そう感じてもらえたのなら、佐渡監督も喜ばれると思います。

佐藤:多分なんですけど、新作のサウンドは最近のくるりではやってなかったこと、できてなかったことでもあると思うんですよね。「In Your Life」は森さんと一緒に曲作りしてなかったら作れなかったと思うし、それは映画を観ていただいたら、すごくわかると思います。

——みんなで曲を聴く時、岸田さんがピンク・フロイド『狂気』のジャケをデザインしたコートを着て登場するじゃないですか。それで一番前にどかっと座る。その佇まいが魔術師みたいで、完成した曲を聴く時の儀式なのかと思いました。

岸田:あの服はレコーディング中に佐藤さんから誕生日にもらったんです(笑)。「今年はすごいよ〜」って。

佐藤:あげたのが4月だったので、「秋口になったら着て」って(笑)。

岸田:伊豆スタジオではリラックスしているので、いつも短パンを履いてるんです。それであれを着るから、なおさら狂気を感じさせたのかもしれないですね。これから、新曲を聴く時は毎回あれを着るようにしよかな(笑)。

——この映画をきっかけにぜひ(笑)。森さんとの曲作りに関しては、昔との違いを感じたことはありました?

岸田:変わらんっちゅうたら全然変わってないのかもしれないですね。作っていく中で「ああ、こいつ、こういうやつやったな」って思い出すことというのはありましたけど、向こうも同じやったんじゃないでしょうか。

佐藤:やってることは昔と一緒ですからね。僕らから離れて、今、もっくんはドラムに対してどんなことを思ってるんやろ、と思いながらやっていたところはありましたけど。

3人だからこそできた新曲

——レコーディング中に京都のライヴハウス、「拾得(じっとく)」でライヴをするじゃないですか。その時の演奏は、レコーディングの時とはまた違う生々しさがありました。初期の曲や新曲も披露していましたが、ライヴをやってみていかがでした?

岸田:いま、僕らにはライヴ用のバンドがあるんですよ。5人編成で素晴らしいメンバーがそろっていて、自分で言うのもなんですけど良いバンドなんですよね。久しぶりに森さんと3人でやると、いろんな意味でボロボロでした(笑)。お互い普段どんなライヴをしているか、その違いが出た結果やと思います。今のくるりの波に彼が乗っかろうとすることが彼にとってはエグいことなんですよね。だから今回、ゼロから一緒に曲を作ることができたのはすごく良かったと思います。

佐藤:「拾得」のスタッフさんも、「新曲はよかったのに」みたいなことを言ってはって(笑)。

——確かにライヴでは、それぞれの「今」がぶつかってしまうかもしれないですね。1枚アルバムを作ってみて、改めて感じたことがあれば教えてください。

岸田:正直、こんなしっかりした作品ができるなんて期待してなかったんです。「あ、思ってたよりいけた」っていう感じが強いですね。あと、やっぱり昔のやり方をすごく再認識したというか。「東京」とか「ばらの花」って最近のファンの方達にも人気がある曲なんですけど、そういう曲はこの3人で作ったので、またこの3人でアルバムが作れたことには誇らしい気持ちがありますね。こういうアルバムの作り方って、ほんまにええもんやな、と思えたし、そういう風にアルバムが作れる関係性が今もある、というか良い仲間やなって再確認できました。

——岸田さんが書いたセルフライナーノーツで、新作に収録されている「朝顔」は、これまで禁じていた「ばらの花」的ものを解禁してできた曲、と書かれていました。やっぱりこの3人だから解禁できたのでしょうか?

岸田:今回、僕はしっかりとはソングライティングをしてないんです。3人で音を出している時に、誰かがなんかやりだして、そこから曲を作っていくっていうやり方やったから。それでなんとなく「ばらの花」的なものが始まって、みんなが「ああ、『ばらの花』的な感じかな」と思って乗っかってきた。そしたら、思ったより「ばらの花」みたいになってしまって、なんか自分達でくるりのコスプレをやってるみたいな感じやったんですけど(笑)。でも、他の人とではそういう感じにはならないんですよね。狙ってもそうならないから、やっぱり、この3人だとこうなるんやな、と思って。それはちょっと嬉しかったですね。

——佐藤さんはいかがでした?

佐藤:「拾得」のライヴでも思ったんですけど、森さんの瞬発力って素敵だなって思いました。それは当時から思ってたんですけど、最初に曲を一緒にやる時、自分の進む道が明確に見えた時は、すっごく早くていい。今回のレコーディングの時も、「こういう感じやったな。やっぱ、こういうとこはすごいな」っていうのを噛み締めていました。その瞬発力があったからできたアルバムでもあるっていうのが、自分の感想です。

——森さんのキャラクターは映画からも伝わってきました。お2人が緻密に音を作り込んでいる一方で、森さんはポーンと突き抜けてくるというか。

岸田:そうなんですよね。

佐藤:でも、ムカつく時もあるんですよ(笑)。デモの曲をいざ録ろうしたら、そのデモを録った時に「自分はこのモードでいこう」って考えていたことを忘れてたみたいで、全然違うことしかやらないとか。そういうので、あっち行ったりこっち行ったりしながら作っていて。別れた理由を思い出したりもしながら、それでも彼の存在は大きいなって思いました。

岸田:今回は根を詰めてすごい作品を作ろうとしなかったから、それが良かったのかもしれないですね。使命感みたいなものは持たずに、できるだけ楽しくやろうと思っていました。でも、やってるうちに本気になっちゃったんで、ちゃんと本気の作品になったんですけどね(笑)。僕は曲を作る時にガッと入り込んでしまうタイプなんで、あんまりそういうことがないように、曲作りの最初の段階では、ネタ投げおじさんみたいな感じで取り組めたのが良かったのかもしれない。

——「サンバのリズムでやってみよか?」とか、岸田さんがいろんなネタをみんなに投げて、そのお題に全員が一丸になって取り組む姿を見て、これぞバンドだなって思いました。

岸田:バンドを始めた頃はわりとそんな感じやったなあって思い出しました。これからは、ネタ投げおじさんとしても自分を磨いていきたいと思います(笑)。

Photography Mayumi Hosokura
Stylist Masayo Morikawa
Hair & Makeup Kyoko Kawashima

くるり 14thアルバム『感覚は道標』

■くるり 14thアルバム『感覚は道標』
2023年10月4日発売

<形態>
生産限定盤(2CD+Tシャツ)価格:¥6,900 
※Tシャツ(黒、Lサイズ相当)

通常盤(CD) 
価格:¥3,400
https://www.quruli.net/discography/感覚は道標/

『くるりのえいが』2023年10月13日公開

■『くるりのえいが』
2023年10月13日公開
出演:くるり
岸田繁、佐藤征史、森信行
音楽:くるり
オリジナルスコア:岸田繁
監督:佐渡岳利
プロデューサー:飯田雅裕
配給:KADOKAWA
企画:朝日新聞社 
宣伝:ミラクルヴォイス
https://qurulinoeiga.jp

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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