注目のスペイン人映画監督、パブロ・ベルヘルが『ロボット・ドリームズ』でアニメーション映画に初挑戦 ジブリや手塚治虫からの影響を語る

パブロ・ベルヘル(Pablo Berger)
1963年12月2日、スペインのバスク地方ビルバオ生まれ。アレックス・デ・ラ・イグレシア、ラモン・バレアと共に手掛けた短編映画『Mama』(1988/未)で監督デビューを果たし、高い評価を得る。その後、ニューヨーク大学にて映画学の芸術修士号を取得。長編デビュー作『Torremolinos 73』(2003/未)は、2003年マラーガ映画祭で初上映され、最優秀作品賞、監督賞、主演男優賞、女優賞を受賞したほか、同年スペイン国内の興行収入ランキングで1位となる大ヒットを記録。2012年、監督・脚本・製作を務めた『ブランカニエベス』では第85回アカデミー賞外国語映画賞にスペイン代表作として出品。1998年に日本のロックバンドSOPHIAの「黒いブーツ~oh my friend~」のMVも手掛けている。

近年、アニメーションが大きな盛り上がりを見せているスペイン。昨年10月にはスペインのアニメ作品を紹介するイベント『ドキドキ・アニメーションÑ』が東京で開催され、そこで上映されたのが『ロボット・ドリームズ』だ。1980年代のNYに暮らす孤独な犬、ドッグは、友達が欲しくて通信販売でロボットを購入。2人は仲良く暮らし始めるが、思いがけない出来事が2人の仲を引き裂くことになる。サラ・バロンのグラフィック・ノベルを映画化したのは、白雪姫の物語をモチーフにした実写映画『ブランカニエベス』(2012年)で注目を集めたパブロ・ベルヘル(Pablo Berger)。

今回、パブロは初めてアニメーションに挑戦したという。グラフィック・ノベルやアニメをこよなく愛し、根っからのシネフィルだというパブロに『ドキドキ・アニメーションÑ』にあわせて来日したタイミングで話を聞いた。

※本作は日本では今秋公開予定

——原作との出会いについて教えてください。どんなところに惹かれて映画化を考えたのでしょう。

パブロ・ベルヘル(以下、パブロ):原作を手にしたのは2010だった。私はグラフィック・ノベルのコレクターで、中でもセリフがない作品を集めているんだ。この原作を初めて読んだ時、楽しいだけではなく、オリジナル性もあるし、シュールなところもあって、ラストで涙してしまった、グラフィック・ノベルにそこまで感動させられるのは珍しいことで、それが自分の心の中にずっと心に残っていて。『ブランカニエベス』、『Abracadabra』(2017年/日本未公開)という長編を2作作った後、久しぶりにコーヒーを飲みながら原作を読んだら、以前よりも、ぐっときた。自分の人生から遠く離れてしまった、あるいは亡くなってしまった友人や家族に思いを馳せた時に心に響くものがあって、これを映画にしたいと思ったんだ。でも、初めてのアニメーション作品なので、自分にとっては大きな挑戦だったよ。

——セリフがないグラフィック・ノベルがお好きだそうですが、『ブランカニエベス』も今作もセリフがありません。サイレント映画に惹かれるところがあるのでしょうか。

パブロ:自分にとって映画はとてもユニークなもので、ビジュアルで物語が語られるところが面白いと思っているんだ。『ブランカニエベス』はサイレント映画へのオマージュだったけれど、あの作品と同じように観客と繋がれるものはないかと考える中で思いついたのが『ロボット・ドリームズ』だった。サウンドデザインはかなり複雑にやったから、まったくの無音(サイレント)というわけではなく、ジャック・タチや私が一番影響を受けたチャップリンに近いのかもしれない。世の中がトーキー時代にはなっても、チャップリンはまだ無声映画を作っていたんだ。例えば『街の灯』(1931年)のようなね。

『ロボット・ドリームズ』ではそういう感じを少し意識した。映画はビジュアルでストーリーテリングをするもの、ということを改めて思い出すきっかけになるような作品にしたくてね。映画は頭で考えるものではなく、肌で感じるもの。映画を観ている時は音楽や絵画に触れる時と同じように五感で感じて、後でじっくりと作品について考えてほしいんだ。

——音楽といえば、本作は劇中でアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「セプテンバー」が印象的に使われています。物語にぴったりの歌詞ですね。

パブロ:劇中に何度も登場する「セプテンバー」はロボットとドッグの関係を表す2人のテーマ曲みたいなものだ。原作は月ごとに展開していって、ロボットが海辺で動けなくなるのが9月。そこに何か曲を使いたいと思って、パッと頭に浮かんだのが「セプテンバー」だった。プロデューサーに相談したら、使用料が高いんじゃないかって冷や汗をかいていたけど(笑)、なんとかクリアすることができた。そこで改めて歌詞を見て、「Do You Remember?」という最初の一節で驚いた。というのも、この映画は記憶についての作品で「覚えてる?」というのが映画のテーマそのものなんだ。しかも、次の歌詞が「The 21st Night of September?(9月21日の夜のことを?)」なんだけど、なんとその日は娘の誕生日なんだよ。

——すごい偶然ですね! 

パブロ:私は人生のマジックというものを信じている。そのマジックが進むべき道を教えてくれることがあって、「セプテンバー」がまさにそうだった。驚きのあまり頭が爆発しそうだったよ(笑)。

実写の経験をアニメに生かす

——マジックに導かれて初めてアニメを制作したわけですが、セリフがなくても感情が伝わってくる目の動き、雪が落ちた時の重さなど、繊細なアニメーション表現に引き込まれました。演出面で意識したことはありましたか?

パブロ:どんな形で実写の経験をアニメに生かせるかを考えたら、すぐに答えが出た。「演技だ!」ってね。私は役者との仕事が大好きで、真実に迫るような演技を求めてきた。アニメの場合、「この感情を伝えなければ!」みたいな大げさな表現をしがちだけど、それは絶対したくなかった。実写の作品のような演技を本作のキャラクターにもしてほしかったから、抑制が効いた、目で語るような表現を大事にしたんだ。そのためには素晴らしいコラボレーターが必要で、ブノワ・フェロウモンがアニメーションのディレクターとして参加してくれたのが大きかった。彼は『ベルヴィル・ランデブー』(2002年)や『ブレンダンとケルズの秘密』(2009年)に関わっている素晴らしいアニメーターで、彼が声をかけてヨーロッパの優れたアニメーター達が集まってくれた。そして、キャラクターに重みが感じられる、空間の中で存在しているような感覚が出せる昔ながらのアニメーションを目指したんだ。

——本作のリアルな演技は、高畑勲や宮崎駿の作品に通じるところがありますね。

パブロ:今回はジブリの作品から大きなインスピレーションを受けている。高畑さん、宮崎さんの作品は、アニメーションの監督が直面する問題の答えを全部持っていると思う。なかでも、キャラクターの演技が素晴らしくて、抑制が効いていて正直。真実に迫るものがあって、それが僕が求めているものだったんだ。日本以外のアニメーションで影響を受けたのはシルヴァン・ショメだね。彼等のスピリットがこの作品には宿っている。

——この映画は、さまざまな形で実写映画にオマージュが捧げられていますね。『クレイマー・クレイマー』(1979年)、『マンハッタン』(1979年)、『オズの魔法使』(1939年)、『シャイニング』(1980年)、『サイコ』(1960年)など、挙げればきりがありません。

パブロ:この作品はシネフィルのための『ウォーリーをさがせ!』といえるかもしれない(笑)。僕は映画作家である前にシネフで、映画を作るのはすごく疲れてしまうから、本当は観ている方が好きなんだ。映画においてストーリーはケーキだと思う。その上にこういったオマージュや遊びを通じてホイップクリームや苺を足していく作業が楽しいんだ。

——ジャック・タチと親交が深かったピエール・エテックスの映画『ヨーヨー』(1965年)のポスターがドッグの部屋に貼ってありましたね。大好きな作品です

パブロ:あの『ヨーヨー』を見つけてくれたとは嬉しいね! タチは知られているけど、エテックスのことはあまり知られていないからね。『ヨーヨー』とこの映画は似ているんだ。『ヨーヨー』も孤独な主人公が、ある種の冒険に出る話だった。『ヨーヨー』のポスターを使うことを思いついた時は、「セプテンバー」が降ってきた時と同じぐらい、「これだ!」と思った。それでポスターを使わせてもらうために、亡くなったピエールの奥さんに連絡を取って使用許諾をもらったんだ。奥さんが『ブランカニエベス』を気に入ってくれていたこともあって使えることになった。パリでこの作品をプレミア上映する際には、奥さんを招待する予定だよ。

スペインのアニメ事情

——お花畑でダンスするシーンを、ハリウッド・ミュージカルみたいにバークレー・ショット(映画監督のバスビー・バークレーが、ミュージカル映画でよく使用していた俯瞰のショット)で捉えた映像も素敵ですね。

パブロ:僕も大好きなシーンだ。最近知ったんだけど、『オズの魔法使』のミュージカル・パートを担当したチームにバスビー・バークレーがいたらしい。あと、この作品には手塚治虫へのオマージュもある。彼は『鉄腕アトム』など商業的な作品で知られているけれど、実験的な作品も制作していて、僕はそういう作品が大好きなんだ。

——手塚は実験アニメを数多く自主制作しましたが、そういう作品もご覧になっているんですね。今回、原作を脚色する際には、どんなことを大切にしましたか?

パブロ:原作をそのまま映画化したら30分で終わってしまっただろう。原作にはドッグに関する描写も少ないしね。だから、原作のシンプルなストーリーに肉付けをしていった。そして、物語の舞台になるニューヨークを細かく描きこんで、映画の3人目の主人公といえるくらい存在感を与えた。原作では背景はすごくシンプルに描かれているんだ。緻密な背景とシンプルなキャラクターというバランスはジブリを参考にしている。あと、映画ではロボットが見る夢の数を増やした。だから、原作と違うところは多いけど、原作のテーマと魂は同じで物語の綴り方が違うだけ。原作者のサラ・バロンも映画を気に入ってくれているよ。

——アニメの特色を生かした見事な脚色だったと思います。最後に現在のスペインのアニメ事情について教えてください。

パブロ:いまスペインはアニメーション黄金時代で、かつてないほど盛り上がっている。スペインの大きな映画祭、サンセバスチャン映画祭のコンペにアニメ作品が入るようになったんだ。僕の大好きな監督、アルベルト・バスケスの新作『ユニコーン・ウォーズ』も素晴らしい。今週末、インスティトゥト・セルバンテス東京というスペインの映画機関が、スペインのアニメのイベントをやることになっていて、そこで『ユニコーン・ウォーズ』や『ロボット・ドリームズ』が上映される予定なんだ。

——エンタメ系の作品よりも、作家性の強い作品が増えているのでしょうか?

ベルヘル:完全に作家系だね。監督は脚本も手掛けていて、パーソナルな作品を作っている。アメリカでは3Dが主流だけど、日本とヨーロッパでは1秒間に24コマを書く伝統なアニメを今も作り続けている。そうした手描きアニメがずっと続いてほしいと思っているよ。

Photography Masashi Ura

■『ロボット・ドリームズ』2024年秋公開予定

■『ロボット・ドリームズ』
2024年秋公開予定

2012年『ブランカニエベス』でスペインのゴヤ賞で最多10部門を受賞したほか、数々の受賞歴のあるパブロ・ベルヘル監督が手掛ける初の長編アニメーション映画。サラ・バロンのグラフィック・ノベルを映画化した。ニューヨーク・マンハッタンに暮らすドッグとロボットの友情を描く、かわいくてちょっと切ない、心温まるストーリー。

監督・脚本・製作:パブロ・ベルヘル『ブランカニエベス』
原作:サラ・バロン『Robot Dreams』
アニメーション監督:ブノワ・フェロウモン『ベルヴィル・ランデブー』『ブレンダンとケルズの秘密』
2023年|スペイン・フランス|101分(予定)
© 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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