アニメに負けない魅力的なキャラクターを作る 行定勲監督が映画『リボルバー・リリー』で目指した世界に通用するアクション映画

行定勲(ゆきさだ・いさお)
2002 年『GO』(2001)で、第 25 回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、脚光を浴びる。2004 年『世界の中心で、愛をさけぶ』が、興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象に。2018年『リバーズ・エッジ』が、第68回ベルリン国際映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞。その他にも、『北の零年』(2005)、『今度は愛妻家』(2009)、『真夜中の五分前』(2014)、『ナラタージュ』(2017)、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020)等を手掛ける。情感あふれる耽美な映像と、重層的な人間模様が織り成す行定監督作品は、国内外で高く評価され、観客の心を揺さぶり続けている。
Twitter:@ISAOYUKI

関東大震災の爪痕が残る大正時代の日本を舞台に、暗い過去を持ったヒロインが活躍する映画『リボルバー・リリー』は、ハリウッドに挑戦するようなアクション大作だ。そこで監督を務めるのが、これまで数々の話題作を手掛けてきた行定勲。人間ドラマの描き方に定評がある監督だけに意外な組み合わせだが、だからこそそこには未知数の可能性がある。アニメーション全盛期の中で、いかに魅力的なキャラクターを実写で生み出し、ハリウッドに負けないアクションを見せるのか。行定監督に話を聞いた。

——綾瀬はるかさん演じる小曾根百合が活躍する『リボルバー・リリー』は、監督にとって初めてのアクション大作ですね。監督とアクション映画というのは意外な組み合わせにも思えたのですが、以前からアクション映画には興味があったのでしょうか?

行定勲(以下、行定):正直、なかったですね(笑)。これまで自分が考えた企画にアクションのパートが必要だったことはありましたが、アクションを主軸にした作品というのは考えたことがなかった。アクション映画が嫌いという訳ではないですよ。ジャッキー・チェンの映画も大好きだし。ジャッキーの映画の面白さの理由は、カンフーというアクションを見せる必然性というのがしっかり考えられているからなんです。師匠にワザを学び、成長の過程で仲間に裏切られるとかね。そういうアクションに至る必然性があれば、何回も繰り返して見られる。でも、アクション主体の作品として企画を考えると、今まであったような作品になってしまう気がして。『リボルバー・リリー』はアクション映画と言われますが、どのジャンルにも属していない。これまであったようでなかった作品だと思っています。

——歴史ドラマでもあり、女性映画という側面もありますね。ただ、行定監督がどんな風にアクションを見せるか、というところにも興味がありました。

行定:今回、アクションに関して意識したのは、何をきっかけにアクションが始まるかですね。それは先ほど話をした必然性にもつながることですが、入り口が重要というか。例えば玉の井の戦いで、奈加(=シシド・カフカ)さんが最初に撃っちゃうじゃないですか。

——玉ノ井の遊郭で、小曾根百合と仲間達が陸軍とにらみ合う。一触即発のところで、百合の仲間の奈加が銃を撃ってしまうシーンですね。百合は「なんで撃ったの?」って驚く。

行定:あれが僕がアクション・シーンで目指していたものかもしれません。自分はスピードを駆使して迫力を出すような正統派のアクションには興味がなくて。深刻な状況下にあっても、すっとぼけた感じというのは重要なんですよね。例えばコーエン兄弟の映画にも、そんなすっとぼけたところがあって、暴力的な描写だけどユーモアがある。アクションの入り口を自分なりに工夫して、アクションに関しては専任のスタッフがアイデアを出し合って見せ場を作ってくれればいい。そこでできあがったものを、こっちで微調整すればいいと思っていました。

——確かにどんなふうにアクションが始まるのかは重要ですね。映画でドラマのパートとアクションのパートと空気感やテンポがガラリと変わることが多い。でも、この映画では繋がりが滑らかで、そこに監督のこだわりを感じました。

行定:今回はアクションとセリフの関係も考えました。戦いの中にも1人1人の意思があって、アクションに連動してセリフが生まれる。だから、セリフ込みで殺陣を考えたんです。格闘していて、ここで決めゼリフを言ったほうが感情が乗りやすいだろうな、とか。ここではセリフは一切いらないなとか。気持ちの流れを考えてセリフを入れたり削ったりしました。アクションをコミュニケーションのように考えていたんです。

アニメに負けない魅力的なキャラクターを作る

——アクションの中にドラマを盛り込んだ、ともいえるかもしれませんね。アクション映画の主人公といえば、主人公をいかに格好良く、魅力的に見せるかが重要になってきますが、ヒロインの小曾根百合のキャラクターを際立たせるために何か心掛けたことはありますか?

行定:アニメーションが台頭しているこの時代に、アニメーションに匹敵する魅力的なキャラクターを、生身の人間が演じる映画で作り上げるというのは至難のわざでした。あと、「このキャラクターは綾瀬はるか以外には考えられない」と観客が思ってくれるようにしないといけない。もし、本作の続編ができた時に、綾瀬はるか以外は考えられない、というふうにならないといけないと思うんですよ。そこで彼女が役作りで一番力を注いだのは動きでした。もともと身体能力が高い女優なので、彼女以外の女優さんにはできないところまで動きを追求したのですが、彼女は見事それをやり遂げてくれましたね。

——アニメに負けない魅力的なキャラクターを作る。そこにこれまで数多くのヒーローやヒロインを生み出してきた東映の心意気を感じました。

行定:そういう思いをプロデューサーが強く抱いていたので、こっちも意識していたところはありましたね。実は撮影に入る前、『攻殻機動隊』(1995年)を観直したんです。監督の押井(守)さんにはよくしていただいてるんですけど、押井さんの作品を観ると古い日本映画から影響を受けているのがよくわかる。東映の任侠ものも好きだと思います。それに強い女性が好きなのがよくわかる(「攻殻機動隊」の主人公の)草薙素子もそうじゃないですか。草薙は特殊能力を持っていて百合に近いところがあるので、何かヒントがあるかもしれないと思ったんです。

——確かに通じるところはありますね。戦闘する際に百合が衣装にこだわる、というのはユニークな設定でした。

行定:今回、衣装は重要な要素でした。子どもの頃、貧困の中にいた百合は、ある組織に拾われて殺戮兵器として鍛えられる。そんな中で組織のリーダーだった水野寛蔵に愛された。そして、水野寛蔵から「殺し合いにも身だしなみが大事だ」と言われて綺麗な服を着て、それを血に染めていたんです。原作を読んだ時、綺麗な服を着て華麗に戦う、という設定が際立つキャラクターになれば成功だな、と思いました。アニメって衣装が決まると、ほとんど着替えないじゃないですか。映画で次々と着替えることで、アニメとは違ったキャラクターの際立たせ方ができるとは思ってはいました。

——百合のキャラクター自体も工夫が凝らされていますね。無敵な存在というわけではなく、つらい過去から逃れられず戦うことに疑問を抱いていて、クライマックスでは「戦いでは誰も守れない」と言う。戦うヒロインに、そういうセリフを言わせるところにも監督の意志を感じました。あれは映画オリジナルのセリフなのでしょうか。

行定:そうです。原作にはないセリフですね。ウクライナで戦争が起こっている中で、殺し合いを映画でどう描くのか、というのには悩まされました。普通、アクション映画では、主人公の強さや驚異的なワザを見せるために敵が死ぬ。戦争が起こっている時に公開される映画で、そういうやり方はしたくなかったんですよね。百合は戦いで愛するものを失ったので、自分が殺す相手に家族や恋人がいることを強く意識している。人を殺すことに痛みを感じているんです。でも、だんだん戦うしかないところに追い込まれていく。その気持ちの変化も、しっかり描かないといけないと思いました。

日本のアクション映画の可能性

——今の世界情勢が映画に色濃く反映されているんですね。この映画を通じて、日本のアクション映画の可能性について感じたことはありましたか?

行定:日本特有のアクション映画というのは、これまでにもあったんです。それを自分なりに映画に取り入れたのがクエンティン・タランティーノの『キル・ビル』(2003年)だったと思います。あの映画が話題になったあと、似たような作品がいろいろ作られましたが、日本人が日本の映画の歴史に向き合えば、日本にしかできないアクション映画を作る可能性は大いにあると思いますね。以前、僕は東映の昔の映画、『妖刀物語 花の吉原百人斬り』(1960年)をリメイクしたかったんです。その時は企画が通らなかったんですけど、通っていたら日本特有のアクション映画にすることができたんじゃないかと思っていました。

——『妖刀物語 花の吉原百人斬り』は顔のあざにコンプレックスを持った主人公が、吉原の遊女にたぶらかされて最後に大立ち回りをする物語。アクションに必然性があって、ドラマもしっかり描かれた作品ですね。

行定:そうなんです。あと、日本でしか生まれないキャラクターを見つけていくのも大事ですね。思えばアベンジャーズやマーベルの作品って、昔はこんなに大きくなるとは思ってなかった。当初は分散して作っていましたからね。でも、本腰を入れてシリーズ化したら大ヒット・シリーズになった。この作品も大勢の方に見ていただけたらシリーズ化される可能性はあると思うんです。『ゴッドファーザー』も『スター・ウォーズ』も、最初にできた作品をのちに観直すとシリーズの〈大いなる序章〉みたいなところがあるじゃないですか。そこにはシリーズ化される魅力が詰まっている。この映画もそんな作品になればいいな、と思っています。

Photography Yohei Kichiraku

『リボルバー・リリー』2023年8月11日全国公開 

■『リボルバー・リリー』
2023年8月11日全国公開 
出演:綾瀬はるか ⻑谷川博己
羽村仁成(Go!Go!kids/ジャニーズ Jr.)/ シシド・カフカ 古川琴音 
清水尋也 / ジェシー(SixTONES) 
佐藤二朗 吹越 満 内田朝陽 板尾創路
橋爪 功 / 石橋蓮司 / 阿部サダヲ
野村萬斎 豊川悦司
監督:行定勲
 原作:⻑浦京『リボルバー・リリー』(講談社文庫)
https://revolver-lily.com
©2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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