アウトプットされたものに“自分”が存在する アーティスト西澤知美が考える美容と医療の曖昧な境界

“現代の美容のあり方”をテーマに創作活動を行うアーティストの西澤知美。東京藝術大学(以下、東京藝大)および同大学院の先端芸術表現科を首席で卒業し、以降、化粧品と医療器具を融合させた作品を発表し続け、その独創性で注目を集める。美容と医療の境界の曖昧さに着目し、そこから生まれた西澤の作品からは“美”とは何かを考えさせられる。そんな西澤が2015年以来となる個展「The skin you are now in」を東京・代官山の「アートフロントギャラリー」で開催している。今回の個展にはどんな想いが込められているのか。

個展のテーマである「The skin you are now in」にはどういった想いが込められている?

西澤知美(以下、西澤):「The skin you are now in」は日本語に直訳すると「あなたが今生きる肌」となるのですが、私達は化粧することによって、ある意味で肌(皮膚)そのものを構築しているのではないか、そしてその新しい肌(皮膚)の中に“自分”という存在そのものが形成されつつあるのではないか。そんな考えが、今回のテーマになっています。

——ある意味で化粧した顔こそが本来の“自分”を表現しているということか?

西澤:そうです。化粧することは、“第2の皮膚”をまとうような感覚だと捉えています。だからこそ、アウトプットされたものに、“自分”というものが表現されているのではと考えています。画像の加工アプリもある意味で擬似整形だと思いますし、そこで表現されているものは本来の“なりたい自分”であるともいえる。最近はメイク製品の進化によって、よりなりたい顔に近づけるようになり、逆に美容整形が身近になり、美容と医療の境界が曖昧になってきています。それがおもしろいなと感じていますし、そのおもしろさを作品では表現しています。

——美容整形など、少し過剰とも思える美の追求に対してはどう考えている?

西澤:そこまで行動できるのはすごいなと感心しますね。私自身も美しくなりたいという気持ちはあって、整形などには興味はありますが、実際にどこをどう変えればいいかとか、全く想像できない。「どこをどういじれば、理想の顔になれるかをわかっている人」は、自己分析ができているんだと思います。それが私にはできない。だから全く否定する気持ちはないです。

1.5mを超える立体作品 “美の3種の神器”は試行錯誤の末に完成

今回の展示では1.5mを超える大きな立体作品3点展示されていて、実際に見るとその存在感がすごい。

西澤:私の中では“美の3種の神器”と呼んでいます。もともとまつ毛用のビューラーと鉗子(かんし)を組み合わせた『Neo Eyelash Curler』は2015年の展示の際に制作して、そこに今回新たにフェイスブラシと医療用メスを組み合わせた『Power Brush』と、リップと注射器を組み合わせた『Lip Gloss』を作りました。今年の1月から制作していたんですが、途中で上手くいかずに作り直したり、試行錯誤したりして、ようやくできたという感じです。

すべての作品はデザインからスタートして、構造を考えて、実際に必要なパーツを工場に発注するのですが、コネクションもないので、ウェブで調べて、よさそうな工場に直接連絡してやってもらうという流れです。それこそ関東だけでなく、全国から探しましたが、こうした発注が珍しいことなので、楽しんでやってくれるところもあります。自分でも鏡面の研磨など実作業をするんですが、やはりプロにやってもらった方がキレイに仕上がる。美容や医療は繊細なものなので、クオリティーを考えると今後はなるべくプロに任せようかなと思っています。

——その他の新作については?

他にも立体作品では血管などを広げるステントという医療機器をネックレスに見立てた『Vascular Stent Necklace』も作りました。あとは写真作品『Surface』は、リップと美容機器のダーマペン(先端に極細の針が付いており、真皮層まで通し、創傷治癒力を利用して肌の再生を図る機器)を組み合わせたもの。ダーマペンが肌を傷つけることで美しくなるという、逆説的なところにおもしろさを感じて制作しました。

——コロナ禍による創作活動への影響はあった?

西澤:アクリルが届かなかったり、東急ハンズや(文房具屋の)世界堂が閉まっていたので、材料が手に入らなかったりということはありましたが、逆に工場での作業が短縮されて早く納品されたりして、トータルではそこまで変わらなかったです。初期の頃は少し不安もありましたが、いろいろ考えてもアーティストとしては作ることしかできることはないと思い、毎日家とアトリエを往復する日々でした。

——次にやりたいことは?

西澤:美容に特化した薬局を作ろうと思っています。そこでは自分の作品も展示して、作品に囲まれた空間にしたいです。またオリジナルの薬袋や薬箱なども制作して、より身近に扱えたり飾れたりする作品も作っていきたい。最近は雑誌のアートディレクションの依頼も増えていて、そうした仕事もやっていきたいと考えています。

■西澤知美 個展「The skin you are now in」
会期:7月31日〜8月30日
会場:「アートフロントギャラリー」
住所:東京都渋谷区猿楽町29-18 ヒルサイドテラスA棟
時間:12:00〜19:00(水〜金)、11:00〜17:00(土、日)
URL:https://www.artfrontgallery.com/exhibition/archive/2020_06/4275.html

西澤知美
1989年3月19日生まれ。東京都出身。2012年に東京藝術大学 先端芸術表現科を首席で卒業。2014年には同大学院 先端芸術表現科を首席で修了。“現在の美容のあり方”をテーマに創作活動を行っている。アーティスト活動にとどまらず、雑誌などのアートディレクションも手掛けている。美容薬学検定1級所持 https://tomominishizawa.com/

Photography Mayumi Hosokura

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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