ファッション心理学者ドーン・カレンが読み解く、パンデミック後の心情と服装の蜜月な関係

「服装と心理は密接な関係を持つ」とファッション心理学の第一人者であるドーン・カレンは語る。心情によって選ぶ服装が変わったり、逆に服装が着る人の心情を操作することもあるという。コロンビア大学で心理学の学士号を取得し、学生時代にモデルやパーソナルスタイリストを経験したことで、ファッションと心理学の研究を進めた彼女は、論文が高く評価され史上最年少の23歳でファッション工科大学の教員に就任した。2016年にオンライン講座Fashion Phsychology Instituteを立ち上げ、今年、初となる著書『Dree Your Best Life』を出版。現在は教員の他、セラピストとして個人向けのカウンセリングやファッション企業のコンサルティングを行っている。

“コロナ鬱”といった言葉が生まれるほど、新型コロナウイルスのパンデミックは多くの人々の心に影響を与え、その大半は暗雲立ち込めるようなネガティブなものが多い。先行き不透明で不安定な社会状況が続く今、着る人の心情からファッションを考察する彼女の目には何が映し出されているのだろう。何気なく選ぶ服装がどんな心情を表しているのか、少しでも心を安定させるために何を着るべきか、心理学から読み解く今後の消費者傾向についてドーンに聞いた。

——ドーンが拠点にしているニューヨークは3月半に及ぶロックダウンが実施された。外出制限中、どのように自宅で過ごしていた?

ドーン・カレン(以下、ドーン):ロックダウンが解除されたとはいえ現在も外出は可能な限り控えており、離れて暮らす家族には会えず自宅で孤立状態にある。オンライン講座「Fashion Phsychology Institute」は継続することができ、ロックダウン中に新規学生の登録が一段と増えた。想像できる通り、不安定な状況下でセラピストの力を借りたいという人も多く、セッションをリモートに切り替えて行っていたことから、ロックダウン中も忙しい日々だった。また、著書が他言語に翻訳されて各国で出版される予定で、その準備にも多くの時間を費やしていた。

——パンデミックがあなた自身の心理に影響を与えることはなかった?

ドーン:心理学者とはいえ同じ人間であり、もちろん深く気落ちした。ずっと安定した心情でいられる人などいない。心理学者である私は心を整理して、暗いトンネルから抜け出す方法について他の人よりも少し知っているというだけだ。私にとって心の大きなダメージになったのは、パンデミック中に学生が亡くなったこと。さらに、ジョージ・フロイド事件は、同じアフリカ系アメリカ人の私にとって暗闇へと突き落とされるような深い悲しみを与えた。Black Lives Matterのムーブメントを目にすることも億劫になり、6月中旬から1ヵ月半はSNSデトックスを行い、仕事量も大幅に減らして休みを取った。心理学者としてクライアントの支えになりたいのはもちろんだが、自分の精神が不安定な状態では他人を助けることはできない。休みが明けた今、心が落ち着いた状態にある。

——気分を高めるために、部屋着として何を着用していた?

ドーン:パンデミックが起こる以前から、私の部屋着は着物の一択。ロング&リーンで長いスリーブのシルエットはエレガントで優雅な気分を与えてくれて、女王のような力がみなぎるから。それでいて体を締め付けることなく自由な感覚をもたらし、不安を取り除き、完全にリラックスできる。数着持っていて、ロックダウン中は花柄や明るい色彩の着物を着用するようにした。外出して美しい春の花々を見ることができない分、着物に代用してもらおうと思った。このように着物が心理に作用するのはもちろん私だけではないから、多くの人にお勧めしている。

——着物の他にはどんなアドバイスをしている?

ドーン:体を締め付けないルーズなフィッティングの自由でいられる衣服に身を包むこと。オーバーサイズのスウェット、タオル地のバスローブ、裸にブランケットでもいい。ハグされているような安心感のある服装を心がけてほしい。現在の社会状況や外出時のマスク着用、ソーシャルディスタンスといった、外の世界にあらゆる制限が強いられているため、せめて自宅では自分を解放して制限を解除することが大切。

——ロックダウンが解除されてもテレワークを継続している人が多い現在、自宅にいながら気分を上げる方法は?

ドーン:節目で服装を変えて、単調さをなくすこと。例えば1日のうちにビデオ通話の会議がいくつもあるなら、会議毎に服装を変える。ワークアウトや料理をする時にはそれぞれ着替えるなど、服装によって生活に変化を与える方法を推奨する。

——パンデミック前後でクライアントに何か変化は見られた?

ドーン:明らかに気分が落ち込んでいる人々が多い。例えば、長い付き合いになる女医のクライアントはパンデミック以前から不安定な精神状態にあり、新型コロナウイルスが心情をさらに悪化させた。体重が落ちて洋服サイズが16から8USに落ちたのだから、見た目も随分変わり「何を着たらいいのかわからない」と言っていた。いつもパジャマのような服装をしていた彼女には、パジャマを着ないことと、3日以上同じ服装をしないことを処方箋として提案した。パジャマは眠る時以外、体調が悪く気分が落ち込んでいる時に着るものであって、すでに気分が落ちているのにパジャマを着ていては負の連鎖を招くばかり。出勤する時の服装は明るい色を選ぶことをルールとして、彼女の性格上、黄色を着るように助言した。色については人それぞれだから、必ずしも明るい色が良いとは言えないが、黄色、ピンク、ターコイズは心に活気を与えてくれる効果がある。クライアントの性格によっては、暗い色の黒やグレーといった、安定感があり緊張感を解く色を提案することもある。私は花柄の着物を着用していたと前途したけれど、柄物も人によっては元気を与えることもあれば不安感を引き出す可能性もあり、誰にも当てはまるわけではないことを留意しておきたい。

——クライアント個々に合わせた提案を行っていると言うが、パンデミック後の傾向としてどのようなアドバイスをすることが増えた?

ドーン:アメリカでトレンドの一つとなっている“Kawaii(カワイイ)”スタイルは、人々の心理に良い影響を与えるため、提案することが増えた。自殺という言葉を口にしていた鬱状態のクライアントには、自宅でハローキティの絵柄が描かれた衣服やキャラクター物のソックス、ピンクのチュチュなどを着るよう処方した。幻想的な淡いパステルカラーの“Kawaii”スタイルは、癒し効果をもたらすことがある。日本の方には疑問に思われるかもしれないが、異なる文化で生まれ育ったアメリカ人の私やクライアントにとって“Kawaii”スタイルは新鮮でファンタジーで、日本人の視点とは異なって映るのだ。

——パンデミックの影響により、今後消費者はどのような服装を好む傾向になると分析する?

ドーン:たとえ効果的なワクチンが一般化されたとしても、ウイルスが終息することはなく、恐怖はいつだって私達と共にある。そのため人々は保守的になり、自身を保護する心理が強く働き、それが服装にも現れるだろう。例えば、マスク以外に帽子やサングラス、スカーフ、グローブといった肌を覆うアクセサリーの着用が自然と多くなると思う。別の視点では、ロックダウン中に自分自身と向き合う時間を設けたことで、人生の価値や生活の質について考える人も多かったはず。インスタグラムで見栄えの良い姿を披露することや、ファスト・ファッションの刹那的な消費方法ではなく、本質を追求したいという心理も働くはずだ。私から読者には「その服装は自分のため? 他人のため?」という質問を投げかけたい。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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