パンデミックにより美容業界が活況 ヨーロッパのトレンド“DIYスキンケア”に見る美容の役割

新型コロナウイルスは人々の心身の健康だけでなく、経済にも大きなダメージを与えている。ヨーロッパ連合(EU)の統計局の発表によるとユーロ圏19ヵ国のGDPは4〜6月の伸び率が 1~3月に比べて実質12.1%減と、統計を取り始めた1995年以降最悪の水準となった。経済活動の縮小要因について、外出自粛の影響で個人消費が大きく落ち込んだことや、欧米向けの自動車の輸出が大幅に減少したことなどが考えられる。フランスではマスマーケットのファッションブランド「アンドレ」「ラール」などが従業員を大幅に解雇したほか、老舗高級食材店「フォション」が破産申請を行うなど各業界に影響を与えている。そんな景気の悪いニュースが続く中、「ル・モンド」紙はオーガニックコスメブランド「アロマ・ゾーン」がロックダウン中にオンライン販売において新規顧客10万人を獲得し、売り上げを3倍に伸ばしたと報道した。

20年前に化学者のピエール・ヴォーセリンが創設したオーガニックコスメブランド「アロマ・ゾーン」は、原液や高濃度の植物性オイル、エッセンシャルオイル、植物の粉末などの商品を豊富にそろえ、それらを組み合わせ自分の肌状態に合わせて自作するDIYスキンケアコスメを提唱する。創設当初から広告は一切出さない方針をとっているが、消費者のオーガニックへの関心の高まりと、DIYのアイデア、商品が3.5ユーロ(約420円)〜と安価なことから年々成長を続け、2019年度の売上高は8000万ユーロ(約96億円)を記録した。さらに今年は売り上げが1億ユーロ(約120億円)を超え、粗利益率は約25%になる見通しだ。現在パリに2店舗、リヨンに1店舗、新たに7月末にはブーシュデュローヌに700㎡以上の店舗をオープンさせた。ロックダウン期間(4〜5月)はオンライン販売で、消毒効果の高いティーツリー、ニンニク、タイムのエッセンシャルオイルやDIYコスメキットと家庭用クリーニング製品を 中心に人気となり、化粧品で70%、エッセンシャルオイルで40%も売り上げを伸ばしたと同社は語った。ヴァーセリンは「消費者はロックダウン中に得た新たな生活習慣を長く維持するだろう」と予想し、さらなるビジネスの成長を見込んでいる。今後はトゥールーズに新店舗、海外にも店舗を構える予定だという。

「アロマ・ゾーン」が提唱するDIYスキンケアは現在、欧米の美容業界において大きな流行となりつつある。2016年に創設されたカナダ発「ジ・オーディナリー」も、臨床技術に基づいて作られた美容成分の原液や濃縮液を幅広くラインアップしている。各商品には成分が細かく表示されており、ビーガン処方、クルエルティーフリー(動物の犠牲を強いる動物実験をしていないことを示す)と肌への安全性と環境に配慮している。美容液が5ユーロ(約600円)〜と価格帯が低く、スキンケアデビューを果たす若年層からエイジングケアに力を入れたい中高年層まで顧客の年齢層も広い。商品をそのまま使用することももちろん可能だが、コンディションや肌悩みに合わせて手持ちのスキンケアや他商品と混ぜて自分好みにDIYすることを提案している。

昨年誕生した「ティポロジー」もフランスで話題のスキンケアブランドである。オーガニック、ビーガン処方、クルエルティフリー、100%フランス製をうたい透明性の高いクリーンな原料を元に、各商品の成分数を10以下に抑えてスキンケア、ボディーケア、ヘアケアを展開している。筆者が購入したヘアシャンプーは、ベースとなるシャンプー剤とヘアオイルが分かれており、ヘアオイルを頭皮マッサージ用に使ったりシャンプー剤と混ぜ合わせて使ったり、自分好みにカスタマイズできる仕様になっていた。美容液は10ユーロ(約1200円)〜と、「ジ オーディナリー」と同じく手に取りやすい価格設定だ。また、これらのブランドは、パッケージにリサイクル可能なガラスやプラスチック不使用のアルミを使用しているという共通点がある。

これらDIYスキンケアが美容トレンドに浮上している背景にはどのような消費者意識があるのか、パリでビューティ&デザインのコンサルティング会社「デシーニュ」を経営する、フランス在住20年の須山佳子に聞いた。

「ナチュラルビューティ、オーガニック、クリーンビューティの行き着く先がDIYスキンケアです。欧州ではより商品の透明性が重視される中で、内容成分がクリーンであることの究極にあると思います。リッチなクリームやセラムなどを購入して多くの成分を取り入れても実際に肌に入るものは少なく、自分に本当に必要なものも多くないということを消費者が理解し始めたのです。パーソナライズという流れもあり、必要な成分を原液で注入したほうが、より効果的で肌が良くなるということをさまざまな情報から理解し、最終的に内容成分を全部自分で確認し、必要なものを作り使いたいという思いが強いのでしょう」。

須山は日本の美容文化やプロダクトをテーマにしたプロジェクト「ビジョ」の主宰者であり、2016年以降パリ市内でポップアップストアを開催している。特に、老舗高級百貨店ル・ボン・マルシェで開かれるポップアップストアは毎回盛況だ。ロックダウン明けの7〜8月に開催された3回目のポップアップストアでは、来店客の大幅な減少にもかかわらず前年の同時期よりも売り上げを10%伸ばした。開催直前に同百貨店のバイヤーから「外出制限で疲れ切っているフランス人に対して、日本の美容とおもてなしで癒す企画」をテーマにしてほしいとの要望を受けて、心と体の癒しに注力したという。「ウカ」の自律神経に働きかける癒し効果の高いアロマをベースにしたボディーケアシリーズは「今これが必要」と顧客が反応し、売れ筋商品となった。スカルプブラシ(頭皮用ブラシ)100個、カッサ200個、フェイスマスク600枚が完売し、高級ボディーブラシや浄化グッズの売り上げが上がったのも今回の特徴だという。「プロテクションや浄化ということに非常に興味を持ち、心の切り替えを香りを通して行うフランス人が多かったです。自分への投資、自分をいたわる時間を大切にしようという意識が芽生えているように感じます」と語る。

 さらに須山は「今回のパンデミック然り、社会状況が不安定な時代であるからこそ、きれいにしていることが心を支える大きな要因になっているのでしょう。美容を諦めてしまうと、本当の非日常がやってきます。きれいにすることは心を整え、自分を見つめる行為なのだと思います」と消費者が美容に投資する理由を分析する。第二次世界大戦の戦時下においても女性達はパーマをかけたり、メイクをするなど美容への意識を高めたという歴史もある。先行き不透明な時代をサバイバルするために、美容にお金と時間をかけることが心のよりどころとして機能しているようだ。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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