ニューヨーク生まれの天才トップクライマー、白石阿島がクライミングを通じて伝えたいこと

新型コロナウイルスのパンデミックがなければ開催されていた、東京オリンピック。未だ終息の時期が見えず延期になっている東京オリンピックで、初めて実施される競技がある。それはサーフィンにスケートボード、空手、そしてクライミングだ。この新競技の1つ、クライミングで世界トップクラスの女性クライマーがいる。彼女は、日米の2つの国籍を持つニューヨーク生まれの白石阿島。日本人の両親の下、幼少期からトップクライマーとして世界から注目を集めている阿島は、新型コロナウイルスの猛威と人種問題に揺れる地で今、何を考え、活動しているのか。友人でもあるロサンゼルス在住の写真家、飯田麻人がその声を聞く。

ファッションも大好きなトップクライマー・白石阿島が目指すこと

ロサンゼルスを拠点にフォトグラファーとして活動している飯田麻人です。僕の友人である白石阿島は、14歳にして世界で初めて女性によるV15レベルのクライミングを踏破し、その後も数々の大会で優勝するなど、輝かしい成績を残している世界屈指のトップクライマーの1人。彼女のクライミングは、リーチのあるクライマーとは違った小柄な体型を生かした力強いスタイルが魅力です。そんなパワフルで冷静なクライミングスタイルと違ってプライベートは、ファッションとお菓子作りが好きなまだ10代後半の女の子。彼女と話しているとたまに時事的な話にもなるのですが、10代後半とは思えない率直で確かな考え方を持っていて感心させられます。今回は魅力あふれる阿島に、クライマーとして今考えていることや取り組んでいること、そして彼女の著書『HOW TO SOLVE A PROBLEM』について話を聞きました。

飯田麻人(以下、飯田):アメリカはまだ新型コロナウイルスのパンデミック真っただ中だけど、阿島はどう過ごしているの?

白石阿島(以下、阿島):パンデミックが発表された4月から6月は、クライミングジムが営業していなかったこともあって、クライミングから少しブレイク(=休憩)していました。そこでこの時間を使って、世界中で起きている問題に対して向かい合ってみようとたくさんの本や記事を読んで勉強しました。そして私は、自分自身とクライミングの関係について今までとは違う考え方を持つことができたんです。クライミングとは、私にとってパッションであり職業なのですが、それ以前に私は地球で暮らしている一市民。だからこそ世界で起きていることはきちんと知って、行動しないといけない。私はクライミングを通じて、私の声を世界の人々に届けようと考えました。

飯田:その声は、阿島をスポンサードしているブランドや友達と一緒に、ローカルコミュニティーに還元することを目的としたプロジェクト「ALL RISE CLIMBING」で積極的に上げているよね。このプロジェクトでは、アウトドアブランドの「ザ・ノース・フェイス」に、クライミングシューズのブランド「イヴォルブ」、西海岸のクリエイティブコレクティブ「ブレインデッド」、ロングビーチのローカルのクライミングジム「ロングビーチ・ライジング」、それからクライミングウォールビルダーの「ヴァーチカル・ソリューション」がかかわっている。大勢が参加するこのプロジェクトの目的は?

阿島:「ALL RISE CLIMBING」のコンセプトには、“誰でも気軽にクライミングを始められて、その素晴らしさを共有できるようにしたい”というメッセージがあります。そこでプロジェクトでは、「ロングビーチ・ライジング」で誰もが無償でクライミングを学べるプログラムを予定しています。私自身、クライミングジムに毎日通えるような裕福な環境に育ってきたわけではなくて、世界にはそういった環境で暮らす人達がたくさんいます。私は、彼・彼女らのためにみんなが個人レベルのアクションを起こすことで、各々が連鎖してコミュニティーに還元できると信じています。なのでできることはどんどん形にすべきと行動しています。

飯田:プロジェクトがスタートしたきっかけは?

阿島:きっかけは「ロングビーチ・ライジング」のオーナー、グレイストンが、人種問題に対して積極的に活動をしていた「ブレインデッド」に共感し、ファウンダーのカイルに連絡をしたことです。それからカイルは、グレイストンの考えていた「ALL RISE CLIMBING」の構想に感銘を受けて参加することにしたのです。そしてカイルの友人である彼は私ともビジョンを共有し、さらにはその熱意は私をスポンサードするブランドへと繋がっていきました。

飯田:プロジェクトでこれまで起こしたアクションは?

阿島:昨年11月に、カイルと「イヴォルブ」が共同で私のクライミングシューズを作ろうという話がありました。私はもともとファッションにとても興味があったので、「ブレインデッド」にファッション性をより強めて、新しいシューズを作ろうとアプローチしました。プロトタイプはとてもいい仕上がりでとても誇らしかったのですが、その頃世界では新型コロナウイルスが蔓延しはじめ、さらにはBLM問題が大きな問題に。そこで私達は、共同製作したクライミングシューズをただ販売するのではなく、これらの問題に対してアクションを起こしたのです。シューズの売り上げをコミュニティーに還元すべく予約販売をしたところ、およそ5万ドル(約500万円強)も集まりました。その後、売り上げの一部は「ALL RISE CLIMBING」をはじめとした5つの団体(「ALL RISE CLIMBING」「ADAPTIVE CLIMBING GROUP」「YOUNG WOMEN WHO CRUSH」「BROWN GIRS CLIMBING」「OWN YOUR MEDIA」)に寄付することができたのです。

飯田:それはすごい! ではプロジェクトの今後は?

阿島:新型コロナウイルスの状況を見ながらですが、「LONG BEACH RISING」のフロントスペースに、「ALL RISE CLIMBING」用のクライミングウォールを新たに設置して、地元の若者にクライミングを楽しんでもらいたいです。そこからまた新しいコミュニティーが生まれていけばいいなと思う。プロジェクトは、信じられないほど自然と今の形になってきていて、みんなが一丸となって周りの人達のために何かしたいという強い意志を感じています。

飯田:みんなが困っている人のために活動をすることは本当に大切なことだよね。阿島は今こうしたプロジェクトに取り組んでいるけど、ブランドや企業が社会問題に対して活動することはどう思う?

阿島:すごく難しいですよね。例えば、最近では人種問題や警察の残虐行為が大きく取り上げられているけど、こういった問題に声を上げることは、いろいろな意見も出てきたりするので簡単なことではありません。そして他にも食品業界や環境などといったソーシャルな問題もたくさんあります。これらの問題の変化は目に見えるような速度では変わりませんが、ブランドや企業がコミットするのはとても重要です。意思表明はSNSなどで誰にでもできるけど、変化は意思を行動に移すことで起きていくと信じていますので。

本を通じて子ども達に勇気を与えたい

飯田:「ALL RISE CLIMBING」は、ローカルに向けたプロジェクトだけど、阿島は以前、子どもに向けた『HOW TO SOLVE A PROBLEM』を書いたよね? この本では、クライミングを通して人生の中で立ちはだかる問題にどう向き合ってきたのかを書いているね。出版の経緯など聞かせてくれる?

阿島:もちろん! この本は、出版社から「子ども向けの本を作りたい」とオファーをいただいたのがきっかけなんです。本って私にとって不可欠な存在で、世界へと視野を広げるのに役立ったし、今の私がいるのにも大きな影響を与えてくれました。今も本はずっと読んでいて、本から学ぶことは本当にたくさんあります。だから子ども達にも、私のように多くの本から何かを感じてほしいと考えていたので、このお話をいただいた時はすごくうれしくて興奮しました。クライミングに関する子ども向けの本ってなかなかないんですよね。そこでユニークなクライミング人生を過ごしてきた私の経験を本にすることで、誰もが平等にチャレンジができるということを伝えたかったんです。

飯田:なるほど。では最後に。僕はボルダリングが好きなんだけど、クライミングはフィジカルだけではなくメンタルなスポーツだと感じている。クライミング用語で、“プロブレム(問題)”と呼ばれる岩やジムの壁を登る時、阿島はどうやってコンディションを整えているの? 心掛けていることはある?

阿島:クライミングは、“Problem Solving(=問題を解決していくこと)”なスポーツです。私達は自分の動きを直感的に理解し、どのようにして壁の頂上に到達するかの身体意識を持っています。特にアウトドアクライミングの際は、メンタルとエモーション。そしてフィジカルとコネクトさせて頭の中を整理して落ち着きと自信を持つことで、自分の体の動きを正確に把握するのが重要ですね。これに関しては、父から受けた影響が本当に大きくて。父は舞踏ダンサーで、私のコーチでもあります。とても大切なメンタル面を父の教えから学びました。その教えの中で、とても重要なことを最後に1つ。それは“静かで強い気持ち”を持つということ。これはクライミングにおいて、とても重要な心の持ち方だと思います。

楽しさやつらさ、挑戦、そしてさまざまな問題を、阿島はクライミングを通して学び、発信していると、今回のインタビューで感じました。彼女のクライミングキャリアのこれからの成長を楽しみに、僕も未来の世界のためにできることを実践していこうと思います。

白石阿島
日本人の両親の下、2001年にニューヨークで生まれる。6歳の時にボルダリングに出会い、クライマーとして活動をスタートする。これまでに数々の最年少完登記録を塗り替え、2015年には『TIME』誌の「最も影響力のあるティーン30人」の1人に選ばれるなど、世界屈指のトップクライマーとして国内外のメディアから大きな注目を集めている。
Instagram:@ashimashiraishi

Photography & Interview Asato Iida

author:

飯田麻人

東京都出身。22歳で渡米し、写真家としてのキャリアをスタート。ロサンゼルス在住。これまでに、レコードレーベル、Delicious VinylやSOULECTIONのオフィシャルフォトグラファーとしての活動やアパレルブランドのヴィジュアル制作、ミュージシャンの撮影など、多岐にわたり写真を撮り続けている。 https://asatoiida.com/ Instagram:@asatoiida

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