自動BGM生成システム「AISO」とは——日山豪とナカコーが語る、音楽とクリエイティブの行方

「AISO」とは何か? それは自動BGM生成システムであり、ひとたびスイッチを入れれば、システムに格納された様々な音たちが、独自のルールにより無限にも近いバリエーションで「演奏」され続ける。奏でられるのは、1つの「曲」であると言えるが、そこには「終わり」も「繰り返し」もない。

そんなシステムを作り上げたのは、エレクトロニックシーンのトップアーティスト・DJとして活動しながら、サウンドデザイナーとして商業施設などの音響デザインなども手掛ける日山豪だ。そして、プロジェクトのコラボレーターとして、「AISO」のための「作曲」を行ったのが、ジャンル・領域横断的なソロでの活動の他、ダークロックユニット「MUGAMICHILL」やバンド「LAMA」でも活動するナカコーことKoji Nakamura。「ナカコー版AISO」は、彼が作った音を組み替えながら、無限のバリエーションで彼の「曲」を生成し続ける。

「音楽のあり方に新しい可能性をもたらしたい」と、日山は語る。「AISO」は何を目論み、どのような未来をつくろうとしているのか。「この先」を見据える2人のクリエイターに、同プロジェクトの背景や狙いを訊いた。

音楽という単位が大きすぎるから分解したかった

——なぜ日山さんは「AISO」を開発しようと思ったのでしょうか?  その背景や経緯について教えてください。

日山豪(以下、日山):僕のアーティストとしてのテーマは「音楽と時間の関係性」というもので、その固定された関係値を、どうにかしてずらしたり崩したり、変化させることができないかと常々考えていたんです。まず、「AISO」の開発の根底にはそういった思いが横たわっていました。過去にはサウンドアート作品として「音楽と空間」をテーマにしたこともあり、僕はもともとプリミティブなところから音楽を考える癖があるんですよ。

もう一方で、僕はクライアントからの依頼で音楽・音響を制作する仕事もしているのですが、そこでの経験も「AISO」の開発の契機となりました。商業施設や企業などから「この空間を音楽でなんとかしてほしい」という依頼を受けることがあるんです。その時に先方からあがってくるのが、「無音だと雰囲気が悪いので困るけど、楽曲を並べたプレイリストを流すのも嫌だ」という意見です。それはなぜかというと、ループへの嫌悪感があるから。8時間同じ場所で働いて過ごす時、プレイリストが延々と繰り返されることに、ストレスを感じる方も多いんです。また、商業施設なんかだと、曲が切り替わる時の無音状態が気まずさを生んでしまうこともある。なので、「ただ音楽を作る」だけでも「音楽を集めてプレイリストを作る」だけでもダメで、全く異なるアプローチを考える必要があったんです。

そういったように、アーティスト活動と仕事の両方の観点から「音楽の可能性」について考えていたところ、「音楽という単位が大きすぎるんじゃないか?」ということに思い至ったんです。

日山豪

——「大きい」という捉え方は興味深いですね。もう少し詳しく教えてくれませんか?

日山:音楽って、いわばできあがった完成品じゃないですか? それが「大きなもの」だという感じがしてきて。「大きい」から、動かせないし、隙間に入らない。「大きい」から、人も飲み込みにくい。だから、「音楽を小さくしたい」と思ったんです。 そうして、「音楽」ではなく「音」というより小さな単位から考えてみたところ、「こういう構造・仕組みがあれば、終わることもなく、ループすることもないような、音楽が鳴らせるんじゃないか?」とアイデアが浮かんできて。まずは自分でPCを用いてその環境を作り、とあるお店に提案をしたんです。すごく喜んでもらえたんですが、「この1回だけで終わらせてはもったいない」と思ったんですよ。

——その時の理解と経験が、直接的に「AISO」の開発へと発展していくのですね。

日山:そうですね。ビジネスの面のみならず、ミュージシャンとして「音楽の新しい作り方」につながる期待もありましたし、広く音楽業界に刺激をもたらすものになるかもしれないとも思ったんです。そこで、プログラマーの方達に相談したりしてチームを作り、「AISO」プロジェクトをスタートさせました。

小型コンピュータ「Raspberry Pi」に、「AISO」システムを搭載。スピーカーにつなげスイッチを入れれば無限に「曲」が生成され続ける。

——ナカコーさんは、7月にDOMMUNEで配信された、duennさんと共同主催するイベント「Hardcore Ambience」の特別番組で「AISO」をフィーチャーしていましたが、いつぐらいからこのプロジェクトのことを日山さんから聞いていたんですか?

ナカコー:去年に日山君から「AISO」を作っていることを聞いていておもしろそうだなとは思っていたんですが、この前のDOMMUNEの番組に関しては、直前に急遽決まったところがありましたね(笑)。番組をどういう内容にしようかと考えていた時に、たまたま別件で会った日山君から「AISO」ができあがったということを聞いて。タイミングが良かったから、duennさんと(DOMMUNE主催である)宇川(直宏)さんにも話をして、「じゃあ『AISO』の番組にしよう!」ということになったんです。

——現在、ナカコーさんはコラボレーターとして「AISO」のために「作曲」を行っています。日山さんは最初からナカコーさんにお願いしようと決めていたんですか?

日山:そうですね。とにかくおもしろい人なんで。現在、ナカコーさんと、duennさんのお2人に同時進行でAISOの「曲」を作ってもらっています。

——ナカコーさんが、具体的にどのようにAISOのための「曲」を作っていったのかを教えてください。

ナカコー:AISOにはルールがあって、 そのルールに従って自分は「音」を作り、「曲」を作っていくんです。ただ、自分には「AISO」のシステムを動作させる環境がなかったから、その都度、日山君に「音」を渡して、「AISO」で再生させた10分くらいの音声データを送り返してもらい、それをチェックして進めていきました。

僕は自分のスタイルとして、完成形を予測しながら音楽を作っていくんですが、AISOに向き合っていると「裏切られる」んです。こいつはランダムな要素を持っているから、自分の予想を超えることが起きる。それが新鮮でおもしろかったですね。ただ、あまりにも予想外のことが起きるので(笑)、何度も確認と修正を繰り返しながら、今できあがっている「曲」に仕上げていったんです。

Koji Nakamura

——日山さんは、最初にナカコー さんの「音」を聴いた時にどのようなことを感じましたか?

日山:僕はもともとテクノ畑の人間で、楽譜も書けないし、楽器も弾けないんですよ。そんな僕からしたら、ナカコーさんの「音」の作り方は、すごく「楽譜的」だと感じました。楽器をきちんと弾ける方のアプローチの仕方というか、「自分ならこっちの道を選んでいたけど、向こうから来たんだ?」みたいな違いを感じて、おもしろかったですね。

——共通のシステム・ルールに則ることによって、異なるアプローチの仕方というか、アーティストのクリエイションの核が見えてくるのは、とても興味深いですね。

日山:今、duennさんの「曲」も進行中なんですが、彼の作り方も独特なんです。譜面とか拍とか小節とか、そういった楽譜的な考え方とは全く異なる時間の捉え方で作られている「音」が届いて。おもしろくてニヤニヤしていますね。

テクノロジーと音楽、そしてクリエイティビティ

——「AISO」は、テクノロジーオリエンテッドなプロジェクトではなくて、あくまでアーティストのクリエイティビティありきというか、システムと人との相互作用がポイントになっているのかなと感じました。

日山:そうですね。「AISO」は「ボタンを押したらAIが完璧な良いメロディを奏でてくれる」みたいなものとは、背景にある考え方が異なりますね。技術的なところでも、ある意味で「AISO」は「ローテク」と言ってもいいかもしれない。

ナカコー:そういうものとは全然違うよね。自分としても、テクノロジーに対しては両義的な思いがあって。スーパーカーをやっていた頃にプロ・ツールスを使ったレコーディングを体験して以来、テクノロジーが音楽に与える影響には興味を抱いていたし、その後、まりん(砂原良徳)さん達のようなエレクトロニック方面のアーティストと知り合っていろいろと学んで、大きな刺激を受けてきた。そうして今に至るんだけど、最近では「ソフトウェアやプログラムだけで作られたもの」に興味が持てなくなってきてもいるんです。「どこまで細部を作り込めるか」という争いが、もうどうでもいいというか。複雑さや揺らぎを出すにしても、それだったら「アナログを通した方が早いんじゃない?」とか「楽器を演奏した方がいいでしょ」とか思ったりもしてしまう。

テクノロジーには大きな感銘も受けてきたし、もちろんこれからの期待もあるんだけど、一方では、それがすべてではないという思いもある。だから、「AISO」はちょうどその「中間地点」になるのかな、という気がしているんです。さっき日山君が言ったみたいに、「ローテク」というか、AISOのための「曲」を作る過程では、マンパワーがものを言うみたいなところもあるから(笑)。

——アナログ的な人の感性が「AISO」には入っているんですね。

ナカコー:制作している過程というか、自分と日山君とのやりとりも、そこには入ってるわけだしね。ある意味では。

日山:とにかく、余白はいっぱいあります。「AISO」は、ただただ基本的なルールを僕らに提示してくれるだけ。それを提示された時に、僕ら作り手は作曲の仕方が変わってくるし、そうすると楽曲の鳴り方が変わってくる。それは、リスナーの聴き方の変化にもつながるし、音楽のあり方にも影響を与えることになると思うんです。だから「ボタンを押したらただいいメロディが鳴る」みたいなものとは、文脈が全然違うところでやっているんです。

——確かに全く異なりますね。それにしても、自分が作ったものなのに、自分の「曲」ではない音楽を聴くというのはどんな感覚でしょうか?

ナカコー:すごく不思議な感じがしますね。「AISO」では音楽が固定されることなく、「生きた」ままのかたちで自分を表現できる。もし自分が死んだとしても、「AISO」は自分の音楽を変化させながら奏で続けていくわけだから。それっておもしろいことだよね。

音楽のまだ見えてない可能性を拓く

——「AISO」プロジェクトの今後の展望や、個人として目指していることについて教えてください。

日山:「AISO」では、音楽の流通の仕方、売り方みたいなところにも切り込んでいきたいと思っているんです。ただ曲を作って演奏したり録音物を販売する以外の、アーティストのアウトプットの仕方やセールスの可能性を探っていきたい。そして、それを僕だけがやるのではなくて、今回ナカコーさんに参加してもらったように、多くのアーティスト達と一緒に実践していけたらいいですね。

実はもう1つ、進行中のプロジェクトがあるんです。それは、「音と器」という関係性に着目した「モノヲト」というもの。佐賀県の、肥前吉田焼という焼き物の産地の窯元さんと一緒に進めているプロジェクトで、第1弾ではカップを作りました。カップを置いたり、傾ける時などに「音」が鳴るように仕掛けを施して、その「音」自体もサウンドデザインしているんです。日常の生活を「音」で彩ることができないかと思って企画しました。それも、「音楽の新しい可能性」を探るという意味で、「AISO」と共通した問題意識から生まれたプロジェクトです。

「モノヲト」第1弾として発売されるカップ。Photography Daisuke Abe(bird and insect)

ナカコー:自分も「ただ音楽を作って売る」のではなく、「もっと違うおもしろいことをしたい」とは常々思っていて。自分の場合は運が良くて、そう思っていると、今回の「AISO」みたいに興味をかき立てるものがやってくる(笑)。もともと飽きっぽいところがあるので、ありがたいですね。

そして、ミュージシャンとしての自分の役割の1つは、「選択肢を増やすこと」とも思っているんです。「こういうものもあるんだよ」ということを提案していきたい。その選択肢をどう使うかは、使う側に任せるし、使う人たちを信じている。「AISO」でも、これに興味をもってくれる人が増えて広がっていったらいいですね。

日山:AISOは、現状「バージョン1.0」といったところですが、さまざまな面で今後も発展させていくことができればと思っています。

AISOオフィシャルWEBサイト
https://aiso.ooo/

日山豪
2002年、テクノミュージックプロデューサーとして「Coda」よりデビュー。国内外のレーベルよりリリースを重ね、「Berghain」「Tresor」「AWAKENINGS」などヨーロッパ、アジアを中心に10ヵ国での出演も経験。2010年、エコーズブレスを設立。映像・空間・プロダクトのサウンドデザインや自動BGM生成システム「AISO」、音×器のブランド「モノヲト」の商品開発に携わる。そのほか東京藝術大学、佐賀県庁など、大学、企業での講演活動も行う。
https://echoes-breath.com/
Twitter:@gohiyama

Koji Nakamura
ナカコーことKoji Nakamura。1995年地元青森にてバンド「スーパーカー」を結成し2005年解散。その後、ソロプロジェクト「iLL」や「Nyantora」を立ち上げる。その活動はあらゆる音楽ジャンルに精通する可能性を見せメロディーメーカーとして確固たる地位を確立し、CMや映画、アートの世界までに届くボーダレスなコラボレーションを展開。ソロとして音楽の分野で多岐にわたり活動する他、フルカワミキ、田渕ひさ子、牛尾憲輔らとのバンド「LAMA」、ナスノミツル、中村達也らとのダークロックユニット「MUGAMICHILL」でも活動。
http://kojinakamura.jp/
Twitter:@iLLTTER

Photography Kazuo Yoshida

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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