3人の日本人がニューヨークで発信するアートブック『HOME BOOK』に込めた思い

コロナ禍において、新たな制作活動や作品を発表するクリエイターやアーティストが増えている。そんな中、5月に『HOME NEW YORK BOOK』、6月に『HOME LOS ANGELES BOOK 』の2冊のアートブックがリリースされた。参加したアーティストを抜粋すると、NY編では、ピーター・サザーランド、レジナルド・シルヴェスター2世、ミヤコ・ベリッツィ。LA編では、カリ・ソーンヒル・デウィット、アレクシス・グロス、ジュリアン・クリンスウィックスら、錚々たる面々が並んでおり、売り上げはすべて寄付(ドネーション)されているという。この2冊は“HOME project”というプロジェクトから発信されており、運営しているのはNY在住のグラフィックデザイナー、アートディレクターのタケシ・マツミを中心に、アーティストのトウヤ・ホリウチ、フォトグラファーの廣永竜太の日本人クリエイター3人。
NYからクリエイションを発信している3人がコロナ禍で制作した意図とは。中心人物であるタケシ・マツミに話を聞く。さらに現在のNYはどんな状況で、新型コロナウイルスのパンデミック以降どんな出来事が起こり、クリエイター達の意識はどう変わっているかも尋ねた。

最初は自分を取り巻くコミュニティへ貢献したいという思いから

ーーまず“HOME project”は、どんなプロジェクトでどのような活動をしているのですか?

タケシ・マツミ(以下、タケシ):これまでに『HOME NEW YORK BOOK』と『HOME LOS ANGELES BOOK』の2冊を、それぞれの都市で活動するアーティストらに協力してもらって制作しました。そして売り上げすべてを3つのコミュニティ団体にドネーションしました。今回は書籍という形でしたが、フォーマットを書籍に限定していないので、今後はアウトプットを変化させてもおもしろいと考えています。

ーーこのプロジェクトではタケシ・マツミさん以外に、トウヤ・ホリウチさん、廣永竜太さんが主要メンバーとして参加していますが、3人はどのようにつながりを持ったのですか?

タケシ:3人とも今はNYを拠点にしているのですが、僕がトウヤくんと竜太くんとそれぞれ知り合いだったのがきっかけです。トウヤくんとは4年ほど前に、僕が「LQQK Studio」の本を作っている時に出会いました。「LQQK Studioで働いてる日本人がいるんだ!」と驚いたのを覚えています。竜太くんとも4年ほど前で、友達のAsatoくん(LA在住の日本人写真家、飯田麻人)に紹介してもらいました。当時、竜太くんはLAで活動していたので、NYで一緒に活動することになるとは想像もしていなかった。その後、トウヤくんと竜太くんが出会ったのが2年前のこと。僕とトウヤくんで最終目的地をLAに掲げてロードトリップをした時です。LAに到着し友達と遊んでいる中に竜太くんがいて、そこが2人の初顔合わせ。その日のことはよく覚えていて、ロードトリップの最後の夜ということもあって時間も忘れて遊んだんですよ。それこそ竜太くんは翌日、朝から仕事だったのに、遅刻してしまったほど(笑)。それからは、竜太くんがNYに来ると、僕とトウヤくんがシェアしていたスタジオで寝泊まりするようになり、NYに引っ越してきた時も、まだ住む場所の決まっていなかった彼が、僕らのスタジオで寝泊まりしていました。こうして自然と親睦が深まっていったんです。パンデミックによって外出制限が出された時は、週に何度かオンライン上で近況報告をするほどの関係になっていました。

ーー“HOME project”をスタートさせた時期や動機について教えてください。

タケシ:具体的な話は4月上旬頃。NYは新型コロナウイルスの影響で、3月上旬からバーやレストランの営業が制限され始め、その後、外出制限が始まり、多くの人が仕事のできない環境で、週を追うごとに制限は厳しくなっていきました。こんなことは初体験で、予定していた仕事がなくなったり、友達と遊びに出かけたりもできなかった。そんな状況で、店舗型ビジネスをしている友人達がSNSを介してドネーションを募る投稿が増えていきました。投稿を目にするたびに、何もできないことに対しての悶々とした気持ちがたまっていき、自分を取り巻くコミュニティに何か貢献できることはないかと考えるようになりました。モノ作りに携わる自分には繋がりがあるお店や人が多いんです。そんな時にぼんやりと頭の中にあったアイデアが、周りの友達やアーティストに作品を提供してもらって本を作り、その売り上げを身の回りで影響を受けている人達に寄付したいということでした。その後、トウヤくんと竜太くんに相談したところ、全面的に協力したいと言ってくれたんです。

ーーロックダウンによって生活は一変し、その中で自分達にしかできないアクションを起こしたのですね。

タケシ:はい。2人と話をしたことでとりあえず動いてみようと。それこそ2人に話した時は深夜でしたが、すぐに友人のピーター・サザーランドにアイデアをメールしました。次の日には「ぜひ参加させてほしい」と回答してくれて。ピーターには絶対に参加してほしかったのでとても嬉しかったですね。ピーターの返事がさらに自分に力をくれて、そこから誰に声をかけるかを3人で固めていきました。

ーープロジェクト名にある“HOME”の意味とは?

タケシ:家にいる時間が長くなり、家族や友達のことなど今まで大切にしていたコミュニティについて考える時間が増えていたので、僕達が大切にしているものの象徴として“HOME”という言葉を選びました。

主宰する3人が『HOME BOOK』を制作を経て、印象に残っている作品

自分のスキルをどうやって社会に役立てるかを考えるように

ーー書籍を作るだけでなく、寄付をしている点にも引かれました。寄付にまつわるエピソードを教えてください。

タケシ:プロジェクトをスタートさせた当初、ドネーションをする文化がアメリカに比べて普及していない日本生まれの僕は、“寄付をする”目的で本を作ることに不安や戸惑いがありました。それこそ“寄付をする”という行為に対して、周囲からとがめられてしまうのではないかと。そしてコロナやBLM(Black Lives Matter)に関して積極的に活動できていないのに、その問題に対する書籍を作ることが正しいのかなども考えました。でも『HOME BOOK』2冊を作り終えてみて、ドネーションすることもそうですが、モノ作りを通して今起こっている問題について、これまで以上に真剣に考えられるようになれたし、この2冊を読んでくれる人が増えてくれることにも意味があると感じています。

――寄付先の選定理由などを教えてください。

タケシ:ドネーションした団体は、「Barbershop Books」「Children of Promise, NYC(CPNYC)」「Peace4Kids」の3つ。プロジェクトのアイデア段階では、僕達が通っていたお店やコミュニティにドネーションしたいと考えていましたが、制作過程でBLMのムーブメントが起こりました。その中で自分達がサポートしたいお店の人達が、BLMの問題に関したドネーションを行っていました。この行動を見て、僕らも改めてドネーション先を探すことにしました。まず大切にしたのは、僕らや参加してくれたアーティスト達とドネーション先の距離感が近いこと。

それからBLMの問題と向き合うようになって、幼い頃からの教育環境がいかに大事なのかを知ったので、教育環境が恵まれない子どもをサポートしている団体に寄付することを決めました。アメリカでは今でも十分な教育を受けられない子どもがたくさんいます。これは今でも黒人差別がなくならない遠因の1つ。

「Barbershop Books」は、NYにあるコミュニティセンターで、『HOME NEW YORK BOOK』に参加してくれたクマシが推薦してくれた団体です。クマシの「The Good Company」は、僕らがサポートしたいと思っていたお店だったのですぐさま寄付を決めました。2つ目の「CPNYC」は、『HOME LOS ANGELES BOOK』に参加してくれたグラフィティアーティストのキング・フェードが推薦してくれたコミュニティ団体。3つ目の「Peace4Kids」は、竜太くんが書籍を制作する中で見つけたコンプトンにあるコミュニティ団体。竜太くんの友人の推薦もあって『HOME LOS ANGELES BOOK』の売り上げは、すべてこの団体にドネーションしました。制作した書籍はそれぞれ75冊ずつ販売し、売り上げと寄付額は2,100ドル(約22万円)。金額はまだまだですが、“HOME project”を続けていくことで少しずつでも増やしていきたいです。

ーーコロナ禍での環境の変化が自身にどんな影響を与えましたか?

タケシ:先ほども話した通り、3月中旬以降、ほとんどの商業施設がクローズし、仕事ではオンラインが基本で、身近な人以外とはあまり顔も合わせなくなり、コミュニケーションを取る機会が減りました。このことがきっかけでプロジェクトをスタートさせたわけですが、コロナがなければ自分がおもしろいと思うことだけを仕事にして生きていたのかもしれません。“HOME project”では社会との関わりを意識しながらモノ作りをしていきたい。

もう1つプロジェクトに大きな影響を与えたのは、5月末のジョージ・フロイドの事件で、コロナ禍で長い時間抑圧されてきた多く人のエネルギーが、この出来事をきっかけにして爆発したんだと思います。NYの各地でもすぐに抗議運動が起こり、SNSではBLMに関する投稿以外はしてはいけないような空気すらも生まれ、さらに発言しないことは差別をしているのと同じことだと捉えられるほどになりました。誰かと会話をする時は、この話題からスタートするようになったんです。僕もアメリカで暮らす日本人として、この問題とどう向き合い関わっていくのか。それは自分だけでなく、アメリカで暮らすすべての人に言えること。とはいえ、BLMの問題は簡単に答えられることではないので僕自身、悩むことは多かったし向き合うことについても、覚悟が必要でした。

そして人種差別に対する考え方が大きく変わっていきました。今まで自分は差別されることはあっても、誰かを差別しているなんて考えたこともなかった。黒人差別と自分との関係性の違いもよくわかっていなかった。改めて考えると、過去の自分の発言で誰かを傷つけてしまったと思えることがいくつもあり、アメリカの人達が世界を変えようとしている、このタイミングでNYにいることが、これまでの価値観を変える重要な機会になっています。

ーー価値観はどのように変わったと思いますか?

タケシ:例えば、単純に物を作って売るというだけではなく、すでにある物をいかにして社会へ還元できるのかを考えたりするようになりました。多くのアーティストやクリエイターは、パンデミックで発表の機会をなくしています。でも逆に考えれば、たくさんの時間をアイデアを練ることや作品制作に費やしたり、インプットする時間にあてることができる。これまで速くて大きな流れに自分も巻き込まれていましたが、経済の活動とともにその流れが一時的にストップし、それにあわせて頭の中が一旦リフレッシュされたように思います。多くの人達がパンデミックの間に想像していたアイデアや作品が、これからカタチになっていくのがとても楽しみです。“HOME project”は、実際にやってみたことで力のなさを感じることもあったので、もっと多くの人に届けられるような力を身につけたい。まずは新たに進行中のプロジェクトを実現できるように努力します。そして今回のような発信をアメリカだけではなく、日本でも行いたい。自分がこれまでやってきたモノ作りを通して、少しでも社会と関わっていけたら最高です。

HOME project
自身を取り巻くコミュニティへの貢献を目的としたアートプロジェクト。グラフィックデザイナーでアートディレクターのタケシ・マツミを中心に、アーティストのトウヤ・ホリウチ、フォトグラファーの廣永竜太の日本人クリエイター3人で運営している。現在は、本記事で紹介した『HOME NEW YORK BOOK』と『HOME LOS ANGELES BOOK』の2冊が発表されており、売り上げのすべてを寄付している。
https://home2020.net/
Takeshi Matsumi’s Instagram:@tks_matsumi
Toya Horiuchi’Instagram:@toya_horiuch
Ryuta Hironaga’s Instagram:@ryuta.hironaga

Photography Ryuta Hironaga

author:

田島諒

フリーランスのディレクター、エディター。ストリートカルチャーを取り扱う雑誌での編集経験を経て、2016年に独立。以後、カルチャー誌やWEBファッションメディアでの編集、音楽メディアやアーティストの制作物のディレクションに携わっている。日夜、渋谷の街をチャリで爆走する漆黒のCITY BOYで、筋肉増加のためプロテインにまみれながらダンベルを振り回している。 Instagram:@ryotajima_dmrt

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