若い音楽家達を支援する「シャネル・ピグマリオン・デイズ」 5名のアーティストによる無観客コンサートの映像を期間限定で配信

ガブリエル・シャネルは「ピグマリオン」の異名で、パブロ・ピカソやイーゴリ・ストラヴィンスキー、ジャン・コクトーをはじめとする同時代の芸術家を支援してきた。彼女の精神を受け継ぎ、「シャネル・ネクサス・ホール」は2005年の設立以来、若い音楽家達を育成し演奏会の機会を送るプログラム「シャネル・ピグマリオン・デイズ」を開催している。

同プログラムは毎年、5名のクラシックの演奏家を公募などで選出し、年間を通じてコンサートの場を提供している。ヨーロッパではなじみの深いサロン・コンサート形式で、ステージと客席が音楽を通じて対話できるような親近感がテーマ。演奏会では各演奏家が楽曲について作曲の背景にある物語や自身のエピソードなどのトークも組み込まれている。2019年までに78名の演奏家が選出されている。

2020年の参加アーティストは平間今日志郎(ピアノ)、前田妃奈(ヴァイオリン)、水野優也(チェロ)、八木大輔(ピアノ)、鈴木玲奈(ソプラノ)の5名で、海外を拠点としたり、現役高校生など多彩な顔ぶれがそろう。新型コロナウイルスの影響で公演は来春に再開予定だが、「シャネル・ネクサス・ホール」で5名のアーティストによる無観客コンサートの映像を10月16日から5週連続で期間限定のオンライン配信を行う。

平間今日志郎

――自己紹介をお願いします。

平間今日志郎(以下、平間):今年5月にアメリカのミズーリ州にあるパーク大学を卒業し、今秋より大学院生として引き続き、パーク大学にて勉強していく予定です。高校在学時より留学したいと思っており、海外で色々な先生のレッスンを受けていました。その中で多くの皆様の助けをいただき、今師事しているスタニスラフ・ユデニッチ先生に出会いました。今まで日本人の留学生はおらず、不安もありましたが、先生の元で音楽を学びたく留学を決めました。大自然に囲まれた環境の中、授業をこなしながら寮と練習室を往復する生活を送っています。

――演奏するときはどんなことを考えていますか

平間:演奏ごとに異なりますが、音の間違いや暗譜のことばかり気になってしまう時や、汗や、背中が痒いなど関係ないことが気になる時もあります。演奏中、常に音だけに集中できれば良い本番だと思いますが、なかなかそのような時は訪れません。

――影響を受けたアーティストは誰ですか?

平間:今私が師事しているスタニスラフ・ユデニッチ先生は師として、またアーティストとしても尊敬しています。レッスン毎に素晴らしい演奏を披露してくださり、そこに近づけるように毎日練習しているので、必然的にとても影響を受けていると思います。それ以外にも今まで師事した全ての先生方から一流の音楽観を学びました。その他にもホロデンコ、トリフォノフ、カントロフなどがお気に入りの若手ピアニストで、彼らの演奏から学ぶこともあります。巨匠の演奏は、影響を受けるというよりも、一聴衆として聴いてしまうことが多いいです。

――今回の配信に向けて、選んだ曲について教えてください。

今年シャネル・ネクサス・ホールでコンサートを5回開催する予定でしたが、世界中が予期できない状況に直面し、2年かけてこのシリーズを行うことになりました。そのような中で今回の動画配信では、今年はベートーヴェン生誕250年という記念すべき年ですので、やはりベートーヴェンのソナタを演奏したいと思いました。『悲愴』と『熱情』は、日本にいた時に勉強し、コンクールやコンサートでも演奏したとても思い出深い曲です。その時から月日が経ち、改めてこの曲と向き合うことで違った景色が見えるのではないかと思い、再び勉強し始めました。ご覧くださっている皆様と同じ会場で音楽を共有できないことを少し寂しく思いますが、演奏をお楽しみいただければと思います。世界中でまだまだ難しい状況が続いておりますが、コンサートで演奏させていただく時には、より成長した姿をお見せできるよう日々自分自身の音楽と向き合っていきたいと思います。

前田妃奈

――自己紹介をお願いします。

前田妃奈(以下、前田)高校進学を機に上京し、今は東京音楽大学付属高等学校の3年生として寮で生活しながら、勉強しています。ヴァイオリン以外に興味のあることは、人間の感情について。同じ曲でも、作曲家、演奏家、聴き手によって、それぞれ感じ方が異なります。そのような心の在りように興味があり、将来は心理学も学んでいきたいと思っています。

――師事している先生以外で影響を受けたヴァイオリニストはいますか?

前田:リサ・バティアシュビリです。昨年の9月に、ジョージアで開催されたツィナンダリフェスティバルに参加した時に演奏を間近で聴く機会がありました。舞台に出てきた時からオーラがものすごく、演奏もさらに美しく力強く、会場すべてを巻き込んで盛り上げ、チャーミングな笑顔で最後まで魅了する姿には本当に感動しました。

――何を伝えたいと思って演奏していますか?

前田:聴いてくださっている方々に楽しくなってほしいと思いながら演奏しています。

――今回の配信に向けて、選んだ曲について教えてください。

前田:前半では、ベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ第1番」、そして、イザイ作曲の無伴奏「ヴァイオリンソナタ第3番」、『バラード』を演奏させていただきます。今年はベートーヴェンの生誕250周年の記念の年なので、初回のコンサートでは、「ヴァイオリンソナタ第1番」を演奏すると決めていました。後半では、演奏会が再開したら一番に弾きたい曲であった、リヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリンソナタ」を披露します。ドイツの作曲家、リヒャルト・シュトラウスが20代に作曲した青春のきらめきに満ちた曲想です。とても重厚でオーケストラ作品のような色彩をもち、ヴァイオリンソナタを代表する作品の1つです。全楽章演奏すると、さまざまなドラマを経て、少し違った自分に生まれ変われるように思います。実際に「シャネル・ネクサス・ホール」でみなさまに生の音を聴いていただけるのは、来年になりますが、さらに成長した音をお届けできるよう頑張りたいと思います。

水野優也

――自己紹介をお願いします。

水野優也(以下、水野):現在22歳で、2018年からハンガリーのブダペストのリスト音楽院で勉強しています。学校には大きなホールがあり、毎日のようにコンサートが開催されています。少し歩くとドナウ川や国会議事堂などの美しい景色を眺めることもできる、そんな素晴らしい環境の中、音楽の勉強に没頭しています。「シャネル・ピグマリオン・デイズ」のシリーズでは、2020年に生誕250年を迎えた、ベートーヴェンのチェロとピアノの作品に重点を置いて、プログラムを構成していきたいと思っています。

――コロナ禍での練習について教えてください。

水野:外出自粛中は、チェロを演奏する上での基礎を見直して、チェロを置いて、作曲された時代背景を学んだり、料理や体力作りのためにドナウ川沿いを本気でランニング・トレーニングしたりと、普段なかなかできないことにいろいろな方向から取り組むことができました。また、「次はこの本番があるからこの曲をやらなければいけない」というように、追われることがなくなったので、ポジティブ思考で、今自分が学ぶべきだと思うものを自由に練習していました。リモートでの練習は時差があるのでまだ難しいですが、友人と演奏動画を作り、現在ならではの楽しみも味わいました。

――演奏家として作品と対峙する時、どのような姿勢で臨みますか?

水野:まずは楽譜に書かれていることをしっかり読んで、一音一音の意味を理解できるように勉強します。そして本質的な部分は、何回弾いても絶対忘れないようにしています。チェロを弾かずに、楽譜をじっくり見る 時間も大切にしています。大好きなチェリストであるジャン・ギアン・ケラスが先日動画で、「まず骨組み、そして屋根を作って、家具や装飾品をつける」とおっしゃっていました。音楽もまさに家作りと一緒だと思いました。

――ハンガリーで師事している方の指導について教えてください。

水野:ハンガリーでは、ミクローシュ・ペレーニに師事しています。週2回のレッスンでは彼自身がよく弾いて、その完璧で研ぎ澄まされた「音」で教えてくださるスタイルです。毎回1楽章ずつ、丁寧に教えてくださいます。ある日のレッスン前、彼が黙々とバッハの練習をしていて、「ここの指づかいはこのほうが良くない? こっちのほうがいいかな?」と聞かれました。これだけ経験を重ねても、探究心に満ちあふれていて、本当に尊敬できる先生です。ちなみに、どちらの指づかいも私には難しそうでした。

――今回の配信に向けて、選んだ曲について教えてください。

水野: 今回の配信では、ベートーヴェンのチェロ作品を中心に、関連性のある作曲家のプログラムをお届けします。「シャネル・ネクサス・ホール」で再び演奏ができることを楽しみにしております。

八木大輔

――自己紹介をお願いします。

八木大輔(以下、八木):現在、一般の高校に通っています。音楽以外の分野に興味を持つ友人達との交流で得た視点や知識が、日々の音楽との向き合い方を豊かにしてくれることがあります。例えば、バッハやロシア音楽と宗教との結びつきやナポレオンとベートーヴェンの関係、ピアノ演奏におけるスポーツの要素などです。楽曲にはいろいろな事柄が結びついているので、得た知識が着想へと変化することは少なくありません。

――一般の高校に通いながら専門的な音楽教育はどのように受けていますか?

八木:音大や研究所などには属しておりませんので、数週間に一回定期的なレッスンを受け、新型コロナウィルス感染拡大前は、3ヵ月に1回のペースで、海外の教授のもとで勉強していました。

――海外のレッスンで何を学んでいますか?

八木:実際に曲が生まれた土地で、その歴史や文化に触れ、作曲家や曲への理解を深めてきました。ヨーロッパにおいては知識だけでなく、身体レベルの学習をすることが可能です。何世紀も前に建てられた劇場や教会で演奏し、歴史ある街の中で現地の食事や言語、空気、街並みを味わえるので、作曲家がどのような環境で創作活動に励んでいたのかを身をもって理解することができます。音の響きの違いも体感できる学びの1つです。現地の建物はレンガや石造りであり、気候が異なりますので、音の鳴り響き方に違いが生じるのです。今は残念ながら、そういった活動はできずにいます。

――緊急事態宣言の間、どのような音楽を聴いていましたか?

八木:セルゲイ・ラフマニノフとマルタ・アルゲリッチとミハイル・プレトニョフの音源を見つける限り聴き続けました。この方達のレコーディングで世に出ているものは、自粛期間中にほぼすべて聴いたと思います。また、マリア・カラスやマリオ・ランツァ、パヴァロッティなどのメジャーなオペラ歌手の録音にも日々触れていたので、音楽作りにおいてたくさんの刺激を得ました。ちなみに……歌うのも、ほんの少し上手くなった気がします。

――高校生活と演奏家生活、どのように両立しているのでしょうか?

八木:両立できていない気もしますが、強いて申し上げるならば、短気集中です。僕は残念ながら、長時間集中を維持したり、こつこつ練習を重ねて前に進むタイプではありませんので、コンクール前や試験前にエネルギーを詰め込んで、密度の濃い時間を作るようにしています。

――今回の配信に向けて、選んだ曲について教えてください。

八木:今回の配信では、華麗なる編曲集をテーマにプログラムを組みました。モーツァルトの「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」に始まり、難曲として知られ「ピアニズムの頂点をなすものとして、象徴的な意味を持つ」とフェルッチョ・ブゾーニに賞されたリストの「ドン・ジョバンニの回想」をお届けします。

鈴木玲奈

――自己紹介をお願いします。

鈴木玲奈(以下、鈴木):私は東京音楽大学と大学院を修了しドイツ、オーストリアで学びました。「シャネル・ピグマリオン・デイズ」では、「クラシック音楽ゆかりの地へ旅をしよう!」をテーマにオーストリア、ドイツ、イタリア、フランス、そして日本、それぞれの国の作品をお届けしたいと思っています。ヨーロッパ留学中に近郊の国へも足を運びましたので、各国のエピソードを交えながら、それぞれの国の作品をお楽しみいただきたいと思っています。

――声や喉のコンディションを保つために、普段から心がけていることはありますか?

鈴木:声楽は身体が楽器ですので、体調管理が大切です。特に免疫力を下げないように、十分な睡眠を摂り、バランスの取れた食事を心がけています。体を冷やさないよう、また喉の保湿にも気をつけています。風邪気味の時は、マヌカハニーやプロポリスを強い味方にしています。

――素人が発声練習をする際のコツがあれば教えてください。

鈴木:息を流すことを大切にしています。発声の前に、口を軽く閉じスーと息を長く流す練習をしています。この時にお腹から息を吐くよう意識し、発声練習前の準備運動をしています。また巻き舌や唇を振動させる練習もしています。それから、声を遠くの人へ届けるように、キャッチボールをするように腕を動かしたり、自分の声を解放するようにイメージし、歩き回りながら歌う練習をしています。

――これまで最も感銘を受けたオペラを教えてください。

鈴木:2018年ウィーンに留学中、大好きなリヒャルト・シュトラウス作曲の「ばらの騎士」の公演をウィーン国立歌劇場で鑑賞することができました。物語の舞台であるウィーンで観ることができ鳥肌が立つほど感動しました。いつか、「ばらの騎士」のゾフィー役を歌わせていただくことが夢です。

■「シャネル・ピグマリオン・デイズ」コンサート動画配信
第1回:10月16〜22日 平間今日志郎(ピアノ)
第2回:10月23〜29日 前田妃奈(ヴァイオリン)
第3回:10月30日〜11月5日 水野優也(チェロ)
第4回:11月6〜 12日 八木大輔(ピアノ)
第5回:11月13〜19日 鈴木 玲奈(ソプラノ)
公式ページ:https://chanelnexushall.jp/

author:

TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

この記事を共有