MV「Fly with me」に見る今のアジアの姿 現代のサイバーパンクの解釈に対するPERIMETRONの答え

Netflixアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』の主題歌でもあるmillennium paradeの楽曲「Fly with me」。この楽曲のMVで描かれているのは、アジアを舞台にした映画のようなストーリー性を持ったCGアニメーション。MV公開以前のティーザーでは、ゲームを模したビットマップのムービーが発表され、世間を驚かせた。制作を手掛けたのは、常田大希(King Gnu/millennium parade)が主宰するクリエイティブ集団、PERIMETRONを中心としたチーム。「Fly with me」しかり、過去から今に至るまで海外を見渡した時に、アジアをサイバーパンク的な世界観で描く作品は多数ある。では、それを日本で解釈するとどんな姿になるのか。その1つの答えが「Fly with me」のMVではないだろうか。描いた世界観について、本作のディレクターであり、PERIMETRONのコアメンバーのShu SasakiとYuhei Kanbeに聞いてみたい。

未来図として実際に想像できる2045年の姿

――millennium paradeのMVには毎回、技術・ストーリー・表現手法など、いろんな点に驚かされます。現時点で最新作のMV「Fly with me」は、4月の公開直後から世界に衝撃を与え、今なお話題を呼んでいます。個人的に感じたのは“近未来的なアジア観”なのですが、制作者の観点から映像に描かれている世界について教えていただけますか?

Shu Sasaki(以下、Shu):ヴィジュアルに関して言えば仰る通り、制作時に近未来やアジアのテイストを感じさせるリファレンス素材を集めていたんです。東アジアっぽい質感をメインに置いて、未来ではどんな街が構築されているかをイメージしながら創造していきました。きっと未来ではわかりやすく合理的になっている部分もあれば、現在と全然変わらない風景もあるだろうってチーム内で会話していましたね。

Yuhei Kanbe(以下、Yuhei):『攻殻機動隊 SAC_2045』本編のタイトルにある通り、2045年の設定だったので、僕達もそこに合わせたつもりではあります。ただ、アニメではよりテクノロジーが進化した世界をきれいに描いているのに対して、MVはより現代に近しい内容になっています。これは自分達の好みがそうだったというのもありますし、2045年の未来にそこまで壮大な夢を描いていないというのもありますね。技術の進歩を考えても、きっとこんな世界なんだろうなくらいの近未来を描いたつもりです。

Shu:今でもシンギュラリティ(技術的特異点)が話題になったりしますが、現実に起きていたりもするじゃないですか。『攻殻機動隊 SAC_2045』の世界ほど進化した未来は現実として想像しにくいんですけど、「Fly with me」で描いたことは実際に起きるかもしれないという、未来図を自分達なりに描いた着地点ですね。

Yuhei:近未来なんだけど現代らしい光景も残しています。その1つの特徴とも言えるのが、登場する3人のキャラクターが道路を歩くシーンで出てくる交通標識。当初、ホログラムで描いてよりSF調のタッチにしようかという考えもあったんですが、どうもしっくりこなかった。そこで現在の交通標識をイメージして描いているんですよね。

Shu:そうだったね。その点が、Yuheiが話している自分達の好みな部分と言えますね。「Fly with me」に関しては、ゲームの世界をストーリーとして描いたという認識があるので、システムとして管理しているパーツは飛躍的に進歩していて、人が触れる部分に関しては現代とあまり変わっていない世界にしようってところに落ち着いたんです。

――そもそもなのですが、「Fly with me」は圧倒的クオリティと徹底した世界観があって、それをMVで表現してしまうなんて今までの日本じゃありえなかったことだと思うんですよね。

Shu:気持ちの部分では、これまでの日本にはなかったでしょ! って感覚で作っていたわけではないんですよ。とにかくこの作品をいかに良くするかってことだけに必死に向き合っていました。

Yuhei:結局のところ関係している人間の力でどうにか形になったっていうのが正直なところですよ。

Shu:そうだね。制作陣全員で野球していたような感覚です。背中を預け合って「ここの部分はもう頼んだ! 信じてるから」ってどんどんパスしていくようなやりとり。

Yuhei:そう。そしてそれがすごくハマったのが「Fly with me」のケースでした。できるメンバーが集まってくれたっていうのもそうですし、お互い作っていく中で、共通点を感覚で得ていったと思います。

Shu:あとはクライアントワーク案件だけども、最後まで一緒に遊んでくれる人達が多かった。どうやったら良くなっておもしろくなるかということに対して各々のセクションがアドリブを効かせながら、互いが喜ぶ方向に進んでいった感じですかね。何度もやり直していると追加で作業が発生するのにもかかわらず、みんなが嫌な顔をせず、お互いにできたカットを観ながら湧き出るアイデアを投げ合っていく、そんなクリエイティブになりました。まずはやってみようというポジティブな姿勢で付き合ってくれた人が、これまで以上に多いチームだったというのが最大のポイントですね。

「環七フィーバーズNEO OP」(2019)

これまでにPERIMETRONが制作してきたクライアントワークを見ても“近未来”“アジアンテイスト”といったエッセンスを感じることができる

フューチャリスティックにではなくノスタルジックに

――捉え方によっては映画『ブレードランナー』や『マトリックス』を彷彿させるシーンがありますよね。リファレンス素材としてはどういったものを集めていたんですか?

Shu:そういった映画でも描かれているフューチャリスティックでサイバーパンクな街ってあるじゃないですか。いわゆるシアン、マゼンタ強めというか……。その色味はNGとしていましたね。僕らはリファレンス素材を集める時に、参考となる画像や映像作品を共有し合うこともあれば、逆に「この世界観をNGにする」といった集め方も行います。「Fly with me」はそのようにNGなリファレンス素材を収集することで自分達に制約を設けて進行しました。

――そうだったんですか。てっきりサイバーパンクな世界観に寄せたのかと勘違いしていました。

Yuhei:映像にはサイバーパンクなエッセンスもあるので、広い視点で見ればそう感じられる部分もあるでしょうね。でも、最近の世間におけるサイバーパンクの解釈って、奇妙な日本語っぽい書体で描かれたネオンの掲示板がたくさんあるようなイメージというのがあるじゃないですか。そういう固定観念を僕らは良しとしていないんですよね。だからアンチテーゼな意味でもそうではない表現で、と線引きをしながら制作していきました。細かい部分に自分達のこだわりを反映させています。

Shu:うん。別にサイバーパンクな世界観を好まない人であれば、どちらも同じように見えるとは思うんですけど、細かなディテールで違いを表現しているよね。そういう意味で「Fly with me」はかなりコアに仕上がってます。

Yuhei:とはいえ、もちろん『ブレードランナー』のオマージュを描いたシーンもあるんですけどね。「Fly with me」のレコードジャケットの裏側には「ミレニアムパレード」ってカタカナで表記した看板があるんですけど、この辺りはそのオマージュ例かも。これまで描かれてきたサイバーパンク作品を否定しているわけではなくて、最近の世間的なサイバーパンクの捉え方に対するアンチテーゼなんです。

Shu:例えば、リル・ディッキーのMV「アース」の中で世界を巡るシーンがあるんですが、「Hey Asia」って呼びかけながらアジアを描いている場面では、まさしくネオンだらけのハイテクな夜の街が背景として登場します。このMV内だけの表現ではあるんですけど、世界においてアジアのイメージがなんとなくこのMVのような認識なんだなと思う部分はあって。クリエイティブの視点からアジアを表現すると、こういうサイバーパンクな印象が切り取られるんだなって感覚があるんですよね。アンチではあるけれど、感覚としてその部分を抽出してもいるんです。

リル・ディッキー「アース」(2019)

――「Fly with me」には制作チームの好みが色濃く反映されていると思うのですが、自らの好みを改めて教えてもらえますか?

Yuhei:極端に描かれた未来観があまり好きじゃないんですよね。「Fly with me」にしても、未来を想像して描いたというよりは、自分の中のノスタルジックな光景を描いている感覚なんです。すごく個人的な話になりますけど、小さい頃に祖母の家に遊びに行った時にぼーっと眺めていた田舎のネオンサインやパチンコ屋のギラギラした照明や切れかかった電灯など。あとは父が車の中でかけていたムーンライダーズやビートルズといった音楽も、これらの光景と一緒にあって。サイバーパンクって言われているものは、もう少し電子的でテクノロジーの進化を描いているものだと思うんですけど、僕の中ではそうではなく、むしろ懐かしさや過去の原体験だったりするんです。

Shu:血が通ったものが好きなのかもしれない。

Yuhei:そうだね。思い出に浸って気持ち良くなっているのかもしれない(笑)。

原体験としてある和のイメージを今の気持ちに乗せて

――では、Shuさんが映像表現をするうえで影響されているものはどんなものですか?

Shu:大きく捉えると日本特有の文化ってことになるでしょうね。父が古美術を取り扱っていたので、日本の伝統的な物や形が自分の幼い頃の光景の中にあります。なので和のエッセンスや神道について自然と考えることが多く、今でもその要素を意識して映像や作品のコンセプトを練ったりしています。ただ、制作している時は、もっとシンプルにその時にハマっていることやより深く考えたいことをそのまま作品に入れ込んでるかも。地に足を着けた感覚でやっていきたいんですよね。今、これに興味があるからこの素材をセレクトしているといった具合に。映像で描くうえで何となくのポーズだけじゃ意味がなくてつまらないじゃないですか。

Yuhei:それはあるね。なんとなくでやっちゃうと内容について質問された時に、明確に自分の言葉で説明できなくなってしまう。「流行ってるからっすね」ってなってしまいそう。

Shu:そう。それっぽいことは言えるんだろうけど、それで終わってしまいそうで。大希(常田大希)ともよく話すんですけど、「自分の中でちゃんと咀嚼し味わって、それを身体の中で消化しきってから出す感覚で作りたい。その結果として生まれるものが作品と呼べる」という姿勢があるんですよね。そうじゃないと表現は薄くなってしまう。特に自分のようにプロデュースという役割で携わっているとカテゴライズしにくい領域での表現に携わることもありますし。この考え方になったのは最近なんですけどね。まったく別の案件を同時に扱っていたとしても、その1日を過ごしている自分に違いはないから、思考の根元はどれも共通のものにしたい気持ちがあるんです。以前よりも、案件ごとに表現を変えるってやり方をやらなくなってきた気がしています。目指すクリエイションと自分の気持ちをどこに落とし込むかってことにフォーカスしたうえで、この作品にはこういう入れ込み方をしようってことを考えるようになってきました。

Yuhei:肝が座ってきたとも言えるね。

Shu:かもね。

――Shuさんのクリエイションに対する向き合い方はYuheiさんにも共通するものがありますか?

Yuhei:僕のポジションでは、ディレクションするうえで物語や世界観の本筋を試行錯誤するのではなく、テクニカルな面でのクリエイションを担っています。その点ではShuとは違うと思います。技術的な側面から自分が作りたいものをどうやって実現するかを考えるし、もっと他の表現のほうが適しているんじゃないかと探るのが、僕がやっていることです。ただ、Shuが言うように「自分の中でちゃんと咀嚼して身体の内から出す」ということは実践していますね。

――なるほど。「Fly with me」は2人がディレクターとして携わっていますが、お互いの関係性について教えてください。

Yuhei:Shuは言ってしまえば、お父さんみたいな存在。それはPERIMETRONでももともとプロデューサーとしての立ち位置だったわけですけど、他の案件でもShuがいないと回らないことが山のようにあって。なのでプロデュース以外にもディレクションやデザインをしていることもあるし、彼が何をやっているか全然把握しきれていないんです。ただ、最終的にきちんと仕切ってくれるのがShu。そして、休日でも相手をしてくれる、頼れるお父さんって感じです(笑)。

Shu:Yuheiはもう圧倒的拡張機能みたいな存在。こちらがクリエイティブに関してざっくり言ったことを、きっちりと咀嚼して想像以上の形で打ち返してくるようなところがあって。それをすごく楽しく見られるんですよね。「Fly with me」に関しては共同ディレクターとして関わっていますが、間違いなく扉が1つ開いたでしょ? よりAI的な機能を持った拡張機能になったかなと。特にここ1年はこれまでの動きを逸脱してきていると思います。

――現在、コロナ禍によって閉塞的な雰囲気が世界中で感じられますが、この状況がクリエイティブに対して影響を与えていますか?

Shu:ここまで世界同時にネガティブな空気が流れることってなかったじゃないですか。だからできる限り今は、マイナスな表現をしたくないですね。ある側面だけを批判したアプローチを演出に組み込むだとか、そういうのはあまり作りたくないと考えるようになりましたね。きっと自分の気の持ちようなんですけどね。仮に否定的なメッセージを持つ作品を作るとしても、ちょっと時期尚早過ぎる感があります。もちろん問題提起をして、見る人に何かを考えてもらいたいってことは感じますけど、今はもっと何か活気づけられるようなことを、これまで以上に考えるようになったかもしれないですね。

PERIMETRON
King Gnu、millennium paradeのフロントマン、常田大希が主宰するクリエイティブチーム。King Gnuやmillennium paradeをはじめ、TempalayやWONKといったアーティストの映像作品、ブランドのヴィジュアルや映像など、ジャンルを問わず幅広く手掛けている。映像制作を手掛けたNetflixアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』のオープニング曲「Fly with me」のMVは、600万再生を超えており世界的にも注目を集めている。
https://www.perimetron.jp/
Instagram:@perimetron
https://www.youtube.com/user/mrsvincichannel

Photography Takaki Iwata

author:

田島諒

フリーランスのディレクター、エディター。ストリートカルチャーを取り扱う雑誌での編集経験を経て、2016年に独立。以後、カルチャー誌やWEBファッションメディアでの編集、音楽メディアやアーティストの制作物のディレクションに携わっている。日夜、渋谷の街をチャリで爆走する漆黒のCITY BOYで、筋肉増加のためプロテインにまみれながらダンベルを振り回している。 Instagram:@ryotajima_dmrt

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