消費者庁の資料によると、世界の食料廃棄量は年間約13億トン、人の消費のために生産された食料の約3分の1が廃棄されている。日本でのフードロス(本来食べられるのに廃棄される食品)は年間612万トン(2017年度推計 農林水産省・環境省)で、毎日大型(10トン)トラック1680台分が廃棄されていて、1人当たりの年間食品ロス量は48kgにも及ぶ。
フードアクティビスト(食料救出人)としても活動するオーストリアの映画監督ダーヴィド・グロスは、そうした日本のフードロスとともに、“もったいない”という食への畏敬の念を有している点にも着目し、映画『もったいないキッチン』を制作した。もともとダーヴィドは2015年にフードロスをテーマに、ヨーロッパ5ヵ国を舞台にした映画『0円キッチン』を制作。同作の日本での劇場公開に合わせて来日した際に、今作の企画を思いついたという。ダーヴィドは日本の食品ロスの現状をどう見ているのか、話を聞いた。
──ダーヴィド監督がフードアクティビストとして活動するようになったきっかけは?
ダーヴィド・グロス(以下、ダーヴィド):2012年から活動しているんですが、最初は地元のオーストリア・ザルツブルクでスーパーの裏に置かれているゴミ箱を好奇心でのぞいたのがきっかけです。そのゴミ箱の中には新鮮でまだまだ食べられそうな食材が多く廃棄されていました。そのうちいくつかの食材を持ち帰って、仲間達と料理をしておいしく食べたんです。それでまだ食べられることがわかって、それを何回か繰り返していくうちに、映像として記録するようになりました。当時はそれがきっかけで、こうして日本との縁ができるとは考えてもいませんでした。
──現在フードアクティビストとしてどのような活動を行っていますか?
ダーヴィド:“フードアクティビスト”としては特に意識して活動はしていないんですが、僕は廃棄されそうな食材をレスキューして、それをおいしく料理し、仲間や友達とシェアしています。フードアクティビストといわれる人の中にはその食材や料理をホームレスに提供したり、地元でイベントを開催したりする人もいます。僕も含め、そういった人達に共通するのは、人に対しても、食に対しても同じくらい愛情があるということ。それが料理人とフードアクティビストとの違いだと思います。さらに活動を通して既存のシステムの問題点を訴えるのもフードアクティビストの役割だと思います。
──これまでヨーロッパを中心に映画を撮られていた監督が、今回、日本の“もったいない”を映画のテーマにしたのはなぜですか?
ダーヴィド:2017年に前作『0円キッチン』が日本で公開されるタイミングで初めて来日しました。その時に、今回プロデューサーを務めたユナイテッドピープルの関根(健次)さんや通訳として一緒に旅をしてくれた(塚本)ニキさんと仲良くなって、なんとなく日本で映画を撮影したいなと感じていました。もったいないというのは、もともとは仏教思想に由来する言葉で、無駄をなくすということだけではなく、命あるものに対する畏敬の念が込められた日本独自の美しい言葉。たくさんの人と話して、日本の“もったいない”という文化を知った一方で、そうした伝統文化を持ちながら、フードロスも多いという日本社会のギャップに映画監督として興味を持ちました。
──実際に日本のフードロスを取材してみて、海外と比べて多いと感じましたか?
ダーヴィド:数字で見る限りは、アメリカやヨーロッパの先進国と大きな違いはないんです。ただ日本の場合は見えにくいところでフードロスが行われていると思います。ゴミ箱も目につくところにないし、街を歩いていてもゴミは少ない。でも、実は隠されたところに廃棄されている食品はたくさんあります。今作ではそこに焦点を当てたいと考えました。
伝統的な食文化を見直す ターニングポイントに
──日本の食は豊かだと言われている一方で、コンビニやファストフードのように、手軽に食べるということも一般的となっています。そうした日本の食文化についてはどうお考えですか?
ダーヴィド:僕が意外だったのは、若い人が鰹節や納豆、発酵食品といった日本の伝統的な食文化にさほど興味を持っていないところです。そうした食品は健康にも良くて、サステナブルな食材なのに、それよりもファストフードが人気なのは信じられないです。でも残念ながら日本に限らず、経済先進国ではそうなっていますね。今回のコロナや気候変動など、さまざまな危機に直面している今が、あらためて伝統的な食文化、そして自分達の生活を見直すターニングポイントになるのではないでしょうか。そこには期待はしています。
──日本はコンビニやファストフードが当たり前になっていて、食にかける時間も意識も下がっているように感じます。海外だとディナーに時間をかけるイメージですが、実際はどうですか?
ダーヴィド:すごくおもしろい質問ですね。僕も日本に行く前は、「日本ではディナーはゆっくりと家族で食卓を囲んで食べている」と思っていました。でも、実はそうでもなかった(笑)。オーストリアでもファストフードは多くて、実際の食生活は日本と変わらないですよ。今は世界のどこでも時間のゆとりがない社会になってしまっている。僕も撮影などで時間がない時はさくっと食べられるファストフードにしてしまうことも多いです。
もちろんファストフードが悪いわけではなく、それよりも先ほどの話と通じますが食事の時間が取れないというライフスタイルを見直すべきだと思います。人々はリラックスするため、そして人とのつながりを強めるために食事をします。だからこそ食事時間を大切にするべき。どうすればより豊かな食を楽しめるのか、考え始めるだけでも、理想の食卓になっていくと思います。僕もまだまだできていませんが。
──現在、私達が目にする食材、特に肉はすでに加工された状態で見ることが多いです。そうした生命を食べていると感じにくいのも、食への意識の低下につながっていると思いますか?
ダーヴィド:発展途上国では市場などで実際に生きたまま動物が売られているところを目にしたことがあります。買うとその場で解体されるのですが、最初に見た時はショックでしたが、そういうことは普段目にしていないところで行われている。先進国にいるとそういったつながりを忘れてしまいます。生命を食べているということに対して感謝の気持ちを持つことは忘れないようにしないといけません。最近出会った小学生は、普段食べている肉と生きている牛が同じだと考えたことがなかったようで、それを知って驚いていました。そうした光景を見ると、食の教育というのも必要だなと感じました。
──映画の中では福島県産の食材のことにも触れられていましたが、やはり海外の人は福島の食材にはまだ抵抗はありますか?
ダーヴィド:そうですね。正直に言うとオーストリアやヨーロッパの友達は福島産と書かれた食材は絶対に食べないと思います。特に魚介類には慎重で、日本から輸入されたものは食べないという人もいます。ただそれには情報が正しく伝わっていないということも言えます。福島県自体は大きいですが、海外だとチェルノブイリのような局地的なイメージを持つ人がいて、福島県全体が危険だという誤解があります。今作の中では実際に数値を確認して大丈夫だという気付きもありました。ただこういった問題は、これが正解でこれが間違っているとか、白黒つける必要はなくて、表面的な情報だけで判断するのではなく、自分で調べて考えてほしいと思います。
──『もったいないキッチン』の撮影で日本を旅して、一番印象に残ったことは?
ダーヴィド:映画に登場する人だと、野草を使って料理をする83歳の若杉ばあちゃんと、昆虫食を探究する地球少年が印象的でした。詳しくは作品を観てもらえればと思うんですが、どちらも自然界に食材を求めている。一方は古くからの伝統、もう一つは革新的なもの。どちらも日本的でおもしろいなと思いました。
──今作を見て、フードロスに興味を持った人はまず何からスタートすればいいのでしょうか?
ダーヴィド:そうですね。まずは自分自身が変わることです。身の回りを見直して、冷蔵庫の中に忘れられている食材がないか探してみてください。そして、料理に関心を持つことです。友達とレシピを交換したり、一品料理を持ち寄ってみんなで食事をしたり、実際に料理の経験を積むことが大切です。料理がうまい人は憧れられるというメリットもありますし、それが食品ロスをなくすことにもつながります。最後はコミュニティーやネットワークを作ること。八百屋さんや地域のスーパーとコミュニティーを作って、廃棄される食品を手に入れることができれば、フードロスは減っていく。僕の場合も地元のスーパーのゴミ箱に飛び込んだのをきっかけに日本で映画を撮るようになりました。行動を起こせば人生は変わる。皆さんもぜひ行動してみてください。