出発点に立つ「ファッション協定」 初年度の各ブランドの成果とアジアに当てられる焦点

ファッション業界は今、環境に与える影響を削減するため、企業の垣根を越えて共通の目標に取り組んでいる。2019年8月26日、南フランス・ビアリッツで開催されたG7サミットでケリンググループのフランソワ=アンリ・ピノー会長兼CEO率いる、ファッション業界のCEOらによって結成された委員会は「ファッション協定」を発表した。

「ファッション協定」は地球温暖化の阻止、生物多様性の復元、海洋の保護という3つの分野において、実践的な目標を協力して達成することを表明。1年後となる今年10月12日、オンライン・プラットフォームを通じて行われたコペンハーゲン・ファッション・サミットでプロジェクトの進捗報告を共有し、初期評価が議論された。同サミットに参加したのは「ファッション協定」の主要メンバーであるPVH会長兼CEOのマニー・キリコ、「シャネル」ファッション部門兼シャネルSASプレジデントのブルーノ・パブロフスキー、米「ギャップ」CEOのソニア・シンガル、「ユニリーバ」グローバルCEOのポール・ポルマン。現在「ファッション協定」に参加する企業はファッションおよびテキスタイル業界の60社以上、約250ブランドで、世界のファッション業界の3分の1を占める。ケリンググループや「シャネル」、「エルメス」、H&Mグループ、「ナイキ」、「バーバリー」といったグローバルの主要企業が参加しているが、日本企業の名前はない。

「ファッション協定」に参加すると何が変わるのか、具体的な取り組み内容はこの1年目のレポートで少し明確になったと言える。「気候変動対策と科学に基づく目標に関する定款は、温室効果ガス排出量を有意義に削減するための最も重要な枠組みである。イニシアチブに基づいて構築することにより、『ファッション協定』は協力精神を高め、信頼できる影響と行動を保証する」と「プーマ」会長兼CEOビョルン・ガルデンは語った。実際に、メンバーの80%が同プロジェクトに参加する企業内のサステナブルへの取り組みが加速したとの報告がある。

業界全体の士気が上がり、そのことが実際に数字にも表れた。「ファッション協定」発足以来、温室効果ガス排出量は350,000〜450,000トン削減した。 メンバーが消費する全てのエネルギーの40〜45%が(店舗、工場、オフィスなど所有施設内の)再生可能エネルギー源からのものである。さらに2025年までに50%に増加すると推定されており、 2030年までに100%を目指す。さらに著名者の70%が不要で有害なプラスチック包装を削減したと報告した。環境をより尊重する輸送方法を優先することによってカーボン・フットプリントを削減するためのサプライチェーンの改善が見られた。

持続可能な原材料の使用については多くのブランドが変革を開始した。「プラダ」は2021年末までにバージンナイロンをリサイクル可能な再生ナイロン繊維エコニール(ECONYL®)へと転換するRe-Nylonプロジェクトを始動。エコニールは、海から集められたプラスチック廃棄物、漁網、繊維廃棄物を浄化、再利用して作られる。解重合と再重合のプロセスによって、エコニールの糸は、品質を損なうことなく無限にリサイクルできる。現在までに、1万トンのエコニール繊維の使用により約1120万リットルの石油が節約でき、CO2排出量が65,100トンと大幅に削減された。また、Re-Nylonカプセルコレクションの売り上げの一部は、環境の持続可能性に関連するプロジェクトに寄付される。

2001年の創設当初からクルーエルティフリー(動物を犠牲にしない)のブランド精神を貫いてきた「ステラ・マッカートニー」。2020年秋冬コレクションで新たに2つの素材を採用した。1つはバイオファーフリー素材KOBAだ。素材の37%が植物由来のため、従来の合成繊維に比べエネルギー消費量は最大30%、温室効果ガスの排出量を最大65%減少させることに成功したという。原材料には再生ポリエステルが含まれており、長い寿命を終えた後、廃棄することなくリサイクルが可能。もう1つは、100%植物繊維から作られた史上初のストレッチデニム生地COREVA。天然ゴムの芯にオーガニックコットンを巻き付けて作られており、生地にはプラスチックやマイクロプラスチックは一切使われていないにもかかわらず、この生分解性のストレッチデニムは伸びの良さも保っているという。

製品やパッケージに限らず、ファッションショーのセットも再資源化が進められている。豪華なセットで見る者を圧倒する「シャネル」は、過去に制作されたロケットやクルーズ船、エッフェル塔などはリサイクル素材で作られていると説明し、セット全体が再資源化もしくは再利用されている。また、同ブランドは2015年に採択された気候変動に対する国際的な枠組みであるパリ協定の目標「世界の平均気温の上昇を1.5度未満に抑える努力をする」という条項に基づいて、今年3月にChanel Misson 1.5を立ち上げた。具体的には、販売するアイテム1点当たりの排出量を66%減らすこと、もしくは販売するアイテム1点当たりのサプライチェーンでの排出量を2018年との比較で40%減らすこと、事業全体での二酸化炭素排出量を50%減らすという目標を掲げる。それに加えて森林の保護や再生などに関するプロジェクトに投資して排出分を相殺する。地球温暖化の影響を最も受けやすい小規模な農場や起業家を支援するプロジェクトに、今後5年間で2500万ユーロ(約29億円)投資する決定を下したほか、原料やパッケージング開発における新技術やスタートアップ、気候変動の科学的調査などにも投資し、リスク耐性の高い原料サプライチェーンを構築する。

「ファッション協定」の3つの柱の中で、生物多様性の復元に関しては比較的最近の問題である。レポートではメンバーの30%のみが「サプライヤーと綿密な計画を練った」と報告した。例えば破壊的な原材料(約150億円の損失の原因となるセルロースなど)を他の環境に優しい資源に変換する計画や、絶滅の危機に瀕している動物種の保護と森林破壊との闘いにおいて改善の余地が検討された。PVH会長兼CEOのマニー・キリコは「重要なのは透明性」だと述べた。「これらは単なる広報活動ではない。業界は成長を続けているが、今こそシステムを変える時であり、失う時間ではないことを『ファッション協定』が示している。地球に代替手段がないため、設定された目標を達成することを約束する」と付け加えた。現在「ファッション協定」の委員会は外部アドバイザーとともに、業界を改善するための措置の概要、進捗状況を集計し表示するデジタル・ダッシュボードを開発中だという。最後は「ユニリーバ」グローバルCEOのポール・ポルマンが締めくくった。「『ファッション協定』は業界全体を変革するために、自然とビジネスの調和の取れた共存の未来に私達を導くことができると証明している。まだ参加していない人々がしなければならないのは、私達に加わることだけ」。

1年で素晴らしい成果が見られた一方で、これらは最終目標の出発点にすぎないことも提起された。懸念点は、サプライチェーンの排出量の測定が輸出量ではなく輸出額によることだ。輸出額ではヨーロッパ諸国が上位を占めるが、輸出量においてはバングラデシュ、中国、次いでヨーロッパの順である。つまり、バングラデシュや中国での生産の相対的な環境への影響は、ヨーロッパよりもはるかに大きい可能性がある。アジア諸国の縫製労働者は貧困率が高いうえに、廃水や気候災害による有害な職場環境にさらされている。「ファッション協定」が地球規模の問題に取り組んでいる以上、最大の問題領域であるアジアでの取り組みに焦点を合わせる必要がありそうだ。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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