ファッション・ウィークのデジタル化によりファッション・ジャーナリズムの真価が問われる

10月6日に2021年春夏コレクションのパリ・ファッション・ウィークが閉幕した。今季は長い歴史の中で初めて、デジタルとフィジカルの両軸で行われたパリコレとなった。公式スケジュールには全84ブランドが参加し、19ブランドのランウェイショー、20ブランドのプレゼンテーション、45ブランドのデジタル配信で構成された。フランスが新型コロナウイルス感染症に対する水際対策を施行しているためアジアとアメリカからの渡航者は皆無で、来場者は例年の4分の1もしくはそれ以下、各会場の座席も大幅に削減された。「グッチ」と「サン・ローラン」はファッション・ウィークの公式スケジュールに参加せず、独自のタイミングでコレクションを発表することを宣言している。

発表方法や期間が流動的になり、ファッション・ウィークの在り方が変化する今、それを報じるメディアも変化を強いられている。特に、今季のミラノとパリのファッション・ウィークに参加した筆者はジャーナリストの役割について改めて考えさせられる機会となった。例えば、デジタルで発表されたコレクションについてジャーナリストは何を語るべきか。衣服のシルエットや素材といった、画面を通して得られる情報を延々と描写するだけでは意味を持たない。さらに、インターネットを介して個人で発信するインフルエンサーの勢いは過去10年でますます強くなっており、視覚を使った情報がオーディエンスに十分に届けられる。今後さらにデジタルが推奨されていくなか、ファッション・ウィークとともにジャーナリズムの在り方はどのように変化していくのだろうか?

「ヴォーグ・ビジネス」リテール&マーケティング・エディターのカティ・チトラコーンはこの疑問に対し、新型コロナウイルスのパンデミック以前から「ジャーナリストとファッション・ウィークの関連性は変化があった」と指摘する。「ジャーナリストの影響力は衰えている。インフルエンサーがブランドを宣伝し、バイヤーと小売業者がそれを参考に買い付けを行い、顧客が彼らのファンである場合、ジャーナリストが何を発言したか重要であると思いますか? 実際、大手ブランドは従来のメディアが不要になったことを認識しており、マーケティング予算をインスタグラムとインフルエンサーに割り当てています。インフルエンサーはブランドのメッセージを伝え、その情報をエンドユーザーが購入する際に役立てるといった構造に変化しているのです」。

SNSのなかった時代、ファッション・ウィークがメディアに対して独占的だったことからジャーナリズムはデザイナーの成功を左右する力を持っていた。現在は誰もがオンラインでコレクションを見て、気に入ったかどうか自分で判断するのに数秒しかかからない。また、ファッション・ウィークでショーを行うブランドの目的も変化があるとカティは説明する。「ファッション・ウィークは製品の販売が全てになっています。もちろんジャーナリズムの価値が失われたというわけではありません。コレクションに現代の事象の何が関連し、社会に何が起こっているのか、物事がどこから来てどこへ向かうのかを簡潔で客観的に言葉にするジャーナリストも中にはいます。ただし、それはブランドにとって重要ではなくなり、マーケティング予算からは外される傾向にあるのです。世界的に影響力のあるメディア『ヴォーグ』でさえ、今後米国チームだけが指揮を執り、各コレクションにつき1つのレビューを『ヴォーグ・ランウェイ』にのみ掲載する方針へと切り替えることを検討しています」。ビジネスに特化したジャーナリストであるカティは「コレクションやビジネスを批判するよりも、ブランドが生き残るために行っている創造的でポジティブな指針に興味があり、記事を発信するうえで最も重要なのは、公平で客観的であるということ」だとメディアの仕事への向き合い方について教えてくれた。

デジタルのショーにおいてジャーナリストに制限が設けられる一方で、オンラインを通して個人で発信するインフルエンサーにはむしろ追い風となる。インスタグラムで約63万人のフォロワーを抱えるインフルエンサー、デクラン・チャンは今季のパリ・ファッション・ウィークに参加後「ショーがデジタルであろうとフィジカルであろうと、インフルエンサーの役割は変わりありません」と語る。「ブランドのターゲットであるデジタルのオーディエンスを持つインフルエンサーは、ブランドとの関係性が強固になっています。インフルエンサーにとって、ブランドのコンテンツを明確に提示するためによりクリエイティブなフォーマットを考え出すことが課題です」。デクランはまた、ジャーナリストとインフルエンサーにはそれぞれに異なる役割があり、競合する職種ではないとの考えを示す。「読者として、ジャーナリストには事実に基づいた客観的な意見や批判を期待しています。インフルエンサーは、独自の方法でショーコンテンツの魅力にオーディエンスを引き込むことが求められます。つまり、ジャーナリストは報道すること、インフルエンサーはストーリーテラーであることにそれぞれ注力すべきだと思います。個人的には、事実性のある報道的なアプローチにユーモアを交えて、気軽な方法で発信するように心掛けています。ギフトや報酬を受け取るよりも、ブランドが私の発信方法を気に入り、感謝を伝えてくれた時にやりがいを感じられます」。

メディアから見て、インフルエンサーに対して批判的な意見もあるが、彼らがファッション業界で重要な立ち位置を作り出したのは事実である。ウクライナ版「ヴォーグ」のファッション・ディレクター、ヴェニャ・ブリカリンは的確にジャーナリストとインフルエンサーの役割の違いについて話した。「インフルエンサーは雑誌よりもはるかに効率的かつ迅速に、オーディエンスの日常の選択を助けていると感じます。意欲的な消費と欲求を形作ることにインフルエンサーが深く影響を与えていることは、エキサイティングでさえあります。とはいえ、ジャーナリストは独自の視点と文脈、専門知識、そしてビジネスもしくは社会の事象といった全体像を示す役目があり、物事を理解する必要性という点で、業界で力を維持し続けるでしょう。ジャーナリストがコレクションを批評する余地は少なくなっていますが、それは読者が必要としていないからで、何が良いか悪いか他者の意見を人々は求めていないのです」。

ファッション業界に限らず、デジタルに特化した新しいポジションは従来型の職種と対立構造になるケースも多い。しかし、テレビではなく、新聞でニュースを読みたい人がいるように、時代に応じてそれぞれに異なる需要と役割があり、互いは牽制する存在ではないはずだ。新しい職種とサービスは次々と生まれ、不要なものは淘汰されていくのが自然の摂理である。デジタル化の波やインフルエンサーの台頭によって今、ジャーナリズムは真価を問われているのかもしれない。世相を反映するファッションが社会の事象をどのように映し出しているのか、文化や歴史との関係性、そしてコレクションの背景にあるデザイナーの想いなど、視覚できない情報を言語化し、ファッションと人々を異なる視点で結ぶのがジャーナリズムの本来の役割である。ファッション・ショーをリアルタイムで誰もが視聴できる現代だからこそ、目には見えない部分の情報の価値は高まっていき、ジャーナリズムの真価が発揮されるはずだ。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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