マリリン・マンソンやG-DRAGONもお気に入り 日本発のシルバーアクセサリー「ファンゴフィリア」とは?

マリリン・マンソンやG-DRAGON、ジェイデン・スミスなど、世界的アーティストからも支持されるシルバーアクセサリーブランド「ファンゴフィリア」。日本発のブランドであるにも関わらず、顧客のほとんどが海外だ。そのデザイナーである英太郎(はなぶさ・たろう)は、元歯科医という経歴を持ち、歯科治療で用いられている型取り、金属加工の技術を生かしてカスタムシルバーアクセサリーの制作を始めた。現在、東京のイーストサイド・葛飾区にアトリエを構え、制作を続けている。なぜシルバーアクセサリーブランドを始めることになったのか。またどのようにして海外で人気となったのか。その秘密に迫る。

——もともと東北大学の歯学部を卒業後、歯科医師として勤務していたそうですが、そこからシルバーアクセサリーブランド「ファンゴフィリア」を始めるまでの経緯を教えてください。

英太郎(以下、英):高校生の頃は漠然と「いい大学に入って、いい仕事につく」ことが成功だと考えていて、医者を目指していたんです。でも、国立大学の医学部だと偏差値的に厳しくて、東北大学の歯学部に入りました。大学が6年、そこから研修医をして、大学入学から歯科医師として働けるまでには8年ほどかかりました。それから東京に出てきて、最初は普通の歯科医院で歯科医師として働き始めました。そこで3年ほど働いたんですが、だんだんと自分のライフスタイルと合わないなと感じてきたんです。

もともとは大学時代から好きなものが2つあって、1つはタトゥーやピアスなどの身体改造。当時は雑誌の『BURST』が好きで読んでいましたし、そこに憧れもありました。もう1つは海外旅行で、学生時代はバックパッカーもしていて、その経験から今まで絶対だと思っていた価値観が揺らいで、何が幸せかみたいなことを考えるようになりました。だから、大学時代のバックパッカーの経験がなければ、今でも普通に歯医者をやっていたと思いますね。

そうした思いもありつつ、歯科医師をやっていたんですが、身体改造も海外旅行も当然ですが、自由にはできなくて、それがストレスになってきて。それで身体改造も海外旅行も自由にできる仕事って何かと考えていた時に、海外のラッパーが歯にジュエリーを付けているのを見て、歯医者だから自分でもできるんじゃないかと思い、実際に型をとって作るカスタムシルバーアクセサリーをスタートしました。当時は海外でそういうのを作っている人はいたんですが、日本ではまだ少なかったし、歯科医師の資格を持っている僕が作れば、さらに良いものができて注目されるのではと思ったんです。それが2011年。だからアクセサリーが好きというよりは、自分がやりたいライフスタイルを実践するために始めました。

マリリン・マンソンとの出会いが大きなきっかけに

——そこから独学でシルバーアクセサリー作りを始めたんですね。

英:最初は本当に趣味程度で、これで食べていけるかもわからなかったので、歯科医師の仕事を週3日ほどしながら作っていました。当初は歯のアクセサリーだけだったんですが、どうせ型をとるなら指や顔とかもやってみようと思って、どんどん作るパーツが広がっていって。最初は売れても売れなくても、面白いものを作ろうという発想でしたね。次第にアーティストの撮影などで使われるようになって。当時はInstagramで告知していましたが、それだけで生活はまだできなかったです。

——ちなみにブランド名の「ファンゴフィリア」の由来は?

英:「ファング(牙)」と「フィリア(愛好)」を組み合わせた造語です。適当につけたんですが、ここまで成長するとは思っていなくて。途中でブランド名を変えたいなって気持ちもあったんですが、意外と海外の人に褒められて、ダサいって思われないならいいやっていう感じで使い続けていますね。

——実際、いつ頃から軌道に乗り始めたんですか?

英:ブランド初めて2〜3年目くらいですかね。当時、原宿の古着屋「ドッグ」に商品を扱ってもらっていたんですが、そこにレディー・ガガが来店して、僕の鼻や耳とかのアクセサリーを気に入ってくれて、Instagramで紹介してくれたんです。それで海外の知名度が少し高まりました。その後くらいから海外にも行きだして、そこで受注するようになりました。

それで6年前にLAで展示会をしていた時に、突然マリリン・マンソンからInstagramでメッセージがきて、「すごく興味があるから○日の○時にこの場所に来てくれ」と言われたんです。本人かどうかも疑いながら指定された場所に行ってみたら、本当に本人がいて、そこでアクセサリーもたくさんオーダーしてくれたんです。実際にその場でマンソンの歯や鼻、指の型を取ったんですが、けっこう緊張しましたね(笑)。ちなみに、僕もマンソン本人にタトゥーを彫ってもらいました。

その時に、「ここは親友の家なんだ」と言われて誰なんだろうと思ったら、実はそこがジョニーデップの家で。本当に信じられない話なんですけど、マリリン・マンソンとジョニー・デップの家で初めて会うという奇跡的な体験をしました。日本にいるとないですが、LAだとちょっとしたことで、世界的スターとつながることができて、アメリカって本当に可能性があるんだと実感しましたね。

それでマンソンのInstagramにも紹介してもらい、その頃からより多くの人に認知されるようになってきました。G-DRAGONやジェイデン・スミスなど世界的アーティストからもオーダーがあったり。実際に会って型を取るので、けっこうな勢いで著名人と会いましたね。僕の性格的にも人と会ったり、繋がるのが好きなので、普通じゃできない経験ができたのがすごく楽しかったです。それでようやく歯科医師をやめて、アクセサリーだけで食べていけるようになりました。

——そんなミラクルな展開があったんですね。ちなみに現在、人気のパーツはどれですか?

英:やはり知名度が高いのもあって歯が人気です。でも歯のアクセサリーブランドって他にもいっぱいあって、「ファンゴフィリア」が受けたのは、歯以外の顔や耳、指などのボディパーツも、カスタムで作っているからなんです。そういうのをわかってくれている人は、耳とか指とかオーダーしてくれる。顔のマスクはたまに依頼されますが、基本は撮影用ですね。

——実際、海外のお客さんが多いんですか?

英:Instagramは10万近くフォロワーがいるんですが、男女の比率は半々で、日本人は3%くらいしかいない。だからフォロワーの中には、日本のブランドだと知らない人も多いと思います。実際にここ5年ほどは1年の半分は海外で過ごしていました。アメリカやヨーロッパ、シンガポール、タイ、香港、台湾はすごく人気。まだ参入できていないのが中国市場で、ここは誰かの協力がないと難しいかなと思ってはいるんですが、来年には狙いたいですね

——コロナ禍で海外に行けなくなって、ビジネス的には大変なのでは?

英:お客さんに会わないとオーダーを取れないスタイルなので、収入面ではダメージがありました。ただ、最近は既製品も作り始めました。まだ型数は少ないですがある程度サイズ展開ができてきて、少しずつセレクトショップへの卸しやウェブ経由での販売もできるようになりました。セカンドライン的な位置づけで、今も新規で5〜6デザイン作っていて、全部で10デザインくらいの展開を考えています。今後のことを考えると、コロナを機に既製品にも取り組むようになり、今までの仕事を見直す良い機会になったとプラスには捉えています。

全身のタトゥーは絆の証

——先ほどのマリリン・マンソンをはじめ、英さんの全身にはタトゥーが入っていますね。

英:背中はまだ全然入っていなくて、最後にとってあります。タトゥーは世界中の有名なアーティストに彫ってもらっています。それも彫り師とお客さんという関係ではなく、アーティスト同士という関係で出会えたんですが、それが嬉しかったです。自分が好きなアクセサリーを作っていたら、タトゥー好きの人にも支持されて、大好きなタトゥーコミュニティとも繋がれて。ある意味で、タトゥーは絆の証みたいな感じです。それも最初から狙っていたわけではなく、全て偶然が重なった結果で。

——ちなみにどなたに彫ってもらっているんですか?

英:全部バラバラで、胸と右腕はNissacoさん、右腕の猫はKat Von Dさん、左腕はGAKKINさん、首はLewisinkさんに彫ってもらいました。基本的にデザインはお任せです。後、左足にはGAKKINさんの娘のNOKOちゃんにもワンポイントで彫ってもらっています。

——もう一つ身体改造(インプラント)もやられていますが。

英:インプラントはよく何のためにやっているのって聞かれるんですけど、特に理由はなくて(笑)。ただやりたいからやっているという感じです。最近は手にマイクロチップを埋め込んだんです。このチップには少量のデータが保存できるようになっていて、機密性の高いデータを入れておくと良いそうなんですが、現状僕はそんなデータもなくて、ただチップが入っているだけという感じです。

ゆくゆくは、手にSuicaなどの交通系ICチップを埋め込んで、日本初のSuica内蔵人間になりたいなと思っています。実際にそれは進めていて、体にどうやったら内蔵できるか、海外のメーカーと取り組んでいるところです。

——それはぜひ、実現してほしいです。最後に今後について教えてください。

英:今後はカスタムも既製品も良いバランスでやっていきたいです。既製品が売れれば、もっと時間ができるので、新しいものを作れる。ある意味、初心に戻るというか、誰も作っていない、もっと変なものを作りたいですね。

英太郎(はなぶさ・たろう)
1980年生まれ。東北大学歯学部を卒業後、歯科医師免許を取得。歯科医師として勤務するかたわら、歯科治療で用いられている型取り、金属加工の技術を生かしてシルバーアクセサリーの制作を始める
http://fangophilia.com
Instagram:@fangophilia

Photography Kazuo Yoshida

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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