オタクとは何か――21歳のアーティストJUN INAGAWAの姿勢

漫画タッチのイラストで、さまざまなブランドや音楽アーティストとコラボレートしながら、個展も開催し、あらゆるアートプロジェクトにも参加する。今やJUN INAGAWAのイラストや漫画は、SNSやネットに触れていれば1度は見たことがあるだろう。いわゆる“オタク文化”を全面に押し出した表現のようだが、彼の作品には俗にいうアキバっぽい絵とは異なる個性がある。
10代の多感な時期をサンディエゴで過ごし、LAのストリートカルチャーと密接な交流を持ちながら漫画に目覚め、現在は東京を拠点に活動している21歳のアーティスト。JUN INAGAWAはオタクをどのように捉え、何をルーツカルチャーに持ちながら東京の第一線で活動しているのか。その源流を探りたい。

絵を描くのは好きなものに忠実だから

――JUNさんはイラストレーター、漫画描きとして活動されていますが、すでに多くのストリートブランドとコラボレーションを果たしています。特に今年は「ネイバーフッド」とのコラボレーションで個人的にも驚きました。現在21歳、日本に活動拠点を移してから数年で今に至るわけですが、この現状についてどう感じていますか?

JUN INAGAWA(以下、JUN):正直、メンタル的に追いついていないような状況です。「ネイバーフッド」に関しても実感があんまりないんですよ。「コラボしてんだ、オレ!?」みたいな。そもそも「ネイバーフッド」のインセンスチャンバーが好きで買いに通っていて、たまたま滝沢さん(「ネイバーフッド」代表、滝沢伸介)を紹介されて、何か一緒にやろうよって流れでコラボが成立していったんで、最初は自分でいいのかなって思いましたよ。というのも、「ネイバーフッド」のアイテムにアニメの女の子が描かれるのは初らしくて。でもこのデザインを提出した時に、滝沢さんは娘さんの影響でちょっとアニメが好きになっていたのもあっておもしろがってくれたんです。ある意味タイミングが良かったのかもしれません。自分にとってはすごく良い経験になったし、本当にありがたい限りです。他にもいろんなブランドとコラボさせてもらいましたけど、同じく実感はあんまりないです。オレがやっていることって、ここ(部屋)で絵を描いてPCからデータを送っているだけなんで、「やったぞ!」って感じがしないんですよ。周りからすごいですねってことを言われても「はぁ、そうですか」って(笑)。

――今の東京の若手アーティストという観点から見ると、事実としてJUNさんはシーンを代表する1人になっていると思いますよ。

JUN:そうなんですかねぇ。今の世代を見渡せば、例えばYouthQuaketokyovitaminCreative Drug Storeといった人達が活躍しているじゃないですか。きっと彼らは東京に伝説を残していく新しい人達なんでしょうけど、そこを意識せずに活動しているからかっこいい。ただ好きなように仲間内で好きな音楽や制作をやっていたら、シーンにいる上の世代や周囲にも気に入られて名前が知れわたっていった感じじゃないですか。自分に置き換えてみれば、「ネイバーフッド」とコラボできたりBiSHのアートワークを描けたってことなんでしょうけど、そんな風に自然体で自分を表現しているヤツらっていうのは今後もどんどん出てくると思います。オレはシーンで活躍するために絵を描いているわけではなくて、自分が好きだと思ったものに忠実であるだけなんです。生み出すものや考え方、受ける仕事にしても、自分だけの世界と基準があって、そこから一切出ないっていう。ブランドにしろ、アーティストや人物にしろ、ちゃんとバックグラウンドを自分が知っていて、かっこいいと本心から思える相手と一緒にやっているんですよね。

裏表のない正直に生きる女の子を表現している

――コラボやアートワークには女の子のイラストが描かれることが多いですよね。特にインスタグラムなどでもたびたび登場する“魔法少女”のキャラクター、これがJUNさんを象徴する存在だと思うんですが、設定やストーリーなどがあったら教えてもらえますか?

JUN:あんまり細かな設定を決めているわけじゃないんですけど、日本の魔法少女のアニメってかわいくて強いパーフェクトな人物像として表現されることが多いじゃないですか。オレが魔法少女を描くのであれば、もっと自分に正直で人間くささが残っているほうが良いと思って描き始めて。そしたら、いつのまにかタバコを吸ったりドラッグをやったりしちゃっていたんですよ。今までそういう正義感が強い魔法少女のアニメを観てきた時に「かわいい女の子だっていってもさ、どうせ裏じゃいろいろやってんでしょ」って感じで変に深入りした視点で捉えていたんで、じゃあ、その裏側も含めて描けばいいやって。だから、このキャラクターや作品から何かを訴えたいとか、そういう深い意味を持たせているわけじゃないんです。もともと女の子が登場するアニメが好きで女性を描くことが多かったので、その延長としてのキャラクターですね。

――どんなアニメや漫画を観たり読んだりしてきたんですか?

JUN:魔法少女で言えば『魔法少女まどか☆マギカ』が世代でしたね。あと『撲殺天使ドクロちゃん』というアニメがあるんですが、ちょっとグロい描写もあって、オレが描いている世界観に近いです。かわいいけどバイオレンスなことをする、本能に忠実に動く女の子像を描きたいと思っていたんですよ。だから、オレが描く魔法少女は正直に生きてる女の子なんです。こんな風に真面目に考えたのは初めてですけど(笑)。

――そもそもアニメや漫画を好きになったのは?

JUN:小学校の頃からそういう節はあったんですけど、がっつりハマったのは中学生からです。具体的な作品を挙げると、漫画『kiss×sis(キスシス)』です。もう、これを読んだ瞬間に覚醒して「これだ!!」と。そこから一気にのめり込んでいきましたね。漫画『ハヤテのごとく!』を読んで、具体的に自分の好きな世界観を自覚し、さらにハマって。ハルヒ(『涼宮ハルヒの憂鬱』)、『CLANNAD(クラナド)』『Angel Beats!(エンジェル ビーツ)』などの有名作もバーっとひと通り通って。

――やはりアニメ作が多めですね。

JUN:そうですね。初めて全巻買い続けている漫画は『進撃の巨人』なんですよ。買い始めた頃は13歳くらいで、そんなに注目されてもいなかったんですけど、20歳を越えた今でも連載されていて読み続けているっていうのはいいですよね。そこからダークファンタジーものも好きになっていき、『東京喰種トーキョーグール』だとか。数えきれないぐらいのアニメと漫画を観ているんで、好きな作品を挙げだすとキリがないんですけどね。『ラブひな』も好きですねー。これは年上の人から教えてもらって読んで。花沢健吾さんの『ルサンチマン』とか『ボーイズ・オン・ザ・ラン』も好きですよ。特に『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は映画化されていますけど、峯田さん(銀杏BOYZ・俳優の峯田和伸)が大好きなんで。

大きな影響を受けた
銀杏BOYZとTHE MAD CAPSULE MARKETS

――今、名前が出ましたけど部屋中に銀杏BOYZTHE MAD CAPSULE MARKETS(以下、マッド)のレコードやグッズがありますよね。マッドはもう活動していないバンドで世代に違うのにすごい量だなと(笑)。

JUN:マッドは2、3年前に知ったんですよ。ヒップホップやアニソンを聴いていたんですけど、マッドから日本のロックを知ってハマって。そして、ブルーハーツから銀杏BOYZを聴き始めて。そのルーツを求めてグリーン・デイオアシスと広がり続けている感じです。マッドはよく聴きますね。大好きです。

――マッドはいわゆるAIR JAM世代に活躍したレジェンドバンドの1つなわけですが、JUNさんにとってどこに魅力に感じましたか?

JUN:なんていうか“悪さ”みたいなものがあるじゃないですか。聴いちゃいけないようなものを聴いてるようなワクワク感があったんですよね。それに初期と後期で作風がどんどん変わっていく。その振り幅のすごさにグッときました。一番好きなアルバムは『4 PLUGS』(1996)で「神KAMI-UTA歌」と「消毒 S・H・O・D・O・K・U」をよく聴きますね。もうマッドは観れないので、今、剛士さん(上田剛士)がやっているAA=のライヴを観にいったりしたんですけど、衝撃でしたね。

――そこでいくとマッドやAA=と銀杏BOYZでは、ロックで考えると大分方向性が異なるサウンドですよね。

JUN:確かに、銀杏BOYZとマッドをどっちも同じように好きで並行して聴いている人は少ないかもしれないですね。でも、アルバム『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』(2005)は自分にとっては初めて出会う衝撃みたいなものがあって。「あの娘に1ミリでもちょっかいかけたら殺す」とかアルバム『DOOR』(2005)収録の「あの娘は綾波レイが好き」だとか、あの独特の世界観にハマって、峯田さんが大好きになり、出演している映画やドラマも観て、いろんなインタビューを読んで。さらにそれで終わらず、山形県にある峯田さんの実家、「峯田電気」にまで行きましたもん。

――それは相当好きな証ですね(笑)。

JUN:店内に峯田和伸さんコーナーが用意されていて、寄せ書きノートみたいなのものもあって。オレも一応描いてきました(笑)。その時に買い物したレシートをゴイステ(GOING STEADY)の『青春時代』のフライヤーと一緒に額に飾っています。

――JUNさんのもう1つのルーツと言えばLAストリートカルチャーです。LAを拠点にされている時期に「ヴィーローン」とコラボしたり、エイサップ・ロッキー「シュプリーム」周辺のスケーターとも交流を持っていますよね。

JUN:そうですね。これも自分のルーツです。「ファッキンオーサム」が好きで、シュプリームクルーの絵を描いてインスタに投稿していたらナケル・スミスから「おもしろいね、絵ちょうだいよ」って連絡が来たんで渡して。その後、ショーン・パブロがやっているブランド、「パラダイス」から連絡をもらって一緒にアパレルを作ったりして。そこからですね、さまざまな広がりができていったのは。

好きなものがあってそれを大切にしている人はみんな、オタク

――ちなみに、このTシャツにもありますけど、最近SNSでもよく見る“AKIBA POST”というのはJUNさんのブランドのようなものですか?

JUN:いえ。これは今後やろうとしてる空想新聞媒体の名前ですね。ニューヨーク・ポストの秋葉バージョンで、『アキバ・ポスト』なんです。このメディアでは、2030年の秋葉のことを新聞にしようと思っているんです。実際にオレの漫画にも出てきていて、キャラクターが読んでいる新聞は『アキバ・ポスト』って名前なんですよ。そのあたりもつなげていきたいし、内容としては未来の秋葉のできごとを描く予定です。完成したらZINEのような感覚で出したいです。SNSで露出していることの伏線回収的な形で。

――ストリートと交流を持ち、いわゆる秋葉原を中心とする“オタクカルチャー”も押し出しながらファッションシーンで活躍しているというのはかなりまれなことだと思います。JUNさんが考える“オタク”について教えてもらえますか?

JUN:オレが考えるオタクって、カテゴリーではなくてライフスタイルなんですよね。夢中になれるくらい好きなものがあれば誰でもオタクだって思っています。日本のアニメカルチャーとヒップホップやストリートをミックスさせて、萌えとストリートの融合っていうイラストをSNSに投稿するのが一時期はやったんですけど、あの表現と自分のやっていることは違うんですよね。けっこう勘違いされちゃうんですけど……。自分がやっているのは、カルチャーをミックスさせた絵を描くことではなくて、もっとストレートに好きなものを描いているだけなんです。それが偶然にもアニメとヒップホップやストリートが融合しているように見えているというだけ。日本でオタクは、萌え萌え系とか秋葉系というイメージがあると思うんですけど、そこの捉え方が自分とは異なると思います。

夢は峯田さんの何かに関わること

――JUNさんの描く世界観の中で重要な要素として、“秋葉原”という街があると思います。秋葉原はやはり好きですか?

JUN:好きです。秋葉原だけ他の街とは違うんですよね。人の感じ、街の動き方、生活とかも同じ日本とは思えないくらい。違う国に行っているみたいで楽しいなってずっと思っていました。最近は一部が観光地化してきて少し大衆化してきていますけど、秋葉原にしかない魅力があるんですよ。ファッションに関してもその土地ならではの文化で根付いてきたムーブメントがある感じがするんです。長時間歩くから「ニューバランス」を履くだとか。着る洋服に関してもしっかりバックボーンがあって、トレンドや周囲を意識せず、生活に寄り添いながら理にかなう形で確立されてきたものがあるので。そこを拠点に生活してきたオタクのカルチャーはやはりおもしろいしかっこいい。そんな全体的な雰囲気含めて秋葉原が好きですね。

――今後、描きたい絵やアートなどはありますか?

JUN:さっきの『アキバ・ポスト』がまず1つ。今後は絵だけではなくコラージュもやりたい。ウィーアード・デイヴがやっている『FUCK THIS LIFE』のZINEはすごくかっこよくて好きですし、昔のアニメなどを素材に、全部アニメの女の子で新しいコラージュ作品を作ることができたらおもしろそう。絵でいうと、今描いているのは、ザ・タイマーズのアートワークにインスパイアされた構図です。

――最後に、JUNさんが今目標や夢としていることを教えてもらえますか?

JUN:なんでもいいから銀杏BOYZの何かに携わりたいですね。もうジャケットとかは恐れ多過ぎるんで、掃除とかでもいいし、完成したデータの入稿作業とかでもいいです(笑)。それぐらい峯田さんに憧れているんですよ。峯田さんに少しでも関わることができたら最高です。

――愛ですね。対談の話がきたらどうしますか?

JUN:そりゃやってみたいですしお話してみたいですけど、緊張してガチガチに固まると思いますよ。そんな大きなことじゃなくていいんです! 銀杏BOYZの何かの入稿作業をやらせてくださいっていう、もうそれだけでもいいというか(笑)。何か関わることができたら涙出るくらい嬉しいんで。

JUN INAGAWA
1999年生まれ。東京都出身。2012年にサンディエゴへ移住。2018年からは、再び東京に戻り活動中。アパレルブランドとのコラボレーションやミュージシャンへのアートワークの提供など、新たなオタク像の在り方を提示する。
Instagram:@jun.inagawa
https://www.instagram.com/jun.inagawa/

Photography Hidetoshi Narita

author:

田島諒

フリーランスのディレクター、エディター。ストリートカルチャーを取り扱う雑誌での編集経験を経て、2016年に独立。以後、カルチャー誌やWEBファッションメディアでの編集、音楽メディアやアーティストの制作物のディレクションに携わっている。日夜、渋谷の街をチャリで爆走する漆黒のCITY BOYで、筋肉増加のためプロテインにまみれながらダンベルを振り回している。 Instagram:@ryotajima_dmrt

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