48mm四方の曼荼羅――日本から世界へ広がる自作シールカルチャー

「ビックリマン 悪魔VS天使シール」に「レスラー軍団抗争Wシール」など、1980年代後半に日本の子ども達の間で大ブームを呼んだ、お菓子のおまけシール。そのDNAは時を経て、“自作シール”という新たなカルチャーとなり、盛り上がりを見せている。個性豊かな作家達の手によって、48mmの正方形の中で広がる創造の世界は、あたかも曼荼羅のごとし。今や日本を飛び出し、アジアに飛び火し、ファンとファンとをつなぐ新たなコミュニケーションツールになっている。ただのノスタルジーではなく、常に最新の表現技術と最高のクオリティを求めて進化を続ける自作シール。その最前線に迫る。

おまけシールブームの沈静化と、自作シールの夜明け

本来、お菓子の購買意欲を高めるための付属品に過ぎなかったおまけシールに、一大転機が訪れたのは1985年。ロッテがかねて展開していた「ビックリマンチョコ」シリーズの第10弾として発売した「悪魔VS天使シール」が、異例の大ヒットを遂げる。まるで創世神話のように複雑で壮大な世界観、個性豊かなキャラクター、そしてレアという概念が絡み合った同タイトルは、日本中の子ども達を巻き込み社会現象にまで発展。これにより1980年代後半には、ベルフーズの「レスラー軍団抗争Wシール」やフルタ製菓の「ドキドキ学園 開運軍団vs妖怪軍団シリーズ」他、種々雑多なタイトルが乱立する、おまけシールブームが到来する。

だが時代の変化は無情で、次々と新たなるホビーが生まれては消えていくのが常。1990年代前半にはブームも沈静化を迎える。その後の1999年、「ロッテ」から「ビックリマン2000」が発売され、再びおまけシール界隈が盛り上がっていくのと同時に、当時のブームをリアルタイムで体験していた人々を中心に、新たなカルチャーの輪が広がっていく。“自作シール”の夜明けである。

創作の源は、作りたい・表現したいという初期衝動

そもそも“自作シール”とは文字通り、自分で作ったシールの総称のことなのが、現在では“おまけ風シールを自分で作ったシール”という意味でも、浸透してきている。

「1990年代後半から同人即売会で、おまけ風シールを自作して頒布するという文化が誕生し、花開いたのは2000年代に入ってから。自分自身が自作シールに関わるようになったのが、2013~2014年頃。まだ日が浅いこともあり、おこがましいという気持ちが大前提にありますが、自作シールを扱うまんだらけの担当として語らせていただくと、同人誌やZINEと同じように、あくまで作家自身の作りたい、表現したいという初期衝動から生まれたものが“自作シール”だと捉えています」。

そう話すのは、創作シール委託通販サイト「シール横丁」を運営する、まんだらけの中津誠貴。日本各地でそれぞれ活動していた作家とファン、また同時に作家同士をつなぐハブとしての役割を担うべく誕生したのが同サイト。その責任者を務める彼は、こう続ける。

「同人サークルのMOOK-TVさんが『自作シールのススメ』という同人誌を作っていますが、そこでも2000年前後に第1次自作シールブームが到来していたと書かれています。当時から作家はたくさんいましたが、2次創作系が多く、オリジナルの作品を作っている人はまだ少なかったようですね」。

ここでいう2次創作系とは、本家「ビックリマン」をはじめ、アニメ・漫画・ゲームなどの創作物に登場するキャラクターのパロディを指す。ではオリジナルでデザインされた、おまけ風シールだったらすべて自作シールとなるのか? 近年では、ネギオコーポレーションの「ラーメンラリーシール」や、イヒカの「大和神伝」など、個人の枠を超えた企業が母体となり、おまけ風シールを展開するケースもある。まんだらけも「境外滅伝」というシリーズを販売していた。門外漢は、これらも等しく自作シールにカテゴライズされるように思いがちだが、実際は違う。

「どれもグリーンハウスさんなど、プロのデザイナーに然るべきギャランティを支払った上で、製作・運営されているシール企画なので“自作シール”というカテゴリーからは、はみ出すと感じました。言うなれば、“現代によみがえった、おまけ風シールのニューウェーブ”という捉え方が妥当なのかなと。レコードで例えるとわかりやすいのですが、自作シールはインディーズの新譜にあたります」。

一方では、インディーズだからこその“おもしろいもん勝ち”なクリエイティブ精神のゆえに、マッシュアップ(既存のキャラや要素同士をミックスしたもの)や、素材や色を変えたブートレグなど、権利問題に抵触しそうなものも存在する。だが、あくまで個人的な趣味として作るという前提があるため、その可否を問うのはナンセンス。9月に「まんだらけ」から発売された、2000年から現在に至るまでの自作シールカルチャーの歴史をまとめた書籍『自作シール本』にも掲載は控えられているものの、紹介できないのが残念なほど個性的なシールも数多い。

「この『自作シール本』では、残念ながら2次創作系のシールは掲載できませんでしたが、その自由さとフリーキーさには引かれてしまいます。偏愛と妄想を48mmの中に押し込んだ、それらの作品が存在したからこそ、ここまで自作シールというカルチャーが自由に、そして大きく成長したのだと思っていますし。これは私だけではなく、自作シールに関わっているすべての人達の共通認識ではないでしょうか」。

自作シールコミュニティの拡大化。進化するクリエイティビティ

自作シールに興味を持つ人々が徐々に増え始めたことで、コミュニティは拡大。その結果、2006年頃から各地でシールイベントも開催されるようになっていった。まんだらけも2016年から「さん家祭り」という名の自作シールの即売、交換、交流を目的としたイベントを、年1回のペースで開催している。2020年は、新型コロナの影響で実イベントは中止となったものの、オンラインで開催されることに。イベント開催当日、全国の自作シールファン達のタイムライン上で、“#さん家祭り”がホットワード入りしていたことも記憶に新しい。

「さん家祭り」の第1回が開催される直前の2014年~2016年が、第2次自作シールブームにあたり、この時期から新規参入した作家も多い。現在はさらに、シーンで活動する作家人口が微増傾向。1998年から活動しているホビット商店を筆頭とした実力派の作家達に、追いつき追い抜けと、技術向上に励む新人作家達。こうして新陳代謝を繰り返しながら、シーンは支えられている。

ではここで、いかに自作シールが進化しているかを知るために、「TOKION」が注目する作家達と、その作品をいくつか並べてみよう。

まずは、2008年頃から活動を始めた、ハッピー城/モザ。まず驚くのは、引き出しの多さである。ストレートに格好いいと感じさせる「ウイングマンシール」から、フリーメイソンに秘宝館などのディープなネタまでを網羅し、サブカル好きをとりこにする。また、見る角度によって絵柄が変化する、レンチキュラー素材を最大限に活かした「秘密結社シール」。さらに丸型や6角形などの変則的デザインを採用するなど、常に革新的なアイデアと駄精神の融合に挑戦している点においても、シーンを代表する1人といって間違いないだろう。

グラフィックデザイナーを本業とする、キトライライヘイ。007年頃からなじみのロックバーで、ヘビーメタルミュージシャンをビックリマン風に描いて仲間内に披露していたのがシール制作の始まり。本格的な活動は2013年頃から。自作シールファンのみならずヘビーメタルファンの間でも知られている。オーパーツ×ヒーロー、カレーなど斬新なモチーフ選びと、かわいらしいデフォルメが渾然一体となった作品を発表。仏像をモチーフとした「ホトケサマンシール」においても、彼の持ち味が遺憾なく発揮されている。

2014年から活動を開始した、OHTシール/オートマン。その偏執的なまでに精緻なデザインと複雑な版使いを見事に具現化してみせた「アーサー王伝説」は、自作シールファン達に大きな驚きとともに迎え入れられた。プリズムに金銀の箔押しにラメ印刷と、印刷を自前ではなく業者に任せることで生み出されるシールの完成度は非常に高く、48mmの制約を最大限に極めた作品となっている。かのシリーズは現時点でまだ未完。今後どのように表現技術が進化するのか、そしてどのように物語が完結を迎えるのか、今から楽しみだ。

この他にも、造形師ピラヲとユニットを組んで、立体物とセットで展開する、善滅文化教材社/ドク、自作漫画と同時進行で世界観を広げる、Drドクロンの野望/バクリッコ、ダイス型にキャラを配置した、超能力ボーイズ/ユリ・ゲ郎……揺るぎない実力と類まれなるアイデアを持った作家はまだまだ存在するのだから、実に奥深くおもしろい。

海を越えてつながる48mmのコミュニケーション

さて、このようにカルチャーとして日々、成長を続ける自作シールだが、全世界に広がっているとはまだ言い難い状況にある。そんな中、日本同様にブームの萌芽が確認されているのが香港。2019年には、不安定な情勢下でも、自作シール即売会「第一届香港貼紙展2019」が開催され、自作シールとカルチャーを愛する人々が集った。当地に赴き、現地の熱気を肌で感じてきた中津さんは語る。

「香港では、日本のおまけシール付きのお菓子が販売されていたと聞いています。ですので、日本のユーザーと同じように、幼少期からおまけシールにはなじみがあるようです。そういう意味でも、おまけシールなど駄カルチャーに対するメンタリティがわれわれに近く、そういった土壌がすでにできあがっていたからこそ、自然と受け入れられたとも言えます。実際、この香港での自作シールのカルチャーも日本から伝わったのではなく、あちらから『自分達もこういうモノを作っている』というアピールがあって、われわれも知りました」。

上記2作品は、香港の作家によるもの。中国神話から題をとったモチーフや、日本と酷似しながらもお国柄を感じさせるデザインや色使いなど、自作シールのおもしろみの1つであるローカライズも色濃く感じられ、実に興味深い。最後に、中津さんに自作シールの未来について尋ねた。

「芸能人やアーティストなど、これまでおまけシールに興味がなかった人々の間でも、おまけシール風の名刺シールを作って、コミュニケーションツールにするのが楽しいという文化が芽生えてきています。なので、そこからさらに深掘りし、自作シールへとたどり着く人が出てくると嬉しいですね。そして、今後はアジアから欧米、そして世界中にこのカルチャーが広がることを期待しています」。

かつてインドからシルクロードを通って中国にもたらされた仏教は、海を渡って日本でも広がった。その一派である密教において、仏の悟りの境地、森羅万象を文字や絵を使って抽象的・象徴的に表現するために描かれた曼荼羅。あらゆる要素を詰め込み表現する自作シールにもまた、相通じるものを感じる。それは再び海を越えて日本から世界へ。新たな表現手段・コミュニケーションツールとしての無限の可能性が、このわずか48mm四方の世界には広がっているのだ。

参考文献 『自作シール本』 
発行:シール横丁事業部 発売:まんだらけ出版部
画像提供 シール横丁事業部

author:

Tommy

メンズファッション誌、ファッションウェブメディアを中心に、ファッションやアイドル、ホビーなどの記事を執筆するライター・編集者。プライベートにおいては漫画、アニメ、特撮、オカルト、ストリート&駄カルチャー全般を愛するアラフォー、39歳。 Twitter:@TOMMYTHETIGER13

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