正しさとは、タブーとは何か 思考を挑発するアートプロジェクト「GALLERY OF TABOO」が始動

外出自粛が日常化し、あらゆる文化的活動の縮小が余儀なくされている。「アートは不要不急なのか?」という問いかけにあなたはどう答えるだろうか。“正しさ”が蔓延する今、世論に一石を投じるアートプロジェクトを紹介したい。

東京・日本橋三越前駅から徒歩2分、表通りからそれた小路へ向かうと控えめな造りのビルが現れた。2年後に取り壊しが決まっている遊休不動産、アートフェア『Gallery of Taboo』の会場、真光ビルだ。建物の3Fへ上がると、真っ白なパンチカーペットが床と壁一面を覆う。小部屋が上階まで連なる、集合住宅とも戸建ての一部ともとれる見慣れない空間に“アート”が配置されている。

同展を主催するのは、昨年、緊急事態宣言下の東京の夜の街を捉えた写真集『Night Order』が記憶に新しいフォトグラファー・小田駿一だ。1年を経た2021年、緊急事態宣言が再び発令される中、8組のアーティストを招集し、地域共生型のアートフェアを企画した理由はなんだったのか。タッグを組むアートディレクター・塩内浩二(CATTLEYA TOKYO)とともににプロジェクトの開催経緯を含め話を聞いた。

社会との接続 
“For others”を拡張する

――昨年、1回目の緊急事態宣言下、写真集『Night Order』を出版されましたが、2回目の緊急事態宣言の発令中に、“アートフェア”という形で本展を開催するに至った背景を教えてください。

小田駿一(以下、小田):1回目の緊急事態宣言が発令される前後で、写真家としてできることはないかと自問自答を繰り返していました。「この事態を記録しなければ」と無我夢中で街に出ると、よく通っていたバーのオーナー達が経済的に逼迫する覚悟で営業を自粛している、荒涼とした飲屋街の光景を目の当たりにして。飲食店の方々の協力と覚悟が逆説的に夜の街の秩序、ある種の「美」を作り出していた。自分が撮るべきものはここにあると感じて、『Night Order』という作品を撮ることに決めました。今まで職人的に写真に向き合ってきた自分にとって、個人の写真作品を作ることは自らの内面、「裸」をさらけ出すようで気恥ずかしく、 “For business”  である商業写真に対し、美術写真は “For myself”(自分のための作品)だと捉えていて。緊急事態宣言中、微力ながらも自分にできることをと、お世話になっているお店に協力してもらい飲食回数券をつけて写真集を出版したことで、ビジネスのためでも、自分自身のためでもない“For others”の写真があることに気が付いたんです。身近な誰かのための行動は、ゆくゆくは社会のためにも繋がっていく。“For others”を拡張した先に、社会と接続する“For society”の写真もあるのではないかと、今回の着想にも繋がりました。

―― “For society”の写真への気付きから、「Gallery of Taboo」というコンセプトに決められた理由はなんでしょうか。

小田:社会を上から見て、大所高所からこういうことが課題だとかいうのは柄じゃないし、リアルじゃない。そして私自身、生来の問題児で心のどこかにマイノリティー意識を抱えて育ってきました。だからこそ社会の中にある“当たり前”や“正しい”とされていることに対する違和感があった。自分自身の真実が写真には写るので、正直な気持ちを社会へのメッセージとして写真に込めたい思うと同時に、作品制作をプロジェクト化、コレクティブ化することで、活動そのものが自分自身の脳の限界を超えるものになるのではという期待もありました。そんな中、ある方から展示を行ってはどうかという助言を頂き、僕自身が今社会と接続するとしたら何をするべきか、問わなくてはいけない問題はなんだろうと考えて「Gallery of Taboo」というテーマにたどりつきました。

つながりと同調圧力による洗脳 心=OSをアップデートする

――“正しさ”への違和感についてもう少し詳しく教えてください。

小田:あくまで私見ですが、ここ20年くらいでインターネットを通じて人同士がつながりやすくなった反面、同調圧力となって価値観がグローバルに平準化されてきている。これはいけない、あれもいけないと、以前にも増してルールで雁字がらめの世の中に向かっていると感じます。そこに圧倒的な情報量の多さも重なり、自ら探して咀嚼する“知恵”ではなく、“知識”をダウンロードする人も増えている状況は、多くの人が洗脳されている状態に近いのではないかと。例えば大麻1つとっても日本では違法=危険なものという認識が強いですが、アメリカだと嗜好品として州法レベルでは合法化が進んでいる。アルコールに関しても、1920年代から30年代に米国で禁酒法の時代はありましたが、今は大衆的に楽しまれる嗜好品になっている。長い目で見れば “正しい”とされていることや価値観は時代の移り変わりの中で変わる相対的なもの。当たり前とされていることを問い直し、自ら考えることを誘発したいという思いがありました。

塩内浩二(以下、塩内):小田さんの意見を踏襲しながら、クリエイティブディレクションの観点でのコンセプトは「人間の心=OSを揺さぶる」こと。設定として遊休不動産の建物=ハードとし、8組のアーティスト=ソフトと見立てています。上下階を往来する来場者が会場を去る時には、緊急事態宣言によって閉じていた“知覚の扉”を開き、自身の固まってしまったOSを見つめ直す “アップデート”を してほしいという想いを込めました。キービジュアルの中心に信号機を忍ばせているんですが、前述の「正しさは時代によって変わる」ように、日本語の「青=正しさ」が表す範囲は時代とともに変遷してきました。「青」という言葉の背景には、青野菜、青物、青葉など緑色のものを青と呼ぶ場合が多かったので、視覚的には「緑」でも、法令で緑信号を青信号と表現するようになった経緯がある。社会的に決まった“相対的正しさ”が“真実の正しさ”と異なっても法律で社会に受け入れられている状況は身近なところでも起こっていると思います。

――“当たり前”を問い直すという意味ではオンライン展示という選択肢もあったと思うのですが、今回リアルな会場での開催を選ばれた理由も気になります。

小田:これは塩内さんに言われたことでもあるのですが、主に二次元であるデジタルに対し、リアルは三次元。次元が1つ増える分、情報量が圧倒的に多いので伝えられることや込められる思いも深く、重くなると思っています。今回のアートフェアでは、陶芸、音楽彫刻、写真など、三次元で体感しないとその作品の十全の状態が理解できない作品も多くある。来場者の方に誠実に向き合い理解してもらうためにも、多少の批判は覚悟でリアルで開催することにしました。

塩内:感染症対策は当然ですし、冷たい静寂のヴァーチャルも時には有効です。ただ今回は温かい肉声でご案内することでコンセプトと熱量を誠実にプレゼンテーションできると考えました。欲を言うと現実が四次元世界(三次元+時間軸)で、デジタルな技術を用いて、並行世界が存在する「五次元」と比較しながらの鑑賞会もあっていい、という気持ちもありますね。

予定不調和で成立した人間交差点

――日本橋の“ビル”という等身大で日常的に見慣れているサイズの空間にアートが存在することに違和感を感じます。これも意図的なのでしょうか。

小田:ギャラリーを借りて展示を創るのであればギャラリストの方がやれば良い。僕等が創る必然性を考えた時、社会共生型の取り組みにすると決めた以上、場所は死活的に重要でした。アートフェアを実施することで、今まで来なかった人が街を訪れ、経済活動が行われて利益がアーティストにも街にも還元される。地域も含め周りの人にとってポジティブなつながり、予想外の接点が生まれたら楽しいなという思いもあり、コロナ禍の影響を大きく受けていた日本橋で、使われていなかった遊休不動産の物件を借りてオルタナティブスペースとして活用することにしました。近隣の地域社会と対立的な構造で語られることが多い70年代からの“オルタナティヴ・スペース(従来の利用目的とは異なる用途で利用されている物件のこと。1970年代にはニューヨークのアーティストが、このような物件の利用方法をし、カルチャームーブメントになっていった)“の文脈を、地域と共存関係にすることで現代版にアップデートしたいという思いもありました。

小田:会場も平場ではなく、アーティストが空間ごと表現できる場所が良いと思っていたので3ヵ月間ひたすら物件を探しました。電話をしたり、登記簿を取り寄せてオーナーに直接会いに行ったり。でも、長期でないと貸せないと言われたり、すでに借りられてしまっていて全然見つからない。もうダメだと諦めかけた時、学生時代の友人がGROWND nihonbashiを運営するNODの建築ディレクターの溝端さんを紹介をしてくれて。さらにそこから三井不動産の人を紹介していただき、真光ビルにたどり着きました。周りの方のご縁でなんとか見つけられた形です。空間全体のディレクションは、Buttondesignの菊⽥康平と村上譲さん。老朽化したビルに真っ白なじゅうたんと西洋の有名美術館の風景を配置するというアイデアで、西洋の歴史ある美術館に配置される評価の確立されたアートに対して、アップカミングなアーティスト達が社会の“正解”を疑い、新しいアートを投げかけている。空間自体も、“正解”は何か問いかけています。

塩内:小田さん自身が人間交差点であり、そのアイデンティティーや遍在はキービジュアルにも表れていますよね。アイデアと移動は比例するといいますが、探す工程の往復運動が結果的に羅針盤となり良い物件に巡り会えたのだと思います。また、菊田さんによる空間コンセプトの元、基調にした「白」という色も、8組のアーティストの色と混ざり合い、良い意味で全体を引き立たせている。フェイクミュージアムが空間コンセプトですが、ターポリンに印刷された西洋美術館のバーチャル画像と室内の蛍光灯が鑑賞する人にリアルにアプローチすることでウィットに富んだ空間様式を生み出し、さらにコミュニケーションを加速させてくれました。

創る、観る、売る、壊す……
「アート」対「人間」の振る舞い
そのアートに心は喜んでいるか?

――8組のアーティストによるコレクティブはどのような成り立ちで?何か基準などはあったのでしょうか。

小田:経済合理性や合理的思考だけに支配されない、脱予定調和ですね。カオスというか。僕等はキュレーターでも、ギャラリストでもなかったので、あまりガチガチに選んだり組み立てたりすることはしたくなかった。コンセプトに共感をしてくれるアーティストやスタッフのみんなと偶発的に出会い、ジャズのセッションのように予想もしていない結末が訪れる。そんな感覚です。人が本質的に感動するためには“違う”ことって大事だと思うんですよ。人と違うものを見ていなければ人と違うものを作れないし、感動させられない。普通の人が理解できないことを言っている人が面白いと思っていて。塩内さんもそうですが、世の中を裏側からみたり、左からも右からも情報をあらゆる方向からDIGしているんですよね。それが真実か真実ではないかはいったんどちらでも良く、世の中の見方が多面的。

塩内:展示会場という交差点で、自分達も想像していなかったコレクティブ、魑魅魍魎(ちみもうりょう)なクリエイター達の接点ができた。本展もカオスエンジニアリングのように仮説検証を立てつつも、予想もしなかった出会いにより予想外のバグ、化学反応が起きていると思います。

――サウンドアート、陶芸、パフォーマンス、写真、刺青、緊縛…人対表現の距離の取り方が参加しているアーティストごと全く異なる印象を受けます。

小田: 1冊の古書を通じて歴史にアクセスできる小宮山書店から始まって、A2Z™の作品は現代アート的文脈も踏まえ美しさも備えたバイアブル(Buyable)なアート。対してBORING AFTERNOONはあらかじめ作品を用意せず、来場者と制作しながら”生活をして“いる。TEMBAは部屋ごと作品を”破壊して”いるし、KAITO SAKUMA aka BATICの空間が“振動”する傍らでSATOSHI MIYASHITAの陶芸作品が“佇んで”いる。写真という古典的スタイルから前衛的な現代美術まで、普通であればセットにならないものが偶発性も手伝って一堂に会している。創る、観る、聴く、鑑賞する、所有する、壊す、売る、売らない……「人対アート」の関係性や振る舞いは本来自由なはず。純粋に美しいと思うだけでもいいし、正解でも不正解でもない間、グレーゾーンで思索できる場になればと思っています。

塩内:アートの商業化と表現の成熟という時代背景の中で、消費対象としてコンテクストが重視され、アートや芸術が複雑化している風潮は否めないと思います。巧みな言葉によってアートせしめられる、ある種の矛盾であり呪いとも言える閉じた業界、限定された作法を唱える人達に対する「Gallery of Taboo」でもありますね。

小田:網膜的な魅力、観念的な魅力、両方あって良い。心が喜んでいるか?何かを感じ取れているか?と。

想像力に頼るしかない 
不自由さが生む対話の可能性

――本展をプロデュースされている小田さんにとって“表現”としての写真はどういった意味を持つのでしょうか。

小田:数多くあるメディアの中でも情報量が少なく不自由ともいえるアナログメディア。俳句に近いと思います。時間も風景もフレーミングされている分、限られた情報から見る人が想像して文脈を継ぎ足したり、こちらで意図していないことを勝手に読み取られる可能性が高い。一方で、これだけ月日が流れていても俳句が残っているのは、人間の想像力―無限の宇宙―に接続しているからなのではと思うんです。松尾芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を読んだら、おそらく時代時代で想像の中の背景が変わるし、音の響き方も変わる。その想像力が彼の作品を昇華し続けている。自分に自信がないからというのもありますが、写真は想像力のアート、人に助けてもらえる芸術だと感じていてます。

――最後に。社会とアート、アートと人、あらゆる関係性が生まれる中、会場に足を運ぶ人がさらに新たな接点を作ることになると思います。「Gallery of Taboo」というプロジェクトを起点に、“アート“は社会にとってどんな存在になっていくのでしょうか。

小田:アートの本質的な役割は「問題提起」だと思ってます。だからこそ、アートは人の可能性を拡張する人間に必要不可欠な豊かさですよね。今回のアートフェアのコンセプトに行き着く1つのインスピレーションに、「思考のための挑発的資料」と銘打たれた『provoke』という伝説の写真同人誌があるんです。1968年の創刊からもはや50年近くたっていますが、そこで目にした森山大道さんや中平卓馬さんの写真に、頭をぶん殴られた。「お前は本気で生きているのか?」「表現の可能性を本気で探しているのか?」「本気で狂いながら生きろよ」と。勝手ながら、そんな痛烈なメッセージが頭によぎりました。自らの怠惰さと堕落に、自己嫌悪に陥るほどに。心の中では社会や自分自身への違和感を感じている人も、環境や個人的な事情で感情や本心に気付かないフリを可能性があると思うんです。鬱屈していたり、行き詰まったりしていてブレイクスルーしたい人はまさにきてほしい。先人が作り出した素晴らしいアートや、今回の「Gallery of Taboo」を通じて、頭をぶん殴られて、思考を挑発されて、自分の可能性を拡張させてほしい。私が今までそうだったように。アートは救いです。

塩内:本展のアーティストA2Z™の作品コンセプト、ヨーゼフ・ボイスが提唱した「社会彫刻(Social Sculpture)」という言葉があります。すべての人間は芸術家であって、行動やアクション1つで社会に幸福を寄与できるという芸術の拡張概念です。今がコロナで自粛しなくてはいけない、行動の幅が狭められてしまう時だからこそ、アートや展示が、自分にもできることないかと行動を喚起し、意識を拡張できるメディアスイッチになれば良いと思う。バタフライエフェクトとも言われますが、集団意識って1万人いると地震を起こすことができるらしいんです。人間が持つ意識の強さって恐ろしくもあり、逆に1人1人が行動して意識を変えていくことが世の中をポジティブに変えていく可能性があるんじゃないかと信じています。まだ見ぬ新しい都会の心象風景を想像しながら今を生きることがとても大事なのではないでしょうか。

外出自粛が日常化し、あらゆる文化的活動の縮小が余儀なくされている。現に美術館や映画館からも足が遠のいていた筆者は「アートは不要不急なのか?」という写真家・小田駿一の問いかけに即座に答えられなかった。美術作品に触れずとも生活に支障はない。当然、不要不急なのではと思いかけたところで、その思考を疑ったことがないことに気が付いたからだ。アートの意味を問うことをせず、無意識の“正しさ”に身を任せてはいなかったか。「Gallery of Taboo」は私達の無意識の思考と常識を映す鏡であり、違和感を受け入れるシェルターだ。世に新たな制約や常識が作られつつある今日、グレーゾーンでの対話が求められているように思う。展示は2月28日まで。

塩内 浩二 
アートディレクター、グラフィックデザイナー・CATTLEYA TOKYO代表。1985年愛知県生まれ。英国留学後、京都精華大学デザイン学部ビジュアルデザイン学科卒。2013年クリエイティブコレクティブ「CATTLEYA TOKYO」を設立。アート/ファッションにおける文脈から、独自のスタイルで様々な分野へのアートディレクション、グラフィックデザイン、映像制作の活動を展開する。2020年9月にはOIL by 美術手帖にて展覧会を開催した。http://cattleya-arts.com/
Instagram : @cattleyatokyo

小田駿一
フォトグラファー。1990 年生まれ。2012 年に渡英し独学で写真を学ぶ。 2017 年独立。2019 年に symphonic 所属。人物を中心に、雑誌・広告と幅広く撮影。アートワークとしては、2020年に緊急事態宣言下、東京の夜の街を撮影した「Night Order」シリーズを発表。2021年には、「Gallery of Taboo」を主催し、新作の「OTONA性 – 百面相化する自己意識の果てに」を発表した。社会との繋がりの中から着想を得て、人の心と行動を動かす「Socio-Photography」を志向する。
https://www.shunichi-oda.com/
Instagram : @odaoda_photo


■「Gallery of Taboo」
会期:1⽉14⽇〜2⽉28⽇
住所:東京都中央区⽇本橋室町1丁⽬5−15 真光ビル 3-5F
時間 : 13:00〜20:00(※最終⼊場は閉場の30 分前まで)
休⽇:なし
入場料 : 無料
協⼒:⽇本橋料理飲⾷業組合/GROWND nihonbashi
Instagram : @gallery_of_taboo

※先着500名に⽇本橋料理飲⾷業組合・GROWND nihonbashi 双⽅が発⾏し⽇本橋エリアで約300 店舗が加盟する「お⾷事券:500円分」を配布。展示での収益の半分を地域経済に還元、来場することで地域の売り上げに貢献することができる。galleryoftaboo.com/

Photography Shintaro Ono


author:

西山萌

編集者。多摩美術大学卒業後、雑誌『PERK』のエディター、デザイナーを経て独立。編集を基点に企画立案、取材執筆、場所作りなど。奥渋谷の本と編集の総合企業・SPBSを拠点に分野を横断し、人やものことが交わる場を作るため編集の新しい形を模索中。 Instagram:@moe.ninnjinnlove

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