「正解がないからこそ、読む人が完成させる」 最果タヒが考える詩の読み方

「最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」の展示風景

詩人の最果タヒによる個展「最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」が、12月4日から渋谷パルコで開催されている。会期は12月20日まで。その後、名古屋パルコで2021年2月13日~28日、心斎橋パルコで2021年3月5日〜21日と巡回していく。「展示会場に来て、その人がその場に立つことで完成する詩」を意識したという今回の展覧会。その真意を最果タヒに聞いた。

——まず、今回の個展について教えてください。

最果タヒ(以下、最果):昨年2月に横浜美術館で個展「氷になる直前の、氷点下の水は、蝶になる直前の、さなぎの中は、詩になる直前の、横浜美術館は。―― 最果タヒ 詩の展示」を開催したんですが、その展示を全国でやってほしいと依頼をいただきました。最初は京都、福岡、東京とまわる予定だったんですが、新型コロナの影響で、京都の展示が中止になってしまって。それで8〜9月に福岡で展示をして、今回の東京での展示という流れです。来年は名古屋、大阪で開催する予定で、正直ここまで拡がるとは思っていませんでした。

もともと横浜美術館で個展をする前までは、「詩は本で読めるし、そこで完成している」と思っていたので、あまり展示には興味がありませんでした。それで横浜での企画の話をいただいた時に、ただ詩を展示するだけではなく、展示でしかできないことをやろうと考えました。そこから「展示会場に来て、その人がその場に立つことで完成する詩」というコンセプトに辿りつき、モビールという展示方法を思いついたんです。

以前から「人はその時の気持ちや状況とかを詩に重ねて読む」と思っていて、人によって詩の捉え方も違う。言葉を読むことってとても能動的だと思うんです。会場に来た人が「いいな」と思った一瞬の並びって、やはり人によって異なっていて。それで帰ったあとに何となく覚えている言葉があって、その人のフィルターを通して詩が残っていく。自分が言葉を見つけていっているんだ、とはっきりと手応えがある場所になったらいいなと思いました。

——タイトル「われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」にはどういった想いが込められているんでしょうか?

最果:このタイトルを決めたのは去年の12月で、今だとソーシャルディスタンスを連想するかもしれませんが、まったく関係ないんです。

私がものを作る時に思うのは、人同士が完全にわかり合うのは難しいということ。お互い別々の人間として存在している。そのわからなさが、「その人」を「その人たらしめるもの」だとずっと思っていました。星と星って同じ場所で重なっていたら、星座にはならなくて、離れているからこそ、大きな絵が作られていますよね。だから人同士も無理やり妥協して、「わかるわかる」って近づきあったりするよりも、わからない人同士で存在し続けることのほうが美しいことかもしれないなと考えて、このタイトルにしました。

——今回の展示も、デザインはアートディレクターの佐々木俊さんが手掛けていますね。

最果:佐々木さんは、なんで私がそれを作りたいか、コンセプトから理解してくれるので、同じ方向を向いて作っていけるんです。だから基本的には私がコンセプトと詩を考えて、デザインは佐々木さんにお任せしています。それでカッコよくしてくれるんです。福岡展から新作を足しましたが、その内の「ループする詩」や立体のものは、佐々木さんのアイデアから始まったもので、これも私のコンセプトを踏まえて考えてくださったものでした。

「詩は考えて書くとうまくいかない」

——最果さんは詩をどのように作っているんですか?

最果:考えて書かないようにしています。そうするとダメになっちゃうから。1行目を書いて、2行目が出てこないから、1行目を説明するような言葉を書いたり、オチをつけようとすると、書いている時も読んでいる時も意外性がなくて楽しくないんです。

私の場合は1行目がすっと自然に書けると、一気に書けることが多いです。詩を書こうとするよりは、Twitterの投稿画面を開いている時や何かをメモしたりしている時に不意に言葉が流れて、良い感じの1行目ができることもあります。

詩に関しては、私が書きたかった通りに読まれることはあまりないかもしれないです。そもそも私の詩は、書きたいことが先にあるというよりは、書いている瞬間の「変な1行が出てきた」という本人の驚きや新鮮さをパッケージにして出すものだと思っています。だから何を伝えたかったとかではないですし、そもそも詩の読み方には正解がない。だから意図しない読み方をされても、それがその人の読書であり、おもしろい部分だと思います。

——職業柄、文章ではわかりやすさを意識していますが、最果さんの場合は違うんですね。

最果:私はそういう説明的な文章を書くのがすごく苦手で、伝えたいことを論理的に説明するというよりも、言いたいことを言いたい順に言ってしまう。中学生の頃からわかりやすく話すとか、みんなが求めてくる言葉を話すとか、すごく苦手でした。だから、わかりやすさ的なことにコンプレックスみたいなものがあって、詩を書くようになったのかもしれないです。

——コロナによって、詩に使用する言葉は変化しましたか?

最果:使用する言葉は意図的には変えていませんが、以前マスクの詩を書いたんですけど、その時と今では「マスク」が持つ意味も変わってしまい、詩の意味も変わってしまうということはあります。ただ、言葉の意味に関しては、コロナだけでなくいつも、絶え間なく、時間とともに変わっていくものだと思います。

——なるほど。では、コロナによる創作へのモチベーションの変化などはありましたか?

最果:人は同じ問題を抱えていても、それぞれの環境によって影響する部分が違うはずなんですが、4〜5月のSNSでは、そういう違いがあるというのが忘れられがちになっているなと感じていました。特に共感される言葉が大事にされるようになり、みんなに伝わらないといけないという空気が漂っていました。もともと言葉って1人1人が発信できて、発信することで、その人自身も気付かなかった自分の気持ちが見える部分があると思っていて、それがやりづらい雰囲気でした。

一方で、詩や本を読んだり、映画や芸術を観たりすることは、自分が好きだなと思ったら、他人が否定できない。その人の気持ちが一番真ん中に置かれていて、そういう時間があらためていいなと思った時期でもありました。その気持ちが今回の展示や詩集を出すきっかけというか、モチベーションとはいえないけど、肝にはなっています。

「自分の言葉を見つけて大事にする」ということが軽んじられている

——昨今のTwitterなどを見ていると言葉というのは時に、最大の凶器ともなりえます。そうしたTwitter上にある言葉について思うところはありますか?

最果:誹謗中傷などは、みんなが石を投げているから、自分も嫌悪感を抱くというか。最初はそういう気持ちはなかったけど、みんなが怒っているから、と影響を受けてしまう部分も時にはあると思います。嫌悪感そのものも他者から借りて、そして他の人たちが使う同じ言葉を用いて、石を投げ始めるとき、どこにと自分の気持ちって通っていなくて、だからこそ相手も生きている人間だと思わなくなったりするのかもしれないです。

まずは自分がどう思うのか。石を投げる相手だけでなく、石を投げているその人本人も、その人によって軽んじられていると思います。自分の言葉を見つけて大事にするっていうことが省略されてしまっている。

でも難しいですよね。みんなが何かを言っている時に、自分が一からこれをどう思うのか、段階的に考えるのって。時間もないし、情報もどんどん流れてくる。つい誰かの言葉を借りたり、誰かの意見に乗るか乗らないかだけで決めてしまう。

詩の場合、誰にもわからないかもしれないと思っていた言葉こそ、読者が自分自身でもはっきりと気付いていない部分に届くこともある。その言葉に何かを思うとき、その気持ちは自分一人のものだって実感できる、というか。それはとても尊いことだと思っています。だからTwitterもそういう言葉が増えたらいいのになって思いますし、Twitterだからこそ書けるつぶやきもあったりするので、そういう人達にとって、良い場所であってほしいです。

——最後に今回の展示はどういった人達に見てもらいたいですか?

最果:東京の展示、なおかつ12月という忙しい時期。東京は街を歩くだけでも、看板やお店、BGMとすごい情報量ですよね。宣伝とか、お店のメッセージとか、全部がこちらに向いていて、投げかけてくる。多くの人がそれを避けたり、塞いだりしてやり過ごしている。そして12月はみんなが忙しく、もう来年の話をしだしたりして、日常が軽くなっていく。言葉に受け身にならざるを得ない時期なんじゃないかって思うんです。今回の展示の詩は、読み手が能動的に見つけてくれるのを待っています。読む人が見つけてくれて、いいなと思った瞬間に、その言葉が届く。その言葉は完成する。街中の言葉とは真逆だからこそ、言葉に押し流されそうになっている人に見てもらえたらうれしいですね。

最果タヒ
詩人・作家。1986年生まれ。2006年、現代詩手帖賞受賞。2008年、第一詩集『グッドモーニング』で中原中也賞を受賞。2015年、詩集『死んでしまう系のぼくらに』で現代詩花椿賞を受賞。その他の主な詩集に『空が分裂する』『夜空はいつでも最高密度の青色だ』。エッセイ集に『きみの言い訳は最高の芸術』『「好き」の因数分解』、小説に『星か獣になる季節』『十代に共感する奴はみんな嘘つき』などがある。作詞提供もおこなう。清川あさみとの共著『千年後の百人一首』では100首の現代語訳をし、翌年、案内エッセイ『百年一首という感情』刊行。2018年に太田市美術館・図書館での企画展に参加、2019年に横浜美術館で個展開催、HOTEL SHE, KYOTOでの期間限定のコラボルーム「詩のホテル」オープンなど、幅広い活動が続く。最新刊は詩集『夜景座生まれ』(新潮社)。
http://tahi.jp/
Photography Eisuke Asaoka

■最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。
≪東京≫
会期:12月4日~20日
会場:パルコミュージアムトーキョー
住所:東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷PARCO4階
時間:11:00~21:00 
休日:なし
入場料:一般800円、ミニ本付チケット1,800円
https://art.parco.jp/museumtokyo/detail/?id=551

≪名古屋≫
会期:2021年2月13~28日
会場:パルコギャラリー
住所:愛知県名古屋市中区栄3-29-1名古屋PARCO西館6階
休日:2月17日
入場料:一般800円、ミニ本付チケット1,800円

≪大阪≫
会期:2021年3月5~21日
会場:パルコイベントホール
住所:大阪府大阪市中央区心斎橋筋1-8-3 心斎橋PARCO14階
休日:なし
入場料:一般800円、ミニ本付チケット1,800円

Photography Yohei Kichiraku

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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