アーティスト・田中かえの目で見る、描く“カワイイ” 関西初となる個展も開催

乃木坂46「オニツカタイガー」「メディコム・トイ」「ビームス」など、多彩なジャンルとのコラボレーションでも注目を集めているアーティスト、田中かえ。手塚治虫吾妻ひでおらに影響を受けたという彼女が描く女の子像は、大きな瞳とニュッと伸びた手足、柔らかなフォルムが特徴だ。人間らしくも2次元的にデフォルメされた“カワイイ”が、見る者を独自の世界観へと引き込む。
今回は、関西では初となる個展「田中かえは、京都でもいっぱいいっぱい」の開催に合わせて、彼女の描く女の子像について、そして作品の背景にある自身のことを、メイクやファッションなどのディテールパレットも絡めて語ってもらった。

絵という表現方法なら「自分でも発信できるのかも」と、受け取る側から発信する側に

――絵を描き始めたきっかけを教えてください。

田中かえ(以下、田中):母が、みうらじゅんさんや安斎肇さんが好きで、音楽にもすごく詳しく、妹にもクラウス・ノミを勧めたりするようなサブカルの人だったので、アートに対する理解がある家庭でした。幼少期から美術教室に通わせてもらっていましたし。そんな“なんとなく絵がうまい子”だった私が、中学生になってからわりと自分の絵が褒められるってことに気付いて。そこからですね、ちゃんと絵を描き出したのは。

――アートやサブカル的土壌があったんですね。

田中:とはいえ、当時はSNSなんかもなかったので、どこかに投稿したり、発信するわけでもなく、アウトプットとしては友達の持ち物に描いてあげるくらい。それが高校生になってTwitterを始めて、デザフェス(デザインフェスタ)やコミティアに客として行ったりするようになり……。

――そこで刺激を受けて、自身も受け取る側から発信する側に。

田中:ですね。絵という表現方法なら、自分でも何か発信できるのかもって思ったんですよね。

――田中さんは多彩なジャンルとのコラボレーションでも注目を集めていますが、キャリアの出発点は?

田中:話すたびに毎回変わっているかもしれませんが(苦笑)。一番最初にちゃんとお仕事として絵を描いたと認識しているのが、乃木坂46さん。18枚目シングル『逃げ水』のMVの台本に絵を描きました。当時は大学4年生だったので、もう3年前の話ですね。

――いきなりの大抜擢!

田中:本当にそうですよね。そのMVの監督が、メッチャ好きだったSAKEROCKのMVなども手掛けた山岸聖太さんだったので、お話をもらった際にビックリしました。

――MVの台本に絵を描くって、あまり聞かないような。

田中:普段はないんじゃないですかね? この曲では、センターポジションに大園桃子ちゃんと与田祐希ちゃんという3期生メンバーが初めて立つということで、周囲もメンバーもバタバタしていたようで、「メンバーを元気づけるためにかわいい台本にしてあげたい」と連絡をいただいて、描かせて頂きました。

――大学在学中の話ということですが、いかがでした?

田中:それまでも地下アイドルのグッズ製作などの依頼はありましたが、何度もやりとりを重ねて、クライアントのレスポンスを待って進める。そういう“仕事っぽい”のが初めてですごく新鮮でおもしろく、良い経験になりました。

――BiSHモモコグミカンパニーさんのエッセイ本『きみが夢にでてきたよ』でも、特典イラストを手掛けていらっしゃいましたし、入り口がアイドルだったという人も多そう。

田中:だと思います。モモコちゃんとはもともと知り合いで、友達伝いに話をもらいました。そこで清掃員(BiSHファンの総称)が興味を持ってポップアップイベントや、個展に来てくれるというパターンも増えまして。「僕、清掃員なんです!」って声かけてくれて、「あぁ、そうなんすね」みたいな。実際、一番最初にファンになってくれた方も、ねむきゅん(でんぱ組.incの元メンバー・夢眠ねむ)と一緒に参加したアート展に来ていた、でんぱ組.incオタクでしたし。

手塚治虫さんや吾妻ひでおさんを知って
“自分はこれでいいんだ”という自信を持つようになった

――田中さんの描く女の子は、大きな瞳とニュッと伸びた手足、柔らかなフォルムといったデフォルメが独特です。現在のタッチに至るまでの道のりを教えてください。

田中:昔描いていた絵は、今見ると結構ヤバイです。そもそもデッサンもメチャクチャ下手くそだったんですよね。高3から画塾に通っていたんですが、1年間しか勉強しなかったので、少人数だったのにクラスでもずっと最下位。自分のダメさに涙を流しつつ、音楽を聴きながら歩いて帰るみたいな日々で、マジで苦痛でした。

――美大合格はかなりの難関だとか。

田中:そうですね。美大の受験って、静物デッサンや色彩構成など、受験生が全員同じ試験内容なんですよね。人によって目指していること・やりたいことが違っているはずなのに。でも私の場合、例えばデッサンなんかでも、机にモノが置かれている意味がそもそもわからない。なので、正しい影の付け方も理解できなかったし、人物を描いても地面から浮いちゃっているっていう。ひと言でいえばバカだったんです(苦笑)。

――感覚型で、あまり計算型の思考には向いていないんですね。

田中:本当にそう。受験も実技以外の学科が国語と英語だけなので、それらの点数が良かったからどうにか補欠合格できたって感じ。肝心のデッサンや色彩構成なんかは、200点満点中50点でしたからね。最低点じゃないですか、しょうがないから点をあげるみたいな(笑)。その後、多摩美(多摩美術大学)に合格し、授業を受けていく中で、デッサンがうまい=絵がうまいではないと気付くんですが、やっぱりうまくはなりたかったので、まずはポーズ集を1冊丸々模写することから始めました。そこから大学に置いてあった海外の画集をひたすら模写しているうちに、何となく形も取れるようになったので、次に静物を練習するように。そうやって少しずつ進んでいく中で、強く影響を受けたのが漫画でした。

――影響というと?

田中:手塚治虫さんや吾妻ひでおさんなどを知って、“リアルで正確じゃなくてもいい絵”が存在することで気持ちが楽になったというか、“自分はこれでいいんだ”という自信が持てるようになったんです。

――両作家とも女の子のかわいさで知られていますし、2人からの影響は大きそうですね。

田中:吾妻ひでおさんの作品を読むと、女の子を描いている線がすごく楽しそうで、それが私にもよくわかるんです(笑)。例えば、フォルムとしての線の細さ。『鉄腕アトム』のアトムのようにジェンダーレスな感じは、描いていて気持ちいいんです。男性よりも長いまつ毛や髪の毛、服のシワもそうですね。その中でも、一番こだわっているのが目と鼻と口のバランス感。これまでの作品を並べて見比べると、それぞれ微妙に違ったりしていますが、総体的には同じになるように意識しています。その上で、“田中かえの絵”ってわかるように描くというのが今の目標です。

他人の作品をまんまコピーして同じような絵を描いて、意味があるの? って

――どんな時に、描きたいっていうスイッチが入るんですか?

田中:スイッチは常に入っています。むしろ描いていないと下手になってしまうし、不安になってしまうので。

――そうして常に描き続けているからか、過去の作品と見比べると、頭身やバランスなのか、女の子から少しずつ女性へと成長しているようにも感じます。

田中:確かに、それはあるかも。色の塗りはほとんど変化がないんですけどね。見比べると「この辺は、吾妻ひでおさんの影響を受けているなぁ」って、感じる人もいるかもしれません。なんか“オンナ”って感じが出ているというか。

――ファッションのかわいさも、田中さんの作品のポイントですが、何かを参考に?

田中:ありがとうございます。でも、手クセで描いているということもあって、レパートリーが少ないんですよ(笑)。スウェットか襟の大きいトップスを着ているかがほとんど。シルエットというか質感に関しては、フワッとしているかクシュッとしているのが、かわいくって好きですね。

――先ほどの漫画もそうですし、ご自身のファッションも然り。田中さんの“好き”が作品にも色濃く感じられます。

田中:ファッションやメイクは特にそうですね。以前はそれこそ、乃木坂ちゃんの衣装のようなかわいい服が好きだったので、よく描いていましたが、今はストリートっぽい服ばかりというのも、私自身と一緒(笑)。

――メイクでいえば、初期の作品はあまり化粧っ気がないように感じますが、最近はアイメイクしている作品も見受けられます。

田中:メイク自体はもともと好きでしたが、自分の描く女の子にもメイクをさせてみたらかわいいかなって思って試してみたら、楽しくって、たまにやっています。あとキャラクターの顔で言えば、ホクロが好きというのはあるかな。モモコちゃんの時もそうでしたが、アイドルの子を描く時も見える範囲は全部描き込むようにしています。

――好きだからこそのこだわりですね。ところで最近、SNS上で田中さんの影響を受けているだろうなという作品が散見されます。どう感じていますか?

田中:まったく同じタッチ、同じ構図という作品も、たまにありますね。しかもそういう人に限って、私のことはフォローしてなかったりするので。けどそういう絵は、つまんない絵なので、最近はまったく気にならなくなりました。

――本人に見つからないようにやっているのは、コピーだと認識しているからなんでしょうね。

田中:ですかね。目がゆがんでいる女の子もよく見るので、最近は描かなくなりました。ただ、どことなく田中かえっぽい匂いがするとかは全然いいんですよ。好きで影響を受けていると言われれば嬉しいですし。だからといって、他人と同じような絵を描いても、それは自分にとって意味がないんじゃないの? とは思います。

――では、オリジナリティとはなんだと思いますか?

田中:やっぱり原画の線じゃないですかね。私も、自分の中で「よっしゃ、キタ!」って線があって、引けた瞬間にわかるんです。すごく確率は低いけど(苦笑)。パーツだったら目や鼻がわかりやすいかもしれませんね。なので、鼻を描く際は息を止めて集中して描いています。

――まさに画龍点睛。

田中:ペン先の具合で絵も変わってきちゃうんです。これくらいのサイズだと、ペン先でチョンくらいだからあまり影響はないけど、絵のサイズが大きくなってくるとマジでムズいですね。あとはインクの濃度もいつおろしたかで変わってくるので、そこも把握しておかなくちゃですし。

――“弘法、筆を選ばず”なんて言葉もありますが、実際は道具も重要。

田中:毛先の細さを表現するのに向いているペンとかもあるので、いろんな種類を試しているし、違うなと思ったらすぐに変えます。ここ数年は、「パイロット」のジュースペイントという水性顔料マーカーを愛用中。下書きは3Bのシャーペン。もともと筆圧が強くて下書きの線が残ってしまうので、筆圧を弱めても線がわかるように濃いものを選ぶようにしています。

――どの作品も下書きの線が全然見えませんが、1発勝負なんですか?

田中:そもそも下書きを消すのが嫌いなんですよ。消しゴムを乱暴にかけると紙が破れたりしちゃうので、そうなったらもう描き直しちゃいます。

――毎日描き続けていて、どんな時に自身の成長を感じますか?

田中:画材を変えても絵が荒れなくはなりましたね。あと「ビームス」とのお仕事で、ようやく自分がのちのち見返した際にも、恥ずかしくないと思えるようになったし。そう考えると成長したのかなって。

“カワイイ”は移り変わるものではなく、時代ごとのバリエーションが増えていくもの

――現在は、個展「田中かえは、京都でもいっぱいいっぱい」が開催されています。関西での個展開催は初めてだとか。

田中:はい! 今回は、原画以外にもジークレー(デジタルデータを最高級素材に、高精細で広色域なプリントインクジェットプリンターで刷り上げる)作品や、B0サイズのキャンバス作品も展示します。ジークレーは初めてなので、反応がまだわからない部分はありますが、デジタルでの作品制作にも慣れてきたので、以前よりも自分自身が感じるイヤさは減ったかなと。

――似顔絵のライヴドローイングもあるんですよね。

田中:かなり人数を絞ってですが、土日限定の先着受け付けでやっています。でも、ライヴドローイングではなく、顔写真をその場で撮影して、あとからできあがった似顔絵を自宅に送るというスタイルにはなります。

――楽しみですね。今後の展望を教えてください

田中:飽きられないようにする、ですかね。今ってインターネット上で見るだけで十分と感じるような絵が増えていると思うんです。なので、原画を買ってもらえるというのは、すごく光栄なことでして。それも若い子が「初めて絵を買いました!」って言ってくれるのが何よりも嬉しいです。私の絵をデザインしたアパレルやソフビも手に取ってもらいたいけど、やはり原画に触れてもらいたいというのはあります。その作品自体を描くのに使う時間は、たとえ30、40分かもしれませんが、そこには私が学んできたことや時間などすべてが詰まっていますので。

――海外でも日本のKAWAIIカルチャーが注目されています。田中さんの作品も海外からの反応が良さそうだし、オファーも多そうです。

田中:実は、インスタのフォロワーも7割は海外の、それもほとんどが英語圏の方なんです。海外での活動にも興味はありますが、あちらはサイズの大きい作品が好まれるので、私のスタイルだとそこがちょっと難しそう。とはいえ今、イタリアのバッグブランドから連絡をもらって、拙い英語を駆使しながらプロジェクトを進めているところ。オファーも頂くんですが、猜疑心が強く基本的に他人を信じない性格なので、そういうメールは結構スルーしちゃっています(笑)。

――“カワイイ”の基準は時代とともに変化しますが、田中さんの作品に描かれる女の子も変わっていくんでしょうか?

田中:“カワイイ”は移り変わるものではなく、時代ごとのバリエーションが増えていくものだと思っています。私が描いている作品を見ても、タレ目もあれば、吊り目もあるし、髪型やファッションだってそう。表現の幅は広い方が良いと考えているので、私自身もそうありたいと思っています。

――最後にお聞きします。田中かえが描く女の子、その完成形とは?

田中:すべて完璧に引かれた線で描かれていること……ですかね。もちろん、それが実現したあかつきには、もったいなくて絶対に手放しませんが(笑)!

田中かえ
1995年生まれ。イラストレーター。手塚治虫・吾妻ひでおから影響を受け、イラストを描き始める。多摩美術大学を卒業後、アーティスト活動を開始。近年では、乃木坂46やモモコグミカンパニー(BiSH)、「オニツカタイガー」「ビームス」など、さまざまなジャンルとのコラボレーションでも話題を集めている。
Twitter:@helloverysunday
Instagram:@kaechanha24

■「田中かえは、京都でもいっぱいいっぱい」
会期:開催中~2月25日
会場:京都・藤井大丸 7F 7gallery
住所:京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町605番地
時間:10:30~19:00
休日:2月16日
https://www.fujiidaimaru.co.jp/limited_shop/2021-01-30tanakakae

Photography Shinpo Kimura

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author:

Tommy

メンズファッション誌、ファッションウェブメディアを中心に、ファッションやアイドル、ホビーなどの記事を執筆するライター・編集者。プライベートにおいては漫画、アニメ、特撮、オカルト、ストリート&駄カルチャー全般を愛するアラフォー、39歳。 Twitter:@TOMMYTHETIGER13

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