イ・ランが語る、アーティストの「仕事」と断る「仕事」

音楽、映画、コミック、小説、エッセイとマルチな才能を発揮する韓国・ソウル出身のアーティスト、イ・ラン。国境を越えて創作活動をしてきた彼女にとって、自粛を余儀なくされていた2020年はどんなものになったのか。「アーティスト」のイメージに反した仕事管理の方法から、昨今の韓国社会の「お金」ブーム、SNSとの付き合い方までを聞いた。

イ・ラン

――2020年に日本でも刊行された小説集『アヒル命名会議』。イ・ランさんの文章を初めて読んだのですが、読み手と同じ目線の高さを持つ作品ばかりで、勝手に抱いていた「アーティスト」に対するイメージが崩されました。

イ・ラン:「アーティスト」や「芸術家」って、全世界で同じようなイメージを持たれていますよね。浮世離れしていて、生活力が低い感じ。

――今日はリモートでの取材で、イ・ランさんは作業室(コワーキングスペース)から参加してくださっていますが、その姿も「アーティスト」って感じじゃないです。

イ・ラン:雑誌やテレビの取材で「アーティストの生活を撮りたい」って話をもらうこともあるんですが、「私は毎日ここに座ってパソコンばかりしてますよ」と言うと、驚かれます。ポストイットが好きで、パソコンの周りにたくさん貼ってます。連載の締め切りが何月何日だとか、打ち合わせの予定がいつだとか。「文章を書くときに使いすぎてしまうから、『いったん』『ただ』『すごく』には気をつけよう」という覚え書きなんかもあります。

――仕事の管理法は、業界の中で教わったりしたんですか?

イ・ラン:こんなことやる人、周りでも見ないですね。私はプルリュ(분류、分類)するのが楽しいんです。仕事の案件・スケジュール・支払う金額などは「Notion」というツールで管理しているんだけど、仕事の種類は複数のタグを作っておいて、仕事ごとにプルリュしています。もらうメールも、全部プルリュ。出版社からのメールはピンク、レコード会社からは赤、イベントなら緑。1つ大事なプルリュがあって、黄色は「断った仕事」です。フリーランサーだから、いつ仕事が止まるか不安で、仕事がない時期にはこのフォルダを見て、「今はできます」って提案するんです。

――スケジュールが合えば、大半の仕事を引き受けているんでしょうか?

イ・ラン:スケジュールか、お金の問題で断る仕事は多いです。やりたいけど金額が少ない時は相手にそう伝えると、助成金をとってくれたり、相手がお金が払える時期にまた連絡が来たりします。そうした管理や交渉も全部仕事だから、横になってアートのことだけ考える生活はできてないですね(笑)。

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保険の営業をやってみて気づいたこと

――2020年の春から、保険会社に入社して、保険設計士の資格をとり、保険商品のアドバイスをしていると過去の記事で読みました。本業と全く違った領域ですが、どんな理由なんでしょうか?

イ・ラン:お金のためではなく、身の回りのフリーランスのために勉強を始めました。とても仲の良い同い年の友人が、2019年にがんだと診断されたんです。がんだと聞いてから半年ほどは、友人達とチームを組んで、メーリングサービスを作り、購読者からもらったお金で友人をサポートしました。でも、購読者1人ひとりからそんなに大きいお金はもらえないし、プロジェクトとして続けるのは結構大変だし。その次は何をすればいいだろう、私達のような貯金がなくて所得が不安定なフリーランスは仕事ができなくなった時にどうしたらいいのだろう、と考えていく中で、保険に興味を持ちました。歩合制で、会社に出社しなくていい芸術家特権はもらったんですが、契約が取れなかったらさすがにクビになるかもしれません(笑)。

――会社に問い合わせてくるお客さんに、保険商品を提案しているんですか?

イ・ラン:ラジオやポッドキャストなどで「保険の資格を取りました」と話しているので、ファンの方から相談がくることが多いです。それから友達のアーティスト。会社の商品をお客さんが契約すると、手数料がもらえます。成り行きで、マイノリティのための設計士になりました。お客さんの90%以上は女性で、非婚か、同性愛者の方からの相談が多いです。

――今用意されている保険プランと、そうした人達のニーズがズレている?

イ・ラン:そうそう。例えば、結婚して子どもがいる人は死亡保険金が一番大事だけど、非婚者ならいらないし、同性愛者カップルの場合も、受け取るために必要な書類をそろえられなかったりするんです。死亡保険金の受取人には法律上の家族以外も指名できると、法律には書いてあるけど、その受け取りに必要な死亡証明書を取得できるのは法律上の家族だけだったり。だからそういう人達にはもっと別の保険金がいいんじゃないかとか、いろいろ調べて提案しています。

韓国は「お金」の話で持ちきり?

――新型コロナウイルス感染症の流行で、アーティストとしての仕事量には影響があったでしょうか

イ・ラン:とても影響を受けました。海外でのイベントなどが入っていたんですが、3月からの予定は全部なくなりましたね。6〜7月に感染者が減って、秋の予定も入り始めていたのですが、8月にキリスト教の集会があって、感染者がワッと増えた。9〜10月は減って、11月にまた増えて。ローラーコースターみたいな感じで、ちょっと精神がめちゃくちゃになってましたね。Notionで仕事の種類ごとの収入を見てみても、2019年の収入1位のカテゴリーはライブだったけど、2020年は原稿料が1位になりました。原稿は頑張って書いても、1本1万5000円くらい。ライブの出演料に比べたら10分の1以下です。それでも原稿は1位なんだから収入全体も下がったでしょうね。契約金が入れば……と思い、いろいろな本の契約をしました。

――昨年韓国では、2冊目のエッセイ集が出たんですよね。

イ・ラン:直訳すると『好きでやってる仕事にもお金は必要なんです』というタイトル。別に、お金がテーマの本ではないんです。自分の生活の話をする中で、原稿料の話が出てきたり、受賞トロフィーを売った話が出てきたりしているだけなんですけど、「お金にまつわるエッセイ集」として売ることになり、ちょっとモヤモヤしてますね。なぜそうなったかというと、2020年の韓国社会全体のテーマが「お金」だったんです。コロナで外に出て働けない人が増えたから、今持っているお金を増やそうということでしょうね。テレビでも芸能人が株をライブで売り買いして結果を競うバラエティーなどが人気だったので、書店でも「お金」を押し出さないと手に取ってもらえなくなって。     

――日本で翻訳されている韓国の本を見ていると、フェミニズムや、社会問題と向き合うような本が売れているのかなと思っていたのですが、そんな流れが生まれていたんですね。

イ・ラン:フェミニズムとお金も、無縁ではないんです。4Bってわかりますか?

――韓国の20代女性を中心に盛んになっている、「非恋愛、非セックス、非婚、非出産」運動ですよね。

イ・ラン:4Bを貫きたい女性達が、もっと女性の力をつけて女性だけで生活していけるように、積極的に「選挙に行こう」「政党を作ろう」「力を持とう」という話をするようになったんですが、その中で「お金を作ろう」という話もよく出るようになったんです。さっきも話しましたけど、保険商品を見ても非婚の人向けのものはないし、新婚夫婦ならもらえる住宅福祉のものも、非婚だとない。非婚の人は頑張ってお金を集めて自分で買いましょう、という流れが強くなった1年でした。

インターネットで「集団」的に見られる「個人」

――イ・ランさん自身は、フェミニズムのそうした流れに対して、どういった立場を取っているんでしょうか。

イ・ラン:うーん、残念ながら一部のフェミニストから私は「敵」扱いされています。というのも、4B運動の中でも特に主張がラディカルな人達は、トランスジェンダー女性や異性愛女性の排除にまで進んでいることがあるんです。私のように、男性パートナーがいてトランスジェンダーの友人がいる人は、SNSで攻撃されます。結婚はしてないんですが、「既婚者だ」と誤解されて中傷されることすらあります。これは何もフェミニスト間の話ではなく、社会のいろいろな物事に関して、意見が分断されてしまっているからだなと思います。自分が聞きたいことを話す人だけをフォローする傾向も強いです。

――「フィルターバブル」が強まっているということでしょうか?

イ・ラン:韓国だと、自分と意見が合わない人を1人見つけたら、その人をフォローしている人も全員ブロックする「チェーンブロック」が増えています。Twitter上でけんかが増えてから、精神の平和を保つために、チェーンブロックをお勧めする人は多いです。

――イ・ランさんは「チェーンブロック」するんでしょうか? エッセイ集『悲しくてかっこいい人』では、あえて嫌いな人に会いに行く話が書かれていましたが。

イ・ラン:ブロックもしないけど、反応もしないです。自分と違う立場の人にも、過去に個人的なつらい経験があってそういう考えにならざるを得なかったのかもしれない。でもインターネットだと個人が押しやられて「集団」的に捉えられてしまう。難しいですよね。どんな立場の人からも、私は「はっきりしない人」だといつも怒られます。「あなたは力にならない」とも「あなたは甘い」とも言われる。いつになってもはっきりすることはないと思う。それでも私はまだ、いろいろな「集団」のなかの1人ひとりの人生を想像してみる時間を持ちたい。

自分を「消費」させないためにできること

――どっちつかずだと言われながら、その態度を貫くのは、なかなか大変じゃないでしょうか。

イ・ラン:昨年、ある作家が出した小説に実在の読者とのやりとりがコピペされていたという騒動があって、出版社が謝ることになったんです。発端のコピペは確かに問題ですが、騒動になった当日に謝罪文が出ないことで、みんながもっと怒っていて。急いで出しても、ちゃんと事実が確認できないかもしれないし、文章が正しくないかもしれないじゃないですか。こんなに「早く謝れ」と言われる世の中になっているのは、ちょっとつらいなと思いました。

――謝罪に限らず、「すぐ答えを出せ」という動きはSNSの普及とともに強まっているとは思います。

イ・ラン:昨年は1つ、私にとって印象的な出来事がありました。韓国では堕胎罪廃止の主張が高まり、今年ついに廃止されたんですね。私も、堕胎罪廃止運動には参加して、「私は堕胎をしたし堕胎罪を廃止したい」とツイートしたんです。そうしたらそのツイート1つに、マスコミの人達からたくさんの連絡が来て。「一刻も早くニュースに出て、あなたの堕胎の経験を話してください」という感じ。でも、私は「性暴力の被害者です」とツイートすることはできるけど、それとその詳細をニュースで顔を出して語るのは、全然違うことじゃないですか。「今すぐ謝れ」の人と同じに感じました。

――「個人」としての自分を大切にするためには、大きなうねりの中で、勇気を持って立ち止まることも必要ですね。

イ・ラン:今思い出しましたが、仕事を受ける時にも、「この仕事をすると、私の仕事の生命力が延びるのか、失われるのか」もかなり考えています。早く作って、早く出して、あらかじめ決まったイメージにはめて、私の意見をふわっと見せるようなものは断っています。今後も、世の中でなんとなく決まっている結論ではなく、ゆっくり考えて自分の言葉で話す時間を持って、創作していきたいと思っています。

イ・ラン
1986年ソウル生まれ。シンガーソングライター、エッセイスト、作家、イラストレーター、映像作家。最新作は短編小説集『アヒル命名会議』(斎藤真理子訳、河出書房新社)。その他の著書に『悲しくてかっこいい人』(呉永雅訳、リトルモア)、『私が30代になった』(イ・ラン/中村友紀/廣川毅訳、タバブックス)など。本インタビューで名前の上がった第二エッセイ集の邦訳刊行が現在準備中。
Twitter:@langleeschool

Edit Sogo Hiraiwa

author:

ひらりさ

1989年生まれ。ライター・編集者、平成オタク女性ユニット「劇団雌猫」メンバー。会社員の傍ら、オタク、女、お金、メイクなどのテーマを中心に執筆活動を行う。連載に「平成女子のお金の話」「コスメアカの履歴書」など。 Twitter:@sarirahira

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