坂本慎太郎の現在地――変わる社会と、変わらない「好きな感じ」

坂本慎太郎が約1年ぶりとなる新曲を2ヵ月連続で発表する。このたびリリースされるのは「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」というシングル2作。どちらもベースにAYA、ドラムに菅沼雄太、そしてフルートとソプラノ・サックスに西内徹という馴染みの顔ぶれによる録音で、その徹底的に削ぎ落とされたミニマルなバンド・アンサンブルは、これまでの諸作と地続きにあるものだ。しかし、そこで坂本が紡いでゆく言葉に耳を傾けると、そこには価値観が異なる者同士の衝突と分断、または歴史修正主義の蔓延といった昨今の社会的イシューが、それぞれの楽曲から聞き取れる。世界的パンデミックが巻き起こり、未だにその収束のめども立たない2020年。坂本は何を思い、今回の4曲を作るに至ったのか。さっそく本人に話を聞いた。

宅録でアルバムを作ろうとしたけど、やっぱりバンドの方がいいなと思った

――この半年間はどのように過ごされていましたか?

坂本慎太郎(以下、坂本):4月に予定されていたライヴが延期になってしまって。それでしばらくは何もやる気が起きなかったんですけど、作りためていた曲がたくさんあったので、宅録でアルバムを作ろうかなと。それで自分を奮起させるために、昔から欲しかった古いリズム・ボックスをネットで買ったりしてました。

――どんな機種を購入したんですか?

坂本:マエストロのリズムキングという、スライ・ストーンが使ってたやつです。あと、エーストーンのFR-1も勢いで買いました。そしたら一時的にやる気がでて、今回の4曲が形になったんです。

――今回のシングルはバンドでスタジオ録音されていますが、当初これは宅録で作る予定だったということ?

坂本:ええ。そうしたら延期されたライヴをやるかもしれないという話になったので、宅録の作業をいちど中断して、リハーサルのためにメンバーとスタジオに入ってみたら、やっぱりこっちの方がいいなと。結局そのライヴも中止になったので、それなら練習のために予約してたスタジオで録音しちゃおうということになったんです。

――リズム・ボックスを使った制作は現在も続けているのですか?

坂本:今はやってないです。古いリズム・ボックスで作ったデモテープみたいな音源がもともと好きで、そういうレコードも集めているので、自分でもやってみたいなと思ってたんですけど、多分これから宅録のアルバムがいっぱい出るんだろうなと思ったら、なんか急激にやる気がなくなってしまって。それで今回はみんなで録ることにしたんです。

――アルバムを作れるだけの曲数は既にそろっているんですか?

坂本:そうですね。ただ、2~3年間ずっと作ってはいるんですけど、なんか決め手に欠けるというか、特に今までの曲と比べて目新しさもなくて。それで寝かしていた曲がいくつかあったので、とりあえず歌詞をつけて完成させちゃおうと。今回の4曲はそんな感じで作りました。

ライヴがなくなったことで、1枚目のソロ・アルバムを作った頃の気持ちに少し戻れた

――「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」は2曲とも音楽が鳴る社交場についての歌ですね。これは『できれば愛を』に収録されている「ディスコって」にも共通するテーマであるのと当時に、コロナ禍のライヴハウスやクラブにあてた曲としても聞こえました。

坂本:当然そういうのもあったと思います。ただ、別にそういう曲を書こうと思っていたわけではなくて、歌詞をまとめていくなかで普段考えていることがそのまま出ちゃったというか。いつもそうなんですけど、曲を作る時はまず先にメロディーがあって、そこにバチっとハマる言葉を探していくので、最初からテーマがあるわけじゃないんです。

11/11リリースの第一弾シングル「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」

――では、「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」の2曲についてはいかがですか? とりわけ「歴史をいじらないで」は公文書改ざんやフェイクニュースといった社会問題をかなり直接的に批判している楽曲だと感じたのですが。

坂本:そうですね。というか、やっちゃいけないことじゃないですか、それは。記録やデータが積み重なって今があるわけだし、自分達は先人の失敗から学んで進歩してきたわけなんだから、それを変えちゃったらすべての拠り所がなくなりますよね。これは政治の話だけでもなくて、例えば大した事なかったはずの人が今は大物みたいになっていたり、その逆に昔かっこよかった人が表に出ないまま消えちゃったり、そういうのも記録があった上で再評価されているのであればわかるんですけど、そこで元の記録をいじっちゃったら、もうめちゃくちゃになってしまいますよね。それをやってもいいと言う人は、誰もいないと思うんです。

12/2リリースの第二弾シングル「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」

――そうですね。だから改ざんした本人もそれを認めないという。

坂本:ええ、正当化できないことですから。だから、これは堂々と言っていいことだと思うんです。

――作詞をする上で、坂本さんはどのようなことを気にかけているのでしょうか?

坂本:作詞は、わりと「消去法」的な感じですね。意味やニュアンスとして「これは違うな」みたいな言葉をどんどん排除していって、これだったら歌えるなと思える歌詞にしていく。別に思ったことを歌えばいいと思っているわけでもないけど、かといって思ってもないようなことは歌えないわけで。そうなると内容が限定されてくるので、どんどん針の穴に糸を通すような世界になってきてます。本当は無意味でわけわかんないんだけどおもしろい曲ができれば、それでも全然いいし、むしろそっちの方がいいんですけどね。

――では、坂本さんのなかで今回のシングル2枚はどういう位置付けの作品なのでしょうか? 個人的にはこれまでの作品との連続性を感じたのですが。

坂本:とりあえず現時点でやれることをやったって感じですかね。ずっとライヴをやらずにアルバムを3枚作ったんですけど、最近またライヴ活動を始めたら、それまでのペースでは制作できなくなっちゃって。それが今回はライヴが全部なくなったことによって、1枚目のソロ・アルバムを作っていた震災の頃の気持ちに、ちょっとだけ戻れたというか。

――震災の頃の気持ちというのは?

坂本:何も予定がなくて、ただ新曲のことだけを考えているような状態ですね。やっぱりライブがあると違うんですよ。スタジオに入っても、ライヴで演奏するという方向に引っ張られちゃうというか。

自分の好きな感じのものしかできないってことがよくわかった

――しばらく離れていたライヴ活動を再開してみて、坂本さんはどんなことを感じたのでしょうか。

坂本:すごく楽しかったです。思ってもみなかった場所に行けたし、今年もコロナになってなければ外国とかでツアーをやる予定があったので、これからはそういうこともできなくなっちゃうのかなと思うと、やっぱり寂しいですね。

――未だに見通しが立たない状況ですが、音楽家の活動は今後どうなっていくと思いますか?

坂本:全然わからないですけど、きっとやめちゃう人もいるでしょうね。もう音楽やりたくないって人もいるかもしれない。別にライヴができなくても歌う人はこれからも歌うだろうし、発表できなくても曲を作る人はこれからも作ると思うんですけど、そういう人ばかりではないだろうなと。それにみんなで集まって演奏するってことも、以前と比べると貴重な体験になってますよね。それは僕も感じてます。今回の新曲は今まで通りのスタイルでやりましたけど、今後どうなっていくのかはちょっとわからないですよね。

――次のアルバムに向けたヴィジョンは今どのくらい見えてますか?

坂本:こういうコンセプトでいこうとか、そういうのはまだないです。まあ、これまでのアルバムとそんなに違うものは出てこないと思うし、ここから音楽性が大きく変わるってこともあまり考えられないんですけどね。自分の好きな感じのものしかできないってことがよくわかったので。

――音楽の好みがずっと変わってないということですか?

坂本:ええ、それはずっと一緒なんです。自分の好みというのは明確にあるので、レコードを買う時も好みに沿ったもので聴いたことがないレコードを探しているだけなんです。タイミングと勘を頼りにして、自分の中の名曲リストを増やしていくような感じですね。

――最近だと、その名曲リストに加わった曲は何かありましたか?

坂本:ジェイク・シャーマンという人の「Maureen」いう曲は良かったです。レコ屋の試聴で知って、最近はずっとその曲にハマってましたね。声がちょっとスクリューした感じで、もっさりした打ち込みの曲なんですけど。

――好きな曲はレコ屋で見つけることが未だに多いんですか?

坂本:そうですね。未だにユニオンとかでよくジャケ買いしてます。サブスクとかなら好きな曲をもっと効率よく探せるんだろうけど、何でも聴けると感度がちょっと薄れそうな気がするので、あえて情報を制限して、偶然出会ったものの中からキャッチするようにしてます。なので、レコードは自分の勘で探すか、レコ屋さんのレコメンドをネットで試聴するか。それに友達の紹介も大きいかな。あとはYouTubeのおすすめに上がってくるものをチェックするだけで、もう精一杯ですね。

坂本慎太郎
1967年9月9日大阪生まれ。1989年、ロックバンド、ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。2010年ゆらゆら帝国解散後、2011年に自身のレーベル、“zelone records”にてソロ活動をスタート。ニューヨークの“Other Music Recording Co. ”から、1stアルバム『How To Live With A Phantom』(2011)と2ndアルバム『Let’s Dance Raw』 (2014)、“Mesh-Key Records”から3rdアルバム『Love If Possible』(2016)をUS/EU/UKでフィジカルリリース。様々なアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供の他、活動は多岐に渡る。
http://zelonerecords.com

Photography Kazuo Yoshida

author:

渡辺裕也

1983年生まれ、福島県二本松市出身。音楽ライター。ミュージック・マガジン、クイックジャパン、CINRA、ザ・サイン・マガジン、音楽と人、MUSICA、ナタリー、ロッキング・オン、soupn.など、さまざまなメディアに寄稿。 Instagram:@watanabe_yuya_

この記事を共有