新時代のポップ・ミュージックをアナログレコードで発信する 新鋭レーベル「TYP!CAL」の背景と未来

2020年、東京に新たなアナログレーベル「TYP!CAL」が立ち上がった。イスラエル出身アーティスト、ハッシュ・モスや今注目のパリジャン、ルイス・オフマン、オスロ出身のSSWブライトなど、国籍もさまざまなアーティスト達の7シングルリリースが決まっている新鋭レーベルである。デジタル配信が主流の現代にあえてアナログでリリースすることの意義をレーベル主宰の中村義響に聞いた。

――まず初めに、中村義響さんのお仕事遍歴について聞いてもよろしいでしょうか?

中村義響(以下、中村):昔、宇田川町にZESTという輸入レコードショップがあったのですが、そこで21歳の頃にアルバイトとして働き始めたのが最初です。00年代の初頭のことなので、もう20年前ですね…。ZESTは2005年に閉店したのですが、その翌年からレコードショップのJET SETの下北沢店で働き始めて、昨年の春まで在籍しました。だから、ずっとレコード屋でしたね。

――レコードショップではどんなお仕事を担当していましたか? 

中村:ZESTでは店頭で接客したりレコードのコメントを書いたり、わりと皆さんが想像するレコード屋さんのお仕事かも。JET SETでは店舗のマネージャーを務めた期間があったので、インストアイベントの企画だとか、あと最後の数年はアナログ盤の企画・流通をする制作部門のマネージャーをしていたので、レーベルの人達やアーティストと一緒にお仕事する機会も多くて、幅広く音楽業界の仕事に携わってきたかなと思います。

――ZESTは新譜メインだったと思いますが、中古レコードショップで働くことは選択肢にはなかったのでしょうか?

中村:新譜のレコードショップに関しては、当時と今と大きく前提が違うことがあって。それは音楽の情報が一番早く大量に集まっていたのがレコード屋だったということ。まだインターネットでいろいろな音楽を聴いたりして情報を網羅できる時代ではなかったので、レコード店やCDショップの壁がメディアの役割を持っていたし、実際に人気店のバイヤーはキュレーターとしてトレンドの一端を担っていたと思う。カルチャーの中で、レコードショップに発信力があった。そういうところに惹かれていたのかも。

とくに僕がお客さんとして通っていた頃のZESTは、今原宿でBig Loveを運営されている仲(真史)さんやLEARNERSの松田岳二さんがスタッフをされていた時期で、独自のセレクションをしていた有名店だったし、CISCOやDMRとはまた違った文化圏を形成していたお店でした。想像しにくいかもしれないですけど、当時はレコード店に潜り込めるならどこでも喜んで!っていうくらい人気のお仕事だったので、そもそも「このお店で働こう」なんて選べる状況ではなくて。だからZESTで働けるなんてのは、すごいラッキーなんですよ。僕の場合だと、当時まだラフトレードの支店が日本にあったのですが、その元スタッフだった方を通じてZESTのオーナーに紹介してもらったという経緯でした。

――当時は何か発信したいとか、そういう気持ちはありましたか?

うーん、どうでしょう。そんなに意識は高くなかったかもしれません。結局のところレコードが好きで、毎月ものすごい量のレコードを買っていて、それに囲まれて仕事ができるなんて幸せなことだな、というシンプルで楽天的なモチベーションでずっと続けてきたんですよね。たぶん天職でした。

――その天職に区切りをつけ、レーベルを立ち上げたきっかけはなんだったのでしょうか?

中村:直接的なきっかけは、今の仕事の一環です。昨夏から所属しているLader Production(ラダ・プロダクション)に入社した時に、新たに原盤制作やレーベル事業に着手したいというミッションがあって。ラダは広告音楽プロダクションで自社のスタジオもあるしエンジニアもいるので、確かに環境は整っている。でも原盤の制作ってまずアーティストがあってのことなので、今は一緒に何かつくっていく才能を探しているところで。時間がかかることなので、まずは並行してライセンス・リリースのレーベルを運営して、細かなインフラやノウハウを整えていこうかなと。それが「TYP!CAL」です。

ただアナログ盤のリリースをメインにしたレーベルの着想自体は以前から持っていたのですよ。自分が好きで追いかけている海外のアーティストって、セルフ・リリースだったりマイナーレーベル所属だったりすることが多くて、待てど暮らせどフィジカル・リリースされない作品がほとんど。とくにシングルなんて絶望的に出ない。レコード・コレクターとして「この曲が7インチ・リリースされたら欲しいのに!」というアイディアが積もり積もった状態だったので、そのアイディアを実現する機会を得たなって感じです。

――ここ数年のレコードブームで生産数や消費数が増えたのもレーベル立ち上げのきっかけになってますかね?

中村:あまり関係ないかもですね。統計的に生産数は増えているけど、それってビッグ・アーティストのグッズ的な需要が押し上げている側面もあるし、とくに日本の状況がレコードブームと呼べる状況なのかはよく分からない…。2012-14年くらいのどこかには本当にアナログがまた盛り上がっていると思えた瞬間があったけど、メジャーレコード会社が需要のないものまでどんどん刷り始めたここ数年は、ちょっとまた雲行きが怪しいですよね。洋楽全般とダンス・ミュージックに関して言えば、10年くらい前と比較しても、国内のアナログレコードの市況って厳しくなっている印象です。

――そんな状況の中で、あえて海外のアーティストのアナログレコードのレーベルを立ち上げた意味はどんなところにありますか?

中村:好きなアーティストの作品をレコードという形で世に残すこと自体に意義というか喜びを感じているので、改めて意味を問われると後付けになってしまうけど……たぶん誰かと好きなものをシェアしたかったのかな。TYP!CALで扱う音楽って、SpotifyやYOUTUBEではそれなりに視聴回数もあったりして、別に無名の新人ばかりを発掘していこうってわけじゃないのですよ。ただ日本のメディアに載るようなことはないので、アクティブに海外のインディ・ミュージックを掘っているか、サブスクのアルゴリズムに上手くハマっていないと、偶然に知るような可能性はちょっと少ないかも。そういうアーティスト達です。それぞれ点で聴いている人達はいたとしても、日本のファン・ベースが可視化される場もないから、自分以外は誰も知らないような気がしてしまう。でも日本のレーベルがフィジカル・リリースするとなると、こうして取材していただけたり、音楽メディアのニュース欄でちょっと扱ってもらえたり、レコードを購入した方がSNSに上げてくれたりとか、少し接点をつくれるかなと思っていて。実際にリリースしてみたら、やっぱり好きな人達からリアクションはあったし、知ってくれた方からフォローがあったり、つながりができていっている実感はあります。

――最近はアーティスト自身がバンドキャンプなどを通じて直販するのも主流となっているけど、そこにユーザーがたどり着くためには、そのアーティストのSNSをフォローして積極的にリーチしていかなければいけないですよね。それに、そういうアイテムは流通に乗らないものがすごく多くて。新譜を取り扱うJET SET RECORDSBig Loveみたいなレコードショップでもなかなか買えない状況になってる。ユーザー側が積極的に情報を取りに行かないとたどり着けないって、なかなか厳しいですよね。

中村:僕自身はアーティストからの一次情報を追うのに慣れてしまって、そんなに不便は感じないのですが、確かにハードルは高くなっていますよね。でも今は既存のレーベルやディストリビューター経由の情報を元にキュレーションしているメディアだと、欲しい情報が拾えないのですよ…。Fontaines D.C.やShameとかって、20年前なら雑誌snoozerとかにも掲載されたであろう英国インディの本流に収まっているものは、今でもかろうじて受け皿がある気はするのですよ。でもその系譜から外れたフランスやドイツ、北欧のアーティストだとか、英米のレーベルとサインしていないと情報が出てこない。以前に(インタビュアー)多屋さんに教えてもらったフランスのVideoclubとかも、本国だとメジャー契約を果たしてアルバムが出たところなのに、全然情報が届かないですよね。

レコードは音楽をコレクションする最上のフォーム

――中村さんの生活の中でアナログのウェイトはどのくらいですか?

中村:生活の中での音楽への接し方ということであれば、実際は9割サブスクで1割がレコードですね。それでも結局、使うことが許される趣味のお金なんて、いまだにほとんどレコードに消えているんですよ(笑)。サブスクの時代になる以前から薄々は気がついてはいたのですけど、僕の場合、音楽を聴くこととレコードを所有することの動機って全然イコールではない。実際にレコード盤を再生して音楽を聴く機会は減っているとしても、レコードはやはり音楽をコレクションするフォームとしては最上で、これ以上はないものだなって思っています。

――レーベル名の「TYP!CAL」はどこから来ているのでしょうか?

中村:何年か前にアンビエントとかラウンジ、リスニングものをテーマにした「TYPICAL FRIDAY」っていうアナログ縛りのイベントを開催していて。イベント名は4ADのフレイザー・コーラスというバンドの「TYPICAL!」という曲にインスパイアされているのですが、このワードがとても気に入っていたのですよね。「TYPICAL」って典型的なとか、型にハマってるみたいな意味なんですよ。その真ん中の“I”を “!”にすることによって、意味を反転させるイメージ。「TYP!CAL」のリリースしていくものって、パッと聴いてわかりやすく最先端、尖ってますみたいな音楽ではなくて、メロディアスな普遍的なポップ・ミュージックの装いなんですよ。だから見方によってはティピカル(典型的)でもあるのだけど、でもそれが今の若者にどう響くかっていうことや、アーティストのバックボーンまで含めてみると、実はアンティピカル(典型的でない)なんです。

――フィル・スペクターも普遍的なポップ・ミュージックを追求する中で、オリジナリティを生み出した、そこに通ずるものもあるように感じますね。レコードのレコメンドとかでも相反する「ニュークラシック」みたいな言葉ってありますよね(笑)。

中村:昔と同じスタイルの音楽をやっていても、それがどう聴こえるかっていうのは時代ごとに常に変わりますからね。例えばレーベルの第2弾でリリースしたフランスのルイス・オフマン。彼はダフトパンク以降のフレンチ・エレクトロ~ヒップホップを聴いて育った世代だと思うけど、イタリアン・ラウンジ・ミュージックやシャンソンへの造詣も深くて、その両方の要素がミックスされた時代不詳の音楽をつくっている。ルイスを知ったきっかけは、レジー・スノウというアイルランドのラッパーの「Dear Annie」っていうアルバムなんですよ。ヒップホップ・アルバムなんですけど、ラウンジ・ミュージックだったりフレンチのコーラスが入っていたり、かなりユニークな内容で。ジャケットも女の子がお花畑に佇むっていう、およそB-BOY達を置き去りにする雰囲気。それでLPのクレジットをじっくり眺めていたら、僕が気に入ったラウンジだったりフレンチな雰囲気の曲にはルイスがクレジットされていて、なるほどコイツなのかと。それで調べてみたら、やはり彼自身の作品も素晴らしかった。この「Dear Annie」とタイラー・ザ・クリエイターの「Flower Boy」、この2枚は今僕が理想としている音楽観ですね。

――中村さんの好みって個人的な印象ですが、典型的なものからかけ離れてますよね。

中村:褒め言葉と受け取りますね(笑)。基本的にその時々の新しい音楽を聴いているんです。ダブステップが流行ったらダブステップだし、ニューディスコの時は四つ打ちを聴いていたし、ここ数年ならエモラップとか、そのあとはベッドルームポップ。それはジャンルを追いかけているわけではなくて、ステイ・ヒップという信条に近い。自分にとっては“大喜利”なんですよ。お題が変わっていく感覚。今回はこのルールの中から好きなものを探しましょうっていうのが楽しい。そういう新しいジャンルやムーヴメントって、初期衝動を持った若者のエネルギーが集まってくるじゃないですか。たぶんそのエネルギーに惹かれるってことだと思うんです。そしてこの初期衝動と伝統的なポップ・ミュージックの手法が交わっていく過程が一番好き。かつてネオアコとかもそうだったわけですよね。もしかするとその過程のある瞬間は、まだポップ・ミュージックとしてはいびつかもしれない。ビートがダブステップなのに、ポップ・ミュージックみたいな歌ものだとかって、最初は存在しなかったわけだから。それが典型的ではないっていう印象なら、その通りだと思います。

――話は前後しますが、レーベル最初のリリースとなったハッシュ・モスはどこから発掘してきたのでしょうか?

中村:ハッシュ・モスは、LAのシンガーソングライター、マイケル・セイヤーがSpotifyで公開していたプレイリストで初めて聴いて。まさにこの7インチに収録された「クリアー」っていう曲がそのプレイリストに入っていて、ものすごく心を掴まれて。そこから彼のバンドキャンプにたどり着いたのですが、フィジカル・リリースされていなかったので、TYP!CALの構想ができた時にコンタクトしてみました。ハッシュ・モスがレーベルの初リリースになったことには深い意味はなくて。最初の3枚までのリリースは並行して交渉していて、最初に話がまとまったのがハッシュ・モスだったということです。

――これからも続々とリリースされるタイトルも楽しみですね。

中村:今後のリリースでとくに注目してもらいたいのは、4月にリリースするタイの女性シンガーソングライター、タラッサですかね。バンコクのインディ・ミュージックって今本当に活況で質も高いんですけど、その中でも世界的に成功したプム・ヴィプリットを擁するRATSというレーベルに所属しています。日本旅行中に撮影した“Hey Girl”のビデオがチャーミングなので、是非見てみてください。彼女の魅力が伝わると思います。

多様性・多文化的な背景を感じさせるレーベルを目指して

――この先、「TYP!CAL」をどんなレーベルにしていこうなど、展望はありますか?

中村:「TYP!CAL」がリリースしていくのは、ポップ・ミュージックであるっていうことと、シリアスなものよりは、どちらかっていうとレイドバックしたポジティブなムードの音楽だということ。あとカタログ全体として見た時には、多様性だったり多文化的な背景だったりを感じさせるレーベルにしたいということ。今カタログ8番まで準備していますが、国籍はすべて違うし人種もさまざまなんですよ。

今僕が気になっているアーティスト達って、Spotifyの「ロレム」「ポレン」「アンチポップ」とかのキュレーション・プレイリストで括られるシーンにいる人が多くて。この3つのプレイリストって、インディーズやメジャーの区別がなくて、無名の新人の次にアリアナ・グランデが入ってくるみたいなことがあるし、その時の新作に混じって、ポンってクラシックなアーティストの再提案があったりもする。実際そこをきっかけに人気を得るアーティストもたくさん出ているので、これはサブスクの功の部分だなと思っていて。でもこの「ロレム」「ポレン」「アンチポップ」のキュレーション感覚って目新しいものではなくて、実はかつてのZESTであったり、あとフリーソウルみたいなDJカルチャーの人達であったりがやってきたことに通じる部分がある。ジャンルとか地域性、年代も横断しているけれども、ムードみたいなものと豊富な知識を照らしてラベリングする編集感覚。それならば自分もできるかなと。

僕がプレイリストをつくっても影響力がないですけど、アナログ盤をリリースするってところまでやったら、それはアーティストにとってもインパクトがあるはずです。きっと東京のレーベルから自分のレコードが出るなんて、少し奇妙で特別なオファーだし、少なからず活動のモチベーションになると思うのですよね。今はもう少し踏み込んで、日本のアーティストと海外のアーティストを結びつけるようなリリースができたらと企画中です。リリース情報はレーベルのWEBやインスタグラムでチェックしてみてください。

中村義響
様々なアーティストの制作に携わる傍ら、ポップ・ミュージックに関する雑文やレビューなども少々。2020年より株式会社ラダ・プロダクションに所属。アナログ・レコード専科のインディ・レーベルTYP!CALのオーガナイズを行っている。趣味はF1観戦。
TYP!CAL web
Instagram:typical_records

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author:

多屋澄礼

1985年生まれ。レコード&アパレルショップ「Violet And Claire」経営の経験を生かし、女性ミュージシャンやアーティスト、女優などにフォーカスし、翻訳、編集&ライティング、diskunionでの『Girlside』プロジェクトを手掛けている。翻訳監修にアレクサ・チャンの『It』『ルーキー・イヤーブック』シリーズ。著書に『フィメール・コンプレックス』『インディ・ポップ・レッスン』『New Kyoto』など。

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