繊細な点描や、さまざまな文字の要素を含んだオリジナルのカリグラフィー“コスモポリタン”でモノクロの世界を描くUSUGROW(薄黒)。緻密で美しい作品は海外からのラブコールも多大であり、国内外で開催する展覧会は開催のたびに大きな反響を呼ぶ。
その彼が、6月25日、霞ケ関や新橋に程近い港区虎ノ門で、アーティストのimaoneと建築デザイナーの野村郁恵を交えた3人で、マルチスペース、SHINTORA PRESS(新虎プレス)をオープンさせた。そしてそのこけら落としとして、USUGROWの個展が開催されている。「SPIRIT BEYOND BORDERS」と題し、ダンスをモチーフにした作品が並んでいるのだが、なぜそのテーマが彼の琴線に触れたのだろう。初日のオープン前、会場で作品に囲まれながら、その真意について話を聞いた。
足を運べば、何かおもしろいことをやっているギャラリーを目指す
——オープンおめでとうございます。まずSHINTORA PRESSは、いつから構想があったんですか?
USUGROW:ありがとうございます。このビルの上の階にimaoneさんの事務所があるんですけど、1階が空いていたのできれいにしておけば何かしらの使い道があるって話していたんですよ。それから3年くらいたって、当初は予定していなかったけどギャラリーが完成しました。
——2017年まで、葛飾でHHHgalleryをHAROSHIさん達と一緒に運営されていましたね。
USUGROW:そうですね。HHHgalleryでは、自分の個展を開催したことがなくて、他のアーティストの個展やグループ展の企画をしていました。あそこの良かった部分をこの場所に生かしたいと思っています。HHHgalleryを始めた当時は、アパレルショップや小さいギャラリーでたくさんの個展が開催されていて、オープニングでお酒を出すようなパーティもいっぱいありました。でも、HHHgalleryではそういったパーティなんかはなしにして、子ども連れでもゆっくり来られるように、週末の昼だけオープンしていたんですよ。昼からダラっと開けている雰囲気が良かったから、それをSHINTORA PRESSでも受け継いでいけたらいいなと個人的に思っています。
——にぎやかなオープニングパーティも楽しいですけど、HHHgalleryの雰囲気も好きでした。
USUGROW:人であふれているパーティの空間は好きだし、お酒を出してもらえるなら飲みたい(笑)。でも、それとは違ったことをやりたいと思っていますし、人がたくさん集まっていなくても、行けばおもしろいことをやっている場所っていいですよね。
——今後も定期的に、気になるアーティストの個展やグループ展を開催していく予定ですか?
USUGROW:誰かが作品を発表したり、展示会や上映会をやったりと、誰にでも貸せるわけじゃないけど、僕達による企画展以外で、何かを発信するスペースとして提供できたらいいなと思います。
——“新虎エリア”と呼ばれる新しい街の裏道で、昔ながらの喫茶店や床屋も近くにあるこの場所の雰囲気もいいですね。
USUGROW:まあ、僕はどこでも良かったんですよ(笑)。いいものを紹介できる場所があれば、人は来てくれるはずなので。原宿とか渋谷には、それぞれ良さがあるから、そういう場所とは違った雰囲気にできたらな、と。今はアートブームみたいなムーブメントがあって、それ自体は全然悪いことじゃないし、アーティスト本人達もそれを視野に入れて活動しているだろうけど、そういったアートシーンやアートビジネスに興味がないような、おもしろい人も紹介していきたいです。
——ここ1年ほどのコロナ禍において、オンラインの展覧会が数多く開催されていましたが、USUGROWさんは可能な範囲でフィジカルでの個展を開催していましたね。
USUGROW:正直、どっちの開催でもいいんですけど。ただディスプレイ上で観て、もっと観たいって思った人は直接足を運ぶだろうから、現物を観られる会場はあったほうがいいし、そういう場所を大事にしていきたいです。僕は絶対に生で観ろって言わないけど、直接自分の目で観ないと感じないことは多いはず。実際に観たら、観たなりのものがあると思います。
——まさに、Instagramで今回の個展の告知を観た時と、直接観た今で、違った衝撃がありました。より繊細に観られて、緊張感が伝わると言うか。
USUGROW:現場で観てもらうのが一番です。ですが常にオープンでいたいので、会場に来た人にしか作品を観せないとか、ソーシャルメディアに作品をアップしないとか、そういったことは考えてません。
原始的なダンスと、文化の広がり
——今回の個展「SPIRIT BEYOND BORDERS」がSHINTORA PRESSのこけら落としとして開催されています。踊りをモチーフにした作品が展示されていますが、このモチーフは7年前から始めていたんですね。
USUGROW:フラメンコの作品をきっかけに、今までのイラストレーションとは違ったものを描き始めていて。いつかまとめて展示をやりたいなと思っていたら、ちょっと時間がかかっちゃって、このタイミングになりました。
——ダンスをモチーフに描いている作品はいくつか拝見していましたが、ダンスが個展のテーマになったのは少しだけ意外でした。
USUGROW:地元、三春(福島県)のひょっとこ踊りだったり、阿波おどりだったり、お祭りの踊りは身近にあったんですけど、よくよく考えてみたらダンスってすごいなと感じていて、深く掘っていたんですよ。音楽も民族音楽が好きなので、それも並行していろいろと触れていたから、全部一緒になった感じです。
——今回は点描の作品がありませんね。
USUGROW:今回はなしで。別に飽きたり、描かなくなったりしたわけじゃないですよ。僕はどこかのギャラリーと契約していないので、好きなことを好きなように描いていきたい。ただ、20年以上描いていると、自分なりのハードルを越えるたびに次のハードルが高くなっていくから、どんどん時間はかかっていきますね。そこはマイペースにやっていきたいです。
——新たな挑戦といったところでしょうか。
USUGROW:誰だって同じことをずっとやっていたら、多少行き詰まったり伸び悩んだりすると思うんですよ。そこで机の前で、どうしよう……って考えるくらいなら、気になっていた他のアイデアをどんどん試して、動いていったほうがおもしろいし、そこで発見したことを長くやっている手法に応用したらいい。思いついたことは、どんどんやっていきたいです。
——こちらのさまざまな踊りを描いた作品は、コスモポリタンの“i”が擬人化していますよね?
USUGROW:そうです。iの点を人の頭にしていて。iは、“私”であるし、“アイデンティティ”や“インディペンデント”など、生きていく上で大事なことは全部iから始まっているので、iっていいなと思っていたんですよ。しかも、“愛”とも捉えられる。
——すべてを描いてみて、いかがでしたか?
USUGROW:人間の体の中にはフロウがあるのに、その本質的な部分を忘れちゃっている人が多いから、視覚で捉えられるように描きたいという気持ちがありました。それに加えて、ダンスや音楽の文化を掘り下げていると、気付いたことがあるんです。どこかの民族のダンスも、他の土地に伝わり変化し、またどこかに伝わって変化をし、そして伝わっているって。文化は広がり続けるし、国や民族が滅びたとしても、そこで生まれた文化は、どこか他の場所で生きていることを改めて考えていました。なんとなく知っていたけど、すごいつながりですよね、それって。しかも、偶然にも現代の情勢にも同期して。
——現代の情勢というと?
USUGROW:ここ数年の国境は以前に増して厳しくなっていると感じていて、入国がめんどくさくなったし、荷物を送るのも書類がどんどん増えていくし、関税も高いし。そういう身近な体験から始まって、国が抱える問題も増えてきている気がするんです。紛争や移民の問題、途上国からの搾取などもどんどん表面化してますよね。インターネットを介して世界中の文化が広がっているのに対して、なぜか国境という見えない壁だけが高くなっている。その対比が色濃くなっていて、不思議な気持ちです。何か行動しようってわけじゃなくて、偶然にもコロナ禍で自分も含め世界中のひとびとが閉じ込められてしまった。だから意識だけでも外側に向けておきたいんです。それを伝えたい部分はあるかもしれません。
——太古の昔にダンスが広がったことと、現代のデジタル上で文化が広がっていくことは、形は違えど変わっていないかもしれません。
USUGROW:そう。変わっていないけど、当たり前すぎてその感覚がわからなくなっているんだと思うんですよね。ダンスに限らず、僕が大好きなパンクやヒップホップ、あとスケートボードも、わかりやすい例。ハードコアパンクの中に、ジャパニーズハードコアというスタイルが世界的に確立していて。1980年代にUKから始まったハードコアパンクのスタイルが日本にも伝わって、独自のスタイルに変化して、それがまた世界に広がっていって。ある国で生まれたカルチャーが伝わった土地でさらに変化して、各地で新しいスタイルが生まれてくるわけじゃないですか。
——その国だけのものには収まらないということですね。
USUGROW:そういった自分達が何げなく楽しんでいることも、実はそういう純粋に何かを表現したい、やってみたいという、強くて深い本能によって世界中に広がっているはず。それって、すごく貴重なこと。どんなに国境を高くしても、僕らの好きなカルチャーは広がっていくから、あんまり甘く見ないでほしいですよね。今もいろんな国の問題がありますけど、そんなんじゃ僕達の大好きなカルチャーは動じないし、ダンスや音楽が広がっていったように、文化の深い歴史や人間の強さは今の時代も変わらないと思います。
(後編に続く)