西洋の偉大な画家達に大きな影響をもたらしたことでも知られる浮世絵。現在では芸術の1ジャンルとして確立しているが、もともとは庶民に親しまれていた絵画であり、“浮世”という言葉が示す通り、当時の生活を描いているものが多い。その日本を代表するアート、浮世絵に独自の解釈を加え、現代アートに仕立て上げるイラストレーターのNAGA。彼が描く舞台は江戸時代であるが、町人は現代さながらスケートボードやピストバイクに乗っている。まさに、時代を超越した“浮世絵”だ。時代とカルチャーをクロスオーバーさせたことで開化した、NAGAに迫る。
漫画家を目指していた当時、浮世絵がしっくりハマった
——いつから浮世絵をモチーフにした作品を描いているのでしょうか。また、なぜ浮世絵を?
NAGA:13年前の25歳からですね。きっかけは当時、人手が足りないという先輩の実家の銭湯で住み込みのバイトをしていたことです。その銭湯は東京の地下水を使っていたんですけど、飲むこともできておいしかった。そこでその地下水を飲料水として販売するために広告を作りたいという話になり、絵が得意だった僕に、東京らしく江戸を打ち出した浮世絵っぽいデザインを描いてほしいと依頼がきたんですよね。
ただ、僕は浮世絵は知っていたけどそこまで詳しくは知らなかった。そこで図書館に行って浮世絵の本を見て調べ研究し、サンプリングすることにしました。すると、めちゃくちゃ喜んでくれたんです。自分でも描いていて浮世絵はおもしろかった。それからこの作風で描き続けています。
——銭湯でバイトするまで、イラストレーターとして活動していたんですか?
NAGA:当時は漫画家を目指していました。もともとイラストと漫画の専門学校に通っていたので。だから、絵を描くこと自体、昔から好きでした。
——そうだったんですね。改めて浮世絵を見た時の印象はどうでした?
NAGA:基本は漫画と一緒だなと。油絵とか水彩画と違って、アウトラインの線画を描いて色を塗る。だから、とっかかりやすかったですよ。
——なるほど、そのとっかかりやすさがしっくりきた部分なんですね。浮世絵を新鮮に感じたりしますか?
NAGA:浮世絵を調べていくうちに知ったのですが、江戸時代は出版物に対して厳しい検閲があったんです。でもその検閲をかいくぐって、隠しメッセージを落とし込んでいる作品があるんです。例えば、画中の人物と背景を結びつけることで別の答えを導いたり、作品の題名部分に描かれた小さな絵にメッセージを隠していたり。その一見しただけではわかりにくい仕掛けもおもしろいと感じたので、僕もわかる人にはわかるように、隠れた表現を潜ませています。
——ちなみにどのような隠しメッセージを?
NAGA:例えば、スケーターが着ている着物の柄が、とあるスケートブランドの……といった感じです(笑)。でも、一般的には気付きにくいことなので、スケート好きでも気付く人だけ反応できると思います。
もし江戸時代がそのまま現代まで続いていたら…
——スケーターだけが気付くポイントがあるんですね。昔からスケートボードといったストリートカルチャーは好きだったんですか?
NAGA:はい。めちゃくちゃアメリカンカルチャーが好きでした。浮世絵と出会ってからはもっと追求していこうと、自分が好きなカルチャーを浮世絵とクロスオーバーさせています。それが僕の場合はスケートボードをはじめとしたストリートカルチャーだったんですよね。
——他に影響を受けたカルチャーは?
NAGA:スケートボードや自転車以外だと、グラフィティやヒップホップも好きです。単純に自分の身近にあって、好きだったものを作品に反映しています。
——町人がスケボーやピストバイクに乗っているのが実にユニークです。江戸時代の生活と海外のカルチャーをミックスする際、気を使っていることはありますか?
NAGA:基本的に有名な浮世絵作品をサンプリングすることが多いんですけど、元の作画を極力変えないようにしています。変えすぎてしまうと、ベースとなった浮世絵がなんだかわからなくなってしまうので。
——サンプリング元は隠さず明確に、気付いてもらいたい、と。
NAGA:そうですね。あとは、「もし江戸時代がそのまま現代まで続いていたら」というテーマを一貫して追求しています。街並みや装いは近代化していませんが、海外の先進的なものは輸入されていて、みんなちょんまげと着物姿のまま生活している様子を想像しながら制作しています。
——ユニークな視点ですね。浮世絵に馴染みが薄い人からは、どんな反応がありますか?
NAGA:純粋におもしろがってくれますし、浮世絵に詳しくなくても、スケボーや音楽などのカルチャーが好きな人は反応してくれますね。
——さながら現代版の浮世絵のようですが、日本の伝統文化をどのように捉えていますか?
NAGA:すごく好きですよ。でも、昔のままだと意味が伝わりにくいので、現代的にアップデートしているんですよね。そもそも浮世絵は、当時の生活を描いているものなので、僕は今の時代に合ったものを描いていきたいです。
いつかは伝統的な工程で版画の浮世絵を作りたい
——今後、挑戦したいことはありますか?
NAGA:お皿やグラスなど日常的に使えるものに、自分の作品を落とし込んでみたいですね。
——実用的なアート作品といったところですね。
NAGA:はい。そしていずれは伝統的な工程で浮世絵を作りたい。よく見かける浮世絵達って版画で作られているんですけど、彫師や摺師に依頼すると、大きなお金がかかってしまいます。以前、版画を作ろうと思ったことがあって、彫師に聞いてみたら、僕の作品は細かすぎるため、もっと線を太くしなければいけないし、省略しなきゃいけない部分もあると言われました。今の僕の作品をそのまま版画にしたら、金額が大変なことになってしまうようで……。そう考えると、江戸時代の浮世絵は、実はぜいたくな作りだったみたいです。
——勉強になります。版画での制作も楽しみにしています。最後に、これから個展が開催されるそうですね。
NAGA:そうなんです、2年ぶりの個展です。場所は、以前からお世話になっている根津のセレクトショップ「Tsugiki(ツギキ)」と、その向かいにあるハンバーガーショップ「Hedge8(ヘッジエイト)」の2ヵ所同時開催になります。今まで描き続けてきた「すけ〜と百景」シリーズの新作や、新たな動物シリーズとして猫もたくさん描きました。緊急事態宣言で延期となっていましたが、ようやく開催できそうなので、ぜひお越しいただきたいです。