TENGA発の女性向けブランド「iroha」がエロからの脱却を目指した8年間

2013年にスタートした、TENGA発の女性向けブランド「iroha」。女性にセルフプレジャーを「セルフケアとして楽しんでほしい」という想いのもと、8年間で15シリーズ以上のアイテムを開発してきた。最近では、Amazon Prime Video『キコキカク』で特集が組まれるなど、一般的に知られる存在となっている「iroha」だが、ローンチ当初は「アダルトグッズ」として認識され表立って紹介される機会は少なかったという。今回はそんな「iroha」のローンチから現在に至るまでの歩についてなどの話を広報担当・西野芙美に訊いた。その道程からは、「女性の性」に対する社会の意識の変化や、昨今のフェムテック事情が見えてきた。

セルフプレジャーはケアの一環。女性の性に対する意識を変えたかった

――そもそも、男性向けアイテムをつくっていたTENGAが、女性向けブランドを立ち上げようと思った理由は?

西野芙美(以下、西野):TENGAには「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」というビジョンがあります。性別も国籍も年齢も関係なく、性をみんなが楽しめるものにしたいという意志があるので、女性向けブランドの立ち上げは自然なことでした。女性が中心となってブランドを運営したほうがよいだろうという考えから、女性社員が増えてきた2011年にプロジェクトがスタートすることになりました。

――プロジェクト立ち上げからローンチまで約2年を費やしていますが、まずは何から始めたのでしょう?

西野:最初はコンセプトを決めるところからです。社内コンペの形式で案を募集して、それぞれのいいところを組み合わせながら骨子をつくりました。

――irohaの「女性らしくを、新しく。」というコンセプトには「セルフプレジャーをセルフケアのように楽しんでほしい」という想いが込められていますよね。どのように決まったのでしょうか。

西野:プロジェクトがスタートした当時は、今よりもっと女性のセルフプレジャーに対して偏見があり、「はしたない行為」「特にいやらしい人がするもの」という価値観が根強くありました。そのため、セルフプレジャーを自分ごととして捉えられなかったり、性欲自体を否定してしまったりしていたんです。

――女性が自分で性を楽しむことが、ネガティブに捉えられていたのですね。

西野:もしくは「男性から求められるべきもの」みたいにパートナーありきで語られることが多かったですね。ブランドを通して、そういった女性の性に対する固定観念を取り払い、ネイルやヘアをケアするように、セルフプレジャーを楽しめるようになってほしいという想いから、このコンセプトに決まりました。

TENGAはものづくりの会社。技術で女性に寄り添いたい

――アイテムの開発はどのように進めたのでしょう?

西野:当時は女性向けアイテムが一般的でなく、市場に不明な点が多い状態だったので、ニーズや現状を知るために大規模調査を行いました。20歳から39歳の女性2,000人に対して、セルフプレジャーに関するアンケート調査とインタビュー調査を実施したんです。

――調査の結果、どんなことがわかったのでしょうか。

西野:「使うのが恥ずかしい」「部屋にあると見つかってしまいそうでドキドキする」「見た目が怖い」といった声があり、多くの方がアイテムに対して恥ずかしさや怖さを感じていることがわかりました。というのも、当時市場にあったものは、男性が女性パートナーに使って気分を盛り上げることを想定しているような、ピカピカ光ったりやたら大きかったりと派手なものがほとんどでした。もちろん、そういったアイテムを使って「非日常のエロ」を楽しむのも素敵だと思います。でも、irohaが目指したのは「日常アイテム」です。お風呂上がりや寝る前など暮らしの中で気軽に使えるよう、まずは見た目を生活に馴染むものへと変えていこうね、という話になりました。

――確かに、「iroha」のアイテムは一見するとオブジェみたいですね。

西野:パッと見ただけだと、何に使うものなのかわからないですよね(笑)。そこも「iroha」のいいところだと思っています。「和モダン」をデザインコンセプトに、色合いも優しくなるように工夫しています。

――他にこだわったことや苦労されたことはありますか?

西野: TENGAはものづくりの会社なので、技術で女性の心地よさに寄り添いたいという想いがあり、素材や機能にはかなりこだわりました。初代iroha開発時は、1種類につき金型を10回以上修正し、合計30個以上のサンプルをつくったと聞いています。質感についても、サラサラしていながら弾力のある触り心地を求めて、6社のメーカーから素材を集めて研究しました。ちなみに、TENGAは社員が試用試験をして気持ちよさなどを確かめるのですが、最高で 1日9回試験した人もいたほどです(笑)。

機能面も、手軽で衛生的に使えるように丸洗い対応の防水加工にしたり、レバー式電源だと爪が長い方は使いづらいのでプッシュ方式にしたりと、細やかなこだわりがあるんです。ブランド立ち上げ当初から、「女性が本当に使いたいアイテムをつくる」という理念が根幹にあるので、アイテム開発時はいつも細部まで「使いやすさ」「心地よさ」を考え抜いてつくっています。

セルフプレジャーアイテムのニーズは年代ごとに違う

――2013年のローンチ当初、ユーザーや社会からの反応はいかがでしたか?

西野:発売を発表した時、サイトのサーバーがダウンするほど大きな反響をいただきました。「女性向けアイテム」のニーズが世の中にしっかりあったんだな、と実感しましたね。

ただ、社会に「日常アイテム」として「iroha」を受け入れてもらうのは時間がかかりました。ブランドを立ち上げたばかりの頃のメディア露出を振り返ってみても、ほとんどが男性向けメディアだったり、「女性用TENGA」として紹介されていたり。取り上げていただく内容も「エロ特集」といったものが多かったです。

――そこから変化はありましたか?

西野: 2018年頃から少しずつ変わってきましたね。背景には#MeToo運動の盛り上がりなど、「女性の自立」が注目されたことによる「女性の性」への意識の変化があると思います。それまでは「エロいもの」として紹介されていたのですが、「女性が人生の中で性をどう捉えるか」という文脈で取り上げていただくことが増えました。『Oggi』で「これからはセルフプレジャー上手になろう」という特集が組まれてirohaが紹介された時は嬉しかったです。

販路も少しずつ拡大していて、最初はアダルトショップのみでの販売だったのが、バラエティショップに置いていただけるようになり、2019年には大阪に初の常設店「iroha STORE 大丸梅田店」がオープンしました。百貨店という幅広い世代が来訪する場所に常設店ができたことで、客層が一気に広がりましたね。20代、30代の方はもちろん、60代、70代の方にもご来店いただいています。

西野:年齢層によってお求めいただく理由もさまざまで、30代40代の方は産後のホルモンバランスの変化で性的快感が変わってしまったことに悩まれてご来店くださったり、50代60代の方は閉経後の膣トラブル解決のためのトレーニングアイテムとしてお求めくださったりしています。常設店をオープンしたことで、各年代それぞれのニーズがあることを知りました。

――最近はフェムケアの1つとしても、セルフプレジャーアイテムが注目されていますね。

西野:セルフプレジャーは、欲求に応えて自分を楽しませることであると同時に、自分の体を知ることでもあると思っています。例えば、セルフプレジャー中の感じ方の変化で婦人科系の疾患に気付いたという方がいました。乳がんのセルフチェックのために乳房を触って確認するように、女性器に対しても同じように意識を持てたら気付ける変化もあると思います。「プレジャー」だけでなく、「ケア」の観点からもセルフプレジャーを捉えていただけたら嬉しいです。

目指すのは女性の「したい」が否定されない世界

――irohaは、アイテムの企画・販売だけでなく、女性の性や体に関する情報の発信も積極的に行っていますよね。

西野:社会に浸透している女性の性に関する情報は、誤ったものや偏った意見も多いので、イベントやメディアを通して正しい情報を発信するようにしています。例えば、「膣内でオーガズムを得られない女性は不感症だ」と思っている方が一定数いらっしゃって、実際iroha STOREに悩みを相談に来られる女性もいます。もちろん、医学的にそういった事実はないのですが、パートナーに指摘されたりアダルトコンテンツを通してそういったイメージを植えつけられたりすることで悩まれてしまうみたいですね。

こういう女性の性に関する悩みは、社会的につくられた「女性の体」のイメージに紐づいていることも多く、根深い問題だと思っています。少しでも悩みを減らせるように、情報発信の方法を日々模索しています。

――最近では、 SNSのライヴ配信でユーザーとコミュニケーションを取られているのも印象的でした。

西野:男性はマスターベーションについて友人同士で話したりすることもありますけど、女性にはまだそういった土壌がないですよね。でも相談したいとか誰かと話したいと思った時に気軽に話せる社会であれば、1人で悩みを抱えこんでしまう方も減ると思っています。instaLIVEなどで視聴者とコミュニケーションを重ねることで、性について気軽に話せる社会の空気を醸成していけたらいいですね。

――では最後に、「iroha」が目指している世界像を教えてください。

西野:女性1人ひとりが自分にとっての心地よさを選べる世界にしていきたいです。セルフプレジャーやセックスはするのもしないのも自由です。ただ、「したい」という気持ちがあった時に、否定されない世の中にしていきたい。以前よりセルフプレジャーが一般的になってきたとはいえ、社会や女性自身に不要な忌避感や、「女性だったらこうするべき」といった固定観念がまだあると感じています。そういったネガティブな感情を和らげて、セルフプレジャーや女性の性に対する意識をフラットにすることで、女性の選択肢を増やしていきたいですね。

author:

ただ かおる

1992年生まれ。秋田県出身。編集者。ロッキン・オンCUT編集部を経て、現在はカルチャーウェブメディアで編集、メディアプランニングに携わる。アニメ、映画、漫画好き。

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