「誰もがマイノリティ性を持っている」 サリー楓がLGBTQ当事者として発信する意図

建築デザイナー、コンサルタントとして働きつつ、モデルやタレントなど幅広く活動するサリー楓。慶應義塾大学大学院在学中に社会的な性別を変え、現在はトランスジェンダー当事者としてLGBTQに関する講演会を行うなど、積極的に意見を発信している。モデルやタレント業も、そうした活動の一環だ。

6月19日からは彼女と周囲の人達の姿を収めたドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる(英題:You decide.)』が全国で上映される。劇中ではトランスジェンダーのビューティコンテストへの出場や、自身の性自認に関する父との対話などが映し出されているが、彼女は「この映画を『LGBTQの映画』だと思っていない」と語る。彼女がこの映画で伝えたいこと、そしてさまざまな活動を通じた発信の先に見据える「社会における理想的なダイバーシティのありかた」について聞いた。

——さまざまな肩書きを持つサリーさんですが、現在どういったお仕事をされているんですか?

サリー楓(以下、サリー):日建設計という会社で建築デザイン、新規事業コンサルタントをしています。これまで設計事務所の仕事は建物の種類や予算規模といった条件ありきでしたが、今は建物の種類や予算・建設時期から一緒に相談したいという総合的な依頼に変わってきていて、“本を読む場”を作りたいといった抽象的な相談を受けることもあります。

あと、私の場合は働き方も変わっていて、新規事業担当として、自分で社会課題を見つけてきて、自分達の視点でプロジェクトを組み立てていくような仕事の進め方をしています。

——社会課題に関する仕事が多いのでしょうか?

サリー:お客さまからはSDGsに関する質問が増えています。それは私のアイデンティティに関係するところもありますが、時代的にも、企業の長期的利益を確保するという点でもSDGsに取り組むことが有効な選択だと認識しているからです。私もSDGsの講演などを通して学びを深めてきたので、お客さまのプロジェクトの中でどのような目標達成ができるのか挑戦のしどころでもあります。

——企業側のSDGsの意識が上がるのは良いことですね。

サリー:そうですね。ただ、SDGsの中にはLGBTQに関する課題解決は含まれていないんです。「ジェンダー平等を実現しようと」いう目標の内容は男女平等に関するものだけ。SDGsの達成を目指す国連加盟国の中には、宗教や法律などにより、同性愛が懲罰の対象になる国があるためです。なのでSDGsに取り組むだけでなく、“次のSDGs”に何を盛り込まないといけないのか”まで示唆を与えるような内容にしていくことが大事だと思います。

——サリーさんはモデルやタレントとしても活動されていますが、どの活動もメッセージ性があります。

サリー:モデル業は「なぜそのブランドのプロモーションに出演するか」という背景を語ることができて、自分の発信したい文脈と合致する場合にのみ仕事を受けています。例えば「フレルシー 」は足のサイズが大きい人向けのハイヒールブランドで、足型を取り直して靴を製作しているところに共感しました。靴のサイズって小さいサイズの足型を基準にしていて、それを拡大して大きいサイズを作ることが多いそうです。けれど、大きいサイズの人にも足に合ったいい靴が必要ですよね。

あと、「ABEMAニュース」への出演やイベント登壇なども行っていて、企業向けの講演会は可能な限り参加するようにしています。最近はジェンダーの課題に取り組まないといけないという意識を持った企業も増えてきていて、実際に働くLGBTQ当事者に話を聞きたい、といった依頼も多いですね。

——企業の意識が高まっているとはいえ、制度や取り組みとしてはこれから、という段階でしょうか。

サリー:LGBTQは人口の約10%と言われています。その約10%の存在は知られているけれど、当事者はまだ声をあげにくい状況。企業からすると優秀な人材の確保や離職率などにもつながるので配慮したいところですが、存在が目に見えないから実感が湧かない。そもそも多くの企業では、古くから議論されている男女平等だって達成できていません。今は過渡期で、実際に“自分ごと”化して対応できるかというと、まだ難しい状況だと思います。

誰もがマイノリティな部分を持っている

——講演会などでは、企業からは具体的にどういった質問がありますか?

サリー:就職活動に関する質問が多く、入社前、入社した瞬間、入社後の3段階に分けて話しています。私はカミングアウトした状態で就職活動をしたので、その時に言われて嫌だったこととか、嬉しかった対応、働き始めて困ったこと、良かった制度などを具体例でお話ししています。

——最近はLGBTQに関する就活も話題となりました。サリーさんも嫌な体験をされていたんですね。

サリー:採用担当者にはカミングアウトしましたが「私では判断しかねる」と言われました。結論から言うと、そのような企業に応募することはありませんでした。そのような企業だったら、入社してからも大変だろうし。だから、LGBTQに理解のある会社しか受けないようにしました。今の会社に入社してから困ったのは資格です。建物の取引や建築の話をする際には顔写真付き免許証を提示する必要があるのですが、その時に記載内容と性別や名前など、相手が知っている自分の情報と違うと困るということに気がつきました。これはLGBTQに限らず、夫婦別姓の方や、結婚後に免許を取り直していない方にも起こる問題です。

——カミングアウトに関する課題もあるのでしょうか。

サリー:カミングアウトするかどうかは本人の自由であって、それは強制されるものであってはならないと考えています。ただ言いたい時に安心して言えるような環境は必要です。カミングアウトを歓迎する環境という意味で「ウェルカミングアウト」という言葉があるのですが、学校でも職場でもウェルカミングアウトな環境が増えるといいなと思います。

——男女平等の課題では人数をそろえることも重視されています。LGBTQに関しても、企業として人数を増やすことは必要?

サリー:障壁や不平等を取り除くため、最初のスタートラインをそろえるために制度とか支援を使えるようにすることは大切です。例えば昇進制度で勤続年数を条件にすると、妊娠を経た女性の昇進が遅れる原因になってしまう。その是正をするために役員の女性比率を定めて女性を昇進させる、というような考え方は適切だと思います。ただ取って付けたように、女性やLGBTQの人を“そろえる”ような動きには賛同できません。

そもそも自分は多数派だと思っていたとしても、いつかはマイノリティになるかもしれないし、みんな何かしらマイノリティな部分を持っていると思います。身近な例だと、ビールが苦手で飲み会で困るとか(笑)。いつ自分のマイノリティ性で不平等な思いをするかなんてわからない。男女平等やダイバーシティの取り組みができている環境だと、それ以外のマイノリティの悩みも受けとめやすい環境ができると思います。

——みんながマイノリティだと思えば、さまざまな課題は“特殊なこと”ではなくなりますよね。

サリー:コロナ禍では非日常を生きる困難をみんなが経験して、“マイノリティ”になりましたよね。在宅勤務に切り替わった時に気がついたんですが、すぐにオンライン業務に適応できたのは、多様性の取り組みをしていた会社だったんです。もともと多様性のある働き方を受け入れていたので、家で育児をしながら働くなど在宅勤務経験者が多かった。だからスムーズに対応できたのだと思います。

“男らしく”が嫌だった。今は“LGBTQらしさ”を求められる

——ドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』の序盤には、「私が女性であるかどうかは、あなたが決めてください」とサリーさんが語るシーンがあり印象的でした。

サリー:ジェンダーにかかわらず、誰もが「自分を表現すること」と社会の制約の間で折り合いをつけています。会社が認めなければ、好きな服を着て仕事できないですよね? それと同じように、トランスジェンダーの私が私らしく生きるためには、社会側の理解も重要です。よく「トランスジェンダーはどちらのトイレを使うのか」と議論されます。手術をして戸籍も変えたトランスジェンダー女性なら女性トイレが使えるけれど、そうではないトランスジェンダー女性が女性トイレを使うには? それは主観ではなく、社会と一緒に考えていかなければいけないことなんです。

——女性としても課題にぶつかることがあるのでは?

サリー:私がカミングアウトしたのは、“男性らしさ”というジェンダーロールが苦しかったから。けれどトランスジェンダーであることを明かしたら、今度は“女性らしさ”を押し付けられるようになりました。そういうことじゃないんだと伝えようとしてLGBTQの話をすると、今度は“LGBTQらしさ”を求められるんですよ。カテゴライズして認識しようとする限り、人のことをジェンダーでしか分けられなくなる。だから、私自身はLGBTQという言葉もあまり使わなくなりました。

——ジェンダーの問題を解決していった先は、カテゴライズの必要がなく個人を尊重する社会になるわけですね。

サリー:もちろん、今は男女に分類されない存在を示すためにLGBTQという言葉は必要だと思います。でも本来はジェンダーや生き方、考え方、宗教って人間の数ほどあるので、“自分”というカテゴリーがあればいい。ノーマライゼーションは必要だけど、ジェンダーをアイデンティティにする必要はないということです。

——サリーさんも、トランスジェンダーであり普通に生活する自分を見せることを大事にしていると聞きました。それは、ジェンダーがアイデンティティではないという一つの表現ですよね

サリー:そうですね。意図的に“トランスジェンダーの建築家”という言葉を使うこともあります。その枕詞がつくということは「トランスジェンダーが建築家になるのが困難」という前提があるからです。そういう表現をする必要がない社会になっていったらいいなと思います。

——LGBTQの存在自体は認知が広まりましたが、まだまだアップデートできていない部分が多い?

サリー:これまで男女平等やLGBTQ、ダイバーシティの多くがLGBTQ当事者や関心のある層にしか届いていなかった面がありました。けれど多くの人達がその議論の外側にいると思います。問題や現状を知りたい人もいると思うけれど、多様性や自分らしさといったことに対して前向きな態度しか示してはいけないという雰囲気がある。そういう時に、サリー楓に相談して欲しいなって思います。私はそういうことを理解できない人や共感できない人も含めて、皆さんと一緒に勉強して、議論していきたいんです。

——何かを教えるのではなく、議論が必要なんですね。

サリー:知らないものに対して「理解できない、嫌悪感を抱いてしまう」ということもあると思います。理由は、その人の中ではなく社会構造の中に原因があるかもしれない。それも話し合わなければわからないことなので、向き合うことでアップデートしたいんです。これはダイバーシティだけでなくSDGsもそうで、目標が先に立ってしまって、「CO2を削減しよう、電気自動車を普及させよう」「でも、その電気って火力発電で作った電気じゃない?」と疑問を口にしにくいことがあります。

——映画『息子のままで、女子になる』はそういった課題に向き合うきっかけになると思います。サリーさんがこの映画で感じてほしいこと、伝えたいことは?

サリー:私はあの映画を“LGBTQ映画”だとは思っていなくて、学校や会社になじんで私が普通に過ごしている姿が見られると思います。それに私よりも私の周囲の人達のシーンのほうが印象的で、私のジェンダーに理解を示せない父の姿など、結論ありきではなく、理解しあえないリアルな葛藤をそのまま映しています。この映画の英語のタイトルは『You decide.』となっています。そこからは、私だけでどう生きるかを決められるわけではなく、あなた(社会)がどう私を見ているのかというのも、人がどう生きるかを決める原因になるというメッセージを感じます。だから、この映画を観た社会がどういう議論をするのか見てみたいです。

サリー楓(さりー・かえで)
1993年京都府生まれ、福岡県育ち。トランスジェンダーの当事者としてLGBTQに関する講演会も行う。建築学科卒業後、国内外の建築事務所を経験し、現在は建築のデザインとコンサルティングを中心に多岐にわたって活動している。
https://www.kaedehatashima.com/home-1
Twitter:@sari_kaede

■『息子のままで、女子になる』
トランスジェンダーの新しいアイコンとして注目される、サリー楓。建築家としての夢、息子として期待に応えられなかった葛藤、家族との対話……これは彼女が、“楓”として自分らしく、いまを生きようとする現在進行形の物語。
2021年6月19日からユーロスペースほか全国順次公開
https://www.youdecide.jp

Photography Yuri Manabe

author:

臼井杏奈

フリーランスライター・青山学院大卒後、産経新聞社に入社。その後INFASパブリケーションズに入社し、「WWD BEAUTY」で記者職。現在は美容業界記者として外資ブランドおよびビューティテック、スタートアップ、アジア市場などの取材やインタビューを行う。

この記事を共有