TBSラジオで放送中の「ジェーン・スーの生活は踊る」のパーソナリティをはじめ、エッセイや作詞など多方面で活躍するジェーン・スー。愛嬌はあるが自由奔放な父親と、父に振り回される娘の思い出や苦い記憶を書いた自伝的エッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がテレビ東京でドラマ化され、6月25日で最終回を迎える。
相手に寄り添い、真摯な姿勢で言葉をかけるジェーン・スー。TBSラジオで2014年4月から2016年4月まで放送されたお悩み相談番組「ジェーン・スー相談は踊る」(現在も「生活は踊る」内の1コーナーとして「相談は踊る」は継続中)が評判を呼び、雑誌やインタビューでも数多くのお悩み相談に答え、「人生相談の名手」とも呼ばれている。TBSアナウンサー堀井美香とパーソナリティを務めるポッドキャスト「OVER THE SUN」は「ジャパンポッドキャストアワード2020」のベストパーソナリティ賞を受賞するなど、ジェーン・スーの言葉が多くの人の日常を彩っている。ドラマ、お悩み相談、ポッドキャストなど仕事におけるジェーン・スーの大事にしていることを聞いた。
疲労がたまってきている現代人に、寄り添えるような回答をする
——ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』はいよいよ終盤です。原作者として、ドラマの感想をいただけますか。
ジェーン・スー(以下、スー):私と父の月報みたいなエピソードを吉田羊さんと國村隼さんに演じてもらえるなんて感激していますし、山戸結希監督と菊地健雄監督、それぞれの持ち味や個性が惜しみなく発揮されていて映像作品としても楽しく見ています。1つ1つの話を丁寧にくみ取ってくださっていると感じています。
——特に好きなシーンは?
スー:2人の蒲原トキコ(吉田羊、松岡茉優)と父(國村隼)の何気ないやりとりが好きです。若かりしトキコにとって苦しかったことも、年齢を重ねてお互い諦め半分でうまくやっていくことを選んだんだろうなと感じて。でも、そこにきちんと愛情があることがちょっとしたやりとりからわかるので、微笑ましく見ています。
——ドラマでは、原作にはないラジオシーンが組み込まれています。
スー:これほど原作に敬意を払ってもらえることってなかなかないと思うくらい、制作陣の皆さんが丁寧なんです。「ただラジオのシーンを入れておけばおもしろくなるでしょ」、みたいな感じが全くない。ラジオリスナー達が見ていて誇らしく思えるように、配慮して作ってくださっていると感じますね。
——ラジオシーンはスーさんが監修で入っていらっしゃると聞きましたが、どのように関わられているのでしょうか。
スー:ラジオのシーンは「相談は踊る」に来ていた過去の相談をメインに作ってくださいました。当時の回答をそのまま用いるのではなく、「今ならこう答えるだろうな」とアップデートした回答を私がフィードバックして、台詞に落とし込んでもらっています。
——お悩み、というのは普遍的なものに思えますが、アップデートされる部分もあるのですね。
スー:数年前とはいえ、社会状況がかなり違いますし、価値観にも変化はありますよね。当時はハッパをかけるような言葉遣いで通用していたことも今だときつく聞こえたり、「行っちゃえ!」と背中を押すようなアドバイスもご時世的に今は控えたほうがいいとアドバイスしたり。
コロナ禍ということもありますけど、6年前と比べてもっと人は疲れているように感じています。それは、人が弱くなったり傷つきやすくなったりしたのではなく、社会が厳しくなっているから。だから、リスナーにかけられる言葉の強度が変わってきていると実感しますね。当時は私がまだ未熟だったこともありますけど、今はもう少し寄り添えるような回答をするようにしています。
——ドラマの第2話「老いるとか 思い出とか」で、遺品を早く捨てたいという相談内容に対してスーさんが相手の意見を受け入れつつ、「人間には捨てられない記憶がある」という回答に優しさを感じました。
スー:あれはあくまで蒲原トキコのセリフですね(笑)。とはいえ、私も共感できます。人の想像力なんて、基本的には自分が経験してきたものをベースに因数分解して、掛け合わせたものでしかないですよね。経験していないと、想像できないことばかり。それでも、想像するきっかけになるような言葉が伝えられたらいいなと思っています。
それぞれの親子で、それぞれの正解を見つけていくしかない
——原作本が出版されたのは2018年5月になります。別のインタビューで、本作を書かれるきっかけを「母の女性としての人生についてもっと聞きたかったけれど、聞くことができず後悔している。父については同じ悔いを残したくない」と仰っていました。お父さまと対話をされて、変化はありましたか?
スー:子ども目線で「父親として何点」という見方しかしていなかった親が、立体的に見えるようになりました。働いていた頃の話とか戦争時の話とか、「父親」という枠組みでは見えてこなかった人間としての敬意みたいなものが芽生えましたね。書いて、本当に良かったです。
——見たくない部分を見てしまった、ということはありませんでしたか。
スー:もともと、見たくないことを平気で見せる人だったので(笑)。改めて幻滅することよりも、加点されたことのほうが多いです。
——原作を読まれた吉田羊さんが「スーさんは親に対して子としての甘えが一切ないと感じた」と感想を述べていました。ご自身ではどう思われますか?
スー:言われて初めて気付きましたね。たぶん、無自覚に配慮していたんだと思います。甘えが出せるほどの余裕が私たち親子の関係値にはなかったですし、甘えるっていうのは“返してもらえる”という期待があってこそ成り立ちますよね。父親に愛情は持っていますけど、身を委ねられるような存在ではなかった。子どもの期待を100%拾ってくれるタイプではないことを覚悟していたので、甘えがないように映ったのかなと思います。
——逆に、お父さんはスーさんに甘えていますよね。嫌だと思ったことはありませんか?
スー:父親は甘えるコミュニケーションが上手なんです。向こうの思うつぼなんでしょうけど、甘えさせるほうがコミュニケーションとして円滑にいくんです。ただ、甘えることはあっても、攻撃してきたり傷つけてきたり「父親」というカードを切って私をやり込めることはなかった。私を「個人」として尊重してくれたので、私も今の関係を受け入れられたんだと思います。
——原作の中でスーさんが、お父さまとの関係性について「少し変わっている」「愛情はもちろんあるけれどもそれだけじゃ解消しきれない何かがある」と仰っていたのが印象的で。過去の過ちは引きずってしまいがちですが、スーさんはどのように向き合って書かれたのでしょうか。
スー:嫌だった悔しかった悲しい思いをした、という記憶からは目を背けずに書こうと思っていました。「昔はいろいろあったけど今は仲良し!」みたいな、ほっこりすてきな家族の物語は書きたくない。みだりに成り下がるようなことはしないように、かなり注意して書きました。
——家族に対して「どうしても許せない記憶」を抱えて悩んでいる人は、どう向き合うのがいいと思われますか?
スー:親子の組み合わせは完全にガチャのようなもので、親も子も相手を選べないですよね。だから、うまくいかない組み合わせがあって当然。「親子は常に仲が良いもので、喧嘩したら和解するのが当然」とは思いません。我が家はたまたまこういう着地になりましたけど、同世代で親と縁を切った人も普通にいます。親子の関係性に正解はないので、それぞれの親子で、それぞれの正解を見つけていくしかないですね。
そういう人は、自分と話すのが大切だと思います。私の場合は、父親に対して許せないことがあっても母に対する後悔が大きかったので、父親で同じことを経験したくないという「自分だけの思い」によって再構築しました。自分と対話をして、親との関係をなんとかしたい思いがなければ、無理に問題を解決しようとしたり仲良くしたりしなくていいと思います。
いくつも問題が複雑に絡んでいる相談を、交通整理してあげるだけで十分かもしれない
——TBSラジオやポッドキャストをはじめ、「Oggi」の連載などたくさんの悩み相談に答えられていらっしゃいます。悩み相談を始められたきっかけを教えていただけますか?
スー:2011年にTBSラジオ「ザ・トップ5」という番組のコメンテーターをさせてもらっていた時に、「発言小町」で既に解決されているお悩みをわざわざ掘り出して、コメントするコーナーがあったんですよ。それでプロデューサーが、「スーさんは相談に答えるのが得意かもしれませんね」と言ってくださって。それがきっかけで「相談は踊る」が始まりました。
——やり始めた時はいかがでしたか?
スー:今も試行錯誤ですけど、相談に答えるのは難しいですね。最初の頃は言葉がきつかったり、決めつけていたりしたんですけどだんだんと、文面をそのままくみ取ること、解決策を出すんじゃなくて相談の交通整理をしてあげるだけで十分だと、わかってきました。
悩みとひとことでいっても、単なる「わがまま」だったり行政に対処してもらうべき「問題」だったり、いくつかのトラブルが複雑に絡み合っている場合もあります。例えば「こっぴどく振られた経験があり、それ以来コミュニケーションが苦手です。彼女ができません」という相談が来たとして、解決したい悩みは「どうしたら彼女ができますか」なんだけど、その前に過去にこっぴどく振られた理由を考えてみようと促したり。いきなり答えを出すのではなくて、文面から理解できる範囲で読み解いて、答えを出す手前で考えることも伝えるようにしていますね。それが正しいか、今もわからないですけど。
——交通整理、というのは納得です。他にも相談に答える上で、最近心掛けていらっしゃることは?
スー:「相談者の気持ちに寄り添う」「文面を読み違えないようにする」ことです。見ず知らずの人に相談を送ってきた時点で相当悩んでいたり疲れていたりしていると思うので、いきなり否定しないようにしています。ひと昔前の人生相談のように「あなたダメね!」と相手に意見するほうがスカッとして人気があるのかもしれないけれど、悩みをそんな風に消費したくないと思っていて。
——必ずしも正論だけが悩み相談の回答においては正解じゃないと思うのですが、どのようにバランスをとっていらっしゃいますか?
スー:私は「ストリート」に例えるんですけど、実際に上司からパワハラをされたとして、悪いのは100%上司ですよね。でも、上司の機嫌を損ねないように明日も働かないとその人はご飯が食べられなくなる現実もある。正論だけで考えると反旗を翻せない自分っていうのがふがいなく感じられて、自信を喪失することになりかねません。
実際の正しさはわかった上で、今日の妥協点を提案するようにしています。正しさと違うところの答えだとしても、「明日も元気に生きていく」という実生活目線で考えるのも1つの手ですよね。やっぱり、理想と現実はかけ離れていますから。その間を埋められないのは自分の力不足だ、となってしまうと変化は起きないと思うんですよ。
——LGBTQなどセンシティブなお悩みに対しては、どんな心掛けで回答されていますか。
スー:「当事者ではないのでわかりません」とは言わないようにしています。「自分だったら」と置き換えて、接点を見つけて考えるようにしています。ただ、相談によっては医療機関などの専門機関を頼ったほうが賢明だと思われるものもあります。そういう時はスタッフにリストを作ってもらって、相談者に送ってもらう場合もあります。
——相談によっては、SNSで物議を醸すかもといった内容もあると思うのですが。
スー:相談に関しては、スタッフが選んだものに答えるという感じで、それに対してNGを出すことはほとんどないですね。SNSの反応は見るようにしていますが、それを意識して相談に答えることはなくて、あくまでリアクション観察。不特定多数のリスナーではなく、相談者1人に対して真摯に答えるようにしています。
——自分でできる、悩みの交通整理の方法はありますか?
スー:おすすめは、モヤモヤしたら文章に書き出すこと。何に腹が立っているのか、なぜ気が滅入るのか。重複してもいいので、正直にひたすら書き出すことで客観的になれます。その共通項を整理していくと、悩みのパターンや自分の癖がわかってくるはずです。
とにかく、カッコつけないで正直に書くことが大事だと思います。よく言うんですけど、正解が先に決まっていることなんてあまりないんです。自分で選んだ方を正解にしていくしかないと、私は思っていて。自分で選んだ選択を「よかった」と思えるように行動することはできますから。選んだものを正解にしていくとしたらどちらを選択すべきか、という視点で考えることが多いですね。
——自分で選んだ選択肢を、努力で正解にしていくと?
スー:努力というか、そう心掛けたいですね。35歳を過ぎたあたりから、やりたいことよりも得意なことを選ぼう、と考えるようになって楽になりました。苦手を克服することでの自己顕示欲がなくなったというか。今やっている仕事のほとんどが人に勧められたからやってみたことばかりなんです。基本的に信用できる人から勧められたことは全部乗っかるようにしていて、やりながら改善を重ねた感じです。
——他人の意見を見定めるポイントはありますか?
スー:「なぜこの人は私に声をかけてくれたのか」を考えるようにしています。そこを間違えると私は失敗しやすいんですよ。
——期待とは逆に「私なんて」と自己評価が低い人も多いように思います。
スー:多いですね。声をかけてもらうには運とか縁もありますけど、そこできちんと波に乗っかって、小さな成功体験を積み重ねていかないと次の展開には進めないかもしれせん。もし自分を否定し過ぎてしまうなら、「どうして“私なんて”と思うのだろうか」っていうのを書き出すといいですね。自分に対する期待値が高過ぎるとか、恥をかきたくないとかいろんな理由が見えてくるはずです。
日々をきちんと生きていくことが大事
——ポッドキャスト「OVER THE SUN」もスタートして8ヵ月ほど経ちました。「ジャパンポッドキャストアワード2020」で、ベストパーソナリティ賞とリスナーズ・チョイスを受賞されました。どんなお気持ちでしたか?
スー:両方いただけて嬉しいです。リスナーズ・チョイスに関してはリスナーに投票をめちゃくちゃ呼びかけていたので、お互い困った時は助け合う「互助会」の役割がかなった感じがしました(笑)。
——ラジオとの違いはありますか?
スー:ラジオとポッドキャストは全然違います。ラジオは公共の場でも流れる放送なので、意図せず耳に入ってしまった人にも配慮して丁寧な言葉遣いですけど、ポッドキャストは自ら聴きに来てくれている人のためのメディアですから。話が通じる前提で話しています。あと、堀井さんと自由に喋れる場所ができたことは助かっていますね。「OVER THE SUN」があるおかげでお互いの近況がわかるし、堀井さんだからできるくだらないことも話せるし。
——ポッドキャストを拝聴していると2人の楽しい会話から、歳を重ねることを肯定的に捉えるようになりました。そういうメッセージを伝える意識をお持ちですか?
スー:ネガティブに捉える必要もないとは思いますが、年齢を重ねていくことをことさらポジティブに語るのもちょっと違うなとも思っていて。自分を楽しませるものがあったらいいなと思うくらいで、日々をきちんと生きていくことが大事だと思います。
中年に対するネガティブなイメージって、メディアが率先して作ってきたもので、ストリートとの格差はすごくあります。だから、当事者になった時に「われわれは結構おもしろいぞ」と思ったし、くだらない話で延々喋れるのも子どもの頃からずっと備わっている能力だなと。世間の思っているおばさんの型から意識的にハミ出そうとしているわけでないけれど、収めようとも思っていないですね。
——年を重ねることで確信に変わったことは?
スー: 40歳を過ぎたら楽になるのは間違いないですね。ただ、人によりますけど30代より忙しくなると思います。景気の悪さもあるんでしょうけど、現場も回して管理もして、プレイングマネージャー的な立場になりがち。体力も記憶力も落ちてくるのに、仕事量はめちゃくちゃ増える。それは予想と違ったので、声を大にして伝えておきたいです(笑)。
ジェーン・スー
1973年生まれ、東京都出身。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。「ジェーン・スー生活は踊る」(毎週月~木曜午前11時 TBSラジオ)に出演中。「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」(幻冬舎)で講談社エッセイ賞を受賞。著書に「私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな」(ポプラ社)、「女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。」(文藝春秋)、「今夜もカネで解決だ」(朝日新聞出版)、「これでもいいのだ」(中央公論新社)、「女のお悩み動物園」(小学館)など。コミック原作に「未中年~四十路から先、思い描いたことがなかったもので。~」(漫画:ナナトエリ、バンチコミックス)などがある。
Twitter:@janesu112
Instagram:@janesu112
「ジェーン・スー 生活は踊る」
https://www.tbsradio.jp/so/
ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」
https://anchor.fm/tbsradio-over?utm_source=podnews.net&utm_medium=web&utm_campaign=podcast-page
Photography Takahiro Otsuji (go relax E more)