IT業界のジェンダーギャップはなぜ起こる? Waffle田中沙弥果が語る女子中高生への教育の重要性

一般社団法人Waffle(ワッフル)の代表理事を務める田中沙弥果は、ジェンダーギャップの大きいIT業界やSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)分野の現状を変えるべく、Waffle共同創業者の斎藤明日美と共に、女子中高生向けにIT教育の機会を提供する活動を行っている。第4回「ジャパンSDGsアワード」において、「特別賞(SDGsパートナーシップ賞)」を受賞するなど、注目を集めている。

現在、IT業界における女性技術者の割合は20%以下 。日本のSTEM分野(理系分野)の学部の男女比は経済協力開発機構(OECD)加盟37ヵ国の中でワースト1位だという。日本でも今年からプログラミング教育が小学校で必修となったが、なぜここまで差がついたのだろうか。IT・STEM分野のジェンダーギャップと教育の関係について話を聞いた。

親のジェンダーバイアスが与える影響力

——Waffleを立ち上げた経緯は?

田中沙弥果(以下、田中):私は大学が文系で、卒業後はテレビ番組の制作会社、2年間のフリーター生活を経て、NPO法人みんなのコードで働きました。そこでは小学校向けにプログラミング教育支援を行っていましたが、小学生の頃は男女問わずプログラミングを楽しんでいるのに、中学に入ると何かしらの原因で女性が参加しなくなると気がついたんです。そこで、女子中高生向けのプログラミングや進路のイベントを開催するようになりました。その中でデータサイエンティストとして働いていた斎藤明日美と知り合い、昨年11月にWaffleを法人化しました。

——昔からジェンダー平等について意識していたのですか?

田中:フェミニズムを意識するようになったのは、実は活動を始めてからです。これまで違和感を感じていたことが、性別分業・性別役割の影響だったと気がついたんです。例えばカナダ留学した際、共同で子育てする父親を見て「これが理想的なのに、なぜ我が家はそうではないのか」と考えたり、就職後にはディレクターが男性ばかりのテレビ業界で、女性である自分の限界を感じたり。そしてIT業界に女性が少ないのもジェンダーバイアスが影響していた。1つ気がつくと、芋づる式にいろいろなことに気がつきます。

——テクノロジー業界でジェンダーギャップが起こっている、その背景的要因は?

田中:ジェンダーバイアスが大きな要因です。中学生は接する大人が親か先生のみということも多く、少数の大人の影響を強く受けやすい。親世代の中には、未だ学歴や資格重視の方や、「結婚して専業主婦になるから、高度な教育は必要ない」といった無意識のジェンダーバイアスを持つ方も少なくありません。学生から「私はデータサイエンティストになりたいけど、親は『その仕事で女性は食べていけるの? その進路なら学費は払わない』と言っている」と相談を受けたことも。親は進路のスポンサーでもあるので、その考えは進路に対して大きな影響を与えます。

——親世代の意識もアップデートしなければならないですね。

田中:特に女子学生は、母親から大きな影響を受けるというデータがあります。「母親アップデートコミュニティ」という団体が開催したイベント「親のジェンダーバイアスが進路に与える影響とは?」に登壇した際には、多くの方から「自分の中にバイアスがあることに気がついた」「何気ないことが影響を与えていると知った」と感想がありました。

母親アップデートコミュニティの様子

教育の格差は経済的問題だけではない

——Waffleの活動は女子中高生対象ですが、なぜこの時期に学ぶことが重要なのですか?

田中:アメリカでは大学に進学後に専攻を決めますが、日本では高校生である程度文系や理系などを選択し、大学入学時には専攻を決めなければならない。そのため中高生の段階でIT分野に関わる仕事の選択肢を得ることが重要で、まずは体験してもらい、学習と職業をつなげることが大事だと考えています。Waffleではコーディング学習やコミュニティを提供するオンラインプログラム「Waffle Camp(ワッフル・キャンプ)」を開催しています。

——テクノロジーが身近に感じられない人も多い中で、興味のきっかけをどう作っていますか?

田中:無料のイベントを通じてきっかけ作りを行っています。最近だとアマゾンウェブサービス(AWS)が8〜24歳向けにプログラミングイベント「AWS Girls’ Tech Day」をオンライン開催しました。私たちは集客を行う形で連携し、数百人ほどが参加しました。そのほかにも、スプツニ子!さんをお招きして「テクノロジー×アート」のトークイベントを無料開催し、150人ほどの女子学生が参加しました。

——活動にはどのような女子学生が参加したんですか?

田中:オンラインなので、沖縄や岩手、宮城など首都圏以外の人もたくさんいましたね。地方に届けられるのはすごく大きい。ただ、イベント情報を知るのは自分で興味を持ち、調べられる子。そもそもIT分野について知らないという機会格差はあります。自治体の情報なら届くという層もいるので、今後は自治体と連携してやっていきたいです。また希望者だけでは経済的に裕福な人しか集まらないという課題もあるので、いろいろな人が集まる公立学校にも届けていきたいです。

——学生から経済的な悩み相談を受けることもありますか?

田中:家にパソコンがないという相談を受けることがあります。来年1月から始まる世界的なアプリコンペ「テクノベーション・ガールズ(Technovation Girls)」は参加費無料ですが、パソコンがないと受けられない。企業と連携するなどして貸し出しを行いたいと考えています。

また経済面だけでなく、ジェンダーに関する相談を受けることがあります。私達は女子中高生向けと発信しているけれど、「自分の性別が女かわからないから応募できない」と悩む人もいます。なので、応募資格の欄に「女性アイデンティティをもつ、またはトランスジェンダー、ノンバイナリー、gender noncomformingの方」と記載するなどしていますが、どう伝えるのが良いか、まだ悩む時もあります。

「自分の好きを追求していいんだ」という気付き

——女子中高生がテクノロジーの分野を学ぶ上で、精神的な部分のハードルは?

田中:ある時、大人から見てもすごく優秀な学生がいたのですが、IT系には進まないと言うんです。その理由を聞くと、「同じようにプログラミングが好きな兄や弟のようにはなれないと感じる」と答えました。本人は課題とは感じていないけれど、周囲の影響で諦めてしまうこともあります。

——やはり女性のロールモデルが少ないというのも問題の1つなんでしょうか?

田中:海外では「見えないものにはなれない(You Can’t Be What You Can’t See)」とよく言いますが、IT分野は仕事している姿が見えにくく、想像がしにくい。そこで「Waffle Camp」では実際に働く女性達に、仕事内容について話してもらっています。出席した子からは就職自体より、「自分の好きなことを追求していいんだと思った」という根本的な感想をもらうことが多かったです。

また必ずしもITを進路に選ばなくても、知っておくことで、好きなものと掛け合わせるという選択もできます。例えば生徒の中には障がい者支援がしたいという人がいて、大学ではその分野を専攻するけれど、テクノロジーを使って障がい者支援をしたいという人もいました。

業界のジェンダーギャップは「男性にも不利益」

——世界的に、IT業界のジェンダーギャップの現状は?

田中:ジェンダーギャップは世界的な問題で、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)ですらエンジニアの女性比率は20%台Amazonは非公開)。しかし問題は広く認識されています。日本でも政府がテクノロジー分野の人材教育の重要性を理解していて、さまざまな大学で文理融合型のカリキュラムが組まれています。例えばお茶の水女子大学は文系学部であっても、データサイエンス関係の認定カリキュラムの授業を履修すれば修了証を発行してくれます。なので文系であってもデータサイエンティストの仕事に挑戦しやすくなったり、IT領域で働くことが選択肢に入ります。自分で選択できるって、すごくいいですよね。

——テクノロジー分野に女性が少ないことで、具体的にどういった問題が生じているのでしょうか?

田中:テクノロジーだけでなく、世の中には男性視点で作られたものがたくさんあります。過去にはシートベルトの安全性テストが、男性の人形であったり、治験対象者が男性であったことで、シートベルトや薬品が女性や妊婦には合わない、危険な場合があるそうです。女性が開発の場にいないことで、無意識のうちに男性利用者を中心とした技術開発になってしまう可能性があります。また働いている女性の中にはセクシャル・ハラスメントを受けやすい、自分の意見が通りにくいと感じる人もいるようです。

——IT業界の中でも問題意識は高まっているのですか?

田中:男性側にも意識が高まっていると感じます。ベンチャーキャピタルのANRIを創業した佐俣アンリさんなどが代表的です。ANRIの女性アソシエイト、江原ニーナさんが夏頃に、業界のジェンダーギャップには構造的な問題があると指摘していたのですが、その声を受け止めて、運用中の4号ファンドでは全投資先のうち女性代表企業の比率を最低20%にすると発表しました。佐俣さんの影響もあり、経営者層も目覚め始めた印象を受けます。

またWaffleが関わる企業は、男性でも問題を認識している人が多いです。それに、私のパートナーは初め「ジェンダーギャップって何?」状態でしたが、私がさまざまな問題をシェアすることで理解を深め、男性にも不利益があると考えるようになったみたいです。

政治や自治体、親世代も巻き込んで変化を起こす

——学生向けの活動だけでなく、政治や自治体にも働きかけをしていますよね。第5次男女共同参画基本計画素案ではパブリックコメントを提出していましたが、どういった反応がありましたか?

田中:IT分野のジェンダーギャップを埋めるためには、文化や社会構造を変え、根本的に社会全体を変える必要があります。今回のユース提言書*でWaffleは第四分野の“科学技術・学術における男女共同参画の推進”についてパブリックコメントをまとめました。内容の一例として、日本の理数系教員は7〜8割ほどが男性と偏りがあり、「理数は男性がやるもの」という刷り込みが起こる可能性があります。実際、女性教員の多い女子校では理数系に進む割合が高くなる傾向があります。そのため、素案に対して「理数系科目の女性教員を増やす教職課程での取組」の追記をお願いしたいなどの趣旨を書きました。

先日の11月時点の第5次男⼥共同参画基本計画策定に当たっての基本的な考え⽅(答申)では、ユースの提言が盛り込まれていました! 例えば、“次代を担う理工系女性人材の育成”において、「①Society5.0の実現に向けてAIやIoT等のIT分野の教育を強化する」などの一文が追加されました。男女共同参画では橋本聖子・内閣府特命担当大臣及び関係者の方々が、想像以上に若者の意見を聞いてくださって、ちゃんと働きかければ社会って変えられる可能性もあると実感しています。

*ユース提言書:策定後5年間の男女共同参画推進のためのガイドラインとなる第5次男女共同参画基本計画のため、若者の声を届けるもの。今回のユース提言書は、公益財団法人ジョイセフのプロジェクト #男女共同参画ってなんですか?が主導し、Waffleの他、Voice Up Japan、Japan Youth Platform for Sustainability、プラン・インターナショナル・ユースグループが共同で作成。

——今後はどういった活動を行っていくつもりですか?

田中:起業から1年でグーグルやオラクルなど大企業と取り組みができ、政策にも提言ができたことは大きかったです。来年は機会格差や経済的格差のある人にも届けていきたいので、自治体や学校と連携した活動を行いたいと思います。また、IT関連でこういう活動を日本で行っているのはまだ私達くらい。1から10まで私たちだけで活動するのではなく、いろいろな人が関わりやすくなるように仕組み化して広げていきたいと考えています。

田中沙弥果(たなか・さやか)
1991年生まれ、大阪府出身。2017年NPO法人みんなのコードの一人目のフルタイムとして入社。文部科学省後援事業に従事したほか、全国20都市以上の教育委員会と連携し学校の先生がプログラミング教育を授業で実施するために推進。2019年にIT分野のジェンダーギャップを埋めるために一般社団法人Waffleを設立。2020年には日本政府主催の国際女性会議WAW!2020にユース代表として選出。SDGs Youth Summit 2020 若者活動家 選出。情報経営イノベーション専門職大学 客員教員。2020年Forbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」受賞。
https://waffle-waffle.org
Twitter:@ivy_sayaka

Photography Yohei Kichiraku
Special Thanks ukafe

author:

臼井杏奈

フリーランスライター・青山学院大卒後、産経新聞社に入社。その後INFASパブリケーションズに入社し、「WWD BEAUTY」で記者職。現在は美容業界記者として外資ブランドおよびビューティテック、スタートアップ、アジア市場などの取材やインタビューを行う。

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