アクティビスト・石井リナが考える日本の社会構造とフェミニズム

近ごろ「フェミニズム」という言葉を聞くことが増えた。しかしその言葉を心に留め、ジェンダーによる格差について真剣に考えている人は、今の日本にどれだけいるのだろうか。世界経済フォーラム(World Economic Forum)が発表した「世界ジェンダー ギャップ指数2020では、日本の男女格差をスコア化した順位は153ヵ国中121位と、近隣国の中国(106位)、韓国(108位)と比べても低い順位だった。この指数は経済や政治、教育、健康の4分野のデータから算出されるものだが、各分野の順位をみると、経済は115位、政治に至ってはなんと144位だ。

まだまだ男女平等とは程遠い日本の現状だが、その中でも声を上げ続ける人達がいる。その1人が、生理用品ブランド「Nagi(ナギ)」を立ち上げたBLAST Inc.のCEO、石井リナだ。メディア運営やブランドを通じて感じた日本のジェンダーギャップをどう捉えているのか話を聞いた。

女性をエンパワーする「BLAST」と「Nagi」が誕生したわけ

ーー男女格差の存在に気がついたタイミングは?

石井リナ(以下、石井):私の家族は父、母、妹と女性が多く、家事の7割くらいは父がやっていました。両親から「女性らしさ」を強要されたこともなく、母からは女性の自立について聞いて育ちましたし、『セックス・アンド・ザ・シティ』を見ていたので主演のサラ・ジェシカ・パーカーが演じたキャリー・ブラッドショーのようなキャリアウーマンに憧れていました。中学、高校と男女別学で女子校のような環境だったので、特別に男女格差や性による抑圧を感じる機会も少なかったと思います。

ただ、雑誌を開くと「モテ」を意識した企画が多く並んでいて、違和感がありました。明らかに何かがおかしいと感じたのは就活の時で、女性だけに制服が用意されている企業があることにも驚きました。そういったモヤモヤが確信に変わったのは、社会人になって「ジェンダーギャップ指数」の存在を知った時。日本で生まれ育ち、自国が先進国であると疑わなかったのに、ジェンダーギャップでは下から数えたほうが早かった。こんなに男女による格差があったんだと衝撃を受けました。

ーーその中で、新卒で勤めた会社を辞めて「BLAST」「Nagi」を立ち上げた理由は?

石井:新卒で入社した会社ではウェブマーケティングを行い、Instagramマーケティングに関する本も出版しました(共著の『できる100の新法則 Instagramマーケティング』)。SNSの分野では欧米が先進的なので、欧米のインフルエンサーを見ることが多かったのですが、みんなジェンダーの問題に関して発言していましたし、「#MeToo」が欧米を中心に広まった様子も見ていました。

日本ではそういった発信が少なく、知る機会も少ない。そこでアメリカ発の女性エンパワーメントメディア「リファイナリー29(Refinery29)」の日本版をイメージし、立ち上げたのがメディア「BLAST(ブラスト)」でした。しかしフェミニズムやエンパワーメントをテーマにしたメディアが広がるには、想像より時間がかかりました。私達の企業はスタートアップですし、リソースも限られています。それであれば、まずは物理的に女性を支援する事業にフォーカスしようと立ち上げたのが「Nagi」です。

ーーなぜ生理用品を、しかも吸水ショーツというアイテムを選んだのでしょうか。

石井:日本の生理用品市場は戦後からほぼ変わらず、大手がほとんどでプレーヤーも少なかった。だから製品を作ることで選択肢を広げたかったんです。製品作りに際して「BLAST」でユーザーアンケートを行ったところ、日本の女性はタンポンや月経カップといった膣内に入れる生理用品に抵抗があるようでした。そこで第一弾製品に、履くだけの吸水ショーツ*を選びました。

*吸水ショーツ:水分を吸収する構造になったショーツで、経血や尿もれを受け止める

「Nagi」のイメージビジュアル

自分自身、海外の吸水ショーツを使用した経験があり、快適さに感動した反面、もっと良くできると感じましたし、私達なら良いものができるという自信もあったので、セレクトではなく自分達でプロダクトを作る道を選びました。ブランド名は日本語の「凪」から、ブランドのカラーは安らぎを与えられる色だとパッと浮かんで、デザイナーのJuri Okitaが今の3色を提案してくれました。

ベンチャー業界の“女性起業家”として感じた男女格差

ーーご自身が事業をする中でも、男女格差を感じる場面はありましたか?

石井:女性であることのデメリットはあると思います。スタートアップ業界は起業家だけでなく、ベンチャーキャピタル(以下、VC)や個人投資家に女性が少ない。いわゆるボーイズクラブのような空気もありましたし、居心地が良いとは言えない状況でした。また、女性起業家はまだマイノリティだったので、信用を得られないこともありましたね。

ただし、牛歩ですがベンチャー界も変化があると思います。9月にVCのANRIと個人投資家の赤坂優氏から資金調達を行ったのですが、ANRIの担当である江原ニーナさん(シニアアソシエイト)は女性の方でした。またANRIはこれまでに130社ほどに投資していて、そのうち女性起業への投資は7社だけ。ただこれからは課題意識を持って女性起業家への支援や投資も積極的に行っていくと明言していらっしゃいます。

ーー社会の中では、まだまだ男女格差が改善されていかない場面も多いですよね

石井:日本の場合、構造上の問題はとても大きいと感じます。雇用や待遇について、法律の上では男女雇用機会均等法がありますが、次世代育成支援対策推進法*については、政府はその期限を2025年3月31日まで、10年も延長する決断を下しました。なぜ迅速に対応することを諦めてしまうのか、理解に苦しみます。

また女性の雇用に関しては、企業制度として産休や育休があっても文化通念の面でうまく運用できていない例も見られますよね。そうやって非正規雇用の女性が増えて、女性の所得が減っていくのも、構造上の男女格差だと思います。

*次世代育成支援対策推進法:次世代の社会を担う子供が健やかに生まれ、育成される環境整備を図ることを目的とする。具体的には仕事と子育てを両立しやすい雇用環境を企業が整備するもので、従業員101人以上の企業がこの行動計画を策定し、届出をすることが義務とされる。法は2005年に施行され、2014年度末までの時限立法であったものを改正し、法の有効期間がさらに10年延長された。

ーーそういう社会の中で、女性でも「自分はフェミニストではない」と言う人もいる

石井:それも構造の問題ではないでしょうか。日本では政治や経済におけるシーンで女性の立場がとても弱くマイノリティであるから、男性社会に迎合することや適応することで立場を守っている」という状態だと思います。そもそも、性差別者でなければフェミニストなんです。フェミニストというのはジェンダーによる格差をなくし、多様性を受け入れる社会を目指す人のこと。「私はフェミニストじゃないです」っていうのは、「私は性差別主義者です」と主張しているようなものだということですよね。

「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter、略称BLM)」などで注目されている黒人差別問題では、黒人と白人間の格差や差別について理解できる人が多かったと思います。それなのに、男女に置き換えた途端に、その格差や差別に気が付かなくなる人が多いと感じました。

ーー日本にはジェンダーの問題について発言しにくい空気があるのでしょうか?

石井:学ばなければ「フェミニスト」と名乗れない、ということはないですよね。誰でも名乗っていいと思いますし、間違っていることに気付いたらアップデートしていけばいい。私もジェンダー学を専攻したわけではありませんし、日々学んでいます。日本は他人に対して過干渉なところがありますが、もっと自由に発言したり名乗ったりしていいと思います。

ーー日本ではジェンダー観を発信するインフルエンサーが少ない?

石井:水原希子さんやローラさんがたびたび発信されているのを見ては、影響力の大きい方が発信してくれるのはありがたいなと思っています。ただ、芸能人の方はそういった発言をしてバッシングをされることもありますよね。

一方でもう少しマイクロなインフルエンサーになってくると、ソーシャルグッドな発言や活動をしている方も増えている印象があります。BLMの際に発言されている方も多かったですし、環境問題を扱う人も見かけます。フェミニズムを含む人権問題や環境問題は、気付いたら戻れない不可逆的なものだと思いますが、フェミニズムに関連する発信も増えたらいいなと思っています。

ーーご自身は、フェミニストの誰かから影響を受けることは?

石井:私はビヨンセやエマ・ワトソンのような欧米のフェミニストに影響を受けたところがあり、「フェミニスト」という言葉に対しても、彼女達のような知的でクールなイメージを持っています。日本でもスプツニ子!さんや、周りの起業家、アクティビストなど同世代の方達に影響されるところは大きいです。

女性の権利と人権の問題「家父長制は悪しき慣習」

ーーなかなか変化のない日本の現状をどう考えていますか

石井:最近はジェンダーだけでなく、日本における人権に関して考えることが増えました。例えば、牛久の東日本入国管理センターの問題から、日本人間であれば同性婚や夫婦別姓など、考えることは多いです。夫婦別姓すら進まないなんて、同性婚の問題が解消されるのはいつになるんだろうと思ってしまいます。

私とパートナーは夫婦別姓を望んでいましたが、共同親権を持ちたいといった希望があったので、法律婚を選択しました。家父長制は悪しき慣習ですよね。法律婚で女性が名字を変える場合、主軸となる男性の戸籍があって、そこに女性が追加される。そして離婚するとなるとその戸籍から除外される。紙切れ一枚ですが、この戸籍制度を目の当たりにした際に侮辱されたように感じました。

結婚して名字が石井から三澤に変わったおかげで登記簿謄本の変更も必要でしたが、本名の箇所には「三澤 里奈(石井 里奈)」と書かれるんです。自分としては、「石井 里奈(三澤 里奈)」なんだけどなと、見るたびにいつも感じています。

ーーなかなか変わらない日本から出たい、と思うこともあるのでは?

石井:メディアを立ち上げた時は「日本のジェンダーギャップを是正したい」というエネルギーに満ちていましたが、3年弱経ち、あまり進歩がないところを見ると……正直、日本を出たいなと考えることも増えました。具体的な国は決めていませんが、北欧は理想的ですよね。アイスランドはジェンダーギャップ指数で1位ですし、フィンランドの教育や福祉制度を見ていてもサポートが充実しています。

ただ日本には家族や友人がたくさんいますし、育ってきた環境ということもあり、自分だけ逃れるのも不思議と後ろめたさがあります。もしどこかに移ったとしても、日本に向けて働きかけや発信が必要だし、行動はしなければいけないと感じます。

ーーこの国で男女平等を実現するため、まずは個人が何を意識して変わっていくべきでしょうか?

石井:もちろん、構造的な男女格差に目を向けるべきですが、何をしたらいいのかわからない、という方は、まず使う言葉について考えてみてほしいです。例えば「男らしくない」「母親なのに」「女子力」などといった、ジェンダーバイアスのかかったワードを使うことをやめてみる。これって今日すぐにでも始めることができますよね。私を含む、すべての人が、構造的な男女格差やジェンダーによるステレオタイプから解放されることを願っています。

石井リナ
BLAST Inc.CEO。新卒でIT系広告代理店に入社し、企業のデジタルマーケティング支援に従事。2018年に創業し、動画やSNSを通じた女性エンパワーメントメディア「BLAST」を立ち上げた。今年5月には生理用品ブランド「Nagi」をローンチし、第一弾商品の吸水ショーツが発売後即完売を繰り返すヒット商品となる。2019年「Forbes 30 Under 30」インフルエンサー部門受賞。
https://www.blastinc.online
https://nagi-jp.com

Photography Mayumi Hosokura

author:

臼井杏奈

フリーランスライター・青山学院大卒後、産経新聞社に入社。その後INFASパブリケーションズに入社し、「WWD BEAUTY」で記者職。現在は美容業界記者として外資ブランドおよびビューティテック、スタートアップ、アジア市場などの取材やインタビューを行う。

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