ケイトラナダの友人が“日本のアイデンティティ”を表現。東京在住の映像監督、ザビエル・テラによる文化多様性のリアル

ケンドリック・ラマーアンダーソン・パークファレル・ウィリアムスSiRなど、数多くの名曲を手掛けてきた、ハイチ系カナダ人のDJ/音楽プロデューサーのケイトラナダ。2020年に発売された「Bubba」は世界中から高い評価を獲得し、2021年のグラミー賞では、「Bubba」が最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞、「10%」が最優秀ダンス録音賞の2部門を受賞。現在、もっとも注目されているプロデューサーの1人だ。

そのケイトラナダが発表した「Look Easy ft. Lucky Daye」。この曲のMVを手掛けたのが、彼の幼馴染みで東京を拠点に活動している写真家・映像監督のザビエル・テラだ。

写真家としては『VOGUE』や『GQ』などで活躍する他、沖縄・奥武島を舞台に撮影された写真集『青 or the offspring of a blooming death』では、その土地に根づく人と文化と物語を生々しくもはかなく切り取り、見る人の心をゆさぶった。

一方で、映像監督としても活動する自身だが、MVを手掛けるのは今回の『Look Easy ft. Lucky Daye』が初めて。親友であるケイトラナダから信頼を得ているということで、映像はすべてザビエル・テラに任されたという。

その内容は、北野武監督による1990年代のヤクザ映画から着想を得て作られた、今現在の日本・東京のナイトシーンを舞台に展開されるオリジナルストーリー。ヤクザから多人種の若者やクラウドまで、物語を通じて混じり合う文化の多様性は、まさに今現在の“日本のアイデンティティ”の象徴といえる。なぜ、外国人である彼が日本・東京のリアルを表現しようと思ったのか? その真意を聞いてみた。

KAYTRANADA 「Look Easy feat. Lucky Daye」

ケイトラナダとは15歳で出会い友人に

ーーまずは、ケイトラナダとの出会いについて教えてください。

ザビエル・テラ(以下、ザビエル):彼とは15歳からの付き合いになるよ。当時は、カナダのモントリオールで注目され始めたニューミュージックに興味があって、同じ境遇の人達が集まるコミュニティで出会ったんだ。まさに幼馴染みのような存在だね。

ーーどういう風に交流を深めていったのですか?

ザビエル:モントリオールでは、ハイチ系カナダ人の第一世代が音楽をプロデュースするようになって、それが話題になり始めた時期があったんだ。その中にケイトラナダや、後にザ・ウィークエンドとコラボレーションするアーティストなどがいた。

僕らはパーティで会うようになって、そこでは音楽プロデューサーが円になって1人ずつ即興していくセッションが行われていたんだ。一番盛り上げた人が称賛を受けるけど、勝敗は関係なく音楽は国際的な言語だということを感じてみんな仲良くなっていった。

それまでのカナダはインディロックが主流だったけど、僕らの世代、そうザ・ウィークエンドやドレイクといったアーティストの新しい音楽の流れができていったと思うよ。

プロダクトを主役にするのではなく、ショートムービーのようにストーリーを重視したい

ーー音楽が身近にありながら、なぜ自分は写真や映像に興味を持ったのですか?

ザビエル:8歳の頃から写真家か映画監督になるという夢を持っていたんだ。というのも、親が旅行とカメラが好きで、子どもの頃から家には旅の写真がたくさんあった。そういう環境で育ったこともあって、自然な流れで写真を撮りたいと思うようになったんだ。

ーー自分で撮り始めたのはいつからですか?

ザビエル:9〜10歳の時に、母にペンタックスのカメラとフィルムを買ってもらい、家の近所を撮り始めた。でも、初めて現像した写真があまりにも酷くて泣いてしまったんだ(笑)。僕はものすごく傷ついて、その写真をデパートのゴミ箱に捨てた。でも、その写真を母が拾い上げて「一度で結果が出るものではない。だから、自分の結果に満足いくまで何度もチャレンジしなさい」と怒られた。そのせいもあってか、今でも自分の作品に納得するまでに時間がかかるし、完全に満足することも少ないよ。

ーープロになってから、撮影に対する自分なりのこだわりはありますか?

ザビエル:プロとして初めての仕事は16歳の頃で、企業から依頼されてカナダ・ケベック州で農業をする人達の写真を撮った。彼らのバックボーンが垣間見えるように心掛けたよ。

ここ5〜6年くらいはファッションの仕事も多いけれど、僕としては人にフォーカスを当てたポートレイトやドキュメンタリーのほうが好き。だから、コマーシャル的な撮影の依頼でも物語を大事にしている。例えば、「ザ・ノース・フェイス」の映像を撮った時も、プロダクトを主役にするのではなく、ショートムービーのようにストーリーを重視したんだ。

ザビエル・テラが手掛けた「ザ・ノース・フェイス」のキャンペーン映像

自分の心に響いたものを物語として写真や映像でどう表現していくか

ーー自分が作品を手掛ける上で、もっとも表現したいと思う興味の対象はなんですか?

ザビエル:やっぱり人と物語は切り離せなくて、その人とその人が持つ物語の両方に興味があるかな。

ーーということは、写真も映像も人や人が持つ物語を表現するためのアウトプットの1つということですか?

ザビエル:そうだね。僕の場合は、物語を表現できないと意味がないと思っている。それが、過去、未来、フィクション、ノンフィクション、ドキュメンタリーなど、どんなジャンルでも構わない。自分の心に響いたものが大切で、それを物語として写真や映像でどう表現していくか。その中で、僕がもっとも表現したいと思っているテーマは“アイデンティティ”なんだ。

ーーちなみに、自分自身のアイデンティティとは?

ザビエル:難しい質問だね……。一生見つからないと思う(笑)。自分もいろいろな国に住んで、いろいろな文化に触れてきて、世界中でグローバル化が進んでいる状況を目の当たりにしてきた。そういう状況だからこそ、なおさら自分のアイデンティティを見つけるのが難しいと思っている。死ぬまで見つからないかもしれないけど、作品を制作しながら探しているのかもしれないね。

日本は自国の文化が色濃く残っているように思える

ーー今は東京で活動していますが、これまでどんな国に住んできたんですか?

ザビエル:もともと大学で映画を学びたかったけど、まず写真から始めたほうがいいと思ってロンドンに行き、その後も写真を勉強するためにニューヨークに移り住んだ。そして、モントリオールに戻って映像制作を始めた。最初の映像作品は、ハイチ系カナダ人の第一世代の人達をテーマにしたショートフィルムだったよ。

ーーということは、写真よりも映像や映画制作をやりたい気持ちのほうが大きいんですか?

ザビエル:もちろん写真も大好きだけど、写真は映画を作るための手段の1つでもあって、本命は映画を作ることなんだ。写真の良い点は、1枚でどれだけ感情や物語を人に伝えられるか、ということにチャレンジできるところ。1枚で伝えることができれば、映像や映画はもっと表現の可能性が広がると思っているからね。

映像・映画監督としては、可能な限り少ないカットで大きな物語を語るのが目標なんだ。だから、各フレーム1つ1つに意味を持たせないと満足はできないよ。

ーー東京には約4年間住んでいるそうですが、なぜ日本を選んだのですか?

ザビエル:できるだけ自分が想像できない国に住みたい、と思ったのがきっかけ。最初は旅行で1ヵ月くらいの滞在だったけど、すぐにここにしようと決めた。ちょうどその時期は、アメリカでトランプ大統領が当選したり、イギリスのブレグジット問題があったりしたから、アメリカやヨーロッパではなくアジアにしたかったというのもあったね。

ーー実際に住んでみて、日本にどのような魅力を感じていますか?

ザビエル:毎日新しい発見があってワクワクするよ。最近はどの国もグローバル化が進んでいるので、自国の文化やアイデンティティが薄まっているように感じている。その中で、日本は外国人が少ないということもあり、自国の文化が色濃く残っているように思えるし、そういう側面には憧れすら感じるよ。

ーー他の国に比べても、独自の文化があるように感じますか?

ザビエル:そうだね。世界各国で過激な右翼派が目立つ中で、日本は過激になりすぎず、それでいて伝統的な文化を保っていることがすごい。外国人が少ないことで僕にとっては不便な部分もあるけど、だからこそ経験や学びも多い。

映像・映画監督の仕事で大切なのは、人間を理解してその人間をどう表現するかだと思う。そのことを、日本に来てさらに学ぶことができたよ。

近年の社会性と文化の多様性を表現したかった

ーーケイトラナダの「Look Easy ft. Lucky Daye」のMVを監督しましたが、日本を舞台にした物語ですよね。どういうアイデアの下、この作品を作ったのですか?

ザビエル:もともとのアイデアは、日本の伝統的な映像作品を撮って、自分が外国人監督だということをバレずに観てもらいたい、という挑戦だったんだ。日本の伝統的な文化をちゃんと映像に反映して、その上で僕なりの新しい視点を入れたいと考えていた。

ーーザビエル・テラなりの視点とは?

ザビエル:このMVは、日本のヤクザ社会を軸に物語が進んでいくけど、主役を男性ではなく女性にしたのは、女性の活躍が目立ってきた近年の社会性を表現したかったからなんだ。それと、舞台の一部になっているナイトクラブのシーンでは、文化の多様性を見せたいと思った。だから、大勢のハーフの若者に出演してもらい、ダンスフロアで踊ってもらった。それによって、日本の伝統と今現在の社会性、そのコントラストを映し出せると思ったんだ。しかも、そのコントラストを大袈裟に表現するのではなくて、視聴者が観ても自然に感じるようにね。

ーー確かに、その両面をちゃんと描いたことで、今の日本のリアルな側面の一部が表現できていると感じました。

ザビエル:僕は“アイデンティティ”を描きたいという話をしたと思うけど、今回のMVはまさにそれを表現したかった。その象徴の1つがハーフの若者達。彼らや彼女達は、自分がハーフと呼ばれている時点で「半分しか日本人として認められていないんだ」と感じることもあるはず。それと同時に、もう半分の別の人種であることにも誇りを持っていたりもするし、純血の外国人に憧れている部分もある。だから、日本人だけど日本人ではないという彼ら・彼女達も“今現在の日本のアイデンティティ”の1つである、ということを表現したかった。

ーーちなみに、日本の伝統的な部分を表現するため、他にどんな工夫をしましたか?

ザビエル:日本人写真家の渡辺克巳さんが撮影した、バブル時代の新宿のナイトシーンの写真はかなり参考になった。特に出演者の衣装選びにおいて、すごくインスピレーションを与えてくれたね。

多くの外国人が表現している日本観ではなく、外国人にあまり知られていない日本の側面を表現している作品が好き

ーー日本のヤクザ社会を描いたストーリーということですが、実は北野武監督による1990年代のヤクザ映画から着想を得たそうですね。

ザビエル:そうなんだ。本当に大好きで『ソナチネ』『BROTHER』『HANABI』など、彼の作品は何度も観てきたよ。今回のMVに関しては、マイケル・マン監督の映画『コラテラル』のビジュアルからも影響を受けたけどね。

ーー北野武作品の魅力とは?

ザビエル:ゆっくりした時間が流れていくけれど、1カット1カットすべてに意味があること。何気ないシーンにも一切の無駄がなく、ちゃんと考え尽くされている。なので、自分の作品においても、そういうことに気を遣っているよ。

ーー北野作品には日本のアイデンティティを感じられると思いますが、そのあたりの影響はありますか?

ザビエル:北野監督が描く日本も、間違いなく伝統的な日本の一部だと思う。それと、日本のアイデンティティを色濃く感じるという意味では、小津安二郎監督の作品はものすごく日本らしさを感じさせてくれる。最近でいえば、是枝裕和監督の作品もそうだね。彼の場合は、現代の日本の家族など、別のアプローチで日本のアイデンティティを問いかけているように思えるよね。

ーー確かに視点や表現は違いますが、3者とも日本のリアルを表現していると思います。

ザビエル:僕は多くの外国人が表現している日本観ではなく、外国人にあまり知られていない日本の側面を表現している作品が好きなんだ。だから、自分の作品においてもちゃんと日本を表現したかった。

ーーその意味では、今回の「Look Easy ft. Lucky Daye」のMVは、日本人が観ても今の東京をリアルに感じられると思います。

ザビエル:ありがとう。日本人の友人から言われて一番嬉しかったのは「今まで観た映像の中で、もっとも自分自身とコネクトできた」という感想だったね。

ーー確かに、東京のナイトクラブシーンやアンダーグラウンドシーンに少しでも触れたことのある人は、きっと親近感が生まれるはずですよね。とにかく、主人公役として「芝浦 ゴールド」「恵比寿 みるく」「青山 ル バロン」など、東京を象徴するクラブをプロデュースしてきたLULI SHIOI(塩井るり)さんを起用した時点で、一気に夜の東京のリアルが蘇ってくるというか。

ザビエル:そうだよね! 彼女は日本のクラブシーンを象徴するナイトクイーンだから! 東京のリアルをちゃんと知っている人は、この作品を楽しんでもらえるはずだし、知らない人でもリアリティを体験してもらえるはずだよ。

いずれは長編映画を作りたい

ーーこのMVは、当然ですがケイトラナダの楽曲あっての映像作品だと思います。歌詞の内容と映像でのストーリーはリンクさせたのでしょうか?

ザビエル:いや、曲の内容とリンクさせずに、1つの映像作品として成立させたんだ。もちろん、ケイトラナダ本人も登場しているけどね。

ーーでは、本人から映像に関する要望もなく?

ザビエル:そうだね。この作品のテーマやストーリーを考えて、ケイトラナダにそのアイデアを伝えたら「いいね、そのまま表現しよう!」と言ってくれて。僕らは幼馴染みだから、お互いがやりたいことを理解し合っているんだ。だから、特に議論もせずにすんなり決まったよ。それぞれがやりたいことを一緒にやろうよ、という感じでね。

ーー良い関係性ですね。

ザビエル:MVを撮影する前も『GQ』の写真撮影をしたり、彼が日本に来る時も一緒にフォトセッションをしたりしていたよ。

ーー今回のMVは、ザビエルさんが表現したい“アイデンティティ”が形になった作品だと思います。改めて、この撮影をしてみてどんな収穫がありましたか?

ザビエル:自分のキャリアとしては初めてMVを撮影したけど、すべてが貴重な体験だった。日本についてたくさん勉強したし、その結果、ちゃんと日本のリアルを表現できたと思っている。このMVを通じて、日本の文化という大きなパズルの1ピースを理解できたような気持ちになれたことが嬉しかったし、もっと日本や東京について知りたいと思ったよ。

ーー次の作品にも期待していますが、今後はどういう活動をしていきたいと思っていますか?

ザビエル:かれこれ4年も東京に住んでいるから、もしかしたら次のステップとしてアメリカに行くかもしれない。そして、次はやっぱり長編映画を作りたいかな。そのプロジェクトも少しずつ始まっているから、早く制作して発表できるようにしたいね。

ザビエル・テラ
カナダ生まれ。約4年前から活動拠点を東京に移し、ファッション・アートフォトグラファーおよび映像監督として国際的に活躍中。彼の色彩豊かなポートレイトやドキュメンタリー作品は、VOGUEやGQをはじめとする国際的に著名なプラットフォームでも評価されている。 自身のフォト・エッセイは、2年連続でMagenta Foundationの写真家トップ100にランクイン。沖縄・奥武島を舞台に撮影された写真集『青 or the offspring of a blooming death』も高い評価を獲得した。
http://www.xaviertera.com/
Instagram:@xaviertera

Photography Shinpo Kimura
Text Analog Assassin

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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