山田孝之と『ゾッキ』『デイアンドナイト』「MIRRORLIAR FILMS」を共同プロデュースする伊藤主税。持続可能な映画作りを実現し「文化」につなげる

映画・映像プロデューサーとして、『ホテルコパン』『古都』『栞』『青の帰り道』『デイアンドナイト』をはじめ、竹中直人×山田孝之×齊藤工の3人が監督した現在公開中の映画『ゾッキ』を手掛けた伊藤主税。

伊藤主税ならではのユニークネスは作品作りだけにとどまらず、これからの映画作りを支えていく新たなアイデアや取り組みにもある。

山田孝之、阿部進之介とともに発足した、俳優向けのプラットフォーム「mirroRliar」や、一般クリエイターから著名監督まで巻き込んで制作する、36人の監督による短編オムニバスプロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」。そして、『ゾッキ』に見られる映画制作をきっかけとした地域活性化プロジェクトといった、今までにない独自の試みだ。プロデューサー伊藤主税は、日本の映画の未来をどうしていきたいのだろうか? 

教師よりも映画に教養を感じた子ども時代

ーー映画・映像プロデューサーは、さまざまな映画会社から依頼されて仕事をするケースが多いと思います。しかし、伊藤さんは自分で映画制作会社である「and pictures」を立ち上げました。独立せず仕事を請け負っているプロデューサーも多い中、なぜ自分でやろうと思ったのですか?

伊藤主税(以下、伊藤):もともと、子どもの頃は教師になりたいと思っていたんです。経済的に相反する家の間に生まれたことが関係しています。経済面含め、それぞれの家庭環境を見ていくうちに、双方の子ども達の教育がとても大切だと感じていました。お金があるない、仕事や職業のジャンルなどにとらわれず、人のことを思いやったりいたわったり、考えてあげたり、ということを教員になって伝えていきたいなと思っていました。それが小学3年生の頃で、僕の活動の原点になりました。

ーー実際、教師にならなかったわけですが、なぜ映画の世界へ進んだのですか?

伊藤: 18歳の時に不良だった友達と映画『バスケットボール・ダイアリーズ』を観ていたら、彼が「こういう不良になりたくないよね」と言ったんです。その言葉を聞いて“映画は、人にとって大切なことを伝えることができるんだ!”と思ったことがきっかけになりました。

ーーそれで映画プロデューサーを目指すことになったということですか?

伊藤:最初はお芝居を勉強していたのですが、本当にカメラが苦手で向いていないことが判明しまして(笑)。なので、22歳の時に自分で映画会社を作って、自分達で映画を作っていこうと決めました。

ーー自分で!? 映画制作は大勢のスタッフや大きな組織が必要ですよね。

伊藤:そうなんですが、映画業界に携わっていくうちに、業界や組織の在り方に疑問を感じるようになったんです。特に、監督、俳優、プロデューサー、宣伝の方など、スタッフ同士の距離間が遠いことだったり。多くの人に観てもらいたい、という同じ目標のもとで作品に携わっているのに、気を遣って言いたいことも言えない。そうじゃなく、1つのチームとして闘える体制を整えたかったんです。

映画業界に疑問を感じ、銀座のクラブで働く日々

ーーただ、多大な資金も必要ですよね?

伊藤:それまでアルバイトしかやってこなかったので、銀座の高級クラブのスタッフとして働きお金を貯めようと思いました。3年かかってしまいましたが、1本目の映画の制作費・会社設立費用を貯めることができました。

ーーすごい!! 本当に自分達だけでやろうと決めたんですね。ただ、映画業界で長年蓄積されてきた仕組みを変えていくのは難しいはず。どういう部分を見直す必要があると考えていたのですか?

伊藤:日本には才能を持ったクリエイターがまだまだたくさんいるのに、映画会社に気に入られないと撮れない状況もありますし、ビジネスの構造もオープンになっていません。当然、映画を作るための資金も必要ですが、現状ですと日本は興行収入をみんなで取り合っている状況に思えます。

なぜ、そこから増やせない・増やそうとしていないか、いつも考えています。まず、国内だけに目を向けているように思えます。例えば、韓国は自国以外のマーケットに向けて展開することで結果を残しています。もちろん、海外でヒットさせればいい、というシンプルな話ではありません。日本国内でも映画に興味を持つ人を増やす、映画館に足を運んでもらう施策はまだたくさんあると思っています。ですから、まずは興行収入を増やすために、日本の映画業界について勉強し、理解し合い、分け隔てなく意見を交換する必要があるんじゃないのかなと思っています。

一緒に闘えるチームを。山田孝之との出会い

ーー自分が思う活動ができるようになったののはいつ頃ですか?

伊藤:今の活動のきっかけになった作品が『デイアンドナイト』(企画・主演:阿部進之介/監督:藤井道人/プロデューサー:山田孝之/2019年公開)でした。監督、俳優、プロデューサーなどスタッフ間の距離が離れ過ぎていることと、予算組みやギャランティの在り方を変えたいという思いですね。

自分達の権利を守りつつ、評価の対価として継続的にお金が入ってくる仕組みを作りたかった。決まった予算から制作費やスタッフやキャストのギャランティなどを支払って終わりではなく、売り上げに対するロイヤリティを報酬として分配する。そうすることで、作品が積み上がっていけばいくほど、監督、俳優、クリエイターなどに行き渡り、時間も確保できる。『デイアンドナイト』はそれが実現できた1作目の作品です。

ーー山田孝之さんはプロデューサーとして参加したわけですが、どういう関わり方をされたのですか?

伊藤:山田孝之さんとは、資金集め、脚本開発、制作の予算組みまで、全部を一緒にやりました。情報交換、苦楽をともにして闘ってきた大切な仲間です。現場を一緒に守りながら、夜な夜な話し合い、1つ1つ実績を積み上げていこうと話し合っていました。

自己表現すれば自分も周囲も幸せになる

――独自の制作の仕方は、苦労も多いかと思いますが。

伊藤:確かに苦労は多いですが、僕らは自分達がこうしたほうがいいということを1つ1つ積み上げていきたいと思っています。最新作『ゾッキ』では企画参加者に理解していただき、配給収入の一部を、監督、俳優、クリエイターに分配します。

ーーそのことで、参加している人達も「自分ごと」になって、良い相乗効果が生まれそうですね。

伊藤:良い相乗効果につながることを祈っています。

ーー「自分ごと」でいえば、「だれでも映画を撮れる時代」を掲げる「MIRRORLIAR FILMS」もまさにそうですよね。

伊藤: 俳優、監督、一般枠を設定して、36本の作品を1年に4回上映していきます。そのうちの12枠は一般公募で選ぶのですが、420作品の応募がありました。監督した420人とそこにひもづく人達は、少なからず映画に興味があると言えるので裾野が広がることを期待しています。

ーー逆に、自己表現できる機会があるのだから、参加する側も自分の表現を知ってもらうためにまずエントリーしてみる。つまり「とりあえずやってみる」というきっかけになるのかなと。

伊藤:はい。それに加え、今の世の中って大きな流れに逆らって何かを発信すると、すぐに誹謗中傷され消されてしまう風潮がありますよね。自分の声が届きづらい時代。でも僕は、もっと自己表現、自分の感性を大切にしていいと思っています。作品を通して自己表現する人が増えれば、それを受け取る人達の心も豊かになると信じています。周りの人達も幸せになる、というメッセージも込めています。

日本にはまだ知られていない才能や、日本特有のオリジナリティがまだまだ埋もれています。できるだけ、チャンスを増やしたいんです。

ーー映画を作ったことのない応募者に対するバックアップもあるんですか?

伊藤:例えば、ソニーさんの協力でカメラとレンズのセットを提供していただいたり、クラウドファンディングのキャンプファイヤーさんと提携して資金集めに関する環境作りの支援もしています。また、2022年には映画祭の開催も予定していて、グランプリには賞金500万円が授与されます。

もちろん一般枠から選定された12作品には全国での劇場公開もバックアップしますし、興行収入・配信・DVD・テレビ販売などの売り上げの一部をロイヤリティとして支払います。

ーー著名人のラインナップも、安藤政信、紀里谷和明、志尊淳、柴咲コウ、藤井道人、水川あさみ、山下敦弘、池田エライザ、松居大悟、三吉彩花、三島有紀子、花田陵、ムロツヨシなど豪華ですが、人選はどのように行っているのですか?

伊藤:僕と山田孝之さんと阿部進之介さん、それぞれ総動員で声を掛けています。長編映画だとちゅうちょされる方もいますが、短編であれば撮ってみるか、と思ってくれる人も多くて。みなさん苦労しながらも、楽しんでくれていますね。

地方や地域に映画を根付かせ活性化をはかる

ーー「mirroRliar」や「MIRRORLIAR FILMS」を通じて新しい才能を発掘することで、映画業界の未来につながっていきます。その目的と同じく、映画作りを起点とした地方創生にも注力していますよね。

伊藤:きっかけは、地元である愛知県豊橋市に帰省したことでした。ひさしぶりに帰ったら、子どもの頃に行っていた駄菓子屋や八百屋が軒並み閉まっていて……。なぜそうなったのか知りたくて自分で取材したのですが、街に元気がないというより、人そのものに元気がなくなっていたことがわかったんです。もっと言えば、ひとびとがやる気になったり、ひとびとが1つになれるような企画がないということが大きな原因になっていました。

そこで思い出したのが、学生時代の文化祭でした。文化祭って、やる気がある生徒もそうじゃない生徒も、なんだかんだ参加しなきゃいけない空気がありましたよね(笑)。そしてちょっと楽しい。それと同じように、映画作りにも文化祭と同じ要素があるぞと。

ーー映画『ゾッキ』は愛知県蒲郡市を中心に、地方の自治体や住民の方々と一緒に制作したんですよね?

伊藤:地域で撮って終わりの映画が多い中、僕達は、一時的に協力してもらうのではなく、一緒に撮影をして撮影後も、その場に人が残ることが重要だと思いました。ですから、『ゾッキ』でも官民一体で200名ほどの実行委員会を地域の方々と協力して組成しました。実行委員会の方々が地域に残り、映画制作のノウハウが定着していれば、また映画を制作する時にすぐに企画がスタートできるし、僕達以外の映画会社も声を掛けやすくなるはずです。

ーー全国各地に映画制作部や宣伝部がある状態ですね。

伊藤:そうですね。一緒に映画を制作した人達がいればそのノウハウを生かし、多くの地域創生の企画も考えられます。例えば、地域の行事に映画を絡めたり、グッズ製作を企画すれば商品も販売できる。フィルムも残るので、何かイベントがあれば上映会をすることも可能です。そういうモデルケースができると、近隣地域にもうわさが広がるはずです。そこからまた地域連携ができたり、さらには隣の県もまねしてみたり、映画が街をつなげていく。そうすれば、映画業界も地域も両方が活性化するのではないかと考えています。

ーー実際の状況を見てみたいですね。

伊藤:『ゾッキ』の後に『裏ゾッキ』というドキュメンタリー作品を公開(5月より全国順次公開)します。その中で、映画の関係者と地域の人達がどのように協力していったのか、映画ができる経過と結果を同時に観てもらえると思います。

日本の映画作りが、いずれ「文化」になるように

ーーあらためて地域と協力する意味とは?

伊藤:映画は最高の総合芸術だと思っていますし、多角的なビジネスができる貴重な産業だと思っています。映画作りやその作品が、撮影地や近隣地域に根付き、映画と触れ合った方々の心が少しでも豊かになれば嬉しいですし、映画に興味を持ち映画館に足を運ぶ人が増えることを祈っています。

ーー地方で撮影すると見えてくることがありますか?

伊藤:そうですね。日本は東京一極化していると思います。地方には映画館がなかったり、本当はもっと素晴らしい多種多様な作品があるのに一部の作品しか届いていない。さまざまな情報の格差があるように感じます。そのほか伝統工芸の後継者問題や少子化問題などにより、長くその地に根付いた営みなどが消えゆくところも見てきました。それを目の当たりにして日本が日本じゃなくなるかもしれない、という怖さを感じています。ですから、僕らは映画という方法を使って、地域の方が気付かないすてきなところ、地産地消、そして人をコラボレーションさせ、地域活性化に結びつけていきたいです。その積み重ねが小さな文化となり、地域で生きる方々にとって大切なレガシーになったらいいなと思っています。

ーー今後、活動を通じてどういうことを知ってもらったり、何を得たりしてもらいたいと考えていますか?

伊藤:映画や映像文化は人の心を豊かにするものだと思っています。ですから、まずは機会があれば映画制作に参加してみたり、自分で作ってみたりしてほしいです。参加してもらうまで情報が届かなかったり、自分で作ってみたりするのはハードルが高く思えるかもしれませんが、難しく考えずチャレンジしてほしいなと思っています。

ーー何よりも「体験」することが大切ですよね?

伊藤:「体験」はとても大切だと思います。映画制作を通じて行う地方創生でおもしろいのは、まずほとんどの人が初めて台本を読むということ。台本を読むと、なぜこのキャラクターはこう思ったのか? どういう人物像なのか? なぜ好きになったのか、嫌いになったのか? なぜ殺したのか・殺されたのか? 何が正しくて何が間違いなの? という会話が生まれていくんです。映画作りに関わることで、人のことを考えたり、思いやったり、理解することのきっかけの1つになれば幸いです。

ーーまさに、映画制作が人の成長や気付きのきっかけになるということですね。

伊藤:もちろん、映画制作は楽しいことだけじゃなく大変なことも多いです。でも1つの物作りを通じて誰が偉い、誰が偉くないとか関係なく、チームワークやチームにとっての困難を乗り越えることなどを特に体験してほしいです。それはきっと、その人がこれから生きていく上での支えになるはずですし、自分にとっての宝物となるはずです。あと子どもにも参加してもらいたい。映画エンターテインメントの世界には、おもしろい人がたくさんいます。子どもの頃から1人でも多く、おもしろい人に会ってみてほしいです。

伊藤主税
1978年生まれ、愛知県豊橋市出身。俳優活動を経て、映画プロデューサーとして活動。映画で文化を生みたいと、映画製作会社「and pictures」を設立。短編オムニバス企画「Short Trial Project」シリーズや長編映画を制作し、国内外映画祭で受賞歴多数。プロデュース作品に『ホテルコパン』『古都』『栞』『デイアンドナイト』など。山田孝之、阿部進之介とともに発足した、俳優に学びとチャンスを提供するサービス「mirroRliar」にて一般クリエイターや監督を巻き込み、映画制作の魅力を伝えるプロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」を始動。映画制作をきっかけとした地域活性化プロジェクトの推進などを目指す。教育にも力を入れており、2020年10月よりオンライン・アクターズ・スクール「ACT芸能進学校(A芸)」を開校。
https://andpictures.jp/

映画『ゾッキ』
原作:大橋裕之『ゾッキ』『ゾッキB』(カンゼン刊)
監督:竹中直人、山田孝之、齊藤工 
脚本:倉持裕 
音楽監督:Chara 
出演:吉岡里帆、鈴木福、満島真之介、柳ゆり菜、南沙良、安藤政信、ピエール瀧、森優作、九条ジョー(コウテイ)、木竜麻生、倖田來未、竹原ピストル、潤浩、松井玲奈、渡辺佑太朗 、石坂浩二(特別出演)、松田龍平、國村隼ほか 
製作:映画『ゾッキ』製作委員会 
制作:and pictures、ポリゴンマジック 
配給:イオンエンターテイメント
https://zokki.jp
Twitter:@zokki_movie 
Instaglam:@zokki_movie
Facebook:https://www.facebook.com/zokki.movie

Photography Daisaku Urata 

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author:

Analog Assassin

エディトリアルディレクター/インタビュアー/ライター&一次情報。雑誌『Boon』でキャリアを開始・発足。これまでにさまざまなメディアで参加・立案を手掛ける。デザインコンサルティングファームや事業主と共創し、コーポレートコミュニケーション戦略などにも携わっている。活動領域は、ストリートからビジネスまで。 Instagram:@the_analog_assassin

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