連載「クリエイターのマスターピース・コレクション」Vol.1 アートディレクター・服部一成の“アナログカメラ”

「キユーピーハーフ」の広告などで知られる、アートディレクター・服部一成。彼が愛用する“アナログカメラ”はデザイン作業において大きな役割を果たしているという。アナログカメラを手に入れた理由は何なのか? インスタントから始まった愛機の変遷やアナログこその魅力を聞いた。

デザインにつながる写真の世界 
新入社員時代、写真部の先輩から

−−服部さんの愛用品のご紹介をお願いします。

服部一成(以下、服部):アナログカメラですね。何か1つの機種、っていうことではなく、“アナログカメラいろいろ”という感じ。インスタントカメラと、フィルムカメラです。

−−写真はもともとお好きなんですか?

服部:写真撮影というのはデザインに近い作業でもあるので、撮るのは好きですね。大学時代は写真部に所属していました。そこまで本格的な感じではなかったですけど。

卒業後にライトパブリシティという広告会社に入社しましたが、そこは社内の写真部が有名でした。デザイナーとカメラマンが、密にやりとりをしながら仕事を進めていくスタイルだったんです。それで仕事をしながらカメラマンと仲良くなって、中古カメラ屋に連れていってもらったり。当時、銀座にはたくさんカメラ屋があったんですよね。松屋銀座のカメラ市なんかにも行って。一緒に回って、あれこれと教えてもらいました。

その頃に買ったのが、「POLAROID LAND CAMERA MODEL 180」です。

−−インスタントカメラですね。

服部:そう。僕が買った当時すでにかなりの年季が入っていた古いカメラなんですが、ダイヤルを回して露出を合わせて、ピントの深さの調節をしたりもできるんです。撮影したらフィルムを引っ張り出して、現像を待って表面の紙をはがすタイプ。

フィルムカメラでいえば、この「Canon A-1」も入社直後に入手したものです。写真部の人から譲ってもらって。というか、「貸してあげる。返さなくていいよ」と言われて(笑)。付いているのは50mmの接写ができるマクロレンズ。花なんかをすごく近くで撮れるんですよね。

自ら撮影した写真を作品にした「キユーピーハーフ」の広告

−−これらのカメラは、仕事で使ってきたものですか?

服部:デザインを考える時に、試し撮りみたいな感じで撮ってはいたけれど、本番の撮影はもちろんプロのカメラマンに依頼していました。でも、1998年の「キユーピーハーフ」の広告の仕事で初めて、自分で撮った写真をそのまま使ってみたんです。インスタント写真を複写して。

広告の仕事って、1つの案件に関わるスタッフも多いし、予算もそれなりにある。もちろんそういう大きな規模でつくる良さもあるんだけど、もうちょっと、「ひとりで勝手につくっちゃう」みたいな仕事をやってみたいと思ったんですよね(笑)。その時に使ったのが、「FUJIFILM INSTANT CAMERA FOTORAMA MX900 ACE」です。

−−ご自身で撮影した写真、しかもインスタント写真を広告に?

服部:そうなんです。画質も良くないけれど、それが逆におもしろいかな、と。インスタントカメラって、一般的にはファインダーと実際のフレームがずれるんだけど、このフジのフォトラマは一眼レフなんです。見た目はちょっとダサいんですけど(笑)、当時は医療現場なんかでも使われていたという、優秀な機種らしいです。

この「キユーピーハーフ」の広告、最初は小さめの扱いだった写真のサイズも、次の年には青空にケーキが浮いた写真を大きく引き伸ばして使いました。画質はぼろぼろなんだけど、それが逆に「いいんじゃない?」って。なんか、空飛ぶ円盤みたいな写真だし、かえってリアリティーがあるというか。

そのあと同じ広告シリーズで海外ロケにも行ったのですが、そのロケ用に購入したのが、「PLAUBEL MAKINA 670」。アイスランドに持っていきました。

−−これもフィルムカメラですよね?

服部:はい。ロクナナ(6×7)、という中判フィルムカメラです。

それまではインスタント写真を使っていたんですが、この時は風景写真をコラージュしたいと思っていて。粗い画像をコラージュすると、全体の印象がラフになり過ぎるので、少し画質のいいものが欲しいと思っていた。それで購入したんです。

アイスランドでは動物園に行ったんですが、寒過ぎてキリンとかはいないんです。そこで撮影したのが、この豚の写真。ロケはアシスタントと現地コーディネーターの3人だけで回りました。関係者が大勢いるような現場だったら、「ちょっと、豚撮ります」とか、言い出しづらかったかもしれません(笑)。

偶然からのインスピレーション
カメラはデザインの道具の1つ

−−アナログカメラで撮る写真の良さはなんですか?

服部:デジタルと違って、すぐに確認できないし、思った通りにはいかないのがアナログ。逆に、自分の意図していなかったものが、うまく取り入れられたりもする。そういう偶然から何かを感じ取ってデザインをするというか。自分が想像している範囲からちょっとだけはみ出る、それをコントロールしながらやっていくというおもしろさがあると思うんですよね。

2004年に、ハローキティ誕生30周年記念展「Kitty Ex.」っていうイベントがあったんですけど、その時の作品も、インスタントで撮影した写真をスキャンして使いました。

−−「キユーピーハーフ」といい、2000年前後がアナログカメラを一番活用していた時期だった?

服部:そうですね。当時って、デザインの現場もどんどんデジタル化してきた時代。一筋縄ではいかないアナログカメラの写真とか、あえて手で描いた線とか、そういうものを取り入れたいっていう気持ちが強かったんだと思います。

最近は少し離れていたけれど、やっぱりアナログはおもしろいって思い直しています。デジタルでも、自分が望んだ質感で撮れるようなカメラがあれば試してみたい。あとはやっぱりインスタントも欲しいのですが、「チェキ」だと少し仕上がりサイズが小さいんですよね。

デザインって、取り組み方は人それぞれ。僕の場合、最終形がばしっと見えていて、そこに向かって一直線に進む、ということはまずない。もやーっとアイデアがあって、とりあえず何かしら手を動かして、そこから試行錯誤を重ねていく。そういう手探りの作業の中で、アナログカメラはすごく有効なツールだなって、改めて思いますね。

服部一成
アートディレクター。1964年東京都生まれ。東京藝術大学デザイン科卒業後、ライトパブリシティ入社。2001年よりフリーランス。代表作に「キユーピーハーフ」の広告や「弘前れんが倉庫美術館」のVIなど。作品集に『服部一成グラフィックス』(誠文堂新光社)がある。

Photography Shin Hamada
Text Maki Nakamura
Edit Kei Kimura(Mo-Green)

author:

mo-green

編集力・デザイン思考をベースに、さまざまなメディアのクリエイティブディレクションを通じて「世界中の伝えたいを伝える」クリエイティブカンパニー。 mo-green Instagram

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