パリ発 日本の社会問題やアンダーグラウンドカルチャーを追求する「TEMPURA」の若き編集長の審美眼

2020年に日本の社会問題やアンダーグラウンドカルチャーをテーマにした雑誌「TEMPURA」がフランスで発売された。これまで海外に向けて日本のカルチャーを紹介するメディアはいくつもあったが、著名な日本人アーティストの紹介や伝統文化を扱っているものがほとんどだ。その点で、「TEMPURA」は労働環境や女性問題に関わる社会的なトピックから、家族やセックス、死など日本人が持つ独特な思考までを取り上げている。ある意味これまでとは異質といえる特集は、フランスはもちろん日本でも注目を集めている。「TEMPURA」の編集長、エミール・ヴァレンシアに創刊のきっかけやオリジナルな編集視点、日本のカルチャーをどう捉えているのかを聞いた。

日本の多様性を表現する“天ぷら”が起点

――「TEMPURA」を発行しようと思ったきっかけを教えてください。

エミール・ヴァレンシア(以下、エミール):フランス人には日本のファッションや食、アート好きも多いのですが、ほとんどは“カワイイ”カルチャーに代表されるようなポップカルチャーがメインです。でも、実際の日本はフランスにはない、ユースカルチャーやコンテンポラリー、サブカルチャーに至るまで、多様性を持っているのが事実。日本に対して一方的なイメージを持っているフランス人や、さらにはファッションデザイナーや写真家、建築家などのクリエイター達にとっても、今、日本で起こっている新しいムーブメントやカルチャーは刺激的で、新しい気付きやクリエイションを生み出すインスピレーションにつながるはずです。

――“TEMPURA”と名付けた理由は何でしょうか?

エミール:ロラン・バルトの『表徴の帝国、記号の国(L’Empire des signes)』という哲学書を読んだ時に日本料理として“天ぷら”のことが詩的に表現されていました。おいしいということに加えて、複雑で表現しがたい調理法であるとも。後に“天ぷら”の歴史を調べると、16世紀にポルトガルから日本に伝えられた料理で、もともとは「テンポーラ」と呼ばれていたことも知りました。1つの料理に複数の国の文化やアイデアが詰まっている。長い歴史の中で海外の影響を受けてきた料理に日本独自の解釈を加えて、自国の文化の象徴として世界中に広めてきた。国境があっても人やアイデア、文化が常に循環して互いに影響を与えあっている。こうした“天ぷら”のストーリーがそのままメディアのシンボルになると考えました。

――Vol.4まで発行して、パリでの反響はどうですか?

エミール:最初はギャンブルでしたが、コンセプトを信じていましたし、雑誌の評判も良かったです。直接ネガティブなことを言う人はいないので、実際のところはわからないですけど、それまで多くの海外メディアが取り上げていた日本の伝統文化や漫画、アニメだけの情報ではなく、「TEMPURA」は先鋭的な思想やカルチャーを知ることができるメディアだと思っていただいているようです。ビジネスパートナーとしては、フランス大使館や日本大使館、ジャーナリストからも好意的な意見をいただいています。現在はVol.5を制作中です。

1番心配だったのは日本の評判です。結果としてポジティブな意見をいただいていますが、「TEMPURA」が日本の社会問題を扱っていることと関係しているのかもしれないですね。女性に関することやマイノリティーなテーマについて、当時の日本のメディアでは積極的な議論に至っていない印象でした。「TEMPURA」はそれを批判する姿勢ではなく、オープンな会話のきっかけとして、“今”の日本の事実を伝えてきました。

タブーを排除しフラットに見た日本の社会問題やサブカルチャーを扱う

――なぜ、日本の社会問題を扱おうと思ったのでしょうか?

エミール:「TEMPURA」はあらゆるタブーを排除して表現するメディアなので、社会問題だけを切り取ったつもりはありません。まず、会話が重要。社会問題よりもごく普通の日々の生活を紹介しているつもりです。例を挙げると、日本人女性の労働環境のトピックを扱った時、状況そのものではなく、日本の事例を通じて自分達の在り方を問うようなコンテンツにしました。日本のジャーナリストやアクティビストの取材記事はそのままフランス人にとっても客観的な振り返りになる。特定の社会問題を扱っているというよりは、ポジティブ・ネガティブな意見も含めて、その問題を俯瞰してどう考えるかを突き詰めることが、グローバルな会話につながるはずだと感じたからです。

――実際に日本のカルチャーを掘り下げて、改めて興味が持てたこと、逆に理解できない部分があれば教えてください。

エミール:実際はわからないことだらけです。わからないことを掘り下げて理解していくのが最終的なゴールですから。日本のカルチャーは皮をむいてもまた、新しい一面が現れて奥が深い。毎回ジャーナリストからの寄稿文を読むと学びがあるし、新しい問いも生まれて、考えが湧いてくる。

一方でチャレンジでもある。私は日本人でもないし、日本で育ってもいない。日本の歴史や言語については学びましたが、バックグラウンドが異なることで理解できない問題もたくさんあります。フランス人ということがその理由なのか? その前提や背景を追求していくことが「TEMPURA」の目的です。

――被写体にボクシンググローブを付けた伊藤詩織さんや妊婦姿のChim↑Pomのエリイさん、園子温監督など個性的な人、あるいはシチュエーションに興味があります。人選の仕方や編集視点には、どのような考えがベースにありますか?

エミール:世界的に著名なセレブリティよりも、今エネルギーに満ちている人達を紹介しています。日本ではあらゆる声が上がっていますし、その新たな会話の象徴となる人やムーブメントを拾い続けていきたい。伊藤さんもエリイさんも園監督も、彼等の声は特に海外でもっと大きくなって、世界の人々はその考えを知るべきですね。日本は静かで平和できれいという典型的なイメージを持つフランス人の考え方に揺さぶりをかけたい。日本には挑戦的だったり、過激なカルチャーも多く存在しますから。もう1人、川上未映子さんは日本文学を変えた人だと思っています。彼女は今、最高の作家の1人ですね。

――ベルギーの写真家ザザ・ベルトランによる「Japanese Whispers」で、日本のラブホテルの作品を扱っている他、緊縛や入れ墨など、日本独自のアンダーグラウンドカルチャーについて取り上げていますが、どのような興味がありますか?

エミール:アンダーグラウンドもサブカルチャーもすべて文化の中のパーツ。日本文化の多様性や複雑さなどを表現するために、それらのカルチャーは必要不可欠だと感じています。「TEMPURA」でもスペシャルセクションとして、サブカルチャーを紹介するコーナーを設けています。あらゆる文化は歴史の中で語られ常に変化していますよね。例えば、昔のアメリカではタトゥーは儀式の意味もありましたが、今はメインストリームのファッションとして理解されています。亜流とされていたものがメインになることはどの世界にも共通して言えることです。

ホームステイ先のヒッピーの生活が日本のイメージを一新

――日本のカルチャーにハマったきっかけは何ですか?

エミール:3歳の時にフランスへ戻ってくるまでキューバに住んでいたのですが、隣人が日本人の漁師で、家族ぐるみで仲が良かった。いとこが彼の娘と結婚して日本に移住してから、東京の下北沢で「ボデギータ」というキューバレストランをオープンしました。私が15歳の時に彼等を訪ねて遊びに行った日本でカルチャーショックを受けたんです。ホームステイ先の家が世田谷にある築200年くらいの古民家で、日本庭園の様式、畳や梁など建築の構造にも興味を持ちました。そこからどんどん日本にハマっていきましたね。でも、家主は家のイメージと真逆のロングヘアーのヒッピーで、庭で鳥や猿を飼っているような人。自分も含めた外国人が持つ典型的な日本のイメージとはかけ離れた、多様性がある国だとその時に理解したんです。とにかく印象深かったですね。

――社会問題やカルチャーで特に気になるジャンルは何ですか?

エミール:まずは、日本の女性の権利をめぐる社会問題です。いろいろな女性の活動家が声を上げ始めていますが今後、日本の未来を変えていく主役になるのは女性だと思っています。未だ問題になっているジェンダーギャップをどう変えていくのかにも興味があります。もう1つは写真です。もともと日本の写真家が好きで、「TEMPURA」では日本の若手の写真家をメインに起用しています。

注目の写真家と東京のオススメスポットを紹介

――注目している日本の写真家は誰ですか?

エミール:若手ではないですが、深瀬昌久さんが好きです。彼は荒木さんや森山さんと比べると知名度は低いかもしれませんが、革新的な写真技術を持ち込んだ。メディアという枠を超えた表現をした人だと思っています。もう1人、題府基之さんの『Still life』は素晴らしい作品です。カラフルでグラフィカルですし、物にあふれて一見雑然と思えるシーンをライブのテンションで撮影している写真家で、同時に繊細な表現もしている。写真家はストーリーを語ろうとしがちですが、彼の作品はリアリティーを示しています。その方が遥かにパワフルで美しいし、イマジネーションにあふれている。写真家に限らずそのスタンスのアーティストが好きですね。

――日本のお気に入りのスポットや店などがありましたら教えてください。

エミール: 1つは祐天寺のセレクトショップ「FEETS」です。セレクトしているブランドのジャンルも広くスタッフの知識も深い。オリジナルのアイウエアも日本人作家のアイテムもセレクトしています。特にメンズファッションにおいては、日本のシーンがおもしろいですね。あと、目黒の「Switch coffee」で、オーナーの大西さんは、まさにコーヒーギークといえる人。ローストも完璧ですし、世界的に見てもおいしいコーヒーが味わえる店だと思います。最後は武蔵小山にある定食屋の「京」。ここは自分の秘密の場所です。細い路地の奥にあるので、見つけるのが難しいかもしれません。古い建物で店主のおじいさんとおばあさんが作る、鯖や銀鱈の焼き魚、漬物も絶品で値段も安い。大正時代のような雰囲気を味わえる店です。ここには10年ほど通っていて、自分の第2の故郷のような感覚もあります。

――コロナ禍で渡航が困難ですが、日本について特集し続けるのは相当ハードではないでしょうか?

エミール:難しいですね。以前は、私がインタビューに立ち会っていましたが、今はそれもかなわない状況です。「TEMPURA」に寄稿していただいてるジャーナリストのほとんどが日本に住んでいるので、オンラインミーティングを重ね、情報交換や取材をしています。この状況が収束次第、日本にオフィスを構えて、フランスと日本の2拠点で活動しようと考えています。

――今後の「TEMPURA」の展望を教えてください。

エミール:英語のフォーマットも作り、マーケットをニューヨークやロサンゼルス、カナダなどを中心に世界に広げていきたいです。もちろん、日本語とのトライリンガルを目指しています。実は昨年、パリで日本のエレクトロミュージックに関するイベントでコラボレーションする予定でしたが、コロナでアーティストのオーガナイズが困難なので無期限の延期となりました。コロナが収束次第、新しいプロジェクトを起動させて、フィジカルなイベントなども積極的に行っていきたいです。雑誌のディストリビューションも含めてチャレンジの年になるでしょうね。そして、「TOKION」ともコラボできたらうれしい。新しいムーブメントを掘り下げることはもちろん、既存のカルチャーに新しい視点を持って再編集する姿勢なども興味深いですし、「TEMPURA」のステートメントとも共通点があります。今年は多くの人達やメディアと出会っていきたいですね。

エミール・ヴァレンシア
パリに拠点を置く「Tempura Magazine」の編集長。日本の社会問題やアンダーグランドカルチャーやサブカルチャーをテーマにしたメディア「TEMPURA」を2019年にスタート。設立におけるクラウドファンディングでは目標額の300%を達成した。Vol.4までを出版し、現在はVol.5を制作中。

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author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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