広告、ファッション、建築、映像制作にスカルプチュア ベルリンの気鋭スタジオ「acte™」が手掛けるボーダーレスな物作りの背景

数あるベルリンのクリエイティブスタジオの中でも、最近ひときわ注目を集めているのが「acte™」だ。2018年の創業にも関わらず、「アウディ」や、ファッションブランド「ジバンシィ」のシューズビジュアル制作も任されている。それ以外にも自らプロダクト的な発想でファッションアイテムを作ったり、映像作品を手がけたり。かと思えば、ベルリン発のファッション誌「032c」では、Tohjiをモデルにしたルックを手がけるなど幅広く活動している。一体彼らは何者? という気持ちが頭をもたげた。

この領域横断的にクリエイションができている彼らの背景を探るべく、現在クロイツベルグエリアにスタジオを構えるスタジオ「acte™」の創始者のサシャ・フート(サシャ)とフィリップ・グロス(フィリップ)の元を訪れた。「実際、ほとんど毎日ここに来てるんだよ。ここが僕のホームだからね」と柔和に笑うサシャとロンドンで仕事をしていたフィリップと遠隔で話をした。なお、今回が日本のメディア初のロングインタビューとなる。

まだ20代である2人が「acte™」を立ち上げたのは2018年のこと。まずは彼らに自分達のスタジオを立ち上げる以前のバックグラウンドについて話を聞いた。

――「acte™」をめるまでのヒストリーを教えてもらえますか?

サシャ・フート(以下、サシャ):学生時代はベルリンの芸術大学(UdK)でプロダクトデザインの勉強をしていたんだ。それからフィルムやオブジェクト制作、空間演出を開発するクリエイティブスタジオで卒業後働いていたよ。

フィリップ・グロス(以下、フィル):「acte™」を立ち上げる以前は映画制作会社に勤めていたんだけど、ある時、個人的に成し遂げたいビジョンが芽生えたから会社を辞めた。それから単身でNYとLAに行って映像制作についての知見を得てきた。僕もサシャもそれぞれに大きな仕事をしていて。それが2017年の出会いにつながって、人生を大きく変えるきっかけになったんだ。

――なるほど。プロダクトデザインと映像制作に携わっていた2人だからこそ、領域横断的な活動ができているのですね。

サシャ:僕にとってファッションアイテムの制作もデザインプロセスの1つにすぎないんだ。そういう意味で、平面でのビジュアル表現なのか、立体表現に落とし込まれる構成かは特に重要ではない。領域横断的な考え方を常日頃からしていたんだ。

――同時に高い水準のアウトプットを追い求める上で1つの道をめることも必要だと思いますか?。

サシャ:そうだね。1つのプロジェクトを本当に成功させるためには、ある領域を徹底的にマスターする必要があるように思う。そうでないと同じレイヤーの視点で違う分野に横移動して物事を見ることはできないからね。1つのカテゴリーに縛られるのではなく、これまでの技術や専門性を違う方向の分野に活かしていくことで他の分野の仕事に予想外の新しいものをもたらすことができると信じている。実際、僕はグラフィックデザインを一番最初に学び始めたんだけど、ある時点でPCの前だけで仕事をするグラフィックデザインというカテゴリにとどまらず、プロダクトデザインに熱中するようになったんだ。

――acte™としてのプロダクトデザインの始まりはワークスーツからですよね?

サシャ:まさに。まだ僕ら自身のアイデンティを示すようなワークスーツを作りたいと思って。それがこれなんだ。まずは自分のために発注ロット数を少なめに作って、それが長年の付き合いがあるベルリンのセレクトショップ「Voo Store」に置かれることになったよ。もう完売してなくなっちゃったけどね。白紙で「ワーク・イン・プログレス」というような、僕ら自身と着る人を重ね合っていくような未来を想像して同時多発的に始まっていったんだ。

Tohjiとのコラボワーク「絶対に自分のビジョンを曲げない」

――ベルリンのファッション誌「032c」でTohjiをモデルに起用して撮影したのを見てあなたたちに行き着きました。日本のヒップポップシーンのアーティストをどのように発見したのでしょうか。その背景を教えていただけますか?

フィル:Tohjiとの出会いのきっかけは、ビデオインスタレーションの展示をしに銀座の「ケーニッヒトウキョウ」を訪れた時に知り合ったんだ。ヒップホップコミュニティに詳しいDJ Sintaという人を介して、Tohjiに出会った。一目見て、彼の孤高のキャラクターを気に入って。実際にライヴパフォーマンスに行ってみると、とてもクレイジーで、純粋に素晴らしかった。それから僕らはバックステージで直接話をしたんだ。マネージャーもめちゃくちゃクール。そこで「『032c』の夏のシーズンルックに起用したい」という旨を伝えた。その後、ロンドンで再会して公園で撮影することを提案したんだ。

――素晴らしい出会いですね。彼らとのコラボワークは実際どうでした?

フィル:彼等とはビジュアル作りにおいて純粋なアイデアやコンセプトの部分を共有することができた。本当に感動した。正直、僕等はお互いにしょっちゅうLINEを送り合うんだけど、彼に「自分のビジョンを絶対に曲げるな」と強く言ってるんだ。彼には妥協しないビジョンがある。そこに共鳴したのかもしれない。

――そして、「acte™」はベルリン、ロンドンにとどまらずクリエティブを世界のカルチャーシーンにアプローチしていこうとしていますね。

フィル:うん、野心を持っているよ。2人とも名声よりも何か爆発的なことを起こす方が好きなんだ。だからできるだけ1つの場所にとどまらないで、動き回っている。だからこそ日本のTohjiのような人に焦点が合うわけ。そうした世界中に点在するユニークなアーティスト達が大きなインスピレーション源になるんだ。おもしろいことに渋谷で無作為にクラブに遊びに行った時にDJがヤング・ハーン(ドイツのヒップホップアーティスト)をかけていてびっくりした。こういうふうに世界のカルチャーが意識せずつながっているのを見るのは楽しいよね。

――「acte™」の活動自体、たくさんの匿名的要素があるので、それがベルリンらしさを感じる一方で、多くの人に開けたチームだとは思えませんでした。

フィル:当初は、単純に時代の流れに挑戦することが目的だったんだ。巨大な文化的影響力を持つ人たちが大企業のクリエイティブ・ディレクターとして雇われている業界構造に対して、古い組織を若い顔でとりあえず飾るというのはあまりにも安易だと感じていて。僕等はそれに対抗する透明性の高いデザインを求めていたのだと思う。もっと普遍的でドイツ風なもの。ベルリンらしさの要素として、多くの人々がより匿名性の高い生活を送るためにベルリンに来ている事実と僕等のクリエイトは自然とつながっているのかもしれない。いずれにしても、「acte™ 」はエリート主義とは無縁でいたいんだ。

――「acte™ 」のようなクリエイティブスタジオなど小規模ながらもクリエイティブなチームが台頭することで、ヨーロッパ圏のファッションや広告の業界構造は変わっていくと思いますか?

サシャ:まだまだ課題はたくさんある。今までの業界に立ち向かっていくためには、自分達のやり方を大きく変えていかなければならない点もある。ただ幸い僕達はまだ若いので、実験的にトライアルや挑戦ができているし、スタジオのコンセプトは、クリエイティビティのアイデアを1箇所に集めたようなもので、常に挑戦してみる価値があるものだと思う。ファッション業界もこれからもっと自由になると思うよ。

――これから実現したいことは?

サシャ:今はステンレスで作ったスカルプチュアをはじめ、多くの作品の展示をやりたいと考えている。コロナが起きて、どこかへ行く自由を一時的に失ってしまった。その時に僕等の願いを込めて作った作品なんだけど、まもなくどこかでお披露目できるから楽しみにしていて欲しいな。今後、遠からず日本でも展示する機会を持てたらいいなと思っているよ。

「acte™」
HP:actetm.com/
Instagram:@actetm

author:

冨手公嘉

1988年生まれ。編集者、ライター。2015年からフリーランスで、企画・編集ディレクションや文筆業に従事。2020年2月よりドイツ・ベルリン在住。東京とベルリンの2拠点で活動する。WIRED JAPANでベルリンの連載「ベルリンへの誘惑」を担当。その他「Them」「i-D Japan」「Rolling Stone Japan」「Forbes Japan」などで執筆するほか、2020年末より文芸誌を標榜する『New Mondo』を創刊から携わる。 Instagram:@hiroyoshitomite HP:http://hiroyoshitomite.net/

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